Coolier - 新生・東方創想話

レミィとさっきゅん

2006/10/20 02:38:39
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これは、まだ霊夢が魅魔相手にドンパチやっていた頃のお話。










「あーーーーーーーーーーーーーー…………」

月も真上に上った夜、小さな明かりで照らされた薄暗い洋館に間延びした声が響く、
声の元はあどけない銀髪の少女、名前はレミリア・スカーレット、
背中に生えている蝙蝠の羽がぴこぴこと動いているのが可愛らしい。

「暇っ」

どうやら暇らしい、適当に廊下のランプを触ってみたり、
壁に爪で引っかき傷をつけてみたりするが、暇つぶしにもなりはしない。

「そこのお前」
「はひっ!?」

少女が声をかけたのは廊下の影に隠れていた一匹の妖怪、
ここ、紅魔館には少女の従者という名目で色んな妖怪が住み着いている、
何故従者がいるのか、何故なら少女は吸血鬼だから、あまりにも暴虐で我侭で強いから。

「暇」
「へっ!?」
「二度言わせる気?」
「ももも申し訳ございません!! ひ、暇と仰られても私などではどうすればよいやら……」
「何かしなさい、自分の首をはねるとか、私にかかってくるとか」
「ひええ! 何か機嫌を損ねたのでしたらお謝りします! どうかご容赦を! ご慈悲を!」
「ああ、やっぱり暇ね」

少女は今日も日課の従者弄り、別に命を奪うわけでもなく、ひたすらに弄るからこそ従者弄り、
しかしほとんどの妖怪は弄られた翌日には逃げていくのだから面白くも何ともない、
残ったとしても明後日、明々後日にはやっぱり逃げていくのだからどうしようもない。

「……パッチェパチェー」

どうやら少女は暇つぶしをやめてどこかに向かう事に決めたようだ。


 ―――――


薄暗い廊下を抜けて、さらに薄暗い廊下を抜ける事約数分、
館の片隅にひっそりと佇む一室、その部屋の扉の前に何故か散らばっている数冊の本。

「パチェー、生きてるー?」

ガチャッ……

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!

「にゃーーーっ!?」

扉を開けると同時に溢れ出す本の雪崩、奇声を上げながら成す術なく飲み込まれる少女、
その様子を遠目で見ていた一匹の従者は一生ついて行きますと思ったとか、後のメイド長補佐である。

「あら大丈夫? コホッ」
「…………」

左も右も上も下も本に囲まれた部屋の中、ごくわずかな隙間の中で本を読む少女が一人、
その紫色の長い髪が邪魔にならないようにアクロバットな態勢で本を読んでいる、凄い根性だ。

「よいしょっと……パチェ、また本が増えてない?」
「増えたわよ、だって小悪魔が際限なく持ってくるもの」
「いい加減にしないと本に潰されて死んでしまうわよ? ただでさえ体が弱いんだから」
「ご心配なく、本に潰されて死ぬのなら本望よ」
「それはただの馬鹿っていうのよ」
「そうね、本に関してだけは私は馬鹿の中の馬鹿」
「……ま、そんな所がいいのだけれど」
「物好きね」

ただひたすらに本を読みふける少女、種族は魔女、名前はパチュリー、こんな変わり者だからこそ
暴虐で我侭な吸血鬼と付き合えるのかもしれない、吸血鬼も余程の物好きではあるのだが。

「そうだわ、レミィ」
「何?」
「あなたの為にこんなの作ってみたんだけど、どう?」

アクロバットな態勢のまま、ごそごそと本の山の中をまさぐって取り出したのは小さな紅い塊、
右腕を伸ばしてよいしょとレミリアへソレを手渡すと、それを見たレミリアは怪奇な表情を浮かべた。

「……血の臭い?」
「インスタント血液よ、お湯で溶かせば美味しい血に多分早がわり」
「多分ってところが気になるわね」
「だって私は血の味見なんて出来ないもの」
「それもそうね」

