Coolier - 新生・東方創想話

Devil'sApology

2006/09/12 09:29:12
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Devil'sApology


序章

「それじゃあ、行ってくるからおとなしくお留守番してるのよ?」
人形を振り回して遊んでいたフランドールは、その声に顔をあげた。
長い金髪を横でとめた赤いリボン、フリルのついた赤いブラウスとスカートーーーまるで人形のように愛らしい幼子。
「今日もえんかい、っていうのに行くの?」
ちょっと拗ねた口調の彼女は、大きな目を細めて口を尖らせた。その瞳は赤より紅く、人外の輝きを湛えている。
そして、フランドールを呼び止めた者も、また紅い瞳の持ち主だ。フランドールと大差のない年齢の少女は、何か言おうとしたが、軽く息をついただけにした。
それで興味を失ったのか、フランドールはまた人形の腕を振り回して遊び始めた。
もう一人の紅い目の少女は安堵の表情をうかべると、軽く目を伏せドアの外に呼びかけた。
「さぁ、出発よ。咲夜、パチュ!」
日傘を手にした小間使いは一礼。本から目を離そうとしない魔女もそのままうなずく。
フランドールの部屋を後にする少女の背中から、蝙蝠の羽が突き出し、大きく広げられた。

ドアが閉じる音を聞くと、フランドールは手にしていた人形を放り投げた。
「パチュさえ邪魔しなければ、外にいくぐらい簡単なんだから・・・」
これから起こることを思うと、彼女の顔には自然と笑みがうかぶのであった。




①厄日と大厄日と天中殺

空の色が赤から青にかわりつつある。陽が長くなったな、と美鈴は一人つぶやいた。
風に揺れる木々の新緑は、春の終わりを知らせているようだ。
「あー、今夜はいい夜になりそうね」
美鈴は上機嫌だった。今夜は口うるさいメイド長も、わがままな主人もいない。紅魔館の門番にすぎない彼女だが、今夜だけは館の主として振舞えるのだ。
「あなたの時間も私のもの…なんちゃってーっ」
いつも彼女を叱り付けるメイド長のものまねをポーズつきできめ、一人で大笑い。人が見たらどう思うかはさておき、本人は満足しているようだ。
と、本館のほうから何かが飛んでくるのが見えた。小間使いの誰かが買出しにでも出かけるのであろう。
美鈴はめんどくさそうに、守衛室権自宅から表へ出る。
「ずいぶん急ぎみたいね・・・」
その速度に少々の違和感をおぼえつつ、空に舞い上がる。
「あー・・・」
声をかけるつもりが、その赤い影は美鈴の真横を通り過ぎてしまった。その衝撃で帽子を飛ばされてしまったが、美鈴は慌ててその後を追った。
全力で影の前に回りこみ、構えをとる。その踏み込みは、空を裂き震わせた。
「わわっ!?」
突然目の前に現れた美鈴に驚いたのか、赤い影は急停止した。
「あぶなーいっ!ぶつかるかと思ったよ!」
頬をふくらませて怒っているのは、フランドールだった。背中に歪にまがった翼を広げ、両手で自分の背丈ほどもある杖を抱えている。
影の正体を知って美鈴は、かなり焦ってしまった。
フランドールはその凶悪すぎる魔力のため紅魔館の奥に封印された存在。それを外に出してしまったとなれば、どんな罰を受けるかしれたものではない。
かといって、ここでフランドールの機嫌を損ねるようなことになれば、たちまちのうちに丸こげにされてしまうであろう。
「あー、そのー。妹様?」
腫れ物に触るように美鈴は話を切り出した。
「鍵、かかってましたよね?扉」
「ああ。壊しちゃった」
美鈴の顔から血の気が引いた。フランドールは、自分の意思で出てきたという。丸め込んで部屋にもどってもらうつもりだったが、それは難しそうだ。
普段ならこんな時には、魔女のパチュリーが雨をふらしてフランドールの外出を阻むのだが、今夜に限って宴会に呼ばれているという間の悪さ。出不精のくせに、と内心毒づく美鈴だった。
「えっと、門番のおねぇちゃん?」
「は、はいっ?」
弾かれたように顔をあげた美鈴。その声はうらがえっていた。
「そこ、どいてくれない?」
「え、ええーっ?」
泣きそうな顔の美鈴をよそに、魔力を集中させていくフランドール。曲がった翼の先に魔力の結晶が七色の実となってたわわに実る。
「だだだめですよーっ。ここから先に行かれると、どんなすさまじい拷…じゃなかった、お叱りをうけるかーーって!?」
突き出されたフランドールの腕の先には、すでに直径1mほどに膨れ上がった魔力の塊がバチバチと白い火花をあげていた。
「どいてくれる?」
「ひぇぇっ!!」
逃げることもできず、顔を腕で覆った美鈴。その視界が真っ白に染まった。


「・・・・?」
恐る恐る目をあけた美鈴は、自分が怪我一つおってないことを知って安堵の息をもらした。
しかし、それも一瞬。
「ああっ!?いないっ!!」
二、三度まばたきをしてみたが、それでフランドールが見つかるわけでもない。
どちらに飛んでいったか探すべく、左右を見渡す。
「あああぁぁぁっ!!!?ないっ!!」
見つかったのは、大きくえぐれた地面ーーちょうど彼女の守衛室があった場所だった・・・




目に映るものすべてが輝いて見えた。窓越しに見える風景とはなにもかもが違う。
沈んだ陽に変わって空を照らす月に誘われ、草の間で虫が泣き声をあげる。まだ少し肌寒い夜風もフランドールには心地よいものだった。
「こんなに気持ちいいなんて!もっと早く来るんだったよ」
しばらく館の上空を飛び回っていた彼女はすっかり上機嫌。真下に広がる湖に急降下すると、水面すれすれを左右にかすめた。
キラキラ光る羽に巻き上げられた水が立ち上がると、驚いた湖の妖精が逃げていく。
「わーっ!なんかいる!」
おもしろがったフランドールは、ケタケタ笑いながらさらに水柱をあげはじめた。
「まてまてー!」
空を飛んで逃げようとする妖精を追いかけたフランドールは、さらに上にもっと面白そうな玩具を発見した。
「あ、魔理沙だ。おーい!」
とんがり帽子を押さえて飛んでいくのは、箒に乗った魔女。どこかに急いでいるのか、フランドールが呼び止めるまで彼女に気づいてなかった様子だ。
「んぁ・・?げ!紅いのの妹かよ」
手をぶんぶん振って合図してくるフランドールを見つけた魔理沙の声には、緊張の色がうかがえた。以前、フランドールに会ったときに『弾幕ごっこ』につきあわされ、こっぴどい目にあったことを思い出したのだ。
「今日はめずらしいところにいるな・・・迷子か?」
勤めて冷静を装う魔理沙であった。
もう妖精のことなどすっかり忘れ、フランドールは魔理沙の隣まで飛び上がる。魔理沙は口の端を引きつらせたが、フランドールはきづいた様子もない。
「私はちょっと忙しい。今夜は弾幕ごっこはなしだぜ」
「うー」
腕を組んだ魔理沙にすこし偉そうにされ、フランドールはすねたように指をくわえた。
「あー、なんだ。しかし、迷子をお家までエスコートするのはやぶさかではないぜ」
つまらなそうにしている幼子を前にさすがに罪の意識を感じたのか、魔理沙は頬をかきながらフランドールの頭に手を乗せた。
『それにこんな爆弾を置いておくわけにもいかないしな』
黙っているフランドールを見て、魔理沙はホッと胸をなでおろした。この調子ならおとなしく言うことをきいてくれそうだ。
「ほれ、なんならお姉さまんとこまで連れて行ってやろうか?保護者のメイドもいっしょのはずだぜ」
「やっ」
突然、フランドールは魔理沙の手を払いのけた。頬を膨らませて、かなりご機嫌斜めな様子だ。
「そんなこと言う魔理沙なんてきらいっ!」
両手で魔理沙を突き飛ばし、翼に魔力の結晶をやどらせるフランドール。
帽子のずれを直しながら、やれやれと呟く魔理沙。
二人が魔力を開放したのはまったく同時であった。
自身を中心に放射状の衝撃波を放ったフランドールに対し、魔理沙は頭ほどの大きさの球体を撃ち出した。
赤い波と、緑の弾がぶつかり合い、激しい光をはじかせる。
両者の威力はまさに互角。どちらかが押されることなく、やがて無念そうに小さな火花と化して霧散していった。
魔理沙は両腕を組んでニカッと笑みを浮かべた。
「ほれほれ、我侭いってないでいっしょにいこうぜ」
一見余裕の表情の魔理沙だが、できればこれ以上の戦闘はつづけたくなかった。まだ魔力を込めたカードを開放していないのはお互いではあるが、それほど余力を残して放った一撃でもなかったのだ。
先手必勝とばかりにカードを探してエプロンのポケットをまさぐる魔理沙。
ところが・・・
『こんな日に限って・・・っ』
指先に触れるカードは一枚のみ。新しい魔法を人に見せびらかそうと、試作品のまま持ってきていた一枚だ。
しかし、魔理沙は迷うことなくカードを頭上に掲げた。
「先手必勝! 恋符っ!ノンディレクショナルレーザー」
この一枚だけでフランドールの凶悪な魔力を押さえ込めるとは、魔理沙自身考えてはいない。勝機があるとすれば、相手にカードを握らせないことだ。
魔理沙の手から離れ、宙に浮き上がったカードから四つの光球がはじけ飛ぶ。徐々に速度を上げていく光球は、その残像で光の五芒星を描いた。
「へぇ・・・」
フランドールがうなずくのと、五芒星がひときわ大きく輝いたのはどちらが先であったか。
五芒星が放った光の槍は、鋭い音をあげながら空気を切り裂いていく。
その狙いは不正確、というよりまるで的外れな方角を焼くのみ。ただ、その出力はすさまじく、光の流れが止まる様子はない。
「でも、これじゃつまんないよ…って?」
フランドールがレーザーから視線を戻したときには、すでに魔理沙は次の手を繰り出していた。
真上に突き上げた右手から色とりどりの光球を次々と生み出しては、めちゃくちゃな方向へなげまくる。
あっというまにフランドールの周りを埋め尽くした光球は、まるで小さな星空だ。
「すごい!すごい!」
フランドールははしゃぎながら、星々の間をすりぬけていく。
三回目の宙返りでフランドールは魔理沙に向き直り、ニタリを笑みを浮かべた。
「じゃあ、いなくなって」
その杖に真っ赤な炎が宿る。
対する魔理沙は涼しい顔のまま、指をパチンと鳴らした。すると彼女の周りに浮いたままの光の魔法陣が、その配置を変えた。
当然、放たれたレーザーも位置を変え、先ほどまでフランドールがいた場所をなぎ払う。
「もぉっ!」
大きく身をよじって直撃を避けたフランドールは、頬を大きく膨らませた。その頭を流れ星がかすめる。
お気に入りの帽子を飛ばされたフランドールは、慌ててその後を追いかけた。
魔理沙は容赦なくレーザーで追撃。レーザーがフランドールを飲み込もうとしたその時。
「「ありゃ?」」
二人の声が重なった。
出力がきれたのか、レーザーは小さな光の粉を残して消えてしまった。
目を白黒させていた二人だが、先に動いたのはフランドール。まだ残っている星々をすり抜け、魔理沙にむかって飛んでいく。
「わっ!?ちょっ・・・待てっ!」
後退しようとする魔理沙に追いつこうと、さらにフランドールが速度を上げたとき、魔理沙の目つきが変わった。
「なぁんてな!」
突如放たれたレーザーの第二射が、フランドールの真横を焼き払った。そしてそのまま起動を変えていく。
レーザーの動きと反対方向に逃れようとしたフランドールの目の前に、星々が壁となって立ちふさがる。
フランドールは自らをかばうように右手を突き出したが、そのまま光に飲み込まれてしまった。
「とったっ!」
歓喜の声の声をあげた魔理沙は、箒の上で仁王立ち。レーザーの光を満足そうに眺めていた。
「そろそろ許してやるか・・・」
カードの魔力を解除しようと、魔理沙はもう一度指をならした。
ところが、なにも起こらない。魔方陣はその光をゆるめることはなかった。
「あ、ありゃ、とまらんぞ?どうするんだ、これ」
多少無責任かもしれないが、このまま捨てていこうかと魔理沙は真剣に考え始めた。
その二秒後には魔理沙はその場から背を向けていた。彼女の決断はいつだって早い。
「なぁんてね」
飛び立とうとした魔理沙は、その一言で凍りついた。
心底楽しそうなフランドールの声だ。
「な、なにやってるんだ!?お前!!」
魔理沙が驚くのも無理はない。
フランドールは右手一本で、レーザーを「掴んで」いたのだ。
何かがきしみ、ピシリピシリと小さな音をあげる。
難しい顔でレーザーを操作しようとする魔理沙をよそに、フランドールはフフンと鼻をならして右手をひねった。
とたんにレーザーに白い線が走り、乾いた音と共に砕けて散った。
降り注ぐ破片の中にあってフランドールはなお無傷。
「ず、ずるいぞっ」
手にしたカードまでもボロボロに砕けてしまった魔理沙は、カッとなって叫んだ。何がずるいのかは自分にもわからなかったが、今更ひっこみもつかない。
「あれれ~?弾幕ごっこはしないって言ったの魔理沙じゃん?」
フランドールは、心底意外といった表情で口に手を当てた。
「それにね。今日はね、ちがう遊びがしたいなぁ」
そう言いながらもフランドールは右手を頭上に突き上げ、巨大な魔力弾を浮かび上がらせた。
何がおかしいのかフランドールは、ケタケタと笑い出した。
魔力弾の膨張は止まらない。とうに自分の数倍の大きさに膨れ上がったそれを、魔理沙は逃げることも忘れてぼんやりと眺めていた。
「ね。ボーリングごっこ、しよ?コンテニュー無用で」



