Coolier - 新生・東方創想話

アーマード・こあ 水曜日の幽霊 前編 

2006/12/24 09:37:09
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 東方シリーズとアーマード・コアのパロディを考えているうちに、Sound Horizonの楽曲に私もはまり、その小ネタもいれてしまいました。作中で出てくる原作キャラ以外の人物は、あくまで他人の空似です。
断じてクロスオーバーではありません。かなり東方二次創作の領域をオーバーしているかもしれません。



 水曜日の昼下がり、誰もいないはずの洋館の庭。
 少女達の秘密のお茶会。
 彼女達だけが知る、それはそれは優しい時間。
 しかしある日を境に、色彩豊かな日常は根底から覆される。
 悪魔の所業を止めるのもまた悪魔なのか。
 失われた幻想が地平線の音楽を奏でる時、鋼に覆われた核心は解き放たれる。
 


*   *   *

 香霖堂からずっと離れたとある人里、村の広場で、一人の母親がいなくなった娘を探しまわっている。
 騒然とする広場。

 「だれか、うちの澄香を知りませんか」
 「まさか、澄香ちゃんまで?」
 「今朝、いなくなった皆を探しに行くといって出たっきり戻らないんです」
 「ああ、澄香、お前まで・・・・・・」

 嗚咽する母親。村人たちはただ見守るだけだった。

 「なんども捜索隊を出したのに、なんら手がかりがないなんて」
 「やはり妖怪のしわざなのか?」

 人の輪に割って入ってくる青年がひとり。

 「こうなったら、俺が行く、これでも現役の弾幕使いだ」
 「毛玉伍長さん、だめだ、あの娘までやられたんなら、あんたまでミイラ取りがミイラになっちまう」 
 「これは、皆でお金出し合って、ブンヴンズネストに弾幕使いを送ってもらうしかないかもな」
 「だーかーら、俺も弾幕使いだって!」
 「毛玉伍長さんじゃ、悪いけど荷が重過ぎるよ」
 「ションボリ」

 戦力外通告をされた青年はがっくりとうなだれた。そんな俺を哀れむような目で見ないでくれ、
と男は願った。

*   *   * 

 薄暗い地下室、行方不明になった少女、澄香はそこで必死に出口を探していた。
彼女は持ち前の生命力で、自分の住んでいる村の妖怪退治をして生計を立てていた。

―澄香さんのおかげで助かりました―

そんな彼女は村から頼りにされ、彼女自身もそれを誇らしく思っている。

―でも、あの力、やっぱ化け物じみてるしなあ-

しかしその力ゆえに、人々から畏怖の対象となり、心から話し合える相手を持つことが出来なかった。

―ねえ貴女、私達の『水曜日倶楽部』にこない?―

そんな彼女を何の偏見も、そして同情心も持たず受け入れたのは、『水曜日倶楽部』という5人の少女達が集う秘密の友愛団体。
 それは特に活動内容があるわけではなく、毎週水曜日に古びた洋館の庭に集まって、お茶を飲んだり、会話を楽しむ程度の集まりだったが、その日から澄香は水曜日を心待ちにするようになる。

―なんで私達が出会ったのかって、それは・・・・・・いろいろとね―

 5人の少女たちは、みなそれぞれに心の傷を抱えていた。語らずとも、彼女達がおしゃべりの最中に時折見せる悲しげな表情が全てを物語っていた。同年代の子供たちとも距離を置いていたいらしかった。
 だから、必要とされているのに阻害されがちな澄香を何の抵抗もなく受け入れ、澄香も彼女たちといる間だけ、太陽のような笑顔で振舞えたのだろう。
 そんな彼女達が、ある日姿を消した。
 たまたま妖怪退治の依頼のため、約束の時間に遅れた澄香が見たものは、まだ暖かいティーセットとティーウォーマー、食べかけのお菓子だけだった。
 村人は何度も捜索隊を出したが、見つけることは出来なかった。
もう絶望視されていたが、澄香はあきらめきれず探し続け、気がついたら狭い部屋に閉じ込められていたのだった。
 