……ガリッ

「!!!!!!」
「言っておくけど溶かさずに食べると凄い濃いわよ」
「ーーーーー!!!」
「あ、吐いちゃだめよ、本が汚れるわ」

教訓:~~~の素は絶対にそのまま食べてはいけない。


 ―――――


「うー、酷い目にあったわ」

壁に手を当てながらげんなりとした表情で廊下を歩くレミリア、
よっぽど酷いお味だったのか、しきりに腕で口を擦っている。

「口直ししなくちゃ……」

向かう先は食糧貯蔵庫、といっても従者やパチュリーの為の普通の食料用ではなく、
レミリア専用の血の貯蔵庫である。

「BB、いや、BO……うーん、ABでもいいわね」
「…………れ…………ない……」
「ん?」

ふと聞こえてくる声、元はどうやら貯蔵庫の中からのようだ。

「私の貯蔵庫に勝手に入るなんていい度胸よ、お仕置きが必要ね」

にたぁ、とレミリアの顔に悪魔の笑みが浮かぶ、何せ従者を苛める大義名分が出来たのだ、
彼女は足音が立たないようにふわっと身体を浮かせると、開いていた扉の隙間からこそっと中を覗く。

「ガラス詰めの血液に冷凍血液、輸血パックに凝固した血液……何よもう」
「(メイド服を着ていない? という事は侵入者?)」
「こんな大きな屋敷なら食料ぐらいたくさんあると思ったのに、どうなってるのよ、ったく」
「(人間? 間違い……ないわね、人間が私の屋敷に入り込むなんて何十年ぶりかしら)」
「しかし右も血液左も血液、もしかして吸血鬼でも住んでるの? まさかね」
「食べてもいいのよ?」
「!!」

突如背後からかけられた声に侵入者が立ち上がり振り返る、すらりとした長身と白髪の女性、
だがその身に纏うボロボロのトレンチコートは、彼女が浮浪者であることを示している。

「あ、あら、可愛らしいお嬢さん、ここには食料を恵んでくれる優しい人はいない?」
「あいにく優しい人はいないわ、優しく無い吸血鬼ならいるけれど」
「優しい吸血鬼もいてくれると助かるのだけど……そんな都合のいい話は無いわね」
「目の前の人間の血を吸いたい吸血鬼ならいるわよ?」

普通に見ればただの少女、しかし背から生える羽が、その身から溢れる威圧感が、
そして何よりもギラリと光る紅い紅い瞳が、吸血鬼だという事を人間に知らしめる。

「……お嬢さん、手品は好き?」
「そうねぇ、面白ければ何でも好きよ、人体切断マジックとか、人体五体バラバラショーとか、ね」
「ならお見せしますわ、世にも珍しい人体消失マジックを!」
「ふうん、それは面白……っ!?」

もう人間は消えていた、ソレはもう跡形もなく。

「(そんな……私に気配の移動も感じさせないどころか、動きの欠片すら見せずに消えた……?)」

一瞬にして消失した手品師と、呆然と舞台を見つめる観客、
貯蔵庫劇場にて開かれた即席のマジックショーは、少女の驚きを報酬に幕を降ろした。


 ―――――


「まったく、酷い目にあったわ」

額に手を当てながらげんなりとした表情で廊下を歩く人間、
お腹が空いているのか、しきりに腕でお腹を抑えている。

「早く何か食べ『ぐぎゅるるるるるる』……なくちゃ」

求める先は食糧貯蔵庫、もはやこの館を抜け出て他に行けるほどの体力は無い。

「肉、いや、魚……も、もう食べれれば何でもいいわ」
―そう、なら血でも飲んでみる?
「え?」

少女の声が脳内に響いたかと思うと、直後にドォン!という轟音と共に真後ろの床が捲れ上がった、
巻き上がる噴煙の中に凛々と光る紅い瞳、それはまさしく先程の少女、
今までにこんな横暴な観客がいただろうか、降りた幕を力ずくで押し上げる観客が。

「こ、これはやんちゃなお嬢さんね!」
「ええ、付け加えるとやんちゃで我侭かつ暴虐で有名なの」
「そう……でもマジックショーはもう終わったわ、観客はもう帰る時間よ」
「あら、アンコールには応じてくれないの?」
「それは前座の歌手にでもお願いしてくれる?」
「悲鳴で歌を奏でる手品師、というアンコールはどう?」
「しつこいお嬢さんね……そんなに見たいなら見せてあげるわよ! 見れるものならだけどね!」

