Coolier - 新生・東方創想話

C&A:この雪はどこをえらぼうにも【1】

2006/09/25 06:46:18
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※注意書き

この話は、自作【Childhood's end】と【Anywhere but here】でそこはかとなく、あるいは断片的に書かれていた過去や背景、あるいは裏側を補充する為の物語です。しかし、読まなくても大して困りません。やもすれば読まない方がいいこともあります。というのも、前作二作を本編と評するなら、この話はその話の過去とほんの少し未来の話とで出来ている、いわば番外編です。補充目的ですから、本編のように話を練ったりはしていませんし、楽しませようという気概も一切ありません。しかも過去パートは救いのない話なのです。
いえ、ある意味【Childhood's end】と【Anywhere but here】がその救いの形と言えるのかもしれません。故に皆さんは過去パートでは幸せになれないことがご理解いただけると思います。また、過去パートはオリキャラが重要でありますから、ある意味東方話ではありません。あくまでこれは前二作の補充の為の話なのです。
それでもかまわないという方は、どうぞそのままスクロールを続けてください。そうでない方はブラウザバックをなさって、別の素晴らしい話へとお時間をお使いください。謎は全て解かれるべきだとは、私も思いません。想像の余地のある方が、物語に深みを与えることもあるでしょう。
ただもう少しだけ言葉を許されるなら、私にも一介の東方好きとして意地があります。そうしてそれを形にしようと本編を書き、この番外を書きました。もしも前作二作を本当に気に入っていただいて、その世界観をよしとしてくださったならば、是非ご一読していただきたく存じます。




なにしろ秋は夜長ですから。それでは、一番古い話から。





【この雪はどこをえらぼうにも:Prologue】


[あるいは『  』の前口上]


すでに生まれてしまったあなたを、どうこうする資格なんて、本当は私にはない。
それでもせめて、あなたの始まりになった一人だから。
出来ることを全て、やり尽くしてしまおうと思う。

だから、おやすみ。

こんな思いは、今日という日に置き去りにしてしまって。
次に目が覚めたら、ちゃんと笑えるように。
一生分の涙を、ここで使い切ってしまおう。

だから、おやすみ。

あなたがいつも、そう歌ってくれたように。
今度は私が、あなたにさよならを言うから。
また明日って言えないことだけが、どうしようもなく哀しいけれど。

だから、おやすみ。

優しい闇に包まれて、二度とその目が光を取り戻さなかったとしても。
あなたがここにいることを、私たちがここにいたことを、どうかどうか忘れないでと。
それだけを最後に、願わせて欲しい。

さようなら、優しいだけの、でも声の綺麗な龍よ。

どうか忘れないで、でも思い出さないで。

深い深い、二度と覚めることのない夢へ。


おやすみ、おやすみ、おやすみなさい。





【彼女の始まり】

[最古の記憶]

西洋風の館の一室にそんな部屋があったのは、そこがたった一人の為の客室だったからだ。

客室を使う唯一の人間だった彼女の名前を覚えてる者は、今となってはもう何処にもない。それどころか当時でも彼女は存在は知られてはいたが、名前を知っているのはその家族と一握りの友人だけだった。魔術師たる者は、名前をむやみに知られるものではないというのが彼女の主張だったからだ。
だから彼女はいつも通り名だけが一人歩きするような存在で、書物に残っているのも本名ではない。それ故そうとうの手練れであったにも関わらず、彼女はいつも歴史の表に出ることはなかった。ただ世界中におもしろおかしい伝説と、その伝説を築いた魔術師が複数生まれただけで、誰もそれが同一人物であるとは考えなかったのだ。

