Coolier - 新生・東方創想話

お化けと幽霊どう違う?

2006/11/28 08:31:36
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「ねぇ妖夢」
「なんですか幽々子様?3時のおやつだったらまだですよ、さっき2時のおやつを食べたばかりじゃないですか」
「もう、そうじゃない・・・・・・こともないんだけど、実はー」

 うららかな日差しの午後、冥界は白玉楼に見えるは幽冥の亡霊嬢、もとい暴食嬢西行寺幽々子と、その従者兼庭師兼剣術指南役、魂魄妖夢。
 春も遠のき、夏の気配が近づいてきている今日この頃、花見の時期も過ぎ、一時はものすごかった来客の数も減って、桜に浮かれていた冥界の幽霊達もしだいに落ち着きを取り戻して、白玉楼はいつものような生気のほとんどない平和な空間に戻っていた。
「実は?」

 妖夢は知っている、幽々子が自分に声をかける場合に考えられる動機は主に3つ、1つは食事に関すること、2つは自分をいぢるため、3つは何かまた思いついた時・・・・・・
 なんだか、自分の知っているお嬢様とか、お姫様とかいった誰かを従えている者達は、とかく変人が多いと常々妖夢は思っている。紅い館の吸血嬢にしろ、竹林の宇宙人にしろ、迷い家のスキマ妖怪にしろ、今自分の目の前にいる亡霊嬢にしろ。まぁ、誰も彼も揃いも揃って暇、というのが動機の大半なのだろうが、毎度引き起こされる事態には思考した跡があまり見られない。思いついたことを本能のままに行っているようだ。
 妖怪、それに類する者達の思考はよく分からない・・・・・・いつだったか妖夢は、そんな身も蓋もないような結論を打ち出して、そのことについて考えるのは止めた。いくら考えても、使用人である自分は主の命令には逆らえないし、主の友人たちの行動に抗える訳でもない。なにより、毎度毎度変なことばかり引き起こされるこの日々を、なんとはなくとも妖夢は気に入っていたのだ。

「妖夢って、お化け苦手でしょ?」
「う・・・・・・」
「私、前に竹林で肝試しした時に思ったの。ああ、この子は食べちゃいたいくらい可愛・・・じゃなかった、この調子でこの先冥界でやっていけるのか、って」

 そう、魂魄妖夢はお化けが苦手。いまだに夜のトイレは怖いし、暗くひっそりとした場所は1人で行くと背筋が凍る。
 妖怪人外なんでもござれの幻想郷にあり、それも亡霊が集う冥界は白玉楼の庭師がお化けが怖いとはこれいかに。幽霊なんて見飽きている、というか視界に勝手に入ってくるほどいるのに、それは平気なのだという。曰く
「お化けと幽霊は別なんですだから仕事には何の支障もありませんそもそも、幽霊、亡霊というのは成仏した魂が冥界にやってきただけのものであってれっきとした冥界の住人なのですしかしお化けというものは成仏も出来ずに現世をさまよう亡者、こちらに敵意害意を持っているものが多いのですああ不気味ですね怖いですねお化けは、これはもう暴力的な人は怖いとかそういう次元の話なんですそうなんですよだからお化けが怖いということはなんら私の落ち度にはなっていなく・・・・・・(以下略)」
だそうだ。妖夢は以前この説明を幽々子に力説し、当時持ち上がっていた「魂魄妖夢のお化け克服プロジェクトX ~挑発者たち~」を頓挫させることに成功していた。

「またその話ですか・・・幽々子様、私はそんなに頼りないですか?」
「そんなことないわよ、でもね妖夢、たとえあなたがあなたが悪鬼悪霊悉くを切り捨てる剣士でも、お化けを前にしたら裸足で逃げ出すというのはあんまりでしょう?あなたは私の警護役、いざというときにあれは苦手だから戦えない、と言われては困るのよ」
「そのようなことはありません、私はいざとなれば幽々子様のためなら命を捨てる覚悟も・・・・・・」
「もう、そんなに簡単に命を捨てるとか言わないの、だ、か、らぁ・・・・・・」
「・・・だから?」

 幽々子の顔に笑み、しかしてそれは悪魔のほほえみ。妖夢はこの笑みを知っている。そう、このわくわく、うきうきとした笑顔は「気まぐれな笑顔」、次に発せられるのは十中八九、なにかしらの企みへの招待。
 ふいに妖夢は悟る、ああ、今度は逃げられそうもないな、と。





 月は登り、日は沈み、今宵も湖の奥に映る紅い館、紅魔館。
 齢500を数える自称カリスマ吸血鬼、レミリア・スカーレットが当主として君臨する洋館である。
 もともと悪魔の館などという評判のこの紅魔館、普段からその強烈な紅い色で周囲にその存在を誇示している。
 見た目のインパクトでは飽き足らず、噂も絶えないことでも有名だ。ここには巫女を狙う悪魔が棲むとか、少女や乙女に完全で瀟洒な欲望を向ける冥土がいるとか、血を吐き出すもやしの魔女がいるとか、地下に幽閉され白黒の魔法使いを生け贄に求める破壊神がいるとか、そんな噂は今や幻想郷中に届いている。

 そんな紅魔館の門前に、魂魄妖夢は降り立った。

「・・・・・・来てしまった・・・・・・」



 時は遡ること数時間前、件の幽々子の提案は、「紅魔館での肝試し」であった。

「肝、試し・・・?」
「そうよー、で、もう会場の準備は終わってるのよ」
「え!?」
「後は時間が来るのを待つだけよ~、うふふ、今晩が楽しみね」
「ちょ、ちょっと待ってください幽々子様!今晩って?今晩やるんですか!?」
「そうよ~、あ、あとこれが招待状ね」

 そう言って手渡された一枚の紙、そこには血文字のような見出しで「恐怖!紅魔館に現れる本当の悪夢」と書かれている。字が下手である。それに煽りのセンスもイマイチ、誰が書いたのかは黙して語るまい。そしてその下には
「コンぱク妖む様、あナたを今晩とう紅魔館デ行ワれるキモだメしに招待いタしマス」
とも書かれていた。・・・・・・これでは脅迫状だ。これを書いた人物はどうやら肝試しにおいて必要とされる怖さというものを少々誤解しているに違いない。

