Coolier - 新生・東方創想話

たまには素直もいいじゃない

2006/12/31 08:25:04
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 それは、何気ない日常の始まりの挨拶である。

「おはよう、美鈴」
「ふぁ……? はっ!? さ、咲夜さんっ! い、いいえ、寝てません寝てませんったら寝てませんよ!? そりゃ確かに昨日は通しで一日門番で疲れてたからうとうとしちゃってたかもしれませんけど寝てませんからね!?」
 ああ、隊長、墓穴掘ってます……。
 そう、門番隊に、つい最近所属した少女はつぶやき、次なる事態を想像して耳をふさぎ、目を閉じて、口をつぐんだ。別に世捨て人になるというわけではなく、その後の凄惨な事態を見ないようにして自分の精神を守るための動作である。ここ、紅魔館では、おサボりは許されない。んなことしようものなら『おサボりは許しまへんでー!』とばかりに投げナイフが飛んでくるからである。
 頑張ってください、隊長。私はここから、なるべく隊長のことを見ないようにして応援しています。
 愛情があるんだか徹底的に薄情なのかわからないことを考えつつ、あさっての方向見ている彼女の背後では、まさにそれが――、
「うふふ」
「……へっ?」
 対・咲夜さん専用防御態勢――要するに、『ごめんなさい許してください』ポーズを取っていた美鈴が、あり得ない反応に声を上げた。
「もう、美鈴ったら。そんなに眠かったら言ってくれればよかったのに」
「へっ!?」
 あ、あり得ない! どれくらいあり得ないかっていうと黒と白が入れ替わるくらいにマジあり得ない! ぶっちゃけA・RI・E・NA・I!!
 咲夜さんが……あ、あの咲夜さんが、私の居眠りを許容するなんて!? 聖母のごとき微笑みを浮かべているなんて!? そ、そんなバカなっ!? この後、いつものノリだと『誰がさぼっていいと言ったの!』って悪鬼のごとき形相で殺人ドールじゃ
なかったですか!? いや別にお仕置きが好きだというわけじゃないですけどでも最近は痛みの中に咲夜さんの愛が感じられて美鈴困っちゃうー、じゃなくてっ!
「ど、どうしたんですか!? 咲夜さん、何か悪いものでも食べましたかっ!?」
 つくづく、どがつくほど無礼なことを言っていることに、果たして美鈴は気づいているだろうか。いやぁ、絶対気づいてないって、と誰もが当たり前の答えを思いつくほどに取り乱している美鈴に、咲夜はというと、
「……ひどい」
「へっ……?」
「私は、ただ、美鈴のこと心配してるだけなのに……」
「はい!?」
 そのまま、くすんくすんと泣き出しましたよこの人!? え、何これ。え? どっきり? あ、カメラどこ? って、カメラなんてあるわけねえ!?
「あーあ、門番長、咲夜さまを泣かしてるー」
「悪いんだー」
「隊長への信頼が揺らぐよねー」
「ほんとほんとー」
「あんた達ねっ!?」
 ころっと掌返して――というより、どこぞの隙間妖怪やらが浮かべてそうなにやにや笑顔を浮かべて、いつの間にか、美鈴達の周りを取り囲んでいる門番隊の面々。いずれも目が興味津々だ。『まさか、二人の間に何かあったのか!』的な視線を注いできている彼女たちを一撃で散らして、美鈴はおろおろとしながら乙女泣きしてる咲夜の肩に手を置く。
「あ、あの……えっと……ごめんなさい。その、私……えーっと……」
 やばい、セリフが出てこない。
 紅美鈴の妖怪人生の中で、これは一、二を争う非常事態だ。この状況を突破する方法をくれるのなら、誰でもいい、私に力を!
 ――のようなことを彼女が思ったかどうかは知らないが、咲夜がすっと視線をあげる。潤んだ赤い瞳、弱気な表情、そして上目遣い。それはまさに、回避不可能の致死量弾幕だった。
「え、えっと……」
「……美鈴」
「は、はい」
「私ね……美鈴のこと、いつだって心配してるのよ……?」
「は、はい……」
 それは光栄です。とっても光栄です。光栄すぎて涙がちょちょぎれそうです。
 っていうか、これって私のピンチですよね色々と!?
「だから……ね」
「……はい」
「そんな風に言われたら……悲しいの……」
 ぴしゃぁぁぁぁぁぁぁんっ! と、美鈴の背後で雷鳴が鳴り響いた。
 な、何だ……何だ、この人は!? どこの乙女イドだっ!? っていうか、この人、本当に咲夜さん!? 偽者じゃないよね!? 十六夜じゃなくて十五夜咲夜とか!?
 いや、だけど、この感じは誰がどう見ても咲夜さんっ! 嘘!? 何かあったの!? 性格が反転する怪しい薬でも飲んだの!? 永琳さん、あなたはこんなことはしない人だと信じてたのにっ!
「美鈴……責任、とって」
「せ、責任と言われましても何をどうすれば……」
「……うふふ」
「さ、さくや……さん?」
「んっ……」
「んーっ!?」
 周囲から響く「きゃーっ!」という桃色な歓喜の声を聞きながら。
 これはきっと何かの夢だ……、と美鈴は現実逃避をしていた。そんな彼女の唇には、しっかりと、咲夜の唇が重なっていたのは言うまでもない。