夜の博麗神社――
今夜は妖怪達の宴会が開かれ、大騒ぎになる…予定であった。
「あぁ・・・出て行きにくいなぁ…」
茂みの中に身を隠し一人呟くのは、紅魔館の門番美鈴。
彼女の視線の先では、博麗神社の巫女が大勢の妖怪に囲まれている。妖怪達は順番を待つことなく、口々に言いたいことを怒鳴り散らしていた。
「だから!見たこともない悪魔だってば!」
「ウチは庭のお花を根こそぎもってかれたのよ」
「いきなり弾幕ぶつけてくるなんて、頭おかしいって!絶対!!」
巫女は妖怪達に臆するでもなく、かといって気負うでもなく、のほほんとした顔でその話を聞いている。
妖怪達の話をまとめると、今夜になって新顔の悪魔がこの付近一帯で好き勝手に暴れている、ということであった。
その特徴は、というと…金髪、赤いブラウス、大きな杖、ねじくれた翼、といったところだ。
巫女――霊夢は心当たりがあるような気がしたが、その可能性の低さを思い出し、同時にその心当たりまで忘れた。
「聞いてるの?とにかく、妖怪退治は人間の仕事なんだし、なんとかしてよねっ!!」
助けを求めに来た妖怪に叱られ、霊夢はちょっとだけ面倒だな、と思った。面倒と思うからには、やらなければならないのだろうな、とも理屈では判っていたが、やはり面倒だ。

「やっぱり、妹様なんだろうなぁ…」
美鈴はひざを抱えて座り込んだ。
妖怪たちが訴える新顔の悪魔の特徴は、フランドールのこととしか思えない。
博麗神社の巫女ならフランドールを止めれるかも、と期待して恥を忍んでここまでやってきたのだが、霊夢を取り囲む妖怪たちの鼻息は荒い。
そんな中に出て行って、あの子は身内だから助けてください、と頼めるだけの度胸は美鈴にはなかった。
「早くどっかいってくれないかなぁ…」

ふいに喧騒がやんだ。
霊夢を囲んでいた妖怪たちも、そくささと後ろにさがっていく。
凍りついた空気の中、ゆっくりと鳥居をくぐるのは紅い目の女悪魔。幼子の姿をしているが、ここにいる誰も彼女を軽んじたりはしない。むしろ、彼女に向けられる視線は、怯えの色を含んでいた。
背中にはやした蝙蝠の羽をはためかせながら、少女は辺りを一瞥。フンと鼻をならすと、妖怪たちは慌てて目を伏せた。
夜に生きる妖怪で、彼女の名を知らない者はいない。
レミリア・スカーレット。
人間の血を啜り、永遠に生き続ける悪魔――吸血鬼。
妖怪はその存在を恐れる。食料とされる人間より、ずっと。その強大な力を理解できるからだ。
張り詰めた沈黙の中、レミリアは魔女と小間使いを従え、石畳の上へと歩を進めた。
「あら、レミリア。悪いけど今日の宴会は無期延期よ」
女悪魔に気づいた霊夢は憮然とした顔になった。これほどの騒ぎとなっては、せっかく準備していた宴会もお流れにするしかなさそうだ。
それを聞き、レミリアの羽がピンと跳ね上がる。しかしそれも一瞬のことで、驚いた表情もみせずに微笑を浮かべた。
「何を言っているの?私が来たのに、それ以上何が必要だというのかしら?」
レミリアは腰に手を当て、あごを小さく上げた。頭二つ分以上ある身長差をものともせず、霊夢を見下ろそうとする格好だ。
足元ですすり泣く小さな妖精の存在には目もくれず、レミリアは宴会の開始を求めた。
「魔理沙がいない…」
無言だった魔女がポツリともらす。
それを受け、レミリアはポンと手を打った。
「そっか、幹事がいないからはじまらないのね」
「いやいや、もっと空気よみましょうよ?」
小間使いは脱力した様子だが、レミリアには気にした様子はない。それが信頼からくるものなのか、単に鈍いだけなのかは霊夢には判らなかった。
好き勝手をいって盛り上がっている悪魔たちに、霊夢は苛立ちを隠せない。
「とにかく!今日の宴会はなし!手伝うか、帰るかどっちかにして!」

