Coolier - 新生・東方創想話

お題:『永夜の月は儚くて』

2006/12/20 02:29:55
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永遠に続くかとも思える竹林。その闇を、星の光が眩しく照らす。
しかし、寝起きで飛び出してきた魔理沙には少々分が悪過ぎた。

「とんだ無駄な時間を過ごしてしまった」
「幽霊に無駄な時間なんて無いの。全ては筋書き通り」
「くそ。一体、何だと言うんだ?」
「一瞬も全て。全ても一瞬。あなたと遊んでいる時間も必然よ」

今まで黒白の魔法使いを追っ払うのに気を取られていた妖夢は、前を見ることも忘れていた。

「あれ?竹林の奥に大きな屋敷が見えます」
「妖夢。判らない方がおかしいって言ってたでしょ?」

筋書き…。必然…。この方は、一体何を見ているのだろう。
にこやかなその表情からは何も読み取れない。
『雲を掴むよう』というのはこういうことなのだろうか。
思考が巡る中、二人は屋敷に入っていった。




いくら進んでも、何処かに辿り着く気配を見せない廊下。
だが、廊下の長さ以上に気になっていることがあった。

(…警備が薄過ぎる…。ひょっとして誰もいないのか?)

廊下を飛び始めてしばらく経つが、未だに誰一人として見掛けないのである。

(人が住んでいないにしては、廊下も綺麗だし…。…何かの罠なのか?)

やや不安になりながらも、ちらりと横目で幽々子様の顔を覗き見る。

「♪~」

にこにこと満面の笑みを浮かべていた。とても楽しそうな表情で。
こちらの不安は何処吹く風。亡霊の姫はまるで掴めそうに無い。
視線を前に戻し、速度を上げようと思ったその時だった。

「遅かったわね」

廊下の奥から声が掛かった。




闇の中から姿を現したのは、黒いブレザーに赤ネクタイの兎。

「全ての扉は封印したわ。もう、姫は連れ出せな…って」

こちらを眺めた兎が表情を変える。

「なんだ、幽霊か。焦らせないでよ、もう。用が無いなら帰ってよ。今取り込み中なの」
「そうはいかない。この月の異変は、お前がやったのだろう?」

楼観剣を抜き、両手で構えて兎を睨む。

「そうなら斬る。違うのなら斬って先に進む」
「…ふふふ。月の事ばっかに気を取られて……」

再び表情が変わる兎。今度は妖しい笑みに。

「既に私の罠に嵌っている事に気が付いていないのかしら?」

(くっ…。やはり罠か…ってあれ?)

視界が歪む。床が踊り、柱がうねる。

(油断した…)

自分の迂闊さに一瞬動揺するが、すぐに立て直す。

「…っ!こんな者など、幽々子様の手を煩わせるまでも無い!」
「ふふっ。いつまでも正気で居られると思うなよ!」




喉元目掛けて跳びかかり、楼観剣で斬りつける。
赤目の兎はひょいと後ろに跳び、一閃を躱わすと同時に弾をばら撒く。

「断迷剣!」

とっさに白楼剣を抜き、向かい来る弾を斬る。

「はあっ!」

そのまま剣先を勢いよく振り下ろし、衝撃波を飛ばす。
軽い跳躍で避けられる。
白楼剣を鞘に収め、再び楼観剣を構え直す。
剣を振り下ろし、楔弾を兎に向かって放つ。

「よっと」

だがその軌道は全て読まれ、僅かな動作で躱わされる。

(測られてる…)

全然攻撃してこない上に、放ってきた攻撃も大したことは無い。
妖夢は遊ばれているのだ。
軽く舌打ちをし、赤目の兎を睨みつける。




「つまらない真似はやめろ!来るなら来い、この野兎!」

妖夢は叫ばずにはいられなかった。
自分でもわかる程に揺らされている。
だが、視界が悪い上に、相手の挑発的な態度。
いくら落ち着かせようとしても焦りは取れない。

余裕の無さを読み取ってか、赤目の兎は口元を歪める。

「野兎とは失礼ね。鈴仙よ」

このとき、妖夢は気付いていなかった。
鈴仙の赤い瞳は狂気の瞳だということに。
狂い始めているのは、視界だけではないことに。
その瞳は、徐々に妖夢の心を揺さ振り、動揺させ、狂わせる。
妖夢は完全に罠に嵌っていた。




嬉々とした表情で、鈴仙はさらに追い詰める。
妖夢を映す赤い瞳は、狙った獲物を逃さない。

「貴女の名前をまだ聞いてないのよねぇ」

名前を訊ねるその声には、挑発の色がありありと見えていた。

「貴様に名乗る名など無い!!」

再び妖夢が跳びかかる。
あらあらと笑い、飛び跳ねてこれを躱わす鈴仙。

「礼儀知らずなのね。躾が必要なのかしら」

そう言って取り出したのは、一枚のスペルカード。

「それじゃあお望み通り…」

狂わせてあげる。

スペルカードが輝き出す。

「波符 『赤眼催眠』」




放たれた弾幕は、綺麗な円を描いていた。

(スペルにしては単純な弾幕だな)

そう思い、向かい来る弾を避けようとした時だった。

「えっ!?」

鈴仙の赤い瞳が光り、目の前の弾がブレる。
弾は二つに分かれ、その軌道は大きく変化した。
予想外の変化に、妖夢は戸惑いを隠せない。
立ち竦む妖夢の身体を、赤い弾が貫いた。

(……………えっ?)