 メイド長がおかしくなった。いや、こっちの方が恋する乙女としては正常なのかもしれないけど、とにかくおかしすぎる。どれくらいおかしいかというと、
「うふふ、め~りんっ。ねぇねぇ、お茶しましょ?」
「あ、あの、私、これから睡眠を……」
「添い寝してあ・げ・る♪」
「けっ、結構ですっ!?」
 ――という感じである。
「……一体、メイド長、どうされたのでしょう……?」
「そうね……。普段、私たちがけしかけても、『あ、あんまりくっつかないでよね!』とか、『私は上! あなたは床よ!』なのにね……」
 っつか、お前らんなことしてたんかい、とツッコミ入れたくなるセリフをつぶやくメイド達。それくらい、今の彼女たちにとっても、咲夜の行動は異常だった。珍妙奇天烈奇々怪々、ついでに天網恢々疎にして漏らさず、あ、これは意味が違うか。ともあれ、おかしすぎる。
「め~り~ん、待って~」
「いやぁぁぁぁぁっ!? お願い寝かせてぇぇぇぇっ!
 って、ぱんつ! ぱんつに指がぁぁぁぁっ!?」
「うふふふ、私はもう脱いでるのよ」
「誰かバスタオルをぉぉぉぉぉぉっ!」
「……だけど、ま、ほったらかしといてもいいんじゃないですかね?」
「そーね」
 頑張ってください、美鈴さま。お子様の名前は、メイド一同、知恵を出し尽くして考えておきますから。
 やっぱり薄情な紅魔館クオリティが漂う中、屋内ではあるが素っ裸で美鈴をさそう(色んな意味で)メイド長と、それに引きずられていく美鈴を、誰もが優しく、そして同時に、にやつく笑顔で見ていたのだった。

 そんな、紅魔館じゃなくて桃魔館になりつつある悪魔の館の中、現況となっているメイド長が廊下を歩いている。あの後、結局、「そういうことは夜になってからっ!」と美鈴に追い出され、失意ではあったものの、『逆に考えるんだ。夜が来ればオールナイトと考えるんだ』と思考を切り替えて、ただいま、うきうき笑顔でどこへともなくすたすたと。
「あ、メイド長」
「あら、何?」
「廊下のクロスの張り替えを手伝って欲しいんですけど」
「い・や」
「……へっ?」
 言葉をかけたメイドが硬直する。
 咲夜は笑顔で「そんなのはあなた達がやればいいじゃない」とのたまってくれた。普段の彼女なら、『あなた達に任せておけないわ。私がやるから、あなた達は持ち場に戻りなさい』と、こちらの仕事を奪ってしまうというのに。
「え、えっと……?」
「私、これからやらないといけないことがあるの。今夜に備えて、お肌を磨いて、それから、精力がつくように美味しいご飯を作って……。きゃーっ! 私ったらだいた~ん!」
「だ、だいた~んって……日輪の力でも借りるんですか……?」
 きゃっきゃとはしゃぎ、飛び跳ねながら乙女なメイド長が去っていく。声をかけることすら出来ない。ただ、呆然と立ちつくす彼女の背中に「ねぇ、咲夜さまの手伝いとれたー?」と同僚が問いかけてくる。
 そんな彼女へと、答える。
「……その時、咲夜さまの乙女魂は発動した――」
「……は?」

