Coolier - 新生・東方創想話

MARISA Personal Operation(MPO) -前編-

2007/01/21 08:14:34
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結界に覆われ、外界から隔離された場所。幻想郷。
彼女は、自分の力を最大限に発揮出来そうな場所を探し、そしてこの地にたどり着いた。
「ふーん、ここならよさそうね。とてもあつらえむき……」
――そう言いながら、レミリア=スカーレットは夜の、とてもきれいな月夜の晩の、幻想郷の空を往く。
そして吸血鬼独特の、他者を威圧するかのようなその目は、彼女が初めて訪れたこの大地に向けられる。
「どこか、私の城になりそうなところは……」
古来より――と言っても吸血鬼の歴史は妖怪の中では浅いのだが――彼女達は城を活動の拠点としていた。
少なくとも、彼女達の性質を考えると、自らが安心して眠れる日陰のある場所が必要なのだった。
しばらく幻想郷を巡り、レミリアはヴワル魔法図書館、後の紅魔館を発見する。







「……で、もう一度聞くけれど、あなたは私にどうしろと?」
「だから、私たちの身の回りの事をして欲しいのよ。吸血鬼は、昼間は寝てなくてはいけない病弱っ娘なんだ」
見るからに不健康そうな顔色をしている、魔法使いの少女でここの図書館の主であるパチュリー=ノーレッジは、突然現れた横柄な来訪客を呆れたジト目で見やる。
「……まぁ、私は吸血鬼ではないかも知れないけれど、あなたと一緒で日光には弱いわ。もっと物理的な意味で」
聞けば、この魔女はほとんどこのカビ臭い、本が敷き詰められた部屋(というには巨大な空間では有るが)から出ないのだと言うことらしい。
確かに、日常的に紫外線を浴びていればもう少し色素が生成されていてもおかしくはないな、とレミリアは思った。
「じゃあ、私がここに住むにはどうしたらいい? 吸血鬼は人の生き血を啜らないと干からびて死んでしまうという、哀しい宿命があるのよ」
私は、運命を操ることは出来ても持って生まれた宿命を変える事はできないのだから。とレミリアは続けた。
それを聞いてパチュリーは、どうしてここに居座ることが前提になっているのよ。と反論しようと思ったが、それを少し躊躇う。
吸血鬼といえば、まだ妖怪の中では若い種であり、幻想郷の中でもその位置付けは微妙だった。
幻想郷において無為に暴れてもらっては、それに併せて他の妖怪たちも騒ぎ出すかもしれない。
そして、それにもまして目の前の吸血鬼は、運命を操る事が出来るほどの強力な妖怪だという。
幻想郷の平安を願う、というよりかは、学者に特有な珍しいものに対する好奇心をパチュリーはくすぐられていた。
どうせ、このヴワル図書館にはなぜか無用の来訪者用閲覧室がいくつもあった。場所を提供することは全くパチュリーにとってはどうでも良いことであった。
「そうね……残念ながら私は人里に下りて人間を攫ってくるなんてしたくないけど、あなたのその『運命を操る能力』とやらで部下を作ればいいんじゃないかしら」
「部下?」
「そうよ、あなたの力によって屈服させた妖怪なり妖精なりに、食料の確保や掃除洗濯その他家事全般をやらせればいいじゃない」
「なるほど、それはいいアイデアね」
こうして、パチュリーの提案により、レミリアは部下を集めることにした。