痛みはない。妖夢は更に混乱する。
瞬きをした次の瞬間、幾つもの弾が脚をかすり、袖を裂いた。

「………っ!」

軽い痛みが身体を走る。傷は大したこと無いのだが…。

(何が起きているんだ…)

物理的なダメージよりも、精神的なダメージの方が強かった。
乱れた思考回路を、更に狂わせる赤い瞳。
第二波を放つ鈴仙。赤い弾幕が再び迫り来る。

(考えろ…。どうすればいい…。どうすれば…)

追い込まれた妖夢が見たものは……楼観剣。

「…そうか!斬れば判る」

左手にスペルカードを握り、鈴仙に向かって駆け出した。




波状をなす弾幕に、躊躇うことなく飛び込んでいく。
赤い瞳が妖しく光り、弾が再び霞み始めた。
だが、妖夢の足は止まらない。それどころか、更に速度を上げる。
異変に気付いた鈴仙は、更に波長を狂わせた。

(間合いに……………入った!)

妖夢のスペルカードが光を放つ。

「人符 『現世斬』!!」

妖夢の身体が風となり、楼観剣と共に空を斬る。
そう、斬ったのは『空』だった。斬ったはずなのに、その手応えはなかった。
振り向いて見れば、鈴仙に大きなダメージは見られない。

「あーあ、これお気に入りだったのに…」

拗ねた声でスカートを弄っている。斬ったのはスカートの裾だけだったようだ。

(何故!?確かに斬ったはず……)

動揺の色は濃さを増し、呆然と鈴仙を眺める妖夢。
鈴仙は、スカートに入った僅かな切れ目から妖夢に視線を移した。
二人の視線が交差する。

「これ、どうしてくれようかしら」

鈴仙の周囲の空気が変わった。




構え直すその姿に、先程の勢いはもう無かった。だが、妖夢は諦めずに立ち向かう。
その表情を眺めながら、鈴仙はまたスペルカードを取り出す。

「躾けるには、少し痛めつけないといけないのかしら」

目を細める鈴仙。スペルカードが光り出す。

「散符 『真実の月』」

再び広がる円状の弾幕に、妖夢は警戒し身構えた。

(今度は一体何が…)

鈴仙の瞳が赤く光った時、全ての弾が姿を消した。

「!?」

左右を見回すが、やはり弾は何処にも無かった。

(……何の真似だ?)

弾が消えたため視界が広がる。
妖夢は鈴仙に向かって駆け出した。
斬れば判る。そう思ったからだ。

だが、それがいけなかった。

「!!」

突如目の前に現れる弾幕。勢いもあって、そのまま弾幕に身体を晒す。

「うあああああーーーーーっ!!!」

首、脚、腕、頬…。身体のありとあらゆる場所に痛みが走る。
妖夢はその場に倒れ込んだ。




「な……何の…真似だ………」

顔だけ上げて鈴仙を睨み、声を絞り出す。
全身が鋭く痛むのだが、傷自体はそこまで大きくなかった。
それもそのはず。弾は全て、妖夢の身体を直撃せずに掠めたからだ。
だが、掠り傷とは言え決して浅いものではない。
服は既にボロボロになり、身体のあちこちからはうっすらと血が滲み出している。

「決まってるじゃない」

倒れ付す妖夢に答えるのは、笑い混じりの楽しそうな声。

「私は貴女を躾けているのよ。殺すような真似はしないわ」

凶器な狂気。即ち歓喜。
兎の顔は歓喜で満ちていた。

楼観剣を支えにして、ゆっくりと身体を起こす妖夢。
立ち上がったその姿を見て、鈴仙の唇が妖しく歪む。

「躾けはしっかりしておかないと。ね?てゐちゃん?」

言い終わるや否や、左右の襖が勢いよく開く。
兎が大勢現れて、あっという間に妖夢の前に立ち塞がる。その数ざっと数十匹。
まともに動くことさえも許さない今の身体では、相手をしきれる自信が無い。
妖夢の顔が絶望の色に染まった。