 メイド長がおかしくなった。絶対おかしくなった。


「あの、咲夜さま。こちらの料理の味見をして欲しいんですけど」
「やぁよ、そんなの。私は忙しいの」

「あの、咲夜さま。お掃除手伝ってくれませんか?」
「い・や。せっかくのお洋服が汚れちゃうわ」

「あの、咲夜さま」
「きゃはっ、美鈴待っててねー」



「断固! メイド長を元に戻すべきですっ!」
 どばんっ! とメイドの一人が会議室――という名目なだけであって、ただのでっかい詰め所である――の机を叩いたのは、時刻はお昼を回る頃だった。これから、紅魔館のレストランサービスも忙しくなってくる頃合いだ。まだ続いてたのか、と思った諸兄、まだ続いているのである、これが。とにかく付近の皆様にも大好評ということで、この館のちっちゃいお嬢様が「まさに紳士の施しよね」と勘違いしちゃったために、営業時間が延長、さらにメニュー拡大という暴挙までかまして営業継続中なのである。当然、大勢の客が、あるいは注文が舞い込んでくるために、厨房はてんてこ舞い。咲夜の手がなければ、絶対に処理が追いつかないという状況に追い込まれるほどなのだ。
「あんなメイド長、メイド長らしくありませんっ!」
「っていうか、私たちの仕事の量増えすぎ!」
「そうです! 過労で倒れちゃいます!」
「私たちの健康とお給金と健やかな休み時間のためにもっ!」
『メイド長を元に戻すのよっ!』
 お前ら、自分のことしか考えてないのか、とツッコミ入れたくなる誓いの中、そんな年若いメイド達の叫びには呼応しない、それなりに古参のメイド達は眉をひそめている。
「一体何があったのかしら」
「おかしいわよね。どう考えたって、あれはメイド長のキャラじゃないわ」
「メイド長には双子の姉妹がいたのかしら。ちょっと性格の明るい」
「そんな話は聞いたことがないわね。というか、ツンデレが二人も集まったら世界が崩壊するわよ?」
「それもそうね」
 んなわけあるかい、と誰かがつぶやいた。
 それはともあれ。
「とにかく、このままじゃ、紅魔館の業務が滞ってしまうわ。あの子達は頼りにならないし」
「何とかするしかないわね」
「だけど、ようやく、積極的になったメイド長を元に戻すというのはつまらない……もとい、寂しいものがあるわね」
「それでも、館の維持が最優先事項よ」
 それもそうか、で話がまとまりかけた、その時。
「たっ、大変ですっ!」
 一人のメイドが室内に飛び込んできた。彼女の顔色は、まさに顔面蒼白。この世のものとは思えない恐ろしいものを見た、と言わんばかりに引きつっていた。何があったの、と立ち上がったメイドの一人が訊ねる。
「ふ、フランドール様が……」
「……まさか……」
「癇癪起こして暴れてますー!!」
 誰かが、天を仰いで嘆いた。
 ジーザス……と。

 事の発端は、以下のようなものだったらしい。
「ねぇねぇ、さくやー。あそぼー」
 紅魔館の館内をぱたぱた飛び回っていたフランドールが、乙女街道驀進中の咲夜へと、にぱ~、な笑顔で声をかけた。普段の咲夜なら「はい、わかりました。何をして遊びましょうか」という流れになり、遊ぶだけ遊んでお昼ご飯を食べたフランドールは、そのまま満足してお昼寝――という終わり方をするのだが。
「ごめんなさい。それどころじゃありませんので」
「え?」
「私、忙しいんです。ですから、他のメイドと遊んでくださいね」
「えー? やだやだー! さくやとあそぶのー!」
「聞き分けのないことを言うものではありませんよ」
 それでは、と頭を下げて、駄々こねるフランドールを置いてきぼりにして、咲夜はどこかへと行ってしまった。当然、残されたフランドールはというと、
「う……うぅ~……!」
 大きな瞳に大粒の涙を浮かべて、ぐすぐすと鼻をすすった挙げ句、
「うわぁぁぁぁぁぁん! さくやがあそんでくれないぃぃぃぃーっ!」
「お、落ち着いてくださいフランドール様ぁぁぁぁぁっ!?」
「ワーニン! ワーニン! 緊急事態発生、緊急事態発生! フランドール様が癇癪を起こしましたっ!」
「至急、お慰めのおもちゃを持って集合きゃぁぁぁぁぁっ!?」
「ああっ! る、ルリちゃぁぁぁぁぁん!?」
「お、お姉さま……私は……私はもうダメです……。不出来な妹で……ごめんなさい……がくっ」
「そ、そんな! 私たちは、まだ、百合の花咲く秘密の花園まで辿り着いてないのよ!? 目を! 目を開けてルリちゃぁぁぁぁん!」
「みんな逃げてぇぇぇぇっ!」

