Coolier - 新生・東方創想話

アーマード・こあ 水曜日の幽霊 後編

2006/12/24 09:40:31
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 サンドイッチは、チーズやレタス、ハムがはさんであり、とても美味しかった。
澄香によると、みんな村で取れた物だと言う。一見して、明治時代の日本の村のように見えたが、
意外と西洋文化の影響も強いらしい。
 リトルの耳の羽が急にぶるぶるっと震え出した。

 「あっ、パチュリー様からだ、なにか掴んだんでしょう」
 「それが合図なのかい」
 「ええ、パチュリー様、なにかテレパシーで話したい事があると、いつもはどこからともなく旋律が流れてくるんですよ、でも今日はマナーモードに設定していたのです」
  
 やがてどこからともなくパチュリーの声が聞こえ出す。澄香と霖之助は黙って聞く。

―リトル、村人や魔法使い達に色々聞いたんだけど、この辺に、ある魔法使いの男が住んでいたそうなの。その男には死んだ一人娘がいてね、娘を蘇らせる研究をしていたらしいわ。ネクロマンシーやホムンクルス創造など、およそあらゆる可能性を試したみたい―

 パチュリーは3人が言葉を飲み込むのを待って、続きを話す。

―ときには墓場から遺体を盗んだりして、それでだんだん村人から遠ざかるようになって、最近では行方知れずになっていたんだけど、一月ほど前、不気味な仮面をつけた男が、叢雲家の屋敷に入っていくのが目撃されているわ―

―それでね、どうやら連合は、結社に対抗するために、『幽霊計画』というものを企てているらしいの、死体をゾンビにして、おそらくは兵隊として使おうと云う魂胆ね、仮面の男がその魔法使いだとすると、彼と連合の間で何らかの取り決めがされたのかも―

 「やっぱり連合も関わっていたんですね」

―澄香、聞こえる? 事態は思ったより根が深そうよ。どうする、ここで引き返して、このことを忘れて暮らすという手もあるわよ、よく考えなさい、自分のこれからの人生や、家族、友達、得る物と失う物を―

 澄香はうつむいてしばらく考えていたが、やがて顔を上げ、決意表明を行う。

 「こんなやり方、絶対許しちゃいけないと思う。この計画を阻止しましょう、みんなどうか協力して」
 
―決まりね、ご主人とリトルはどうなの?―
   
 リトルと霖之助は顔を見合わせ、苦笑して肩をすくめた。

 「面倒くさくないといえば嘘になるが・・・・・・」
 「乗りかかった船です、最後までやりましょう」

―わかったわ。ところでこの先にある本部だけど、昨日の騒ぎで急いで移転してきた途中で、まだ警護の兵力も万全じゃないみたい、乗り込むなら今よ。それでもし困った事があったらすぐ連絡すること―

 「分かりました、ありがとうございます、寂しくなったら連絡します」

 リトルはパチュリーに礼を言うと、通話を切った。 

 「資料によると、本部周辺は魔力を感知する機械が監視の目を光らせているそうです。
もともと魔力の充満した森の中を詳しく探知することは出来ませんが、空を飛べば一発で感知されます。
つまり魔力を使った飛行は厳禁だということ。では出発しましょう」

 妖怪を排除しながら進む、澄香の弾幕はそれほど威力はなかったが、持ち前のタフさで押し切った。
霖之助も、手にした霊剣で巧みに攻撃を捌いていく。
 しばらく進むと、不意に、全身にねっとりとまとわりつくような不可視の壁に突き当たった。
 澄香は恐れもせずその壁を押しのけ、リトルたちは恐る恐る進む。
 何もなかったはずの目の前に、高さ5メートルほどのレンガ造りの城壁が広がっていた。

 「これは、魔法で姿を見えなくしていたのね。昔森の奥に探検に行ったことがあったけど、こんな物影も形もなかったわ」 

 城壁の上に据え付けてあった古風な大砲がひとりでにこちらを向き、砲丸を放ってきた。

 「危ない!」

 リトルが2人を突き飛ばす、砲丸が2人のいた場所に突き刺さる、爆発こそしなかったが、
もちろん当たれば澄香でも致命傷は免れそうにない。

 「私が大砲をひきつけます、霖之助さんと澄香さんはそのすきに内部に進入して」
 「わかった、気をつけて」
  
 霖之助は澄香の手を引き、開いていた城門に向けて走った。
 リトルはそれを確認すると、翼を広げ、空中に踊り出た、砲台は六つあった。

 「ただの機械が相手なら、手加減はしませんよ」

 大玉を放つ、大砲の黒光りする砲身が石垣と共に砕け、あるいは歪み、
あるものはプログラムどおりに砲丸を撃ち続けようとして内部から破裂した。
 砲台を破壊し終え、リトルは改めて本部の建物を見る。今度は洋風の古城が見える。
 塔の屋上がスライドし、中から弾幕使いと思しき人影が現れた。