(あぁ・・最悪・・・。お嬢様だよ・・・)
美鈴は頭を抱えてうずくまった。よりにもよって、一番知られたくない相手の登場である。もう彼女には、茂みの隙間から霊夢たちの様子をうかがうしか道は残されていない。
「だいたい、暴れているのは悪魔なんでしょ。あなた達の仕業じゃないの!?」
苛立ちを隠そうともしない霊夢とは対照的に、レミリアは涼しい顔をしている。
「ありえないね。紅魔館にはそんな野蛮なことをする者はいない」
(その身内の犯行なんですってば…)
美鈴の頭痛に追い討ちをかけるように、小間使いが口を挟む。
「そうですよ。第一、ウチには優秀な門番がいますので、そのような事態にはなりませんわ」
(あぁ・・・咲夜さん・・・その門番はここにいるんですぅ)
耐え切れずに美鈴は地面に突っ伏した。
「よぉ、お前ら・・・もう来てたのか?」
新しい声に美鈴は顔をあげた。
「魔理沙!あなた、どうしたの!?」
驚いた声をあげる霊夢に答えたのは、ボロボロになった黒い服の魔法使い。手にした箒はへし折れ、帽子には木の枝がつきささっている。
「なんてことはない。普通だぜ。ただ、箒が壊れたから歩いてきただけだ」
口の端でニカッと笑う魔理沙だが、さすがに強がりにしか見えない。
「とかいって、どこぞの悪魔にボロ負けでもしてきたんじゃないの?」
鼻で笑うレミリアに、魔理沙の笑みが引きつった。
「ほ、ほほぉ・・・どの口がそんなことを言うんだ?」
険悪な空気をさえぎるように、小間使いが二人の間にわって入る。
「お嬢様、怪我人をいじめないでください。魔理沙もケンカしにきたわけじゃないのでしょう?」
レミリアはしぶしぶ引き下がるが、魔理沙はなおも食いついてくる。
「咲夜!お前もお前だっ!留守番もできないようなガキを家においてくるなよ!」
「・・・・?」
首をひねる小間使いに、魔理沙は指をつきつけた。
「オマエのところの、フランドールが、そこらじゅうで、好き勝手あばれまわってるぜ!」
魔理沙の大声が通り抜けたあと、沈黙が境内を覆った。
先ほど大きな口をたたいてしまった咲夜は、頭に指をあてて黙り込む。
妖怪たちは非難と恐れの入り混じった視線をレミリアにぶつける。
霊夢はあきれた顔で軽くため息。
そして、レミリアは--
「それで?」
姿勢を崩すことなく、目を細めた。
誰一人として彼女を弁護する者はいない。それでもレミリアは、この場の全員を見下ろそうと顎を上げた。
口こそ開かないが、妖怪たちの視線に怒りがこもる。境内の沈黙は驚きから、一触即発のそれへと変わっていた。
「あらあら、何かの出し物かしら?」
そんな空気を無視するかのように声が響いた。しかし、声の主は見えない。
きょろきょろと辺りをみまわす霊夢の目の前に、ぽうと火の玉が浮かんだ。火の玉はゆらゆらと辺りをただよい、やがて妖怪たちの輪の中心でとまった。
「フン、西行寺か・・・」
「うふふ…いかにも」
レミリアのつぶやきに答え、火の玉の傍に着物姿の人影がうかびあがった。青白く光るその亡霊の姿は、時折ゆらゆらと見えにくくなる。
レミリアが夜の王だとすれば、この亡霊--西行寺は死者の王。さらなる実力者の登場に、そそくさと逃げ出す妖怪もでてきた。
(あわわ…面倒な奴がきたよ…お嬢様、喧嘩だけはしないでくださいよ)
美鈴の心配をよそに、西行寺は手にした扇で口元を隠してくすくす笑う。
無言で西行寺をにらみつけるレミリア。傍に控えていた小間使いと魔女は、静かに西行寺を取り囲む。
「あー、おかしい。みんなして、こんなに集まって」
状況が目に入ってないのか、気にならないのか、西行寺はなお笑いをとめようとしない。
「一族のことは、一族で解決するのが筋でしょう?それを他人が、それも人間に頼もうとしているなんて、笑うしかないわ」
西行寺に笑みを向けられた妖怪達はいっせいにうつむいてしまった。
「ね?」
くるりと振り返った西行寺と、レミリアの視線がぶつかる。
二人はしばらくにらみ合っていたが、先に目をそらしたのはレミリアだった。
「フン、当然!この件は我々で解決するわ。事の責任もふくめてキッチリとね」
くるりと背を向け、神社を後にするレミリアと魔女。小間使いも一礼してから、それを追っていった。
一気に緊張の糸が切れ、安堵した空気が神社に流れる。
しかし、茂みの中の美鈴だけは、真っ青な顔で震えていた。
(死んだかも・・・私・・・)



②天使なんかじゃない
空の色が黒から青に変わり、鳥達は夜明けが近いと歌う。新しい一日の始まりだ。
この時間、湖に程近い森を通る人間がいる。
「よっと」
小さな茂みを飛び越え、木々の間を駆け抜けていく。
この一年、毎日、一日と欠かさず走った道だ。今日も、何の問題もなく湖までたどり着く、それだけの道だ。
「いい天気。今日は大物が釣れそうだ」
都合のいいことを口にして、少年は左手の竹竿を地面についた。まだ十にもならない幼いこの少年、名を有彦という。近くの里にすむ、ごくごく普通の人間である。
朝日が昇り、有彦はまぶしそうに顔を手でおおった。その視線の先では湖がキラキラと輝いている。
湖まであと一息。一気に駆け抜けてしまおうと足を踏み出したその時、頭上でガサガサと何かが動く音がした。
「な、なんだ・・?く、くるならこいっ!」
怯えたように身構える有彦。夜が明けたとは言え、森は妖怪の住処だ。
来た道を引き返そうと、ゆっくりあとずさる有彦の前にそれはゆっくり、ゆっくりと落ちてきた。
「あ・・・」
ふわふわと揺れる金の髪、透き通るような白い肌、そして背中に生えた羽には柔らかく光る宝石―――人外のそれを目にした有彦は息をのんだ。
それは地面まで降りてくると、そのまま崩れ落ちるように倒れてしまった。そのままピクリとも動く気配はない。
「ね・・ねぇ?生きてる・・?」
西洋人を初めて見た有彦は、どうしていいのか分からずおろおろするばかり。だが、やがて意を決して、起こしてみようと手を伸ばした。
「ん・・・」
その手が頬に触れるか触れないかの刹那、それは小さく声をあげた。
慌てて手をひっこめた有彦。
無防備に眠っているそれは、朝日を受けキラキラ輝いて見えた。
ドキドキする胸を押さえ、有彦は呟いた。
「天使だ・・・」


フランドールはぱちくりと目を開いた。かけられた布団を払いのけ、きょろきょろと首をまわす。
「なんでこんなとこいるんだろ・・?」
知らない家だった。
絨毯もなければ、ベッドもない。布団は床にしいてあるだけ。驚くことに壁は紙でできていた。洋館に住む彼女は、畳も障子も見たことがないのだ。
「うー、頭いたいー」
髪の毛をかきむしり、不機嫌な声をあげるフランドール。昨夜、森の上で遊んでいたことは覚えているが、チカっと眩しい光を浴びたあとのことは何一つ分からなかった。
と、障子の向こうから声が聞こえた。
「あ、起きたみたいだね?」
ノックも無しに入ってきた少年をフランドールはまじまじと見つめた。
少年はすこし顔を赤らめながら、自分の名を名乗った。
「僕は有彦。人間だよ。君は?」
「人間・・・?咲夜とも、魔理沙にも似てないけど?」
フランドールは不思議そうな顔で有彦をしげしげと眺めた。彼女が知っている人間は全て女性のみ。目の前の少年が人間と言われてもピンとこないのだ。
「魔理沙?森の魔法使いだよね?君、魔理沙の友達?」
知った名前が出てきたのがよほど嬉しいのか、有彦はパッと笑顔を浮かべた。フランドールが黙っているのを肯定と取った有彦は、まくし立てるように続けた。
魔理沙は時々里に来ること、薬と交換で食べ物を持って帰ること、里の子供とよく遊ぶこと・・・ふんふんと首を縦に振るフランドールだったが、突然不満そうな顔になって口を尖らせた。
「お腹すいた!」
「ああ、そうだね。今、何か持ってくるから待ってて」
有彦はパタパタと走っていってしまった。
残されたフランドールは開け放たれた障子をしばらく見つめていたが、すぐに飽きて有彦を呼ぶ。
「ねぇ、有彦ぉ~」
返事は返ってこない。
「有彦ってば~!」
二度呼んでも誰も来ない。フランドールはうなり声をあげて、かんしゃくを起こす一歩手前だ。
「う~~っ!・・・って何コイツ?」
フランドールのご機嫌を収めたのは、一匹の子犬だった。隣の部屋から入ってきた子犬は、ひと鳴きするとフランドールの目の前に座り込んだ。
尻尾を振って舌を出す子犬を目の前にして、フランドールは凍り付いてしまった。
「ふさふさ・・・コレ・・触ってもいいのかな・・?」
ゴクリと喉を鳴らしたフランドールは、意を決して手を伸ばした。

有彦の家から爆音が響いた。
何事かと集まってきた里の人間が見たのは、壁にぽっかりと開いた大穴と、むちゃくちゃに散らかった部屋の隅で荒い息を吐く吸血鬼―――そして母親にこっぴどく叱られる有彦の姿であった。
「バカタレ!何が天使だい!アンタが連れてきたのは悪魔も悪魔!吸血鬼なんだよ!」
「ごめんよ~。母ちゃん」
吸血鬼がいる。その知らせはあっという間に里中を駆け巡り、人々は有彦の家を取り囲んだ。
母親は平謝りして、有彦は尻をぴっぱたかれた。それでも人々は苦虫を噛み潰したような表情を崩さない。
そんな空気を壊したのは、フランドールの有彦を呼ぶ声。
「ねぇ有彦ぉ、お腹すいた~」
一同、真っ青になって息を飲んだ。
吸血鬼。その名の通り、人の血を吸う鬼のオーダーが告げられたのだ。


両手で大きな唐傘を抱え、フランドールは里をお散歩中。すれ違った人間はギョっとした顔をするが、彼女はずいぶんご機嫌な様子で笑顔を返していた。
結局、フランドールには血ではなく、おにぎりが差し出された。フランドールは紅くない、味気ないと文句を言って村人の肝を冷やしたが、それでも三つも頬張り、それで満足したようだ。
その後、村人達はフランドールを里から追い出すようなことはしなかった。吸血鬼の強大な魔力と戦う度胸もないし、人の血を求めないうちは彼女の滞在を許すことにしたのだ。
「ダメじゃないかフラン。どうして家を吹き飛ばしたりなんかしたんだよ」
後ろから小走りで追ってきた有彦は口を尖らせたが、フランドールはツンとそっぽを向いた。有彦の後をついてまわる子犬が面白くなかったのだ。
「だってあのフサフサ、さわったら噛み付いたんだもん」
有彦はフランドールの機嫌を損なわないよう、大人達に釘をさされていたが、それでも抗議しないわけにはいかなかった。
「尻尾つかんで持ち上げたら、そりゃ怒るよ」
しかし、フランドールは別の面白いものを見つけ、走っていってしまった。
それでも有彦は諦めない。後ろからフランドールの腕を掴んで振り向かせる。
「友達にひどいことしたら、ごめんなさい、って言わないとダメなんだよ」
「友…達?あのフサフサが?」
有彦の顔があまりに真剣だったので、フランドールも気おされてしまう。だが、彼女はその丸くなった目を細くつり上がらせた。
叱られるのには馴れていた。いけません妹様、いけませんいけません。だったらいつものように壊してしまえばいい。
フランドールの翼に七色の光が宿る。
「こいつだって、フランと友達になりたいはずだよ」
有彦は子犬を抱きかかえて、フランドールに差し出した。黒くて真ん丸い瞳がフランドールを見つめる。
『あ・・ぅ・・ぎゅってしたい・・・』
壊したくない、そう思ったとたんに翼の光はすっと消えた。
「仲直り、できるかな?」
「できるさ!絶対」
子犬に触りたいが、どうしていいのか分からない。まごまごしているフランドールに、有彦は力強くうなづいた。