ただ、家族を持つこともなかった孤高の魔術師が、最後にその生涯を終えたのは、地図にない世界の片隅だったと、彼女を知る人々は言ったものだった。


だからはじまりは、後に【紅魔館】と名を変える館が、まだ幻想になる前の話だ。


彼女が本名を広まるのを嫌っていることは有名だったから、その友人は決して彼女を名前で呼びはしなかった。それどころか魔術師であることも隠したがった彼女だから、仕方なく周りは彼女を『そらがき』と呼んだ。理由は簡単で、彼女の趣味が絵を描くことで、中でも空を描くことを取り分け好んでいたから。
実際腕もそう悪くなかったから、初めてあったときは彼女のことを絵描きかなにかだと、館の主は思ったくらいだった。

とにもかくも館の主はその魔術師と友達になり、東洋の生まれである彼女のために、自分の館の一室を彼女に合わせて東洋風にしたのだった。 それを大変喜んだ彼女は、その友人つまり館主の為に、館がいつまでもあり続けるようにとの願いを込めて絵を描いた。

紅き龍の絵だった。

「どうしてあか色にしたんだ?貴女のとこでは、龍は緑なんだろう?」
館の主はそう聞いた。『そらがき』は自慢げに答えた。
「それは間違った認識だね。白や黒や黄色や青やといろいろいるのさ」
「そうなのか?」
「ただ、黒い龍はちょっと縁起が悪いって言われてるかな」
「それで、どうしてあかを選んだんだ?」
「それはね、私の血が赤色だからだよ」
さらりと、不穏な単語を出す。
「この龍は、私たちの友好を象徴していてね。だから私はこの龍に、姿を東洋のものを、心には西洋の要素を与えたの。西洋の竜つまるところドラゴンだけど、彼らは財宝を護るじゃない?だからこの館の守りとなるように、そうして呪術的な効果も込めて、顔料に私の血を混ぜたってわけ」
どう?魔術師らしいでしょう、と『そらがき』は言う。魔術については無知の館主はなるほどと感心した。

しかしこの龍のもっとも興味深い点は、実のところ部屋の構造にあった。魔術師たるものは闇に生きるものだという彼女の意見を聞き入れ、その部屋は地下に在ったのだが、どういう具合か、それが面白い現象を引き起こすことになってしまったのだ。というのも、部屋の中央に立ち拍子を打つと、天井から不思議な音が返ってくるのだ。そこには龍の絵があるから、まるで龍が返事をしたような錯覚が起きる。
「鳴き龍と呼ぶのよ、私の故郷(くに)では」
『そらがき』は言った。いち早く気づいた彼女は、それ故絵柄に龍を選んだのだった。
「うん。こうなってくると、何だか貴女がいないときでも、この部屋はさみしくないだろうな。まるでこの龍の方が部屋の主みたいだ。『そらがき』、あんまり来ないと部屋を乗っ取られるかもしれないぞ」
冗談交じりの館主の言葉に、『そらがき』は心外そうな顔をした。
「酷いなぁ、そんな性悪に描いてないよ。この子は素直だからね。間違いないよ。生みの親の私が言うんだから」
「そうだね。なにしろ必ず返事をしてくれるからね。わかった。貴女の変わりに大事にさせてもらうよ」
「そうしてあげて」

言葉通り、館でもその部屋の手入れは怠られることはなかった。館主の一人娘だった子どもは、この龍がいたく気に入り、『そらがき』が館を訪れない時は、よくその部屋で時間を過ごしていた。館には大人ばかりで、少女の遊び相手はいなかったから。だから手を叩けば必ず応えてくれる龍が、少女には好ましい存在に思えた。こっそり名前までつけた。少女はその名前を、忘れた頃にふらりとやってくる魔術師にだけに、こっそりと教えた。少女はこの魔術師も好きだったのだ。
「ほら、この音。まるで不思議な鈴みたいに聞こえます。だから、それに合った名前をと思いまして」
「ふうん。でもいいの?私の故郷の言葉だよ?」
「だって、この子はどちらかと言えば、東よりな気がするじゃないですか。それに、先生の血が混ざってるんですよね?」
「その先生って止めて欲しいなぁ」
『そらがき』は照れくさそうに視線を逃した。少女はこの魔術師から、簡単な魔法を教わっていたのだ。ただ、どういうわけか父親、つまり館主はそのことにいい顔をしなかったので、それは秘密だった。
「わたし、将来は先生みたくなりますね」
「それは駄目だよ。キミはこの館の跡取りなんだから」
無邪気に言った少女に、『そらがき』は少し困ったように笑った。



