Coolier - 新生・東方創想話

守護者の代理

2006/09/30 08:56:01
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・オリキャラがいるうえ、俺設定が満載です。
・もしかしたら、俺tueeeeeeeeeeeeeeっていう表現があるかもしれません。
・関係ないですが、前は、「名前がない程度の能力(ぉ」と名乗っていました。
・あと、無駄に長いです。
・少ししたから始まります。
























 それは、妹紅と知り合うよりもはるかに前のことだった。
その頃の慧音は、別に人を襲うわけでもなく、人と関わりあうわけでもなく、山の中に小屋のようなものを作り
ただ日々を浪々と過ごしていた。それでも、人とは争いになることも多く、そのたびに慧音は山を移っていた。
その結果、幻想郷の中でもひときわ人里離れた山奥に庵を構えるようになっていた。

 時に、人里に下りて、人に交じって生活をしようと考えが、慧音になんともいえないような孤独感を焚きつけ
ることがあったが、その考えは、自分は人間じゃないし、妖怪でもないと自分に言い聞かせることでなんとか、
防いでいた。

「ふう、これで秋には収穫できるな。」
 慧音は、汗を手ぬぐいで拭くと、目の前の開墾したての畑を眺めた。山地がゆえに、水を引くこともできない
ので、荒地でもできる作物を慧音は作るようにしていた。
 その畑には芋やひえ、あわなどが植えられていた。米や麦は、1ヶ月に一度開かれる市に正体を隠して出かけ、
芋と交換で手に入れていた。
「うん、一雨来るか…」
 慧音は空を見上げると、そうつぶやいた。確かに空気が少しずつではあるが、重く感じるようになり、いつし
か、雲の動きも早くなっていた。
「今日は引き上げるか。」
 慧音はそうつぶやくと、農具をまとめて、庵のほうへと歩き始めた。

 とんとん

 唐突に何かを戸をたたくような音が庵に響いた。
 一瞬だけ慧音は、書いていた歴史書から目を離し、その音のほうを見た。こんな雨の中、山奥にまで来る物好
きはいない…慧音は、そう思い再び歴史書に筆を入れようとした。

 とんとん
「ごめんください」

 どうやら、空耳ではなかったようだ。慧音は、仕方なく立ち上がると、壁にかけてあるスペルカードのうち何
枚かを懐に忍ばせた。気配を感じたところ、妖怪ではなく、人間のようだったからである。

「…人里からは、ずいぶんと離れているはずなのに…なぜ、こんなところに人間が来るのだ?」
 素朴な疑問を慧音は心のうちにしまい、引き戸に右手をかけた。そのまま、右のほうに歩き、引き戸を引いた。
万が一、開けた瞬間に襲われないとも限らないからだ。

「入ってくれ。」
 慧音は殺気を押し殺しながらも最大限の警戒をしながら引き戸の外にいるであろう人物に声をかけた。
「失礼します」
 礼儀正しくお辞儀をする。黒髪と横顔が一瞬だけ見えた。
 そのまま、敷居を左足がまたぎ、右足がそれに続いた。慧音は、その間も、その人物の観察をしていた。控えめ
に見て、巫女だろうと、慧音は思った。ただ、肩から脇にかけて大きく切れ込みの入った服、どう見ても正装のい
や、略装の巫女にすら見えないようなその格好を見て、慧音は少し心の中で首をかしげた。
さらにその両手には大きなザルのようなものを抱えていて、その中には、野菜や味噌などが山盛りになっていた。
 しかし、雨に降られたのか、服からは大粒の水滴が、土間に落ちていた。

「近道をして帰ろうと思いましたら、急に雨が降ってきまして…」
 慧音は、警戒しながらも、その巫女の言うことを聞いていた。
「確かに、結構降っているな…」
 静かな小屋の中に響いてくるのは雨音だけだった。
「ええ、それで、困ったなって思っていると、山の中に明かりが見えたので、せめて、雨宿りでもさせてもらおう
と思いまして。」
 う~ん、と慧音は、心の中で腕組みをして考えた。確かに、ここから人里に行くまでにはそれ相応の時間がかか
り、また、空を飛ぶことができても、夜中に飛ぶことは、妖怪に襲われる危険が格段に増すことだった。すでに、
日も落ちてから久しく、また、雨のため、外は、真っ暗になっていた。

「雨宿りといったけど、この雨はしばらく止まないし、仮に止んだとしても外はもう夜だ。悪いことは言わないか
ら、今日は泊まっていったらどうです?」
「いいのですか?」
「別にかまわないですよ。部屋はありますから」
「ありがとうございます」
 巫女は喜んでいるようだった。慧音は、一瞬だけほっとしたような気分がした。

「どうぞ、上がって」
「では、失礼します」
 巫女は、野菜の入ったザルを脇に置くと、すっと腰掛けて、履物を脱ぎ、それをきれいにそろえて、手をそろえて、
「本日はお泊めいただき、本当にありがとうございます」
 と、深々と頭を下げた。それは、日ごろから何気に行っていないとできないような自然体の礼だった、慧音は、あ
っけに取られたようにそれを見ていたが、やがて、あわてたように、立ち上がった。
「あ…そ、そんなにかしこまらなくてもいいですよ…少し、お湯、沸かしてきます。」
 慧音は、不思議そうな顔で自分を見ている巫女に背を向け、立ち上がろうとしたその瞬間だった。

ぐ~…

 めったに出ることのないおなかの虫がなった。
 とたんに慧音の顔がさっと赤くなる。今日は、雨が降って畑を耕すのをやめてから、この時間まで、書を書くのに
集中しすぎて、晩ご飯はおろか、お昼ご飯すら取ったか怪しいことを今更のように体が主張したのである。すでに晩
御飯がどうとか言う時間は越えていることは慧音も十分に理解していた。

「あ、ええと」
 慧音の首が、ギギギと動き巫女の顔を見る。そこには、笑みがあった。慧音は一瞬馬鹿にされたと思ったが、その
顔には、別に侮蔑するような表情は見つけることができなかった。
「おなか、すいていらっしゃるのですか?」
「いや、これは…」
 今更、弁解の余地もない。
「いいですよ。私もすいていますし。何か作りましょう。」
 巫女はそう言うとザルを持ちすっと立ち上がり、台所に入った。その様子を呆然と見ていた慧音もはっと気がつい
たように台所へと向かう。
「いいです!!わ、私がつくります!!」
「いえいえ、一宿一飯の義ですよ。しばらく待っていてくださいね。」
 
 30分に及んだ論争に勝ったのは巫女だった。慧音はとぼとぼと台所から出ると、長年使っていなかった囲炉裏の
間を片付け始めた。その間にも、料理はできているのか、台所からはここ数年の間かいだことのないにおいが立ち込
め始めていた。

「はい、できましたよ。」
 その料理は、ずいぶんと豪華なものだった。少なくとも慧音は、ここ数年の間ここまでの料理を食べたことはなか
った。
「…おいしい」
 慧音は、素直に感想を漏らす。
「そうですか?よかったです。喜んでもらえて」
 巫女は、その慧音の様子を喜ぶようにみていた。
「いや、一人で暮らしていると、こんな料理に会うことなんてめったにないですから…これもおいしいです!」
 慧音は、次の料理を口に運び、それを一口口に入れた瞬間に再びおいしいと呻った。巫女も料理に箸を伸ばし、味
わうように食べている。

 いつもの慧音ならば気がついたのかもしれない。巫女が、自分をまるで観察しているかのように目を細めいていた
ことに。しかし、そのことに慧音は気がつくことがなかった。

 食事のあと、巫女は、裏の井戸に食器を洗いに出た。すっかり警戒感の解けた慧音は、片づけが済んだ囲炉裏の間
をきれいに拭くと、そこに布団を敷いていった。

 少し時間がたってから巫女が食器を持って帰ってきたどの食器も使い始めるよりもきれいに輝いていた。そのこと
に慧音が感心すると、巫女は修行の成果ですよといい、上品に微笑み、おやすみなさいといった。

