Coolier - 新生・東方創想話

血に染まる月  中編

2006/10/09 03:58:41
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 紅い紅い まっかな記憶

 蒼い蒼い まっさおな過去

 黒い黒い まっくろな思い出

 白い白い まっしろな始まり

 私の『今』を染め上げる

 憤怒の色は何色だ?

 絶望の色は何色だ?

 私のパレットにその色はない

 とっくに絵の具はなくなった

 私の憎しみ何で塗る?

 無色の『未来』は何で塗る?

 私の中に流れる緋色

 私の手にある最後の絵の具

 ためらいもなく封を切り
 
 びちゃり びちゃりと塗りたくる

 未来永劫私は紅

 逃れられぬ緋色の定め

 恍惚 歓喜 血潮の宴

 狂った絵描きは自ら堕ちる



 Side S-Ⅵ   STRATEGY



 目を覚ます、生きている。
 暗い部屋、鉄の隙間に紅い廊下が見える。
 どうやらここは牢のようだ。
 あの時と同じで私の力では出られるまい。
 牙を抜かれた獅子のように私の心は折れていた。

 私はあの時どうなったのか。
 あの吸血鬼につかまって…
 ずきりと頭が痛む。
 思い出せない。
 髪の中にザラザラとかさぶたが混じる。
 頭を打たれたのか?


「おはよう、そしてようこそ紅魔館へ」

 誰だ!

「はじめまして。私はパチュリー・ノーレッジ。あなたにあえて光栄よ」
「あなたが、」
「何?」
「紅魔館の魔女?」
 にこりと紫の少女が笑む。
 

「ご名答。なかなか頭も切れるみたいね、安心したわ」
 吸血鬼も魔女もメイド長も姿が想像と違いすぎてなんだか拍子抜けした。

「残念だけど、頭を打たれて気絶したくらいじゃ馬鹿にはなれないわ」
「…ああなるほど。あなたレミィに何されたか知らないのね。無事成功」
 レミィとはあの吸血鬼のことか?


「何が成功か知らないけれど、ここを出してくれないかしら? あなたでしょ? 村を焼き払ったのは」
「出たらどうするつもり?」
「あなたを八つ裂き」
 私はもう自棄になっていた。


「レミィも言っていたけど、まるであなた切り裂きジャックの生まれ変わりみたいね。
 大体ナイフもないのにどうするって言うの」
「体がうずくのよ。あなた達を殺したい殺したいって。今ならあなたの首や腸まで噛み千切れる気がするわ。
 あの吸血鬼ほど再生はできないのでしょう?」
「そんなことしたらあなたも魔力を得ちゃうわよ。資質はありそうだから要らないと思うけど」
 柳に風と受け流されてしまう。不愉快だ。


「何故私を生かしておくの?」
「あなたがここの重要な存在だから」
「ヒットマンを迎え入れるなんて奇特なとこね」
「何とでも言いなさい。幻想郷はそんなところなのよ」

「幻想郷?」

「そういえばあなたは外の世界の人だったわね。
 ここは幻想郷といって妖怪と一部の人間が隔離された密室みたいなものらしいわ」
 私はやっぱり違う世界からきていたのか。
 温度を感じられない眠たげな瞳が私を見つめる。

「私はあなたをとても興味深い存在と思っている。時を操れるなんてすごすぎるわ。
 ほかのやつらが反対しても私だけはあなたのことを匿ってあげるからね?」

 こいつ、私を実験動物だとでも思っているのか?
「ご寵愛をどうも。私もあなたのことが好きよ、ズタズタにしたいくらい」
 思い切り毒を吐く。


「フフ…褒め言葉と受け取っておくわ」
 魔女は去っていった。




 しばらくしてメイド長がやってきた。
 お姉さんの仇。


「ご機嫌はいかがですか?」
「最悪以外の返事が来ると思ったならあなたは狂っているわ」
「そんなつれないこと言わないでください。ご飯ですよ」
「毒は入っていないの? あのときのパンのように」
「大事なお客さんなのにいれるわけがないです」
「じゃあいらないわ。あなた達と馴れ合うくらいなら餓死したほうがましよ」


 しばし無言。


「驚きました。さすがパチュリー様です。あなたの言う言葉は全部予想通りでした」
 私の反応が見透かされていたのか? 苛立つ。


「どうしてもっと健全なほうに頭を使えないのかしら。村を全滅させるなんて考えるくせに」
「あれは運命です。あなたのお姉さんをさらったのも」
「…っ!」

 怒りがあふれる。何が運命だ!
 あとから自分の行為を正当化しているだけだ、憎い!


 深呼吸を二回。

「ねえ、今から私の考えを言うわ。何故あなたがお姉さんをさらったかの推理」

 落ち着け。前々から考えていたことが正しいか聞くチャンスだ。



「あなたは今村が滅びるのは運命といった。つまり最初から村は滅ぼす気だった。
 理由は何かしら。示威行為? 幼稚ね。
 でも滅ぼすのは実際に全滅したタイミングよりもっと早い予定だった。
 あなたがお姉さんをさらったとき。それがそのタイミング。
 あの村は近くに川とかがあったけど水源はほぼ井戸に頼っていた。
 あそこにあなたは毒をまくつもりだった。きっと遅効性のものね」
 
 話しているうちに頭はクリアになっていった。

「ほかの村と連絡は絶たれ、気がつけば村人全員が患者。
 村では全滅もしくはそれに近い被害が出たでしょうね。
 だけどあなたはその現場をお姉さんに見られてしまった。
 あなたの姿は知られていたようだから口封じをする必要があった。
 でも殺せば死体をかくすのも面倒だし、現場に証拠が残りやすい。
 人が頻繁に来るところでそれは致命的。証拠隠滅の時間すらない。
 お姉さんを殺したことまでわからなくとも、誰もそんな怪しい井戸を使いはしない。
 だからそのままさらってあとで殺したのね」
 
 メイド長は複雑な顔をしていた。

「きっと私とお姉さんの関係を知っていたのだから結構長く生かしておいたんでしょう。
 でもあなたの失敗はさらにそのさらう姿を見ている男の子に気がつかなかったこと。
 お姉さんのリボンを井戸に残してしまったこと。
 おかげで井戸は閉じられて、作戦は丸つぶれになった。
 川に毒を流す手もあったかもしれないけど、全滅させるには程遠い。
 村人の警戒も高まって間接的には殺せなくなった。
 しかし雪が溶けて他の村との交流が再開するまでになんとかしたかった。
 冬の間にひとつ村がなくなっていたらさぞかし皆畏怖するでしょうからね。
 そこであなたたちは強硬手段に出ることにした。
 それがあの忌まわしい夜の出来事」


「…以上よ」


「驚きました。逆ですけどだいたい正解です」
 やっぱりか…
 推理は当たっていた、少しもうれしくない。
 ただ気になることがある。

「逆って何処が逆?」
「一単語かもしれませんし全部かもしれません。そこまでは教えませんから自分で考えてください」
「やっぱり妖怪は性格が悪いわね」
 憎まれ口を言うも虚勢にしか聞こえない。
 私は檻の中の獅子。



「とりあえず私はご飯を食べない。悪魔に魂を売るなら餓死のほうがよっぽど美しいわ」
「私がさっき言った言葉覚えていますか?」
「逆だけど正解」
「もっと前です」
「ご機嫌いかが」
「こういいましたよね? パチュリー様はあなたの言葉をすべて予想していた、と」
「だから何?」

「私はあなたにご飯を食べさせる言葉も教えてもらいました」

「私を狗か何かだとでも思っているの?」
 操られるのは大嫌いだ。



「そのご飯を食べたら、牢の外に出してあげますよ」



 ………ああ負けた。食べざるを得ない。
 ここで無駄に餓死するより、少しでも復讐の機会がある外のほうがいいに決まっている。
 もともとそのためにここにきたんだ。逆らえば私の存在意義まで失われてしまう。
 私はここで死ぬために来たのではない。
 くやしい、じわりと涙が出る。なんて狡賢いんだ。はらわたが煮えくり返る!
 ぎりぎりと歯軋りをし、わたしは皿に手を伸ばした。


 
 きっと料理はおいしかったのだ。
 だけど私はそれを認めてはならない気がしていた。


























 鎧は何のためにある?

 ひとつ体を守るため

 ひとつ自身を飾るため

 だが本当にそれだけか?

 大事なひとつが抜けている

 それは心を守るため

 血しぶきの飛ぶ戦いで

 戦う使命を知らしめる

 戦う自分を自覚する

 もしも鎧を脱いだなら

 戦う気すら起こるまい

 君の心の鎧は何だ?

 虚飾で醜く塗り固め

 脱げぬようにと縛りつけ

 現実見ぬため仮面をつけて

 盲目万歳! 転んで歩く

 ひとたび鎧が砕ければ

 滑稽 貧弱 心の汚泥

 どばりどばり あふれ出す

 これはそんな少女の話

 お前の悪は何処に在る?