 「きっと皆もここに連れてこられたはず、助けなきゃ、その前になんとしてもここを出なければ」

 彼女を動かしていたのは恐怖だけではなかった。
 さらわれた友人たちを助け、この事を白日のもとに晒すのだ、という使命感が彼女を完全な絶望から遠ざけていた。
 しかし、地下室はドアのほかは一切の出口がなく、明かりはドアにはめられた格子からわずかにもれる光りのみだった。
それがここの奴、あるいは奴らに狙われる原因になったのだろうか。とにかくここから出る方法、そしてここがどこなのか、それに何よりみんなはどこにいるのかを確かめなければ。

 出口が見つかる気配はない。
 途方にくれていると、何者かが歩いてくる音が聞こえ、それはドアの前で止まる。

 「あんたは何者? ここから出しなさい!」

 ドアを蹴りつけてやる。しかし足音の主はそれに動じず、胡散臭い男の声で笑った。

 「活きのいいお嬢さんだ、いい被検体になりそうだ」

 足音は再び遠ざかっていった。被検体ときたか! 澄香はぎりっと歯を食いしばる。

*   *   *

 パチュリーシチューの惨劇からようやく立ち直りつつある香霖堂。あの日から1週間が経とうとしている。 香霖堂は営業を再開し、リトルとパチュリーはまたトラブル解決の仕事を請け負うことになる。

 「はー、パチュリー様、もうあんなシチューは勘弁してくださいよ~」
 「できれば、僕からもそうお願いしたい」

 パチュリーはちょっと不満そうだ。

 「あら、あんなに美味しくて、体調も改善したというのに?」

 香霖堂で日常と科した光景。霖之助と、下宿している小悪魔リトル、その主パチュリー=ノウレッジの3人がちゃぶ台を囲んで朝食を食べる、後片付けが済んだあと、霖之助は店の掃除、リトルとパチュリーは2階で読書しながら待機となる。

 リトルは窓の桟に頬杖をついて外を眺める。ぼんやり1羽の烏が口に手紙をくわえて飛んでくる。
 2階にいるのはリトルだけだった、パチュリーは食後の後片付け当番なのでまだ一階にいる。この生活を始めてからなんだか主が明るく健康的になった。喘息の発作もあまりない。あくまで悪魔である自分が他人の幸福を喜ぶのもどうかと思わないではなかったが、やはり嬉しいことに違いはない。
 でもパチュリーシチューは勘弁な。 
 依頼文はたった1通、それも少し深刻そうなものだった。リトルはこの依頼を受ける決心をする。
 階段を下りていく途中、もうひとりの自分がささやいた。

 ~自分が全世界の不幸を救えると思っているのかしら~、
 別に。でも、自分のささやかな力で、誰かが笑顔になれるのなら、
少なくともその誰かにとっては悪いことじゃないはず。
 ~自分の種族名忘れた?~
 それは言わない約束。
 ~自己満足じゃないの?~
 そうだとして、それが何だというんだ。誰がなんと言おうと、私はやりたいからやる。
これは私のビジネス、ほっといて~

 自問自答しながら歩いていくと パチュリーは意外となれた手つきで食器を洗っている。鼻歌まで歌っている、図書館では絶対ありえない光景だ。作業を手伝い、終わってお茶を出す。

 「そう、行方不明になった人間を探せというのね・・・・・・」
 「そうなんです、もともとその村、行方不明といってもせいぜい何年かに一人の割合で、事故にあったり妖怪にさらわれる程度なんですが、今月に入って5人もいなくなってるんです」
 「それで、村の人に解決をお願いされたのかい」 霖之助も聞いていた。
 「そうです、もちろん、あっちも警備を強化したんだけど、最後の一人がその後に消えてるので、これは専門家に頼むしかないと思ったんでしょう」
 