二人と一匹は夕方まで走りまわって遊んだ。
傘を持ったフランドールは何度も転んでしまい、赤い洋服はどろまみれ。それでも彼女はニコニコと笑っていた。
「こんなに楽しいのはじめて!“おとこのこ”だっけ?こんなにすごいオモチャ、お姉様だって持ってないわ」
「ダメだよフラン、そんなこと言っちゃ。友達とオモチャは違うんだって」
並んで歩く二人は、先に広がる荒地に座りこんだ男をみつけた。男は切り株に腰を下ろして二人に背を向けている。
「あの人、なにやってるの?」
首をかしげるフランドール。大人はフランドールが近づくと、そくささと逃げ出してしまう。だから彼女には大人のしていることが逆に気になってしかたないのだ。
「あそこの木を切って畑を作るんだよ。切り株は全部抜かなきゃいけないし、石もどけなきゃいけない。大変なんだぞ」
「ふ~ん」
うなずいたフランドールは、男の真後ろまでひとっ飛び。後ろで有彦が止める声が聞こえたが、もう遅い。
「ねぇ、おじさん。その切り株、いらないの?」
「あぁ、そうさ。明日には全部抜いっちまわないとな」
男は疲れているので、後ろを振り返らず、面倒そうにフランドールを追い払おうとした。
「ねぇ、そこどいてくれない?」
「あぁ?」
怪訝そうに振りかえった男は、魔力を宿した翼を広げた吸血鬼の姿をみた。
フランドールはニヤリと笑って、右手を前に突き出した。
男が慌てて切り株から飛び降りるのと、真っ赤な魔力弾が打ち出されたのは同時だった。
一本目の切り株は消し飛び、後ろの大石は砕けて散った。直撃を免れた切り株も地面からめくれあがってひっくり返ってしまった。
「明日までかからなかったね」
言葉を失って唖然とする男にフランドールは、ニカっと微笑んだ。
「ダメじゃないか、フラン。邪魔しちゃ・・・」
「すげぇ!すげぇよアンタ!」
やっと追いついた有彦が注意する前に、男はフランドールを両手で持ち上げた。そして、そのまま肩車をして里へと戻っていくのであった。

その晩から、一躍フランドールは里の人気者となった。
えぐった地面は運河になり、真っ二つにした木は家になる。壊して褒められるなんて、フランドールは嬉しくてしかたない。まだ子供の彼女は、突然の人間たちの変わりようを疑うこともなかった。
そんな調子であっという間に二日が過ぎた。


③魔法少女の魔法
朝の紅魔館は異様な静けさの中にあった。
主人のレミリアは無言でベッドに腰掛けていた。もう寝るべき時間だが、そんな気分になれない。いらついた表情を隠しもせず、爪を噛んだ。
レミリアはお気に入りの小間使いを呼んだが、返事は返ってこない。吸血鬼は太陽の下では動けない。日中の捜索は小間使いに任せるしかなかった。
「今日で三日・・・ね・・・」
フランドールがいなくなり、門番は生死すら不明。からっぽになった屋敷の中、レミリアは今日も一人ため息をついた。
最初の日のため息は苛立ち、二日目は寂しさ、そして今日のそれには何の感情もこもらなかった。
ただ、からっぽのため息。
館も、心も、からっぽ。
レミリアはベッドに倒れこみ、そのまま目を閉じた。

一方、フランドールはというと、のんきに眠りこけていた。布団を蹴飛ばし、枕と頭が反対を向いている。
昨晩もいろいろと壊して少々お疲れ気味。このまま放っておけば、夕方まで眠っていそうな様子だ。
そんな彼女をゆすって起こす命知らずが一人。
「起きて。起きてください、妹様」
「ん・・・あれ?」
フランドールが眠たい目をこすると、そこには知った顔があった。
「私ですよ。美鈴、門番の」
安堵で胸をなでおろす美鈴の顔を覗きこみ、目をパチパチとさせるフランドール。しばし考えたその後で、突然大声をあげた。
「あーっ!門番してたお姉ちゃんだ!」
「しーっ!!静かに!」
美鈴は慌てて自分の口に人差し指をあてた。ここまで忍びこむのに、どれほど気を使ったというのか、それこそ大声で怒鳴りたい気分だ。
分かったのか分かっていないのか、フランドールは目を輝かせ、ちょこんと座りこんだ。その表情は、やはり何かの遊びが始まるぐらいにしか思ってないと語っている。
ちょっとげんなりした美鈴だが、軽く咳払いをしてから話を切り出した。
「そろそろ、お家に帰りたい・・とか、そんなこと、ありません?」
フランドールの返事はない。
「ほら、ここは人間の里ですよ。そりゃ、ここにいればご飯食べ放題なのはわかりますけど・・・やっぱ、それっていろいろマズいと思うんですよ」
美鈴とフランドールの頭に浮かんだ食事は違うものだったが、二人ともそれには気づいていない。
「とにかく、こんなところにいちゃダメですよ。帰りましょ?」
「イヤよ」
頬を膨らませるフランドールだが、そんな反応も美鈴の予想範囲内。美鈴は手にしていた包みをほどいた。
中身はほのかに赤い饅頭。
「ね、お腹すいてるんじゃないですか?顔色よくないですよ?」
確かに人間のつくる食事はフランドールの口には合わない。それを知った上で美鈴は食べ物をちらつかせる。
面白くないフランドールだが、美鈴から饅頭をひったくって頬張った。
それを見て、美鈴はあと一息と、追い討ちをかけた。
「なんなら、一人ぐらい人間を持って帰ります?美味しく料理してもらいましょうよ」
ピタリとフランドールの手が止まった。
美鈴は薄ら寒いものを感じたが、もう手遅れ。フランドールはゆっくりと立ちあがり・・・

フランドールの部屋から閃光と爆音が響いた。
またか、と集まってきた人々が見たのは、壁にあいた大穴と黒焦げになって倒れた美鈴。
「はっ!?」
人々が見守る中、美鈴は勢いよく顔をあげた。
取り巻く冷たい視線に気づき、彼女は引きつった愛想笑いを浮かべた。
「あは・・は・・・逃げろッ!」
美鈴は脱兎のごとく走り出した。人々は農具を手にそれを追いかける。
「いたい!石を投げないでっ」
霊力を回復させる暇もなく、美鈴は必死に逃げるしかなかった。
そして里を一周するころには、追って来る人間の数は倍以上に膨れ上がっていた。
「なんで!なんで私がこんな目にーっ」
悲鳴に近い声をあげ、美鈴は残り少ない霊力を込めて地面を蹴った。
鈴が鳴るような軽やかな音を残し、美鈴は森の向こうまで飛んでいく。人間にはどうすることもできず、それを見送るしかなかった。


その日、フランドールは里の仕事に呼ばれることは無かった。
昨晩、やりのこしたことがあるのは覚えていたし、遊びに行きたいところもあった。
しかし、誰も彼女の部屋を尋ねてこない。あれほどかまってきた有彦すら顔を出さない有様だ。
唐傘もしまわれてしまい、一人で外出することもできない。
時間だけが過ぎ、やがて日が落ちた。

有彦はフランドールの部屋の前に立った。食事が遅れたことを何と言って謝ろうかと考え、障子にかけた手を止める。
「ご飯、もってきたけど?」
返事は無い。
よほど拗ねているのかと思い、返事を待たずに障子を開けた。
「フラン・・・?」
どこにもフランドールの姿を見つけられず、有彦の顔にどんどん不安の色が濃くなっていく。
箪笥の陰にも、押入れの中にもいない。部屋を三週したところで、有彦はフランドールがいないことを理解した。
「ダメだよ・・フラン・・黙って帰っちゃうなんて・・」

その頃、フランドールは一人で伐採現場にいた。彼女が思った通り、作業は遅々として進んでいない。
「これ、ぜ~んぶ切っちゃえば、いいんだよね」
そうすれば再び人々は自分と遊んでくれる、そう考えたフランドールは手にした大きな杖を振りかぶった。
「まとめて真っ二つだからね~」
「フランちゃん?こんなところで何をしてるんだい?」
後ろから呼びとめられ、フランドールは手を止めた。
そこに立っていたのは里の木こり。フランドールが初めてお手伝いした人間だ。
彼が手にした松明で辺りをぐるりと照らすと、フランドールはまぶしそうに顔をしかめた。
「お手伝い、しようと・・・」
男が怖い顔をしていたのでフランドールの声は自然と小さくなってしまう。
「今の間に、森へ帰れ」
「え・・・?」
言葉を失い、立ちすくむフランドール。こんなに一生懸命がんばってるのに、と叫びたかったが、男の言葉が先だった。
「有彦がいなくなった。村中どこにもいない」
「な、なんでっ!?」
男は無言で村の方角を指し示した。松明の灯りがポツリポツリと見える。それは数を増し、ゆっくりと移動をはじめた。
「村の男手で探してる」
「だったら私も!」
「ダメだ!」
男の大声にフランドールはビクっと首をすくめた。
「フランちゃん、お前さんが一番怪しいんだよ・・・」
潤んだ瞳で見上げてくるフランドール。男は言葉に出してしまったことを後悔して、顔を手で押さえた。
「今朝、妖怪が里に出ただろう?そのことでみんなピリピリしてるんだ・・・。俺だってフランちゃんがどうこうしたなんて、思ってないよ・・・けど、今出ていったら、フランちゃんが危ないんだよ・・・」
男はフランドールに顔を向けず、森を指差した。
「あ・・・」
フランドールは何かを言いかけたが、男がつらそうだったので何もできなかった。
やがて、一度だけ里に目を向けると、フランドールは森のほうへと飛んでいった。