 慧音も、その夜は寝るだけだった。

 翌日はまさに快晴というしかをないような天気だった。
「では、お世話になりました。私、近くに住んでいるのでこれからもたびたび参りますわね」
「昨日はありがとう。…またいつでも遊びにきてくれ」
 巫女はお礼にと、ザルの中の野菜などを半分以上慧音に渡していた。一度は断った慧音であったが、結局口では敵
わないのか押し負けて、仕方なく、その野菜を貰い受けていた。
「ええ、近いうちに来ますね、では」
 巫女の両足が宙に浮き、ゆっくりと舞い上がる。慧音は、その後姿が見えなくなるまで手を振っていた。
 やがて、手を振るのを止め、畑のほうへと向き直った。
「さてと、始めるか」
 昨日の少し振りすぎた雨のせいで、畑仕事は山ほど残っていた。

 その言葉を裏切ることなく、巫女はたびたび慧音の元を訪れていた。唐突にやってくる巫女を待つことも、慧音は
楽しみになりつつあった。

「へえ、市に行かれるのですか」
「うん、物々交換したり、あと、和紙とか墨とかはあそこに行かないと手に入らないから」
 一瞬だけ慧音は巫女が困ったような表情を浮かべたのを見た。
「う~ん、近頃、妖怪さんの活動が活発になっているって言いますし、一人では危ないと思いますよ」
「えっ、そうなの…」
 慧音は、初耳だというように、驚いた表情を浮かべた。
「ええ…あ、そうです。」
 そういうと、巫女は、袋の中に手を入れて、何かを探しているようだった。
「どうかしたの?」
「はい、これ」
 中から出てきたのはお守りだった。
「うちの神社の特別製のお守りです。御利益として、野望成就、妖怪撃退の効能があります」
「へえ、そうなの…」
 慧音は、そのお守りをじっと見た。どこからも妖気などを感じることはない。ただの木の板の入ったお守りにしか
見えなかった。
「はい。町なんかに行くときは大事に首からかけておくだけで、妖怪がよってこなくなるという優れものです」
「あはは、そんな便利なものあるわけないよ…まあいいや、もらっておくね。」
「はい、大事にしてくださいね。あと、必ず町に出るときは身に着けていってください。」
 巫女は、うれしそうに微笑みながら、慧音がお守りをつけるのを見ているのだった。



そして、市の日が訪れた。



「さてと、」
 慧音は、もって行く荷物の確認をしていた。残しておいた芋と、いくつかの写本を、別々に紐で括る。
 芋は食べ物と交換していたが写本は、売ってお金と変えていた。和紙などを買うためである。

 慧音の目にお守りが入った。慧音は、困ったような表情を浮かべた後に、お守りをそっと首からかけてみたがよそ
行きの服装にはお世辞にも似合わなかった。
「あいつも待っているだろうし…まさか昼間に妖怪が襲ってくるわけもないし…」
 慧音は、巫女の顔を思い浮かべた。あの決して忘れることのできない微笑をたたえた巫女だった。

それに対して精一杯のよそ行きの服を着ても似合わないような気がした。慧音は、お守りを首からはずすと、机の上
にそっと置いた。
「…よし」
 ぴしゃっと慧音は頬を打つと荷物を両肩に背負った。そのまま、空へと飛び上がると、家のほうへと向き直り、ま
るで、瞑想しているように目を閉じた。
 すると、家の輪郭がぼやけ、それと同時に畑などの輪郭もぼやけていく。
 しばらくして慧音が目を開けると、そこには、更地があるだけになっていた。
「よし、行くとしよう」
 慧音は、自分に言い聞かせるようにそうつぶやくと、両肩に背負っている荷物を持ち直し、そのまま飛び去った。



「さあいらっしゃい!いらっしゃい!安いよ安いよ!!」
 市は、盛況だった。いくつもの店が軒を連ね、自分のところの商品を売り込もうと懸命に声を張り上げていた。
そんななか、慧音は、自分の用事を終わらせようと、いつものように、まず本屋を訪ねていた。
「頼まれていた写本だ。確かめてほしい」
 本屋の主は眠たそうな目をこすり読んでいた本から目を離した。そのまま慧音の顔を見る。
「おお~久しぶりじゃな。元気そうでよかったワイ。」
 慧音は、その言葉に、ほんのわずかに笑みを浮かべる。それを見た本屋は、少し不思議そうな顔をした。
「最後に来たのは三ヶ月前じゃったかの?わしが、同じこと言ってもふんとそっぽを向きおったが…なんか、あった
かの?」
「い、いや別に何もない!」
「ほほほ、元気が一番じゃの。お前さんが写したものなら、いつも言いできじゃから、そう気にすることもないじゃ
ろ。」

 そういうと、店主は机の引き出しを空けてごそごそと何かを取り出した。
「ほれ、今回の礼じゃ。少しはずんでおいたぞい」
 慧音は店主から小さな袋を取ると、中を覗き込んだ。中には、いつもよりもずいぶんと多くのお金が入っていた。
「どうしたんだ、こんなに」
「いやね、近々店たたむことにしたんだ。近頃じゃ、人間に商売してもなかなか本買ってくれる人もいなくてね。」
 店主は、白髪で薄くなった髪の毛をなでた。
「あたしもこんな風だから、いつお迎えが来てもおかしくないからね。ははっ」
「店主」
 慧音は、その店主の名前すら知らなかったことに戸惑っていた。その戸惑いと見抜いたように店主は、慧音の目を
見つめた。
「だからね、あたしのところの子供たちは、あんたに上げるのがいいかなって思ってね。」
「そんな、店主…わたしでは」
「まあ、読んでその書かれた意味を考えてもらえる主の下にあるのが本にとっても幸せだよ。それからね、私は矢次
朗って言う名前があるんだ。今後は名前で呼んでくれないかい?」
 慧音は、その言葉の意味をかみ締めているようだった。
「わかった。矢次郎さん。」
「はは、じゃあ、次はあんたの名前だな。」
「私は…慧音、上白沢 慧音だ。」
 慧音はふと、巫女にすら名前を言っていないことに気がついた。そういえば、最初の雨の夜に意気投合してから今
まで何回も会っているのに、お互いの名前すら知らないということを滑稽に感じていた。
「ほう、いい名前じゃの」
 矢次郎は感心したように微笑み、慧音にお茶を勧めてくれた。慧音は、本屋でお茶をご馳走になった後、残りの仕
事を終わらせるために、本屋をあとにした。

「おお、嬢ちゃん、久しぶりだね。」
 野菜売りのおじさんが、慧音を見つけて声をかけてきた。
「うん、これ、いつものように変えてもらえませんか?」
 おじさんは、一瞬きょとんとした後に、何か大事なものを見るような目で慧音を見つめた。
「嬢ちゃん、なんか雰囲気変わったね!」
 その言葉に一瞬だけ慧音ははっとする。わずか3ヶ月で私は変わったとみんなから言われる。
「いや、なんかさ、前は結構とげとげしいって言うか、そんな感じだったんだよ。それがさ。」
 そうだ、確かに変わったような気がする。あの巫女が来てからずいぶんと。そう思うと、慧音は少し笑みを浮かべ
た。もしかしたら、あの巫女に礼を言わないといけないのかもしれないそう思うようにもなってきていた。
「はい、米と麦な。少し重いから気をつけろよ。」
 米と麦は確かに重かった。慧音はそれに気をつけて持つと、そのおじさんに礼をするようにちょこんと頭を下げた。

「さてと、あいつはどこにいるんだろ…」
 慧音は、荷物を盗られないように隠すと、再び市の中を散策し始めた。それは、今までしたことのないことだった。
 また、慧音も今まで故意に避けていたが、こうやって、人ごみの中を歩くのもいいものだと思い始めていた。

 しかし、慧音は、自分の体の異変に気がついてはいなかった。

「舞が始まるよ!!みんな行こう!!」
 子供たちが慧音の横を通り過ぎていく。慧音は少し熱を持ってきた額に、手をかざしながらゆっくりと歩いていた。
「…なんでだろう、気分が悪い…風邪でも引いたのかな…」
 それでも、慧音は歩くことをやめずに、そのまま、何かに惹かれるように市の中央にある広場へと歩いていった。