人間の叫びと共に、その身体に魔力が集ってゆくのがわかる、
暇な日常にふと沸いて出た謎の手品師に、否が応でも少女の鼓動が高鳴る。

「と、言い切ってやりたいところなんだけど」
「……?」

ぐぎゅるるるるるるるるるるるるううぅぅ…………

「もう駄目、お腹空いて動けない……血を吸うなり五体ばらばらにするなり、もうどうにでもして……」
「ええっ!? ちょ、ちょっと待ちなさい! これだけ私に期待させておいてそれは無しよ!」
「うるさいわよ馬鹿! お腹に響くじゃない! …………うう、今の大声でもう……限界」
「だ、誰が馬鹿か! ……あ」

憤る吸血鬼を横目に、人間はゆっくりと床に倒れ動かなくなった、
後に残ったのは、静寂に包まれた観客がただ一匹。

「……変な、人間」

そう言い残し、たった一人の観客はたった一度だけ、手品師へ賛美の拍手をパチン、と送った。


 ―――――


「……ん」

鼻がくすぐったい、だけれども物理的にくすぐったいわけでなく、何か美味しい臭いが……

「うう……」

ほんの少しは回復した体力を振り絞り、上半身を起こそうとする、
右手も、左手もふかふかと柔らかい物の上にある、気づけば身体も。

「ベッド…………あ」

ふと横を見れば、そこには臭いの元があった、小さな台に置かれた美味しそうな料理、
しかし彼女には自らの食欲よりも、なぜこんな食べ物がここにあるのかという疑問が沸き立つ。

「食べないの?」
「わっ!?」

突如耳を通して脳を貫く子供の声、何処から現れたのか、
それとも最初からこの部屋にいたのか、吸血鬼が人間へと語りかけた、
しかし人間の方は何が起きたのか理解できていないのか、しきりに目をパチパチとさせている。

「そんなに驚かなくてもいいじゃない、ほら、あなたの為に作らせたのよ、早く食べなさい」
「え、いいの……?」
「良くないのなら最初から作らせないわよ」

またしばらく人間は硬直していたが、一度料理の方へ顔を向けると物凄い勢いで食べ始めた、
そのあまりの豹変っぷりに、吸血鬼の羽が少しだけピーンと伸びる。

「凄い食べっぷりね……小食の私には永遠に縁が無いわね」
「はぐ……もぐもぐもぐもぐ……ふがふが……お、おいひぃ……うっうっ……」
「な、泣くほどの事?」
「ぐすっ……だっておいしぃんだもん……もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
「(やっぱり変な人間……それとも最近の人間は変わったのかしら?)」

一体この細身の体の何処にあの大量の食事が入るのか、そんな疑問を吸血鬼に抱かせつつも、
人間の大食いショーは結局三度のおかわりの果てに終焉を迎えた。

「はぁー、ご馳走様でした……お肉なんて食べたの何ヶ月ぶりかしら」
「それは良かったわね、ところで」
「じゃあ次はあなたの番ね」
「は?」

呆れながらもまた語りかけた吸血鬼、しかしその言葉は途中で遮られたかと思うと、
直後には人間がいそいそと上の服を脱ぎ始めた。

「……なんで脱いでるの?」
「なんでって、次はあなたの食事の番じゃない、吸わないの?」
「…………」

吸血鬼は目の前の人間が理解できなかった、勝手に忍び込んで手品を披露し、
アンコールには答えずに勝手に倒れ、腹が減って死に掛けているから食事を食わせたら
今度は自分を食え、一体何を言っているのか、と。

「命はあなたに拾われた物だし、最後の晩餐にも相応しい料理だったわ、ほら吸いなさい」
「…………」
「何呆けてるのよ、犬だって三日は恩を忘れないわ、ほら、忘れないうちに」
「……犬? あなたは犬?」
「人間よ」

吸血鬼はますます目の前の人間が理解できなくなった、確か人間とは容易に他人を裏切り、
自分勝手でわがままで、それでいて群れると強気になり戦争で何もかもを壊す存在のはずなのに。

「違うわ、あなたは犬よ」
「人間よ」
「いいえ、犬、絶対に犬」
「絶対に人間」
「犬」
「人間」
「犬」
「人」
「犬! 犬犬犬!」
「人! 人人人!」
「犬犬犬犬犬犬!!」
「人人人人人人!!」

