Coolier - 新生・東方創想話

真っ紅なアンテルカレール【3】

2006/12/08 07:36:03
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【真っ紅なアンテルカレール(追憶技工)】















こんなことが、前にもあったね。














【さながら金糸雀】





歌声がした。

懐かしい歌だ。

空っぽで、底抜けで、ただきれいに震えるだけの。

そんな歌い方しか知らない声は青く遠く透き通っていて。

そんな惨めでも哀れっぽくはならないくらいただ無邪気で。

歌というより、やわらかな叫びのようだった。

けれど。


初めて耳にしたその瞬間。





私の為だけに紡ぎ出されたその音に、ほんの一瞬全てが白く遠ざかった。















【やましいわけではないはずだけれど】

  [Remilia&Flandre]


半分脅してアリスに約束を取り付けた深夜、レミリアはついでの散歩も終え、咲夜にばれないように自室に戻る途中だった。予告した時間よりずっと遅い帰還だった所為だ。レミリアに気づいた夜間門番の子は、困ったように笑っていた。つまり、咲夜の計画に支障が出たのだろう。大したことはないだろうが、これだから自分を連れて行ってくれなくては困ると説教されてはたまらない。今は眠いのだ。

「あーお姉様だ」

そうっと移動していたはずだが、咲夜よりもっと質の悪い子に見つかった。抱きつかれた。というより、体当たりをされた。

「今お帰りなんだ。ねえねえ、外は楽しかった?」
「フラン。次からは飛んだ状態のまま抱きつくのはやめなさい」
「えー」

服が破れてしまったではないか。繕うのはきっと咲夜だ。今日は弾幕ってないから、楽させてあげると思ったのだが。ただでさえ後ろめたいことがあるというのに。と、多少の非難を込めてフランを見ると、無邪気な笑いが返ってきた。
考えてみれば、フランと話すのは一週間ぶりだろうか。そう思うと、少しほったらかし過ぎたかなと思い始めてくる。

「……まぁいい。その為のメイドだし」
「うん?」
「なんでもないわ」
「そう。って、あれ?お姉様。誰かと会ってきたの?霊夢じゃないよね。知らないなぁこの匂い」
「ああ。行きがけにちょっとね。それから、今夜は霊夢の所じゃないわ。ただの散歩よ」

極めてクールかつスピーディーに軽く返したレミリアだったが、その実内心ばくばくだった。吸血鬼の五感に対抗できる者はあまりいないから油断していたが、妹であるフランにはこれくらいわけないのだ。危なかった。もしも一度でもアリスとフランが会ったことが会ったならアウトだったろう。あれだけ出入りしておいて、奇跡みたいなものだ。別に隠している訳ではないが、まさかこの館の常連の家に乗り込んで、プレッシャーをかけて遊んで、尚かつ面倒事を無償で押しつけましたとは、口が裂けても妹に言えるわけがない。そこまで考えて、レミリアはちょっと反省した。

「ん。やっぱりどこかで…」

しまった。館主催の宴会の時に会っていただろうか。でも、あの時はアルコールの匂いが充満していたから、正確には覚えていないはずだ。

「さぁフラン。もうこんなに早い時間。そろそろ寝ないといけないわ」
「えー」

このままでは確実に悪い方向に展開が転がりそうなので、強制終了に打って出た。

「わたしはまだ眠くないよ」
「私が眠いのよ。生活は規則正しくなきゃね」
「でも、遊び足りないなぁ。…そうだ。お姉様は私の部屋に来ればいんだ」
「え」

ぐいと、腕を掴まれたと思ったら、視界が流れていく。

「ちょっとフラン」
「お姉様が一緒に寝てくれたらわたしも眠るー」
「なにを子どもみたいな…」
「子どもでいいよ?」
「私はあまり良くないわ」
「じゃあお姉様は今から子守の時間」
「せめて、姉妹のふれあいぐらいに言葉を飾って欲しいわ」



そんなふうに、夜が明けた日。












【バッカス】

[Meirin&Cassandra]

その秋、洋食が主な紅魔館で大量の米が必要になったのは、唐突に決まった酒造の為だった。当然調達ルートを持たないそれにメイド長は頭を痛めたが、結局は人里にて交渉するしかなかろうという結論に至った。