懐かしい記憶だと、彼女は思った。








【優しい歌】


泣かないでください。そう、私が言ったところで、あなたは聞き入れなどしないでしょう。
ただの創り物に過ぎない私ごときが声を嗄らそうと。いいえ。私には声すらないのですから。
だから綺麗な声を。そうすれば、あの人はこの声を聞き入れてくれるのではないだろうか。

あなたの哀しみを癒す声が欲しい。

だからずっと、やさしいやさしい歌に、私は憧れていたのです。







【初雪】

[幻想郷:冬]


寒いと思っていたら、案の定、雪が降ってきた。
「うわぁ。初雪だぁ」
美鈴はちらちらと降るそれに、息を吐いてみる。空へと押し戻すように、あるいは溶けてしまえというように。
「なにしてるの?」
「いえ。どっちの方が白いかなって…あれ?咲夜さん?」
「なによ」
「休憩にはまだまだ時間がありますよ?」
「知っているわよ。だからほら、外套持ってきてあげたんでしょう」
そう言って、手にしていたそれを広げる。
「うわぁ、わざわざすいません。てっきりカーサが持ってきてくれ、って何でいきなり投げるんですか」
「別にいいでしょ、割れ物じゃないんだから。買い出しのついでだから代わったの」
「ああ、なるほど」
よく見れば、咲夜の格好は完全防備だった。
「この時期、飛ぶとますます寒いんですよね」
「本当よ。でも物が物だけに私が行かなくちゃいけないのよ」
「へぇ、何を買うんです?」
外套を羽織り、ぬくぬく気分を顔一杯で表現しながら美鈴は訊いた。
「ナイフよ」
「…切れ味は?」
「最高に決まっているでしょ」
「あ~そうですよね。そうに決まってますよね」
それ、投げないでくださいね、と美鈴。
あなたがちゃんと仕事してればね、と咲夜。
「まぁそれはともかく」
「はい、行ってらっしゃい」
手袋に包んだ手を、美鈴は暫しさよならと振った。にこにこと笑っているのは、それが彼女の自然体なだけで、決して咲夜がいなくなるのが嬉しいからではない。

「美鈴」
「はい」
「なんかあったの?」

「え?」

その「え?」は、以外な言葉だったからなのか、言い当てられたことを驚いているのか。
「元気なさそうに…見えないけど」
「見えないんですか」
「見えないけど、そんな気がしたの」
ん~と指で頬を掻いて、笑ったまま美鈴はちょっと困った顔をした。
「実は、お腹が減」
「行ってきます」
そんなことだろうと思ったわと、咲夜は雪の舞い散る空へと飛び立って、後はもう振り返らなかった。
「った、とかじゃないんですよ、咲夜さん」
けれど、すでに彼女の影は遠い。
「あ~あ、行っちゃった」
「いや、今のは言う気なかったでしょ?」
三人目の声に、美鈴はやわらかく全身で振り返る。本当は、雪が降り始めたときから気づいていた。
「こんにちわ、アリスさん」
「今日も邪魔するわ」
七色の人形遣い、アリス・マーガトロイドがいた。

「邪魔だなんて。きっとパチュリー様はお喜びになりますよ」
「そうかしら?」
「そうですよ。その手のは今日はなんです?」
「砂糖漬けにしていた林檎でつくった一口パイ。一ついる?」
「命が惜しいんで止めときます。あ、別に味の話じゃなくてですね」
「え?今日は魔理沙は来てないはずだけど?」
「中の敵ほど怖いものはありませんから」
例の秋の一件から、アリスは正式な客へと昇格した。
「一つくらいなんでもないわ。門番全員の分はないから、さっさと食べてね」
「じゃあ遠慮無く頂きます」
「うん」