『(私は何をやってるの……)』

それは、二人の心が初めて密接にリンクした瞬間であった。

「とにかく! 吸わないわよ絶対に!」
「あらどうして? 地面を抉るほどの速度で追いついてでも吸いたがってたじゃない」
「あれはあなたの能力を見たかっただけよ、それに……私は私を恐れる人間の血しか吸わないのよ」
「きゃー、目の前の吸血鬼が怖いですわ、たすけてー」
「くっ……もういい、私は寝る!」

吸血鬼がまるでスタミナを使い果たしたチーターのように、がっくりと肩を落とし部屋を出ようとする、
それは初めて彼女が人間に敗北を認めた歴史的瞬間でもあった。

「ちょっと、本気で吸わないの?」
「もうどうでもいいわ、食料でも何でもくれてやるから、何処とでも消えなさい」
「あ……」

人間の声を遮るように、パタン、と静かに扉が閉じられた、人間も後を追おうと身体を傾けたが、
腹部からこみ上げる圧迫感の前に行動が遮られる、どうやら食べ過ぎが原因のようだった。


 ―――――


「ふぅ……全く何なのよあの変な人間は……」

ベッドにぼさりと転がって、小さな小さな溜息一つ、無駄に広いこの部屋の、
無駄に大きなベッドの上で、小さな少女が眠りの世界へと落ちる。

「(まぁ、暇つぶしにはなったわね……)」

思考がまどろみ、いつの間にか沈む黒い沼、吸血鬼ははたして夢を見るのか、
ただ少女の幸せそうな笑みを見る限り、きっと楽しい夢を見ているのだろう。

しかし残酷かな、夢の世界はいともたやすく終わりを迎える、
たとえ夢の中で五分しかたっていなくとも、現実では何時間もたっていることもある、かくも非道也。

「ん…………もう、夜か……」

眠っている間に朝は過ぎ、昼も過ぎ、夕暮れも過ぎてまたも夜、
少女は一度むくり、とベッドから身を起こすと、ぼーっと枕を見つめ、

「……あと五日」

もう一度夢の世界へと突撃する事にした。

「…………様」

ゆさゆさ

「……嬢様」

ゆさゆさ、ゆさゆさゆさ

「お嬢様、早くお目覚めください」
「んー、あと五日ー、五時間でもいいから……」
「この館の当主たるお嬢様がそんな事では、従者達に示しが付きませんわ」
「……心を抉る起し方ね」

少女は今の一言で完全に目が覚めたのか、さっきまで寝ぼけてたとは思えないほど
しっかりした動きでベッドから降りる、しかし目は瞑ったままであり、やはりまだ眠いようだ。

「ん、目覚めの紅茶は?」
「ここに」
「あら、本当に用意してあったのね、あなた中々有能……」
「有能ですわ、頼りにしてくださいな」

少女がまるで石像のように固まった、人間がそこにいたからだ、しかも只居た訳ではない、
何故かメイド服に身を包み、何故か言葉遣いも丁寧で、何故か紅茶まで用意していた、
その時感じた感覚はある種の恐怖でもあった、目の前の人間は、確かに変だったからだ。

「な、なんであなたがここにいるのよ!」
「命を助けてもらったのに、そのまますごすご帰るなんてできると思う?」
「…………」
「そんなに見つめられると照れますわ」
「……呆れた、今まで生きてきた中で一番呆れた」

深く深く、そして大きな溜息が少女から漏れる、一体何処の世界に命を救われたからといって
吸血鬼の従者になろうなどという人間がいるのか、まったくもって変人としか言いようが無い。

「お嬢様、紅茶が冷めますわ」
「いただくわ……」
「お嬢様が一番好むB型の紅茶ですわ」
「しっかりと私の好みを調べている所が憎たらしいわね」
「それはどうも」

少女は紅茶を飲み、従者はその横に佇む、主従に形などはない、
従者が主を敬い、主が従者をこき使う、昔からそんなものである。


 ―――――


「ふぅん、彼女がこの紅魔館初の人間の従者なのね」
「そう、コレが紅魔館初の変で馬鹿で犬みたいな人間の従者」
「遠まわしのようで直接的に馬鹿にしてるわね」

吸血鬼と人間が主従になって初めて向かった先は魔女の書斎だった、
いつものように扉の前には本が散らばっており、昨日のように少女は本に飲み込まれ……無かった、
扉を開けた先がきっちりと積まれた本で塞がっていたのだ。