 Side S-Ⅶ   SECRET



 鍵付きのチョーカーのついた縄を渡された。首につけろということか。
 まったく用意のいい。
 私はメイド服を着せられていた。家来になったかのようで嫌だ、心を売るつもりはない。

「一応言っておきますが」
「何」
 鍵をかけられる。
 隙は殺すつもりがないならじっくり探せばいい。

「ここでの行動は常に私に従ってもらいます。迷いますから私のそばから離れないように。
 それとここは主人が吸血鬼なので銀製品はほとんどありません。
 窓もほとんどないし、門の鍵はあなたでは開けられません。脱出は無理です。
 おまけに妖怪のメイドがたくさん居てその目から逃れるのは不可能でしょう。
 そもそも普通のナイフとかじゃ刺されてもやられたりはしないような者ばかりです。
 きっと復讐の機会と思っているでしょうが難しいということだけ」

「大丈夫よ」
「どういう意味で大丈夫なんですか?」
 困惑した顔で聞いてくる。


「きっとあなたの最初に想像した意味で大丈夫よ」





 本当に外に出された。
 少し信じられない。恨みに任せて立ち入った廊下と同じ廊下に居る。
 違うのはメイドが何人か居ること。
 妖怪だろうし何匹のほうが正しいか? でも人型だから何人ということにしておこう。

 もっと殺伐としたものを想像していたが牢の外は牢より平穏だった。
 いくら余裕でもこれはやりすぎじゃないかと思った。


 自分の怒りがどんどん抜かれてしまいそうで怖くなる。
 私は強くなければならないんだ。絶対に。


 延々と彼女の仕事に付き合わされる。
 思っていたよりもはるかに彼女には隙がなかった。
 一回も縄と私から目を離さない。

 何でも紅魔館のナンバー4らしい。まだ知らないのが一人上にいるのか。
 やっと私は敵の大きさを感じ始めていた。




「どう、美鈴? 狗の散歩は」
「あ、パチュリー様。かぐやさんは狗じゃないですよ。そんなひどいこと言わないでください」
 あの魔女。



「かぐや? ああその子がレミィに名乗っていた名前だったかしら? 
 そんなかび臭い名前なんてすぐに捨ててしまうけれど。
 大体…首に縄をつけて引き回しているのを見て狗っぽく見えないと思った?」
「それはそうですが…」
「ちょっと出かけてくるわ」
「はい、行ってらっしゃいませ。どちらですか?」
「元・彼女の村よ」

 お前らが潰したくせに!
 元という言葉にひどく怒りを覚えた。

「あそこになにかまだ?」
「きちんと焼き払ったつもりだけど、生き残りがあるかもしれないからもう一度焼いてくるわ」
「生き残りなんて居るわけないわ」

 あの骨の量であんなに村人は居たのかと思ったくらいだ。

「いいわ、その反抗的な目。猫度1点プラスね」
「ほざけ魔女」
「あまりかみつくようだと犬度が上がっちゃうわよ、猫度が下がるけどそれでもいいの?」
「だま」「ほらほらそこまで」メイド長に口をふさがれる。
「いけないわ。いけないわ。猫度がまだまだ足りないわ」


 魔女は意味不明な言葉を吐いて去っていった。





「まずはお嬢様のところにご挨拶に行きましょう」
 憎いがまだ機会ではない。落ち着け。
 メイド長がドアをノックする。

「お嬢様、彼女を連れて参りました」
『ん、入りなさい』
「失礼します」

 紅い悪魔はそこにいた。



「改めてようこそ、紅魔館へ」
 机で何かを書いていた悪魔はそれをしまってこちらにやってきた。
 何を書いていたのだろう?

「たしかあの時自己紹介してなかったわね。私の名前はレミリア・スカーレット。
 スカーレットデビル、紅魔卿とは私のことよ」

「残念ながら両方知らないわ。幻想郷に入ってからは日が浅いみたいでね。
 それともあなたが無名なのかしら?」

「フランドールという妹が一人いるわ。あなたほどじゃないけど気がふれているから幽閉しているけどね。
 姉妹ともどもあなたを歓迎するわ」

「標的を一人増やしてくださるなんて光栄ですわ。うれしすぎて頭が痛くなりそう」

「ごめんなさいね。今は美鈴の狗みたいだけど、後で私の忠実な狗になるよう調教してあげるからね?
 そんなに喜んでいる姿を見ると心が痛いわ」

「あなた本当に脳がないみたいね? そこのメイド長が言っていた通りだわ」

 壮絶な顔でにらみ合っていた悪魔はメイド長のほうを向いた。

「あなた、そんなに度胸があるとは知らなかったわ。ごめんなさい、あなたはもっと忠実だと思ってた。
 明日の朝早くに地下室へいきなさい。フランが首を長くして待ってるだろうから」
「ひぃぃー!?」



「何故私を外に出したの?」
「あなたは私たちにとって重要な人材なのよ。
 将来的にはここのメイドになってもらうからその修行も兼ねてね」
「悪魔は妄想がお好きなのね。私が不倶戴天の敵と思うあなたに仕えると思って?」
「ふ、ふぐっ……ゴホン。まあいいわ。しばらく美鈴の仕事を見ていなさい。
 ちょっと反抗的みたいだけど、仕事はきちんとこなすメイドだから」

 悪魔の辞書に不倶戴天という言葉はないようだ。
 メイド長は魂の抜けたような顔をしている。本当に仕事ができるのか?



「それとそこの柱のあたりにあなたのベッドを置くから。夜明けから夕暮れまでは一緒よ」

「は?」
「ああ、吸血鬼の生活リズムは人間と逆だから。早く慣れて頂戴。この館には朝も夜も無いけれど」
「あなた、狂犬と一緒に寝たいだなんて相当狂ってるわね」
「狂犬という自覚はあるのね。残念だけど同じベッドではないわ。それはしばらく待って」
「同じベッドに入ったとき、あなたはすでに死んでいるでしょうけど」
「そうかもしれないわね。じゃあ美鈴連れて行きなさい。長い付き合いだから他のメイドと仲良くね」
「は、はい…」
「後悔するわよ、紅魔」

 最後に悪魔を睨み付けて私は魂の抜けきったようなメイド長に連れられていった。

「また夜明けに」

 悪魔は笑顔で手を振っていた。




「妹って」
「はい?」
 仕事が一段落したように見えたので聞いてみる

「あいつの妹ってどんな妖怪?」
「妹様のことですか」
「強い?」
「本気で争っているのは見たことありませんがきっとお嬢様よりも強いです」
「!」
「彼女はすべてを破壊する能力を持って生まれてきました。望めば何でも壊せる恐ろしい能力。
 そのため生まれて外も知らずにずっと幽閉されました。もう500年近くも昔のことです」
 

 何よそれ。私の40倍くらいも長く幽閉されていたの?


「そんなに長いと気がおかしくならないの?」

「残念ながら少々まともとは言い難いです。
 彼女には壊すという概念と殺すという概念の差がわからないのだと思います。
 彼女は部屋に入れられるものは玩具かご飯かだと思っています。
 命という概念が欠落しているのでしょう。
 何しろ吸血という行為ができないほど歯止めがかからない能力なので。
 彼女の世界はあの広い地下室だけなのかもしれません」

「そんなの…いえなんでもないわ」

 可哀想と言おうとして、言葉を飲み込んだ。

「…きっとあなたの考えたとおりだと私も思います。でもお嬢様もこうするしかなかったのですよ。」

 私の境遇と似ている。同族意識というのか、どうしても怒りがわいてこない。
 外ではつらいことがたくさんあった、だけど永遠に部屋の中よりはずっと幸せだった。
 彼女は500年近くずっとずっとカゴノトリ。
 彼女の心を開いてあげたいという心すら私の中にはある。

 
 きっと敵であろう、まだ見ぬ彼女に慈悲の心を抱いた私は愚かだろうか?





 食事の時間。

 堂々とナイフとフォークが出てきて面食らった。
 でも良く考えればこんな切れ味の悪いものでは時間を止めても切れる前に時間切れが来る。
 そもそもきちんとした道具だったから私は吸血鬼を切り刻めたのだ。
 こんなものでは人間すら殺せない。
 調理場を探せば包丁はあるかもしれないがそれでもあいつらは殺せまい。
 この館の中で武器を見つけるのは難しいかもしれない。
 うん、脱出を最優先に考えよう。

「おいしいですか?」
「おいしい」

 考えている最中に突然訊かれ反射的においしいといってしまった。

「そうですか、それは良かったです」

 満面の笑顔で言ってくる。まるで邪気が抜かれそう。
 言い直す機会を失った。なんだか喉に物が詰まったような気分。





 もう夜明けの時間らしい。
「そろそろお嬢様のところに行きますよ」


 部屋に入るとまた吸血鬼は何かを書いていた。気になる。
「ご苦労。そこのベッドの近くにロープを縛っておきなさい」
「はい」

 柱に首の縄が縛られる。縄の長さが結構あったので寝ても苦しくない。
 この館のものは私を何だと思っているんだ?