なんとなく、アリスはそのまま幸福そうに食べる美鈴を見ていた。
「えーと。見られているとちょっと」
「あ、ごめんなさい。実は人に食べさせるのは初めてだったから」
「大丈夫ですよ、美味しいです」
「なら良かった」
安心したように、アリスは笑った。なんだか嬉しくなる。それは多分、美味しい物を食べたからじゃなくて、美味しい物を食べて欲しいという彼女の気持ちが嬉しかったんだと思う。

「…初雪、ですねぇ」
「ええ。先週には葉も全部落ちきってたし、そろそろ来るかなとは思ってたけど。あんまり激しいと、ちょっと帰りに困りそうね」
確かに、今日のアリスの格好は、防水性は期待できなかった。
「いっそのこと泊まっていってはいかがです?」
「それはさすがに」
「パチュリー様、きっと喜びます」
「どう、かしらね」
パチュリーがアリスを歓迎していることは傍から見て明らかだし、機会がある度にそう言ってはいるのだが、アリスはどうもその辺を計りかねているらしかった。あるいは、計りかねているふりをしているだけかもしれないけれど。
「こんな寒い中、来てくれた友人を追い返すはずがありません」
本人が見るからに寒がりだし。想像しただけで風邪引きそうだとか言っていたのを美鈴は思いだす。
「来てくれたって、そもそも私が彼女の蔵書を台無しにしてしまったのがいけないんだけどね」
「ああそれ、何でなのか前から疑問に思ってたんですよ」
何でもない問いに、けれどアリスは意味ありげに笑った。
「秘密よ」
「それは、魔法使いの秘密ですか?」
「そうよ」
「じゃあ仕方ないですね」
まぁ、それが世の理というものだ。それで、この会話は終わりになった。

じゃあねと、アリスは館の中に去る。咲夜とは反対の方角。門より外と中。美鈴は、その中間であり、中でも外でもない門の前。いやまぁ、館の敷地だけど外、というのが正しい言い方なんだけれど。

「雪」

咲夜さんに外套を貰って、アリスさんからお菓子を貰って。
温かくて甘い、それは多分幸福な感覚。
どちらとも笑顔でさよならして、それはほんのちょっとのさよならで。
なのに、どうしてだろう。

「雪」


こんなに幸せなのに、どうしてだろう。




なんだか、無性に泣きたい。









【友達】


少女には友達がいなかったから、その龍が初めての友達と言えたかもしれない。
なにしろただの絵ではなかったのだ。誰も気づいていないみたいだけれど、少女にはわかっていた。けれどそれを言葉にしてしまうと、あまりに軽く空っぽに思えたから、少女はそれを心の中にしまっておいた。
だって言えるはずがなかった。目のないあの龍が、私たちを見ているだなんて。

「ずっと思っていたんですけれど、先生はどうしてあの子に、目を描いてやらなかったのですか」
そこは龍の部屋ではなく、少女の部屋だった。寒い夜だったのでこっちの方がいいと少女が主張したからだ。
「龍の目は、むやみに入れちゃいけないことになっているんだよ」
「どうして?」
「あれは力のある生き物だからね」
魔術師は、ただそれだけ言った。
「でも、それでは何だか可哀相」
少女は不満だった。一度たりとも少女の呼びかけに応えなかったことのないあの龍が、本当に生きているようにすら思えていたのだ。真剣に訴えてくる少女に、けれど魔術師は念を押した。

絶対に、目を入れるような真似はしないこと、と。







【声なき】

どうしてそんなにも、あの人は泣くのだろうか。私にはわからない。
ただ一つ確かなことは、この身では何も出来ないと言うことで。
私が生み出せるものといったら音だけで、それすらあの人の反響でしかない。
だからせめて、返すこの声だけはせめて、彼女の心を慰めるものでありますようにと。
私は、ただそれだけを願っていた。