 パチュリーはずずっと茶を飲み干し、湯のみをちゃぶ台に置くと、一呼吸して応えた。

 「いいわ、引き受けましょう、私も同行するわ」
 「じゃあ、僕もお供しよう」
 「ええっ、霖之助さんが」
 「僕の『物の名前や用途が分かる程度の能力』が役に立つかもしれない、だいいち、女の子たちがこんな危険な仕事に挑むのは見過ごせないな」
 「あら、私達が外見どおりのか弱い存在に見えて?」
 「大丈夫ですよぉ、私達、こう見えてもそこらの妖怪には負けません」
 「むしろ・・・・・・、足手まとい」

 パチュリーが言い放つ。しかし霖之助もめげない。

 「それでは、こういうのはどうかな、君達に依頼だ、月の下宿代の5分の1で、僕を同行させてくれ」
 「じゃあ、半分」
 「4分の1で」
 「3分の1」
 「仕方ない、それで手を打とう」

 しぶしぶ了承する霖之助を尻目に、2人は準備を始める。

*   *   *

 その日の午後に3人は件の村へ到着した。霖之助は空を飛べなかったが、リトルが簡単な浮かぶ魔法をかけると、かってにコツを掴んでついてきてくれた。

 「あなた、浮かぶ魔法をかけられたからといって、そうそう簡単に飛ぶ方向やら速度やらが調整できるわけじゃないのよ、変な人」
 「パチュリー様、そこは『筋がいいわね』とかいわなきゃ」
 「だって変なんだもの」
 「霖之助さん、気を悪くなさらないで下さいね、パチュリー様はいつもこんな調子なんです」
 「あはは、気にしてなんかいないよ」

 村に入る、一行は待ちかねた様子の村人に歓迎された。村長に話を聞く。5人の少女が行方不明になっているという。村で普段は畑仕事を手伝っている弾幕使いは、村の警備はともかく、森に分け入って妖怪退治を任せられるレベルではないらしい。
  
 「あの人は毛玉伍長だな、この村にいたのか」
 「知ってるんですか」
 「ああ、とくに特徴のない弾幕で、アリーナの最下位をぶっちぎりで独走する、名物弾幕使いさ」
 「それはそうと、パチュリー様、私、できれば霖之助さんと一緒に、森の方を探索してみたいと思います」
 「任せるわ、それでいいかしら、ご主人?」  
 
 ご主人と呼ばれた霖之助は、すこし照れながらうなずいた。

 「うん、僕の能力で、もし遺留品とかあったら何かわかるかもしれない」
 「じゃあ私は、烏でも捕まえて情報収集といくわ」
 「お願いします」

 3人は村長の手配した宿で休憩した後、リトルと霖之助は森へ、パチュリーは別の方向へ飛び立った。

*   *   *

 村の南は鬱蒼と茂る森だった。魔法使いの住む森ほどではないが、昼でも薄暗い。
 リトルの先頭を歩く霖之助が歩く、とくに目的地があるわけでもなく、道になっている場所を歩く。

 「こんな森なら、神隠しぐらいあってもおかしくはないかもな」
 「でも、この村にはめったにそんなことはなかったそうですよ」
 「最近起こった現象か、そういえばリトル、最近人里が騒がしいそうじゃないか。なんでも妖怪排斥を目指す『結社』とそれに対抗する『連合』があるとか」
 「ええ、もしかしたら、それと関係があるのかも・・・・・・」

 リトルは黙って、以前の失敗に終わった依頼を反芻していた。
『結社』に捕らわれた妖怪。彼女を助け出そうとした青年。そして銃弾に倒れた妖怪を見つめる青年。
彼は『連合』の設立者となった。
 結社が自分達に害を及ぼすなら戦わなければいけない、自分と愛する仲間達を守るために。
だがしかし、連合も完全に味方と考えていいのだろうか、とも思える。
 あの青年は、リトルの見たイメージでは純粋で正義感のあふれる人間だった、でもそれゆえに・・・・・・。
ずっと前、図書館で見た人間の歴史書を思い出す。どれほど愚かな行為も、きっかけは崇高な目的。
あの青年が同じ轍を踏まないと言い切れるのか。