 という、かなりやばくてシリアスで、ついでにリリームードな感じが、ただいま紅魔館で勃発中だとか。
「……そ、それは……」
 まさか、咲夜がそこまでおかしくなっていたとは。さすがに、ちょっと想像できなかった、ですまされる事態ではない。しかも、よーく耳をこらせば、ずがーん! だの、どごーん! だのといった轟音が断続的に響いている。右と左から、同時に。
「……あれ?」
 同時に?
 ちょっと待て、フランドール様は一人のはず。いや、四人に分身出来るけど。だけど、それなら四カ所から爆音が響いてくるはず……何で二カ所!?
 ま、まさかっ!
「誰か助けてくださぁぁぁぁい! レミリア様がぐずって駄々こねてますぅぅぅぅぅっ!」
「……神よ、あなたは我々を見捨てたのですか……」
 お前ら、そもそも悪魔に仕えてるだろうが、とばい神様の一言が胸に痛い嘆き。

 なお、こちらの事の発端も、やっぱり咲夜が原因だった。
「あら、咲夜。ちょうどよかったわ」
「あら、お嬢様」
「これから、ちょっと神社に遊びに行こうと思っているの。傘を持ちなさいな」
「お断りいたしますわ」
「即答!?」
 ちんまりとしたカリスマきらめかせ、今日もゆくゆくちびっこヴァンパイア、なレミリアの一言に、咲夜は間髪入れず笑顔で返した。
「え、えっと……ど、どういうつもり?」
 尊大に振る舞ってはいるものの、内心のショックは隠しきれないのか、声が震えている。そんなレミリアに、咲夜は続ける。
「確かに、私はお嬢様にお仕えしています。ですが、私は目覚めたのです」
「め、目覚め……?」
「はい……。誰か一人の人を愛し、その人のために尽くす喜びに……。
 その前には、お嬢様への忠誠心も、残念ですがかすんでしまいまして……。ですから、どなたか別のメイドに頼んでください。それでは」
「あ、ち、ちょっと!?」
 反論など許さず、まくし立てるだけまくし立てて、即行で咲夜は踵を返してしまう。
 ぽつーん、と廊下に取り残されたレミリアは、今の事態を理解すべく、その、体とのバランスがあんまりとれていない大きな頭をかしげて、悩むことしばし。
「……うぅ……」
 そして、答えを知ったら、当然。
「やなのー! 咲夜じゃなきゃいやー!」
 ――という具合になっちゃったわけなのだ。


「誰か、レミリア様とフランドール様をお慰めしてぇぇぇっ!?」
「は、はい! ほ~ら、美味しいお菓子ですよーってためなしグングニルーっ!」
「ならば、こっちのガラガラで!」
「そりゃ赤ちゃんに使うやつでしょうがぁぁぁぁっ!?」
「レヴァンティィィィィィンッ!!」
「こ、紅魔館が……紅魔館が崩れていく……」
「誰か……誰か、私たちを助けて……!」
「……こうなったら……これしかないっ!
 届いて、私の矢文っ! あの巫女の元へぇぇぇぇっ!」
「痛いわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「うわっ、早っ。」
「あんたか! あんたかこの矢射ったの! 私のおでこに直撃したんですけどっ!」
「お願いです神様仏様霊夢様! どうか、あの二人の大魔神をお鎮めくださいっ!」
「ええい、拝むなっ! とにかく、この傷に対する謝罪と賠償を要求……!」
「紅魔館レストランサービス一ヶ月無料食べ放題っ!」
「こらレミリア、フランドール! あんた達、いい加減にしなさいよっ!」
「あ、れいむだー! れいむ、あそんでー!」
「霊夢ぅぅぅぅっ! 咲夜が、わたしの咲夜がぁぁぁぁぁぁ!」
「だぁぁぁぁっ! じゃれつくなフランドール泣きつくなレミリアぁぁぁぁぁっ! しまった、一ヶ月じゃ安かったかぁぁぁぁぁ!」
「これで……紅魔館は救われた……」
「見てる……? ルリちゃん……私たち……助かったのよ……」
「……はっ、お、お姉さま……」
「るっ、ルリちゃんっ!」
「ああっ! 二人の愛が、暖かい涙が奇跡を起こしたのねっ!?」
「はっぴーえーんど」