「・・・・・・え?あの、これって、え?」
「あ~本当に楽しみ、あ、これに招待されたお客は妖夢『だけ』よ。み~んなでおもてなししてあげるわよ~」
「私・・・だけ?」
「そうよ?」
「・・・・・・」

 少女放心中・・・・・・

 妖夢は自分の口から魂が出て行くのを幻視した。エクトプラズムが見える、果たしてそれは自分の半霊だったのだが。
 与えられたショックは大きい。なにより寝耳に水な話のうえ、有無を言わさずに、というより始まったと思ったら全ては終わった後で、もう実行に移す直前だという。反論の余地は無し、逃げ場も無し。あとは座して時を待て、状態である。

「ところで妖夢、3時のおやつは何かしら?」

 そんなのんきな主の声は、今の妖夢にとって遠い彼方から聞こえる幻聴と同義であった。




 思い返してみると、妖夢にはあの後の記憶がほとんど無い。気がつけば既に夜で、
「私は準備があるから先に行ってるわ~、招待状は忘れずに持ってくるように」
と言い残して幽々子は飛んで行ってしまった。
 残された妖夢はそのしばらく後、沈んだ心に火を灯し、真っ向から恐怖と戦う意を決し、泣きそうな顔をして冥界を後にした。

「うう・・・・・・あ、改めて見ると、紅魔館ってけっこう・・・・・・」

 別に紅魔館の外見は変わっていない。しかし今は夜、加えてこれから肝試しをする、という精神的な圧迫が、妖夢の思考回路に大きな影響を与えていた。現に妖夢はここに来る途中、闇の塊となって夜の散歩中だったルーミアを「黒マリモお化けだー!」と言って一刀に伏してきたばかりである。突然降って湧いた肝試し、それに対する恐怖と不安から、今の妖夢は色々と極端に怖がる状態になってしまっていた。

「ようこそ紅魔館へ、お待ちしておりました」
「出たぁー!ミイラー!!」

 妖夢は咄嗟に楼観剣と白楼剣を構える。妖夢の目には、門前に立つ包帯ぐるぐる巻きの人物が映っていた。

「ミ、ミイラだなんてひどいですね、あ、でも私はミイラの役だから別にいいのか・・・・・・じゃなくて、私ですよ~、この紅魔館の門前に立つ者と言えば」
「ちゅ、中国、さん・・・?」

 なるほどミイラか紅美鈴、紅魔館きっての常識人。度重なる敗北とお仕置きにもめげずに明るく元気に門番を務める彼女の背中に、尊敬の眼差しを向ける者も多い。
 今、美鈴の体は包帯に包まれている、本人も言っているがミイラであろう。ただ、なかなかのプロポーションを持つはずの彼女の体の凹凸は消え失せ、真っ平らになっている。どう見ても包帯が厚すぎる。そんなものだから、外見で彼女と見分けるのは至難の業、髪と目と口が包帯の隙間からはみ出している首から上で判断するしかない。

「そうこの私紅美鈴・・・ん?なにか違和感が・・・まあいいです・・・えー、コホン、今宵はようこそ当紅魔館においでくださいました、魂魄妖夢様、招待状をこちらに、それから、その刀もこちらで預からせていただきます」
「刀も・・・?」
「西行寺幽々子様からのご依頼です」

 幽々子がこの肝試しを行うに当たって心配していたことが1つある、それは妖夢の暴走。いくら半人半霊と言っても妖夢はまだまだ子供。いつ刀を振るって暴れ出さないとも限らない。幽々子自身はそうなっても面白いと思っていたのだが、紅魔館内で暴れられる可能性があると、レミリアが反発したのだ。これではせっかくの怖がる妖夢観察の機会が潰れてしまう。
 だから、館に入る前に刀を預かる手配をした。いつもは従者まかせなのに、こんな時ばかりよく動く。

「あ・・・わ、分かりました・・・」

 普段の妖夢なら刀を渡せ、などという頼みはまず聞かない。しかし今日の妖夢はいっぱいいっぱいだったのだ。考え無しもやむをえまい。
 招待状と刀を渡し、妖夢は紅魔館の中へ入って行く。

 美鈴はそれを見届け、
 とりあえず困った。

 まず、招待状を受け取った右腕側を見る、真っ直ぐな太い腕、これはもう真っ直ぐな太い腕。というか曲がらない、かろうじて指は曲がるが、手首と肘と肩が曲がらない、つまり動かせない。刀を持った左側も同上。というかどうやってこれを受け取ったのだろう?まあそれはいい、次に下半身、脚の付け根は少し動かせる、でもそこから下は直立不動。
 頑丈だ、包帯が頑丈すぎる。気を集めて力ずくで曲げ動かそうとしてもびくともしない。
 あれ?これってこんなに堅かった?というより、どうやってほどけばいいの?

 ふいに美鈴は思い出す、夕方、自分にこれを巻いた人物とのやりとりを。


「ほどけるといけないから、しっかりと巻いておくわね」
「はい、お願いします咲夜さん」
 回想する、あの時の咲夜の目はどこか空虚だった。包帯を巻く途中、自分の体を見て停止すること数回、特に首から下、ぶっちゃけて言えば胸あたり、そこを見て止まった時の視線には怨念じみたものが込められていた。
 そしてやけに『しっかり』と巻いていた、もう縛り上げる勢いで。

「出る!なにか出そうでず!」
「あら、ごめんなさい」

 結果、断面図がバウムクーヘンと見紛うほどの包帯を身に纏ったミイラが完成した。
「ちょっと動きづらいですね」
「でも包帯だし、少しは動けるでしょう?」
その時、咲夜が『セメダイン』と書かれたチューブを手に握っていたことに、美鈴は気づいていなかった。


「う、動けないぃー・・・ハァ、ハァ・・・なんか、暑くなってきた・・・」

 もはや包帯スーツはサウナスーツへと変貌していた。周囲に助けを求めようにも、門番隊の姿は無し。昼頃に出されたレミリアの「今日はこれから休暇よ!中国以外」の一声でみんなそろってお出かけだ。