崩れ落ちそうになった身体を、残った気力だけで何とか支える。

「…こ…、この程度の数…、楼観剣で………ゆ、幽々子様?」

背後から伸びる白い手が、ふわりと私の右肩に掛かる。
その瞳は鋭い輝きを持ち、今までの微笑みとは全く違う表情だった。

「妖夢」

きっと、もう下がれと言うのだろう。
…嗚呼、私では貴女のお力になれないのですか。
私は、足手纏いにしかならないのですか。

「くっ……」

自分の未熟さに、ぎりっと奥歯を噛み締める。

「…………申し訳、ありません。幽々子様…」

それだけしか言えず、そのまま俯く妖夢。
抜き身の楼観剣の剣先が、力なく床を向く。
無言で妖夢の前に出る幽々子。ぱさりと扇子を開き、口元を覆う。

「よくやってくれたわ、妖夢」

妖夢は何も言わない。いや、言うことなどできない。
自分は赤い瞳を前に何も出来なかったのだ。
悔しさの余り、楼観剣を握る手に力が籠る。

俯いて黙ったままの妖夢を背に、幽々子はゆっくりと歩みを進める。
鈴仙達の警戒が強くなる。
この幽霊、一体どれ程の力を持っているのだろうか。
扇子に隠された表情を読もうと赤い瞳で睨み付ける。
睨み合いはしばらく続き、空気が張り詰め悲鳴を上げる。

その緊迫した空気を先に破ったのは幽々子だった。

「さてと」

ぱちんと扇子を閉じた。










「手を出さないで。私のご飯」
「「え?」」

妖夢や鈴仙だけでなく、その場にいた誰もが理解できずに固まった。
その一瞬は、見境が無い亡霊にとっては十分だった。
妖夢が顔を上げた時には、兎の数が半数程に減っていた。
この日、永遠亭に「絶滅の危機」という文字が刻まれた。
数刻後。


永遠亭の夜はもう永くない。誰もがそう思った。
消え逝く因幡達。まだ生きている因幡達も、とても生きているとは言えなかった。
皆が皆逃げ惑い、あるものは発狂し、またあるものは狂ったように笑っていたりした。
そんな中、鈴仙・優曇華院・イナバは、自分の意識が何処か遠いところにあるのを感じていた。

私は何故こんな目に遭っているのだろう。
どうしてここにいるのだろう。
………。
…………。
……ああ、そうか…。
皆が戦っている中、私は月から逃げてきたんだ。ここ、幻想郷に…。
私はここで、何を……。
…師匠が満月を隠している間、屋敷を任されていたんだったわね。
師匠は何故満月を隠して……。
……ああ、確か…………。

耳に届いた因幡達の叫び声に、ふと現実に引き戻された。
眼下に広がる光景を改めて見て、彼女は悟ってしまった。
結局月から逃げたところで、自分の逃げ場は何処にもなかったのだと。



兎追いし永遠亭。ここは今、阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。
「ゆ、幽々子様…。月も元に戻してくれるみたいですし、そろそろ…」
「いやいや、妖夢。言ったはずよ。忘れたの?」
「………?」
ふわんと私の方に向き直る。

「『素敵でお腹いっぱいな夜の観光旅行』に来ているのよ」
名所を逃してどうするの、とでも言いたそうな、満面の笑みの幽々子様。
その右手には、泣き叫ぶ兎の耳がしっかりと握られていた。
「……………………はぁ」
この方は、一体何を見ているのだろう。




「「ああ師匠。私はまだまだ未熟です」」

                           いろいろ終わり
Beryl
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コメント



0.580簡易評価
7.90素敵でお腹いっぱい夢いっぱい削除
小物でないレイセンこぁイと思っていたら
やっぱりいつもの鈴仙だぁ
13.60名前が無い程度の能力削除
妖夢と鈴仙のバトル内容が『相手の罠に掛かった→余裕で回避される→スペカ被弾→余裕で回避される→スペカ被弾』と展開が始終負け一本で平坦に感じられました。
最後のつぶやきとか、今回も要所のセリフがいい味出てます。
誤)少し痛みつけないと→正)少し痛めつけないと
14.無評価Beryl削除
投稿して安心していたのか、自分のコメントを忘れてました…orz

>平坦に感じられました。
同じ様な展開を繰り返したのは意図的です。
罠に嵌った妖夢は、もがけど所詮罠の中。
一枚目は被弾しながらも何とか切り抜けるけど、二枚目は見事に落とされる。
若干音が高くなって繰り返されるフレーズ。『魔王』みたいな感じで。

ひっくり返しとかがあった方が盛り上がったのかな…。
バトルの描写って難しい…。自分もまだまだ未熟なようで。
ご指摘、次の参考にさせてもらいます。
あと、修正させて頂きました。
前作も読んで頂いたようで、どうも有難う御座います。

HAIKUスレに投稿しようとして作っていたネタがうまく句に纏められず、
それを何とか使おうとして話を作ったかどうかは秘密です。

以下、載せる予定だったコメントです。


この話はシンデレラケージを聴きながら作りました。
その為、話の内容は狂気の瞳(一部除く)ですが、
本文のBGMは狂気の瞳ではなくシンデレラケージです。
もちろん本文最後の段落は、『うしろのしょうめん、だぁれ?』

幽霊は怖いですね。いろんな意味で。