Coolier - 新生・東方創想話

冬の足音

2006/12/05 10:20:22
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「どうもどうもこんにちは今日も元気に腋とか曝してますか霊夢さん」
「うっさい黙れミニスカ天狗」

 眉間を目掛けて投擲された針を、私は首を曲げてかわした。
 こんなやり取りが挨拶代わりなのは花も恥らう年頃の乙女達としてどうかと思うが、そんなものは木枯らしに吹かれて何処かへ飛んで行ってしまったという事にしておこう。

「ははは、どっちもどっちだぜ二人とも。貞淑な乙女たるもの、みだりに肌の露出はしないものだぜ」

 ほれほれと言って、いつも通りの白黒で構成された自らの格好を誇示する魔理沙さん。彼女に貞淑云々と諭されてもこれっぽっちも説得力がない。
 確かに魔理沙さんは、私や霊夢さんと比べるとしっかり着込んでいて肌の露出は少ないけれども、要するにきちんと防寒しているだけの事だし。木枯らし吹きすさぶこの時期に肩腋全開の霊夢さんがおかしいだけだ。博麗の者直伝の健康法か何かなのか。
 それにしても、こうして私が博麗神社に来るといっつも魔理沙さんがいる気がするなぁ。この二人デキてるんじゃない? とか思ったけれどそんな事を言おうものなら博麗弾幕スパークなんていうそれこそ息ピッタリで回避不能なスペルカード連携が炸裂しそうなので、この件は今後極秘取材を重ねて真相を暴いていく事にしましょう。

「で、ブンヤさんが何の用だ? 参拝客も居ないこんな寂れた辺境の地に」
「寂れたとか言うな」

 霊夢さんが手持ちの箒を振るうも、魔理沙さんも自らの箒で受けて応じる。やっぱり息が合ってる。

「博麗神社の方向に煙が立ちのぼっているのが遠くからも見えましてね。傍若無人を地で行く博麗の巫女がとうとう焼き討ちに遭ったかと思いまして、これは号外もののビッグニュースだと」
「じゃあ燃えたついでに焼き鳥でも作ろうかしら。食材が到着した事だし」
「すみません冗談です」
「丁度焼き串もあるのよねぇ」
「それは貴方が妖怪退治に使う退魔針じゃないですか」
「あら本当。やあねぇ全く」

 ごめんあそばせー、とか柄でもない事を言いながらけらけらと笑う。そんな表情でこっちに針を向けないで下さい。却って怖いですから。
 ……随分と話が逸れたけれども、博麗神社が炎上しているとかそういう事はもちろんなくて、ただ単に霊夢さんが境内でたき火をしているだけの事だった。二人はその火にあたって、仲良く暖を取っているのだった。

「落ち葉たき、ですか」
「まあね。この時期は掃いても掃いてもすぐ落ち葉だらけになるから嫌になっちゃうわ」

 本当にウンザリとした様子で、霊夢さんがトントンと自分の肩を叩いている。肩がこるくらいまで霊夢さんが掃除をするなんて。明日は雪か、それとも吹雪か。
 ちなみに境内を見回すと、既にちらほらと落ち葉が散らばっている。まあこの時期に掃除をしても、あまり浮かばれないでしょうね。

「まあいいじゃないか。こうして美味いものにありつけるんだから、この季節も悪くない」
「そりゃあんたが食うだけだからでしょ」
「まあな」
「せっかく箒を持ってるんなら手伝いなさいよ」
「これは空を飛ぶの専用だぜ」
「ひと働きした後に食べるのも、格別よ」
「そのままでも充分に美味いぜ」

 何だか、二人だけの了解事項があるようだった。

「美味いもの、って何ですか?」
「まあ慌てるな。そろそろ丁度いい頃合いだ」

 どこか少年みたいな顔つきで、たき火の中を覗きこんでいる魔理沙さん。見ると、たき火の中に串が……というか霊夢さんの退魔針が差し込まれている。妖怪退治に使うものなんだから神具なんだろうに、なんて使い方をしてるんだろう。というかコレってこんなに長いものだったっけ?
 まあとにかく、魔理沙さんが慎重な手つきでその串を焼けくずの中から引き出していた。

「じゃーん! 焼き芋ー!」

 意味もなく誇らしげであるのはひとまず置いておこう。
 魔理沙さんが取り出したそれには、ひとつの焼き芋が刺さっていた。結構な大物だ。

「ああ、焼き芋ですか。落ち葉たきと言えば確かにそれですね」
「だろう? お前も食うか?」
「いいんですか? 頂いても」
「私は太っ腹だからな」
「魔理沙のじゃなくて私んちの芋なんだけどね。まあいいわ、沢山あるし。食べなさい」
「ありがとうございますー」

 美味しそうです。わくわく。
 魔理沙さんが芋をふたつに割ると、待ってましたと言わんばかりに美味しそうな湯気が立ちのぼる。
 ほれ、と言って魔理沙さんが差し出したその片割れを受け取った。アツアツだ。

「って霊夢さんの分は?」
「私のはまだこの中。もう少し経ってから。ふたりとも先に食べてていいわよ」
「そうですか。じゃ、いただきますー」

 焦げ付いた皮を剥くと、ほくほくに焼けたお芋さんの麗しい御姿。
 その美味しそうな色合いに魅せられ、私は誘われるようにお芋さんにかじりついた。間を置かずして、期待した通りのほんのりとした甘さが口いっぱいに広がった。

「ハ、ハフッ、アフッ、あついでふゅけどおいひいでふ」
「逃げやしないんだから落ち着いて食べろよ」

 二人に苦笑いされる。我ながらいささか意地汚かったが、美味しいものは美味しいのだから仕方ないじゃないですか。しいて言えばこんなにも美味しいお芋さんが悪いのだ。うん。
 隣の魔理沙さんは、ふーふー吹いて冷ましてからお芋さんを口にしている。その美味しさに頬をほころばせていた。

「ところで霊夢さん、先程、私んちの芋っておっしゃってましたけど、これは霊夢さんが栽培したんですか?」

 まさかとは思うが、気になったので訊いてみた。

「ああ。霊夢は毎朝禊に出掛けると見せかけて、神社裏の畑で農作業に勤しんでるんだぜ。賽銭入らなくて金ないから自給自足なんだ」
「ちょっとちょっと変なこと言わない」
「違うのか?」
「ウチは神社だから、その辺で取れた農作物を寄進して貰ってるの。これはその一部。お芋は沢山貰ったのよ」
「なるほど、そうなんですか」