「で、荷物持ちですか」
「はい、製作に付け加えお手数ですが、隊長頼みます」
「んー別にいいけど。単純にたくさん運べる子なら、他にもいるでしょ?」

不思議そうに美鈴は首を傾げた。自分が力の無い方だとは決して思わないが、それでも一番あるとも思わない。無理もないその質問に、しかし門番副隊長ことカッサンドラ・グノーシスは、困ったように苦笑を漏らした。

「それはそうなのですが、そういう子は、たいがい容姿が…」
「え?…ああ。うん、そっか」
「はい。ですので」
「う~ん、羽や角ぐらい、何ともないと思うんだけど」

正当な取引なのだから、取って喰うわけでもあるまいし。

「それでも、人間には充分恐怖なのでしょう」

ちょっと切ないような笑いを浮かべた美鈴に対し、カーサは仕方ないとその話を打ち切った。

「明後日の辰の刻ですから、お願いしますね」
「うん。わかった」
「―――――メイド長と」
「はいは…咲夜さん?」
「お一人で行くつもりだったのですか?」

そうじゃなくて。

「なんで咲夜さん?そりゃ戦えば強いけど、だからって腕力はさすがに…」

館では下から数えた方が若干速い。そうでなくても、この程度のお使いに従者トップがほいほいと出て行かれては、内部に支障が出るのでは?

「メイド長は交渉役です。大方の話は済んでいますが、万が一にも不正があってはなんだからと。これはお嬢様の意です」
「ああなるほど。でも紅魔館に、というかお嬢様相手にそんなことをする人間がいるとは、ちょっと思えないけどね」
「ですから念のためです」

カーサは軽く微笑んだ。その笑顔に、美鈴はひょっとして自分だけでは心許ないからなのではと邪推したが、本当にそうだったら落ち込むので考えないことにした。実際、人里など普段は寄りもしない。それどころか、自分は門の傍からは休憩時及び勤務終了まで離れないし、その自由な時間はほとんど館内か花園、遠くても湖の畔までしか行かない。つくづく狭い世界だなぁと思うが、ここに住んでいる大半はそんな感じだ。
例外としては去年のあの騒動か。とはいえ目的があって離れたわけだから、当然行動に自由などなかった。今回も目的があるにはあるが、特に気負うほどのものもない。精神的に楽だ。もっとも、背負うものならそれこそ大量にあるようだが。

「あれ?でもお酒造るなら、二人でもやっぱり無理な量だけど」
「ああ。そのことでしたら――――――――」











【昨日と今日と明日と】


ただ相手を思う感情に優劣を付けなければならないとは、どうしようもない世の中だ。


[LittleDevil&Patchouli&Alice]


綺麗に調えられた指が、本を一冊抜き取った。その指は表紙を軽くなぞり、彼女の唇はまるで本に語りかけるように呪を紡ぐ。とても小さいそれが、棚を三つ挟んだ先にいた小悪魔には何とか聞き取れた。小悪魔の五感は割といいのだ。けれど、聞こえた意味まではわからない。己の主ならわかるだろうかと考えて、そう言えばそろそろお茶の時間だと気づいた。

どうしようかな

小悪魔は少し悩んだ。主の方からそれを指摘しないということは、まだ必要がないと判断しているからなのか。それとも紅茶を淹れて、アリスを誘うどうかを考えるのが面倒なのか。あるいはその両方か。

悩んでいると、人形遣いが移動する気配が伝わってきた。

「あら。今日はもう終わり?」
「いいえ。ちょっと休んでいるだけよ」

声がする。小悪魔の主人であるパチュリー・ノーレッジのものと、悩みの種であるアリス・マーガトロイドのものとの、二つの声。どうやらアリスは作業を中断しているらしかった。それを見つけたパチュリーが声をかけたのだ。アリスはそれに言葉を返す。

「心配しなくてもちゃんとやるわ」

だから心配なんだろうと、小悪魔は苦笑した。けれど、修復はパチュリー自ら言い出したことだから、今さらもういいとも言えない。それに、言わなくてもアリスはパチュリーに多大な借りをつくることを良しとしないだろう。