 「まあ、どんな激しい対立が起こっても、まさか幻想郷を滅ぼせるわけないし、きっといつか、落ち着くべき所に落ち着いていくのだと思うよ」

 霖之助は、リトルの思考を読み取ったわけではないだろうが、沈黙する姿を見てだいたいの感情を察したらしい。リトルも霖之助の心遣いに返礼すべく、腕をまくって声を振り絞る。

 「そうですね、きっともとの幻想郷に戻りますよね。さあ、気を取り直して探索するぞー」

 すこし開けた場所に出る、陽光がわずかに増える。そこに紅魔館がより小ぶりの、つたに覆われた洋館があった。生活感は感じない。

 「なんだか、お化けが出そうですね」
 「ははは、君が言うせりふかい? まあ僕にも半分ほど言えないけど」 霖之助が茶化す。
 「怖いものは怖いんですよ」 リトルの顔が赤くなる。
  
 勇気を振り絞り、洋館へ向けて一歩一歩踏み出す。庭に妙に真新しいテーブルと五脚の椅があり、ティーセットが置きっぱなしになっている。

 「霖之助さん、これって?」
 「ふむ、僕の能力で見た限り、これらはみな何の変哲もない家具とティーセットだが、どうしてこんな場所にあるのかな」
 「もしかして、さらわれた女の子たちが、ここで秘密のお茶会を開いていたのかも」
 「少女達の秘密のサークルか、で、さらった犯人はそこに目をつけた」 
 「あの、霖之助さん、テーブルに置いてあるランプ、何なんでしょうか」
 
 テーブルの中央に金色のランプがあった、ティーカップや椅子やテーブルにマッチしたデザインとは言いがたい、ひどく場違いな調度品という印象を受ける。霖之助が手にとって、意識をランプに集中させる。

 「ふむ、これは『近づいた人間を睡眠ガスで眠らせる魔法のランプ』!」
 
 ランプから白い霧が噴出し、2人を包み込む。

 「霖之助さん!」
 「リトル!」

 視界が真っ白になる寸前、2人はお互いの目を見つめた。
 やがて2人の探索者たちは、庭に重なって倒れた。

*  *  * 

 どこかの部屋で2人の男がテーブルをはさんで向き合っている。
 一人は若い男、人妖連合の創始者である叢雲玲治。
 もう一人は臙脂色のマントをまとった白髪の男。30代以上だろうか、その表情を隠す黒い仮面が不気味な印象を与えていた。

 「あなたの『ホムンクルス製作』もよいが、そろそろ『幽霊計画』のほうも成果を出していただきたい」

 先に口を開いたのは玲治だった。

 「ええ、分かっていますとも、そちらのご注文も順調です、すでに動かせる段階に入っています
 しかし、もう幾ばくかのご助力を頂きたい。」

 胡散臭い声とともに、男は片方に分銅の乗った天秤を玲治の前に差し出した。
 玲治はだまって金貨の入った袋を天秤に置く。天秤は揺れ動き、やがて釣りあいをとって停まった。

 「我々も無限の財力はない、どうかお早めに。結社も何かしらの研究をしていると言う噂がある」
 「分かりました、長年の研究を完成させるため、連合には言葉で言い表せないほどの恩があります」
 「それともうひとつ、研究はすべて人間の死体でやっているとの事だが、本当でしょうな」
 「無論です、実験体は全て亡き者から創造しています」
 「最近付近の村で行方不明者が多発しているそうだが」
 「神隠しは決して珍しいことではございますまい」
 「まあいいでしょう、良い返事を期待していますよ、ところで・・・・・・」