 誰かこのカオスを何とかしろ。その騒ぎに、たまたま遭遇した天狗の記者は、それを取材することもなく、そう思ったという――。


「……絶対に、咲夜さん、おかしいです」
 ほとんど眠ることが出来なかった(原因は言うまでもない)美鈴が、目の下に隈を作って図書館を訪れたのは、夕刻をすぎた頃だった。
 咲夜がおかしくなる。その原因は、まぁ、ストレスやらなんやらあるかもしれないが、それだって性格を逆転させるには至らないだろう。残されるのは、何かの薬か魔術か。そして、運のいい……もしくは、厄介なことに、そういうことを平気でやらかしそうな輩が、この紅魔館には一人いるのである。
「パチュリー様っ! どこですかっ!?」
 我ながら、冷静になって思い返せば、その時の自分は相当殺気だっていたのだろう。その証拠に、応対に出てきた小悪魔の顔が恐怖に引きつっていたのだから。
「め、美鈴さん……どうなさいましたか……?」
「咲夜さんの変貌ぶりについてお伺いすべくやってきました。パチュリー様を呼んでください」
「え、えっと……」
「言っておくけれど、今回の騒動の原因は私じゃないわよ」
 小悪魔が、一瞬、どう対応すべきか迷ったところに、図書館の主が現れる。相変わらず、不機嫌そうに眉間のしわを寄せている彼女の右手の先には、普段は本が握られているのだが、今回は別のものが握られていた。
「ねずみが厄介なことをしでかしたようでね」
「そ、そいつはひどいぜ。私は……」
 パチュリーが握っているのは、魔術で構成されたロープだった。それにがんじがらめに縛られて、ずるずる引きずられているのは、紅魔館にとって天敵ともいえる最悪少女――霧雨魔理沙。
「……魔理沙さん」
「騒動が起きたその時に、紅魔館を訪れていてね。何をしに来たの、と聞いたら、ちょっと仕掛けをしてみた、と言ったものだから。外はすごいことになっているでしょう? まさかと問いつめたら、案の定」
「……魔理沙さんがやったんですか?」
「う、うむ。いやな、ちょっとしたことで……」
「……」
「……あの~……美鈴……さん?」
 つかつかと魔理沙の前に歩み寄った美鈴が、彼女をにらみつける。その視線の鋭さと言ったら。この視線だけで、人を殺せるのではないかと言うほどの鋭さを持ったそれを向けられ、魔理沙の顔が引きつり、セリフも思わず敬語になる。
「……あなたがやったんですね?」
「お、おう……じゃなくて……はい、そうですーっ!?」
「咲夜さんに何をしたんですかっ! 言えっ! 言いなさいっ! 言わないと、このまま絞め殺しますよっ!」
「うぐぐぅ……! ぐ、ぐるじい……マジで死ぬぅ……!」
「わーっ! 美鈴さん、ストップストップぅっ!」
 床の上の彼女を掴まえて、襟首ぐいぐい締め付けながら宙づりにする美鈴を、慌てて小悪魔が後ろから止めた。というか、魔理沙がしゃべる気になったとしても、あのままでは、本気で後数秒もすれば彼女は美鈴に絞め殺されていただろう。どさっ、と床の上に落ちた魔理沙が、ずりずりとパチュリーの背後へと逃げていく。
「こらっ、待ちなさいっ!」
「美鈴、ちょっと落ち着きなさい」
「これが落ち着いていられますかっ!」
「……う、うん……そうね」
 そして、傍若無人を常としているパチュリーですら、今の美鈴には逆らうことの出来ない、鬼気迫る何かを感じたようである。顔を引きつらせ、後ろでぶるぶる震えている魔理沙の首根っこを掴まえて美鈴の前へと放り出す。別の言い方をすれば、生け贄に出した、ということだが。
「さあ!」
「ひぃっ!? 言うっ! 言いますっ! だから殺さないでぇっ!」
「返答次第です」
「え、えっと……ですね。あの、わたくしめがやったのは……じ、自分の気持ちになる魔法薬の開発……で。
 その……ほ、ほら、あの、咲夜さんって素直じゃないですよね? だから、ちょっとばかり使ってみないかと持ちかけてみたんですけど……予想以上の効き目が出たみたいでして……。ど、どうしようかと迷っていた次第でありまして……」
「……咲夜さんが自分から飲んだんですか?」
「は、はい、そうです!」
 恐怖の前に、幾分、幼児退行を起こしている魔理沙の説明に、美鈴の視線はパチュリーへ。彼女は無言で肩をすくめるだけだ。
「そ、そもそも……その……美鈴さんだって、困ってましたよね? ほ、ほら、咲夜さんが素直にならないから……」
「それ……は……」
「あの……それで、恋人達へのささやかな贈り物にならないかなぁ、って……。てへっ☆」
 説明を終え、魔理沙の視線は周囲をあちこちさまよう。頼む、誰か私を助けてくれ、な視線だ。もちろん、それに応えようとするものは誰もいないのだが、それは割愛しよう。
 それ以外の視線が集まる先には、美鈴。
「……戻す方法は?」
「薬の効果が切れるまで待つか……あとは……解除キーワード……」
「それは?」
「……その……咲夜さんが見せている状況を否定するような一言……です……ね。あ、で、でも、これには危険が伴います……何せ、今の咲夜さんは、薬の力とはいえ、自分の心の内を表現している状況ですから……。下手な言葉は、精神的ショックになって……」
「……わかりました」
「あ、あの、美鈴さん!?」
「パチュリー様。それから、小悪魔さん。魔理沙さんの処遇は任せます」
「そのつもりよ」
「はい」
「ええっ!? 美鈴さん、助けてくれないんですか!?」
「ダーイ」
 敬語モードが直らない魔理沙は悟る。
 これからは、少し、他人の事を第一に考えて行動しよう、と。
 閉じられていくドア。そして、集まる、四つの瞳。続く言葉は、ただ一つ。
「魔理沙。覚悟はいい?」
「……ひぅ……」
 ――霧雨魔理沙、乙女歳。人生の終焉を悟る。