 それならば納得がいく。霊夢さんが農作業だなんて、礼儀正しい魔理沙さん並に柄じゃない。

「こんなご利益もなさそうな神社に寄進とは、気まぐれな人間もいたものだな」
「信じる者は救われるのよ」

 信じりゃ救われると言うか、霊夢さんは救う立場じゃないんだろうか。

「どうせ毎日茶を飲んでぼーっとしてるんなら、畑のひとつくらい耕してみたらどうだ?」
「ぼーっとするのが私の仕事なのよ」

 にべもない。まあこの人に勤労なんて概念はなさそうだし、そんなもんだろう。
 でも、霊夢さんが畑仕事かぁ。似合わないだけに、想像するのは面白いかも。
 朝の暗いうちから鍬を担いで、畑に出る。鍬を大きく振るいながら、端から畑を耕していく霊夢さん。時折その広大な畑を見回して辟易しつつも、黙々と耕し続ける。一分の隙もなく真剣に。そして辺りがすっかり明るくなった頃、ようやく耕し終える。手の甲で額の汗を拭うその表情には晴れやかな満足感が満ち溢れ、大きく開いた腋が清々しい陽光を受けて眩しく輝いていた――

「……腋」
「ああ腋だな」
「何が腋なのよ」

 いけない、霊夢さんと言えば腋だなんてそんな安易な思考に走ってしまう自分が嫌だ。て言うかこんな巫女服のまま畑仕事はないだろうに。
 とりあえず頭の中をクリーンアップしないと。そう、焼き芋美味しい。焼き芋。焼き芋。
 そうだ、芋だ。

「霊夢さん、芋はいいのですか?」
「あっ!」

 霊夢さんは弾かれたように、慌てて火の中から芋を引っ張り出す。しかし中から姿を現したそれは、芋と言うよりかは、別の何か黒々としたものにしか見えなかった。
 中を割ってみても、見事に焼け過ぎている。まあ食べられなくはないだろうが、味は保障の対象外だろう。まず甘そうには見えない。

「私の、おいもー……」

 まるで全財産を失ってしまったかのような悲しみようだ。そんなに楽しみにしていたのか。とても美味しいのは確かなのだけれど。
 でも、落ち葉たきで作る焼き芋は、焼き加減が難しい。こうして黒こげになってしまう事もままあるのだ。

「ま、まあ、お芋は沢山あるらしいじゃないですか。もう一度焼けば……」
「おいもー……」

 悲しみ過ぎです霊夢さん。

「こりゃあ完全に焼き過ぎだな。芋を埋めたところがたまたま熱の通りが良かったんだろう。運が悪かったな」

 と、焦げた芋を突っつきながら、もろに他人事のように言い放つ魔理沙さん。自分はしっかりとお芋さんにありつけたからってひどいなぁ。って私もちゃっかり食べてるんだけども。
 そんな魔理沙さんの言葉に、霊夢さんはカチンと来たようだ。焦げた芋をしょんぼりと見つめていた彼女は、その顔をゆらりと持ち上げ、いかにも恨みがましく、

「……魔理沙。貴方、いいもの持ってるわねぇ」

 霊夢さんの視線は、魔理沙さんの食べかけのお芋に注がれている。そのまま目だけで喰い付いてしまいそうな、飢えた肉食獣みたいな視線だ。
 ちなみに私は、貰った分を既に平らげている。意地汚くて良かった。
 と言うか別の芋を焼き直せばいいのに、そんなにすぐに食べたいのだろうか。

「れ、霊夢さん、落ち着いて、また焼けば……」
「私の目の前で美味しそうに食べるのを見せ付けておいて、さらにおあずけ食わそうっての、へぇー」
「ごめんなさい」

 怖ぇ。今なら間違いなく3秒以内で落とされる。いや取って喰われる。
 しかし魔理沙さんは、夜叉みたいな形相で凄む霊夢さんに気圧される事もなく、いつも通りの余裕ぶった表情を見せていた。

「……これは私の芋だぜ、霊夢」
「でも元々は私のよねぇ、それ」
「元々は農家の人のだぜ、これ」
「御託はいいからよこしなさい」
「断る、と言ったらどうする?」

 うーむ、瘴気と言うかオーラと言うか、そういうモノが双方からビシビシと放出されていて、それを受けるばかりの私は何だかじりじりと焼かれている気分になります。

「……なら、力ずくで奪うまでよ」
「……望むところだぜ」

 両者共に自信に満ちた不敵な笑みを浮かべる。魔理沙さんは箒をしっかりと握り締め、霊夢さんは祓串とお札を両の手に構えて。
 そして互いの視線が交錯し衝突した瞬間、

「さあ来い霊夢、今日こそは地面と熱い口付けをさせてやるぜ!」
「芋は私が頂くわ、あんたは今日も地面の味を存分に味わってなさい!」

 口上を合図に二人は上空へと飛び上がり、弾幕ごっこの火ぶたが切られた。きっつい口上だなぁどっちも。
 片手が芋でふさがってる魔理沙さんが不利かなぁと二人の姿を見て思ったけど、お芋を食べ損ねた霊夢さんはお腹を空かせて力を出せないんじゃないだろうか。……いや、むしろお芋を求める執念が勝利へと駆り立てるかも知れないか。
 それにしても、勝敗が決する頃には、せっかくほくほくに焼けていたお芋さんも冷めちゃってるんじゃないかなぁ。まあ、弾幕ごっこは彼女たちのたしなみであるどころか生きがいですらある節もあるから、こうして何だかんだ理由をつけて弾幕ごっこに興じるのは、非常に彼女たちらしいとも思う。
 ま、私はたき火で暖まりながら高みの見物と洒落込みましょうかね。

「いくぜっ!」

 魔理沙さんが威勢の良い掛け声を上げ、指をパチンと鳴らす。すると、彼女の周囲に複数の魔法陣が展開される。それは魔理沙さんを護衛するようにその周囲を高速で回転。そしてその魔法陣からは、彼女お得意の、星々を象った弾幕が展開され――

「――え?」

 ――なかった。
 いや、弾幕はばら撒かれている。しかしそれは、いつもの星型のものではなくて。

「モミジ……。どうしたのよ魔理沙」

 霊夢さんも意外そうな声で言った。
 そう。魔法陣から発射されているのは、色とりどりのモミジだったのだ。赤色を基調としているが、微妙な濃淡を持ち、鮮やかな色合いのものから渋くくすんだものまで様々。黄色に色付いているものも散見された。