「本の積み方を変えてみたの、これでさらに5%ほど収納効率が上がったわ」
「お嬢様、なんですかこの喋る本の塊は」
「よく見なさい、中に魔女がいるでしょう?」

よく見れば、僅かな覗き穴から目のようなものが判別できた。

「変な魔女がいます」
「変な人間に言われたくないわ」
「私から見ればどっちも変すぎるくらい変よ」

残念ながら正論である。

「しかしこんな所に引き篭もるなんて物好きね」
「引き篭もりたくて引き篭もってるわけじゃないわ、引き篭もるしかなかったから引き篭もってるの」
「どういうこと?」
「私は魔女、つまり悪魔と契約しているの、その内容が『ありとあらゆる本を持って来て』なの」
「持って来すぎよ」
「そうだけど融通が利かないのよ、かといって契約の破棄も出来ないし」
「破棄すればいいじゃない」
「破棄したらここの本を全て私一人で元の場所に返さなきゃ行けないの」
「それも破棄したら?」
「魂がむきゅー」

確かにこの本の壁を何処からか持ってきたことすら分からない場所に返せといわれても不可能だ、
しかし納得のいく説明を受けた気がした人間はやっぱり納得が行かなかった。

「……よく考えれば、それと引き篭もる事に関連性は無いわよね?」
「むきゅきゅー♪」
「誤魔化すな」
「パーチュリーさまぁー!」
「あ、私と契約してる悪魔のような悪魔が来たわよ」

声の元は人間の真後ろ、ブゥン…と壁に魔法陣が浮かび、この空間と別の空間が接続される、
やがて魔法陣の中央から黒い穴が徐々に広がり、おどろおどろしいゲートが形成される。

その時、隣の部屋の扉がガチャリと開いた。

「新しい本を持ってきました!」
「魔法陣の意味は!?」
「特にございません」

頭と背中から羽が生え、赤い髪の若い少女がその両手に本を抱えてとことこと歩いてくる、
いつの間にか魔法陣は跡形も無く消えており、何のために形成されたのやら。

「でも良かったです! ついに紅魔館にもツッコミ役が来てくれたんですね!」
「いきなりどういう事よ」
「だって私もパチュリー様もレミリア様もボケ役ですから」
「この魔女はともかくお嬢様がボケ役ってことは……お嬢様?」

ふと気づけば、そのお嬢様とやらは壁に額をくっつけて何やらぶつぶつと喋っていた。

「私がこの紅魔館の当主なのに皆が私を無視してばかり……ブツブツ……」
「……お嬢様って意外とシャイなのね」
「(えっ!? この人もしかして天然!?」
「途中から声に出てるわよ」
「あ、やっぱりツッコミですよね、良かったー」

にへらー、と悪魔らしからぬ笑みを浮かべ、人間へと微笑みかける悪魔、
人間の方はというと、全く表情を崩さずにお嬢様の方をじーっと見つめている、
互いに何を考えているのか、何を思っているのか、それは誰にも分からない。

「小悪魔ー、早く新しい本を持って来て頂戴」
「あっ、すいませんパチュリー様、今詰め込みますから」
「え、ちょっと待って、この部屋にはこれ以上入らないわ」
「大丈夫ですよー、まだまだ隙間はありますって」

そう言いながら、小悪魔はぐいぐいと本を覗き穴に詰め込み始めた、
一冊、二冊、三冊と隙間を見つけては押し込み押し込み押し込み……。

「やっ、だ、駄目よ小悪魔! これ以上はもう無理よ!!」
「大丈夫ですよ~、体の力を抜いてください、ほら、どんどん奥に入って行きますよ~」
「だ、駄目ぇー! 体が壊れちゃう! ひぁっぁぁぁ……」
「まだまだですよパチュリー様! こんな物じゃすみませんから! ほらほらほらほら!」
「やぁぁぁぁ! もう駄目! 逝っちゃう! 逝っちゃうのーーー!」
「あははははは! さあお逝きなさい! あなたの精力が滾る魂を今こそ私の物に!!」

「声だけ聞くとエロいわね」
「とんでもないほどエロエロですね」

直後、魔女がチョロQのように勢いよく飛び出し、小悪魔の隙を付いて本の角で奇襲、
五分以上も続くすったもんだの後に小悪魔のギブアップ宣言によって終戦、事なきをえた。