「さて。私の部下になるのだから、ちょっとは骨の有るヤツがいいわねぇ」
吸血鬼のトレードマークともいえる、鋭い牙のような犬歯を月光にぎらつかせながら、再びレミリアは幻想郷の空を飛ぶ。
ちなみに、大抵の妖怪や妖精たちは彼女が出す威圧的な気配に恐れ、見つからないよう逃げているか息を潜め隠れていたのだが、そんなことをレミリアが気がつく由も無かった。
と、そこでようやく、レミリアは一匹の妖精を発見する。
その妖精は、レミリアの放つ圧倒的な気配に別段物怖じすることも無く、いつもと同じように過ごしていた。
なぜなら――その妖精はチルノであった。彼女は、レミリアの気配にそもそも気付いていなかったのだ。
「お、あいつは……」
レミリアは、チルノに気が付かれないように羽音を殺して近付く。(もちろん、それは気配を殺していないので特に有効ではなかったが)
自分を狙う吸血鬼の接近に気がつかないおてんば氷精は、何時ものように蛙を凍らせては、キャッキャと喜んでいた。
(……あいつはやめとこう。役に立ちそうもない)
部下候補1を諦め、レミリアは湖を抜ける。
それから、幾つかの森や山を越えたが、一向に妖怪も妖精も居る気配が無い。
(まいったな。夜明けまで、もうそんなにないじゃない……)
帰りの時間を考えると、もうすぐ捜索のタイムリミットだった。
未だに自分が放っている気配が、他の妖怪たちを恐れさせていることには思いが至らないレミリア。
「ん?」
仕方なく、今日は収穫なしで帰ろうと思っていると、ふと森の方から視線を感じた。
その視線の先を睨み、レミリアは宙に止まる。
視線の主は森の木々に覆われその姿を見ることは出来なかったが、自分の圧倒的な眼力を知っているのか、あるいは単に睨んでいるだけなのか、レミリアは自分を確かに見つめているものを威圧する。
「おい、そこのヤツ。出て来いよ」
夜明けを前に、少し焦っていた幼い容姿の吸血鬼の呼びかけに、少し間を置いて木々の中から一つの影が跳躍した。
その影は、レミリアの側まで飛んでくることは無く、文字通り跳躍して木の頂点に着地する格好で、なおレミリアを無言で見上げた。
よく見れば、それは赤い髪の少女のようだった。そして、その跳躍力を見れば彼女が妖怪の類であることはすぐに解った。
「……も、もしかして何かお探し物ですか?」
「よく解ったな。その通りだよ」
「えへへ。私そういうの鋭いんですよ」
赤い髪の妖怪は、照れた感じに頬を赤らめて笑った。
レミリアは、間抜けそうなヤツだ。使い物になるだろうか? と思ったが、とりあえず試しに持って帰ることにした。
ダメなら殺すと脅せば、こんなヤツでも命がけで家事全般の再生産労働に励むだろう。
「よし、じゃあとりあえず来なさい」
「え?」
やはり間抜けな形に口を開けた赤い髪の妖怪の目の前で、レミリアは無数の蝙蝠に変化する。
そのまま間抜けな妖怪に取り付き、紅魔館まで運んでやることにした。
「え? え?? ちょっと、これからどこへ行くんですか? どうなるんですか、私!?」
が、やたらうるさく暴れるので蝙蝠の一体が彼女の首筋を噛んで眠らせた。
こうして、一人の妖怪がヴワル魔法図書館に運ばれる。