「じゃあ美鈴。今日の夕方なるべく生きて帰ってきなさい」
「はい…」
 メイド長は出て行った。

「さっきから何書いているのよ。頭が悪いからお勉強?」
「秘密」
「そんなに知られたくない内容なのかしら?」
「私は『秘密』を書いているのよ? 教えるわけがない」
「あなたの弱点にはとても興味があるわ」
「だめだめ。それもたくさん書いてあるから見せてあげない」

 そういって机の下の引き出しに紅い本をいれ鍵をかけた。


 部屋の明かりがきられた。

「さあもう子供はお休みの時間よ」
「あなただって私とあまり見た目の年齢はかわらないじゃない」
「精神年齢って知っている? 私はこれでももうすぐ500歳よ」
「精神年齢なら私の方が高いにきまってる。気分で村を潰すあなたと同じにしないで」
「私なりに複雑な事情があるのよ」
「しったことじゃないわ」
 布団にもぐる。



「今日はチャンスがなかったみたいね。言ったでしょ? 美鈴は有能だって」
「妹さんの話を聞いたわ」
「美鈴はおしゃべりね」
「あなたそれでも姉? 500年近くも幽閉してなんとも思わないの?」
「あれは…仕方ないのよ。外に出せば何もかも壊してしまう、そんな子だから」
「だから何よ。兄弟姉妹は互いに手助けしあうものではないの?
 壊そうとするならそのたび止めようとは思わないの?」

「美しい正論をありがとう。でもね、フランは私より強いのよ。意味がわかる?」
「あなたの力では抑えきれないとでも言うつもり?」
「あっているけど、違うわ」


「私がフランを幽閉するのには三つの理由がある。
 一つはスカーレット家の規則。
 自制ができない能力者はそれができるようになるまで幽閉せよという規則。
 この館の当主たる私はそれを守らなければならない。
 一つは幻想郷の秩序を守るため。
 私のように強い存在は力を濫用せず幻想郷の均衡を保つ必要がある。
 あの子がすき放題妖怪や人間を虐殺していたら甚大な被害が出る。それは許されない。
 最後の一つは…例をあげてみるといいわね。
 フランは夜の散歩に出かけたとしましょう。
 散歩の途中彼女は発狂してしまい破壊の力に歯止めが利かなくなった。
 あなたに尋ねるけど私はそれを知ってどうすればいいと思う?」

「愚問ね。助けに行けばいいじゃない。悪魔には姉妹愛という感情はないのかしら」

「あなたはよほど美しくて悲しい話が好きみたいね。そうよそれは正論。
 でも私の問いを愚問というならあなたの答えは愚答。正解は『放っておく』よ」

「あなたさっき被害が出るのは駄目だといっていたじゃない」

「最初に言ったわよね。あの子は私より強い。フランは私さえ破壊できるのよ?
 のこのこ近づいたら私が死んでしまうわ」

「だから? 身を呈してでも助けようという考えはないの? そんなに死が怖いの?」

「あなたは人間の尺度でしか物を見ていない。怖いかって?
 怖いわよ。死ぬのは私だって嫌だ。でもね、一番怖いことはそれじゃない」



「もし私が殺されて、正気になったフランが私の死体を見たらどう思う?」
 ! それは…
「自分の手が私の血で染まっていたら? 愛する姉を自分が殺したと知ったら?
 フランはどれほど悲しむと思う? どれほど自分を呪うと思う?
 私はわざわざ命を捨ててフランに狂気の種を植え付けていくのよ。滑稽千万だわ」
 …

「私はフランを愛しているわ。フランも私を愛してくれていると信じている。
 フランが私のせいで自暴自棄になったり自殺したりする姿なんて想像したくない。
 あなたはよほど美しい家族愛を築いたのね。そんなあなたならわからない?
 馴れ合うだけが愛じゃないのよ。相手を思って突き放す愛もある。
 自分の愛の形を押し付けて違った愛を認めないのは傲慢よ」


「…じゃああなたの妹が何をしたって言うの。誰も悪くないのに彼女は幽閉されているの?」

 紅魔がにやりと笑う、そんな気配がした。

「あなたよほどフランがお気に入りのようね。自分と重ねているのかしら?
 そうよ、誰も悪くない。私もフランも両親も従者たちも誰一人悪くない。
 でも悪の対象が居ないのに不幸がおきるなんて誰も認めたくない。
 だって恨む相手がいないだなんて辛すぎるじゃない」



「だから世界はそれを『運命』と呼ぶわ」


 
 悪魔の言う運命という言葉が急にひどく重いものに聞こえてきた。


「ああもう眠いわ。私の能力はその運命を操る能力。それでも操ることはできなかった。
 あなたとの出会いもそう。まさに運命的な邂逅。不可侵の定め。
 でも運命は不幸ばかりを運ぶわけではないのね。私はあなたに出会えて幸せよ。
 それじゃあお休み。今日の夜は早いわよ。悪魔のキスで目がさめたくなければ早く起きなさい」

「ぜひともそうさせてもらうわ」
 数分後に寝息が聞こえてきた。悪魔の吐息。
 私も眠い。運命という二文字を私は睡魔が意識を刈り取るまで心の中で反復し続けた。



 敵意の角がどんどん丸くなっていく。そんな自分に一番腹が立つ。
 悪いのは誰だ? 
 一瞬であったが私は初めて疑いの気持ちを自覚した。





 明くる日の朝、いや今日の夕方。
 目覚めは最悪であった。
 起きたら目の前に悪魔の顔があった。
 小さくて鋭い牙が見える。
 意識が一気に覚醒し蹴り飛ばした。


「いたいわ」
「すっかり忘れていたけどあなた吸血鬼だったわね」
「何を今更」
「私はあなたの朝ごはんじゃないわ」
「丸かじりなんてしないわよ。野蛮」
「吸血するつもりだったでしょ。悪魔のキスってそういうこと?」
「サキュバスなどのキスとは違うわ。魅了という意味では近いかもしれないけど」
「眷族にしても無駄よ。あなたが死んだら私も死ぬとしても私はあなたを殺すわ」
「朝から血の気が多いのね。私は低血圧だから頭に響く」
「血を吸っても血圧は上がらないわよ」

 人外になるのだけはごめんだ。

「ところでいつまで私を縛っておくの? いいベッドだけどもう飽きた」
「気に入ってもらってうれしいわ。あなたはずっとそのベッドよ。仲良くしてやってね」
「無機物と友人になる趣味はない」

「そろそろ美鈴が夕食をもってやってくるはずなんだけど…残念ね」
「何が?」
「来ないならば今日のフランの朝食か昼食になったかも知れない。つまみ食いはやめるよう言ったのだけど」
 弱肉強食も甚だしい。
「あなた達共食いするの? そんなの虫とか下等生物しかしないわ」
「種族が違うから問題ないわ。一応美鈴が夕食になってやってくるという選択肢もあるけど」
「私は人型の生物は食べないと決めているの。
 あなたの妹、外に出せない理由は昨日のでわかったとしても教育が間違ってるんじゃない?」
「昨日じゃなくて今日よ。家庭教師はパチェに一任しているのだけど」
「あの魔女のこと? あんな青少年に悪影響を与えそうな狂ってるやつで大丈夫と思うあなたが狂ってるわ」
「パチェはR指定ということ? フランは18歳以上だから大丈夫。
 彼女はここのブレイン。あなたは知らないかもしれないけど、すごく頭がいいのよ」
「それは…しっているけれど。あの人格破綻者の教育なんてきっとまともじゃないわ」
「…否定はしない」
 

「お、遅くなりまして…」
 メイド長がやってきた。あちこちに包帯を巻いている。
「よかったわ。あなたの肉がついに食卓に並ぶかとひやひやしたもの」
「ならば最初からそんな命令しないでください。腕一本もってかれちゃったじゃないですか」
「それだけあなたを信じているということよ。光栄に思いなさい」
 何だこの主従関係は。


「AB型女性非処女年齢は27。あってる?」
「残念ながら28歳です。誕生日を迎えたばかりのようですが」
「最近正答率が悪いわね」
「起きるなり利き酒ならぬ利き血とは暢気なものね」
「それが貴族よ」

「あ、こちらがかぐやさんの分です」
「かぐや? この子の名前は咲夜と私がつけることになっているから。次からそう呼びなさい」
「は、はあ…」
「人の名前で遊ばないで」
「何であなたの名前が咲夜になるのかしら? 私は何を考えたのやら」
 意味がわからない。




 あとは昨日と同じ繰り返し。
 メイド長と一緒に紅魔館を歩き回って仕事を見て、食事して、悪魔の部屋で寝る。
 不思議な緑色のついた風呂に毎日長い間入れられた。
 変な飲み物を一日二回飲まされた。
 そんな毎日が何日も続いた。
 今日が何日目という感覚はとうに失せた。
 こんな場所では時間すら狂ってしまいそう。
 
 私は何度か逃げようとした。
 しかしあまりの隙のなさに感心してしまったくらいだ。
 いつの間にか逃げる目的を失おうとしていたのかもしれない。
 あまりに安穏な貴族の生活。悪魔に従えばそれが手に入る。
 契約してしまえよという言葉が思い浮かんだのも10や20ではない。

 拷問だったらいくらでも耐えられる気がしていた。
 だけど平穏には耐えられる限界を感じ始めていた。
 緩んだ心の隙間がひろがる。

 あの灰となった村の姿。それが私の最後の砦だった。
 絶対に許してはならない。あいつらこそ私の憎むべき敵。










 その日私は今まで来たことのない部屋に導かれた。
 薄暗い部屋、本ばかりの棚が数え切れないくらいある。



「あなたがここにきてもう20日目。生活にはなれた?」
 紫の魔女がそこに居た。



「ついに人体実験に手を出すの?」
「ある意味ね。美鈴あなたは出て行っていいわ。鍵を閉めて行ってね」
「咲夜さんに怪我させたらお嬢様がおこりますから。ほどほどにしてくださいね」
「善処するわ」
 いつの間にか咲夜という言葉にも慣れていた。