【アップル&ティー】

美鈴と話した分だけ冷えた身体を、アリスは紅茶で温める。これを用意してくれた小悪魔はというと、すでにその姿は見えなかった。そうして、お茶に誘っておきながら本から目を離さない彼女は、本当に何を考えているのだろう。

普通に考えたら読んでいる本の内容だろうけれど。

ページの進みがやたら遅いことを指摘するべきか否か、アリスは実のところ悩んでいた。たっぷり紅茶一杯分迷って、結局それがそのことに気づくくらい自分が彼女を見ていたことを白状する行為だと気づき、止めることにした。
それは彼女なりのアピールなんだろうけれど、それに積極的に乗るほど、アリスもまた素直ではなかったから。

だからアリスは別のことに意識を向ける。どうせポットが空になれば作業に取りかからなければならない。ならせめて、それまでの間だけでも、別のことを考えていよう。例えば、先ほどの門番についてとか。

だいぶ、戻っているんだろうな。

忘れ去られることがないかわりに、思い出されることもないはずの記憶が。それが『  』とアリスの選択だったから。封じたはずのそれが、綻びと共に蘇り彼女の存在を蝕んでいたことに気づいたから、『   』は一度きりの切り札を、アリスに託し、切らせた。
同化し、共鳴していた頃のあの感覚は、今でも傷のようにアリスに中に残っている。もうあの声は決して聞くことはないというのに。まるで失った手足を、まだあると錯覚する脳のように。時折、囁くもう一つの声を無性に聞きたくなるときがあるのだ。迷いそうになると、そうっと耳を傾けるように何かを待ってしまう。
痛みを伴うあの日々を、けれど懐かしむことも出来る今が愛おしい。ああそうだった。アリスを再びその日常に引き戻してくれたのは、他ならぬ目の前の彼女だ。夢に無理矢理入り込むなんて芸当をやってのけたのも驚きだが、わざわざそんな行動を起こしたことの方がアリスを驚かせた。いったい何故彼女はそんなことをしたのだろう。魂を傷つけかねない術なのだ、あれは。下手に誰かが行動しないように、先回りをして役を与えて行動制限をしたし、自分自身でも周囲に美鈴と「あれ」が関係があると思わせないように、細心の注意を払って行動してきたはずなのに。なぜ彼女はわざわざ――――――――

って、結局考えちゃってるじゃない。

はぁと、アリスは心の中で溜め息をつく。どうしてだか、未だにあの時の彼女の行動がわからなかった。一番ありえそうなのは、魔理沙に頼まれて動いたという線だ。でもあの魔理沙が、そう簡単に誰かを頼ったりなんてするだろうかとも疑問に思う。
果たしてお礼を言うべきなのだろうか。もちろん道理にそって考えれば言うべきだろう。ただ、どうしても気になっていることが、それを邪魔している。

夢の中で。

明確な記憶としては、あの世界のことはアリスの中には無い。ただ、うっすらと覚えているのはやわらかな日差しと、おそらく彼女のものと思われる声。

ずっと誰かに言われたかった言葉を、その声はくれた気がするのに。

それがなんだか思い出せないうちは、何故かあのことを話題にすべきではないような気がしている。そう、何故だか。あの世界はアリスの心そのままであり、『   』の望みの形。あの世界で起こったことは、たとえ記憶になくても、いや、この言い方は正しくない。記憶に無いのではなく、思い出せないだけだ。もともと長い時間を過ごす為に創ったから、その間の記憶全てが「起きた」時にあっては精神への負担が大きい。閉じられた世界にあった魂は歪なものになる。だからあれは夢として、覚醒時に曖昧に処理され、意識の底に、あるいは遠くへ追いやられる仕組みになっていた。

まさか発動して二十時間で終了なんて、ね。

もはや自身でも止まれなかったとは言え、いろいろと覚悟したあれはなんだったのか。それを思う度に複雑な気分になる。勢い余って魔理沙に言ったこととか、むこう百年は思い出す度に顔が熱くなりそうだった。というか、今まさに――――――――
そこに。