やっぱり、お茶を淹れますか

アリスは今日こそ飲んでくれるだろうか。いや、主人は今日こそ言葉を間違えないだろうか。本棚の間を抜けていくと、二つの声が遠ざかっていく。飛行しながら小悪魔は考えた。

それにしても、主人は一体いつ気づくのだろうか。あの日のことは、パチュリー・ノーレッジの中でどう記憶されているのかは知らない。それでも、先日の一件であの時を思い出したというなら、あの事にもいずれ気づくのではないかと、この数週間はヒヤヒヤもしたし、ドキドキもしていたのに。主人ときたらまるで気づいた素振りをみせない。あるいは、気づいていながらどうでもよいと思っているのか。あるいは、思い出す必要すらないほど、どうでもよい思い出なのか。

気がつくと、口元に何とも言えない笑いが浮かんでいた。

それを消そうもせずに、今日は何をブレンドしようかと迷いながら、一人の時に出やすい癖の一つとして、空いている左手を軽く頤に触れさせる。どうせ誰も見てはいないのだから、どんな顔をしていてもよいだろう。迷ったあげく小悪魔は葉の入った缶を二つ取った。



きっと今日も断られるだろう。そう思っても小悪魔は丁寧に紅茶をいれていく。

別段、自分としては彼女にそこまでしたい訳ではないのだが、万が一に彼女が気まぐれを起こしたとき、主人に恥をかかせるようなものは出せなかった。それに起こさなかったとしても主人は確実に飲むわけだから、美味しいにこしたことはない。
この薄くも繊細な技巧を尽くしたティーカップは、主人がある日突然用意させたものだが、可哀相にその役目を果たしたことは一度もない。おそらく今日も使われないだろうたった一人の為のティーカップを見つめて、小悪魔はそっとため息をついた。

三日前も同じようなことをした自分が可笑しいので、ひゅんっと尻尾を振って考えを散らした。

埃っぽい匂いに、重々しくも知的な空気に、紅茶の気品ある香りは漂い広がってゆく。ティーポットを満たして、残ったお湯でカップを温める。少し迷ったあと、最初から二つのティーカップに紅茶を注ぎ、小悪魔はトレイを持って飛行する。静かに、速すぎない程度に素早く。

「パチュリー様。アリスさんは」
「作業に戻ったわ」
「今日は帰らなかったんですか」
「来たばかりだもの」
「それで、お茶の方は…今日は誘ってないんですね」

パチュリーは、きっとアリスは挨拶ぐらいにしか思っていないのだと言った。それに、小悪魔は一番最初に気のないふうに言われたら、社交辞令だと思って当然ですと言う。おそらく、パチュリーが「二度と来ないで」と挨拶代わりに言ったのと同じ調子で、アリスは「おかまいなく」と返しているのだろう。自業自得だ。

「魔理沙みたいに好きに飲めばいいのに…」
「気まずいのですよ。元はと言えば、パチュリー様があんなこと言うからです」
「あれで?」

大したことだとは思わないけれど。不機嫌そうに、といってもいつもと変わらないが、パチュリーは本から顔を上げずに言った。
帰還後の、最初にアリスが訪れた日、パチュリーはそういえばと切り出した。

「無い記憶の話をされたら、誰だって不安になります」
「子どものあなたに会ったって言っただけよ」

それは絶対に見られたくないだろうなーと小悪魔は思った。それにしてもアリスさんの子どもバージョンかーとも思った。想像してみると、ただの人形好きの女の子になった。これが他の知り合いならそうはいかない。小さくなっても禍々しかったり胡散臭かったり質が悪かったり冷めた眼をしていたり捻くれているに違いない。つまり、全然子どもらしくなさそうだ。というかそもそも子ども時代を想像出来なかった。あるいは、想像できても、あれで今以上に聞き分けがないなら関わりたくないな、というのが知り合いの大半を占めた。