「はぁはぁ……私はこの世の本を全て読みつくすまで死ねないのよ!」
「か、必ずその魂を奪ってやるからなー……がくっ!」
「しつこい悪魔ね……レミィ、もう一つ部屋をもらえないかしら? さすがにもう限界みたいなの」
「見てたら分かるわよ、まあいいわ、どうせ館の半分も使ってないし」
「感謝するわ」
「お嬢様、そんな必要はございませんわ、私にお任せください」
「人間?」

いつの間にか本が崩れ出た書斎の前に人間が静かに佇んでいた、
彼女はふぅっと一息つき、キリッと書斎を睨みつけると、一気に体の魔力を練り上げた。

「一体何をする気?」
「それは見てのお楽しみですわ……せぇのっ!!」

人間が掛け声と共に、両手を思いっきり前へと突き出す、
すると書斎の中にあった本が見る見るうちに小さくなり始めた、
いや、小さくなっているのではない、どんどんと遠ざかっていくために小さく見えるだけなのだ。

いつの間にか、パチュリーの書斎はこれまでの部屋の何倍も大きくなっていた。

「……あの部屋がこんなになるなんて、凄いわね、本当に凄い」
「お褒めに預かり光栄ですわ、これなら本が何万冊とあっても大丈夫でしょう」
「空間拡張……長年研究していたけど、まさか人間がいとも簡単に行えるなんて、すこしショックね」
「わー、人間さん凄いですねっ! これでしたら一気に千万冊ぐらい持ってきてもいいですよね?」

『……えっ?』

いきなりの人間の大活躍に感嘆していた二人と、少し頬を赤らめている一人だが、
突如小悪魔が発した言葉にその場の全員が凍りついた。

「こ、小悪魔?」
「いやー、実は私ですね、魔界の潰れた図書館、ああ、ヴェール魔法図書館って言うんですけどね、
 そこから本を持って来ていまして……いえいえ、向こうも処分に困ってたから大丈夫ですよ?
 でも魔界で一、ニを争う巨大な図書館でしたから、その本がまだまだたーっぷりと残ってまして、
 あ、たっぷりと言っても一億は無かったと思いますよ、それじゃ行ってきますね!」
「待って! 待ちなさいこぁ……」

もういません。

「パチェ、千万冊の本というとこの部屋の体積と比べてどのぐらい?」
「……大まかに見てこの部屋が二十は必要ね」
「人間、これ以上部屋を広げる事は?」
「無制限に可能ですが、魔力のリチャージに時間がかかりますのでしばらくは不可能です」

吸血鬼が頭を抱えた、魔女は何やら咳き込んでいる、人間は何か悟ったような顔で窓を見ていた、
何やら部屋の隅からいやな音が流れてくる、まるで山の頂上から流れてくる雪崩のような……。

「レミィ、死ぬときは一緒よ」
「お嬢様、私は何処までもお嬢様について行きます」
「お前らもう出てけっ!!」

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド…………


 ―――――


「……なんて事もあったわねぇ」
「今となってはいい思い出ですわ」
「そうね、あの時は人間の能力のお陰で助かったわ」

テーブルを囲みながら過去を振り返る吸血鬼と魔女、その横には一人の従者、
しかし、今となっては等と言ってはいるものの、書斎雪崩事件はつい昨日の事である、
彼女達の視点の前向きっぷりはある意味賞賛に値するだろう。

「結局手品の種は只の時間操作だったって事ね」
「はい、お望みでしたらニンニクでも聖水でもすぐにお持ちいたしますが」
「そんなもの一生望まないわよ」

時間操作、それは他のメイドにしてみれば生涯羨み続けても羨みきれない素敵な能力、
何せ好きなときに好きなだけ好きなことができ、仕事も完璧に終えるまでやり直しが可能、
もはやメイドだけではなく、世の中のサラリーマンの百%が一度は欲しいと思う能力か。

「あーそうだわ、人間、あなたの名前をまだ聞いてなかったわね」
「名前、ですか?」
「そうよ、私の従者になる以上、他の人間とは区別ぐらいしてやらないとね」
「ええっとですね、最近使っていた名前でしたら……」
「最近?」
「はい、幾つも名前を変えて流浪していましたので、その名前がケーニッヒヴォルフ・田中、ですわ」
「ケーニッヒヴォルフ田中!?」