「あ、暑い・・・こんなに暑いのに、脱げないなんて・・・」

 うろたえる美鈴、本人は精一杯不安がって動こうとしているつもりだろうが、はたから見ると包帯製の彫像が揺れている程度にしか見えはしない。

「・・・・・・可動域は狭いし、堅いけど・・・動けないことは、無いんだし・・・」

 振り向けないが、後ろには紅魔館がある、今の自分にはちょっと遠いけど、行けば誰かしらいる。そこで包帯をほどいてもらおう。そう思い、美鈴は回れ右をした。

「よーし、誰k ぶっ!!」

 こけた

「うぅぅ、動けない~、咲夜さん助けて~」

 ああ無情、うつぶせに倒れた今、助けを求める声は地面に吸い込まれ響かず、周囲に人の影も無し。それでも招待状と刀は放さない。とても頑張った。
 紅美鈴、彼女は翌朝帰ってきた門番隊に発見されるまで孤独で蒸し暑い夜を過ごした。

「誰か~」





「・・・中国さん、しばらく見ないうちに太ってたなぁ・・・あんなにスタイルよかったのに」

 紅魔館エントランスホール、この館に足を踏み入れた者が最初に訪れる場所。普段は明るいこの場所も、今は明かりが落とされ薄暗い、ホールの中央には『進路→』と書かれた看板が置かれている。

「・・・はぁ、行かなくちゃ、だめよね・・・」

 肩を落とし、妖夢は通路を進む。紅魔館内は暗いが、何も見えない訳ではない。以前幽々子から聞いたのだが、ここの照明は魔法の力で明かりの強さを自由に変えられるのだそうだ。だから微妙な明るさも簡単に再現できるのか、そんなことを考えていた。
さっきの美鈴、自分の知る人物の中でもかなりの常識人である者との出会いは、妖夢の精神を少し落ち着かせていた。少しの会話だったが、恐怖感が薄れた。

 ・・・・・・と妖夢は思っている。実際はまだとんでもなく恐い、二百由旬をひとっ飛びできる自慢の脚力で逃げ出したい、でも出来ない、なぜなら足が震えて力が入らないから。
 美鈴は、彼女は普通に応対してくれたけれど、他の者はどうだろう、何かとんでもない出し物を用意しているのではないか、それよりも、誰が仕掛け人として来ているのかも妖夢は知らない。意味の分からない部分で、自分の知り合い達は結託することが多い。今回もその例に漏れていなかったとしたら・・・・・・そう考えると、明かりの灯るランプでさえ、妖夢には恐怖の対象に見えてくるのだった。 


 幸いなことに通路に仕掛けは無く、行き着いた先に「→」とだけ書かれた張り紙と、その先にある大きな扉が現れた。
 妖夢も見覚えがある、ここは図書館の入り口。

「あら、来たのね、いらっしゃい」
「あなたは・・・えーと、パチュリーさん」

 扉を開けると、目の前に安楽椅子に座って本を読んでいる少女がいた。パチュリー・ノーレッジ、この図書館の管理人である。
 意外にも普通に応対してくれたパチュリーに少し安心を覚えた妖夢は、視線をパチュリーより奥に向けて見て、目を疑う。

「本棚が無い・・・」

 本棚が見あたらない、本来なら本棚で埋め尽くされているはずの空間には何も無く、50メートルほど先だろうか、そこに壁が見える。両脇20メートルほどにも壁がそびえ、長方形のような部屋が出来上がっていた。ちなみに天井はいつもの図書館のように高いままだ。

「ちょっと今晩用に改装したの。ここの部屋の内容だけど、あなたがやることは1つ、部屋のどこかにある出口を見つけて出て行く。それだけよ」
「はあ・・・・・・」

 不安そうに妖夢はあたりを見渡す、紅魔館の中に入って初めてそれらしい場所に来た。だが想像とはかなりギャップがある。肝試しと言うからには、お化け屋敷的なものが用意してあるのかとも思った。それに、今回のことは少なくとも幽々子、それにレミリアが主犯であろう。まともなものは期待していない。
 あまり精神的に余裕の無い妖夢は、特にパチュリーと会話することもなく部屋を進む、ゆっくりと、だが確実に進み、出口を探す。そして、妖夢は部屋の中央部に差し掛かった。
 そこには魔法陣が描かれていた。だが、前ばかりを見て足下に目を向けていない妖夢は気づかない。
 一歩、妖夢の足が魔法陣に踏み込まれる。

 途端、辺りは光に包まれた。

「っ!?」
「発動したわね・・・さぁ、いったいどんなことになるかしら?」

 魔法陣から光がほとばしる。そのまばゆい光に耐えきれず、妖夢は思わず目を閉じた。
 数秒の後、光が消たのを感じ、目を開くと・・・

「アイ・アムこぁくまー!」

 かわいらしい声、しかしその主は視認できない。
 まず目に入ったのはなんだかごつごつたぶっとい棒2本、それはよく見ると脚だっただが妖夢の知っている者の中に、これほどまで逞しい化け物じみた脚を持つ者はいない。そこから上を見上げる、ビキニパンツ一丁の、いくつに割れているのか数えるのもすらおっくうな、黒光りする腹筋を擁するぼでぃが、ぴくぴくと動く驚異の大胸筋が、血管を浮かべた文字通り丸太ほどもある腕が・・・

「って、なんですかこれわー!?」
「・・・これはなかなか・・・」
「ひぃぃぃぃぃぃっ!!」

 眼前に現れたのは極限まで極められたマッスルボディー、身長はゆうに3メートルはあろうか、そんな目眩のするような筋肉の鎧の上に、この図書館の司書、パチュリーの従者でもある小悪魔の頭が、ちょこんと乗っかっている。
 頭部と体とのバランスは壊滅的に合っていない。

 とんでもなく不気味。

「パ、パチュリー様ぁ!こ、これは一体・・・!」
「・・・・・・落ち着きなさい小悪魔、『別悪魔の体と小悪魔の体のすげ替え実験』は成功したわ」
「いや成功とかそういう問題では無くて、こ、この体は・・・」
「当たったのが筋骨隆々の悪魔だったみたいね。そのサイズだと、変わったのが頭だけでもあなたの本体には相当負担がかかってそうね」
「いやぁーっ!私の体にこの筋肉悪魔の頭がー!?」

 頭を抱えこむ小悪魔、その手のサイズでは頭が潰れたトマトになるのでは、そう見ている者に思わせるほど頭と体の比率の差は大きい。

「レミィが肝試しになんかやれって言うから、普段はできない特殊な実験をするいい機会だったわ・・・、まあ、怖いかどうかは別だけど、どう?怖い?」

 パチュリーは妖夢の側まで飛んで行き、妖夢に軽く声をかけた。
 確かに、実験の結果現れた小悪魔の姿はかなりショッキングだが、怖いというほどでもないだろう。そうパチュリーは思っていた。後ろ姿しか見えないが、妖夢の様子に変化は無い。
 だから、本当に軽い気持ちで声をかけた。