「あっ」
 そこには巫女がいた。いつもと変わらないような服装をして、いつもと変わらない様子でしかし、ひとつだけ違う
ことは、その口元が横一文字に結ばれて、いつも浮かべているやさしい笑みが消えていたことだった。
「ああ、そうか、あいつは、巫女だもんな…」
 慧音は納得するにうなずくと、もう一歩近寄ろうとした。
「ぐぅう」
 その瞬間に慧音の体がまるで拒否するかのように、猛烈に反発した。強烈な不快感、吐き気、腹痛が、同時に起こ
り、慧音は、その場から動きだせなくなる。

 チン、チン…

 舞の始まりを知らせるように金属の筒が打ち合わされる。それは、澄んだ音を市の中で響かせていた。
 場が、水を打ったようにしんと静まり返り、そんな中で、巫女の舞が始まる。しかし、慧音は、自分の中から沸い
てくるような不快感にも似た衝動と戦うことで精一杯で、巫女の舞を見ることができなかった。
『はや、はやく、静まれ…はや…』
 その心の中の声に呼応するように慧音の体が少しずつ変わり始めていた。その変化に気がついた慧音は、それをも、
必死に押さえ込もうとする。
 巫女の舞は、佳境を迎えつつあった。そんな中、顔色を青くしながら、必死に耐えている少女の姿は、とても目立
つものだったのだろう。
「どうしたんだい、嬢ちゃん、顔色が悪いようだけど。」
「私に…触らないでくれ」
 慧音はそういったつもりであったが、声にはおそらくなっていなかったのだろう。その夫婦と思しき男女は、心配
そうに慧音の顔をかわるがわる覗き込んでいた。
「震えているじゃないか…寒いのかい?」
 女性のほうが、慧音の肩にてをかけてくる。
「やめろ…触わるな!お願いだ…」
 慧音は身動きが取れないままに哀願の言葉をつぶやき続けていた。しかし、その願いはかなうことはなかった。

 慧音の肩に女性の手が触れるそれが限界だった。
「うああぁぁぁ!!」
 慧音はすぐに女性を突き飛ばす。女性はしりもちをつき、一瞬、きょとんとした表情を浮かべたが、それは、すぐ
に驚愕の表情へと変わる。
 慧音は、当惑しながらも、自分の体の変化をまるで他人事のように見つめていた。満月ならば、仕方がないと受け
入れることもできたであろうが、今は、南天した太陽がこれでもかと日差しを投げかけてくる時間である。
 そんな中でまさか、衆人の目のある中で変身するようなことがあるとは夢にも思わなかった。
 変身自体それほどの時間もかからず、やがて、一人のワーハクタクが衆人の輪の真ん中にまるで放心したように立
っていた。
 慧音は、少しずつ振り返りながら、自分を取り囲んでいる集団の顔を見たみな、恐怖と怒りのようなものをそれぞ
れの顔に浮かべていた。

「…わ、私は…」
 慧音は、一歩足を進める。それにあわせるかのように集団は、3歩下がった。中には泣き出しそうな顔をした子供
の顔も見える。
「ちが…」
 もう一歩は進ませてもらえなかった。石が慧音の右の額に当たり、血が出た。その血は、目にも入りすべての物を
紅く照らし出した。誰が投げたのか、誰が言い出したのかさえ、もうわからなくなっていた。慧音めがけて、石や、
様々なものが罵声とともに投げつけられた。

 防ごうとか、もう、そんなことは考えも浮かばずに、慧音はただ地面に座り込んで泣いていることしかできなかっ
た。

 そんな中であった。不意に投擲も罵声も止み、何かがこちらのほうに歩いてくるような気配があった。
「妖怪というのはこの子か?」
「はい、巫女様、いきなり、うちの家内を突き飛ばしたのです!」
 最初に、声をかけてきた夫婦と、慧音からはその姿や顔を見ることはできなかったがその声からして巫女であろう。
「まったく、大人気ない。こんな小さな妖怪に大の大人がよってたかっていじめる必要もあるまい。」
 巫女の言葉に、何人かの大人が反論する声が聞こえたが、その声も一瞬で途切れ、静寂が、その場を支配した。
「しかし、市の邪魔をしたことは許しがたいことね。」
 その声は確かに巫女が発したものであろう。まるで、裁判官が判決を出すような凛としながらも、反論すら許さな
いようなそんな声だった。
 それは巫女が助けてくれるだろうと思い込んでいた慧音の思惑を完全に打ち砕くものだった。
「そ…そんなことは、」
 振り返りざまに吐こうとした台詞は、全身を覆う痛みにより言うことはできなかった。
 慧音が最後に見たものは、怒ったような顔をした巫女だった。



 夢を見ていた。また独りになる夢。一人でもくもくと歴史書を書き記している夢。しかし、今の慧音にはその夢は
あまりにも残酷な悪夢だった。
「もうやめようよ!」
 慧音は自分の右手に取り付きその行動をとめようとするが、その手にはつかみどころがなかった。何度となくその
行動を止めようとした慧音は、いつしか、足元すらも見えないような書物の海に浮かんでいた。それを、まったく同
じ顔、いや、さげすむような顔をした自分が見下ろしている。
「まったく、いったい何をしているんだ!上白沢 慧音」
「何をしているんだって、」
「わかっていることじゃないか。そんなになることがわかっているから、今まで我慢してきたんだろ?まったく、ら
しくないんじゃないか?」
「…」
 慧音は、その言葉に反論できずにうつむく。それが、気に入らないように、もう一人の慧音が、その前に座る。
「わかっているんだろ。ここまできたら、道は2つしかないんだって。起きたらいやがいおうにも選ばされることに
なる。」
 今更のように慧音もわかってしまった。すべての元凶があの巫女だとしても、あの巫女はたぶんそういうつもりで
今まで会っていたのではないかとどこかで感じていた疑惑も。
「私は…」
 もう一人の手が慧音の額に下りてくる。



「あ、目が覚められました?」
 慧音は、見たことのない天井と、巫女の顔を交互に見た。額には水嚢がおいてあるらしくひんやりとした感じが心
地よかった。

「巫女殿」
 慧音は、半身を起こそうとしたが、それは、巫女に止められる。
「まだ起きられる状態じゃないですよ。もう少し横になっていてください。しばらくすれば、起きられるようになり
ますから」
 体の何箇所かには包帯か何かを巻いているような感じがあった。また、かすかに軟膏のにおいが鼻についた。
「ずいぶんとひどかったですから、目に付いたところは応急処置ですけどしておきましたし、医者の方にも見てもら
ったのですよ。」
「…何から、何まで…」
 慧音の目から出た水滴を巫女は静かに布でふき取った。
「いいのですよ。起きられるようになったら、いいたいこともありますけど、今は忘れて眠ってください。」
 慧音は、うなずくと再び目を閉じた。今度は何の夢も見ることなく、眠りの世界へと堕ちていった。

 次の日には、慧音はずいぶんとよくなっていた。巫女は相変わらずの微笑を浮かべながら慧音に重湯と吸い物の置
いてある膳を持ってきた。

「では、怒りますよ。」
 慧音が重湯とお吸い物を食べ終わった後に、巫女は珍しく怒ったように慧音の目の前に座った。
「はい…」
 慧音は、次に続く言葉を想像し巫女の前で小さくうなだれる。
「まず最初に、まあ、私も悪かったですけど、お守りはちゃんと持ち歩いてくださいっていったはずです。」
「はい」
「まあ次には、事故みたいなものですから、別に気になんかしてません。気をつけてくださいね」
 えっと、言う顔で慧音は巫女を見る。巫女はいつもの微笑を浮かべていた。
「まあ、今回のは私の考えが少し甘かったのが原因ですね。私も反省するところは多いのですよ。上白沢 慧音さん」
「え?何で名前を?」
 巫女は、微笑を浮かべて、いくつかの本を慧音の前に並べた。
「これは…」
「まったく、知り合って3ヶ月もたつのにお互い名前を名乗ることもしなかったわね。矢次郎さんからいくつか貴方
のことを聞かせてもらったわ。」
 それは、慧音が写本をしていた本だった。その本には、作者についで写し慧音と大きく書かれていた。
「矢次郎さんが、貴方のこと高くかっていて…その顔は…知らなかったの?あの人は、あそこの市の顔役みたいなも
のよ。」
 慧音は、唖然としたまま、巫女の言うことを聞くしかなかった。