合わない、どうしてもファーストネームとセカンドネームが合わない、
吸血鬼はどういう反応をすればいいのか困っている、魔女にいたっては笑いを必死にこらえている。

「ぶふっ……くっ、良かったじゃないレミふぃっ……夜の王と狼の王が組めば無敵よ……ぶふっ」
「笑いすぎよパチェ、あまり笑いすぎるとまた倒れるわよ?」
「他にも、アレキサンダー・如月、ジョセフィーヌ・上甲、ミシシッピー・ジュゲムなどを」
「ぶっ!!」

さすがに吸血鬼も吹きだした。

「そ、そんなにおかしい?」
『…………!!』

一度でも盛大に吹いてしまうともう止まらない、二人とも必死にお腹を抱えて堪えるのが精一杯だ、
願うとするならば、彼女流のジョークである事を祈る。

「はぁ…はぁ…、いいわ、わかった、私が名付けてあげるわよ」
「それは光栄ですわ」
「そうね、あなたの名前は……えーと……」

顎に手を当ててうーんと悩む吸血鬼、そのまま経過する事約十分

「レミィ?」
「名前ね……パチェ、何か無いかしら?」
「それぐらい自分で考えなさい、ご主人様はあなたでしょ」
「う~ん、他人の名前なんか考えた事無かったもの」
「早く考えてあげないと、何時までたっても彼女はケーニッヒヴォぶふっ!」
「(そ、そんなに私の名前っておかしかったのかしら……)」

人間は少しショックを覚えているようだ、どうやらジョークではなかったらしい、
そんな彼女に送られる新しい名前、初めて他人から送られる名前、
吸血鬼の館に食料を盗みに忍び込み、その館の主である吸血鬼に助けられ、
命の恩吸血鬼に忠誠を誓った人間らしくないけど人間らしい人間への、吸血鬼からの贈り物。

その名は―――。



















「咲夜」
「はい、なんでしょう?」
「呼んでみただけよ」
「さいですか」
「吸血鬼」
「そうですか」

今日も従者は主に付きっ切り、主も従者と二人きり。

「それでこの廊下をとにかく大きく広くしたいのよ、私が全速力で自由に飛びまわれるぐらい」
「外を飛び回ればいいんじゃない?」
「お黙り、私はこの館の中を優雅に飛び回りたいのよ」
「はいはい、やんちゃで我侭で暴虐なお嬢様ですこと」
「そこは我侭の一言で済むのよ」

あの日からいろんな出来事があった、咲夜と従者長との頂点をかけた従者ファイト、
咲夜がそれに勝利し従者長となると同時にメイドと呼ばれ方を変えられた従者達。

「お嬢様、この下り階段はいったい?」
「ああ、その先は入っちゃ駄目よ、非常にやんちゃで我侭で暴虐かつ、頭がパーでとち狂ってて
 私のケーキをつまみ食いしながら何でもかんでも目に付いたものを破壊する馬鹿吸血鬼がいるから」
「……館全体が揺れていますね、震源地がこの先っぽいですが」
「いいのよ、ほら、いくわよ」

パチュリーの書斎もいつの間にか巨大な図書館となっていた、
小悪魔の最後の抵抗として五千万冊の本を魔界より一気に召喚したときは紅魔館崩壊の危機だったが、
そこはメイド長とメイド長の手によって鍛え抜かれた紅魔館メイド隊の活躍によって事なきを得る。

「…………ん…………おい……」
「呼んだ?」
「呼んでいませんわ」
「おかしいわね、今確かに誰かの声が……」
「お嬢様、あちら貯蔵庫の扉が開いてますが」
「……侵入者ね」

そして今日、紅魔館に新たな来訪者が訪れた。

「そこまでよ! 大人しくお縄に付きなさい……って、誰もいないじゃない!」
「ですが、片っ端から食料は食べられた模様ですね」
「ああああ! 秘蔵のBB型血液にパチェ特製のインスタント血液! ルーマニア産の血液までも!!」
「全滅のようです」
「犯人はどこだっ!! また時間能力者か! 八つ裂きにしてくれる!!」
「あ、お嬢様お待ちくださ……行っちゃった、廊下を広げておくのはこの為だったのかしら?」