 「アリーナの新顔に、負けるわけにはぶぎゃっ」

 先制攻撃で大玉を浴びせた、弾幕使いはかっこいい登場シーンから一転、
そのまま天高く吹き飛ばされる。

 「ハレーッ」
 「ごめんなさい、いつか、ふつうの弾幕ごっこでお相手します、今は急いでいるの」

 リトルは後を追う。

*   *   *

城内に入ると、澄香と霖之助はそこにいた。周りで警備兵がのびていた。非武装の研究員は脱出したらしい。

 「リトル君、無事だったか」 そういう霖之助の視線はリトルのほうを向いてはいなかった、
澄香も同様である。リトルがそっと視線を追うと、澄香を助け出すときに遭遇した仮面の男。
人間型の生物が傍らにいた。

 「記憶が確かならば、今日はずいぶんと知った顔が多い。君達はそんなに暇なのかね?」

 男のしゃべりは芝居がかったような口調だった。男が何か合図をすると、傍らにいた人間の形をとった何かが3人に向けて歩き出す。
 その体はつぎはぎだらけで、縫い目を境に肌の色が微妙に異なっている。
 異なる少女の目、鼻、口が組み合わさったような顔、それぞれの部位に澄香は見覚えがあった。

 「まさか・・・・・・ああ!」

 あの気丈な澄香が、氷の湖に落ちた子犬のように震え、幾筋もの涙が頬を伝う。

 「みんな・・・・・・一体どうして、いやよ、せっかく会えたのに。」

 澄香は両膝をつき、自分の肩を抱いてうずくまっている。

 少女のゾンビの口が笑顔の形に歪んだ。人形の顔を強引に笑顔にしたらこうなるだろうか。

 「すみ か  わたしは    なにか    された  みたい」

 「このかわいそうな少女達は私が蘇らせたのだよ、新鮮な部位をつなぎ合わせ、ひとりの少女として生まれ変わったのだ」

 男はこともなげに言い放つ。

 「何を、あなたが殺したのでしょう、どうして!」 リトルが叫ぶ。
 「殺すつもりはなかった、ただ結果としてこうなっただけに過ぎない」
 「お前は、創造主にでもなったつもりか!」 霖之助も感情を隠せない。
 「何とでも言ってくれて構わない、復讐も甘んじて受けよう、無数の怨嗟の中で私は死ぬだろう」

 少女のゾンビがふわりと宙に浮く。

 「ねえ すみか    また    いっしょに     あそぼ」

 「しかし、望みを果たすまでは、どんな罪を犯してでも死ぬわけにはいかない」

 ゾンビの腕が真一文字を描く、無数の魔力弾が三人を襲う。

 「危ない」

 リトルが防御結界を張り、弾幕を防ぐ。いくつかの殺意のエネルギーが結界の干渉に耐えて直進する。
霖之助が霊剣で防ぎきれなかった弾幕を弾く。リトルは呆然とする澄香の手をとり、柱の影に隠れた。

 「霖之助さん、この子、もしかして、澄香さんのお友達」
 「おそらく」

 「どこに   いっちゃった  の    すみか      」

 ゾンビが更なるエネルギーの奔流を放つ、柱が崩れかかる。 

 「みい つけ た 」

 「澄香さん、しっかりして!」 リトルが叫ぶ。

 リトルと霖之助はその場から飛び退いたが、澄香はまだ膝をついている、リトルは澄香の周りに姿を見えなくする結界を張る。魔法を掛け終えたところで、四方から迫る無数の弾幕に襲われ、かわした後にクナイと大玉を撃ち込むが、背後に回りこんだ誘導型の魔力弾がリトルの背中に命中させる。