 玲治は部屋を去ろうとしかけて、思い出したように男に問うた。

 「何でしょう、叢雲どの」
 「このようなことを貴方に依頼する私は、結社以上の悪だろうか」
 「たとえそうだとしても、悪を背負っていない人間など居りますまい。被検体は墓穴から復活出来るのです、生きている者達のために一肌脱いでもらうぐらい、当然の代価である、と認識しておりますが」
 「そうか」 玲治は感情のこもっていない声で言った。一礼して部屋を去る。

 「ふん、お前の期待など知ったことか。連合? 結社? それがどうした? 全ては娘を蘇らせるため、
彼等へ贈るのはその副産物でよいのだ」

 玲治がいなくなった後、仮面の男はそう独り言を言った。連合の援助で作られた地下の研究所。
男はその実験室へ移る。部屋の中央に、二つのフラスコといくつかの実験器具が置いてあった。
フラスコの片方を見る。そこには人間の胎児らしき生命体が真紅の液体に浸かって息づいている。
そしてもう片方のフラスコに目を移す。
この時だけ、不気味な仮面の奥に、慈愛に満ちた表情が浮かぶのだ。

 「もうすぐ、お前を蘇らせてあげられるよ」

 もう片方には、霊魂が封じられている。男の、亡き一人娘の。

 男がわが子をあやすようにフラスコに手を触れる寸前、研究所が地震のように揺れた。
 天井が震え、ぱらぱらと埃が落ちてくる。
 
 「何事!?」 男の問いに、研究所を管理する使い魔が事務的な口調で答えた。

 ―発電用八卦炉に異常発生、予備システム作動。システム異常中に一部施錠魔法解除―

 「来たな、どんな試練も、私は乗り越えて見せよう」

 男は目を細め、行動を開始した。

*   *   *

 「ちょっと、霖之助さん、ごほごほ。」
 「やあ、間違えたかな?」
 「間違えたかなじゃないですよ、なんなんですか」
 「まさか、炉を止めるつもりが、暴走させてしまうなんて」
 「私達、不思議生物じゃなかったら即死ですよ」

 すすだらけになった霖之助とリトル、あの睡眠ガスは人間にしか効かない代物だった。
 2人をさらうべく現れたガスマスク姿の一団を軽くのした後、変装し、彼らの現れた庭の魔方陣から研究所内部に侵入したのだ。
 電力をカットしてその隙に、というのは霖之助の提案だったが、さすがの霖之助も止め方が分からなかったようだ。

 「ごめん、でも早くここから動こう、めぼしい逸品もないようだし」
 「霖之助さんっ」
 「冗談だよ、さあ、見取り図だと、確か地下牢はこの先だ」
 「霖之助さん」
 「まだなにかあるのかい」
  