あの人達の親にはなりたくないなぁ、と勝手な感想を抱きながら、小悪魔は己の主人にカップを差し出す。

「パチュリー様」
「なに」
「今日がいつだか覚えてますか?」
「日付の話?」
「…月に一度のお掃除の日です。メイド長が今朝言っていたじゃないですか」

どうせ適当に聞き流していたのだろうけれど。この方は、人の話を半分どころか4分の1くらいしか聞いていないこともままある。本と真理と魔法以外にはどうしてこんなにいい加減なのだろうか。興味を持ったことは徹底的に調べるし、データを採るのも理論をたてるのも、それはそれはきっちりかっちりしているのに。

「ちょっと待ちなさい。その間、私はどこに…」
「レミリア様のところに遊びに行ってはいかがですか。掃除の開始は申の刻ですから、ちょっと早いですが」
「レミィは眠りを妨げられるのを嫌うのよ」
「存じておりますが」

でもまあ大丈夫でしょうと請け負った。十六夜咲夜はきっとその事まで考えて、今日は早めに起こすと言っているに違いない。そういう方だ、あのメイド長は。まったく、あの方のおかげで今日も紅魔館はつつがない。明日もそうだといい。


明日、明日。そのまた明日のまた明日。ずっとずっと先の、いつかのその明日に。

それは、終わってしまうのだろう。


「パチュリー様」
「ん?」
「おかわりは、いりますか?」
「貰うわ」
「一人には多いですねぇ」
「…ぅるさいわ」

ほんの少しだけ下がった声に、何故だか嬉しくなった。主の感情が揺さぶられるものが、日に日に増えていっている気がする。この数年間は、やたら時が流れるのが速い。笑いが止まった。心の中だけでだけれど。

「それじゃあ、本の整理に戻ります」
「小悪魔」
「はい」
「この本を、持ってきてくれる」

召喚に応じない気むずかしい本の名をしたためた、小さい紙を受け取る。羽根を拡げた。


毎日は、つつがなく過ぎていく。












【あの頃、羽根はもっと空を占領していた】

強力な干渉を受けた。
意識が浮上する。

少女は無理矢理叩き起こされて、あまり機嫌がよくなかった。それでも己のレーゾンデートルでもある役目を果たそうと、定まらない意識のままに、目の前にいる者に問うた。

「     」

目の前にいる、やはり少女であるその人物は、問いを発した少女の言葉を頷き肯定する。
この状況においてそれは当然と言えば当然な返事であるから、これは大した意味のない問答だ。再び、問いを重ねる。

「       」

答えはまた頷きだった。いよいよ面倒になりはじめた。しかし、自分はこの為にいるのだと思い直す。ようやっと目覚めきった少女は、目の前の少女に、三度目問うた。

「――――――――というなら。貴女は、私を打ち倒さなければならない。選択肢は二つ。血によってか、あるいは智によってか」

馬鹿馬鹿しいわ、と目の前の少女は答えた。

「どっちでも、同じでしょうに」

その言葉を合図に、羽根が大きく拡がった。











【真っ紅な回顧録Ⅲ】

朝が近いと知ったときには、もう仮宿に帰ることは出来なかった。仕方なく館の窓を割って入ろうとすると、紅い妖怪が泣きそうな顔で必死に止めるので、もう少しだけ待ってやることにした。いよいよ危なくなったら壊すと決め、とにかくその妖怪の言い分を(喋れないけど)、暇つぶしも兼ねて聞くことにした。

「なんだ。この石で入れるなら、初めからそう言いなさいよ」

レミリアの言葉に、返ってきたのは困ったような笑いだ。というより、この妖怪はほとんどこの表情ばかりなのだが。

「ねえ――――――――」

扉に手をかけた後、ふと疑問に思ったことがあって振り返る。

そこには、誰もいなかった。



そこから先の事は、レミリアは誰にも話したことがない。

だから、断片を埋め込まれた人形遣い以外は、思いもしないだろう。

その日、美しい光景が永遠に目に焼き付いた。

その昔、たった一人の魔術師が、幼い頃に願った魔法が。




遠い遠い昔の夜に、彼女の声が歌い上げたあの音が、今でも耳奥で響いている。













【窓向こう】

黄金の雨と、緋色の雪が降る。
茶くれたそれが風に舞う。
ひらひら、はらはらと。
この季節、光りの生み出す影はやわらかで、そんなはずもないのに世界は暖かに鮮やかに眼に映る。