 「ぐうっ、魔理沙さんも、これはきついかも」
 「リトル君、あのゾンビの子はもう・・・・・・」 

 攻撃をあるときは避け、あるいは剣ではじきながら霖之助が叫ぶ。彼の表情も余裕が失われている。

 「ええ、仕方ないかも」

 リトルはゾンビの死角に飛ぶ、霖之助がどこにいるのか把握している暇がない。
 深呼吸し、手の平に魔力を込め、弾幕の準備をする。
 男の姿はいずこかに消えていた。

 「霖之助さんはあの人を・・・・・・」
 「わかった」

 リトルは少女に向き直る、殺意の魔力を両手にみなぎらせて。

*   *   *

 澄香はそのとき、結界の中で、戦いをぼんやりと見つめていた。
あまりにも信じられない光景だった。まるで目の前の光景が、どこか遠い絵本の世界に見えた。
 優しくしてくれた親友、彼女たちがばらばらに切り刻まれ、つぎはぎだらけの生ける屍となって、
協力してくれた人たちを襲う。2人は必死に防戦している。
 親友だったゾンビの動きが一瞬止まる、まるで攻撃をためらっているかのようだった。
その後、電気が走ったかのようにその体がびくんと震え、再び魔弾をばら撒いた。
 澄香は見逃さなかった、ゾンビの顔は能面のような笑みを浮かべ、なんの表情も感じ取れなかったが、
動きが止まった一瞬だけ、確かに、あのときの、哀しみを感じさせる光りがその瞳に宿ったのだ。
 
―まだ、人形になりきっていない―

 また動きが一瞬だけ止まる、一瞬だけ表情が戻る、しかし、何かの命令に突き動かされるかのように、
次の瞬間歪に手足が動きを再開し、殺意を撒き散らす。

―そうか、みんな戦っているんだ― 

 澄香はゆらりと立ちあがり、結界を出て、ゾンビとなった親友のもとへ歩いていく。その手に弓と、一本の銀の矢を握り締めて。

*   *   *
 
 「ちょっと、澄香さん危ない」

 澄香はリトルの声を無視し、ゆっくりと矢を番える。

 「あはは  すみか   いたの     そこに 」

 ゾンビとなった少女の全身が、青、赤、緑 黄色 紫に輝きだす。
 リトルの持つ魔道書がメッセージを放った。
 
―警告 高魔力反応―

 「澄香さん、あの子から離れて!」

 澄香はその場を動かず、静かに矢をゾンビの、かつての友人たちの胸もとに合わせる。

―魔力 なおも増大中 退避をお勧めします― 

 「澄香さんっ」 

 「みんな で  いっしょに  らくえん   へ   かえ  ろ」 
 「もうやめようよ、あなた達がどんな姿になっても、私の友達。お願い、魔力を解除して」  
 「どうし    て   ?」 疑問を含んだゾンビの声。
 「お母さんを支えなくちゃならない、それに、村の人々もいる。私はあの村に帰りたい」
 「あなた  も  おなじ   ここ ろ   の   いた  み      な ぜ?
 こ  んな    か  なし   み だけ   の  せかい 」
 「この世界はそれ自体、一種の地獄なのかもしれない。偽りの楽園なのかもしれない。
それでも、私は、生きつづけたい。生き続けることそのものが罰だったとしても、
この世界がどんなに醜くとも、私を必要としてくれる人たちがいる。だから、ごめんね」

 「澄香さん、逃げようよ」 リトルが叫ぶ。

―危険 危険 退避してください―

 「そ  れが  す    み かの  こた   え なの?」
 「そうよ だから、この世で生きていこうよ」 

 雫がふたりの瞳からとめどなく流れ落ちる。床に落ちたゾンビの涙が、増大する魔力により蒸発していく。

 「とまら  ない   あなた  を し なせ て  しまう すみか  わた   し を   うっ て」 

―警告 魔力爆散まで推定あと10秒―

 冷徹な魔道書の宣告が響く。

 「澄香さん、もうその子はもとに戻れない、どいて」

 リトルは再び、殺傷力を高めた弾幕を準備する、
ゾンビの少女を殺したところで、爆発を止められるかは微妙だったが。
 澄香は逡巡する、いずれあふれ出る魔力が、この場所を焼き尽くすだろう、
頭は理解していても、心が決断を押しとどめる。