 この魔女は嫌いだ。さっさと答えてお引取り願おう。

「さて、あなたは外の世界の人間。私はそれに興味がある。知る限り外の話を聞かせて」
「私の居た場所はずっと牢の中よ。まずい食料を与えられてずっと生きていただけ」
「あなたは家畜? 他にも外の記録がいくつかあるけどそんなのは初めてよ」
「牢の外には一回だけ出たことがある。そこには私の姿をした人間がたくさん居た」
「人形か鏡でも見たんじゃない? それで?」
「おしまい」
「…いくらなんでもそれは簡潔すぎるわ」
「本当にこれだけしかない」
「まあいいでしょう。そのうち思い出したらいつでも話して。ところでそのときの名前は?」
「私の名前はマテリアル…」「マテリアル? 材料だったの?」遮って魔女が言う。
「実験材料…だったんでしょうね」
「何だ外でも人体実験はメジャーなのね。やっぱり私はおかしいわけではないのよ」
「それはないけど。で、私の名前は数字とコードネームがついて…」


 名前を教えると魔女は硬直した。
 数秒後、顔を本でおさえて笑い始めた。
 あんな無機質な名前がそんなに面白いのか?


「…ッ…最高よレミィ…プッ。あなたのネーミングセンスは…フフ…常人の斜め45度を行くわ…ック…!」
「何悶絶してるの」
 呆れた目で言う。

「ああ笑った。まったくレミィらしいわ。こんなに笑ったのは27年と2ヵ月半ぶり」
 元の顔に戻った魔女がそういった。


「ところで、あなたは吸血鬼と何か関係がある?」
「いま吸血鬼の家に閉じ込められている」
「外の世界よ」
「わからないわ。何か手術を受けた記憶はあるけど」
「うーん、関係性をつかむには証拠に欠けるわね。
 あなたが幻想郷に来た夜あなたの現れた場所の近くで面白いものが見つかったのよ。ついてきて」


 そこにあったのはあの大きな箱。なんだか煤けている。
「確かに私はこれに乗っていたわ」
 魔女は少し気だるげに俯いた。

「私はこれを棺桶だと思ったのだけれど。どう使った?」
「中に入って発射されて出てきた?」
「何で疑問形? これを飛ばすの? 外の人間の考えることはわからないわ」
「すぐに気を失ったから」

「…そう。いろいろいじってみたけどちっとも構造がわからないのよ、これ」
「こんなにゆがんでいたらもう使い物にならないと思うけど。そんなの知っても意味ないわ」
「甘い。知の探求はそれ自体が理由なのよ」
 私にはわかり得ない世界だ。




「さて、本題に入ろうかしら」

「まだ入っていなかったことに驚きよ」

「あなたは時間が操れるわね」
「そう、私も信じられないけど。だけどあの吸血鬼といいよく一目で分ったわね」
「当然よ。あなたの瞬間移動する姿を見ていた私がレミィに教えたんだから」
「…そう」


 あの村を思い出す。
 また頭が熱くなってくる。怒りを抑えろ。冷静になれ。
 従順なふりをして近づいていけば復讐の機会も増えるんだ。

『お前はもう従ってもいいと思っている。そんな方便を抜かすな』
 心の声。

 黙れ! お前なんか私じゃない!



「頭が痛いの? 私達にとって大事な体なんだから気をつけなさい」
「用件は何?」
「図書館が狭いのよ」
「まだ本を入れる気? 私とは関係ないわ」
「大有りよ。じゃあ拡張して。おねがい」
「禅問答が好きみたいだけど、それは私の文化ではマイナーみたいよ」
「時間を操れるなら空間も操れるでしょ?」
「そんなの知らないわ」
「恐らく可能なはずよ。この前レミィにそのことを教えてたら途中でへばっちゃって。
 また説明するのは面倒だからしない。とりあえず3次元的に倍にしてくれればいいわ」
「やり方を教えてもらわないとできないわ」



「思い出して。あなたは少なくとも一度空間操作をしたことがあるはずよ。
 なぜならあなたのお姉さんがそう証言してくれたわ」



「…お姉さんが、あなたと話した?」
 どうして? メイド長に殺されたんじゃ…?



「そうよ何度か話をしたわ。だってあなたのお姉さんを実験にかけて殺したのも私。
 さらに言えば、村を襲う計画を立てたのも計画を進める中心になったのも私だから。
 レミィは最後まで頑なに反対していたけどね。結局私の言うとおり動いてくれたけど」


 理性の糸が音を立てて切れる。


「お前が…、お前が…っ!」

 視界が真っ赤に染まる。
 眠たげな笑みを浮かべた魔女。残酷な冷たさを感じる。



「そうよ、私が黒幕。やつあたりしていたレミィには後で謝っておきなさい」



「何故っ!! 何故殺したっ!!!」

 時を止める。完璧。練習していた成果で最低5分は持つ。
 殺す。絶対こいつだけは殺す! 返答などもう要らない。
 メイド長が出て行った今、私は何にも縛られていない。武器もないが引き裂いてしまえる自信が在る。
 さあ、内臓をぶちまけて死ね!!


 バチッ


 あれ…?
 近づけない。何もないはずなのに。
 心の乱れ、時の沈黙が途切れる。


「紅魔館のブレインたる私が何の考えもなくあなたを挑発すると思った?」
「馬鹿な、何もこの空間には」
「そうここには無い、だけど在るそれが魔力、結界、境界。
 私は魔力で言えばトップクラスの妖怪よ? あなた一人なら常に防御魔法を張ることも造作ない。
 レミィとかは力本位だからあまりうまくはないけれど」


 びりびりと感じる不思議な気配。これが魔力か。これが魔法か。これが彼女の知の結晶か。
 悔しい。無知な私は何の抵抗もできない。


「スペルカードというものを目前で見るのは初めてかしら? あなたは少々頭を冷やすべきよ。
 私の調子もいいから刮目して御覧なさい。これがこの世界の理」



 それはあのときの蒼い月光に似ていた。




 月符「サイレントセレナ」
 




 私は一瞬で狂気の月光に食まれた。



 








 調子はずれの歌が聞こえる。
 ここは何処? 
 ベッド。首には縄。紅魔の部屋。
 体の痛みが夢ではないと実感させる。
 横には吸血鬼、緋色の目と私の目が合う。
 私のベッドに彼女が腰掛けていた。


「目を覚ましたようね。パチェの手加減無しは困りものだわ」
「私は」
「何?」
 布団から紅魔がおりる。私は体を起こす。
「私はあなたに謝るべき…?」
 我ながらうつろな声。

「なぜ?」
「あなたはあの魔女の命令で動いていて…私はあなたを悪の根源と思って…
 でも本当に悪いのはあの魔女で…私はあなたを斬って…でも違って」

「あなた忘れてない? あなたの家族を殺したのは私よ。許されることじゃないわ」
「そう、許せない。でも、でも……もう怒りがわいてこないの」


 思えばあの時やたらと彼女は即死にこだわっていた。
 できるだけ楽に送ろうという思いは真実だったのかもしれない。
 魂が半分抜けたようなそんな気がした。


「あなたは真実を知りたい?」
 無言でうなずく。

「ならば誓いなさい。真実を何があっても受け止めること、目をそらさないこと」
 
 紅魔はブツリと縄につながったチョーカーを切った。

「1時間後に戻るわ。この鍵を使って机の一番下の棚を空けて紅い本を取り出しなさい」
 煤けた鍵が布団にのる。
「そこにあなたの望むものが在るわ。私があなたの前で書いていた本」
 出入り口のドアを開けた。


「最後にこれだけは言わせてもらう」

「パチェは私の数少ない大事な親友よ。だから絶対」



「絶対にパチェは悪くない」



 戸が閉まる。鍵のかける音はなかった。

 じゃあ誰が悪いのよ。わからない。わからない。

 私は自由だ。逃げることもできる。逃げられない。


 ふらふらと机に歩み寄り紅い本を取り出した。
 本の題名は「Scarlet Secret」緋色の秘密。
 何のことは無いただの日記。私が村に来たあたりから始まっている。




 適当にページを開く。言葉を失った。
 残酷な真実がそこにあった。




























 私は屈指の人形師

 親指くいと上げたのならば

 全ての人形 ひれ伏し媚びる

 小指をくいと下げたのならば

 全ての人形 王道拓く

 千も万もの僕に囲まれ

 誰一人として逆らわぬ

 だけど一つの銀色人形

 切っても切れぬ銀の糸

 あなたが私に教えてくれた

 私は哀れな人形師

 私が人形操るときには

 私は人形に操られ

 千も万もの僕の意思が

 私の意志に成り代わる

 ああ 私には自由がない

 人形操る自由しかない



 Side R-Ⅱ   ROT



 月の下のティータイム。
 昨日のように月は蒼くない。
 昨日のように美鈴はやってこない。
 昨日のようにパチェがやってくる。


「今日もいい夜ね。今日は金色の月かしら銀色の月かしら」

 彼女は席に座って話しかけてきた。

「どちらともいえないことは無い。月の色を最も左右するのは見る者の心よ」


 狂ったものは月が紅く見えるのだ。
 だからこそ誰が見ても紅い月や蒼い月は何かの前兆。


「ところで未来、いや運命のほうがいいかしら? 前より見えてきた?」
「全然。ただ名前に関してはわかってきた。
 あなたが苗字、私が名前をつけるのよ。彼女には名前が無いみたいだから。
 それで私は花が咲くの「咲」に夜という字で「咲夜」と名づけることになっているわ」