「いや、巫女殿…」
「ああ、そうね、そろそろ、自分の名前も言わないといけないわね…博麗神社巫女 博麗 霊夢と申します。」
「博麗神社って、あの博麗神社!?」
 巫女は、笑みを浮かべたまま、うなずいた。
「あと、慧音さんのこと、市の中でも話題になっていたのですよ。いつも一人で大荷物を背負って来ていましたから、
心配になった何人かが私に、慧音さんがどんな風に暮らしているのかを見てきてくれとお願いされまして。そのうち
の何人かは、妖怪じゃないかとは思っていたみたいでしたけど。」
 確かに、いわれるとおりだった。この間こそ作りたての服だったが、それ以前は別に服装にこだわることもなくぼ
ろぼろの野良着で市まで出かけていた。今でこそわかるが、相手から不審がられて、どんな暮らしをしているのか心
配されても仕方のないことであろう。
「ということは、最初の晩に来たのは」
「ええ、少し慧音さんがどんなひとなのか見させてもらいました。その結果、妖怪のようだけど人間のようで、人間
のようだけど妖怪のような気がするとは、伝えておきましたけど、まさか、ワーハクタクで変身をするものだとは気
がつきませんでした。」
 くすくすと、悪意なく笑みを浮かべる霊夢を慧音はあっけに盗られたように見ていたが、やがて、慧音の顔にも笑
みが浮かぶ。
 
 そのまま二人は、しばらくの間笑い続けるのだった。

 それから、一週間が過ぎた。慧音は床から立って歩くこともできるようになっていた。霊夢は、少しずつでも体を
動かさないとねといい、慧音にまっとうな赤袴の巫女服を着せた。慧音は意外と似合っていることに驚き、なぜ、ぴ
ったりのサイズのものがあるのかを問いただそうとしていたが、その問いはのらりくらりとかわされた。問いただす
こともできないと悟った慧音は、あきらめて霊夢からいわれた仕事をするのであった。

 そんな日が何日か続いたときだった。
「ふぅぁ~」
 慧音は、いつものように朝早く起きだして濃い霧の中神社の境内の掃除を始めていた。
「ああ、家と書はどうなっているかな…」
 慧音は、小屋とそこに入ったままになっている、書物のことを気にかけていた。こんな場所では、能力を使うこと
もできず、また、使うことは霊夢から禁じられていた。
「まあ、いいや、…」
 そんなときだった。まるで刺すような視線を慧音が感じたのは。
「っう」
 慧音は、霧の中に目を凝らすが、そこには、誰の気配も見つけることはできなかった。やがて、その視線は霧散す
るかのように消えて、霧を切り裂いて太陽が昇りつつあった。その時間になっても、慧音は身動きひとつとることも
できずに、立ち尽くしていた。
「あら?どうしたのです慧音さん」
 その時間になって、霊夢がおきだしてくる。いや、本当は、もっと前の時間からおきていたのであろう。が、この
巫女のことだ、禊や御札を書くのに余念がなかったのであろう。

「いや、…なんでもない」
 いつもならば、「慧音さん、それは嘘でしょ」と、半分くらいは怒りながら詰め寄ってくる霊夢であったが、今日
は、そのような様子もなく、珍しく悲しみに満ちた表情をしていた。
「霊夢殿…」
 幾ほどの時間がたったのかは定かではないが、慧音は、霊夢に声をかけた。
「あ、慧音さん…さっき、書物と家のことを心配されていましたよね」
 やはり聞かれていたらしい。慧音は、今さっきのことを言うべきか迷ってはいたが結局切り出せないまま、うなず
くしかなかった。
「ああ、もう、2週間近く帰っていないからな」
 その言葉を聴いた霊夢は、すっと慧音の手をとった。
「少し、散策しませんか?朝の空気は貴重なのですよ。」
 相変わらず、読めないところがあったが、慧音も掃除をする気もなくなっていたので、霊夢の提案に賛成すること
にした。

「へえ、意外と近くに人里があるものだな。」
 慧音は、すでに朝餉の煙の上がっている人里を見ながら、意外そうにつぶやいた。博麗神社といえば、幻想郷と外
の世界とをつなぐ結界の境界に建っている神社だと聞かされていたが、そこから徒歩で1時間くらいの場所にまばら
に人家が並んでいた。

「私は、人や妖怪が私を頼ってきてくれるのがうれしいけどね」
「私は?」
 慧音は、その言葉に違和感を感じ、それについて聞こうとしたが、ひどく寂しそうなその表情を見て、口を閉ざした。

 やがて、その人里も見えなくなるかどうかというところで、霊夢が高度を落とす。慧音もそれに従い、高度を落とし
ていくと、そこには、昔からあるような大きな屋敷が森の中にひっそりと建っていた。
「これは…」
「どうかしら?昔、このあたりを治めていた領主の館ですけど。ずいぶん前に妖怪に襲撃されて放棄されていたような
のです。それを、私の友人が再建したものです。」
「ははっ、霊夢殿の友人はずいぶんとすごいことができるのだな」
「中を見てみます?」
 霊夢は、引き戸に手をかけると、ゆっくりと引いていった。中は、前に慧音が住んでいた小屋の何倍も大きなものだ
った。
 母屋と倉庫があり、また、中には散策もできるように大きな庭と枯れた池が備えられていた。その脇に庵もあり、領
主というよりは、小さな貴族の屋敷だといったほうがしっくり来るような優雅な雰囲気がそこにはあった。
 慧音は、その屋敷を一巡りする間に、その場所が結構気に入っていた。
 やがて、慧音は、元いた場所へと戻ってきた。霊夢は、まるで時が止まっていたかのように、その場所で別れた時と
同じようにたたずんでいた。
「どうでした?」
 慧音は、ゆっくりとうなずくと、いい場所だねと率直に感想を述べることにした。
「昔、妖怪に攻められたと聞いたから、もっといかつい造りをしているのかと思ったが、風流な領主だったのだな。」
 歴史を見れば、すぐにでも、ここで何があったのかわかりそうだったが、あえて慧音は、見たままの事を答えた。
「そう思われます?良かった、気に入ってもらえて」
「気に入って?」
 慧音は首をかしげた。
「ええ、慧音さん、よければここに住んでみませんか?」
 この言葉には、慧音も絶句させられる。知り合ったばかりの知人にドンと屋敷をプレゼントしようというのだ。
「い、いや、霊夢殿…私は、」
「…慧音さん、あまり贅沢を言ってはいけないですよ。」
 小さな声だったが不思議と霊夢の声は慧音の耳に届いていた。
「贅沢?…私が?」
「そうです。誰にもかかわらず、誰とも話しもせず、この幻想郷の中、一人で生きていこうなんて思うのは、傲慢ではな
く、贅沢なのです。」
 いつの間にか、霊夢の顔からいつもの微笑が消えて、そこには、まるで能面を貼り付けたように無表情な霊夢が立って
いた。もし、目の前の霊夢が本物か偽者かといわれたら、慧音は、偽者であってほしいと思うことだろう。
「そ、そんなわけはない…」
「いえ、一人ではないにしても、限られた関係の中で完成されてしまうような生活をこれからも続けるというのならば、
それだけで貴方は知らずに大きな罪を犯しながら生きているということ、もし、私が、もっと無慈悲だったら、それを許
すことはできなかった。」
「…」
 慧音は黙るしかなかった。霊夢の言わんとしていることに心当たりがあったからである。
「…と、まあ、私は思うのです。慧音さん、寂しいと思えるだけの心があるのならば、人と交わって生きてみませんか?
貴方は妖怪として生きるのには、少々人間が過ぎてますから」
 ふと、声色が変わったような気がして、慧音は、霊夢を見上げた。そこには、いつもの微笑を浮かべた霊夢がいた。