  [Sakuya&---]

「今年は冷えますよ」

窓を拭いていたメイドの一人が、通りかかった咲夜に言った。

「そうなの?」
「間違いありません。あの樹の葉があんな色に染まった年は、たいてい大雪なんです」

きっと初雪も近いですね、と長く紅魔館に働くそのメイドは言い切った。

「じゃあ、薪は多めに準備しなくてはね」
「それがよろしいかと」
「警備隊と門番隊と掃除班から…そうね、それぞれ5分の1くらいで充分かしら」
「問題ないように思えます」

余談だが、門番隊とは門だけを護っているわけではなく、警備隊外廻り班と組んで外部からの侵入者を遊撃及び撃退する者を指す。活動範囲はほとんどが外で、その為詰め処が外に設置させている。警備隊は内部が主の活動場で、侵入者の打ち漏らしに加え、館の老朽化や火元水元の確認、さらには館内のごたごたをも止めにかかるのが役目だ。その日することが決まっていない場合は、テーブルを組んで館内を見回りしており、その所為かまれに掃除班に捕まって手伝わされたり、食料調達班に加えられたりしている。もういっそお助け隊でいいのではないかという声があがっては、警備隊長が必死にその意見を取り下げている、らしい。

「責任者はどうしましょうか。どうせですから冬の備蓄もしてはいかがでしょう」
「もとよりそのつもりよ。そうなると、それなりでないとサボる者が出るわね」

人間のように集団に固執しない者は、力でわからせる必要があるのだ。咲夜が行けたら早いのだが、そこまでする必要はないだろう。

「そうね。警備隊長でいいでしょう」
「副隊長ではなく、ですか」
「ええ。どうせ昼間だもの。なにかあれば、きっとあのネズミたちも気づくでしょう」
「入り浸りですものね」

その言葉に笑って、咲夜も窓から外を見た。

黄金の雨と、緋色の雪が降る。
茶くれたそれが風に舞う。
ひらひら、はらはらと。
この季節、光りの生み出す影はやわらかで、そんなはずもないのに世界は暖かに鮮やかに眼に映る。

「それじゃあ、引き続き掃除を」
「はい。こちらはもう少しで終了しますので」

軽い頷きを返して、咲夜は廊下をゆく。目蓋に残った景色に、少しだけ心惹かれながら。いつだったか美鈴から枯れ葉で寝床をつくる方法を習った事を思い出した。あれは全く役にたたない知識だったと、今になって思う。そんなものは掃いて捨てるほどあるのだが。

「あ…」

そういえば、まだ話がすんでない。今日の美鈴の休憩時間はいつだったろうか。けれどなんて言えばよいのだろうか。あれはただの癇癪でしたと言ってしまえることだろうか。ってゆうか、この年で癇癪って。もうこの際何事も無かったように接するべきなのだろうか。どうであの妖怪は、その我が儘に付き合ってくれるのだろう。今までもずっとそうだったように。それが最善だと思っているのだから。

けれどそんなものは、何の解決にもならないというのに。










【あの頃、この尾はもっと長かった】

――――――――走るノイズが埋め尽くす。絡め取るのは光そのもの。

不意を突かれた瞬間に、光の矢が羽を穿った。激痛が走り、さすがに悲鳴をあげる。集中が途切れ、右肩から墜落した。不様に床に転がる。涙が出そうになる。けれど、いつまでもそのままでもいられない。すぐに傷を修復すると、凶悪極まりないその力から距離を取った。

羽根をばたつかせ、高く上がった。その影を追って放たれる焔が八つ、八十、八百の―あるいは、なおそれより多く?