「キエェェェェッ!!!」
「っ!?」

 突然の奇声、それは妖夢から発せられた。
 魂魄妖夢は突然の筋肉魔神小悪魔の出現により、一瞬にして気を失い、覚醒と同時に平静を失った。

「出たあぁぁぁ!!」

 そんな妖夢を心配したのか、小悪魔が声をかける。

「ちょっと大丈夫デス、か・・・」

 ちょっとカタコトが入った。 

「! 小悪魔?」
「ウ、オオォォォッ!!」
「まさか、体に乗っ取られたの!?」

 突然の咆哮、それは小悪魔から発せられた。
 小悪魔は普段から悪魔らしからぬいい子ちゃんぶりで、紅魔館内外での評判もなかなかに良い。欲というものをほとんど外に出さずに素直で真面目。本当は悪魔ではないのだろう、むしろ主が悪魔だ。そんな噂まで立っているほどだった。
 しかし今、別悪魔との合体により、小悪魔の悪魔らしい部分が、少しばかり発露してしまうという事態が引き起こされてしまった。
 
「パチュリー様、コレはあんまりですウゥゥゥっ!」

 まあ、しっかり自我は保っていたようだが。

「出してぇぇぇっ!!」

 妖夢と小悪魔が猛スピードで交差した。妖夢は出口を求めて走り去り、小悪魔はパチュリーに向かってぶっ飛ぶ。

「パチュリー様ぁぁぁぁっ!!」

ググググッ

 ボディビルダーがするようなポージングをしながら小悪魔が飛んでくる。完成された彫像のような肉体が不動のままに宙を飛んでいく光景は、あまりに衝撃的かつ悪夢的で、子供が見ればトラウマ必至の危険度である。 

「気持ち悪っ!来ないで頂戴!」

 パチュリーは全速で逃げる。自分で招いた事態のはずなのに、解決しようとする気配も見せないのは、単にパチュリーが薄情なのか、実はパチュリーもショックを受けて混乱しているためなのかは分からない。少なくとも、今の小悪魔が逃げるに値するほどに気味の悪い生命体に変貌しているのは事実だ。

「パチュ」

バッ

「リー」

バッ

「様ぁー!!」

バッバッ

「いちいちポーズをキめないで!」

 飛行する高度を全く変えずに流れるような動きでポージングを行う小悪魔。この体の持ち主である悪魔は相当なビルダーだったのであろうか。体が覚えてしまうほどに繰り返されたであろう数々のポーズは、しかるべき場所で披露されれば表彰ものだ。
 
「どうして逃げるんですかー!?私はこんなに愛情表現をしているのに!」
「筋肉で愛情を伝えないでウゲフゥ!」

 全速で逃げるパチュリーにはあっという間に限界が来た、元々喘息持ちで体力不足の幻想郷一病弱少女の称号を持つ彼女、飛行中に吐血して力尽きるのはお手の物である。

「ああ、パチュリー様!(バッ)血を吐く姿も美しい!(ばっ)これは看護は必要でしょうそうでしょう!(ムキムキッ)ここは私が愛情一発夢一杯の熱烈ラブ介抱をぉぉぉこぁー!(ググッ)ミ・ナ・ギ・ッテ・キ・ター!!」

ズバーン!!

 一体何がみなぎったのか、ハツラツとした小悪魔は、擬音が背後に具現化しそうなほどに力の入ったポージングを決め、愛情と欲望にまみれた視線を鮮血の池に倒れたパチュリーへと向けた。

「イッタダッキまーす!!」

 奇っ怪な格好でパチュリーに向かってダイブする小悪魔、人はそれをル○ンダイブと呼ぶ。

「まぁりさー!!」
「ぶほっ!?」

 飛び込んだ小悪魔の体が弾かれたように吹き飛んだ。

 小悪魔が飛び込もうとしていた目標、パチュリー・ノーレッジは、口から血を吐き、鼻からは血を垂らし、拳を高く突き上げながら立ち上がった。その拳は小悪魔の大胸筋に直撃し、それを弾き飛ばした。

「魔理沙・・・魔理沙にもう一度会うまで、私は・・・!」

 とうとうパチュリーもおかしくなった。それだけ小悪魔は破壊的なのか。血で染まった少女に、頭だけ少女な筋肉魔神、客観的に見れば世紀末を肌で感じられそうな光景だが、ここにいる2人の間には別種の空気が流れている。

 パチュリーの拳が光って唸る。そう、どこかの誰かが言っていた、恋する乙女は無敵だと。

「パチュリー様・・・また魔理沙さんですか・・・私はこんなにもあなたを想い焦がれているというのにあなたは振り向いてくれない私の気持ちは届かないんですねそうなんですねところで略奪愛っていい言葉だと思いませんか思いますよね私も奪ってみたくなっちゃいましたよもうメチャクチャにしてあげハァハァハァ、パァ、パチュリー様ぁぁぁぁっ!!」

 二人の拳が交差する。
 小悪魔、奪う前に壊すような行動は慎んだ方が・・・そんな異論を唱える者は、ここにはいない。

「魔理沙、あなたが欲しいぃぃ!!」



試合結果

 パチュリー・ノーレッジ(グラップラー+流派東方腐敗、約100歳、吐血)VS小悪魔(色魔、3メートル、筋肉、掲げたスローガンは『略奪愛』)の対戦は、1R21秒、パチュリー選手の延髄斬りが小悪魔選手にクリーンヒット、パチュリー選手のKO勝ちかに見えた。

「シャア!」

ゴフッ

 しかしパチュリー選手は着地と同時に吐血と共に失神、両者共に試合続行不可能のため、試合は無効。
 ここに試合後のインタビューでの発言も残しておく。

「不覚ね・・・KO用にと思ってたけど、ラブラブ奥義は魔理沙がいないと使えないのを忘れていたわ・・・そのせいで焦って無理をしてしまったようね・・・・・・次は勝つ」
「で、私はいつになったら元に戻れるんですか?」


 






「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・あ、あれ?ここは・・・」

 妖夢は小悪魔とすれ違った後すぐに、部屋の奥にあった窓から外に逃げ出していた。
 紅魔館に来た時点で弱っていた妖夢の精神はもはや限界に達しつつあり、知能はチルノ、度胸はノミレベルにまで縮小してしまっていた。