「もし、慧音さんが気に入って、ここに住みたいというのならば、条件があります」
「条件?」
「そうです。私からの条件は、人と生きていくこと。決して人を見捨てないことです」
 慧音は、悩むしかなかった。霊夢のいっていることは確かに正論だろう。だが、自分にその資格があるのかということ
に、慧音は自信がなかった。
「今すぐに答えを出さないとだめか?」
 その言葉が、予想の範疇だったように、霊夢は微笑んだまま、ゆっくりと首を横に振った。
「私がいる間に答えは出してもらえればいいですよ。結構時間も過ぎてしまいましたし、一度神社に帰りましょうか?」
 その言葉に再び違和感を覚えたものの、慧音はそれを口にすることなく、霊夢の後を追って、空へと飛ぶのだった。

 その夜のことだった。
「…」
 慧音は、違和感を感じ、布団から起き上がった。まだまだ、夜が明けるには早すぎる時間だった。
「まったく…なんだというのだ…」
 再び寝付けそうになかった慧音は、比較的安全な境内の中を歩けば寝られるだろうと思い、布団から起き上がった。
「さむっ、もう、すっかり秋だな」
 慧音は、障子を開けると、ぞうりを履き、境内に降り立った。石畳の感触を心地よく足の裏に感じながら、ゆっくりと
本殿のほうへと歩き始めた。

 それは、賽銭箱の近くを通り過ぎようとするときだった。
「っ!」
 慧音を、朝のように刺すような視線が、再び貫いた。今度は、視線の主を見つけることができた。鳥居の中ほどに、少
女が立っている。まるで、計算されていたかのように、真後ろに月を背負い、その表情はおろか、輪郭すらも明らかでは
ないが、それは、霊夢に似ているといわれれば、そうだと答えるところだろう。

 慧音と少女の間で、無言のにらみ合いが続いていたが、ふと、慧音は自分に視線が来ているわけではなく、ほかのもの
を見ているのだと気づかされる。慧音は、視線の先にあるものを考えて、やがて、合点と戦慄のようなものを感じた。
「…霊夢殿に何か用か?」
 その言葉に、人影は驚いたようだったが、慧音には、それがようやくわかったのかといっているようにも見えた。
「まだ、用はないわ…ここで見ているだけよ」
 少女が口を開いた。そこから出てきた声に、慧音は驚く。

 それは、霊夢と同じ声だった。

「お、お前は一体…」
「あらあら、怖がらせちゃだめよ。もうしばらくの間、時間があるのだから、待ってあげることも必要よ」
 その声は、聞こえてはいけないところから聞こえた。慧音のすぐ後ろ、さっきまで誰もいなかったはずの場所に確かに
何かがいる気配が生まれていた。
「そうかしら?私は、正当に手続きを踏んでいるだけよ」
「確かにそうだけど、このワーハクタクを脅かしても、何の得もないことは貴方もわかっているでしょ」
 目の前の少女は、笑ったのだと思う。慧音はそう感じた。
「まあ、そうね、貴方がそこまで言うのならば、今日は帰るとするわ。」
「ということらしいわ…慧音さん」
 慧音の後ろから白い誰のものにも似ていない手がにゅるっと伸びてきて慧音の頬を撫でる。
「うわっ!!」
 慧音は、その手を払いのけながら後ろを振り向くが、そこには誰もいなかった。再び鳥居のほうを見るが、そこにも、
少女の姿はおろか誰かがいた形跡すらも見つけることはできなかった。
 慧音は今の光景が信じられなかったようにその場に立ち尽くしていた。その後、どうやって部屋に帰ったのかすら、憶
えてはいなかった。

 夢見は最悪だった。
 慧音は、背中に汗をたっぷりと掻き、寝巻きをぐっしょりと濡らしてようやく起き上がった。体の芯がしびれたように
重く、傍から見ればまるで風邪を引いているようにも見えないことはなかっただろう。
「いやな、夢だ…」
 慧音は、気だるい体に活を入れると、外の様子を見るために障子を開く。外は、相変わらずの秋晴れといった感じであ
った。そんな中、本殿からはにぎやかな人の声が聞こえてくる。
「…何かあったのか?」
 慧音は、急いで着替えると、本殿のほうへと向かった。

「秋のお祭りなんですがね、また巫女殿にお願いできないものかと…」
 矢次郎が、霊夢のところに来ていた。どうやら、市の中で秋の祭りを行うらしい。
「そうですね…できれば私のほうで神楽を行いたいところなのですけど」
 霊夢の答えは歯切れ悪く、少し困ったような顔をしている。
「そうは、云われても、巫女殿しかお願いする場所はないのです」
 頭を下げる矢次郎を、霊夢は困ったように見つめていた。少なくとも慧音はそのような霊夢の表情を見たことはなかっ
た。
「やってあげればいいのではないか?」
 不意に聞こえてきたその声に、矢次郎と霊夢は少し驚いたように、その声の聞こえたほうを見た。そこには、巫女服に
身を包んでいる慧音が立っていた。
「あら、慧音さん、おはようございます」
 いつもの朝の挨拶をした霊夢に対して、矢次郎は、驚いたような表情を浮かべてはいたが、やがて、合点がいったよう
に目を閉じて深くうなずくような動作を見せた。
「慧音さん、いつぞは、若い衆が、無礼をしましたな…」
「いや、もう、気にはしていない。私もあんなことになるなど思ってもいなかったからな。みなを驚かせたのだ、悪気が
なかったことは、重々承知しているよ。」
 その言葉を聞いた矢次郎は、一瞬、驚いたような表情を浮かべたが、やがて、満面の笑みを浮かべて、近くまで来てい
た慧音の手をとった。
「ありがとうございますな…ありがとう…」
「矢次郎殿…」
 慧音は、その老人の手をまじまじと見つめた。やがて、その手が離れたときだった。今まで沈黙を守っていた霊夢が、
口を開いた。
「ああ、そうだわ!慧音さん、貴方が秋祭りの神楽をやってみないかしら。」
 そう、霊夢はこともなげにそういった。
「おお、いい考えですな。」
 矢次郎もそれはいい考えだと、いうようにうなずいた。
「え、私が、神楽を…?」
「ええ、慧音さんでしたらお任せできると思いまして、どうです?」
 慧音は、その言葉に一瞬戸惑いを覚えたが、断りがたい雰囲気がそこに広がっているのを感じた。
「…わかりました。やらせてもらいましょう。」
 沈黙に負けるように慧音は、半分ため息交じりではあったが、首を縦に振った。
「引き受けていただけますか、おお、ありがたや、ありがたや」
 手を合わせてまるで拝むような動作をしている矢次郎と、
「では、何事もまずは形からといいます。早速練習に入りましょう」
 と、いつもの微笑を浮かべたままでことなげに言ってのける霊夢がいた。

「疲れた…」
 慧音は、まるで自分の体が泥のように重く感じた。いつものお勤めを終えた後に、みっちりと霊夢に神楽の踊り方を仕込
まれていた。
「さてと、寝る…」
 その瞬間に、唐突に慧音の背中に気配が生まれる。それは、今朝ほど感じたあの強烈で表現しがたい妖気の塊だった。
「ごきげんよう」
 妖気が口を開いた。とりあえず、その声に敵意はないように感じ、慧音は内心でほっと一息つく。
「…不意の来客の相手をする暇もないし、ましてや、こっちに伺いもなしに出てくるようなやつには、」
 ころころころ
 鈴をころがすような笑い声が、部屋にこだました。その声が含んでいたなんともいえない気配に慧音は口を閉ざすしかなかった。
「いいわね、あなた。気に入るのもわかるような気がするわ」
「…気に入る?何のことだ?」
 ふふっ、まるで息をすい自然に吐き出したようにそれは笑った。
「まあいいわ、今日は、忠告をしに来てあげたの」
 忠告?慧音は、内心で疑問に思う。それに気がついたのか、それは言葉を続けた。
「貴方が、どうしようと運命は変えることは不可能よ。だから、秋祭りには必ず出なさいね。でないと…」
 白いまるで彫像のような手が、すっと慧音の首へと伸びてくる。
「うわぁぁぁ!!」
 慧音はその手を振り払い、後ろを振り返りぞっとする。そこには、まるで空間を無視するかのように開いたスキマがひらひらと
慧音を誘っているように見えた。
「約束ですよ、上白沢 慧音…必ず、秋祭りには出てくださいね。それが、今の霊夢をにとっての救いなのだから」
 その隙間の中からその声は聞こえてくるようだった。やがて、そのスキマはだんだんと小さくなっていき、消えた。
「今のは、夢か?」
 慧音は、そう思い、ふと何気なく鏡を見て絶句した。首といわず体のあちこちに手でつかんだような後が赤く、赤く残っていた。