「ねぇ」

唐突に、話しかけられた。

「な、なに?」
「……そんなに警戒しなくてもいいのに。まぁいいわ。ちょっと提案があるのだけれど」
「提案?」
本をぱたんと閉じて、パリュリーは椅子から立った。なんだろう、凄く嫌な予感がする。

「今日は本の復元はいいわ。代わりに、そのパイの作り方、教えて」


「…………へ?」


これは、さすがに予想しなかった。









【魔女狩り】

きな臭い流れが、世界中でしていた。その片鱗はずいぶん前からあったが、ここ最近に来て爆発的に広まったのだ。それは、この館にまで飛び火していた。
「もう入れないって、どういうことなの?お父様」
少女は父親に詰め寄った。なぜ『そらがき』を門前払いにしたのかと。
「仕方がなかったのだ、悪い噂が立つからね」
「でもっ」
「口答えするんじゃない」
会話は、それで終わりだった。あまりにあっさりと、その日を境に、魔術師が館を訪れることはなくなった。

それでも。
やはり良心の呵責というものがあるのだろう。『そらがき』の為の部屋、龍の地下部屋は、そのままにされた。そこに娘が入り浸りになることには、あまりいい顔をしなかったけれど。

「魔法、もう教われなくなっちゃった…」
別に、本気で魔術師になれるとは思っていなかった。ただ遊び相手が欲しくて、それに初めてこの館に『そらがき』が来たときに見せてくれたあの奇跡を、感動を。
出来れば、やはり孤独な誰かに、いつか見せてあげたいと、そんなささやかな願いがあった。
『そらがき』の部屋のベットに身を横たえ、龍の絵を見る。
「そうか、あなたはもう、生みの親に会えなくなっちゃったんだね…」
人の都合に左右されるこの友が、ひたすらに哀れだった。
「ねぇ、こんなことになっちゃったけど、あなたはまだ、私たちを護ってくれるの?」


自信は無い。それでも、少女の耳には、それがはっきりと聞こえたのだ。

手を打ちもしないのに、あの鈴のような龍の声が。はっきりと。








【遠い音】


あなたの言葉は聞こえるけれど、私には目がない。それを嘆いたところで、伝える言葉も持たない。許されるのは返事をすることだけだから。私は、本当に何もない。

ああそうだ、あなたは私に、名前をくれたのでしたね。

なのにごめんなさい。何も返せなくてごめんなさい。たった一つの音を返すことしか許されない我が身が怨めしい。こんな私が、いったい何からあなたを護れるというのだろう。








【美味しい家庭のお菓子 百選(中級編)】


経験がないのに一口パイは無謀だ。
そう言えたらいいのだが、空気がそれを許してくれない。というか、あの世界で自分は彼女によほど大きな借りを作ってしまったらしい。うっすらそうではないかと思っていたが、今確実に判明した。自分にはパチュリー・ノーレッジに関して、何らかの「刷り込み」がかかっている。どんな会話をしたのかは覚えていない。けれど、こればかりは覚えていないでは済まない。あの世界で活動していた自分は、もっとも無邪気なアリス・マーガトロイドなのだから。
魂とは可能性だ。自我はその方向性を決めるのと同時に、魂に制約をかけていく。善悪の価値観もその一つと言えるだろう。故に閻魔に裁かれ、その生涯に犯した罪を贖い、その善行を持って転生するとは、零になるということだ。魂は可能性。方向性を持たないそれに還ること。それが生まれ変わると言うことだ。そうしてまた、自我に従い生きていく。あの世界のアリスは、その零に最も近い。つまり、ぎりぎりまでアリス・マーガトロイド特有の自我を抑えたアリス・マーガトロイド。それに干渉されたのだ、影響が出ないはずがない。
さんざん遠回しの表現をしたが、ようはアリスとパチュリーの間に、どうも契約が成されているらしいのだった。それがどのような契約かは知らないが、アリスがパチュリーにマイナスの感情を持つと、その感情が霧散することに取り合えず一役買っているのは確かだ。今回のお菓子作りに関しても効果は抜群だった。断りたい気持ちはあるのだが、その都度魂がアリスに囁くのだ。