「へへ、落葉の季節だし、モミジは星型に似てるからな。イメチェンってやつだ。たまには雅にいこうじゃないか」

 魔理沙さんに雅なんて言葉は似合わないなぁ。
 けれど、上空で展開される木の葉の舞いは、確かに秋らしくて風流であるかも知れない。もう晩秋どころか初冬と言える時期だけれども、まだまだ落葉の時期でもある訳だし。

「ただし、葉っぱって言ってもしっかり弾幕してるから、当たると痛いぜ?」
「ふぅん、やってくれるじゃない」

 乱舞する木の葉は、直線的ではなく微妙に揺らぎながら霊夢さんに迫り、巻き込んでいく。しかし霊夢さんとて弾幕ごっこの手練。迫り来る木の葉の弾幕を、あるものは最小限の動作でかわし、あるものは祓串で打ち払い、叩き落とす。無駄のない、流れるような洗練された身のこなしだ。
 私もあの動きを参考にしようかと思って見上げていると、魔理沙さんが放つモミジ弾が地上にいる私の所にもぱらぱらと落ちて来る。当たると痛いとの事なので、私も回避行動を取らねばならなかった。
 いつもの事だけれども、ばら撒き過ぎである。

「ちょっと魔理沙、境内に葉っぱ散らかさないでよ! せっかく掃除したのにー!」

 霊夢さんもそれに気付いて怒声を上げた。そりゃあ怒るでしょうねえ。

「おお、すまん。だがこれも落葉の醍醐味だ」
「何が醍醐味よ。もう容赦しないわ!」

 それまでは防戦一方だった霊夢さんも、ここにきて陰陽玉をばら撒く。人の大きさ以上もあるそれが彼女の四方に散開。ターンさせて、脇から魔理沙さんを攻めるつもりなのだろう。さすが腋巫女。

「って、ぉうわっ!」

 んな下らんことを考えていたら、陰陽玉の1つが私のすぐそばでターンするではないか。
 私の至近距離を高速で通過していったそれは、魔理沙さんを目掛けてまた上昇。轟音を残し、落ち葉と砂ぼこりを巻き上げてかっ飛んでいった。

「ちょっと霊夢さーん、危ないじゃないですかー!」
「ごめーん、でもこれも弾幕ごっこの醍醐味よねー」
「どこが醍醐味ですかー!」

 私の抗議をさらりと無視し、霊夢さんは更に御札を発射する。
 対する魔理沙さんは御札をマジックミサイルで相殺しながら、陰陽玉を大きな動作で回避する。右へ左へせわしなく動くものだから、周りの魔法陣もそれに合わせて右左。ますます葉っぱが散らかっていく。
 第二撃目の陰陽玉も霊夢さんから放たれ、すっかり混沌とした状態だ。
 なんかもう身の危険すら感じるので、私は神社から離れることにした。勝敗の行方は気になるのだけれども。
 いったん離れてから神社の方を向き直ると、葉っぱが渦を巻いたりでっかい陰陽玉が飛び交ってたり、地上から空にレーザーが走ったりと、無駄に豪快な弾幕ごっこになっていた。あの中にいたら、傍観者だった私は確実に被弾している。
 幻想郷でも指折りの弾幕ごっこジャンキーな二人が暴れると、こんな事になるのか。くわばらくわばら。
 勝負がつく頃には、神社は葉っぱで散らかり放題になってるんだろうなぁ。
 多分、負けた方が掃除させられるのだろう。

「モミジの葉 地上に落ちりゃ ただのゴミ、か」

 ……うわ、詩的情緒もへったくれもない。
 醍醐味と粗大ゴミは紙一重ってトコでしょうかね。





 *





 危うく弾幕ごっこの巻き添えを食うところだった私は、安寧の地を求めてさまよう。
 新聞記者をやっている以上、時には危険な場所への突入取材も辞さないけれども、アレは正直勘弁願いたい。気が付いたらレーザーに尻を焼かれていました、なんて事になりかねない。
 ふらふらと飛んでいると、また遠くに煙が立ちのぼっているのが見えた。
 湖の向こう。あの方向は紅魔館、か。
 元から紅いから燃えても同じだなぁ、と思ったけどさっきから頭の中で人様の住み家を燃やしてばかりの自分に気付く。これはまずい。
 まあ燃えてはいないと思うけど、行ってみよう。とりあえず何かありそうなところに向かうのが、記者としての信条なのである。




「あら文さんじゃないですか、お久し振りですねぇ」

 紅魔館の前に降り立った私に屈託なく声を掛けて来たのは、門番の美鈴さんだった。

「えーと、これはなんと言うか、お芋祭りか何かですか?」
「まあ……似たようなものです」

 門の前では、博麗神社と同様に、何か所かで落ち葉が焚かれていた。その周囲に群がり、談笑する紅魔館の方々。美鈴さんの部下である外勤の方々はもちろん、内勤のメイドさんの姿もちらほら。メイド姿で落ち葉たきとは、巫女服で畑仕事並みに不似合いだ。
 何より異様というか微妙なのは、山と積まれたお芋。目測で標高3尺。ここはどこかの農家か。

「お芋が沢山手に入ったので、みんなで食べてるんですよー」

 何というか、のどかな光景だ。まあ、どうせ普段はろくに侵入者なんぞ現れないんだろうし、こんなもんか。例外的な存在である魔理沙さんはただ今弾幕ごっこの真っ最中だし。
 悪く言えば弛緩しているとなるのだが、要するに平和なのだった。
 美鈴さんは時折、焼き加減などについて他の方々に指示を出している。鍋奉行ならぬ芋奉行か。

「文さんも食べます? まだまだ沢山ありますよ」

 さっき半分ほど食べているのだけれども、まだまだ食べられる。何よりあの味は相当魅力的なのだ。私は頂くことにした。

「美味しいですよ~」

 ほらほらと言って美鈴さんが差し出したのは、銀色をしたよく分からないものだった。中にはお芋が入っているのだと思うが、外側の銀色は何だろう。

「何ですか、この銀色のは?」
「ああ、これはアルミホイルって言いまして、こうやってこれでお芋をくるんで焼くと、焦げにくい上により美味しく焼きあがるんですよー」
「へぇー」
「咲夜さんが料理によく使ってるみたいなので、ちょっと厨房から拝借してきました」