 「すみか  の  てで    おくっ  て   ほしいの」 

 それが後押しになったのだろうか、呼吸を止め、弓を引き絞る。

 「さようなら また輪廻のどこかで」

 白銀の矢が少女のゾンビの胸を貫いた。

 張り詰めた空気が急速に冷えていく。
 駆け寄って、崩れ落ちるかつての友人を抱きとめる。
 最後にゾンビははっきりと、5人の少女の合わさった声で口を開いた。



 「生きて」



 そして、安らかにまぶたは閉じられる。

―魔力反応減少 爆発の危険はありません―

 自らが射ち堕した親友の亡骸を、澄香は抱きしめていた。リトルは澄香のそばに歩み寄り、そっと肩に手を置こうとする。

 「リトルさん、もう少し、このままでいさせて下さい」
 「わかりました」

 リトルは仮面の男と霖之助を追うべく走り出す。自分にはまだやるべきことが残っているのだ。

*   *   * 
 
 仮面の男は、ゾンビの少女に埋め込まれた行動規制装置に、『遊べ、勝てない場合は自爆せよ』と命じ、娘の魂と、生成中のホムンクルスを回収するために研究室へと走る。

 「あれだけは、娘だけはなんとしても・・・・・・」
 「そのために、何人の娘を犠牲にした?」

 男の目の前に立ちふさがるのは、かつて草薙の剣と呼ばれし霊剣を突きつける霖之助。

 「5人、あの澄香と言う少女も含めれば6人だ」
 「ずいぶんと正直だな」
 「彼女達も罪人なのだよ、愛を得んがために人を殺めた。その償いはどこかで果たされなければならない、そうは思わんかね」
 「罪を犯した者なら殺して良いとでも?」
 「むろん、私が最大の重罪人であることは間違いない。娘を黄泉返らせると決めた日から、
どんな罪にも手を染める覚悟をした」
  
 男は拳銃を出した。

 「君を殺す覚悟もだ」
 「そうかい」

 銃声。霖之助は体を一回転させて銃弾の軌道から身をそらし、回し蹴りの要領で男の拳銃をけり落とす。
男がサーベルを抜く。横薙ぎに切りつけようとする。霖之助は後ろに飛ぶ。男が魔力のアシストでジャンプし、距離をつめ、顔面を狙ってきりつける。霖之助は剣でかろうじて防ぐ。火花が散った。

 「ゾンビの素材には、強い未練を持った者がふさわしい。安らかにベッドの上で死んだ者に術をかけても、
ろくに動きやしない。彼女達は満たされない強い想いがあった、そしてよみがえる事が出来た」

 仮面の男の蹴りが霖之助の腹に命中し、回廊の壁に叩きつけられる。

 「ぐうっ」
 「憎いか? 強く私を憎みたまえ、その思いが君を死んでも死なぬ存在に変える」
 「そいつは、ご親切に」

 霖之助は全身の筋肉に命じ、体を起こそうとする。しかし体がしびれたように動かない。
男の蹴りは、魔法使いとは思えないほどの重みだった。
 男はサーベルを納め、ゆっくりと床に落ちた拳銃を拾い、霖之助の心臓に狙いを定める。

 「さあ、私の被検体として新たな生を刻むがいい」
 
 その時、霖之助は何が起こったのかよく判らなかった。
 血しぶきをあげ、主から切り離されて空中を舞う、拳銃を握ったままの男の右手。
 頭脳からの最後の指令を受け取った指が、トリガーを引いた。
 弾丸が石壁にあたり、きゅいんと鳴った。
 男の絶叫が、城じゅうに響いた。
 自分が助かったのだという事を理解するのに、しばらく時間がかかった。

 「リトル君、助かったよ」

 震える手でムーンライトソードを構え、息を切らしている優しい悪魔の姿がそこにあった。
     
 「なるほどな、これが私の受ける報いというわけか、だが」

 仮面の男は研究室へと向かう転移魔法を発動した。

 「あれは、私のものだ、私のものだ」

 *   *   *

 広間に戻る、澄香と、ゾンビにされた澄香の友人たちの亡骸が居た。
リトルたちがどんな声をかけるべきか迷っていると、耳がぶるぶると振動した。
パチュリーからの通信だ。

 「はい、パチュリーさま」

―急いでそこから逃げて、連合だか結社だかの飛行船がそっちへ向かってるわ―
 
 「なんですって!?」

―きっと連中がやろうとしているのは、上白沢嬢の能力の、粗末な真似事よ―

 「それは、どういう・・・・・・」

―つまり、全てなかったことに、という事よ、逃げて―

 澄香を優しく説得し、亡骸を霖之助が抱きかかえ、城外を目指す。夜だった。
亡骸の右腕がだらんと垂れ下がると、澄香はそれを、彼女の胸の上にそっと置く。
 空を見上げると、空を飛ぶ鯨のような飛行船が3隻、城を目指していた。
 瘴気に満ちた魔の森を抜けるころ、連続して爆音が響き、城が燃えているのが遠くに見えた。
炎の光りで、三隻の飛行船の姿が浮かんだ。