 ここは紅魔館最奥にあるレミリアの私室、そこには今回の肝試しの仕掛け人、幻想郷でも屈指の変人達が集っていた。
 西行寺幽々子、レミリア・スカーレット、八雲紫の3名である。
 彼女たちは部屋の中央に集まり、紫の開けたスキマから妖夢の様子を観察していた。

「あんなに怖がっちゃって、妖夢ったらカワイイわねぇ♪」

 もぐもぐ
 クッキーを咀嚼しながら幽々子が口を開く。

「あなたも好きねぇ、幽々子。それから食べ過ぎよ、明日のお茶請けが無くなるじゃない」

 そんなレミリアの危惧ももっともである。なにしろ幽々子用に余分に作らせたクッキーは約200枚。それが見る間に減っていくというのは、危ない。特に体じゅ・・・ではなく食料庫が。

「あらレミリア、従者いぢりはあなたも得意でしょう?ついでに言うと、これはお茶請けの分量じゃなくて口直し程度に過ぎないわ」

 あきれたレミリアは視線をずらす、その先には先刻幽々子が食い尽くして空っぽになったピラフの大皿が転がっている。

「いつにも増してひどい暴食ぶりね・・・・・・まあ、従者いぢりに関しては否定しないわ」 
「そうね、これも上に立つ者の特権かしら?」
「紫、あなたは嫌がっても式を書き換えてやらせるでしょう?」
「素直になってくれればいいんだけど、ね」

 紫の僕、八雲藍は紫のイタズラや思いつきにたびたび巻き込まれる。式神という立場から、最終的には紫に絶対服従しなければならない藍は、今までも数多くの辱めを受けていた。・・・・・・そのおかげで最近は真面目な常識人としての表の顔に加えて、俗に変態、と呼ばれる行動に走る危険な、主の思考を受け継いでしまった部分が偶に見られるようになってしまったという。 

「で、妖夢が外に出たけれど、館の中に戻らないと面倒じゃない?」
「甘いわね年増、じゃなかったスキマ」

 口が滑る、とはよく言ったもの。もしこんなことをうかつに口走りでもすれば、神隠しに遭うのはほぼ確実。次の日の出は拝めまい。

「何か言って?」
「いいえ何も、寝過ぎて耳垢たまってるんじゃない?」
「し、失礼ね!ちゃんと2ヶ月に一回は藍の膝枕で耳掃除してもらってるんだから!」

 それでも割と軽く流してしまうのは、「変態同士気の合う部分が多いから」だともっぱらの評判だ。

「うらやましいわ・・・私も霊夢の膝枕で・・・・・・ああ駄目よ霊夢!耳の次は体も綺麗にしましょうだなんて!でも霊夢がいいってい
うなら私も」

 壮絶な勢いで妄想を始めるレミリア、その妄言では霊夢から誘っているかのようだが、レミリアの動きは、膝枕してもらっているであろう体制から、突然にして相手に覆い被さるような格好になっている。
 どう見ても押し倒した状態にしか見えない。

「レミリア、クッキーが無くなったわ」

 普通なら引いてもおかしくないようなレミリアの行動に、幽々子はおかわりの申請を持って割って入る。

「・・・・・・もう何も出ないわよ」 

 少し残念そうに返事をして、レミリアは服の乱れを直す。どうにも動きすぎていた。

「私の胃袋は宇宙よ!」
「否定は出来ないわね」
「だからおかわり!」
「無いわ」
「食べ物が私を呼んでるわ!」
「いっそ殺してくれって?」
「私の胃袋は極楽浄土よ!」
「ある意味そうかもね」
「だからおかわり!」
「だから無いわ、我慢して従者観察に戻りなさい」
「厨房は何処!?」
「聞きなさいよ!」
「2階奥よ」
「裏切ったわね紫っ!?」
「OK、2階!幽々子行っきまーす!」

 猛スピードで部屋から飛び出す幽々子、あっという間に廊下の端まで行き着いた。

「中継(スキマ)はこっちにも回してね~!」

 そんな言葉を残し、幽々子は2人の視界から消えた。

「行かせてよかったの?・・・・・・私が言うのもなんだけど」
「どうせ止まらないでしょ・・・・・・後で色々請求するわ」
「なるほど、で?妖夢が出ても問題ないっていうのは?」
「ああ、それね、妖夢は館の中にすぐに戻るはずだから、問題ないわ」
「戻る?よく分かるわね」
「まあ見てなさい」





 時刻は草木も眠る丑三つ時・・・にはいささか早い、しかし夜は夜、その闇に浮かび上がる紅い洋館というものは、なかなかに不気味なものだ。
 妖夢は少し冷たい外気に触れて、わずかに正気を取り戻しつつあった。

カーン カーン

 紅魔館脇の林から、何か不吉な音が木霊する。
 距離にして妖夢から数十メートル先、月明かりに照らされて、その存在は現れた。

「1つ・・・って・・・のため・・・2って・・・は・・・夢のた・・・」

 声はよく聞き取れない、だが、月光がそれの姿を闇の中に浮かび上がらせた。
 青い洋服に身を包んでいる、線の細さから女性だと分かる。金色の髪が顔を覆い隠し、表情は窺えない。手には日曜大工にちょうどよさそうな大きさの木槌、足下には杭のようなもの、さらに五寸釘が山と盛られている。
 釘で何かを木に打ち付けている女性のお化け。妖夢にはそう見えた。
 心の冷や汗が目を介して外にあふれ出す。断じて泣いてはいない。これは心の冷や汗。
 ・・・そんなことを思っても、やはり誤魔化しは効きはしない。やっぱり怖いものは怖かった。

「・・・・・・!!」

 もはや声にもならない、妖夢は一瞬でそのお化けから視線をそらすと、またもや全速で駆けだした。どこでもいい、ここより怖くない所へ。そう念じながら数秒走ると、目の前には開け放たれた扉現れた、普段ならばもう真っ先に紅魔館から飛び出すであろう妖夢も、今は気が動転していたため、死地となりえる扉の中に自ら突撃してしまった。



「あら本当、よくうまくいくものね」
「能力は使いよう、よ」
「妖夢の運命を操作したのね?」
「ちょっとだけよ、ほんの少しだけ妖夢の意識が扉に向きやすくなるようにしただけ」