 それから1週間の月日が過ぎた。
 あの夜から霊夢に頼み込むようにして、御札や結界の張り方を教えてもらっていた。そんな慧音を、霊夢は、少し怪訝に思って
いるようだったが、いつもと同じように接してくれていた。結局それは、神楽の練習の合間に行われていたが、慧音はそれを熱心
に聴いていた。

 やがて、秋祭りの日がやってきた。
「…はは、霊夢殿でも風邪をひくことがあるのだな。」
「そういじめないでください。結構、辛いのですよ」
 霊夢は、床で上半身を起こすと、慧音の作ってきたおかゆを受け取ると、ゆっくりとすすっていた。
「もしかして、私に神楽を頼んだのは、こういう事態を予想してのことか?」
「さあ、どうでしょうか?この時期、人間は体調を崩しやすいものですよ」
 むうっと、釈然としないものを慧音は感じたが、それは、本殿のほうから聞こえてきた、声にさえぎられる。
「慧音さん!!迎えに来ましたよ。」
「ほら、矢次郎さんも来てくれたみたいですし、今日は貴方の晴れ舞台なんだから、がんばってきてくださいね。」
「ああ、いってくるよ」
「あ、そうそう、今日はお泊りをお願いしますね。私の体調も悪いみたいですし、帰ってきてもご飯がないかもしれません」
「?…わかっているよ。霊夢殿…では、行ってくる」
 慧音は、ゆっくりと立ち上がると、心配そうに霊夢を見ながら、慧音を呼ぶ声のするほうへと歩いていった。

 やがて、慧音の気配が完全に消えていくのを確認するかのように、霊夢はゆっくりと立ち上がり、服にしまいこんでいた呪符を
ゆっくりとはがす。
 すると、さっきまで、けだるそうにしていた霊夢の顔に見る見るうちに生気が戻ってくる。
「ごめんなさいね、慧音…」
 霊夢はそうつぶやくと、一枚だけかかっている掛け軸をはずす。
 そこにあったものは、陰陽玉と一振りの短刀だった。

「うん?」
 慧音は、一瞬空気が変わったように感じ、博麗神社のほうを見る。しかし、特に変わった様子もなく、神社はいつものように静
寂を保っていた。
「どうしました、慧音殿?」
 矢次郎が心配そうに慧音を見つめてくる。その視線に気がついた慧音は、首を横に振ると、物思いをするように、少し考え事を
していた。

 そういえば、あの巫女と出会ってから、まだ、半年くらいしか過ぎていないのに、たくさんのことがあった。
 それらの光景が様々に頭の中によぎってきた。
「ああ、そういえば、慧音殿」
 矢次郎が、慧音の様子を伺うように聞いてくる。
「ああ、すまん、何かな?」
 慧音は、考え事を中断すると、矢次郎のほうへ向き直った。
「ああ、この近くに神楽の道具を置いてあって、それを持ってかないと、できないってことすっかり忘れててな、すこし、神聖な
ものだから、今年の神楽の舞子が持ってくのが筋なものなんだ。すまねえが、すこし、よって行っていいか?」
 慧音は、少し考えたが、矢次郎の言うとおりに、その場所に向かうことにした。
「ここですじゃ」
「ここは」
 そこは、慧音が、霊夢から住んでみてはと聞かれたあの屋敷だった。
「ええ、霊夢様が、ここに、祭具を置いてあるので慧音殿に持っていってほしいとの事ですじゃ」
 なるほど、と、慧音は内心で納得する。確かにあの時は、返答を避けていたので、ここを物置として普段は使っていたとしても
何の問題もないのであろう。
「ささ、こちらへ」
 慧音の案内された先は、蔵だった。
「わかった。祭具というのは、どんなものだ?」
 その問いに、矢次郎は、少し考えたるようなそぶりを見せた。
「すいません、慧音殿…うちらもよくは聞いとらんのです。」
「…わかった。取ってくる」
 そう慧音はいうと、暗い蔵の中に入っていった。
 それは、意外と奥まったところにあった。
「…いったい何の…何の冗談だ?これは…」
 そこには、目立つように、慧音へと当てた手紙のようなものが置いてあった。
「…」
 慧音が手紙を開いた瞬間だった。不意に、蔵の戸が閉まり、蔵の中が止みに包まれる。
「矢次郎殿、これは、いったい、何の冗談なのだ!!」
 驚いた慧音は、蔵の戸に向かい、引いたり押したりする。しかし、その戸は頑として開こうとはしなかった。
「矢次郎殿!!」
「慧音殿、申し訳ない…申し訳ないことですじゃ…」
 外から矢次郎のすすり泣くような声が聞こえてくる。
「霊夢様が、慧音殿には、申し訳ないと、この老人の手を何度も握ってきたのじゃ…それだけで…」
 霊夢が?慧音は驚き、今更のようにその手に持っていた手紙を見つめた。暗くてよくは見えなかったが、そこには確かに霊夢の
字があった。
「神楽は、どうするのだ?今日が秋の祭りだろう!!」
「慧音殿…秋の祭りは、明日の夜なのですじゃ!!あす、みなの前で神楽を踊ってくだされ…それが、今の霊夢様にできる唯一の
救いなのだと霊夢様は言っておったのじゃ…」
 そこから後の矢次郎の言葉は言葉にすらならず、ただ嗚咽が漏れてくるだけだった。
「…霊夢殿、読んでいいのか…」
 慧音は、日の光の差し込んでいる場所に向かい、手紙を開いた。

『拝啓 慧音
 おそらく貴方がこれを読んでいるということは、私があげるといった屋敷の蔵の中に閉じ込められていることでしょう。
 最初に謝らなければいけないことがあります。
 最初の晩に、私は貴方を調伏するつもりであの場所まで出かけていました。もし、あの時に扉が開かなければ、あの家ごと、貴
方を消すつもりでした…。
 しかし、貴方は扉を開き、私を家の中に導きいれてくれました。
 いろいろと、観察しているうちに貴方と私はよく似ているということを考えさせられてしまいました。
 それから何度か会いに着ていたのは、その後の経過を見るためです。
 貴方は、会うたびにどんどんと私に似てきました…あのお守りをあげようと思ったのは、きっと、それが、原因かもしれません。
 あの市での出来事もその後のことも、私にとっても予想外のことでした。
 博麗神社で暮らすようになってから何度か、鋭い視線を感じたことがあると思います。あれは、貴方の気にするようなものでは
なかったのです。
 そう、あの視線は、私に注がれていたのですから。
 思えば、きちんと、話をすることがなかったようにも思えますし、おそらく、これからも、機会は訪れないと思います』
 慧音が、少し、暗くなってきた空を見上げるといつの間にか雨雲が低く垂れ込めていた。
『もし、今後、私を見ることがあっても、それは、私ではないのです。そして、もし、それに話しかけたら、きっと後悔すると思
います。
 いつお話しようかとずっと考えていたのですが、結局機会もなく、こんなに切羽詰ってから、こんな我侭のようなことを言われ
ても、困ると思いますが、