 内緒ですよ、と目で言うその様子が何だか可愛かった。
 よく分からないが、焦げにくいのは良い事だ。今度、霊夢さんに教えてあげよう。
 そのアルミホイルとやらをはがしていくと、中から新聞紙っぽい紙が現れる。どうも私の新聞っぽいのだが突っ込んでいいものかどうか分からなかった。

「こうやって、新聞紙を濡らしてくるんで、さらにアルミホイルで包んで焼くと、仕上がりが最高なんですよ」

 ええと、これは私の新聞が美味しい焼き芋作りに貢献したというコトで、喜んでおくべきなんでしょうか。これが1か月前の古新聞とかならいいのですが、例えば今日きのうのものが使われていたとしたら私は物陰で涙を拭います。
 ただ、瞳をらんらんと輝かせて焼き芋作りについて語る美鈴さんは妙に嬉しそうで、悪気は全くないんだろうなぁと思う。
 ともあれ、その新聞もはがされると、よく焼けたお芋さんがひょっこり顔を出した。

「どうぞー」
「ありがとうございまーす」

 頂いたお芋はやはりアツアツ。先程の味を思い出すと、自然と口の中が唾液で満たされてくる。意地汚いなぁ。私オンナノコなのに。いやいや、オンナノコは美味しいものには弱いのだ。うん。とくに甘いものにはメロメロなのです。
 ……ともかく、はやる気持ちを抑え、私はゆっくりとお芋の中身を開いた。

「うわぁ……」

 自然、感嘆の声を上げてしまう。
 割り開いてすぐに立ちのぼる、魅惑的なまでの湯気。そしてその奥、開かれたお芋の中身は、よくある黄色――ではなく、言うなれば、黄金色に輝いていた。
 通でなくとも分かる。これは凄い――と。
 思わず生唾をゴクリと飲み込んでしまった。
 いやいや、これは私が食べてもいいものなのだ。さあ、早く食べてしまえ。

「いただきまーす……」

 まるで高貴な物に触れるかのごとく、私は恐る恐る、黄金色のお芋さんにかじりついた。

「っ!」

 声にならない声。
 口に含んだ瞬間から、それは舌の上で控えめながら確かな甘味を主張し、とろけてゆく。口中に行き渡る甘さが嬉しい。そうしてすぐに柔らかくなって溶け消えてしまうのが惜しいほどだった。
 私は夢中になって――いや、虜になってそのお芋を食べ進めた。食べ続けても全く飽きの来ない美味しさだった。
 仮にこのお芋の美味しさを新聞記事に書こうとするなら、私はどのような言葉で以ってこの味を伝えれば良いのだろう。私には、分からない。
 食えば分かる、食え。としか考えられなかった。
 気が付いたら私は、お芋さんを一本まるまる食べ尽くしていた。

「はぁー、ごちそうさまです」

 あいさつの言葉の前に思わず嘆息が入ってしまう。それほど満足のいく味だった。

「いい食べっぷりですねぇ」
「ええ、美味しいので、つい意地汚くなってしまいます」
「まだありますよ。次いきますか?」

 そう言って、お酒を勧めるみたいに、更に次のお芋さんを差し出す。
 どうしようかなぁ。あんまり貰うのもそれこそ意地汚い気もするし、今日はもうお芋さんを1個半も食している。食べ過ぎかなとも思う。
 だがしかし、甘いものは別腹と言うではないか。ならばノープロブレムだ。
 と言うかさっきから別腹にしか入っていない気もしたがまあ気にしない事にした。

「――あら、貴方もお芋食べる?」

 と、その時、美鈴さんの視線が私の肩越しに伸びる。
 振り返ると、そこには大妖精さんがいた。
 彼女は指をくわえてこちらの方を見ていたのだが、美鈴さんの言葉を受けて、どぎまぎしながら両手を振って否定のポーズをする。

「まあまあそう遠慮しない」
「え? えっと、違います違います!」
「うん? 貴方、よだれが垂れてるわよ」
「ええっ!?」

 大妖精さんが慌てて口元を拭う。が、

「うふふ、うっそ~ん」
「ええっ!?」

 リアクションがオーバーですよ。面白いですが。

「引っかかったって事は、やっぱりお芋が食べたかったんじゃないのぉ?」
「うぅ~」

 嫌がらせと言うよりかは、純粋にからかっているだけなのだろう。美鈴さん、意外とお茶目だ。しゅーんと羽を落とし、うつむいたまま頬を赤く染める大妖精さんが可愛かった。

「いいのよ、恥ずかしがらなくて。このお芋がそれだけ美味しそうだったって訳でしょ?」
「あ、はい……」
「なら光栄だわね」

 そう言って、誇らしげに胸をそらす。確かに、そうして誇るだけの味は保障しても良いと思う。
 そして美鈴さんは、大きなお芋をひとつ、大妖精さんに差し出した。もちろん焼きたてだ。

「どうぞ。私特製のお芋を貴方にもおひとつ」
「あ、ありがとうございます。でも私、こんなには……」
「ああ、そうかもね。じゃあ、文さんと半分ずつで」

 美鈴さんはお芋を半分に割り、片方を私に、もう片方を大妖精さんに渡した。中身はやっぱり黄金色。

「熱いから気を付けてね」
「はい、いただきます」

 大妖精さんは湯気の立つお芋にふーふーと息を吹きかけてから、小さくひと口、お芋を口に含んだ。最初は熱そうにしていたが、それはやがて口の中で適温に溶ける。しっかりと味わうようにしてから、飲み込んだ。

「……美味しい」

 目を丸くして、言う。本当に素直な反応だなと思った。
 きっと、それ以上の言葉は不要なのだろう。大妖精さんはすぐにふた口目を口にした。とても幸せそうな表情で。
 そしてそれを見つめる美鈴さんも嬉しそうだった。私も、思わず笑みがこぼれてしまう。
 おっと、私の手元にも麗しきお芋さんがあるのだ。一緒に味わおうではありませんか。




「そう言えば貴方、いつも一緒にいる元気な方はどうしたの?」

 私が自分の分を食べ終え、大妖精さんは半分ほどを消費した頃、美鈴さんが思い出したように尋ねた。

「チルノちゃんですか?」
「そうそう。あの青い子」

 お芋の美味しさにかまけていて忘れていた。二人はいつも一緒にいるのに、そう言えば今日は片割れであるチルノさんの姿を見ていない。
 大妖精さんは、ややうつむき加減になって、言った。