それは、正当な要求である、と。

お菓子作りが正当な要求とは、本当にどんな契約なのだろう。アリスには想像もつかない。唯一の救いは、パチュリー本人が契約に気づいていないことだろう。そうしてアリスにも思い出せない以上、契約違反による自縛はない。こうなってくると、一生思い出さない方がいいのかもしれない。それに、あまり下手なことを言うと、レミリアの立場が悪くなる。そう、レミリア・スカーレットもまた、パチュリーに出来れば知られたくない事柄があるのだ。あらゆる意味において、アリスと美鈴との間にあるピースを、パチュリーに気づかれる訳にはいかなかった。全てはアリスが知っていればいい。いや、違う。ただあの子が知らなければいい。その為に情報は秘匿されるべきだというだけ。それが、『  』が己の全てを賭けて、最後にアリスに託していったものなのだから。

まぁ要は、お菓子作りがなんだってことよ

魂に直接刻まれた契約にしては、可愛いものではないかと、そう思っておくことにした。
それにしても、契約が成っているということは、パチュリーが差し出したものがあるはずなのに、彼女は気づいていないというのは、どういうことなのだろう。







【friction】


縁談の話がきた。断れないことはわかっている。それでも、子どもの頃にみた夢の欠片を、少女は、いやかつて少女だった彼女は棄てることが出来なかった。その心が、最近疎遠になっていた部屋へと彼女を向かわせた。思えば、それほど悪い人生でも無かったのだと、後になって彼女は思ったものだった。
その日、そんな居心地の悪い平穏が、大きく歪み始めた。

ひさびさに訪れた部屋は、少々埃っぽかった。それだけ友達を放っておいたのだと理解した彼女は、使用人ではなく自分の手で部屋を綺麗にすることにした。罪滅ぼしだったのかもしれない。
掃除は、彼女に収穫をもたらした。『そらがき』の私物が、幾つか残されていたのだ。

多少の衣服、絵の具、本が二冊、怪しげな小物、そうして綺麗な石が一つ。

そう言えば、『そらがき』は今頃何をしているのだろうか。彼女のことだ、まさか教会に捕まってはいないだろう。捕まっても逃げおおせるに違いない。そう、信じた。
かつて、いや『少女』は、天井を見上げる。そこには紅い龍。『少女』の友達であり、けれど目を持たない、可哀相な龍。何度でも少女の呼びかけに応えてくれた、従順なその子に、確か名前をつけたはずだった。

そう、確か。

「      」

『少女』がその名を紡ぐと、龍は啼いた。
再び『少女』が戻ってきたことを、喜ぶように。








【それが彼女の始まりだから】


だから龍が初めて目にしたのは『少女』の顔だった。
禁じられたにも関わらず、『少女』は龍に目を与えた。
眼は碧玉だった。
何故なら、それが『そらがき』が残していった色だから。

そうして、『そらがき』が使う絵の具は、ただの絵の具ではなかったのだ。




眼を得た龍は、はっきりと啼いた。

きゃらしゃらきゃらしゃらと、やわらかな叫び声のように。

それが彼女の産声だった。






祈りは呪いのようで。
呪いは祝福のよう。
懺悔のように彼女は歌い上げる。
もはやそれ以外、許されないと知っているから。









【琥珀色した熱の名は】

興味津々というメイド達を追い出し、ただいま紅魔館厨房にて、アリスとパチュリーの二人きり。道具は出して貰ったし、材料も充分。砂糖漬けの林檎は無かったので、ジャムを代用することにした。