「なんで・・なんでよ・・・」
とぼとぼと夜の森を歩くフランドール。ざわざわと揺れる木々の隙間から、月明かりがもれる。
行く当ても無く、歩きつかれたフランドールは大きな木にもたれて座りこんでしまった。足を止めると急に心細くなり、鼻がすんすんと鳴りだした。
それでも泣くのだけは我慢していると、どこからか知らない声がきこえてきた。
「あらら?泣いてるの?」
きょろきょろと辺りを見まわすフランドールの足元から、声が再び聞こえる。
「ここだよ。ここ」
足元にあるのは月明かりでできたフランドールの影。
首をひねるフランドールの前で、影は自分の肩をすくめてみせた。もちろんフランドールは動いていない。
驚いて返事も忘れたフランドールにはお構いなく、影は好き勝手に手足をばたつかせて踊っている。
「お腹でもすいた?だったら食べよう!人間、食べよう!」
影はくるくる回るごとにその姿を徐々に変えていき、フランドールの姿からやがて鳥のそれに変わってしまった。
フランドールの頭上から大きな羽ばたきが聞こえた。
「今夜は人狩りショータイム!」
太い枝に腰掛け、フランドールを見下ろしていたのは、夜雀の妖怪だった。右手に何かを持った夜雀は、それをフランドールに放ってよこした。
カランカラン・・・乾いた音を立てて転がったのは、片方だけの下駄。
「近くにいるよ!いるよ~!まだ生きてると思うけど」
歌うように誘う夜雀に、フランドールは顔を伏せたまま答えた。
「その人間って・・・犬、つれてなかった?」
「犬?デザートにもならないサイズだったけど、欲しいの?」
翼を広げ、魔力を展開していくフランドールに夜雀は満足そうに頷いた。
前触れも無くフランドールは手にしていた杖を真横に振った。
たちまち巻き起こる炎の渦。それはまるで剣のように木々を切り裂き、夜雀に迫る。
すんでのところで飛び立った夜雀は、怒って騒ぎ立てた。
「ちょ、ちょっと!なんでいきなり攻撃してくるのよ!私が見つけた人間、独り占めしようっていうの!?」
「ううん・・バトンタッチ。有彦と遊んでくれたみたいだし」
細めた目に笑みを浮かべ、フランドールも夜雀と同じ高さまで飛びあがる。
「あなたにはコンテニューさせないからね!」

「ひぇぇぇっ!」
情けない悲鳴をあげる夜雀のそばに、ぽつんと火の玉が浮かび上がった。
それは、ひとつ、ふたつと数を増し、ゆっくりと動き出す。やがてその数が二十を越えるころ、逃げ惑う夜雀はすっかり火の玉に囲まれる形となった。
「ね、もういいでしょ?私の負けだからぁ」
泣きそうな声で訴える夜雀を無視して、そのすぐ横を火の玉がかすめた。
夜雀は、恐る恐る顔を後ろに向けた。そこには大きな木があったはずだ。
しかし、そこは火の玉も何もなかった。
そう、何も。
幹は半分以上えぐれ、どうにか枝と根をつないでいるのみ。
「これ、当たってたら死んでたかも・・・」
その威力にも関わらず、音ひとつなくその破壊は行われた。音すら壊れてしまったとでもいうのであろうか。
大きく抉り取られた幹が、いまさらのようにミシミシと悲鳴をあげた。
ゆっくりと傾く大木は、勢いを増しながら夜雀にむかって倒れてくる。慌てて空に逃げようとした夜雀に、崩れ落ちる枝から何かが飛びついてきた。
「つかま~えた!」
その腰にしがみついてきたのは、赤い服の悪魔――フランドールだ。
嬉しそうな笑顔のフランドールに対し、夜雀の顔は真っ青。フランドールを振りほどこうと、じたばたと必死にもがく。
「じゃ、壊れてくれる?」
フランドールの翼に七色の光が宿る。夜雀は観念して目を固く閉じた。
「ダメじゃないか、フラン。もう泣いてるじゃない」
下から聞こえた声に、フランドールはパッと表情を変えた。夜雀にはそれっきり興味がなくなったのか、その場に放り投げて地面に降り立つ。
これ幸いと夜雀は、一目散に飛び去っていった。
先ほどフランドールがへし折った大木のそばに有彦は隠れていた。茂みから顔をだした彼の姿はボロボロの泥まみれだった。
「有彦!怪我してる!」
「たいしたことないよ」
夜雀や倒れてくる木から逃げるときに、あちこちに擦り傷、切り傷ができていた。それでも有彦は、心配そうに足元で鳴く子犬を抱きかかえてニカっと笑った。
「それより、探したんだよ!」
「それより、探したんだからね!」
同時に大声をあげた二人は、お互いを見つめ合い、そして大声で笑った。
その笑顔につられて子犬が有彦の顔をぺロリと舐めた。それは傷にちょっとしみたが、有彦は気にせずに子犬を高く持ち上げた。
「うー」
フランドールは唸り声をあげて有彦を見つめていたが、にまっと笑って有彦にぶつかってきた。
いきなりのことにそのまま押し倒されてしまう有彦。
「わたしもやるー!」
馬乗りになったフランドールは、そのまま顔を近づけてきた。
「い、いやだ!フラン、やめてよ!」
有彦は真っ赤になって暴れたが、吸血鬼の力にかなうはずも無い。頬の傷を舐め取られてしまった。
その時、茂みの向こうから人の気配を感じてフランドールは顔を上げた。たくさんの松明が見える。
里の人間だ。知った顔に安心したフランドールは、ぱっと笑顔になった。
しかし、人間は無言で足元の石を拾うと、フランドールに投げつけた。
有彦の上に座ったフランドールはそれを避けることもままならず、その場に崩れ落ちた。
大人達はフランドールから有彦を引き剥がし、抱きかかえられた。
「フラン!フラン!」
有彦は大声でわめくが、そのまま後ろに連れていかれてしまう。
頭から血を流すフランドールは、ピクリとも動かない。彼女を取り囲んだ大人達は、手にした棒を振り上げた。
「死ね、化け物!」
しかし、振り下ろされた棒はフランドールに触れると、澄んだ音と共に粉々になってしまった。
唖然とする人間の輪の中、ゆっくりと立ちあがるフランドール。
人間たちが見てきた彼女は、笑ったり拗ねたり、いつもころころと表情を変えているような女の子だった。
しかし、地面からわずかに浮き上がった吸血鬼は、どんな表情も浮かべていなかった。怒ることなく、悲しむこともなく、誰を見つめることもなく、ただ前を向いていた。
パキン
小さく、澄んだ音が聞こえた。
フランドールの足元の草が粉々になる音だった。その音が破壊の始まりを告げた。
輪を描く魔力がフランドールを中心にして広がっていく。波紋のように幾重にも、幾重にも。
波紋に触れた木がガラスのように砕けて散ったのを見て、人間達は一目散に逃げ出した。

塵と化した木々が降り注ぐ中、人間たちが必死に走る。
波紋の速度はそれほど速くない。走れば振りきることもできるであろう。
しかし・・・
「前!」
紅い波紋は前からも木々を砕き迫ってきていた。
「こっちだ!」
しかし、逃げる方角を変える度、波紋は前から広がってくる。四方から迫る波紋に追い詰められ、人間達は再びフランドールの目前に立たされた。
先ほどと同じ場所、同じ顔のまま、フランドールはただ浮かんでいた。
積もった塵を巻き上げ、再びフランドールの足元に波紋が立った。
息を呑み、目を閉じるしかない人間達の耳に、凛とした少女の声が聞こえた。
「星符!ドラゴンメテオぉっ!」
刹那、激しい閃光と衝撃が走った。
塵もなにもかも吹き飛ばした衝撃に巻き込まれ、その場の全員がしりもちをついてしまう。
人間も、フランドールも。

ぺたんと座りこんだフランドールが目を開くと、辺りの風景が大きく変わっていた。
厚く積もった塵はどこかに吹き飛び、目の前の地面には大きなくぼみができあがっている。
そして、そのくぼみの中央に立つ黒いとんがり帽子の少女。
「魔理沙ぁ・・・」
「よっ」
人差し指で帽子のつばを持ち上げた魔理沙は、口の端をニヤリと吊り上げた。
「まぁた派手にやったもんだな。怒られるぞぉ」
魔理沙はフランドールの前にしゃがみ込み、頭をくしゃくしゃと撫で回した。
知った顔を見て安心したのか、フランドールは声を上げて泣き出してしまった。
「わたし・・わたし・・魔理沙みたいに・・いっぱい、いっぱいお友達ほしかったの・・・」
抱きついてくるフランドールには好きにさせたまま、魔理沙はくぼみの向こうにいる人間達に目を向けた。
皆、一様に怯えた顔でこちらを見つめている。一人だけ大人に混じった子供の表情は見えないが、フランドールを見る元気もなさそうだ。
「でもね・・ダメ・・だったの・・わたし、全部こわしちゃうから・・・だから、みんな・・・」
あとは泣きじゃくるだけで、フランドールの声は言葉にならなかった。
「バカだな・・フランは」
魔理沙は優しくフランドールの手をほどいて立ちあがった。
「全部壊しちゃうだって?」
肩をすくめて首を横に振る魔理沙は、自分で空けた地面のくぼみを指差した。
「見ろよ。フランのより、壊れてるだろ?」
少し落ちついたフランドールは目をこすりながら魔理沙の言う通りにした。確かにフランドールの波紋は地面には傷一つつけていない。
「壊すなんてな、私にだってできる。そんなことは・・・普通だ」
手にした箒を首の後ろにまわし、魔理沙は数歩前に進む。
「だったら、友達つくるのも、誰にだってできるんじゃないか?そんなことは――」
魔理沙はくるりとフランドールに向き直り、両手をぱっと広げた。
「普通だぜ」
一瞬、きょとんとした顔をしたフランドールだが、すぐに沈んだ顔に戻ってうつむいてしまう。
「でも・・わたし・・・」
フランドールがチラリと人間達に視線を走らせたのを魔理沙は見逃さなかった。
『あぁ、なるほどな』
内心、頷きながら魔理沙はフランドールの耳元でささやいた。
「じゃあ、魔法使いさんがおまえさんに、ひとつ魔法を教えてやろう。それはな・・・」
「で、でも!わたし、別に・・・」
「ほら、そんなんじゃダメだぜ」
魔理沙はフランドールの背中をパンと叩く。
それで意を決したフランドールは、ごくりと喉を鳴らしてから大声で言った。
「あ、あの!ごめんなさいっ!」
ペコリと頭を下げるフランドールに、毒気を抜かれた人間達の表情も少しだけ和らいだ。
フランドールはおどおどと魔理沙を振りかえった。魔理沙にもひどいことをしてしまったことを思い出したのだ。
「あのね・・魔理沙・・・ごめんなさい・・・」
「さぁて、なんのことだったかな?」
照れたように頬を掻く魔理沙は、箒の柄で空を指した。
「さ、お迎えもきたみたいだし、帰ろうぜ」
その先には、満月を背にして紅い目の悪魔が飛んでいた。フランドールの姉――レミリアだ。