 「なにもかも灰に還っていく。でもそれで良かったのかもしれない」

 遠くで、爆弾の爆ぜる音が続いていた。音に驚いた獣や鳥や妖怪たちがざわめく。
 冷たい風が三人を吹き付けた。雪が降り始める。遅まきながらの冬の合図だった。
  
*   *   *

 雪が降りしきる。苦しげな表情で歩く仮面の男。だがときおりその顔に笑みが浮かぶ。
 上着のポケットには魂を封じ込めた試験管、利き腕でない左腕で、それより大きめの瓶を大事そうに抱えている。
 中には新生児の胎児ほどに成長したホムンクルスが眠っていた。
 手首を切り落とされた右腕は、一応包帯で止血がなされてはいるものの、男の足取りを追うように血が滴り落ちる。

 「もうすぐ、娘に再会できる、神よ、しばしの猶予を」

 出血と痛みで意識が朦朧となる。ここで倒れるわけにはいかなかった。もう少しでホムンクルスが完成する、そこに娘の魂を移し変えなければ、いままでその目的のためだけに生きてきた。

―ねえパパ、お外にはどんな世界がひろがっているの―

 生まれつき病弱で、家からなかなか出られなかった一人娘。治療費を稼ぐため、殺人、強盗、詐欺、およそあらゆる犯罪に手を染めてきた。いくつもの勢力が彼の首に賞金をかけた。紅魔館のメイド長に追われた事もあった、霧雨家に弟子入りすると見せかけ、魔道具を盗み出したこともあった。しかし努力むなしく、娘は8歳の誕生日を待たずして死んだ。娘の笑顔をもう一度見たい、ただその妄執が彼を支えてきた。
 這いずりながら小屋にたどり着き、その向こうに楽園が広がっている、とでもいうようにドアを開けた。
そこは仮面の男が娘とともに過ごした家だった。テーブルに試験管と瓶を置き、最後の術の準備をする。

 「さあ、お前に新しく強い肉体を与えよう」

 男が呪文を唱えると、試験管の魂がゆっくりとガラスをすり抜け、ホムンクルスの口から体内に宿る。
手足がぴくぴくと動いた。だがすぐに沈黙し、動き出す気配をそれきり見せなくなってしまう。

 「もっと生き血を注がねば、ホムンクルスは完成しないということか」

 男は迷わなかった。止血帯を解き、とり付かれたように、流れ出る血を瓶の中のホムンクルスに注ぐ。
 なんと言う皮肉だろう、と男は思った。娘はおそらく生き返る事が出来る、その代わり、自分は死ぬ。
結局、生きて娘に再会することは永遠にかなわないと言うわけだ。瓶の中の胎児が男の血で急速に成長してゆく。

―これが、私に課せられた代償か― 

 次第にぼんやりとする意識の中、男はそう感じる。
 瓶が光りを発して割れた。ホムンクルスがゆっくりと立ち上がり、やわらかい笑顔を父親に見せた。
 何てかわいい娘だろう、それが男の脳に出力された、最後の情報だった。

*   *   *

 村へ帰還した後、パチュリー、リトル、霖之助の3人は、村長から感謝の言葉と報酬をもらい、香霖堂へ帰る。一週間後、リトルの提案で、もう一度澄香に会うことにした。
 彼女のまだ少し哀しみの残る顔が、やけに印象深いとリトルは感じた。

 「みんな、あの時は本当にありがとう。」 少しやつれた顔で澄香が言った。
 「あの、澄香さん、もう、大丈夫なんですか」 リトルが尋ねた。
 「ええ、思いっきり泣いたから、少しは心の整理がついたし」 澄香は隠さず伝える。
 「あの、これから、あの子たちのお墓に行きたいの、一緒についてきてくれるかしら」
 「もちろん、いいでしょう、パチュリー様、霖之助さん」
 「ええ、もちろんよ」
 「少しでも縁のある相手だからね」