「チルノちゃんはこの時期、一人で勝手に出掛けてしまうんです……」
「そうなんだ」

 美鈴さんはそれ以上、何も尋ねなかった。
 間もなく冬を迎えようとするこの時期。チルノさんが何を求めているか……は、何となく分かるのだった。




「ちょっと美鈴、何なのよこれは……」
「あっ、咲夜さん」

 大妖精さんがお芋を食べ終えて帰った後。お芋の焼き加減とかについての薀蓄を美鈴さんに語られていると、館から咲夜さんが姿を見せた。
 腕組みしながら門前の有様を見回し、何とも言えない呆れた表情を作っている。まあ分からなくもない。多数のメイドさんがキャンプでもしてるような珍妙な光景が眼前に広がっているのだ。そりゃリアクションに困る。

「中の子たちがやけに仕事を早く終わらせてたと思ったら、こんな事になってたのね」
「咲夜さんも、お芋食べます?」

 なんか美鈴さん、さっきから二言目にはお芋お芋言ってる気がする。て言うか焼きたてホクホクのお芋が既にその手に載っているのはどういう早業なんですか。

「私は……いいわ」
「えー、これ美味しいんですよぉ」

 ずいっと、美鈴さんがお芋を前面に押し出す。それに気圧される咲夜さん。中々珍しい光景だ。

「ほらほら、アツアツで美味しそうじゃないですかー」

 そう言って美鈴さんはお芋を割り、湯気を上げる黄金色のお芋を咲夜さんに見せびらかす。

「いいのよ、私は。じ、自分で食べなさいって」
「私はもう5個ほど食べてますよぉ」

 それはさすがに食べ過ぎです。
 それにしても咲夜さん、アツアツで見るからに美味しそうなお芋を食べようとしないとは、ちょっと意外だ。仕事中だという事でも気にしているのだろうか。

「あっ、そういえば咲夜さん猫舌でしたね。気付かなくてすいません」
「別にそういう事じゃなくて……」
「じゃあ私が吹いて冷まして差し上げます」

 言うが早いか美鈴さんはお芋を一口サイズに小さく摘み取り、ふーふーと吹いてそれを冷ます。冷ましたそれを自らの唇に触れさせ、適温になっていることを確かめて、

「はい、咲夜さん、あーん」
「ちょ!」
「あーーん」
「美鈴っ!」
「あーーーん」
「こんなっ!」
「あーーーーん」
「ところでっ!」
「あーーーーーん」
「みんな見てる!」
「あーーーーーーん」

 徐々に迫り来るお芋に、咲夜さんはタジタジ。
 そして根負けしたように、彼女はそのお芋を受け入れ、口に入れた。いや、入れて貰った。
 口の中で味わうようにそれを舌でもてあそび、こくんと飲み込む。

「美味しいですかぁ?」
「…………美味しいわよ、もう……」

 怒ったような照れたような、複雑な表情。目元では怒り、口元は拗ねたようで、でも頬はやや朱に染まって。
 対して美鈴さんは単純に嬉しそうだった。

「きゃーっ、メイド長と美鈴さん、お芋みたいにアッツアツー!」
「お芋みたいにスゥィーーート!」

 と、そんな二人を見ていた周囲のメイドさんたちがきゃいきゃい黄色い声を上げてはやし立てる。とても楽しそうである。
 咲夜さんがより一層顔を赤くして怒るが、ちっとも効果はなし。メイドさんたちの桃色話は盛り上がるばかり。そりゃまあ、あーんは色々と恥ずかしい光景だろう。当人にとっても周囲で見ている者にも。
 もちろん私は、その瞬間を写真に収めるのを怠らなかった。撮影タイミングは当然、咲夜さんがお芋を口に含んだ瞬間、美鈴さんの指が咲夜さんの可憐な唇に触れたその一瞬だ。ツーショットのうえにナイスショットボーナスもゲットである。カラーボーナスは百合色でしょうかね。貴重な咲夜さんの照れ顔に劣情を催しますよウフフ。
 後は、この写真と先程の出来事をもとに記事を書くだけです。
 桃色な興奮さめやらぬ中、私はこっそりこの場を離れようと――


「っ!」


 次の瞬間には、私の正面には血塗られた色のクナイの壁が立ちはだかっていた。首を回してみても、あらゆる方向にクナイは展開されていて、その全てが私の方に刃を向けていた。

 ええと、これなんてインフレーションスクウェア?

 そう、こんな事を平然とやらかす犯人は彼女しかいない。
 常に瀟洒に在る彼女にぬかりなどあるはずもなく、私の身体が通り抜けられるようなスキマは皆無。おまけに写真は撮ったばかりで、この弾幕を消すためのフィルム巻きも間に合わない。
 どう見てもチェックメイトです。本当にありがたくありません。
 どうやらこれは、リスクショットでもあったようですね。
 生き残るには……手元のこの写真を廃棄するしかないのだった。そうすれば私は無罪放免になるのだろう。
 そうしなければ、私は文字通りの千本の針の山――なのだろう。
 私は悔やみながら、本日のベストショットを手放した。

 ――と、次の瞬間、私に迫っていたクナイの集団は私に突き刺さる直前で手品のように忽然と消失。ひらひらと地面に落ちようとしていた写真はそれと同時に、どこからか飛来するナイフに貫かれる。そのナイフは写真を引っ掛けたまま飛行し、そのままたき火の中に飛び込んでいった。
 それは、完璧かつ速やかな証拠隠滅であった。

「……恥ずかしいトコ、見られちゃったかしら」

 ちょっとだけ冷静さを取り戻した咲夜さんに話し掛けられる。その手には既にナイフが回収されていた。
 えーと、恥ずかしいトコってのは、先程の美鈴さんとの顛末ですか? それとも、今の処置の事を言ってるのですかね?