「あなたにしてはまともな名前ね。面白くないわ」
「愉快さを狙っているわけでは無い、皆私のハイセンスが理解できないのよ」
「ナンセンスの間違いでしょ。で私はなんてつけるの?」
「自分で考えなさい」
「結局運命通りなんだからいいじゃない。未来の私と同意見でいいわ」

「そんなに怠惰だと尻から根が生えるわよ」
「あら素敵。ぜひとも成分を調べてみたいわ。魔法の研究に役立つかも。欲しかったら少し分けてあげる」
「もういいわ。あなたのつける苗字は「十六夜」よ」
「十六夜に来たからかしら? まあ命名の理由はあとからつければいいか」

「普通は逆だけどね。あーあ、また運命を変えてしまった」





「パチェ」
「何よ」
「これから私たちに反逆するような村はあると思う?」
「どうしてそう思うの?」

「動かない運命、そのなかに村人を虐殺する私が見えるのよ」
「あなたプライドが高いからそんなことしないと思っていたのだけど。
 怖いわ。あなたの本性が殺人鬼だったなんて」
「吸血鬼よ。私だって望まないはずなんだけど…」
「きっとあなたのことだから理由があるんでしょう。私はあなたを信じるわ。あなたは私の友人だから」
「ありがと」
 クッキーをかじる。甘い。


「ところで今日は美鈴来ないのね。お菓子しかないティータイムはさびしいわ」
「私には見えるわよ、あと36秒後に疲れ果ててやってくる」
「そんなに運命をみられると便利ね」
「便利だけど面白くないわ。私がこんなにたくさん力を行使するのは400年ぶりくらいよ」



「…遅れて申し訳ございません」
「「全くよ」」
「パチュリー様、例のものは図書館の空き部屋に入れておきましたので」
「何か頼んでいたかしら?」
「竹林周辺に何か手がかりが落ちてないか探してといっていたじゃないですか~」
「それを頼んだのはずっと前よ。何処でサボっていたの?」
「違いますよ。ずっと運んできていたんです。かなり大きいものだったので」

「なによそれ」
「箱、いやカプセルでしょうか?」
「ふむ……レミィ急用が出来たわ。今日のティータイムは一人で楽しんで」
「待ってよ、私も連れて行きなさい。面白そうだし」


 最近あまりこの図書館には来ていない。
 こんなかび臭いところで喘息患者が住むというのはまったく自殺行為だ。
 だれかもっときれいに掃除してくれればいいのだけど。


 そのとき私の鋭い聴覚が音を聞き取った
 キーキーというネズミの鳴声、猫イラズが必要ね。
 その音はどんどん近づいていった。



「こちらです」
「これは…箱? かなり大きめの棺桶って感じね」
「なんですかねぇ…」
「結界を越えるとき、中に入って乗ってきたのかしら? 結構歪んでいるけれど」





「さっきから泣き声がうるさいと思ったらネズミがもがいてるじゃない。これは巨大な猫イラズ?」







 私の声で空気が変わった。

 パチェはひどく深刻な顔をして美鈴のほうを向いた。
「今から3つ質問があるわ。正直に答えないさい」
「はい? 何ですか」

「第一問、あなたはここに着てから誰かメイドたちと接触した?」
「いえ、これをおいてすぐ来ましたので誰も」

「第二問、これをもってくる間に人間、動物、妖怪のどれかにあった?」
「いえ、動物は冬眠中ですし人間は雪が深くて入ってきません。妖怪も妖気を感じなかったので居ないかと」

「最後の質問、あなた体は大丈夫?」
「どういうことですか?」



「こういうことよ」
「ひっ!」
 パチェがネズミをレーザーで焼き払った。あっという間に灰。

「さあ美鈴。この部屋に入りなさい」
「ななな何を?」
「あなたは従順なメイド長だったわ。湖岸にエメラルドメガリスでお墓を立ててあげるから。
 知ってる? エメラルドの宝石言葉は誠実。これほどあなたにふさわしいものはないわね」
 パチェはカードを取り出し詠唱を始めた。




 火符「アグニシャイン」




「あ、熱っ! 燃えます! 燃えちゃいます!! パチュリー様ぁ!」




「上級」





 非情な声が響く。

「いやぁぁぁぁ…」


 火が消えるとそこには完全に服が燃やされて素っ裸になり黒くなっている美鈴と無傷の箱があった。
「うーん、この箱は立派ね。傷一つ無いなんて」
「あなた部下を危うく火葬しそうになって言う言葉がそれ?」
 私があきれながら言う。


「ああ、失敗。燃やすべきじゃなかったわ。これじゃ調べられなくなってしまったかも」
「あつ…いです。パチュリーさ、ま」
「あなたタフね、灰にするつもりだったのに。すばらしいわ。早速私の実験室に行きましょうか」
「ほどほどにしなさいね。パチェ」
 部屋が閉じられる。
 いやいやと首を振る美鈴を一瞥してパチェを見送った。


「あんなにパチェって積極的だったかしら?」
 とりあえずまた月を眺めにテラスに出ることにした。

 

 次の夜。

「レミィ、終わったから私の実験室に来て」
 何が終わったか知らないがとりあえず向かってみることにした。


 そこには薄緑色の液体につけられた美鈴がいた。
 美しい。水中花という言葉が思い浮かぶ。美女は死んでも美女か。
 ついに犠牲者が。仏教徒ではないが、とりあえず手を合わせてみる。

 興に乗っていいかげんにうろ覚えの経をよんでみたら煙が上がっていた。
 弱点がまたひとつ増えてしまった。


「ほら、そこ死にかけない。彼女は生きてる。消毒中なだけ」
「やっぱり、彼女の妖気が途切れていないから不思議に思ったのよ」
「当分目を覚まさないから。それよりも重要な話があるわ」
「何?」





「このままではバイオハザードが起こる。それもかなり悪質な」





「…ばいおはざーど? 日本語で言ってよ」
「生物災害。あの箱の中にあった服らしきものに高濃度の対人間・動物用生物兵器がみつかった」


「…それって危ないの?」
「かなりよ。もっとも動物といっても哺乳類しか効かないけど。妖怪にも効かないみたい」
「対処法は?」
「消極的なのと積極的なものがあるけど」
「消極的なほうから聞かせなさい」




「このままほうっておけば無くなるわ」
「それならそれでいいじゃない」



「だけど少なくとも数千、数万の命が奪われる」



「何だと…!?」
「この菌は体液感染し、空気感染も常温で感染者がかなり近くに居る場合は可能。
 例えば同じ部屋にいると危ないかもしれない。宿主が死ぬと十数時間で全滅する。
 体温程度でしか生きられず、宿主から離れては温度変化に長く耐えられないから。
 だから寒い季節の今なら感染者が完全に隔離されればさほど脅威ではない。
 
 だけど問題なのは潜伏期間。人間だと最低4ヶ月は大量の菌にさらされない限り発症しない。
 その間に感染者は広がっていく。自覚症状はあまりない。作ったやつはよほど狂ってるわ。
 ひとたび発症すれば、黒いあざができてだんだん赤くなりせいぜい持って1ヶ月。致死性は高い。
 動物実験と細菌学の書から類似した菌を探し出してこの結論に達したわ」

「じゃあ積極的な方法というのは…」


「簡単なことよ、感染者、その疑いのあるもの全てを殺し焼き払う。犠牲は数百分の一ですむ。
 隔離しようにも動物が出てくる春になったらそれも完全ではない。
 出来る限りはやく決行するのが最善の手段よ」


「その菌が人里まで入っていないという可能性もあるじゃない」

「残念ながら…あなた知ってるでしょ? 村一つ一つの医者は私たちと通じていること。
 村人の異常を見つけ伝えるものとして、万一のとき血を提供するものとして。
 先ほどメイドから報告があったわ。あの箱が見つかった竹林の近くの村で少女を保護されたとのことよ」



「その少女があなたの望むものかもしれない。だけどきっと彼女は菌の保有者。
 あの箱の中で生きていられたということはその子には人間なのに効かないのかしら?」

「…殺すという方法は最終手段よ。なんとしても薬を作りなさい、パチェ」
「私は薬学に関しては疎いほうだから期待しないほうがいいわ」



「でも、友人の頼みだからしばらく無理をしてみましょうか」



「じゃあ私は周辺の妖怪たちに感染しそうなものが近寄らないように命令しておくわ」



 図書館を出る。
 彼女は賢い。
 きっと自分の行為が徒労に終わるというのを知っている。
 なぜなら私のみる運命は変わらないから。
 村人を殺す理由に十分すぎるものができてしまった。
 彼女の薬はできない。もしくは効かないのだ。
 私の運命は変わらない。
 



