Coolier - 新生・東方創想話

ヴワル消失

2006/12/23 05:18:09
最終更新
サイズ
10.63KB
ページ数
1
閲覧数
801
評価数
13/101
POINT
4970
Rate
9.79
「ヴワル魔法図書館が消えました」
「お前は何を言っているんだ」
 射命丸文の第一声に、霧雨魔理沙は呆れ顔で答えた。
 それはそうだろう。いきなり煙突を通り抜けて人の家に飛び込んで、図書館が消えましたもないものだ。
 おまけに、文の白い上着は真っ黒に汚れ、肌のそちこちは煤けてしまっている。魔理沙が煙突の手入れを長いことさぼっていたせいなのだが、それにしてもひどい。美人が台無しとはこのことである。
「あーあー、煤だらけにしちゃって……誰が掃除すると思ってるんだ」
「誰がするんですか?」
「香霖」
「この間は博麗神社の掃除していましたけど」
「コミニュケーションの一環だぜ」
「それを言うならコミュニケーションです」
「ともかく! 消えたってのはどういうことだ」
 腰に手を当て、魔理沙はびしりと文を指さした。言葉の間違いを誤魔化した気がしないでもないが、それは置いておくことにする。
「ですから、ヴワル魔法図書館が消失したんです。誰にも見られず。跡形もなく」
「……それ、本当だろうな? 因幡の兎の与太話じゃないんだな?」
「間違いありませんよ。私がこの目で見てきたんですから」
 あまりにもあまりな話なので、魔理沙は一瞬法螺話かと疑った。だが、考えてみれば文は新聞記者である。情報に対し意図的な解釈を施すことはあっても、事実関係を捏造するとは思えなかった。
「パチュリーはどうしてるんだ? 図書館に何かあったら放っておくとは思えないけどな」
「さあ、そこまでは。紅魔館の中に入ったわけじゃありませんから」
 ふーむ、と魔理沙は黙考。
 本当だとすれば中々興味深い事件である。騒ぎには事欠かない幻想郷とはいえ、図書館が丸々消えるともなれば珍事の域に入ろう。退屈しのぎにはもってこいと言えた。
 そして、魔理沙は退屈していた。正確には、朝からの魔法薬の精製に飽きてきていた。
 そうと決まれば後は早い。
 何かあれば良し、何もなければ紅魔館でお茶でもご馳走になればいい。作りかけの魔法薬は後回しだ。魔女の大鍋に蓋をして、書棚の横から愛用の箒を引っ張り出してくる。
「面白そうだし、ちょっと行ってくるぜ。そっちはどうするんだ?」
「そろそろ号外が刷り上がるので、そちらを配ってきます。急がないと皆さんが紅魔館に殺到しますよ」
 酔いどれ鬼やら亡霊姫やら、祭り好きな友人たちの顔が浮かぶ。彼女たちが来たら、消失事件について調べるどころではなかろう。
「それはそれで面白そうだけどな。じゃ、ちょっと行ってくるぜ」
 箒をぺんと叩いて魔力を注ぎ込む。黒ドレスの裾をひらりと翻してまたがった。ぱちりと指を鳴らすと、光の軌跡を引いて窓が開く。
 窓から見える空へと早速出発、といったところで。
「あ、それとですね」
 文が何やら思い出したように声をかけた。
「っと! 何だよ、一体」
 箒に急制動をかけ、魔理沙が怪訝そうに立ち止まる。
 文は指を一本立てると、お姉さんぶって目をつむった。
「人に指を向けたら駄目ですよ」
「お前妖怪だろ」
「そうでした」
「それだけか?」
「それだけです」
「じゃ今度こそ……出発!」
 号令一過、箒に乗った少女は彗星となって空の彼方に消えた。  