「客観的な証拠を手に入れたかったのですが、残念です」
「ふふふ、それはご愁傷様」

 上品に微笑む。そして、いつの間に受け取ったのか、その手には先程のお芋。

「美味しいわね、美鈴」
「もちろんです」

 他のメイドさんたちも交え、余裕の表情で会話を交わす彼女たち。これはこれで映えそうなショットではあると思った。
 仕事を完璧にこなすだけでなく、こうやって気さくに部下たちと会話する余裕すらも見せる。自称なのかそれとも他の誰かが言い出したのか、完全で瀟洒なメイドなどと言われる彼女であるが、そう呼ばれても納得のいくだけのものを、彼女は確かに持っていると思った。
 ただ個人的には、ちょっと素の部分が覗いた先程の咲夜さんもそれはそれで良いと思うのだけど。

「それでは、私は仕事がありますので、これにて失礼しますわ。また会いましょう、新聞屋さん」

 お芋を食べ終えた咲夜さんは、そう言って優雅にスカートを翻し、館の方へと消えていった。一挙手一投足どれをとってもあか抜けていて、まさに瀟洒と言うにふさわしい。同じ短いスカートを穿く者として、あの見事な立ち居振る舞いは見習いたいと思う。って何を思ってるのだ私。
 まあとにかく、咲夜さんも仕事に戻ってしまったし、お芋も充分にご馳走になった。何しに来たのかよく分からなかったが、そろそろおいとまするとしよう。

「じゃあ、私もそろそろ失礼しますね。お芋、ご馳走様でした」
「あ、ちょっと待って下さい文さん」

 お礼を言って辞する私を、美鈴さんが引き留める。

「何でしょうか」
「はい、おみやげです」

 そうにこやかに言って美鈴さんが私に渡して来たのは、新聞紙に包まれた、焼きたての大きなお芋だった。





 *





「どうしましょう、これ……」

 空を飛行しながら、私は誰にともなくつぶやいた。
 腕の中には、先程頂いた、新聞紙に包まれたお芋。
 どうしようかと言いつつ、行儀悪くも飛びながらにして摘んでいるのだけれども、いくら美味しくてもさすがにこの大きさは食べ切れない。遠慮すれば良かったのかも知れないが、笑顔でどうぞどうぞと言われると非常に断りづらいものがある。
 空を飛んでいると木枯らしに吹きさらされ、身を切られるほどに寒い。
 見上げると、幻想郷をすっぽりと覆う灰色の雲。まだ雪が降るほど冷え込んではいないが、まもなくそんな季節が訪れるだろう。
 ゆっくりと吐き出す息も、すっかり真っ白だった。
 こんな風に吐く息が白く見えるようになるのは、一体いつ頃からなのだろう。と毎年思うのだけれども、今年もその境目に気付けないまま、こうして冬を迎えてしまった。
 季節の歩みはとてもゆっくりだけれども、日が落ちてまた昇るたびに、確実に一歩一歩進んでいるのだった。
 また風が吹いて、私は一際大きく身震いした。胸元のお芋を腕で抱くようにする。それはまだ温かくて、何だか嬉しかった。
 今日はもう、家に帰ろう。まだ明るいが、日暮れは近い。
 そう思って、進路を自分の庵の方へ取ろうとした時、

「あれー? ぶんぶん丸じゃん」

 横の方から声を掛けられた。声も口調も聞き覚えもあるもの。チルノさんだ。
 彼女はいつも通りの活発そうな表情を見せながら、こちらへと寄って来る。

「こんな所で何してるのぶんぶん丸?」

 それは新聞の名称であって、私の名前は射命丸文ですよ、と言おうかと思ったが、ぶんぶん丸と呼ばれるのもそう悪くはないと思い直した。

「私は普通に帰る途中なだけですよ。チルノさんこそ、何をしているんですか?」
「へへ、さてここで問題です、あたいはここで何をしているのでしょーっ」

 何故だか得意になって問いを出題するチルノさん。子供というものは、相手が到底分からなそうな問題を出す事がよくある。これはまさにそんな感じだ。
 けれど、

「レティさんを待ってるのでしょう?」
「なっ、何で分かったのよ」

 何でって、分かる人には丸分かりなんですけどね。私はこう見えて、貴方のことも結構知ってるんですから。私と、少なくとも大妖精さんは問いの答えが分かるでしょう。
 まあ、分からないフリをしてあげても良かったのですが、あんまり自信満々で言うものだから、つい。

「私には、相手の心を読む力があるのですよ」
「嘘つけっ」
「嘘に決まってるじゃないですか」
「う~っ」

 やっぱりからかうと面白いわこの子。

「まあそれはいいんですが、どうしてこんな所で待っているのですか?」

 今私たちがいるこの場所は、幻想郷の中でも隅っこの方で、山地に近い丘陵地。チルノさんがいつもいる例の湖からは結構離れている。私ならひとっ飛びの距離だけれども、彼女にとってはこうしてやって来るのもひと苦労な気がする。

「じゃ、じゃあ第2問よ。あたいは何でここでレティを待っているのでしょうっ」

 それは私が発した問いそのままです。分かるはずがありません。

「答えはねっ、レティはこのあたりに最初に現れるからよっ」
「それって、そのまんまじゃないですか。問いになってませんよ」
「う~っ、じゃあ、レティがどういう所に出て来るのか、あんたは知ってんのっ?」

 おっと、少し怒らせてしまいましたか。

「……うーん、それは普通に分からないですね。教えて下さい」
「えっへん、では、このチルノ様が教えてしんぜよう」

 けれど、ちょっとでも自分が優位になるとすぐこれだ。やっぱり可愛いなぁ。
 何だかとってももったいぶって言ってるけれど、本当は誰かにその事を聞かせたくて仕方がないんじゃないだろうか。そんな様子が、チルノさんのどこか嬉しそうな表情から感じられる。

「レティは冬の妖怪だけど、ぶんぶん丸は冬と言えば何を想像する?」
「……雪、ですか?」

 基本的というかヒネリがなさすぎだけれども、とりあえず最初に思いつくのはそれだった。

「そう、雪。レティはね、初雪が降るのと一緒に現れるのよ」
「へぇ、そうなんですか」
「雪って、最初は山の方で降るでしょ。だからあたいはこうやって、山の近くで待ってるのよ」
「へぇー、ちゃんと考えがあってのことなんですねぇ」
「あったり前じゃない」

 そうやって生き生きと私に語る様子は、やっぱり嬉しそうだった。

「レティさんに、早く会いたいですか?」
「もちろんよ」

 そう言って、小さな身体で両手を挙げる彼女はとても可愛い。
 うん、やっぱり子供というのは素直が一番です。
 と、その時、


 くぅぅ……


「あぅ」

 上に伸ばしていたチルノさんの腕が、まるで風船がしぼんでいくみたいにひゅるひゅると下ろされてお腹へと向かう。
 チルノさんのお腹が鳴った。私にも聞こえるくらいの大きな音だったけれども、とても可愛い音だった。何か物凄く微笑ましい。決してからかうとかそういう意味ではなく、自然と笑みがこぼれてしまう。

「ひょっとしてチルノさん、お腹空いてます?」
「うん……」

 素直に頷く。
 空腹でお腹を抱えて小さくなるチルノさんは、非常に庇護欲をそそられる。なんかこう、ついお持ち帰りしたくなるくらいに。
 そういえば私は今、お芋を持ってたっけ。