 運命を操る程度の能力、これを使えば、相手の行動を意図したものに変えることも容易。使いどころは多いが、レミリアはこの能力をあまり使うことはない。曰く
「自分の思い通りに誰かが動くのは気分いいわ、けど、全部分かっちゃうと色々とつまらないでしょう?」
とのことだが、実際はムリヤリが好きなだけだということは周りの誰もが知っている。
 
「ふーん、で、あの人形使いの子は?」
「ああ、この前霊夢の所に夜這いしに行ったら神社の裏でやってたのよ、丑の刻参り。それで、ちょうどいい出し物になると思って、今晩はここでやるように運命を弄ったの」

 ちなみにその晩レミリアは霊夢の寝室まで行くことに成功した、服もはだけて襲うも襲われるもどっちもOK準備万端、いざ、と障子を開けた瞬間に飛んできたぶっとい針が眉間を直撃。血を吹出させながら倒れたところを咲夜に回収された。その咲夜も鼻血やら何やらで大変なことになっていたが。
 ついでに、その後紫もが霊夢の寝床に侵入したのだが、同じように針を受けて撃退されていた。
 まあ、週に2、3回の頻度で行われていることなので特にどうしたという訳ではない。



カーン カーン

「うふ、うふふふ・・・1つ打っては魔理沙のため・・・2つ打っては霊夢のため・・・」

 アリス・マーガトロイドは丑の刻参りを日課とする人形使い兼魔法使いの乙女である まる

カーン カーン カーン

「ああ恨めしや紫もやし、ああ憎しや吸血幼女姉妹・・・、ああ妬ましいスキマ・・・、魔理沙と霊夢は私の・・・ウフフフ・・・」

カンカンカンカン

「ああ魔理沙、霊夢、私はあなたたち2人のどっちを選んだらいいの?いいえ言わないで分かってるわ言わないで。2人が私を取り合って争うのは嬉しいけど悲しいわ、もう私自身は2人とも大好きというか愛しちゃってる訳で、もう言っちゃったわ恥ずかしい・・・そんな2人も私を好いてくれてるわよねそうでしょう?それなのにあの病弱引きこもり魔女にカリスマゼロの吸血鬼にその妹の破壊魔に怠惰年増妖怪スキマは私から魔理沙と霊夢を奪おうとしてる。許せない、許せない・・・・・・」

ガンガンガンガンガンガンガン・・・

「このっ!釘の!音が!聞こえてるー!?もう激しいビートを刻みすぎてトびそうよー!きゃー魔理沙ったら大胆ね!いや霊夢っそこはダメ!ああもう2人が望むのなら私はなんだって・・・・・・あれ、魔理沙、霊夢・・・何処に行くの?きのこ狩り?賽銭募金?いや、待って・・・私も、私も連れてってよぉぉぉっ!!」

ズドドドドドドドドドド・・・・・・

 呪詛を孕んだ言葉が過激になると共に、五寸釘が打ち付けられる速度が急速に増していく。
 木に磔にされている4体の藁人形は、最初こそ藁人形としての形を保っていたのだが、猛烈な速度で穿たれる釘の雨によって藁が四方八方に飛び散り、今や釘人形と言った方が適当な物体に変貌していた。
 いや、もう人形というか、木に人型に見えるよう釘がびっしりと打ち込まれ、その隙間から藁がはみ出している。と説明した方がいいのだろうか。

ゴスンッ ゴスンッ 

 釘が無くなるとアリスはどでかい杭を持ち出してこれまた凄まじいパワーで打ち込み出した。木がえぐれている。

メキ、メキめき・・・・・・

 身を削られた木はついに耐えきれなくなってその身を折る。アリスは倒れてくる木を軽く避けると、疲れ切った様子で踵を返し、夜の帳の中に消えていった。




「あの子、神社で会った時もそうだったけど、今日はさらに精神が不安定ね」

 不安定どころか、あれは気が狂っている部類に入るはずだ。しかしこれを見ているのは強者ばかり、あの程度の妄想や暴走はままあること。
 アリスの嵐のような行動も、ちょっと虫の居所が悪いとか、日常の1コマにしかならない程度の揺らぎでしかない。

「私の霊夢に手を出そうとした罰に、ちょっとだけ平静と狂気の境界を曖昧にしてあげたのよ」
「ああ、それで・・・いっそ完全に狂気に染めてみても面白かったのに」
「それも考えたけど、完全に狂って、それで霊夢に襲いかかったら危ないでしょう?」

 言うまでもないが、この場合危ないのは襲ったアリスの方である。

「お姉様ー」
「あらフラン、どうしたの?」

 突然部屋の入り口に現れたのはレミリアの妹、フランドール。ナチュラルルナティックとして紅魔館内外でも「精神的に成長すれば幻想郷屈指の変人となり得る」ともっぱらの評判。

「うん、なんだか館の雰囲気がいつもと違うから、何かやってるのかなー、って思って」
「ああ、フランには言ってなかったわね、今ね、肝試しをやってるの」
「きもだめし?」
「ええ、簡単に言えば、相手を怖がらせる遊び、かしら」
「楽しそー、フランもやりたい!」
「うーん、とは言ってももう始まってるから・・・・・・」
「えー」
「ああそうだ、エントランスホールには何も仕掛けが無かったわね、フラン、玄関なら好きにしてきていいわよ、ただし、館を壊さないこと」
「分かった!じゃあ行ってきまーす!」

 廊下の向こうに消えるフランドール。
 彼女はまだ精神が幼い、世界を知らない。それが故の、無邪気さ故の狂気なのか、それとも、世界を知り、己を知ることで更なる狂気が生まれるのか。それは誰にも分からない。
 
 そう、今は天然で行っている「S」な振る舞いも、時を経れば完全な「女王様」になるのでは・・・・・・
 自分の妹がこそ女王の素質を備えていると知った時、レミリアは愕然とした。
 「まさか、こんな身近に強敵が潜んでいたなんてね・・・フラン、私はあなたのお馬さんにはならないわ。中国で我慢なさい」
 そんな、来ても嬉しくも何ともないような未来を幻視して戦慄したこともあった。