 リトルは右の人差し指を唇の前に持ってきて、霖之助に静かにしてもらう。
 耳をすまし、誰かの声を聞く。

小悪魔イヤー
―全警備員に通告、第3区画にて被験体1086がスペルカードを奪って逃走した、ただちに現場に急行し拘束せよ―

―ちくちょう、出口はどこよ―

 「第3区画、私についてきて」
 霖之助の手をとり、走り出す。
 

*   *   *

 澄香は走った。暗い地下通路を勘を頼りに走り抜ける。後ろから追っ手の気配がする。
扉が見える。澄香はその扉を思い切り叩くが、びくともしない。

 「魔法で施錠されてる、牢屋のカギは開いたのに」

 澄香は目を閉じ、奪った魔法アイテムを発動させるが、アイテムは一瞬光りを放った後、
淡々と開錠失敗を告げるのみであった。

―ゲートチェック、ロック解除できません―

 「残念だったねえ。ハッハー」

 胡散臭いトーンの声に振り返ると、臙脂色のマントを着けた白髪の仮面の男がいた。
背後に人間や妖怪の警備兵が数人控えている。

 「あなた、あの子たちをどこへやったの、みんな返して」
 「すぐに会えるとも、君が素直に協力してくれればね、諸君、お嬢さんを部屋に戻しなさい」 
 
 警備兵が澄香ににじり寄る。

 「ここまで来てやられるなんて」

 澄香は奪ったスペルカードを起動させた。
 威力は弱く、地味だが、相手を倒すことに特化した弾幕、人里ではそのようなタイプが主流だった。
 警備兵の何人かが、思い切り殴られたような衝撃を感じて吹き飛ばされる、しかしすぐに体勢を立て直し、
 澄香を捕らえようとする。

 「くっ、ここまでなの」
 「待て待て~」

 横の通路から魔力を練りながらリトルが走り出してくる。霖之助が後を追う。
 「リトル君、敵がどんな奴かも分からないのに無茶だ!」
 「ここは先手必勝ですうっ」
 「ううむ、なら止むを得ないっ」

 澄香と警備兵の間に踊り出る、名乗りもせずに魔力による衝撃波を放つ、警備の男達は吹き飛ばされ、仮面の男もマントで顔を覆う。
 霖之助が、警備兵の一人が取り出そうとしたスペルを霊剣の柄で払い落とし、澄香が間髪いれず残りのスペルカードのエネルギーを浴びせる。その間リトルは扉に右の手の平をあて、力を込める。扉がひとりでに開く。霖之助が澄香の手をとり、扉の向こうへ飛び込んだ。すかさずリトルが施錠しなおす。扉を叩く音が聞こえるが、開く気配はしばらくなさそうだった。

 「お互い、自己紹介は後回しにして、さっさと脱出しよう」
 「待って、まだ他の皆を助けなきゃ」
 「同じ牢屋にはいなかったのかい?」
 「地下牢には私しかいなかったの、他の部屋を探してみたけれど、誰もいなかった」
 「あの・・・・・・、残念だけど、ここには他に、あなたぐらいの女の子の息遣いは聞こえてこないの」

 リトルはおずおずと切り出した。

 「この子の能力なんだよ」 霖之助が説明する。
 「息遣いが聞こえない、それって・・・・・・」
 「きっと、別のどこかに閉じ込められているに違いない、さあ、今は生きてここを出るんだ」

 霖之助が落ち込む少女を励ます。通路の奥から、更なる追っ手の声が聞こえる。

―予備発電システム作動―

 3人は急ぐ、侵入時に使った転送用魔方陣のある部屋を目指す。

小悪魔イヤー
―転送ルーム行き通路にて被験体1086と侵入者を確認、これより魔方陣を閉鎖する、作業員は1分以内に退避せよー

 「急いで!!」

 魔方陣の部屋のドアをリトルが思い切り蹴破る。

 「2人とも、私につかまって下さい」

 両腕に霖之助と少女を抱えて、オーバードぱたぱたをオン、強引に魔方陣に突っ込む。
 資材の搬送作業をしていた非武装の人間達は、突然の出来事にただ呆然とするばかりだった。
 目の前が強烈な光に包まれ、やがて光が弱まったかと思うと、3人は洋館の庭に立っていた。
 足元の魔方陣はすでに消えている。
 リトルと霖之助は村へ戻りながら、少女の話を聞いた。

 「改めてお礼を言うわ、霖之助さん、リトルさん、本当にありがとう、私の名は伊吹澄香。
私、友達と一緒に、いつも水曜日にあの洋館の庭でお茶会を開いていたの、『水曜日倶楽部』って名づけてね、すごく楽しみな時間だった。
でもある日、私がたまたま遅れて行ったら誰もいなかった。村の人たちもほとんど諦めかけていたんだけ  ど、みんな優しい友達だったから、どうしてももう一度会いたくて・・・・・・、で例のランプで眠らされて、気付いたときにはああだったの」