「――はっ」
「もう起きたの。回復力はあるようね」
「ここは……カビ臭っ! あ、あなたは?」
ヴワル図書館に連行された先ほどの妖怪が目を覚ます。その目の前には、パチュリーがいた。
「人に名前を尋ねるときは、まず自らの名前を名乗る。それがブシドースピリットよ。あなた、東洋妖怪の癖にそんなことも知らないのかしら?」
パチュリーは、表情こそ変化が無かったが(といっても、何時も不機嫌そうな目つきでは有るのだけど)恐らく先ほどのヴワル図書館への率直な感想が少々癪に触っている様子だ。
(うーん、なんだか色々勘違いしてるみたい)
「何?」
「あ、いえいえ。私の名前は、紅美鈴(ほんめいりん)と言います」
フルフルと首を振り、ツッコみたい気持ちを抑えて相手の要求どおりに自分の名前を名乗る。
「わざわざルビを振らなくっても良いわ、気の使いすぎよ。私はパチュリー=ノーレッジ。どうしてここに居るのかって顔してるけど、それは……」
「そ、そうです! いきなり蝙蝠に襲われて、気がついたらここに」
「あそこに居るヤツに連れて来られたんでしょう? あなた」
パチュリーが指差すその先では、レミリアが机に突っ伏した形で寝ていた。
「うわ! なんだか、起きたら顔が赤くなってて、先生に『寝てただろお前』『いえ、寝ていません』と言った後にクラス中が大爆笑になりそうな寝方ですね!」
「……早く、ベットか棺桶を作ってあげないとね」
「そうですねぇ……って、この人何なんですか? 突然私をここに攫ってきたかと思えば、自分は寝ているし」
「まぁ、起こして聞いてみたらいいと思うわ」
「だ、大丈夫ですかねぇ」
自分を突然襲って攫った相手だというのに、気後れした感じで美鈴は言う。
「平気だと思うわ。ここは丸々棺桶の中見たいなものだし。今が昼か夜かも解らないもの」
「うーん……それじゃあ……」
美鈴は無防備な幼女の頭を横から軽く突いてみる。
「……ん?」
「わ」
少々しかめっ面で首だけ上げたレミリアの視線が美鈴のそれとぶつかる。
その、レミリアの表情にやはり美鈴はちょっと気が引けている様子で、ぎこちない笑顔を作って挨拶する。
「お、おはよう……」
「……寝ながら考えていたが……」
レミリアは、首だけ起こして新しい部下に指示をする。
「朝私が起きたら『おはようございます、お嬢様』だ」
「え、っと?」
「私はもう目覚めたわ。早く言うのよ愚図」
「お…はようございます……お嬢、様?」
「そうよ、お前は今から私の部下になったの。私を敬う言動をしてくれなくっちゃ困るもの」
「え? えぇ??」
状況が、と言うよりかは、目の前の幼女が何を言っているのかを理解できない美鈴は、素っ頓狂な声を出して狼狽した。
「あら、趣旨を説明していなかったの? パチェ」
「……それはあなたの仕事よ。レミィ」
突然自分を名前の略称で呼ばれたパチュリーは、自分も負けじと略称で呼び返す。
「そう、解ったわ」
その甲斐あってか(?)傲慢なレミリアにしては素直に納得する。
「私は吸血鬼。色々と不便な体の病弱っ娘。だからシャドーワークをする部下が必要なのよ」
「つまり…メイドを雇いたいの、かな」
美鈴はなるべく目の前の吸血鬼が言っている事を一般的な常識の範疇の言葉に置き換える。
「きっとそんな所ね」
そんな美鈴の言に、パチュリーが相打ちを打つ。
「でも、突然攫ってきて今から働いてくれなんて、労基法違反ですよ。せめて労働条件を提示してくれないと……」
「報酬を求めてるのかしら?」
「え……そ、そうですよ! 報酬無しでは働けません!!」
何故かレミリアの元で働くことについては反対しない美鈴を見て、レミィはああ見えて意外とカリスマはあるのね、とパチュリーは思った。
「報酬なら勿論考えて有るわ。あなたの望むことを言いなさい」
「ほぇ?」
「ほぇ? じゃないわよ、本当愚図ねぇ……私は運命を操ることが出来るわ。この能力であなたを望むように変えてあげる」