 村を見下ろす小高い丘、その頂上に、澄香の親友、五人の少女たちの墓があった。
木で作られた墓標には、彼女たちの名がフルネームで記されている。

 結社はその後、実験のうわさを聞き、『人道に反する行為であり、事実関係の公表と責任の追及を求める』と言った。連合は、『自衛手段の研究であり、人道には最大限の配慮を行った、結社の批判は的外れである』と主張している。どちらが正しいにしても、ほぼあらゆる証拠が燃え尽きてしまい、一連の神隠しの首謀者とされる仮面の男の行方も不明だった。
 焼け跡からいくつかの人体実験の証拠と思しき物が見つかると、連合代表の叢雲玲治は、『実験を進めたのは仮面の男だったが、実験の実態を察知できなかった連合側にも責任はある』と認め、澄香の村に慰謝料を払うことを決め、曲がりなりにも一連の失踪事件はこれで終わった。

 「とりあえず、今までどおり妖怪退治の仕事を続けて、この村を守っていくつもり。
復讐は、やっぱりしなくちゃならないんだろうか、正直私にもわからないの。連合も結局、あの仮面の男に利用されていたようなフシを感じるし、少なくとも、地の果てまで追い詰めて、関わった奴を全員殺す、そのために全人生を賭ける、とも思えないの。完全に全てを赦す、というのでもないのだけれど」

 私が言っていい事か分からないけれど、と一言置いてリトルが口を開く。

 「あの、私、澄香さんがこの後どうするのかは、澄香さんに決める権利があるのだけど、で、でも私、澄香さんが元通りの生活で幸せになってくれれば良いと思う」
 「ありがとう、『水曜日倶楽部』は私ひとりだけになっちゃったけど、私は決してあの子たちを追いかけたりしないわ、いつか逢えるから」

 澄香は声を少し明るくして、流れるように喋った。

 「もしなにかあったら、また依頼するわ、そのときは格安でお願いね」
 「あれが格安の報酬じゃなかったんだ」 パチュリーがぼそり。
 「ちょっと、パチュリー様ぁ」 リトルがあたふた。
 「まあ、新しい仕入れルートが出来たから、僕としては満足だけどね」 と霖之助。

 村人が澄香を呼ぶ声が聞こえた。澄香は、じゃね、と手を振って駆けていく。
遠くの空でレティと遊ぶチルノが見える、ようやく冬らしい季節が巡ってきた。

*   *   *

 どこかの森の奥で、ひとりの少女が保護されたという。
彼女は銀色の髪と緋色の瞳を持っていた。
村人の助けを受けながら、澄香の家で暮らすこととなった。
『水曜日倶楽部』に優しい時間が戻りつつある。

「クッキーは好き? エル」
「澄香、ありがとう。私、ずっと前から澄香とお友達だったような気がするの」
「ねえ、エルのお父さんのお話、もっと聞かせて」
「うん、私のパパ、とっても素敵な人なの、昔ね・・・・・・」

おわり


 読んで頂いて感謝します。

 仮面の男とその一人娘、5人のかわいそうな少女達は、サウンドクリエイター『Revo』氏が主催する音楽集団Sound Horizonの二枚目のメジャーアルバム、『Elysion ~楽園幻想物語組曲~』が元ネタです。この作品での展開は、私がアーマード・コアのストーリーと合わせようとした結果思いついたもので、原作とは関係ありません。

 澄香、毛玉伍長、そして登場早々吹っ飛ばされた男は、フロムソフトウェアから発売されたロボットアクションゲーム、『アーマード・コア プロジェクトファンタズマ』、およびその続編の『マスターオブアリーナ』から取ってます。

 最初、澄香が5人の少女たちと心中を図るような展開も考えましたが、切なげなイメージのするSHの5人の少女たちに比べ、この澄香の元ネタとなったACの人物の場合、とても強気な性格で、主人公に安い報酬で任務を押し付けてきたり、ゲーム中何発被弾しても死なないなど、(当たり前ですが)到底SHのイメージとはかけ離れているので、別の道を選んでもらいました。

 あと、仮面の男と香霖の戦闘はちょっとだけスターウォーズのつもり。

 男「霖之助、私はお前の父だ」
 霖「嘘だーっ」

という小ネタを入れようとしましたが思いとどまりました。

 クローム対ムラクモも早く進めて、本職(?)の雪風パロに戻らなければ。でもいつになることか。
どうか気長にお待ちください。
 
 ちなみに、エルを保護したのはクンプレアーノス(吹っ飛ばされた人)。
とらねこ
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コメント



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報酬が安いのもスミカ準拠なんですね。
仮面の男の「あれは私のものだ」発言がヴィクセンのパイロット(名前忘れた)を思い出させます。
毛玉伍長の元ネタは地雷伍長でしたっけ?