 澄香は逃げるときに奪った、雑多な紙切れを二人に見せた。

 「断片的なことしか分からないんだけど、生き物を人工的に作り出すために人間の生き血を必要としていたらしいの、それで秘密のお茶会を開いていた私達が狙われたんでしょう、うかつだったわ」

 悔しそうに拳を握る。

 「きっと、みんな生き血を採るためにまだ生かされているはずよ、だってそうでしょ、
私、『金の卵を産むにわとり』の寓話を知ってるわ、生かしておいたほうがより多くの血を得られる、
みんな、助けてくれるのを待っているんだわ」

 澄香は2人よりも、自分に言い聞かせるように言った。不吉な可能性を必死で振り払おうとしているのが痛々しい。

 「絶対みんな助け出してあげる、でも私ひとりの力じゃ無理、だからあなた達の助けが必要なの、
これが次の依頼よ」
 
 爆発音を聞きつけて、十数人の村人が洋館に向かってくる。

 「澄香、無事だったのね」
 「おーい、澄香ちゃんじゃないか、大丈夫か~」
 「ああ、お母さん、毛玉伍長さん、会いたかった」

 少女は母親と抱き合って再会を喜んだ。
 まだ5人の行方不明者がいるが、村人達にひとまずの落ち着きが戻る。

*  *  *

 「あの記者ガラスと会ってね、いろいろ情報を聞かせてもらえたわ、もちろん、こちらの情報提供と引き換えにね」
 
 村の宿でパチュリー、リトル、霖之助、そして、単身友人を助け出そうとした澄香を加え、囲炉裏を囲んで今日あったことを話した。パチュリーは3人の話を聞いたあと、自分の得た情報を語る。

 「まず、結社に対抗する人妖連合が、戦力の増強のため、ゴーレムだかゾンビだかの研究を行っているらしいの、あの射命丸文の知り合いの烏天狗が、連合の拠点のある亜羽論谷から、夜な夜な何か大きな荷物が運ばれているのを見たというし」
 「じゃあ、もしかして、あの研究所で行われていた事がそれだとしたら」
 「澄香さん、だったわね、あなたが連合の村へ、あなたがドサクサに奪った資料を見せても、ろくに取り合ってくれないと思う。子供の妄想だ、といわれたりしてね」
 「あるいは、秘密を知ったな、といわれて何か危険なことになるかも」 リトルが付け加えた。
 「じゃあ、結社のほうへ掛け合ってみたらどうかしら、『これが人妖共存を謳う連合の実態だ』とかね」
 「パ、パチュリー様、本気ですか」
 「冗談よ、冗談。でも力のない人間の処世術として、そういうことはあるのよ。
ある集団からの迫害を避けるため、別の集団の庇護を求める。私達は人間と比べてある程度の力と頑丈さがあるから分からないけれど、弱い物は必死なのよ」
 
 澄香はうつむいて考えていたが、やがて顔をあげて、決心したように言った。

 「パチュリーさん、リトルさん、霖之助さん、資料の中に、本部のような場所の地図を見つけたんです。
そこに行ってみようと思います、私、これでも弾幕使いなんですよ、ネストには登録していないけれど」
 「もともと、行方不明者の安否を確かめ、この異変を解決するのが私達の受けた依頼、
いいわ、私達も行きましょう(まあ、面白そうだというのも本音なんだけどね)」
 
 リトルは、やけにパチュリーが面倒くさがらないのに内心ちょっと驚く。

 「でも、何事にも準備が必要、もうしばらく情報収集をしたほうが良いと思う」
 「霖之助さんの言うとおりだけど、でも、明日にでも友達が殺されるかもしれないんです。
早めに出来ませんか」
 「落ち着きなさい、あなた、一度先走って失敗しているでしょう? それじゃこの先生きのこれないわ」
 「・・・・・・はい、確かに」