もちろん、無制限とはいかないけどねぇ。と紅い悪魔は付け足した。神龍と同じような理屈らしい。
「ほ、本当に望む様な私に変えられるんですか!?」
「私に忠を尽くすかい?」
「尽くしますとも!」
「じゃあ、どんな風にしてほしいのか教えて頂戴」
「え、えぇっとですね~……実は私、すごく喧嘩とか弱くって、地元の広東省(カントンショウ)でも他の妖怪に苛められ、逃げるようにここ幻想郷に着たんです」
「お前の生まれはどうでもいいから、早く要件をいいなさい。あと、わざわざルビ振らなくってもいい」
「そうなんです~。私の唯一の取り柄といったら、人の顔色を伺って、気を使って……だから私、もっと強くなりたいんです~」
きっと私は、生まれもって周りに気を使いながら細々と生きていく宿命だったんだ~、と一人美鈴は盛り上がって勝手に泣き始める。
「やれやれ、そんなのは宿命なんて言わないわ。せいぜい、周りから苛められて身についてしまった後天的なものでしょ」
呆れながらレミリアは、えーんえーんと喚く美鈴に向かって告げる。
「運命は書き換えてやったから、とっとと私の食事を持ってきなさい。ちゃんと新鮮なのを持ってきて頂戴よ?」
「ええ!? 私、もう強くなっちゃったんですか? 体が光ったり、模様が付いたりしないんですか??」
「お前は気を使うのが得意なんでしょう? 試しにやってみれば良いじゃない」
「……気を……使う」
「どうでもいいけど、この図書館を荒らしてはダメよ」
そんなパチュリーの忠告を聞いているのかいないのか、美鈴はふぅー、と呼吸を整え、拳法の構えをとる。
「セイッ!!」
美鈴のハイキックによって巻き上げられた風は、七色の渦となって本棚に向かって飛ぶ。
しかしそれは、美鈴の狙ったとおりに、本棚に当たる直前で消えた。
「す……すごいです! 私、こんなことが出来たなんて…っ」
「そうさ、お前は昔から気を使うのが上手かった。つまり――気道の達人だったのよ。運命を操作すれば、こういうことも……」
「よお~し、この力があれば人間を恐れさせることが出来るかもしれない。待っていて下さい、お嬢様! すぐに食料を持ってきましょう!」
太極拳の達人となった妖怪の少女は、息巻いてヴワル図書館から飛び去っていった。
「……一休さんみたいな解決だったわね」
美鈴が飛び去るのを見届けながら、パチュリーはぽつりとつぶやいた。
「?」
「ん、なんでもないわ。それより、部下が出来てよかったじゃないレミィ。おめでとう……けれど、あれは良かったのかしら?」
「何がよ? パチェ」
「さっきの妖怪は、貴女によって運命が書き換えられえ、気を操れるようになったわ。と言うことは、逆にこれからは気が利かなくなるんじゃない? メイドとしては、役立たずになってしまわないかしら」
「その時は、門番でもやらせるわ。とりあえず、私に忠を尽くす部下を増やせばそれだけ私は動かなくて済むようになる。メイドはあいつに連れてこさせればいい」
――それから、パチュリーの心配通り、美鈴はレミリアの欲しがっていた食料ではなく、山の幸海の幸といった人間の食べ物をてんこ盛り持ってきて、こっぴどく叱られた。
けれども、レミリアの提案通り、その後の美鈴は妖精たちを多くレミリアのメイドとなるようヴワル図書館に連れ入れ、自分はメイド長として妖精たちを取り仕切った。
閑散とした雰囲気だったヴワル魔法図書館は吸血鬼を始めとして妖怪や妖精の共同棲み家となり、パチュリーは本棚の無い部屋については優秀な部下(小悪魔)と引き換えにレミリアに明け渡し、彼女は自分達の棲み家を外の世界に住んでいた館と同じ名前、つまり紅魔館と名付けた。
それから100年程度の間、紅魔館での暮らしは賑やかであったが、部下に家事全般をやらせているレミリアにとっては、とても穏やかに過ぎていった。