「本当に消えてるぜ」
 魔理沙は愛用のとんがり帽子の縁に手をやり、呆れたように呟いた。
 ヴワル魔法図書館は紅魔館の一角に存在する。時空間の延展により事実上無限大の広さを誇る紅魔館において、図書館の位置は常に固定されていた。これは図書館の主であるパチュリー・ノーレッジの意向が大きい。パチュリーは出来る限り無駄な動きを省くことを信条としているため、図書館から紅魔館中心部への行き方が毎回変わるなどというのは耐え難かったのだ。
 その固定地が、えぐり取られていた。図書館だけが引き抜かれたかのように、紅魔館の一点はぽっかりとした空間を晒していた。
 確かに消えていた。
 文句ない、完璧なまでの消失だった。
「捜査の基本は聞き込み……だったかな」
 香霖堂で仕入れた外の世界の小説を思い出しながら、真相究明の手続きを考える。
 聞き込み、情報収集、然るべき後に真相看破。この三段手続きが有効であろうと、魔理沙は見当をつけた。
 早速誰かに話を聞こうと、人と妖怪を探していると
「忙しい忙しい。お掃除は終わっていないし、お嬢様と妹様のご飯の支度はあるし。時間を停めてしまおうかしら」
 折良く、銀髪碧眼、メイド服の少女が走ってくるところだった。見慣れた姿に、魔理沙は軽く手を上げて挨拶する。
「よう、咲夜」
「あら、魔理沙。妹様ならまだお休みよ」
「今日はフランに会いに来たんじゃないんだ。図書館が消えたって聞いてきたんだが……」
「ああ……そのことね」
 瀟洒なメイド長は整った眉を寄せた。紅魔館の実質的な管理者としては、放っておくわけにもいかないのだろう。
「法螺かと思ったが、どうも本当みたいだな。何があったのか教えてくれないか?」
「私も詳しくは知らないのよ。昨晩のことなんだけど……」
 話を総合すると、こういうことらしい。
 何の前触れもなく、忽然と図書館が消えた。
 メイドたち、メイド長、吸血鬼姉妹は揃いも揃って、一体何事が起こったのか知っているものはいない。紅魔館は防音性が高いため、ちょっとやそっとの騒ぎでは耳に届かないからだ。
 僅かに、一部のメイドが何か物音を耳にしていたらしいが、それにしても図書館を丸々消せる程のことがあったとは思えない。
 こんな悪戯が出来、なおかつしそうなのは八雲紫位だが、件の隙間妖怪はここ数日の間、目を覚ましていないのが解っている。
 パチュリーや小悪魔といった図書館組に尋ねても、何の心配もないと答えるばかりなので自分としては状況を静観するしかない、と。
「ふーん。で、お前はどう思うんだ?」
「私? 特に何とも思わないわね。お嬢様もパチュリー様も気になさっていないみたいだし。どちらかといえば掃除が楽になって助かるわ」
「成程な」
 咲夜にしてみればそれが本音だろう。ただでさえ仕事が多い紅魔館、図書館が消えたくらいで騒いでいる暇はないということか。
 となれば、これ以上得ることはなさそうだった。咲夜が関心を持たないことを他のメイドたちが気にしているとも思えない。
 こうなれば、図書館の主に話を聞くのが近道だった。
「直接尋ねてみるしかないか。パチュリーは?」
「居間にいらっしゃると思うわ」