 本当に変人ばかりである。

「・・・行ったわね、所で紫」
「なぁに?」
「さっき言ったわね『私の霊夢』って・・・・・・霊夢は私のものよ!」
「なにを言うかと思えば・・・博麗の巫女は代々私のものだって決まっているのよ」
「ふん、そんなの関係ないわ、問題は愛よ」
「あら、私の霊夢への愛があなたに劣っているとでも?」
「当然よ、むしろ相思相愛ね」
「・・・何ですって?」
「見なさい!!」

 素早くタンスに近づき、レミリアは一番大きな引き出しを引きずり出した。

「こ、これはっ・・・!」

 タンスの中には針、お札、服、帽子の数々がぎっしりと詰まっていた。
 服や帽子には引き裂かれたもの、小さな穴が大量に開いたもの、傷は様々だが、共通事項が1つある、それは、黒く変色した、おびただしい量の血が付着していること。

「どう?霊夢からのスキンシップの歴史、もとい愛情の歴史の品達よ」

 どう考えてもスキンシップではなく攻撃の歴史なのだが、これを愛情の品、などというレミリアの思考は、完全にイッてしまっていると考えてもよい。

「・・・・・・」
「ふふ、決定的な事実に、声も出ないのかしら?紫」
「・・・・・・甘い、甘いわスカーレットロリータ!」

 つい、と紫は空間に指を這わせる。そこに開いたスキマから、ドサドサと音を立てて、レミリアのタンスの中身とほぼ同内容の物質群が沸いて出た。

「愛情の証なら私も持ってるわ!」

 こいつもイッている。
 どうにも力の強い者は変態が多い。いや、強い者が変態なのではなく、変態が強いのか・・・・・・ある意味幻想郷永遠のテーマでもありそうだ。

「これで条件は五分」
「そう、そうね・・・・・・」

 霊夢襲撃の記録を見せ合っただけで、別に勝った負けたという次元ではない。確かに、どちらも霊夢に受け入れられてはいないという事が分かったので、確かにある意味では五分になったのだが。

「つまりこれは」
「ええ」
『霊夢がどちらを愛するかまだ決めていない証』

 それでもこの2人は時空間をねじ曲げる勢いで自分たちに都合のいいような解釈をした。しかもハモっている。

「いい機会ね、はっきりとさせましょう」
「賛成、勝った方が霊夢を独占ね」

 レミリアと紫、2人の体が窓から飛び出し、空に躍る。
 ここにまた1つ、どうしようもない理由で繰り広げられる戦いが始まった。
  






「ああ、で、出口・・・?」

 そう呟く妖夢の前には「←出口」と書かれた看板が立っている。その矢印の先には長い長い廊下が続いていた。

「や、やっと終わる・・・」

 フラフラと歩き始める妖夢、走って一気に終わらせたいのは山々だが、いかんせん走りすぎた。すこしゆっくり・・・

「テンコー!」

 目の前を、金色の狐が横ぎった。

「!?」

 妖夢が硬直していると、

「テンコー!」

 今度は反対側から飛び出てきた。

「テンコー!」

 そしてまた反対側から。一瞬しか見えないが、出てくる度に露出が増えている気がする、そして表情はとんでもなく幸せそうだ。そんな彼女が出てくる瞬間、視界の端に映るのは八雲紫の使うスキマに見える。
 今の妖夢の思考回路では分からなかったが、この仕掛け、もちろん仕掛けたのは八雲紫である。廊下の両脇にスキマを設置し、妖夢が接近するとそれが作動、中からアリスと同じように『平静と狂気の境界』を曖昧にさせられた八雲藍が飛び出す仕組みになっている。
 仕掛けは単純、それ以上に意味不明。それでも妖夢にとっては、飛び出してくる藍の狂気、いや狂喜に満ちた状態は非常に恐ろしいものに見えた。
 だから、妖夢はまたしても全力で走って逃げた。


「テンコー!」                  「う
                           わ
                           あ                        「テンコー!」
                           ぁ
「テンコー!」                   ぁ
                           ぁ
                           っ                        「テンコー!」
                           !!
「テンコー!」                   ゆ゛
                           ゆ゛                       
                           ご                        「テンコー!」
                           ざ
「テンコー!」                   ま
                           あ                        
                           ぁ                        「テンコー!」  
                           ぁ                       
「テンコー!」                   ぁ
                           っ
                          !!」                       「テンコー!」


 これも一種の地獄であろうか、長い長い廊下を走り抜けるまで藍は現れ続けた。絶妙なタイミングで現れる藍は、常に右から左、左から右にと妖夢の視界から途切れることは無い。
 いつの間にか藍の衣服はほとんど消え失せ、巷で噂の、おかしくなった式神が顕現していた。
 そうなればもはや無敵、左右の移動は上下斜めにまでバリエーションを広げ、縦横無尽に駆けめぐるテンコーにより、妖夢の視界は死界とか屍界とか、そういった類の字があてはまる異世界へと変貌を遂げた。

『テンコー!!』





「うーん物足りないけど、夜食だからこんなものね」
「うーん、お嬢様ぁ・・・・・・」

 厨房はもはや戦場跡のような惨状であった。
 多くは語るまい、ただ幽々子が食べ、蹂躙した、それだけ。
 レミリア達のためにデザートを作っていた咲夜はその襲撃を受け、応戦するも敗北。厨房から、奥にある食料庫から食べ物という食べ物が消えていくのを、薄れゆく意識の中で感じ取っていた。

「あら、いつの間にか妖夢が玄関に着いてるじゃない、肝試しも終わりね」

 そう言葉を残すと、幽々子は『おやつ』と書かれた風呂敷を抱えて厨房を後にした。

「ご馳走様、それと、ありがとうね~♪」
「ま・・・待ちなさい・・・それは、お嬢様用の、特製・・・ブラッドケーキ・・・・・・がくっ」

 咲夜の言葉は虚しく厨房に響き、消えた。

 この晩だけで紅魔館厨房及び食料庫は、85%以上の食料を消失した。





 気が付けば、妖夢はエントランスホールにまで辿り着いていた。どこをどう走ったのかも憶えていない。途中色々と飛び出したりしてきた気もするが、それが何だったのかも覚えていない。
 それだけ必至だった。

「あれ、きもだめししてたのって、妖夢だったの?」
「あ・・・あなたは確かレミリア嬢の妹・・・」
「フランだよー、ねぇ、もう帰るの?」
「は、はい、なんとか帰れるみたいです・・・」
「ふーん、帰っちゃうんだ・・・まあいいや、それじゃあねー妖夢ー」
「ええ・・・それでは・・・・・・」