④史上最悪の姉妹喧嘩
「探したわよ・・・フラン」
蝙蝠の翼をはためかせ、レミリアは静かに言った。
「イヤよ!イヤったらイヤ!」
フランドールは魔理沙の後ろに隠れ、話も聞かずに舌を出した。
それを見てレミリアは、わずかに顎を上げて目を細めた。
「お、おい!フランやめろ!挑発するなっ!」
慌てて魔理沙はフランドールの肩を揺さぶった。レミリアがあの顔をするときは、いつもきまって――
「魔理沙、黙ってここから消えなさい」
「また、そんな無茶をっ!」
魔理沙が振り返った時にはもう遅い。目前に迫っていた魔力の塊が弾けるところだった。
爆発は小さいものだったが、直撃を受けた魔理沙は軽く吹っ飛んだ。そして、そのまま頭から地面に激突。打ち所が悪かったのか、そのまま動かなくなった。
「あーっ!酷いんだ!魔理沙にあやまれーっ!」
頬をふくらませて怒ったフランドールは、杖を炎の剣に変えて下段に構えた。
「禁忌・・・レーヴァテイン!」
フランドールの叫びと共に、炎の剣は突如その大きさを変えた。身長の何倍にも伸びた剣を真横に振り回し、その勢いで上段にふりかぶる。
「燃えろっ!」
轟音を共に振り下ろされた炎を、レミリアは涼しい顔をして横に避ける。いや、振り下ろされる前に立ち位置を変えていた、が正しい。
「謝るのはあなたよ、フラン。スカーレット家当主として、あなたのしたことに目をつぶることはできないの」
レミリアは後ろを振り返ろうともしなかったが、フランドールの炎は森を貫き、その破壊は森の向こうの湖まで達していた。
「こんなものまで振り回して・・・」
「当たらなかったんだから、いいじゃないの」
「よくないっ!」
反省の色も見せないフランドールに、レミリアの堪忍袋の尾が切れた。
赤い光の尾を引いて急降下してくるレミリアを、フランドールは地面をけって迎え撃つ。
猛スピードのレミリアと、超破壊力のフランドールの剣。二つの紅い光が上空で交差した。


魔理沙はむくっと起き上がり、軽く頭を振った。
「あら、起きたの?」
声をかけてきたのは博麗神社の巫女――霊夢。
見れば、紅魔館の小間使い、死者の王たる西行寺・・・今回の件に興味を示した面々が勢ぞろいしていた。皆、魔理沙には目もくれず、空を見上げている。
「はじまっちまったか」
「わりとさっきね」
魔理沙も里の人間がいないことに安心して、空を見上げた。こんな人外魔境はさっさとおさらばするに限る。
それほど遠くない空の上で、フランドールとレミリアは大喧嘩の真っ最中だった。ぶつかり合う度に空気がビリビリと震え、離れれば眩い閃光が走る。
「なぁ・・・アレ、決着つくのか?」
魔理沙が呟くのも無理はない。
レミリアの運命を操る能力と、フランドールのありとあらゆる物を破壊する能力。
この二つの能力は戦闘、特に防御に関して言えば圧倒的すぎる。二人に対しては、どんな攻撃も決定打になりえない。
現に、レミリアは攻撃が来る前から回避を始めているし、フランドールに向けられた攻撃は全て霧散してしまう。
「つくわよ」
しばらく考えていた霊夢は、ふいに口を開いた。
しばし間が開いていたので、魔理沙は霊夢が何を言っているのか、理解するのにしばし時間を要した。
「んじゃ、賭けるか?」
魔理沙はニっと笑みを浮かべ、回りの妖怪たちに声をかけて回りだした。


「フラン・・・あなた・・いい加減になさいよ・・・!」
「お姉さまこそ・・・泣いてもしらないんだからね・・!」
レミリアもフランドールも興奮で目を血走らせている。
お互いの弾幕が当たらないというのであれば、直接叩き込めばいい。同時に同じ結論に達した二人は、一気に間合いを詰める。
「カチ割れろぉっ!」
物騒な声をあげ、先に手を出したのはフランドール。手にした杖を宙返りして叩きつけた。
「ありゃ?」
しかし、ねじくれた杖は空を切り裂くのみ。ブンと威勢のいい音だけが響いた。
レミリアは突如、飛ぶ方向を変えてその打撃を回避。
「遅いっ!」
再び方向転換をしてフランドールに蹴りをいれる。
宙返りの最中だったフランドールは背中に直撃を受けて、高度を下げた。
その機を逃さす、レミリアは攻めの体勢に入った。
猛スピードでフランドールの回りを飛び回り、すれ違いざまに小さな一撃をいれていく。
「ちょ・・こ・・ま・・か・・と・・・!」
フランドールは苛立って手を振り回すが、それでつかまるレミリアではない。更なる一撃がフランドールに刻まれた。
レミリアの飛行速度は曲がるたび、徐々にあがっていく。鋭角にすら方向転換してみせる彼女を肉眼で捕らえることはすでに不可能。幾度も折れ曲がった紅い線が見えるのみ。
それでもレミリアの加速は止まらない。フランドールは紅い渦に飲まれ、無様なダンスを踊っているかのようだ。
それでも両手を振り回すことをやめないフランドールは大きく体勢を崩してしまった。
その機を逃さず、レミリアは一際大きく輝き、一直線にフランドールにぶつかった。
レミリアの拳はフランドールの腹に直撃。くの寺に折れ曲がるフランドール。
初めて入った有効打に、誰もが息を飲んだ。
しかし、フランドールはボロボロになりながらも、ニヤリと笑う。
「捕まえた~!」
フランドールはあえて打撃をもらい、レミリアの動きを受け止めたのだ。その一瞬でレミリアの足をつかんだ彼女は、姉をめちゃくちゃに振り回しはじめた。
「わっ!わわっ!?」
レミリアは抵抗もできず、なされるがまま。そのままぐるぐる振り回されたあげく、放り投げられてしまった。


「さぁ、張った張った!」
後ろでレミリアの小間使いが、不謹慎だと抗議するが、魔理沙は取り合わない。妖怪たちの間を回って、どちらの勝利に賭けるか聞いて回る。
「おいおい。これじゃ賭けにならないぜ。みんなフラン一点かよ」
ところが全員フランドールに賭けると言い出してしまい、魔理沙は不満顔。
どれほどレミリアの能力が圧倒的であろうと、純粋な魔力ではフランドールが遥かに上。誰もが認めるその事実を前に、あえて危険な賭けに出る者はいないようだ。
「あら?じゃあ私はレミリアに賭けるわ」
ところがただ一人、天邪鬼な賭けかたをするのは霊夢。
魔理沙はむぅと唸り、霊夢をにらんだ。
霊夢の勘はやたらと鋭い。しかし、それに怖気づいて賭けにならないのも、また面白くない。
「よぉし、やってやろうじゃん!フランが勝ったら――」
人差し指を立てて大きな声を出す魔理沙の頭上を、何か大きなものがかすめた。
それ――レミリアはそのまま地面に突き刺さり、大きな爆音を響かせる。
魔理沙は、上空から目を離していたことを思い出し、帽子を押さえながら顔を上げた。
空に浮かぶフランドールは、右手に握った巨大な剣に左手をそえた。
「やばいっ!逃げろっっ!!」
魔理沙の警告より早く、その場にいた全員が蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