「お嬢様! 大変です!! し、侵入者が…ッ!!」
ある日の満月の夜。通常ならレミリアは気分よく過ごしているところだが、妖精メイドの報告によってその安寧は取り壊される。
「侵入者? この館に?」
「はい。メイド長もパチュリー様もやられてしまい、今は廊下で私たちメイド隊が応戦していますが……ここに来るのも時間の問題かと思われます」
「どんな奴なの?」
「そ、それが……」
少し妖精は口ごもる。レミリアは、どれだけ驚異的な妖怪の名前が出てくるのかと思ったが、その予想は見当違いであると知る。
「人間……なんです」
「ハンッ……人間?」
レミリアは吐き捨てるように嘲笑する。
しかし、それでもこのメイドの報告が真実で有るならば、侵入者の人間は少なくともパチェを打ち負かすほどの力を持っていることになる。
「人間、か……」
レミリアは、吸血鬼独特の薄気味悪い、他者を威圧するかのような笑みを浮かべた。
人間がどれほどの力を持つことが出来るというのか、まさか、自分に楯突くほどの力を持っているなどという自惚れを抱いているのではあるまいな、と。
「面白いわ。……お前たちはもう普通の仕事に戻りなさい。その人間に構わなくていいわ」
「お……お嬢様?」
「その人間とやらは、まぁ私に用があって来たのでしょ? だったら私直々に来賓にもてなしてあげようじゃない。フフフ……」