「咲夜さん」
 何だか妙に荒れ果てた紅魔館を、まるでそれなど目に入らないとばかりに渡ってやってきたのは咲夜の自室。折しも、彼女は、そこで一人ファッションショーをやっている最中だった。といっても、身につけているのはあれやこれやの代物であり、ちょっと子供の目には見せられないのだが。
「め、美鈴……? やだ……ダメよ、そんな……」
 何を勘違いしているのか、素肌を隠しつつ、しかし決して相手を拒絶しない態度を見せる咲夜へと、つかつかと美鈴が歩み寄っていく。
「咲夜さん。元に戻ってください」
「え? 何言ってるの? 私はいつだって、私よ?」
「違います」
 明確に、きっぱりと否定されて、咲夜の頭の上に大きな『?』マークが浮かび上がる。
「今の咲夜さんは、私の知っている咲夜さんじゃありません」
「そんなこと……。私は十六夜咲夜よ? あなたのことが大好きな……」
「……私は、今の咲夜さんは……嫌いです」
「……えっ?」
 照れくさそうに微笑んでいた咲夜の笑顔が硬直する。真っ向から、そんな彼女を、美鈴は見据え、言葉を続けた。
「私の知っている咲夜さんは、自分のことのみを第一に考えて、周りをないがしろにする人じゃなかった。もっともっと、厳しく自分を律するかっこいい人でした。今の咲夜さんは、そんな自分を否定して……自分に都合のいいことしかしようとせず、考えようともしていない、最低の人です」
「そ……んな……。
 ね、ねぇ……嘘……よね? 私のこと、嫌いって……嘘……よね?」
「本当です」
 確かに、魔理沙の言った通り、その一言は咲夜にとって、まさに天地が引き裂かれるほどの衝撃だったらしい。大きく目を見開いた彼女は、ふらふらとよろめき、ベッドの上にどさっと腰を落としてしまう。
「私の……私の好きな人は……私の好きな十六夜咲夜さんはあなたじゃない……。あなたは、咲夜さんの姿をした偽者です!」
「……ひ……どい……。私……本気で……美鈴のこと……」
「私のことを好きだと言ってくれるなら、咲夜さんを返してください。元のあなたに戻ってください」
「……だって……だって……ようやく……ようやくなのよ……?
 ようやく……私……自分に素直になれたのに……。それなのに……どうしてそれを……」
「そんなもの……」
 大きく、彼女は息を吸い込んだ。
 そうして、まっすぐに咲夜の瞳を見つめ、言う。赤く染まった彼女の瞳には、浮かぶ涙と美鈴の姿。
「私が、いくらでもやってあげます」
「……」
「あなたが自分に素直になれるその日まで、私は待ちます。そして、あなたが自分に素直になれるように、私がたくさん手ほどきします。私が、あなたの一番そばにいるということを、あなたの心にも、体にも教えてあげます。
 ……だから、もう帰ってください。いつか来る、その時まで」
「……美鈴……」
「……大嫌いです、咲夜さん」
 その一言に。
 ふつっ、と操り人形の糸が切れたように咲夜はベッドの上に倒れ込んだ。瞳を閉じて、身動きすらしない。呼吸をしているのかすら判然としない、まったき停止だった。
 彼女の隣に大慌てで腰を落とした美鈴は、そのまま咲夜を抱き起こす。何度か彼女の体を揺すり、声をかけてみるも、彼女は反応しない。まさか、と息をのむ。多くの生き物に共通する『精神』という器。それは、たやすく崩れ去るもの。さりげない、何気ない日常の一言でも大きく傷ついてしまうほど弱いもの。
 まさか、そんなはずはない。
 魔理沙の言っていた通り、それが、あまりにも『大きなショック』になってしまったはずなどない。最悪の結果になってしまったなんて、想像したくない。
「咲夜さん、しっかりして! 目を開けてください!」