貯蔵庫の扉を吹き飛ばし、あの時とは比較にならない速度で飛んでいくレミリア、
それを一瞬だけ見届ける事が出来た咲夜は、つたつたと歩いて近くにある寸胴の蓋を開けた、

中には、若い女性の姿をした妖怪が一匹、その紅い長髪はまるで血の色のように美しかった。

「お嬢様もまだまだ子供ね、あなたもそう思わない?」
「あ、あはははははは……そ、そうですね」
「何か言い残す事はある?」
「……ごめんなさい」

汝の名は、紅美鈴。





外では氷精が太陽に向かって氷柱を飛ばしている、
どうやら今年の夏は暑くなりそうだ――。
ここまで書いておいてなんですが、物凄く不完全燃焼でございます。
それはさておき、私さくめー派でございまして、レミリアがいつも不憫なので
このような作品を書くに至ったのですが、最後にさくめーのフラグが立ってしまいました。

いえいえ、コレでも押さえたほうなのでございますよ、本来なら食料を盗みに入った
咲夜と美鈴が出くわして愛が芽生えてそれはもうラブ・エクスプレスな展開だったのですが
すると今度はパチュリー様が絡めないという悪循環、結局本筋のままに書き綴って(以下省略
幻想と空想の混ぜ人
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コメント



0.5530簡易評価
8.80名前が無い程度の能力削除
田中!
しかし実際のところ咲夜と中国どちらが先に館にいたのだろうか?
14.90名前が無い程度の能力削除
ネーミングセンスがw

こんな出会いの方が咲夜さんの設定に合ってると思ったり
まさに飯さえ食えればそれでいいと思い、紅魔館でメイドをやってる感じですねw
17.無評価名前が無い程度の能力削除
K
20.80名前ガの兎削除
どうしようもねぇ!名前がどうしようもねぇ!
が、レミリア様に名前付けられたのにマトモな名前ってのは奇跡だと思える。
21.100名前が無い程度の能力削除
実に良い紅魔館でした。
やっぱり、紅魔館はお笑い変人集団の巣窟じゃないとww(ぉ

ところで、咲夜さんと美鈴に愛が芽生えてそれはもうラブ・エクスプレスな展開はまだですか?
22.80名前が無い程度の能力削除
咲夜さんとレミリアの出会いって重くなりがちですが
いい感じに力がぬけてて面白かったです
30.90偽皇帝削除
センスが(アレな意味で)すばらしかったと思います。
みししっぴーが一番好きかな?なんとなくだけど。
31.90名前が無い程度の能力削除
こういうのもありね
33.無評価名前が無い程度の能力削除
小悪魔の登場がSO3で吹いたwwwww
37.100名前が無い程度の能力削除
この話の続きはまだですか?

田中吹いたwwwwww
47.70名前が無い程度の能力削除
個人的にはパチュリーさんの
「魂がむきゅー」
になんか激しく和みますた
56.80草月削除
咲夜さんネーミングセンス皆無だよ咲夜さん。
59.80SSを読む程度の能力削除
紅魔館メンバーものが大好きなので十二分に楽しめました。
「魂がむきゅー」は最強だった…


霊夢が魅魔とドンパチたってた頃ってどのくらい前なんだろう…
64.無評価名前が無い程度の能力削除
電気屋のウインドウのテレビからでも思いついたのかな?
つーか中国て血すうんだ
70.80変身D削除
殺伐な紅魔館も良いけど、こう言う何かのんびりとした紅魔館も素敵ですな。
と、言うか小悪魔は本読み妖怪ならぬ本持ち妖怪だったんですね(w
80.80とおりすがる削除
咲夜さんがいろんな意味で素敵過ぎます
ってか皆さんぶっ飛んでますね^^
85.80名無し毛玉削除
紅魔館メンバーの楽しそうな交友関係、和みました
95.100名前が無い程度の能力削除
「咲夜と美鈴が出くわして愛が芽生えてそれはもうラブ・エクスプレスな展開」
すげぇぇっぇぇぇ読みたい。
咲夜さんのネーミングセンスに脱帽。
108.80名前が無い程度の能力削除
図書館組に吹いたw
116.90名前が無い程度の能力削除
レミリアと咲夜さんの出会いはシリアスなものが多いですよね
そんな中こういうのもアリだなとw
面白かったw
122.70名前が無い程度の能力削除
途中がやらしい!
124.100名前が無い程度の能力削除
おもしろかた