「チルノさん、お芋、食べますか?」

 私は新聞紙の包みからお芋を取り出して、チルノさんに見せる。彼女はそのお芋を見て目をぱちくりさせた。

「なあに、これ?」
「焼き芋ですけど、食べた事ないですか?」
「ない」

 ああ、焼き芋の美味しさを知らないとは可哀想に。今ここで、私が焼き芋の美味しさを教えてしんぜようではありませんか。
 私は手もとのお芋をひとかけら摘んで、自分の口に入れる。やや冷めてしまっていたが、まだ甘くて美味しい。氷精であるチルノさんにはこのくらいが丁度良いのかも知れない。

「はい、どうぞ。甘いですよ」

 皮を剥いてやってから、チルノさんにお芋を渡した。
 チルノさんは、最初は訝しげな目でお芋を見ていたけれど、おずおずとしながらも、それをぱくりと口にした。

「……美味しい」

 目を丸くして言うその様子が大妖精さんとそっくりで、可笑しかった。

「でしょう? 本当はこのお芋、もう少し温かい時の方が美味しいんですよ」
「へぇ……」

 チルノさんは私との会話もそこそこに、夢中になってお芋にむしゃぶりついていた。その様子から、かなりお腹を空かせていたことがよく分かる。

「チルノさん、今日はいつからここにいたのですか?」
「朝ごはん食べてからずっと」
「ずっと、半日くらいここでそうして待っていたのですか?」
「うん」

 健気だと、思った。けれどこの子にとっては、そうして時間を忘れて待ち焦がれる間さえも、幸せなひとときなのかも知れない。そりゃあ、それだけ待っていれば腹も減りますね。
 けれど残念ながら、今日はもう恐らく雪は降らないでしょうね。まだ冷え込みがちょっと足りませんから。

「チルノさん、今日はもう帰りませんか? 日も暮れて来ましたし。それに、大妖精さんが心配してると思いますよ」
「うん……」

 今日はもう降らないだろうと彼女も思っていたのか、素直に頷いた。




「ねえ」
「何ですか」

 成り行き上、という訳ではないが、私は何となく、湖の方までチルノさんを送っていくことにした。
 その道すがら、しばらくの間黙って私の隣りを飛んでいたチルノさんが、小さく口を開いた。

「その……、さっきの、お芋、すごく美味しかった。……ありがとう」
「…………」

 私は、言葉を失った。
 失礼だとは思う。それは分かっている。けれど私は、チルノさんからありがとうなんて言葉を聞けるとは思ってもみなかったのだ。

「それでさ……」
「はい」
「あのお芋を、レティにも食べさせてあげたいんだけど……」

 ……もしかしたらこの子は、普段が極めて素直じゃないというだけで、本当はとてもいい子なのかも知れない、と思った。なぜなら、美味しかったからまた食べたい、ではなく、美味しかったからレティさんにも食べさせてあげたい、なのだ。
 お芋の美味しさを、自分だけでなくレティさんにも知って欲しい。そうやって、自分が知っているちょっとした幸せを、レティさんと共有したい。そんな想いがチルノさんの中にあるのだろう。
 私は、チルノさんの願いをどうしても叶えてあげたいと思った。

「さっきのお芋は、実はもともとは私のではなくて、紅魔館で美鈴さんから頂いたものなんです。だから、美鈴さんにお願いすれば、また作ってくれるかも知れません」
「うん」
「……でも、さっきの所からの距離を考えると、博麗神社の方がずっと近いです。霊夢さんも焼き芋を作っていますから、霊夢さんにお願いした方がいいかも知れませんね」
「え~っ、あいつのところ?」

 と、かなりあからさまに不満の声を上げる。
 チルノさんは過去に何度か弾幕ごっこで霊夢さんに落とされているらしいので、まあその気持ちも分からなくはない。
 けれど、

「レティさんに美味しいお芋をあげたいのでしょう? お芋は温かい方が美味しいのですよ」
「う~……」
「霊夢さんだって、鬼じゃありません。ちゃんとお願いすれば、焼き芋をくれますよ。彼女はそういう性格です」

 ……信じてますよ、霊夢さん。

「うん、分かった」

 そう、子供は素直が一番です。
 ただ、ここまで言ってしまった以上は、私からも霊夢さんにお願いしておいた方がいいかも知れないなと思った。

「さあ、そろそろ湖に着きますね。私はこのへんで失礼します」

 辺りはもうすっかり暗くなっていた。私も自分の庵に戻るのにちょっと苦労するかも知れない。

「あ……、今日は色々、ありがとう」
「ふふ、どういたしまして。おやすみなさい、チルノさん」
「おやすみ、ぶんぶん丸」

 私は手を振って、地上に降りてゆく彼女を見送った。
 どういたしまして、なんて言葉をチルノさんに言えたこと。それが、何だかとても嬉しかった。





 *





「霊夢さん、昨日に引き続いて今日も落ち葉たきですか?」
「私の落ち葉たきは、地面に葉っぱがある限り続くのよ」

 今日は、昨日よりも更に冷え込みが厳しい。外を飛び回るのが仕事である私にとって、こうして暖を取れる場所があるのはとても嬉しかった。

「ついでに焼き芋も続くぜ」

 そして、今日も今日とて博麗神社には魔理沙さんがいた。ここに居候してるんじゃないかと思ってしまうくらい、居るのが自然である。もしかしたらこの二人毎晩同衾してるんじゃない? とか思ったけれどそんな事を言おうものならブレイジング夢想天生なんていう弾幕ごっこっていうレベルじゃねぇみたいなスペルカード連携で永眠させられそうなので、この件は今後極秘取材を重ねて真相を暴いていく事にしましょう。

「それで、今日は何の用? あんたも魔理沙と同じくお芋にたかりに来たの?」

 とりあえず、同衾説はあっさり否定された。当然か。

「なあ霊夢、もしかして私は焼き芋にたかりにここに来てる事になってるのか?」
「違うの?」
「……まあ、否定はしないけどな。烏と同レベルにされるのは釈然としないが」

 こっちも魔理沙さんと同レベルにされたくないんですが。お互い様ってやつです。

「霊夢さん、今日も焼き芋やってるんですか?」
「今もこの中で焼いてるわよ。
 ……そうそう、あんた、チルノに何か吹き込んだの? 朝から私の所に来たんだけど」
「えっ、チルノさん、もう来ちゃったんですか?」
「ええ。お芋ちょうだいとか何とか、お願いまでされちゃったから、2個ほど焼いてあげたわよ」
「そうですか、ありがとうございます。実は私が彼女に教えてあげたので」
「別にいいわよ。お芋はまだまだ沢山あるし、しおらしくお礼まで言うチルノは新鮮だったわ。普段からああいう態度なら可愛いのにねぇ」