       そんな、馬鹿な

風をきる。呪が追いかけてくる。攻撃ではなく、これは降魔調伏の縛りだ。身を翻したところでこれは躱せない。掴まれた手足が重くなる。失速する。意識まで曳き擦られてしまう。――――――――気持ち悪い。

逃げ惑いながら正直驚いていた。まだこれほどの力を有する者が存在したことに。そんなものはとっくに失われたと聴いていたから。だから、自分を呼び出す者など、もうこの世には存在しないのだろうと思っていた。このまま役目を果たすこともなく、与えられた力を緩慢に消耗し、いずれはその存在をも失うのだろうと。そう思って、静かに眠っていたのに。

また攻撃を受ける。今度は右足だ。修復が間に合わない。恥ずかしながら、自分はあまり実践経験がないのだ。本来ならこんな強力な魔法を使う者が、呼び出したりはしないような階級なのだが。この方は、一体何を考え――――――ああ、左肩。もう動かない。
とっくにきれている息が、なお追い立てられる。追い詰められる。肺を酷使する。口の端しから血が零れた。――――――――気持ち悪い。

      痛い、苦しい、怖い、もう嫌だ

諦めてしまいたい。勝つ以前に、このままでは力が尽きてしまう。なのに、真理の環は未だ勝負はついていないと見ているらしく、契約はなお履行されない。なにを馬鹿な。この通り、力は一目瞭然ではないか。こちらに勝ち目はない。万に一つもない。すぐにでも決着がつかないのは、向こうが遊んでいるからだ。危険を承知で一瞬振り返る。想像通り、悠然とこちらを見据える影があった。

      なんて、憎らしい、影

弱い者をいたぶって楽しいのか。そんなことはしたことがないからわからない。いや、きっと楽しいのだろう。それは実に我が身に則した価値観ではないだろうか。でも、それはこんなにも苦しくて狂しいことなのだ。逃げたいのに逃げ場がない。諦めたいのに止まれない。もう自分は負けたのだと叫びだしたくて仕方がなかった。貴女は勝ったのだと声を張り上げて、泣きだしてしまいたかった。

       どうしてそんなことすら、許されないのだろう

決まっている。自分は、そんなことをする存在ではないからだ。

ああ神経が灼き切れる。

壊れてしまう、狂ってしまう、消えてしまう、消えてしまえ。こんなに苦しいなら、さっさと終わってしまえ。

意識が薄れる。羽根が折れる。また穴が空いた。塞がらない、治せない。もう限界だ。




       限界、だ










【銀色月夜】


冷たい瞳に血色の瞬き。
空気の軋む音がする。

全ては一瞬で始まり、一瞬で終わっていた。


制止の声は届かなかった。走り出したと思ったら、その影はすでに窓の外にあり、数瞬の後、彼女が力を使ったのだと理解した。

壁に握りしめた手を打ち付けた。歯を強く噛んで、耐えられずもう一度壁を打つ。亀裂が走った。

「-長」

声をかけられる。振り向かない。わかっている。物に、それもお嬢様の所有物である館にあたるだなんて最低だ。でも、それでも今はこればかりは自分を抑えられない。だから―

「違います。そうじゃなくて――――――――行ってください」

「え…」

「ここは任されました」
「で、でも」
「それを伝えにき…っ!」

視線が動く。意識を失っていたはずのそれが身を起こしていた。その両目には、狂おしいほどの憎悪。ちっと舌打ちをする。やったと思っていたのに、浅かったようだ。思った以上に気が急いていたのか。今にも飛びかかってきそうなそれの進路を遮るように、背を向けた彼女は立った。声が張りあがる。