 紅魔館の居間は本で占領されていた。モロッコ革装幀の稀少書から文庫サイズの普及書まで、所狭しと稀覯書や魔導書が並んでいる。いつもならここを根城にしているレミリアの姿が見えなかった。大方自室に避難しているのだろうと考え、一帯を見渡す。
「お、いたぜ」
 書物の山の中心部、ちょこなんと座り込む小柄な影。薄い桃の洋装に、紫の髪が良く映える。言うまでもなくパチュリー・ノーレッジその人である。
「よ、パチュリー」
「あら、魔理沙。残念だけど今日のお茶会は中止よ」
「ま、これじゃそうだろうな……」
 本が隙間なく密集しているようでは、ティーカップを置くことすらおぼつくまいと一人頷き、本から目も上げずに答える少女の横に腰を下ろした。帽子を取って椅子の背にかぶせ、室内を見渡す。
 まさに本の王国といった様相だった。テーブルや椅子までも本に埋め尽くされている。どれ程のお茶会好きでも、ここで優雅に一杯という気にはならないだろう。
「お茶会じゃないなら、本を返しに来てくれたのかしら。利息は魔導書五冊でいいわよ」
「暴利だぜ」
「あなたが持っていく量を考えれば安いものじゃない」
「図書館の貸し出しに利息がつくなんて聞いたことないけどな」
「それはそうよ。たった今決めたんだから」
「本は私が死んだら返すよ。それまで待っていてくれ」
「待つ分には構わないけどね。それで、今日はどうしたの?」
「そのことなんだが……」
 言い差した途端、パチュリーは本に目を落とし座ったまま数メートルを後ずさった。口が逆三角形になっている。警戒している証だ。
「ここの本は持って行かせないわよ。特別貴重なのばっかりなんだから」
「違う違う。持っていきたいのは山々だが、聞きたいことがあって来たんだ」
「山々というのが気になるけど、まあいいわ。私で解る範囲なら答えるけど」
「図書館消失事件のことだぜ」
 パチュリーが本から目を上げた。
 きょとん、とした様子で魔理沙を見る。それを聞くためにわざわざ来たの、とでも言いたげだ。
「なんだ、そんなことなの」
「そんなことって……図書館が消えたんだぜ。何でそんなに落ち着いてるんだよ」
「珍しいことじゃないわ。落ち着いてて当然よ」
「なんでだよ。図書館が消えるなんて聞いたことないぜ」
「なんでってそれは……図書館だからに決まってるじゃない」
「は?」
 魔理沙は自分の耳を疑った。
 何故図書館が消えたのかの問いに答え、図書館だから、はなかろう。同語反復(トートロジー)そのものではないか。幻想郷きっての理論家の台詞とはとても思えなかった。
 魔理沙は不覚にも呆然、いや、唖然としてしまった。一方のパチュリーはいつも通りの無表情で、まるで面白くも無さそうだ。
「……な、なあパチュリー」
「何よ」
「熱とかないか? それとも勉強しすぎたのか?」
 魔理沙の表情は真剣である。熱が頭に来たのかと本気で案じているからだ。魔を生業とするものがが学びすぎて精神の一部に支障をきたす例は絶無ではない。
 そんな魔理沙の心配をよそに。
 はあ……と。
 パチュリーは大きな溜息を吐いた。呆れたわ、とでも言いたそうだった。
 ぱたん、と本を閉じて、魔理沙をじっとりと眺める。こんなことも解らないの、とその瞳が語っていた。
「私の通称を言ってみて」
「渾名が何の関係があるんだ?」
「いいから」
「えーっと、そうだなあ……」
 わざわざそう言うからには何かの理由があるに違いないと、魔理沙は目の前の少女の異名を記憶の底から引き出す。
「知識と日陰の少女」
「それじゃない」
「少女密室」
「それはテーマ曲」
「紫もやし」
「殺すわよ」
「他に何かあったか?」
 金髪に手を差し込み、頭をかいて考える。そんな魔法少女に、魔女は淡淡と言葉を紡ぐ。
「魔理沙、記憶力落ちたんじゃない」
「パチュリーと比べるなってば。そっちが色々覚えすぎなんだよ」
 答えながらも記憶の倉庫を探る。
 少女、図書、七色、魔法の元……一定の共通要素を持った言葉のイメージが脳裏に展開される中、あまり使われることの無い単語が浮かび上がってきた。
「あ、そういえばもう一つあったな。確か――」
 刹那。
 魔理沙の脳髄が痺れた。電流が走ったかのようだった。
 何故図書館が誰にも知られずに消え去っていたのか。何者がそのようなことを成し得たのか。
 事の真相と其処に至る経緯を、魔理沙は一瞬にして了解していた。
 だが――突飛がなさ過ぎる。
 ごくりと息を呑む。確かめなければ、ならない。
「……なあ、パチュリー」
「何よ」
 声が震えているのが解った。
 いつも無表情な少女が薄い笑みを浮かべているように見えるのは気のせいだろうか。
「もしかして――」
 ずん、と。
 魔理沙の言葉を遮るように、紅魔館が揺れた。
 地震ではない。幻想郷に地震が起きることは殆ど無いし、そもそも地震なら館だけが横に揺れるようなことはない。
 何か巨大な質量を持った物体がぶつかった、そのようなイメージだった。
「帰ってきたわ」
 そう言って、パチュリーがすっくと立ち上がる。魔理沙も腰を上げた。 
「帰ってきたって、やっぱりそういうことなのか」
「ご明察。さて、本を運ばなきゃ」
 本に囲まれたパチュリーは指を鳴らす。無数の書物が浮き上がり、少女の周りに集積された。
 魔理沙は、そのまま外出する姿を慌てて追う。
 居間の扉をくぐりぬけ、長く伸びた廊下を辿ってゆく。図書館が存在する区画へと通ずる路を渡り、つい先程までは何も無かった空間に辿り着くと
「……ああ、やっぱり」
 呆れたような溜息と共に言葉を吐き出し、魔理沙はがっくりと肩を落とした。