 揺すっても、声をかけても、叩いたって起きようとはしない、スリーピング・ビューティー。
 浮かんだ涙を必死でぬぐいながら、なおも美鈴の呼びかけは続いた。その時間は、幾万の刻越えにも等しい無限だったのだろう。それでも目を開けない咲夜。彼女を抱きしめて、美鈴は言う。
「……大嫌いなんて……嘘に決まってるじゃないですか……」
 唇を重ねて、続ける。
「大好きなんですよ……? だから……」
 もう一度、唇を重ねて。
「目を開けて……」
 その手を握りしめて。そうして、もう一度――三度目の正直に、唇を重ねようとして。
「……ん……」
 小さな身じろぎと、声。
 涙に潤む視界に映し出されるのは、目覚めを知ったお姫様。蒼玉の双眸が、ぱちくりと辺りを見回す。
「め……りん……?」
「咲夜さん……!」
「……あら? 私……どうして……って……!?」
 そこで、咲夜は今の自分の状況に気がついたらしい。
 下着姿。ベッドの上。ついでに、まだ外は微妙に明るい。そして、自分の部屋に二人きり。ここから導き出される答えはただ一つ。
「あなたは……何を……ふしだらなことをぉぉぉぉぉっ!」
 全力で弾ける彼女のセリフには、いつも通り、怒りと同時に恥ずかしさから来る恥じらいが混じっていた。展開された無数のナイフが美鈴に切っ先を向けた瞬間、美鈴は涙と一緒に笑顔を浮かべて咲夜に抱きついた。
「……よかったぁ……」
「な、何が『よかった』よ! あなた、私に何しようと……んっ!?」
「やっぱり……キスは、私からがいいですよね」
「……なっ、なっ、なっ、なぁぁぁぁぁっ!」
 それは、ただ、唇と唇が触れあうだけのバードキスだったのだが、彼女を、ある意味で激高させるには充分だったらしい。「この破廉恥娘ぇぇぇぇっ!」という絶叫が響き渡り、いつも通りに、美鈴が吹っ飛ばされていく――のだが。
「あはは……いつもの咲夜さんだ……。よかったぁ……」
 そのナイフの切っ先はことごとく彼女を外れ、結局、美鈴が吹っ飛んだのは咲夜の制御できない力の破裂によるものだけだった。当然、彼女に怪我はなし。咲夜は顔を真っ赤にして「出てけぇぇぇぇっ!」と怒鳴って枕を投げつけるのが精一杯だった。
「……ったく! 何なのよっ!」
 怒鳴り散らしながら、彼女は美鈴を追い出し、いつも通りにメイド服へと袖を通す。何だか、なぜか、今日はこれに初めて袖を通すような、そんな気がして首をかしげたのだが「気のせいよね」とそれを流す。
 全く、一体どうなってるんだ。今日は、確か、朝起きて朝食の用意をしていたら、魔理沙が紅魔館にやってきて……そうそう、美鈴が居眠りしていたという話を聞いて……それから……。
「それから……」
 そこからが思い出せない。何かがあったような……そして、何か大切なことがあったような気がする……のだが。
 思い出せなかった。
「……まぁ、いいわ。とにかく、美鈴にお仕置きしないと……」
 ――屈折した愛情って大変ね。
 そんな声が響いたような気がした。え? と視線をあげた先に映るのは、姿見に映し出された自分の姿。そこにいる自分が、寂しそうに、悲しそうに、羨ましそうに。そして、幸せそうな笑顔を浮かべて微笑む。紅玉が見据える蒼玉が見開かれ、一瞬、彼女の動きは停止する。
『美鈴はあなたのものだってさ』
「……えっと……?」
 微笑んだそれの口が動いて、声が頭に響いた――そんな気がした。あるわけないのに。鏡に映っているのは、きょとんとした自分の姿だというのに。
 私もボケてしまったのだろうか。
 首をかしげながら……しかし、何となく唇に残る感触が愛おしくて、そっと、指先で触れてみる咲夜だった。