 無駄なことを知りながら私のために努力してくれる友人の姿が私の運命に付け加わった。





 涙が出そうだった。


























 気がつけば私は死の丘に居る

 死臭の夜に白骨が舞う

 蝕みの朝にミイラが崩れる

 腐敗の昼に死人の絶叫

 かつり かつりと上る足元

 血濡れの白刃 私を笑う
 
 そうだこれが地獄であるなら

 登り登れば天国に着く

 ぼそり ぼそりと足元腐り

 私は急いで天上めざす

 こんな死には耐えられぬ

 まあるいお月様は見ていてくれた

 私がひとつ山を登るたび

 新たな死人が山を造る

 空へ 空へと昇るほど

 私は地へと 地へと落つ



 Side R-Ⅲ   REVOLUTION



 またしばらくたって、信じられないことが起こった。
 なんとパチェが薬を作ったらしい。
 急いで図書館に駆け込む。


「パチェ! 美鈴からきいたけど本当にできたの!?」
「あなたは慌てすぎよレミィ。試作品ならね」
「それの効果は?」
「マウスには有効だったわ。ほかの動物でも試しているけど九分九厘人間にも有効」
「すごいじゃない! さすが私の友人」
「私もできないと思っていたんだけど…あなたの運命から察するに」

 そうだ運命。久しぶりに見てみる。


 何も変化は無かった。


「その顔じゃこの薬が効くかわからないみたいね」
「残念だけど」
「まだできただけだから適正量を測るのにもう少しだけ時間がかかる。
 薬は過ぎれば毒。病気で死ぬならともかく私の薬で死んでもらっちゃ困るわ」


「ただレミィ、運命が変わらないなら覚悟しておきなさい。
 まだ表に出ていないだけで間違いなくこれは幻想郷の危機よ。
 幸い村の交流は無いらしいけれど。
 もし雪解け前になんとかできなければ…わかってるわね?」

「覚悟は…もう少し待って」

「あなたにしては優柔不断ね」

「きっとその村には咲夜が居るのよ。まだ顔が見えないから殺してしまうかもしれない。
 それに悪魔には害になりそうな人間を刈り取る義務があるけどなるべくそれはしたくない」

「もし見た目もただの人間ならその可能性は否定できないけど…。
 でもあなたの運命ではここまで来ているのでしょう? ならば安心なさい」



「ところであなたは私がこの前言った通り日記を書いている?」
「勿論。だけどこれがどうして役に立つ?」
「もし、村を襲わなければならなくなったとき、彼女はきっと怒り狂うわ」
「だから襲うのは嫌だって」
「世の中にはどうしようもないものがあるの。それが運命でしょ?」
「それはそうだけど」
「ともかくその日記は私たちが最善を尽くしたという証拠になる。
 私たちが私利私欲で破壊をもたらしたわけではないという根拠になる。
 一切の誇張はだめよ。全て真実を書きなさい。そうすれば彼女を服従させるのも不可能ではない。
 私はその子にあまり興味が無いからかまわないけれど」

「あなたは嫌な意味で知能犯ね。いい調教師になれるわ、狗の」
「ありがとう最高の褒め言葉。猫のほうが好きだけど」




「え? 私が運ぶんですか?」

 困惑した表情。
 話し合った結果、薬は井戸に入れることにした。
 直接持っていっても悪魔の使いが持ってきたものなんて誰も飲まないだろうし。

 井戸は皆が朝と夕に使用するらしい。
 しかし朝は早起きの者が居るせいでかなり前に薬を入れる必要がある。
 その場合薬の濃度が薄まりあとに使うものでは効き目がなくなる。

 よって皆が一斉に夕食前水を汲みに来る夕方ごろにいれることになった。
 これならば短時間でたくさんのものが使う。
 何日も井戸に薬を入れていけば問題はあるまい。
 問題は太陽が出て明るいということだ。

「私は髪が痛むから嫌だわ」

「私は死ぬから嫌だわ」

「そうじゃなくってメイドたちにやらせればいいじゃないですか」
「あなたは気を使う能力がある。周囲に人がいるかいないか最も判断力に優れる。
 わかるでしょ? これは一度でもばれたら終わりの計画よ」
「お褒めの言葉はうれしいのですが…そうだ! 医者を使えば」
「最近自覚症状が出始めたものも増えてきているみたいよ。それと老人の話し相手をしていたりとか…。
 そんな医者が急に毎日決まった時間に出て行くとしたらおかしいと思わない?」
「…わかりました」


「レミィ、やっぱり運命は変わらない?」
「変わらないわね」
「そう、じゃあ美鈴もし見つかった場合はひとり人間をさらいなさい」
「もう見つかること前提ですか」
「ええ、運命が変わらないならあなたは能力がどうとか言う以前に見つかると思うから」
「それにあなたでなければ逃げるのに手間取るかもしれないでしょ?
 あなたは何回も人間をさらって慣れているというのもあなたを推す理由よ」
「お嬢様、期待されているのかいないのかわかりませんよ…」

「人間を一人さらえばその人間に薬を持たせて返せばいい。ただそこまで説得するのは面倒。
 でもまだやれなかった臨床実験もできるから利点もある。とにかくしっかりやるのよ」
 パチェはそんなことを考えていたのか。




 決行の日。
 美鈴は出て行った。


「ここまでして運命に逆らおうとする私たちって何なんでしょうね?レミィ」
「きっと最高の大馬鹿よ」
「最高という点は違いないわ」



 娘を一人連れて帰ってきた。
 溜息。
「やっぱりね」「がっかり」
「申し訳ありません、気がついたらこの人が突然目の前にたっていて…
 でも、気絶させて誰にも会わないように帰りましたので」
「そんなの当然よ」



 娘が目を覚ました。
「ここ何処…あなたは…吸血鬼?」
「ご名答。私はここの主レミリア・スカーレット。こっちは魔女のパチュリーよ」
「私はメイド長の「黙れ」…はい…」

「何故私をさらったの? あなたの食事になるつもりは無いけれど」
「逆らっても無駄よ。大体そんな穢れた血要らないわ」
 やけに落ち着いた娘だ。

「あなたたちもしかして…これが目当て?」
 髪をかき上げる。
 

 血のように赤いあざが首にあった。


「…! いけないわ、あなたもう発症してる」

 パチェが息を呑む。

「どうしてこんなに早く…」
「風の噂に吸血鬼は疫病や感染病が発生したとき患者をさらうと聞いたけど本当だったのね」

 噂にはなっていたのか。


「私達はあなたを殺すつもりは無いわ。その病気は致死の感染病。その薬を作ったから届けて欲しい」
「それが毒ではないという証拠は?」
「あなたが飲んでみるしかないわね」
「いいわ、もう彼女につかまったとき死ぬ覚悟はしていたから。
 それに家族にも似たあざができていたから、もしかしたらと思っていたのよ」


 図書館のほうへ連れて行く。
 彼女は髪の片方だけリボンを揺らしていた。



 薬を飲ませる。
「そんなにすぐ治ったりするものじゃないからしばらくこの図書館に居てもらうわ」

「メイド長さん…よね」
「はい! なんでしょうか」
 やっと構って貰えて嬉しいのか。

「もし私が死んだら…このリボンを里の銀髪の女の子に渡してあげて。
 あの子は私の妹みたいな子で、これを欲しがっていたから」
「何をいってるの」
 パチェが割り込む。


「この私があなたを助けようとしているのよ? 死なせはしないわ」








 またしばらく経った。
 面会謝絶といわれパチェだけがあの子の看病をしていた。
 パチェの顔もしばらく見ていない。

 元気になったのだろうか? いつものようにテラスでお茶。
 パチェがやってきた。うつむいていて表情が見えない。



「ひさしぶり、パチェ。どう? あの子の様子は」



 彼女の手についた血の臭いで推し量るべきだった。





「たった今、殺したわ」





 彼女は机に伏した。
 私はカップを落とした。

「あなたが、あの子を、殺した? なぜ?」
 確かめるように言う。

「…薬を作ったとき私はあの箱の中の服の一部をとってそこに残っていた菌で作ったのよ。
 でも彼女には全然効果がなかった。なぜか全然わからない。彼女の病気は悪化する。
 そこで彼女の血を調べたの。そしたら…」
 
 しばらく沈黙が続く。


「菌が違うのよ…馬鹿みたいでしょ? 
 あわてて服を調べなおしたら服の違う部分に似た種類だけど同じ薬が効かない別の菌がいたわ。
 それも合わせて3種類。ひとつしか菌がいないという固定観念にとらわれていたのよ。

 兵器製作者の思うつぼ。3つとも症状は変わらないけど発症までの期間が違う。
 ひとつ危機を避けて安心したら次の菌が発症する時間差のトリック。
 予想より早い発症を見た時点で疑うべきだったのよ。
 まんまと罠にかかった間抜けな私がどうしたと思う?
 必死にまた薬を作ろうとしたわ。でもね…彼女はもうそんなに持たなくて…
 喉をかきむしって、血まみれになって苦しむ彼女を見て私は……私は…」


「パチェ、もういい」


「いいえ、これを私は伝えなければならない。それが、けじめ。
 そう、私は彼女に毒をうって殺したの。
 狂ったように痛みで暴れ叫ぶ彼女をこれ以上見たくなかった。
 ただ私が耐えられなかっただけ。一番苦しんでいるのは彼女なのにね。
 私は命を弄ぶだけ弄んで無責任にも廃棄したのよ。
 最期に正気に戻った彼女がなんていったと思う?
 『ごめんね、かわいい魔女さん』だって…っ。あの子は、悪くないのに…
 今まで何度も命を奪ったことはあるくせに、何で私はこんなに……」