 パチュリーは澄香を一喝した。そして、澄香が冷静さを取り戻すのを待って、話を再開する。
 しばらくの間、霖之助がお茶をすする音だけが聞こえた。

 「じゃあ明日の朝、今日みたいに、私が情報収集、あなた達は本部に直行、でいいかしら」
 「パチュリー様、もし戦闘になったら、パチュリー様無しじゃ不安ですよお」
 「ねえ、リトル、あなたは自分が思っている以上の力を持っているわ、
だから、もっと自分に自信を持ちなさい」

 それこそ、幻想郷のイレギュラーになりかねないほどの、という言葉がなぜかパチュリーの脳裏に浮かんだが、あえて口にしなかった。

 「でも、弾幕ごっこじゃいつも霊夢さんや魔理沙さんに負けっぱなしですし」
 「それは本当の殺し合いじゃないからよ、空挺部隊出身のPRIDEの選手が、必ずしもルールにのっとった格闘技ではトップになれないのと一緒」
 「濃いたとえ話ですね。じゃあ、パチュリー様は私に本気の殺し合いをしろと?」
 「いいえ、あなたの実力を評価したまでよ」
 「あの、もう遅いので、私はこれで失礼します、明日の朝、またここにきます」

 微妙な空気に居心地が悪くなったのか、澄香は礼をして家に帰った。
 
*   *   *

 次の日、洋館とその地下への大規模な捜索が村を上げて行われた。
しかし、地上階には何かの証拠になるようなものは一切なく、
地下研究所に通じる魔方陣は消えていた。夕方になってようやく研究所に通じる階段を発見したが、
内部はいくつかの魔法アイテムが残されていたのみで、完全にもぬけの殻と化していた。
 それとは別に、2人の弾幕少女と一人の男がさらに奥の森を目指して空を飛んだ。
 霖之助は前日の探索より重装備だったが、澄香はさらに大きな背嚢を背負っている。反面、リトルは身軽ないでたちだった。

 「この中にお弁当と、私が生成した魔法薬が入っています、もしもの事があっても、多少持ちこたえられるはずです」
 「あの、澄香さん。やっぱ私だけこんな軽装じゃ悪いですよ」
 「いや、君は万が一の戦闘に備えてくれればいい。むしろ僕らのほうこそ、君の力に頼ってるんだ」 
 「おそらく、荒事の経験はあなたがこの中で一番だと、パチュリーさんも言ってたわ」
 「買いかぶりすぎですよお」

 1時間ほど飛ぶと、澄香はある地点で降りようと言った。本部が近いのだという。
眼下の森が濃い魔力を発していた。よからぬものが蠢いているといったイメージが浮かぶ。

 「うわあ、並みの人間なら、瘴気を吸っただけで気を失いそう」 リトルが思わず声を漏らした。
 「これは、妖怪さえなんとかできれば、悪巧みにはもってこいの場所だな」 霖之助もしかめ面をする。 
 「ねえ澄香さん、あなたは大丈夫なんですか」
 「私、弾幕は強くないくせに、なぜか生命力だけはやたらあるんです。小さいころ、空を飛んでいて、妖精と正面衝突して思い切り地面に叩きつけられた事があったんです。でも次の日にはもう、村の男の子たちと
かけっこしてました、皆はきっと鬼の末裔だなんて言うの」

 鬼の末裔かどうかはともかく、おそらくその頑丈さは本当だろうと2人は思う。彼女の一途さは、ただ友人を取り戻したいと言う思いだけでなく、この生命力も関わっているに違いない。
 澄香はこの瘴気に満ちた森でいそいそと背嚢を開き、3人分の水筒とサンドイッチを出した。

 「ここでお弁当にします、最後まで気を抜かないで」

 よくこんな所で食事などできると、リトルと霖之助は感心すべきなのか呆れるべきなのか迷う。
 お待たせしました、真冬でも扇風機でPCを冷却しているとらねこです。元ネタの解説は後編で。
とらねこ
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