 図書館が、何事もなかったかのように其処にあったからだ。

 入り口に佇むパチュリーの元に近づいてゆく。紫色の魔女は、愛おしげに図書館の壁をなぞり、振り向いた。
「これ、定期的に起こるんだけどね。魔理沙が知らないとは思わなかったわ」
「初耳もいいとこだぜ。魔法図書館だけじゃないんだな、こういうの」
「勿論。私は『動かない大図書館』だもの。なら、普通の図書館は動き回るのが道理よね」
 あっさりした返事に、魔理沙は天を仰いで溜息。脱力しきったその様子に、パチュリーは微かに笑みを浮かべる。
「……せっかくだし、お茶していく?」
「ご馳走になるぜ」
 微苦笑を返し。魔法少女二人は手に手をとって、ヴワル魔法図書館へと向かっていった。



 ……というわけで。
 もし貴方が図書館を尋ねた時、何も見あたらなくても驚くことはない。
 散歩に満足すれば帰ってくるだろうから。





(了)
 他愛もない話ですが、ふと思いついたので勢いに任せてさっくり書いてみました。
 幻想郷ならこういうこともありかなあ……と思いまして。
 少しでもお楽しみいただけたら幸いです。
ヤス
http://www.gyosekian.net/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.3930簡易評価
12.70aki削除
ああなるほど。
そういう解釈もありだなとついつい納得してしまいました。
お見事。
14.80世界爺削除
 やられた。この発想はなかった。
 しかも違和感を全く受けずに受け入れられてしまうのが恐ろしい。
 これが幻想郷なのか。

 そういえば最近移動図書館を見かけないような気がします。
 ワゴンみたいな車に本棚が突っ込んであって、いっぱい本が入ってるやつ。
 もしかして幻想行きになったのかしら。
19.90A・D・R削除
 発想に驚き、そしてお話の雰囲気に惹かれました。お見事です。

 そして、こんなことが起こってもなんの違和感もないのが幻想郷なのだろうなぁとか思ってしまったりww
27.無評価名前が無い程度の能力削除
ぢつわコミュニケーション×
   コミニュケーション○ だったり・・・発音だけど。
31.90ルドルフとトラ猫削除
……そーりゃあそうだ。飛んだりはねたりしないほうがおかしいわなぁ、図書館。
34.70名前が無い程度の能力削除
逆三角形(▽)だとパチュリー笑ってませんか?
37.100名前が無い程度の能力削除
この発想はなかったわ
確かに動いてもおかしくないよな、図書館は

昔は動いてたんだけどなぁ
41.80CACAO100%削除
成る程、逆の観点から行きましたか
まぁ、頓知の利いた話って事で
53.80名前が無い程度の能力削除
うん、お見事
54.無評価名前が無い程度の能力削除
竹本泉の漫画みたいだ
58.70名前ガの兎削除
これは、上手い。
61.80名前が無い程度の能力削除
竹本風味だ
そういえば魔理沙は最初見たときから絵里子風だと思ってたんだよなあ
今まで見てきたSSの中では誰も「変だぜ」って言わせてないのが不思議なくらい
82.70真十郎削除
発想を逆転する程度の能力の持ち主か!
84.100名前が無い程度の能力削除
ラッ○ーマンの動く要塞がイメージに割込んできた!!w
発想が非常におもしろかったです。w
87.60名前がない程度の能力削除
想像して笑ってしまいました。