 慧音さん…今日消えてしまう、私の代わりをこれからお願いします…

                                                     博麗 霊夢』

 手紙には、ところどころに涙と思しき後があった。
「…馬鹿な…霊夢が消える…そんなことなどありえない…」
 まるで予想もしていなかった雨が土砂降りに降り始めた。



 博麗神社の長い石段、そこをゆっくりとした歩調で上がる一人の少女がいた。顔を深いローブで隠し、ゆっくりと、しかし、確
かな歩調で歩いていく。もし、その光景を見ているものがいたら、それは、決闘にでも向かっているかのような構図にも見えたで
あろう。
 やがて、少女の目から石段が途切れ、大きな赤い鳥居が目の前に現れる。しかし、少女の目に映っていたのは、番傘を差して、
まるで自分が来るのを待っていたかのようにたたずんでいる博麗 霊夢の姿だけだった。
「早かったわね…」
 霊夢が少女に声をかける。
「早くもなんともないわ。こんなこと」
 少女は、ことなげにいうと、ローブの中に手を入れる。
「もう少し、時間があるものだと思っていたのだけど…」
「残念ね、貴方の時間は終わり。何事にも、始まりと終わりがあるから面白いのよ」
 霊夢は、ふっと笑みを浮かべたが、それは、すぐに消え、凛とした表情を浮かべる。
「貴方はいるのはまだ未来のこと。ここに来るのには早すぎるわ」
「貴方がいるのはすでに過去。さっさとここから立ち退くがいいわ」
 霊夢の霊力に反応して陰陽玉が肩のところまで浮かび上がる。それは、少女も同じだった。
「襲ってあげるわ!未来の巫女!!」
「調伏してあげるわ!過去の巫女!!」
 少女がその言葉と同時にローブを脱ぎ捨てる。そこには、霊夢と同じ顔があった。



「ぬぅう…」
 慧音は、明り取りの窓にしがみつきその窓枠をはずそうと必死になっていた。
「だ、駄目か…」
 一見すると、華奢に見えるそれは、まるで鋼鉄でできているように全く動く気配がなかった。
「これじゃ、…間に合わない…」
「あら、お困りかしら?」
 それは、何回か聞いた声だった。床に寝転んでいる慧音の目の前に大きなスキマが現れた。
「お前は…」
「貴方の望みをかなえてあげようと思って…霊夢のところに行きたいんでしょ。」
 慧音は、不審に思いながらも、ゆっくりとうなずく。
「いい子ね。こっちにいらっしゃい」
 スキマの中から手が出て、慧音においでおいでをする。
「本当に霊夢殿に会えるのだな。」
「ええ、本当よ。早く来ないと、駄目かもしれないけど」
 慧音は、一瞬だけ躊躇したが、意を決してスキマに飛び込んだ。

 土砂降りの雨の中に慧音は放りだされた。
「ここは…博麗神社の石段?」
 慧音は、今いる場所を理解する。その場所からすぐに立ち上がると、石段を駆け上がって行った。紅い大鳥居の方から、激しい
攻防が行われているであろう音が聞こえてくる。
「霊夢!!」
 慧音は、自然に声が出ていた。そのまま、全力で駆け上がっていく、いつもならば、近く感じるその場所は、まるで地球の反対
側にあるように遠かった。

「はぁ、はぁ、…」
 そこには信じられないような光景があった。二人の霊夢がそこにはいた。二人とも衣装自体は全くといっていいほど変わらない
が、明らかに違う点があった。
 一人は玉串を大きくしたようなお払い棒を持ち、立っていた。そしてもう一人は、微細な細工の施された護神刀を持っていて、
石畳に力なく倒れていた。
「霊夢…」
 慧音は、目の前で起こっていることが信じられないといった様子で、両方の霊夢を見比べる。
「貴方、誰?」
 それは立っている少女から発せられた声だった。それからは、何の感情も読み取れない。
「…わたしは…違う…」
 慧音は、直感で、その少女が違うということに気がつく。まるでほうけたように、ゆっくりと、倒れている少女の下へと向かう。
 その間も少女はまるでつまらないものでも見るように何の感情を抱かずに、それを観察しているようだった。
「霊夢殿…」
 慧音は、両腕で、その体を抱き上げる。服に血がしみこみ、汚れていくこともかまわなかった。
「霊夢殿…しっかりしてください…」
 その顔は、白く、まるで死んでいるようだったが、規則正しく胸が上下しているのを見ると、まだ生きてはいるのだろう。
「私も、霊夢なんだけど」
 少女がつまらなそうに呟いた。それは、雨の音を突き抜けて、慧音の耳にも入っていたが、慧音は、その声を聞こうとはしなか
った。
 それは、同じのようで全く違うものだったから、
 それは、違うようで全く同じものだったから…
「もう、いいでしょ」
 それは、その空気の中に不意に混じってきた。
 見ると、あのスキマが、ふわふわと浮いている。
「そうね、すこし、疲れたし、後のこと頼むわ。どうせ、このことは忘れちゃうけど」
 その少女…霊夢は、誰にでも言うわけでなくそう呟くと、神社の中に消えていく。
 後に残ったのは、慧音と少女だけだった。
「さあ、貴方も、」
 そのスキマからの言葉に、慧音は首を横に振る。
「…なぜ、止めなかったのだ?貴方ならば、止めることもできただろうに…こんなことをさせてまで、幻想郷を…」
「ええ、そうよ。幻想郷を守る必要があるからこんなことをするの」
 凛として響き渡ったその声に、慧音はうなだれるしかなかった。
「…時間はないけど、最後くらいはお互い本音で語り合ったほうがいいんじゃない?この子も、それを望んでいると思うわ」
 慧音は、自分の腕に抱かれ、眠っているような霊夢の顔を見た。たとえ、この少女は霊夢ではないといわれても自分は、きっと
…最後まで、霊夢として接するだろう。
「お願いします…」
 スキマが微笑んだような気がした。そして、かすかな浮遊感の後に、慧音はあの屋敷の中に戻ってきていた。
 矢次郎はいなくなっていた。きっと、神楽の準備のために市のほうに行っているのだろう。
「さて、…うん?」
 慧音は、霊夢の首からかかっている紐に手をかける。そして、それをするすると引き出す。
「これは…」
 慧音は、自分の首にかけてあるお守りをはずし、見比べる。それは全く同じお守りだった。
「馬鹿な…それでは、霊夢殿は…」
「今まで黙っていて、ごめんなさい、私は…妖怪よ…」
 不意に自分の横のほうから聞こえてきた声に、慧音は言葉を失う。
「霊夢殿…いったいどういうことです!?霊夢殿が妖怪?そんなばかげたことが…」
「私は、博麗の巫女なんかじゃないのです…博麗の巫女 博麗 霊夢という名前の妖怪なのです…」
「…」
 慧音は、次にかける言葉も思い浮かばずに、霊夢の話すことに耳を傾ける。
「幻想郷は、人間と妖怪のバランスで成り立っています…だから、巫女にはそのバランスを制御することが求められるのです。」
 そこで霊夢は息を深く吸い込む。
「私は、人間に最も近い妖怪として、皆に関わりながら一定の距離を保ってきました。たぶん次の巫女は、妖怪に最も近い人間
として、皆と関わらないことで一定の距離を保つと思います…そうすることが、巫女の役割ですから…」
「…霊夢殿が巫女になったときは、妖怪の力が強かった…だから、みんなに関わることで、人間の方の力を強くしようとしたの
だろう…」
「慧音さん…頭がいいですね…全く、そのとおりです…しかし、その結果、人間が力を持ちすぎました…」
 慧音は、霊夢が云わんとしていることがよくわかった。
「…だから、代替わりか…幻想郷に神はいるんだな」
 霊夢は、その言葉に驚いたようだったが、ゆっくりとうなずいた。
その間にも、ずいぶんと衰弱しているようだった。
「消えているのか?」
 その言葉に、霊夢はゆっくりとうなずく。
「明日には、幻想郷には新しい巫女ができるから、それに、私は、もう、巫女じゃないから…」
 慧音は、その言葉の意味を飲み込む。それは、自分が無力だといっているのに等しかった。現に何度も能力を使い、歴史を変
えようとしているのに、全く変わることなく、残酷な現実が、目の前で展開されていく。それが、慧音には辛く認めたくないこ
とだった。
「慧音さん、いいですよ、もうやめてください…」
 それは、拒絶ではなく、諦めだったのだろう。運命を受け入れて自分は消えるということを、慧音に伝えていたのだろう。し
かし、慧音は、あきらめることをしなかった。
「できるはずなんだ…こんなこと、認めない…私は、絶対に認めない!!」
 慧音は、ワーハクタク化しながらもそれを必死に繰り返している。
「霊夢が消えることなんて私が認めない!!博麗の神が認めても、私は!!」
「慧音…ありがとう…でも、幻想郷はとても残酷だから…」
 布団から出した手にはすでに手の甲はなく、消滅は肘に達しようとしていた。
「受け入れて、ね、慧音…」
 その手が、慧音の頭に触れる。そこには何もないはずなのに、手のひらの感触があった。
「霊夢…」
 慧音は、涙でくしゃくしゃになった顔で霊夢を見た。そこにはいつもの穏やかな微笑があった。
「霊夢…」
 慧音は霊夢の手をとり、しばらく泣きに泣くのだった。