「美鈴っ! あなた、また居眠りしてたわねっ!?」
「はわぁっ!? 咲夜さんっ! 寝てませんったら寝てませんよぉっ!」
「お黙り! 船をこいでいたのは見たわよっ!」
「……ねぇ」
「何?」
 いつも通りといえばいつも通りの紅魔館。
 今日も門前で、門番とメイド長の愉快な鬼ごっこが続いている。
「あのままだったら、確かに困ったことになっていたけど……」
「元に戻っても、結局、私たちの悩みはつきないのね」
 窓からそれを眺めるメイドが二人。古参の彼女たちは、『どうしてこう、咲夜さまは素直になれないのかしらねぇ』という、ちょっとおばさんくさい考えを浮かべながら、その場を去った。
 当然、その後、美鈴のお尻に咲夜の放ったナイフが突き刺さり、「いったぁぁぁぁぁいっ!」という悲鳴が響く。
 それが、紅魔館の日常である。
 ちょっと退屈でつまらなくて、時折、刺激と愉快に満ちるこの館は、今日も一日、いつも通りの朝を迎えて、夜の中へと沈んでいくのである。

 
 ちなみに、咲夜に嫌われたと思って落ち込んでいたお嬢様は、その日のうちにいつもの尊大な彼女へと戻り、「さくやーさくやー」とぱたぱた彼女の周りを飛び回っていたのを目撃され、そのお嬢様の妹は、「さくやあそぼー」とやっぱり咲夜の周りをぱたぱたしていたのを目撃されていたという。
 ついでに、今回の騒動を起こした魔理沙であるが、一週間、無賃金での紅魔館業務へのご奉仕活動をパチュリーに命令され、小悪魔の監視ありで泣きながら業務にいそしんでいたという。さらについでに霊夢であるが、「おかわりじゃんじゃん持ってきなさいっ!」と、それから一ヶ月間、紅魔館レストランサービスが赤字になるくらいの食いっぷりを発揮し、メイド達を泣かせまくっていたのだった。



「……美鈴はあなたのものよ、か」
 ベッドの上でつぶやいて。
 ねぇ、どういう意味? と、彼女は隣へ、静かに訊ねて。そして、そっと瞳を閉じるのだった。
瞳が蒼い時の咲夜さんは「ふ、ふん! 別に、あなたのこと、好きでもなんでもないんだからね!」なツンデレさん。
瞳が赤い時の咲夜さんは「めーりん大好き~」な直球乙女。
そう信じている自分の思いをストレートにやったらこうなった。

あなたはツンデレと直球、どちらの咲夜さんが好きですか?
haruka
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コメント



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2.無評価名前が無い程度の能力削除
脱字かな多分
自分の気持ちになる魔法薬は
自分の気持ちに素直になる魔法薬では?
6.80名前が無い程度の能力削除
もいっこ誤字線――。
>>そんな、紅魔館じゃなくて桃魔館になりつつある悪魔の館の中、現況となっているメイド長が廊下を歩いている。
現況→元凶ではないかと。
大丈夫。さくめいのSSだよ。
8.80名前が無い程度の能力削除
>>ツンデレと直球
ど っ ち も 大 好 き だ !
15.90名前が無い程度の能力削除
ツンデレでも直球でもめーりんを想う気持ちは変わらないよ!
30.90名前が無い程度の能力削除
咲夜さんが美鈴のことを想っているのならば、ツンデレだろうと直球だろうと関係ない!!
31.90CACAO100%削除
>ツンデレと直球
どちらも美鈴と美味しくいただかせていただきます
32.90蝦蟇口咬平削除
四つ下に同意
33.90名前が無い程度の能力削除
どっちも大好きでございます!
38.100名前が無い程度の能力削除
ああうん、この二人はとてもいいものだ(ノ´∀`*)
46.100紫音削除
>>ツンデレと直球
無 論 両 方 ! !

相変わらずGJなお話でした。ご馳走様です。
・・・そして魔理沙、強く生きようね・・・( つ_T)
57.90コマ削除
敬語な魔理沙吹いた。
しかしまぁ、直球な咲夜さんの破壊力は凄まじいですね~。
いやもちろんツンデレ咲夜さんも大好きですが。
64.100時空や空間を翔る程度の能力削除
素直な心・・・・
きっと近いうちに訪れるといいですね・・・・
65.100名前が無い程度の能力削除
八つ下に同意。
72.90名前が無い程度の能力削除
相変わらずの魔理沙イジメww
ツンデレと直球?両方大好きだ!
82.90名前が無い程度の能力削除
選べと? 無茶を仰りますなあ。
87.100名前が無い程度の能力削除
咲夜さんカワエエ
96.100名前が無い程度の能力削除
≫ツンデレと直球

両方好きに決まってんだろうが!!