「今さらだけれど、どうして急にこんなことを?」
「先日レミィが言いやがりました」
「はい?」
「『ねえパチェ、気のせいかしら。私、あなたとは大分長く親友をやっているけど、その間に一度たりともあなたが料理をしているところを見たことがないの。そんな私は、この前初めて自分でお茶を淹れたのよ。咲夜は美味しいと言ってくれ(以下省略)』そうして、私たちは賭をしたの。つまり…」
「ああうん。もういいわ。なんかわかった気がするし」
「私は一週間で、一品で良いから何か自力で作れるようにならなければならないのよ」
「一品だけなら、確かにお菓子とかの方がいいかもね」

「でも何で私に?」
「適任でしょう?」
暇そうということだとしたら、ちょっとショックだ。確かにメイドほどは忙しくないが。
「お菓子が主食なんでしょ?」
「主食ってわけでは…」
普通よりは食べるかもしれないけれど。主食はむしろ野菜の方だ。

「さて。それじゃあ、まずは…」



アリス・マーガトロイドは知っている。
アリス・マーガトロイドは知らない。

彼女は秋の事件の主犯であり、最大の被害者だから。









【彼女の為だけの歌】

それは、龍に目を入れてから、七日目の晩だった。
真夜中にふと目を覚ました『少女』は、それを見た。

開いている窓。
風になびくカーテンの向こう。
それは、不思議そうに月を眺めていた。
危なげなく桟に腰掛けたそれは、『少女』に気づき振り返った。


月明かりにもわかるそれは長く紅い髪。
暗色にも関わらず、仄かな輝きを持つそれは碧玉の眼。
長い手足に整った顔を持つ癖に、浮かべる表情は邪気の欠片もない、まるで赤子のようで。

「   」

意味を持たないその声は、ぞっとするほど綺麗だった。


軽やかにやわらかに、それは笑い声をたてた。


それは『少女』が聞く、二度目の産声。



本当の意味で、『それ』が生まれた夜だった。














迷いつつ迷いつつ。

こちら、歪な夜の星空観察倶楽部です。

蛇足な気もしますが、すっきりしたい人がいるとしたら書くべきだと思い、書いてしまいました。そうしていきなり普通にパチュリーとお茶を飲んでいるアリスは何の心境の変化があったのかという感じですが、冬の前の秋にもう一波乱あったんですよ、きっと。きっとというか、この次に書く予定はその辺ですが。

そんなわけで補充編です。
楽しめる内容ではないので、お楽しみくださいとは言えません。

この話は、【Childhood's end】
       【Anywhere but here】
       永訣の朝
       著者の迷い

       忘れちゃいけない東方ワールドと皆さまの励ましで出来ています。


    

追記

楽しみ、ですか。えーと、いや本当になんのひねりもない話なんです。【上】だから【中】が入ったとしても【下】で終わりますし。捏造だらけの話だし。
でも頑張ります。応援されるととことん弱いので。

要約すると、美鈴はこんな妖怪だったらいいな、とか。アリスは巻き込まれただけだったのさ、とか。咲夜さんにはもう少し甘えスキルを磨いていただきたい、とか。事件の裏でレミリアはクールに熱い役回りで、美鈴には甘くない、とか。出番なくてごめんね魔理沙、とか。小悪魔は実は魔理沙の敵なんじゃないのか、とか。積極的なのか消極的なのか、パチュリーは私にも捉え所がない、とか。

多分、そんな補充編です。


歪な夜の星空観察倶楽部
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コメント



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9.100名前が無い程度の能力削除
毎度読んでるとなぜかゾクリとします。
12.100名前が無い程度の能力削除
ついていきますよ どこまででも
13.60rock削除
期待期待
14.100名前が無い程度の能力削除
またこのシリーズの続きが読めることに感謝を。
22.100名前が無い程度の能力削除
楽しみましたよ。続きも楽しみです。
23.100名前が無い程度の能力削除
やっぱりいいねぇ。
24.90名前が無い程度の能力削除
ああもうこの焦らせ上手めっ!
32.100削除
続きが楽しみでなりません
46.100煌庫削除
それは昔懐かしいお話。
少女のお話。
62.100名前が無い程度の能力削除
楽しいです。前書きで読もうかどうしようか悩みましたが、読んで正解でした。