「があぁぁぁっっ!!」
土ぼこりを払いのけ、レミリアは獣のような唸り声をあげた。
ドレスの裾はズタズタ、大事にしていた帽子もどこかに飛んでいってしまった。体のあちこちから流れる血よりも、そのことがレミリアを苛立たせる。
「咲夜が・・・咲夜がおめかししてくれたのにぃぃぃ!」
地に手をつき、ようやく立ち上がったレミリアは、空を強張った顔で見上げた。
上空ではフランドールが、再び炎の剣を振り上げていた。
「バカの一つ覚え(レーヴァテイン)か・・・格の違いを見せてやるよぉっ」
レミリアは右手を真上に突き上げ、短く宣言した。
「神槍・・・スピア・ザ・グングニル」
その宣言に応え、レミリア自身の血が空に巻き上げられ、一つの形として集まる。
完成したそれをつかみ、レミリアは空へと舞い上がった。
フランドールの炎が剣なら、レミリアの血は槍。二つの紅は月の前でぶつかり合った。
両者の威力は同等。つばぜり合いとなった剣と槍の間に、相殺しあう魔力がバチバチと音を立てて弾ける。
「落ちろっ!」
間髪いれず、レミリアの蹴りが飛んだ。
つばぜり合いで押し切るつもりだったフランドールは、その直撃を受け、あらぬ方向に剣を振ってしまう。
それでもフランドールは、下段から切り上げようとするが間に合わない。レミリアの振り下ろした槍が顔面を叩いた。
「ふぎゃっ」
悲鳴をあげて落下するフランドールだが、なんとか体勢を立て直し、ふわりと地面に降り立った。
顔を叩かれ、さらに頭に血が上ったフランドールは、目に涙を浮かべて頬を膨らませた。
「お姉さまの・・・お姉さまのバカぁぁっ!!」
その叫びに呼応して、フランドールの翼から魔力があふれ出る。その濃密な魔力は、妖気と化して辺りを包み込んだ。ゆらめく妖気の向こうに立つフランドールの姿は、目視するのが難しいほどあやふやになっていく。
「禁忌・・・」
何事か呟いたフランドールは、妖気を突き破って突進してきた。
袈裟懸けに切りつけてくる剣をレミリアは、軽く槍でいなす。そのまま槍の石突をぶつけてやろうとしたが、その手を止めざるを得なくなる。
フランドールの背後に紅い光が見えたのだ。
妖気の中にあるその正体を見極める時間はない。大きく体をよじってなんとか回避に成功した。
飛んできたそれは、炎の剣だった。
「な・・なんてこと・・・スペル同時発動とは・・・」
そう。フランドールの背後にいたのは、もう一人のフランドール。その後ろにも、その後ろにも――
フランドールはレーヴァテインを解除することなく、次のスペルを発動したのだ。
「禁忌・・・」
「フォーオブアカインド・・・」
「こんどこそ・・・」
「真っ二つだからね・・・」
荒い息を吐きながら口々に呪いの言葉を吐く四人のフランドールは、手にした炎の剣をバラバラに構えた。
その底なしの魔力にレミリアも、さすがに息をのんだ。
それでも、お互いが間合いを詰めだしたのは同時。
取り囲もうと四方向から迫るフランドールに対し、レミリアは一歩も引かずに真っ直ぐ走った。
まっさきに斬りつけてきた一人目の頭上をきりもみを加えて飛び越え、着地と同時に足払いをかける。
その回転を生かし、片手で槍を振り回して二人目をなぎ倒す。
立ち上がったところで槍を突き出す。
しかし、残ったフランドールは二人がかりで槍の柄をつかんだ。つかんだ手が焼けるのにもまるで気にした様子もない。起き上がった残りの二人が動けないレミリアに飛び掛る。
「ふんっ」
レミリアはつかまれた槍をそのまましならせ、それをバネにして飛び掛ってきた二人を蹴り飛ばした。
「なによ!なによ!」
「そんなんじゃ、ちっとも痛くないんだからねっ!」
「ほんとに痛いのするからね!」
「泣いちゃえっ!!」
四人がかりでも接近戦では勝ち目がないと知って、フランドール達は上空に舞い上がった。
フランドール達はチラリと目配せをすると、レミリアの上四方に散った。
「「「「壊れちゃえぇぇっ!!!!」」」」
四人は炎の剣を大きく伸ばし、真上に振り上げた。
「やば・・・っ!逃げれない」
レミリアの槍は一本。一人を撃ち落しても、振り下ろされる三本の剣は防げない。
かといって、四本の剣を防ぐ魔力はレミリアには無い。
「逃げる?私が・・・・このレミリア・スカレーットが・・・?」
うつむき、立ちつくすレミリア。
「「「「レーヴァテイィィィィィン!!!!」」」」
四つの声が重なった時、レミリアの思考は真っ白に染まった。
「逃げるなんてことがあってたまるかぁぁっ!!!!」
絶叫したレミリアは、手にした槍を真上に投げつけた。
槍は交差した四本の剣を貫き、真っ赤な閃光をあげて砕け散った。
直後、炎が地面を砕いた。


「あーあ、こりゃダメだ。死にはせんだろうが」
魔理沙はなぜか嬉しそうに霊夢の肩を叩いた。
「そんなの、まだ分からないじゃない」
霊夢は不機嫌な声でそっぽを向いた。
「も、もうそろそろ十分なのでは?」
咲夜は珍しくおろおろした声をあげた。
見境無く暴れだした二匹の吸血鬼から、命からがら逃げ出した人間三人。顔を突き合わせても、あの大戦争に介入する気はなさそうだ。誰だって命は惜しい。
「あらあら?もうちょっと続くみたいよ?」
三人のすぐ隣で、ばっと扇子を開く音がした。振り返ると、いつの間にか青白く光る亡霊の姿があった。
「ほら、あそこ」
西行寺は目に笑みを浮かべると、扇子で空を指した。
そこには月を背にしたレミリアが、フランドールを見下ろしていた。
「いつの間に・・・」
「あらら、見えなかった?」
首をひねる霊夢に西行寺は笑みを投げかける。
「あの子、速いのね・・・自分の槍で空けた穴に飛び込んで上をとるなんてね」
いつもなら煙に巻くような物言いの西行寺だが、今日は素直に解説をしてくれる。その声はいささか興奮気味だった。
「ほら、はじまるわよ」
右手を突き上げ、二本目の槍を呼び出したレミリアに、西行寺は手を打って喜ぶ。
人間三人は、そんな西行寺になんと応えていいのか分からずにいた。


「フラン・・・あなたの負け。あなたの『次の攻撃は絶対に当たらない』」
フランドール達を見下ろし、レミリアは冷たく言い放った。
「ふーんだ!そんなこと言って、これならどう?」
その挑発に腹を立てたフランドール達は、わめき散らしながら再び散開。
「切り刻め!時計!」
一人目が投げつけた杖は、レミリアの目の前でピタリと止まり、紅い光を放って回転を始めた。回転の速度は徐々にあがっていく。
「砕けろ!カタディオプトリック!」
二人目の放った巨大な魔力弾は、破片を撒き散らしながらレミリアに迫る。
「撃ちぬけ!スターボウブレイク!」
三人目の翼に宿る七色の宝石。そのそれぞれから七色の矢が射られた。十四本の矢は速度を増しながら飛来する。
そして四人目はやはり――
「壊れろ!レーヴァテイン!」
どこまでも伸びる炎の剣を真っ直ぐに振り下ろした。
三つの禁弾の技と、禁忌とされる剣が迫ろうとレミリアはその場を動かない。ただ、そっと目を閉じるだけ。
「運命の流れを垣間見なさい」
レミリアの目がかっと開かれた。
刹那、レミリアを中心として紅が広がる。それは空を、大地を、木々を、いや世界を紅に染めた。
紅が通り過ぎた後、下の森から四つの爆音が響いた。
「なぜ?どうしてっ!?」
ヒステリックに叫ぶフランドールをよそに、依然レミリアはその場に浮かんでいた。四つの攻撃は全て空を切り、森を焼いたのみだというのだ。
答えずレミリアは紅い軌跡を残して消えた。
時計を投げたフランドールの前に現れたレミリアは、その槍で激しく突きを連打する。獲物を持たないフランドールは徐々に後ろに追い詰められていった。
「うぁぁぁっ!」
背後から紅い光が迫る。
レーヴァテインを握ったフランドールが、横薙ぎに剣を振るった。
「遅いっ!」
レミリアは真上に飛び去ったが、時計のフランドールは間に合わず炎の中に消えた。
「「痛い!痛いッ!!」」
それに逆上した残りの二人が突進してくるが、レミリアはそれを許さない。投げつけられた槍が二人を貫き、紅い塵となって砕け散った。
「運命操作・・・・やってくれるじゃない・・・の」
「フラン、あなたが・・・こんなに聞き分けのない子だとは・・・思ってなかったからね」
残ったフランドールと、振り返るレミリアがお互いを睨み合う。両者とも肩で荒い息をしており、魔力、体力共に限界が近いのは明らかだ。
「でも・・・こんなんじゃ、終わりじゃないんだからね」
主人を失ってもまだ回っていた時計が、元の杖に戻り、剣のフランドールのもとへ帰ってきた。
杖をつかんだフランドールは一際大きな声で宣言した。
「さぁ、お姉さまの魔力が尽きるまで続けるからね!禁忌!レーヴァテイン!」
フランドールが新たに手にした杖が、たちまち炎の剣に変わる。両手に構えた二本の剣が長く伸びた。
「ハンッ」
鼻で笑ったレミリアの周囲に無数の紅い点が浮かび上がる。小さく泣き声をあげるそれは、蝙蝠の目だった。忠実なる使い魔たちは、主人の攻撃命令を待ち受ける。
フランドールは二本の剣を振りかぶり、レミリアは蝙蝠を無数に散らす。
二人の雄叫びが重なったとき、異変が起きた。
フランドールの翼から七色の光が失われ、炎の剣はレミリアに届く前に消えてしまった。
レミリアの蝙蝠もまた、目から紅い光を消して散り散りに飛んでいってしまった。
「あら、ら?」
「え?」
魔力切れ。
それに気づいたときには、二人共もう飛ぶこともできないほど疲れきっていた。
レミリアは羽を広げ、なんとかゆっくり地面に降りようとするが――
「ちょ、フランこっちこないで!」
「だって!だって!!」
飛べなくなったフランドールがしがみついてきた。初めての魔力切れにパニックを起こしたフランドールは泣きそうな顔になっていた。
「ム、ムリだってば!」
魔力切れの翼に二人の体重は支えきれない。二人は、そのまま絡み合って地面に激突してしまった。