「パチェ」
「…何よ」
「泣いているの?」


「…泣いていないわ。魔女は泣いてはいけないもの。
 実験動物ごときに心を惑わされてはいけないのよ、情を移してはならないのよ。
 邪悪を信じ、善行を偽善と称え、サバトにて神々を冒涜せねばならないのよ
 死に死を重ねて、それでも強くなければならない。
 知に知を重ねて、それでも激情を覚えてはならない。
 人が畏怖し、妖怪に恐れられ、孤独を最愛の友とする…それが魔女のあるべき姿なのよ」




「でも……ねえレミィ…」






「私に愛情は下等すぎる感情なのかしら…」






 私はただ最愛の友を抱きしめることしかできなかった。
 
 嗚咽が漏れるたび私は運命を呪い、涙した。

 残酷にも過ぎ去った時間は帰らないのに、私達は振り出しに戻された。

 運命はリングである。ふとそんな言葉を思い出した。


























 命を音楽で例えよう

 プレリュードは華やかに

 ラプソディーは狂おしく

 ワルツは互いに手をとって

 シンフォニーは壮大に

 エレジーは死をいたみ

 ノクターンは哀しげに

 スケルツォは面白おかしく

 ポルカを二人で踊りましょう

 カプリチォは気まぐれに

 パヴァーヌが流れたと思ったら

 フィナーレは突然に



 Side R-Ⅳ   REQUIEM



 しばらくパチェはかなり落ち込んでいた。
 治療なら何度かしたことがあったけど、彼女が命を救おうとしたのは初めてだったのかもしれない。
 私も悲しい。
 


 憂鬱に浸っているとパチェがやってきた。

「大丈夫?」
「何がよ」
「落ち込んでたじゃない、いろいろ」
「私が人間ごときで落ち込むわけがないわ」

 平然とした顔で虚勢をはる。でも安心した。


「レミィ、雪も溶け始める季節。薬を作る時間もない。もうチェックメイトよ」
「…わかっている。もう手段はそれしかないことくらい」
「村人全員あんな苦しみ方させたら寝覚めが悪いわ」

 ほら、やっぱり引きずっている。



 美鈴がやってきた。
「レミィ」
 わかってる。


「二人とも、知っての通り今幻想郷の危機が迫っている。
 私たちはそれに抗おうと最善を尽くしたつもりだが力及ばなかった。
 やむにやまれぬ事態ゆえ…村を襲うことにした。私たちは悪の権化となって村人を全滅させる」



「お嬢様」
「ん?」
「私達へのご指令は?」
「Clean up 以上よ」
「菌を殺すという意味と一掃の意味をかけたのね、下手な洒落」
「そこ、興がそがれる。せっかく一日考えたのに」



「よく決断したわレミィ。で、いつ襲う?」
「あなたの調子がいいときに合わせるわ。何回か日符と火符を使ってもらうから」
「そうね、じゃあ明後日の夜にしましょうか。今日は急すぎるから」
「明後日調子がいいとは不思議なことをいうのね」
「自分の体くらい理解しているわ」


「私と美鈴が村人を全滅させる。パチェはその間咲夜を探して」
「そういえばあの子がいっていたわ」
「なに?」
「あの子は妹みたいな子が居るっていっていたのよ。そのことが気になっていろいろ聞いたわ」
「何かわかったの?」


「柱の傷ってしってる?」

「傷なんかほうっておいても付く」
「人間は寿命が短いから、自らの身長の変化を見るために柱に身長の高さで傷をつけることがあるのよ」
「私とは無縁ね」
「彼女は不思議な体験をしたといっていたわ」
「へえ?」
「柱に最後につけた傷がいつの間にか自分よりも高いところにあったそうなのよ」
「悪戯か縮んだかじゃない?」
「彼女はまだ10代だった。伸びこそすれ縮みはしない。むしろ家が大きくなったような気がしたらしい。
 それに彼女はその妹みたいな子は竹林でおじいさんが拾ってきたといっていたわ」
「じゃあその子が咲夜?」
「恐らく、しかも無意識でやったかどうかはわからないけど空間操作ができるのかもしれない」
「そんなものあるのかしら」
「私は信じるわ。それにもしかすると彼女はもっとすごい力があるかもしれない。
これは想像の域を出ないけれど…」
「そんな重要なことなんで今まで教えてくれなかったの?」




「それは…ね…」
「お嬢様…」
 禁句だった。心の弱いところを抉ってしまったみたいだ。


「明後日までには絶好調になってるから。フフ…待っててね」

 虚空を見上げてうわごとのように言いパチェは出て行った。



「美鈴」
「はい」
「情けは無用よ。一撃でできるだけ苦しまないように送ってあげなさい」
「承知しました」
「あと咲夜は銀髪らしいわね」
「でも銀髪は一人とは限りませんよ」
「わかってる。だから能力を使ったりするようなら殺してはだめ」
「もし使わなかったら?」
「殺すしかないわ。もっとも運命ではこの館に来ていることになるから…憎い運命だけど信じるしかない」






 そして、殺戮の夜。





「いい? 美鈴。心は殺しなさい。無慈悲に、そして美しく屠りなさい」
「御意」
「パチェ、大丈夫ね?」
「絶好調よ、世界を炎で包みたくなるわ。今日は火曜日だもの」
 これだけ狂っていれば問題ない。


「じゃあ、幻想郷を救いに行くわよ。私たちの行為は絶対に理解されない。悪魔となる準備はできたわね?」


 全く、悪になるのは気持ちいいものではない。
 運命に負けた私たちの罰ゲーム。
 なんとかそう理由をつけることにした。






 村の守人が3人。

「お、お前らは…」
「はじめまして、御機嫌よう」
 首を刈る。


「何をしにきた!」
「凶宴」
 心臓をえぐる。


 一人をわざと逃がす。
 警鐘を鳴らして村人を家から出ないようにしてもらうため。
 こんな夜で目のきく私たちを前に外に出る人間など居ない。
 でも馬鹿ね、どれだけ隠れても美鈴は気配で見つけてしまうのに。
 私の五感から隠れられるはずがないのに。
 


 隣を見る。
 紅毛の彼女は悪魔の私すらぞっとするほど妖艶な笑みを浮かべていた。




 さあ仮面舞踏会の始まり始まり
 紅いカーテンを命で彩りましょう。




 最初の家。最後の迷い。戻れない。
 もうプライドは捨てるしかない。
 人を理不尽に殺すことは痛ましい。
 だがそれ以上に自分を殺すことが辛い。
 結局私は自分本位なのか。悪魔め。



 破壊と共に私は狂い始める。



 襲う、殺す、壊す、潰す。
 ひたすら繰り返す。
 断末魔が心地よい。やはり私は悪魔だ。
 
 刀を振りかざしてきた男。
 あえて斬らせる。首が飛ぶ。たまにはこんな遊びもいい。
 笑って穿つ。

 赤子? 妊婦? そんなものに情は注げぬ。犠牲は最小限にすべきだ。
 屠る。


 暴力的な正義。きっとこれは悪と言うのだろう。
 いや、私の主観を出ないこれはどちらでもないのかもしれない。
 ただ圧倒的な殺戮という現象。


「逃げろ!」絶叫は至上の狂詩曲。
 叫べ! 逃げろ! ひれ伏せ! 媚びて命乞いをしろ!
 今宵こそ私は真なる悪魔。何百年この血を封じてきたか。
 ふたつ、みっつ、引き裂く。

 小屋ごと吹き飛ばす、あれは美鈴だ。もう大雑把なんだから。
 舞うように人を屠る姿はあんなに美しいのに。

 血がびちゃりと付く、私を汚すとはよくやった!
 褒美にお前は八つ裂きだ! 
 死人の舞。糸の切れたマリオネットのごとく。

 

 月に毒されて私の嘲笑が闇を満たす。
 古臭い、悪魔としての負の面。パチェが自嘲して語った古の魔女の姿と同じ。
 こんな残虐性は優雅な生活に似合わない。お茶と友人、なんと素敵な生活であろうか。
 だからこの狂気は今宵だけ。明日からは貴族に戻ろう。
 殺戮が私の信条に反するならば、狂気の仮面をかぶるしかない。
 そうでもしないと私がつぶれてしまう。壊れてしまえ、ワタシのリセイ。
 