「お急ぎください!」

早口で話す彼女が指差したのは窓。まさか、割っていけというのだろうか。館の窓を。しかし、それが最速なのは間違いない。

「ごめん…」
「慣れてますから」

そんな、優しいけれどどこか渇いた声を背に、窓を破って庭に降りた。着地と共に走り出す。飛ぶより速いはずだ。

急がなければ。間に合わなければ。速く追いつかなければ彼女は、彼女は―――――――――――――――――――  









                                 血の臭いが、した。











【始まりにして、終わりの夜】


夜に浮かぶ影は言った。

――――――――改めて、よろしくと言うわ。十六夜咲夜

月を背負う羽根が拡がっている。その影から零れる光りが、眩しく眼前の夜を灼きつけた。

心に、目に。

血管を奔る衝動は背筋をなぞり、心臓に達した。

呼吸を奪われる。

鼓動を掌握される。

目が離せない。


それは、メイド長になった日のこと。
それは、お嬢様との二度目の手合わせ。

初めて夜空に浮かぶ彼女と出会ったときのように、私はその手をとったのだ。

絡み合う、運命と共に。


それは、本当の意味で、レミリア・スカーレットという存在と邂逅を果たした夜のこと。



誓ってもいい。その選択に、嘘は無かった。
もう一度あの日に戻っても、きっと同じ事をする。
たとえその結果、こんなに苦しい想いを、するとわかっていても。

その手を拒む事なんて、考えもしないに違いない。










【真っ紅な回顧録Ⅳ】


「こんばんは」

冷たいのにどこか無邪気で、それでいて澄ました気配を持つ、幼いようで優雅な声。
それが今日も、耳朶を打つ。

「今宵も、お話をしに来たわ」


 ――――――――物好き

「もっとましな挨拶が欲しいのだけれど」

まぁいいわ、と。とびっきり広い心をみせるように。

「さて。昨夜の話、少しは考えてくれたかしら」

 ――――――――本気だったの?無謀ね

「そうでもないわ。私にとっては」

影は尊大に言った。

 ――――――――無理よ。私は、ここから出られない

「だから、私が連れ出してあげると」

 ――――――――無理よ…

少女は押し黙った。沈黙が横たわる。

「じゃあ。もしも、もしもよ。私が、あなたの言うそれを、トッてこれたら?」

そうしたなら、貴女はそこから、出られるのではないのか。

「自由になったら、共に来てくれるのかしら」

 ――――――――あるかもどうかも、わからないのに…?

「あるわ。それは間違いないの」

 ――――――――なぜ、そう思うの?

少女の問いに、影はほんの少しだけつまらなそうに告げた。

「それが、私の力だもの」




















この歪さは、まるでキマイラのようだ。

こちら、歪な夜の星空観測倶楽部です

あるいはフランケンシュタインでもかまいませんが。ようは継ぎ接ぎの話って意味です。それにしても、終わりに行くまで本当に盛り上がりが無い話になってしまった。なんてことだ。ああ、別に次がラストって意味ではありません。それでは投げやりにもほどがあります。

それにしても、今回ほど読み返しが必要な話はないかもしれません。これは拙い。次作はむしろ1話完結を目指すことに決めました。

さぁ終わりにむけて頑張ろう、と書くと暗くて困ります。ので、劇上でしか許されないような文句にしておきます。

それでは、彼女たちの苦笑と微笑と憂鬱にお付き合いください。




追伸

膨大な添削メールをくれた方へ
読んだ瞬間度肝を抜かれるほど驚きました。いったいこの為に何度読んで頂いたのか、考えると身に余って恐ろしい気すらします。すぐにでも直したいのですが、自分でもこれはどっちのつもりだったろうかと考え込んでしまう箇所も複数あるので、今度の土日あたりに一斉修正させていただきます。あんなに丁寧に、本当に有り難うございました。

歪な夜の星空観察倶楽部
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コメント



0.1720簡易評価
6.80名前が無い程度の能力削除
どこまで絡み合って広がっていくのか、続きが楽しみでなりません。あと誤字を。
>>どうであの妖怪は
8.90KOU削除
あなた様の作品をいつも心待ちにしております・・・
17.80名前が無い程度の能力削除
紅の館がはじまるまでのお話?
ああときめきますわ。
19.90名前が無い程度の能力削除
誰の視点か判然としない部分があるなぁ・・むずかしい。
年内いっぱい焦らされるのかと思うといい意味でたまりません。
24.90名前が無い程度の能力削除
今回も皆大変そう・・・でも個人的に一番気になるのはやっぱりアリスがパチュリーと一緒にお茶を飲むようになった理由だったり。
31.80名前が無い程度の能力削除
あぁ、なんだかこんがらがってきた。
35.80煌庫削除
アリスとパチェ。
美鈴と咲夜。
小悪魔と刻限?
巫女と隙間。
今回はこんな感じ?
38.90名前が無い程度の能力削除
小悪魔?がすっごく気になる!
尻尾を振るの、久しぶり(何か気に入ってしまいました