満月を背に、レミリアは一人の侵入者と対峙する。
その人間――なんと驚くべきことに、その容姿は少女そのものだった!――は、鋭い目つきでキッとレミリアを睨む。
紅魔館の外は、吸血鬼に満月という、特に人間にとっては最大に凶悪なシチュエーションだった。
にも関わらず、この侵入者の少女はその威圧感から生じる恐怖に怯む様子がない事だけでも、只者ではないと簡単に推量することができた。
「吸血鬼らしい、陰気臭い館ね。カビの匂いが着くじゃないの」
少女は、眼下の紅魔館を見下ろし、それについての感想を言う。きっとそれは、パチュリーの居たヴワル図書館の事だろうとレミリアは思う。
「勝手にあがりこんで来ておいて……しつけのなっていない客だねぇ」
「私はあなたの客じゃ無い」
「あら? これからおもてなしをしようと思ったのだけど?」
レミリアの言を無視するように、少女はまるで手品師の様におもむろに両手から無数のナイフを出現させる。
そして少女は、自分の手品を見て欲しいのか再びナイフを消滅させたかと思うと、今度は一本ずつナイフを出現させながらそのナイフでジャグリングし始める。
ナイフをお手玉のように操り、カスケード、シャワーそしてミルズメスからエリックス・エクステンションといったジャグリングの技を次々と器用に披露する。
最後に、少女は一本のナイフを高く放り投げ、それをキャッチするとその切っ先をレミリアに向け、ようやく次の言葉を発した。
「勝負よ……紅い悪魔の吸血鬼、レミリア=スカーレット」
「この、吸血鬼である私に人間のガキが勝てると本気で思っているのか? ……こんなにも月が紅いのに」
見れば、月は紅く光っていた。
それは、レミリアから発せられる、自分以外のものを威圧するような絶大な存在感が――比喩的表現でなく、物理的に――月の光を紅く見せているのであった。
しかし、この不吉な超常現象にさえ、少女は全く怯む様子も無い。
「そうよ、こんなにも月が紅いから」
そして二人は、同時に言葉を発した。
「夜空もお前の血で紅く染めてやるよ!」
「朝を待たずにお前を切り刻んであげるわ!」
言葉を終えた瞬間、レミリアは文字通り風を切り裂く超音速のスピードで少女に接近する。
その狙いは、恐らく鋭利な爪による直接攻撃にて、一撃必殺を狙っているのだろう。
侵入者の少女は、それを避けようとするのではなく手には先ほどの銀のナイフを持ち、やや猫背の体制に構えて迎撃を試みようとしている。
「シュッ!」
レミリアが飛んでくるタイミングを見計らい、少女はナイフを突き出す。
超スピードにタイミングを合わせる事は困難だが、上手くいけばレミリアより長身の少女の方がリーチは有る。
――しかし。
バサバサッ
「な……っ」
少女がナイフを突き出すと同時に、レミリアは無数の蝙蝠へと姿を変えた。そのため少女のナイフは空を切る。
そのまま少女の背後を取ったレミリアは、再び本来の姿に戻り、突き出された少女の腕を掴みあげる。
「純度の高い銀を使っているわね……本当に私を倒す気でいるのか?」
「く…ッ」
「けれども、ナイフに施された彫刻(エングレーブ)には何の戦略的優位性(タクティカルアドバンテージ)も無いわ。 実用と観賞用は違うものよ」
「うわあああああ!」
ギリギリと掴んでいた少女の腕を締め上げ、その痛みに耐え切れず少女はナイフを落とす。
そのナイフには吸血鬼が苦手とするはずの十字架が刻み込まれていたのだが、それが無効であると宣告された少女は、空いていた方の手で取り出そうとしてたガーリックをしまう。
「それともう一つ……貴様は根本的な誤解をしているわ」
レミリアは、少女の喉元に爪を当てる。少女は、その爪はまもなく何の躊躇いも無しに突き立てられるだろうと察した。
「人間に、私は、倒せない」
貧弱な人間の愚昧なる誤解を解き、その首をいとも簡単に切り裂こうとしたその瞬間――レミリアは何故か無数のナイフに囲まれていた。
「!!??」
そしてレミリアを覆っているナイフの群れの向こう側には、手元に居る筈の侵入者の人間らしからぬ邪悪な笑みが。
「チィ!!」
バサバサバサバサッ
状況を理解する前に、とりあえず自分を覆うナイフを避けるため、レミリアは再び無数の蝙蝠に変化する。
「山猫は――」
ドスドスドスッ!
しかし、幾ら分散したからといって全て避けきれるものではない。幾つかの蝙蝠が被弾する。
「獲物を――」
ドカドカドカドカッ!!
(こ、こいつっっ!! 何をやった?!)
何故か、レミリアは避けきったはずのナイフに数十本刺されていた。それは誘導などではなく、レミリアの直感から言えば、瞬間に刺さったのである。
そして、更に不可解なことに目の前の少女は瞬間的に移動しているように見える。先ほどのレミリアのような、超スピードなどではない。
(瞬間的だとッ!? 真逆、これは真逆ッ!!)
「逃さない」
ズタズタズタズタズタッ!!
レミリアが事態を悟った瞬間、全ての蝙蝠に銀のナイフが突き立てられた。
夜の王たる吸血鬼のレミリアは、その驚異的な身体能力を以って未だ消滅には至ってはいなかったが、このまま体を分散させたままでは消耗が激しいので一旦本来の姿に戻る。
「貴様……時を操ったな」
少女は鋭い目つきを維持しながらも、少しだけ感嘆の表情を顕にした。
「ガキの分際でそんな曲芸が出来るとはね。道理で、運命を操る私に歯向かって来る訳だよ……」
「減らず口を。お前はこれから私に倒される……逃げ道は無い」