 
 ああ、たのし夜 ああ、かなし夜





 鍵はかけて欲しくない。戸を破る。
 私はひたすら幼く破壊する。

「隠れてないででておいで?」
 
「ここ?」
 かまどを叩き割る。
「そこ?」
 床を踏み抜く。
「どこ?」
 鍋をけり転がす。 …熱かった。しばし悶絶。
 

 人間のにおい。この部屋。
「みいつけた」
 戸を吹き飛ばす。
 3人家族か?
 震える姿は小動物のよう。


「どうか、どうか!」
 何よ。
「私の命はどうなっても良いですから! どうか、この子らの命だけは!」

 献身だなんて美しいわ。身震いするほどの感動。
 さっきの家なんか自分だけでも逃げようとする輩ばかりで失望していただけに嬉しい。

「ごめんなさい、私たちは殲滅させるために来たの。あなたは死んでみんな死ぬ。これが定め。さようなら」

 ぴとりと指を老人の額に置く。

「どーん」
 幼さは私の狂気。
 ひとつ命が消える。

「動かないでね。そうしたら一撃で葬ってあげるから」
 とりあえず少女から殺すか。
 恐怖にゆがむ顔、芸術的。

 撃つ。
 男のほうがかばった。
 ああ、最高よ、この家族。
 美しすぎるわ。
 
「馬鹿ね」
「どうせ死ぬのなら楽なほうがいいとは思わないの?」
 笑みを隠せない。

「かぐや! ゴボッ! 裏口から逃げろ!」
 首を振る少女。
 大の男を引きずって逃げるなんて無理に決まっているのに一緒に逃げようとしている。
 即死の急所ははずしたけどそいつはもう瀕死よ?
 一緒に死んだらさぞかし綺麗なのに。
 そう、作品の題は『美しき兄妹愛』なんてどうかしら?
 二人まとめて貫いてあげましょう。

「お前を守ると、グブッ、いっただろ! 早く行け!」
「おとなしく逃がすとおもって? 私は忙しいのよ、みんなを殺すのに」
 
 嘘。本当はあなたたちをずっと殺していたい。


 べちょ
 血まみれのほうに抱きつかれた。

「きゃっ」
「妹一人くらい守らせろ! 行けぇ!!」
 血を吐く。紅色の霧。
 鉄の芳香がする。

 泣きながら走り出す少女。

「ちょっとやめてよ」  
「きたないわ」
 殊更に幼く。それが私の仮面。

 抉る。




 少女を追うか。手にこびりつく血で唇を紅化粧。




「待ちなさい」
 追いつく。立ちふさがった。
「もう、どうしてくれるのよ。大事なよそ行きが汚れちゃったじゃない」

 いいのよ、あなたの血でもっと汚して。

「安心して、あなたが寂しくないように皆一緒に送ってあげるから」

 そういえばこの子は銀髪だ。この子かと思ったのに残念。
 他の銀髪をあたろう。



 撃つ、距離はわずか数十センチ。さよなら。





 目の前の雪にボツリと穴が開く。
 動揺した少女。

 

 何よ…これ…
 まさかこの子が!
 その瞬間今まで見えなかった運命の少女の顔がこの子になった。

 ついに見つけた!!


 一呼吸おいて言う。
「やっとみつけたわ」

「あなただったのね」

 興奮を隠せない。

「決めたわ、あなた以外殲滅。あなただけはなんとしても連れ帰る!」
 
 少女が消えた。
 彼女の気配はもう私には感じ取れなかった。




「…すばらしいわ」
「パチェ?」
「あの子ね? あの子なのね?」
「ええ」
「最高よ、レミィ。あんな芸術品みたことがないわ」
「あなた興味ないんじゃなかったの?」
「いまは違うわ。ああ、絶対手に入れて。さもなくば絶交よ」
「それは手厳しい」


「ところでレミィ」
「まだ何かあるの?」
「血で化粧なんかしちゃって。淑女のつもり?」
「私は夜の女王よ。化粧くらいするわ」
「嘘。あなた今にも心がつぶれそうだから必死で自分を飾っているのよ。私は悪い悪魔だって」
「そんな馬鹿な」
「もういいわ、あなたは休んで。あとは美鈴の舞でも見ましょう。彼女はいろいろタフだから」
「まあそれもいいかもね」
 
 彼女は聡い。
 私の狂気の仮面はもう砕けそうだった。
 救われた。
 弱者を嬲る行為はもううんざりだ。
 理解されえない蛮勇。それはまるで自分の悪行のみを見るようで。
 誰か賛同してくれるものが居たら違うものなのだろうか。



 血とともに舞う美鈴は私より美しい紅の女王に見えた。
 ああ、彼女は私なんかよりずっと強い。



 美鈴がやってきた。
「あとはあの刀鍛冶で最後です」
「何で残しておくの?」
「職人さんに言われたんですよ『村人を弔うために最後の守り刀を作りたい』って」
「無慈悲にって言ったでしょうが。うん、でもまあ殊勝な心がけだし待ってあげましょうか」
「じゃあその間に人の山を積んでおいて、そうしたら燃やしやすいから」


 パチェの指示でキャンプファイヤーの要領で人を積んでいく。
 積んだあとしばらく経って美鈴が刀鍛冶の家に行った。
 やっぱり気を遣っているんだ。殺す相手にさえ。
 死体を山に積んで銀のナイフを持ってきた。
「それが?」
「ええ。かなり魂がこもっていますよ。私はあまり銀には弱くないけれど手がしびれます」
「私なんか触れないわよ。」
「じゃあ火葬しましょうか。ナイフを一緒に焼いてしまったらいいわね」



 日符「ロイヤルフレア」



「もうひとつおまけのロイヤルフレア」


 地上の太陽が二度光る。
 私は焦げていた。



「あら、レミィ黒くなっちゃって」
「日焼けよ。健康的」




「あとは家も」



 火符「アグニレイディアンス」



 火に包まれた村を後に、私たちは悠然と去った。

「ところで運命のことなんだけど」
「見えてきた?」
「今ね。あのナイフを持って私たちを殺しにくる姿が見える」
「…もう少しナイフを中に入れておけばよかったわね。そうしたら溶けていたかも」
「あなたたちは顔をみられてないからいいけどね」
「とりあえず私に任せなさい。服従させたいんでしょ? いい考えがあるわ」
「まあ手に入れたいというのは間違ってないわ」



 彼女は相当怒っているだろう。いやそんな生易しい言葉ではすまない。
 いったいパチェはどうしようというのか?



 血の匂いが濃く漂う私。狂った悪魔から普通の吸血鬼に戻ろう。
 まったく悪は辛い。強者は疲れる。


 殺戮が終わって私は仮面をはずす。いや、仮面をつけたのかもしれない。
 私の本性は野獣か、貴族か…私だって知らないから。
 虐殺の狂喜が不信感を抱かせた。

 
 月に群雲花に風。
 運命の神様はよほどひねくれている。
 普通に出会えたのならどんなに楽だっただろうか。


 
 私はまだ出会ったばかりの彼女に不思議な感情を抱いていた。
 私達が運命をどうにもできなかったせいでひどい過去を背負わせてしまった。
 支配欲というほど単純ではなく、恋愛感情というほど大げさでもなく。
 同情に近い愛情といえばよいのだろうか?
 私が救ってあげなければならない。そんな使命感を伴った感情。
 きっと彼女は幸福だったのだろうから奪った償いをせねばならない。
 それが私の歌う、亡き者と彼女のための鎮魂歌。


 人か家か、煙がもうもうと立ち上る。今はもう存在しない村。

 夜を満たす香りはあの村の日常の残り香。
 きっと明日には空に溶けてしまう。

 私は月を背にして帰り道。

 焦がれる命の煙が月の光を毒々しい紅に変えていた。

 それはまるで月の怒りのようで。

 私は目をそらさずにはいられなかった。







はい中編終了です。
前編で話の流れがわかった方には退屈だったかもしれませんね。
後編はこれまでほど長くないのでご安心を。

この話なんだか説教臭くなっていけませんね。
彼女達の知略戦というつもりでしたがなかなかうまくいかず。

何故パチュリーが咲夜のもとの名前を聞いて笑ったか。
簡単そうなのでこの後も答えは話の中に出しません。
一応ヒントを。前編の二番目の章冒頭に注目すれば名前が想像できます。
私のイメージでレミリアはあまり頭がよさそうではないので話の中でもこんな感じに。
そんな彼女ならいかにもつけそうな名前ということで。…わかりますよね?

それでは後編でまたお会いしましょう。
月読
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コメント



0.2800簡易評価
7.無評価名前が無い程度の能力削除
多分間違えてるのが一つ。
九分九厘では9.9%。これじゃ効く可能性の方が低くてあんまり凄くない。
もとよりそのつもりだったのならゴメンナサイ。
11.無評価名前が無い程度の能力削除
いや、九分九厘で99%の意味もあります。
まぎらわしいですが、文脈で判断するしかないかと。
22.無評価名前が無い程度の能力削除
読み返して漸く名前の由来が分かった。
お嬢様のセンスは全く持って筋金入りだなw
28.無評価月読削除
九分九厘といえば99%と思ってました。いや、言葉の勉強になります(笑
あえてチープにやってみました>命名
ぐだぐだ考察するよりそっちのほうがいいかと思いまして。
31.無評価名前が無い程度の能力削除
数学的に言えば九分九厘は9.9%ですが
国語的に言えば「完全に近いさま、ほとんど間違いないさま」です
五分五分=半々、という言葉もありますし、
日本語の言い回しでは100%=十分、となるようです
広辞苑片手に調べてみました。参考までに……

真実は優しく、そして残酷なものですね……(泣 ←作品感想
42.無評価煌庫削除
慈悲は無用。踏み潰すだけで結構。病は死なねば屠るまで。
それが紅魔の優しさです。って美鈴が言ってそうな気がしました。
43.無評価月読削除
煌庫さん、もうね……上手すぎorz そんな言葉言わせてみたかったです。