「もう、大丈夫だ…本当は、霊夢が泣きたかっただろうに…」
 しばらく、泣いた後、慧音は涙で真っ赤になった目をこすった。霊夢の消滅はすでに肩を過ぎている。また、足のほうに目を
移せば、腰まで達しようとしていた。
「慧音、最後にお願い聞いてもらえるかな?」
 最後という言葉が、悲しく響くが、慧音は、はっきりとうなずいた。
「ああ、聞くよ…なんでも言ってくれ」
 少しの沈黙の後、霊夢は微笑みながら、慧音にやさしく言った。

「空が飛びたいの」

 慧音は、霊夢を抱きかかえると、いつの間にか雨が止みすでにくらげのような月が昇っている空へと飛び出した。徐々に高度
を上げていく。
「きれいね…まるで、天の川みたい…」
 慧音が、霊夢の見ているほうに目を向けるとそこには、たいまつをもって山へと向かっていく人の列があった。おそらく、秋
の祭のために、山で禊をするのだろう。
「うん、きれいだね…」
「慧音…」
「うん、なに?」

「ずっと、人間を好きでいてね…約束だよ」
 それは、不意にかけられた言葉だった。しかし、慧音は、首を縦に振る。
「ああ、約束する。私は、これからも人間が好きだし、見守っていくって…」
 ふぅっと安堵したような声が霊夢からもれる。
慧音は、その顔を見た。すでに、ほとんど消滅してしまい、残っているのは、ほんのわずかな部分だけだった。

 消えていく霊夢が、ふと気がついたように空に目を移す。
「あ、流れ星…」
 その言葉に、慧音が反応し、空を見上げた瞬間だった。不意に、慧音の手の中から霊夢の重さが消えてなくなる。
「…ぅぁ」
 慧音は、それに気づき、必死に消えずに残っていた服に手を伸ばすが、その服もまるで主に付き従うかのように消え始める。
それは、まるで、氷を日向に置いたようにはっきりと消えていく。
「だめだ!!消えるな!!このままじゃ、何も残らない!!私は、…霊夢が存在していたっていう証がほしいんだ!!」
 その声もむなしく、その服はあっという間に、慧音の前から姿を消した。
「…霊夢…」
 ふっと紅いものが慧音の目の前をよぎる。慧音は、それを掬い取った。
 それは紅い、リボンだった。ところどころにその紅よりもなお紅い色で刺繍が施されている。
「これを…私がもっていていいのか?…本当にいいのか?」
 そのときに、確かに慧音は霊夢の声を聞いた。

「ほんとうに、ありがとう、けいね」



「うん…」
 慧音は、天井を見上げた。そこには、見慣れない天井が広がっていた。
「ここは…」
 ふと、あたりを見回すと、蔵の中のようだった。
「まさか、眠ってしまっていたのか…ということは…今までのは…」
 そんなときにふと、手に何かを持っているような感触があった。右の手をゆっくりと慧音は開いていく。そこには、あの紅い
リボンがしっかりと握られていた。
「ははっ…夢では、なかったのか…夢ならば…どれだけよかったことか…う、うぅ…」
 蔵の中で慧音は、一人泣いた。忘れていた涙が零れ落ちていた。
 
 結局矢次郎が蔵から慧音を出したのは、昼を回ってからのことだった。
「もう、閉じ込められるのは、ごめんだからな」
「そう言わないでくださいよ…そういえば、慧音さん少しいいですか?」
 慧音は、時間にも余裕があったので、その言葉にうなづいた。矢次郎は屋敷の木戸を引くと、慧音を屋敷の中に入れた。
「これは…」
 慧音は、そこに積み上げられている書に驚きを隠せなかった。そこには、あの山の中の小屋で書き上げた書が積まれていた。
「今朝、掃除をしようと思ってきてみると、こんな風で、なんか、狐にでも化かされたみたいですな…」
「全くだ、おせっかいな狐もいるようだな…矢次郎殿、行こうか。」
 矢次郎は不思議そうな顔をしていたが、慧音がそれ以上何も言わなかったので、仕方なくついていくことにした。

 市は相変わらず盛況だった。秋の祭りの前ということもあり、近隣の村からも多くの人間が集まっているようだった。
 幻想郷にはこんなに人間がいたのかと再度思わせるような、市だった。
「お、慧音さん。」
 八百屋の主が、慧音の姿を見つけて手を振る。慧音は一瞬驚いたようだったが、手を振り返す。
「いやね、みんなと、いろいろといっているうちに、慧音さんにはうちらの町に住んでもらおうじゃないかって話になってね、
霊夢様が押すもんだから、若い衆もなかなか、いやとは言えないようだったね」
 慧音は、そのことをうれしく思った。きっと、すぐにみんなの記憶からあの霊夢は消えてしまうだろうが、それでも、今は
残っている霊夢の足跡に感謝をするのだった。
 
市の中を見回っている間にずいぶんと時間が過ぎてしまったようだった。慧音は、神楽の準備のために、舞台の控えに入る。
慧音は、その中で始めて化粧をし、初めて、晴れ着を着せられた。意外とそれは似合っていたようで、鏡を見た慧音は、それ
が自分だと気づくのに時間がかかったくらいだった。

やがて、笛と太鼓の音にあわせて神楽が始まった。慧音は、霊夢より習ったとおりに、その舞を踊ってみせる。やがて、その
舞が終わりに近づいた頃だった。
 慧音は、客席の中に不思議と、横に誰も座らずにいる見知らぬ女性の姿を見つけた。紫色の導師服のようないでたちである
が、導師の出すような雰囲気ではなかった。
 あえて、言えば、その雰囲気は強大な妖怪のようだった。
『神楽を舞って、妖怪がよってくるのか、世話がないな…』
 慧音は心の中で苦笑いを浮かべた。最後の動作の瞬間、慧音ははっきりと見た。その女性の横にあの霊夢が座っているのを。
 思わず、声を出してしまいそうになるのを必死にこらえる。最後の動作を終えて、再び客席を見るとその女性と霊夢の姿は
消えてなくなっていた。
「…そうか、これが、救いか…霊夢、私は貴方を救えるのか?」
 慧音の言葉は、満場の拍手に消えた。慧音は笑顔で舞台を後にするのだった。
 ひとつの決意を胸に秘めて

 それから、3ヶ月もたたないうちに、幻想郷の中にあるうわさが広がるのであった。人間を守っている妖怪がいる、その名前は…


 上白沢 慧音





ざっと7ヶ月ぶりに投稿します。

文花帖を最初に読んだときに思った一言

「何で、慧音って前の巫女のことをこんなに何回も言うんだろ…」
 と思ったので書きました。

 後悔はしてないですが…いろいろと…

誤字や脱字あったら教えてください。では

 
おくなお
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コメント



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よかった・・・・ただ一言