 チルノさんが可愛いというのは激しく同意です。
 とりあえず、無事にチルノさんの手にお芋が渡ったようで、私は安心した。

「確かに、ありがとうを言うチルノなんて初めて見たな。こりゃ雪でも降るかなって思ったな」

 相変わらず魔理沙さんは皮肉屋だ。まあ、雪が降ればチルノさんとしては願ったりでしょうけど。
 ただ、今の私の心境として、何となくチルノさん側に付きたいので、彼女の代わりに私が魔理沙さんに意趣返しをしておこうと思う。

「そうそう、昨日の弾幕ごっこの勝敗はどうなりました?」
「……なんだお前、そんな事を聞きにここに来たのかよ」

 と、魔理沙さんが途端に不機嫌そうな声になる。これだけで結果は分かった。この二人の弾幕ごっこでは、霊夢さんの方が勝ち星が多いと聞いていたから、思ったとおりだ。

「実はですね、幻想郷の少女たちのたしなみである弾幕ごっこについての特集記事を計画してまして、その先がけとして、貴方たちの弾幕ごっこの行方を追いたいと思いまして。とりあえず今までの勝ち負けを教えて頂けますか?」

 でまかせで言ってみたのだが、これは案外いいネタになりそうだ。

「そんなもの、覚えていないぜ。取材拒否だ」
「あら、私は覚えてるわよ。今のところ私が287戦中にひゃく……」
「わーっわーっ、言うな霊夢!」
「だって私は別に取材拒否してないしー」
「くっ……」

 肝心なところまでは聞けなかったが、霊夢さんの勝率は少なくとも7割程度はありそうだ。

「分かったよ、取材に応じてやるよ。……ただし、条件付きでな」

 魔理沙さんはそう言って、自身の箒を強く握る。――分かるよな、と、その目が言っていた。
 もちろんですよ、と、私も目でやり返した。
 弾幕ごっこの取材条件に弾幕ごっこ。これ以上おあつらえ向きな決め方はないだろう。運動の秋なんて時期ではないけれど、身体を動かして暖まりたいと思っていたところだ。

「けど、昨日に続く連戦で大丈夫なんですか? 後から『魔力が足りなかった』なんて言い訳は聞きたくありませんからね」
「ふん、そんなもん1日寝りゃあ回復する。そっちこそ後から『いきなり申し込まれたので……』なんて言い訳をするんじゃないぞ」

 魔理沙さんの口が悪いのは相変わらずだが、こっちだって負けてはいられない。私だって弾幕ごっこを生業とする者なのだ。

「あーあ、あんたたちがおかしいせいで、空の様子までおかしくなっちゃったじゃないの」

 霊夢さんが白い息を吐きながら、空を見上げている。私も彼女にならって顔を上げると、灰色に垂れ込めた空から雪の欠片がちらついているのが見えた。
 これは、初雪だ。
 ということは、どこかでもうレティさんが現れているのだろう。
 チルノさんはもうレティさんに会えただろうか。
 お芋を一緒に食べたりしているのだろうか。
 わざわざそれを確認しに行くのも野暮だ。私は、そんな情景を想像するだけで、充分なのだった。

「もう、本格的に冬ですねぇ」
「何でもいいから、やるぜ。雪のせいで弾幕が見えませんでした、なんて言うなよ」
「言いませんよ。何故だか今日は、誰にも負ける気がしないんですよね」

 そう。今日は何だかそんな気分なのだ。こう、心が高揚しているというか。

「……その口はカァカァ鳴くだけが能じゃないみたいだな」
「いえいえ、口の悪さでは貴方に敵いませんから」
「はいはい舌戦はそこまでね。私が審判やるから、あんたたちは思う存分やんなさい。勝った方には今焼いてるお芋を進呈するから、頑張りなさいね」

 お芋という言葉に、私と魔理沙さんのどちらもがピクリと反応した。

「こいつは、負けられないぜ」
「お互いに、そうですね」

 後は、それぞれの弾幕で語るのみである。
 一歩二歩と距離を取り、互いに相手を睨みつける。
 私は葉団扇を手に持って、魔理沙さんは愛用の箒に跨って。


「さあ行くぜ、その天狗になった鼻っつらを叩き折ってやるぜっ!」
「行きますよ、その行儀の悪いお口に弾幕を叩き込んであげます!」


 口上は、寒空の中を遠くまで駆けて行き。
 私たちは、雪の舞う空へと飛び出していった。


 20kbを目安に書いてもちっともそれに収まらない今日この頃。霊夢は腋より肩派な上泉涼です。
 内容的に考えて、12月1日あたりに投稿したかったのですが、予定に間に合わないのはもはや仕様……。

 ともかく、晩秋と言うか初冬と言うか、そんな頃のお話です。一応ジャンルはほのぼの系なのでしょうが、キャラの発言がアレだったりして自分でもよく分からない感じに仕上がってしまいました。
 もともとは、芋を食いすぎた文が屁をこいちゃったりなんかする色々とダメなオチもあったのですが、結局こんな形に。
 私の場合、SSを書き進めてると、ほのぼのオチとギャグオチの両方を思いつく事がよくあります。でも大抵は無難に前者を選んでしまうチキンな私です。
 ……何だか全然作品解説とかになってませんが、この作品をちょっとでも楽しんで頂けたなら幸いです。
上泉 涼
[email protected]
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コメント



0.2420簡易評価
3.80名前が無い程度の能力削除
こういう雰囲気の作品は大好きです。焼き芋が食べたくなりました
13.80削除
素晴らしい!(若本ボイス風に)
いや、キャラがそれぞれ可愛くてたまらない。
読んでたら焼き芋食べたくなったから作るか。

…半分にして分け合う誰かなんぞおらんけどな!
OTL
19.無評価CACAO100%削除
一瞬チルノと文にフラグが立ったと思った俺ガイル
焼き芋は美味しいですよね、ただ焼き里芋はかんべんな!
47.80名前が無い程度の能力削除
「きゃーっ、メイド長と美鈴さん、お芋みたいにアッツアツー!」
「お芋みたいにスゥィーーート!」
自重しろwww

焼き芋食いたい時期になってきたなぁ