確かに、レミリアは目の前の少女に痛めつけられていたが、やはりいつもの彼女通りに尊大に答える。
「いいや、ネタの割れた手品師はもう終りさ。……えぇと、山猫と名乗ったかしら?」
「そうよ。私は薄汚いネズミどもを駆逐する山猫」
「フン。……お前の運命は既にリーディング済みさ。そんな風に粋がっても無駄無駄」
「?」
「お前は何故、人間でありながら危険な吸血鬼狩りをする? 幻想郷でひっそりと暮らすこの私に恨みでもあるのかい?」
「………」
「無いだろう。そう、お前は自分の意思でここに来ているわけではない。クックック……その人間ならざる能力……随分と疎まれてきたのでしょう――同族から」
「そっ……そん、なこと無いわ…」
「うろたえているじゃないの。心拍数も上がってきてるわよ? どうせ貴方がここに来た理由は、他の人間達に認められるために人の害となりそうな妖怪を退治することによって、人間のコミュニティ内に自らの居場所を作るという、一種のレゾンデートルの確立行為といったところでしょう」
そんなことに私たちを巻き込まないで欲しいわね、いい迷惑よ。と、レミリアにしては真っ当な意見を述べた。
それに対し、少女は先ほどまでの勢いを失っている。ほとんど会話もしていないのに、自分の心の内をこうも透かされてしまったことに愕然としていたのだ。しかし――
「……うるさい、お前に何が解る」
「さっきも言ったと思うけれど、運命よ」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ……NmiyaaaAAAAOOH!!!」
大きくかぶりを振り、人間とは思えない狂気を含んだ、まるで猫の鳴き声のような咆哮を上げ、少女はレミリアに襲い掛かってくる。
「命を運んでくると書いて、運命…とはよく言ったものねぇ……UURRRRRRYYYYY!!!」
キンキンキンッ
レミリアの爪によって少女が投擲するナイフはことごとく弾かれていった。レミリアは少女との距離を一気に縮める。
「な、何故なの……?」
「時を止めている筈? そんなのは、私の運命を操る力で無効化できるのよ。運命とは、時間の連続性によって必然的に生み出されるもの。貴方がその時間の連続性を覆そうとしても、私が運命を操るたびに時間は連続的になる」
レミリアのいう運命とは、時間が途切れることの無い連続性を有しているという性質により、現在の時点で既に決定している未来そのものを指している。
時間は本来、途切れることなく流れる。過去から現在、そして未来へと。故に、運命は生じる。
つまり、時の流れの力によって、既に決められている未来のことを、運命と呼んでいるのだ。
そう考えたとき、レミリアの運命を操る力が少女の時を不連続にする力を無効化出来るということを理解することが出来る。
しかし、少女はまだ運命とは何か、理解できていない。
「何を言って…」
「つまり! 貴方の負けということなのよ!! 十六夜咲夜!!」
イザヨイサクヤ……
少女は、その名で呼ばれたことなど今まで無かった――ばかりか、そんな名前など今まで聞いたことも無かったにも関わらず、ひどく懐かしい想いを抱く。
「…いざよい……?」
当惑する少女。その表情は、先ほどまでの狂気は感じられず、年相応のあどけなさを持っていた。
「そうさ、貴方はここでいざようのよ。人だからって人間の社会に馴染まなければ生けていけないというものでは無いもの」
吸血鬼のもう一つの十八番。誘惑の甘美な声を用い、レミリアは少女の耳元で囁いた。
「さくや……」
「それが貴方の名。そう運命を書き換えたわ。こっちへいらっしゃい、咲夜」
その名で呼ばれた時に咲夜は運命を理解する。
「貴方の力は紅き月の夜の王たる私にとっては、全く恐ろしくともなんとも無い。ペットの様に可愛がってあげるから、私の眷属におなりなさい」
そうだ。
時を操るという強力な力を幾ら行使しても得られなかった安息を、ここで紅き月の夜の王に仕えることによって、十六夜咲夜は得ることが出来るのだと悟った。
昼に生きる人間社会の中ではなく、紅き月に仕え夜に生きる事こそが、自らの幸せなのだと。
――そして、咲夜は紅魔館に仕えた。彼女は非常に優秀で、家事などのシャドウワーク全般を卒無くこなしたので、すぐにメイド長の地位を得たのだ。
特に、時を止めて念入りに掃除する徹底ぶりがレミリアを非常に喜ばせた。







咲夜が紅魔館に入り、レミリアはやっと当初から自分が思い描いていた生活が手に入ったので、更に行動範囲を広げるために紅霧異変を起す。
その結果は既に知られているとおりで、博麗霊夢と霧雨魔理沙によってその思惑は阻止されてしまう。











「よう、会いに来たぜ」


「何だよ。まあそんな顔するなよ。……ああ、解ってるさ」


「だから! そんな事言ったら私なんてタイトルに名前出てるのに前半の出番ここだけなんだからさ!!」


「そうさ……」


「どうしてかって? 私には私の野心がある。それだけさ」


「…ん? まさか怖気づいたんじゃないだろうな?」


「じゃあ大丈夫だ」


「ああ」


「そう、レミリアを裏切ることになるな」


(後編に続く)
前フリが長くなりすぎてしまったので、前後編に分けさせていただきます。申し訳ありません。
後編は、来月初旬を目途に掲載いたします。
CEn
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フランドールが影も形も無い件について。