 安心しきって妖夢はフランに背を向ける。怖かった、それに疲れた。
 明日は幽々子様になんて今日の報告をすればいいのか・・・そんなことを考えながら、入り口に差し掛かった。
 そうすると・・・・・・

ピトッ

 冷たい何かが妖夢の首筋に触れた。

「・・・・・・うわぁぁぁぁっ!!」

 そして妖夢は毎度のごとく絶叫し、 

バッ

 自慢の脚力で横方向に跳躍し、

ゴツッ

 頭をマッハに届く勢いで扉の角にぶつけ、

ドサッ

 床に倒れ、 

シーン・・・

 動かなくなった・・・・・・

「あれ?妖夢?大丈夫?」

 フランの目の前には頭から赤い液体を噴出させている妖夢が横たわっている。
 うわー、これは大変。
 そうフランは思ったが、これぐらいの出血程度なら、咲夜が鼻から出したり、パチェが口から出したりとけっこう目にする。特に重く考えず、フランは天を仰いだ。
 目に映るのは上から糸でぶら下げられている四角くてぷるぷるしたもの・・・・・・


 人はそれをこんにゃくと呼ぶんだぜ。


 肝試しに用いられる最も初歩的な道具であり、最も効果的な道具の1つしてと語り継がれる伝家の宝刀、もといお約束。
 
 今宵は月が綺麗に見える・・・・・・その月をバックにして対峙しているのは、

「あれって・・・・・・お姉様とスキマ妖怪?」

 天上に在る強者2人は、弾幕を互いに展開させながら虚空の彼方に消えていった。

「いいなー、私も魔理沙とまた弾幕したいー」

 そんな暢気なフランの傍に沈んだ妖夢は、いつまで経っても動きはしなかった・・・・・・
































「う・・・ここは・・・?」

 目を覚ますと見慣れた天井、どうやらここは白玉楼・・・、私は、確か・・・ 

「起きたわね、妖夢」
「ゆゆこさま・・・?」
「もう、ずっと起きないから心配してたのよ?」
「私は一体・・・?」
「肝試しの最後の最後で、妖夢ったら頭を打って・・・」

 そう、肝試し、記憶はおぼろげだが、確かに紅魔館で私は様々な恐怖体験をした。
 ああ、思い出すのも恐ろしい。これでは幽々子様が言っていた「お化け嫌いの克服」は到底できてはいないはず。むしろトラウマが出来ました・・・・・・

「あ・・・・・・そう、だったのですか、すみません幽々子様、ご迷惑をお掛けしました」

 本当に情けない、幽々子様が、たとえ遊び半分で企画したことだったのだとしても、私は恐怖に打ち勝つどころか、あまつさえ気絶してしまう始末・・・・・・これでは師匠に会わせる顔もありません・・・・・・。いや、会えはしないでしょうけど。

「迷惑だなんて、そうねぇ、大変は大変だったけど」

 やはり大変だったのか、幽々子様はなんだかんだいって優しいお人だ。きっとまた私を永遠亭の医者の所にまで連れて行ってくれたのだろう。永遠亭にはきちんとお礼に行かないと。
 それに食事にも苦労したはずだ。どれぐらい眠っていたかは分からないけど、その間は自分で・・・自分で・・・うん、自分で用意していたはず、幽々子様、頑張ったんですね・・・・・・

「妖夢ったら死んじゃうんだもの」


「・・・・・・・・・・・・へ?」


「まさか冥界でお葬式をする時が来るなんて思いもしなかったわ」
「死・・・死ん・・・?葬式・・・・・・?」

 悪い冗談でしょう?幽々子様?え?後ろ?後ろに何かがあるんですか?
 ・・・・・・わぁ、綺麗なお花、大きい仏壇ー、お線香のいい匂いー、白黒の幕がいい具合ですね。あ、仏壇の中央に私の写真が・・・って、よく見たら私が寝てるの棺桶ですよ!?着てる服も白装束じゃないですか!?あれ?私の半霊もいませんよ?一体何処に・・・・・・?
 これは、これってどういうこと・・・・・・

「お通夜の次の朝に起きるとは思ってなかったけど・・・・・・まあ、半人半霊が全霊になっただけだったし、むしろ、冥界で生活するのならこのほうが都合がいいのかも」

 
 茫然自失、妖夢は今起こったことが全て夢であったらいいと思い、棺桶に横になって目を閉じた。

 その寝顔はとても安らかだった。








 その後、妖夢は白玉楼に届けられた文々。新聞を見てようやく客観的に理解する。
 そこに書かれていたことは、一言で言えば『魂魄妖夢氏が死亡、同時に氏は全霊となる』といったもの。その記事には色々と死亡原因についての事が書かれていたが、全霊になった後でも特に日常生活に変化が無かった妖夢は特に死因に興味も無く、すぐに読み飛ばしてしまった。

 その日の文々。新聞には他に『紅魔館当主レミリア・スカーレットとマヨヒガの八雲紫が同時に博麗神社に侵入、巫女に撃退される、2名は全治数週間の大けが』という記事と、『消えた食料!幻想郷を襲った謎の蝶の群れ!』という記事が紙面を賑わせていた。
 前者の記事には巫女のインタビュー付きで、「厄介だったわ・・・あの2人、あんなに仲が良かったかしら?なんか「3人でっていうのも悪くない」とか口走ってたけど・・・・・・」と書かれていた。
 後者は記者のコメントで、なんでも何日か前、数日に渡って現れた謎の蝶により、幻想郷中の食べ物が手当たり次第に食われたらしい。なんでもその蝶、群れで行動して、絶対に中がどうなっているかは見えなかったそうだ。その蝶の行動が止まった日付と、自分が目覚めた日が同じだったのに妖夢は気づいたが、偶然だと思って特に何も考えなかった。


 




 魂魄妖夢が死んで全霊になっても、世は並べて事も無し。
 
 白玉楼は、今日も平和。
どうも初めまして、日光と申します。
こうして人目に付く形で作品を出すのは初めてです。
書きたいことは沢山あるのですが、うまくまとまらないので割愛します。

稚拙で読みにくい文だったでしょうが、最後まで読んでくれた方、本当にありがとうございました。
日光
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コメント



0.830簡易評価
23.80名前が無い程度の能力削除
ここは変態の多い幻想郷ですね。ツボりました。