「落ちたな」
「ええ、また落ちたわ」
魔理沙も霊夢も予想できない形で世界は平穏を取り戻した。


⑤LastWord
レミリアとフランドールは正座をさせられ、しゅんとおとなしくしていた。二人の前でお説教をしているのは小間使いの咲夜だ。
これではどちらが主人か分かったものではない。
「――で、喧嘩の原因はなんだったのですか?」
咲夜がため息をつくと、まずフランドールが口火を切った。
「だって!だって!お姉さまが悪いんだよ!私の友達とろうとするんだもん!!」
それを聞いてレミリアもおとなしくはしていない。隣に座ったフランドールの頭をいきなりポカリと殴りつけた。
「お嬢様っ!」
咲夜がとめようとするが、もう遅い。
反撃に出たフランドールとレミリアは、取っ組み合いの喧嘩になってしまった。
こうなるぐらいなら、もう好きにやらせるしかない。咲夜は頭を抑えながら、周辺へのお詫びの言葉を考え始めた。
「フラン!どうして分かんないのよ!勝手に外にでちゃいけないって!」
「お姉さまは毎日遊びにいってるじゃない!」
つかみ合って転げまわる二人。相手が砂埃で咳き込もうが、お構いなしに拳を叩き込む。
「そんなこと言って、あなた何でも壊して人に迷惑かけるくせに!」
「お姉さまの我侭は迷惑じゃないっていうの!?」
離れればノーガードで殴り合い、つかみ合いになれば顔を引っかく。女の子の喧嘩としては少々荒っぽいものになってきた。
「はいはい、そこまでです」
見かねた咲夜はレミリアを、魔理沙はフランドールを後ろから羽交い絞めにして引き剥がした。
「咲夜、はなせーっ!」
「ふーっ!!」
わめき散らす二人を、魔理沙は不思議そうな顔でみていた。
「なぁ、レミリアよ。お前、お姉さんなんだから、ちょっとぐらい妹の我侭ゆるしてやれよ。ちょっと留守番できなかっただけだろ?」
軽くたしなめようとした魔理沙に、レミリアは激しい怒りの視線をぶつけた。
「そうよ!私はフランの姉で、スカーレット家の当主よ!」
その気迫にその場の全員がビクっと首をすくめた。
「スカーレット家の妹、スカーレット家のメイド、スカーレット家の門番!全部!全部私のモノなの!」
「ちょ、お前っ!」
その物言いに魔理沙は腹が立ったが、レミリアは口を挟むことを許さない。
「だから!私には私のモノの生活に責任があるのよ!」
それを聞いた咲夜の手がわずかに緩んだ。
「だからっ!スカーレット家は常に王でなくてはならないっ!」
レミリアは肘鉄砲を食らわし、咲夜の腕から空へ舞い上がった。
「そんなの、私には関係ないもんっ!お姉さまが勝手すれば?」
「フラン、あなたの力は不要な敵を招き、その混乱に乗じようとする者も呼ぶっ!」
レミリアは、扇子で口元を隠す西行寺に一瞥をくれた。
「私はやってる!ちゃんとやってるのよ!なのに!なのに!ずるいよフラン!?あなたばっかり!」
一足先に魔力が戻ったレミリアは、またもや世界を紅に染める。
「ありのまま、好き勝手生きているのに許される!愛される!?」
「そんなの知らない!知らない!」
首を振ってわめくフランドールに、レミリアは次の運命を告げた。
「フラン、あなたは『何もできずに吹っ飛び』反省する」
レミリアは右手を真上に突き上げ、巨大な魔力弾を浮かび上がらせた。
「おじょ・・っ!」
それを止めようとした咲夜だが、今レミリアを叱るのは逆効果だと気づいて言葉を詰まらせる。今はフランドールを叱らないとレミリアは納得しないであろう。
「お姉さまには分からない・・・・いつだって周りに誰かいて、なんだってしてくれる・・・・」
ヒステリックに叫ぶレミリアとは逆に、フランドールはうつむいて鼻をすすり上げた。
「そんなお姉さまには分からないぃぃっ!!」
顔を上げたフランドールの翼に七色の光が宿り、あふれ出る魔力は彼女の足元を削った。
「ひえぇぇっ!」
咲夜も魔理沙も一目散にその場を離れる。こうなったら部外者は逃げるしかない。
レミリアが宣言した以上、次の攻撃はフランドールを吹き飛ばす。それは決定事項だ。
それが分かっているフランドールは、うかつに魔力を爆発させたりしない。
レミリアはフランドールの防御ごと撃ちぬくために、さらなる魔力を集めていく。
「あ~、もう始まってるよ」
その時、一触即発の空気をまるで読まない声が、木々の向こうから上がった。
しげみを掻き分け現れたのは――
「いてて・・・枝ひっかかった!ほら、しっかり歩きなさいってば」
行方不明になっていた紅魔館の門番、美鈴だった。
彼女は夜雀の首根っこをつかんで引きずってきた。
「お嬢様も、妹様も。もう止めにしません?」
そののんきな物言いに、レミリアもフランドールも物凄い形相ですごんだ。
「「ああんっ!?」」
「ひぇっ!ごめんなさいっ・・・じゃなくって、もう喧嘩する理由なんてないんですよぉ」
一喝されて丸くなる美鈴の横を一人の少年がすり抜けていった。
「ダメじゃないか、フラン。喧嘩なんかしちゃ」
「有彦っ!」
その声を聞いて、フランドールの顔が一瞬輝くが、すぐに気まずそうにそっぽを向いてしまう。
「フランっ!僕、謝りにきたんだ!みんなもっ」
有彦に続き、里の大人達もぞろぞろと木々を抜けてきた。皆、申し訳なそうな、それでいて怯えたような顔をしていた。
「フランが僕のために戦ってくれたこと、みんなもう分かってるんだよ!だからもう止めてよ!」
「そんなのっ、そんなのもう関係ないもん!」
意固地になって有彦に背を向けるフランドール。
「だから・・・ごめんっ!」
「あ・・・」
有彦が頭を下げたとき、フランドールははっと息をのんだ。
「そっか・・・魔理沙、私わかったよ」
そして、少しだけ表情を穏やかにして、レミリアと再び向かい合う。
フランドールの様子の変化に、レミリアも気づいた。
「ふざけるな、人間ども!フランを追い立てたのは、お前達が望んだ運命じゃないのか!」
レミリアは腕を横に振って威嚇するが、有彦は一歩も下がらない。本当は怖いのだろうが、必死な顔でフランドールのそばに立っている。
「うああああぁぁぁっ」
しかし、精神的に追い詰められていたのはレミリアの方だった。
咲夜はレミリアを止めようとしたし、人間達はフランドールの味方だ。圧倒的有利な立場にありながら、いつの間にかレミリアは孤立しているような感覚に襲われた。
フランドールを一撃で沈めるにはまだ早いが構いはしない。レミリアは突き上げた右手を振り下ろした。
「あ・・・ら・・?」
しかし、宙に浮かんだ魔力弾は静止したまま。何が起きたのか慌てて考えるが、レミリアの理解は間に合わなかった。
レミリアが構築した紅の世界に小さな亀裂が入る。亀裂はあっという間に縦横に走り、澄んだ音を立てて砕け散った。
そして、世界は元の暗い夜に戻った。
「ありとあらゆるものを破壊する能力・・・ね」
無言で事の成り行きを見守っていた西行寺が、パタンと扇子を閉じた。
その音で我に返ったレミリアは、やっと何が起こったのかを知った。フランドールは自らに科せられた運命を破壊してみせたのだ。
運命を操る能力では、破壊の能力に勝てない。レミリアは敗北を理解した。
フランドールはゆっくり、レミリアに近づいてくる。
「ひっ」
レミリアは息をのんで丸くなった。
しかし、いつまでたっても破壊の衝撃はやってこなかった。
恐る恐る目を開けたレミリアが見たのは、上目遣いでこちらを見つめてくるフランドール。
「あのね・・・私、約束守れなくって・・・・お姉さまが困ってるって知らなくって・・・これからはいい子にするから・・・ごめんなさいっ」
ペコリと下げられた妹の頭を軽く小突き、レミリアは腕を組んであらぬ方向に顔を向けた。
「あ、当たり前よ!そんなに汚くしちゃって、お風呂に入るまでは部屋にはいっちゃダメだからね!」
人差し指をくわえたフランドールは、何かを待つかのようにレミリアから視線を外さない。
「私こそ、ごめん・・・その、ぶったりして」
レミリアがそう言ったとたん、フランドールは姉に抱きついた。レミリアは驚いて羽根をピンと立てたが、すぐにフランドールの頭を撫で回した。
レミリアは何かを言ってやりたかったが、あまり妹と話もしてなかったことに思い当たった。
「すごい!すごいよ!この魔法!」
はしゃぐフランドールを背負ったまま、レミリアは月夜に舞い上がる。
「咲夜、先に帰ってなさい。私達は少し散歩してから帰るわ」
「お嬢様・・・・いえ、いってらっしゃいませ」
もうすっかり仲直りした二人なら大丈夫。咲夜は口うるさく言うのをやめた。


残された者たちはというと――
「――ですから、この紅美鈴が里の人達にですね――」
美鈴は、人間を説得してフランドールの元に向かわせた話を延々とつづけていた。
「――この度は、まことに申し訳ありませんでした。ほら、あなたも謝りなさい!」
各方面に頭を下げて回っていた咲夜は、遊んでいる美鈴を見つけると、いきなり後ろから殴りつけた。
「いたい!咲夜さん痛いです!ああっ、ごめんなさいっ!」
「やれやれ、一件落着・・ね」
美鈴の大声に、いい加減うんざりしてきた霊夢は、お払い棒で自分の肩を叩いた。と、その時、いつの間にかこの場から消えた人物に思い当たった。
「あら・・・?」


「私は残念です」
「あらあら、どうしたの?」
夜道を行く西行寺の前を小間使いが提灯で照らす。小間使いの少女は、まだ幼い顔を不満げに膨らませていた。
「だって、あの勝負はレミリアとフランドールの共倒れを狙ったものではなかったのですか?」
「あら怖い。あなた、そんなことを考えていたの?」
からかうようにクスクス笑う西行寺に、小間使いはますますムキになった。
「じゃあ、なぜレミリアをあのように焚きつけたりしたのです!?」
「ん~。私もおもいっきり喧嘩できるような妹が欲しかった、のかな?」
西行寺は小間使いに顔を近づけて囁く。
「ね、帰ったら喧嘩してみない?」
今度こそ小間使いは怒ってしまった。一人でずんずん先にいってしまう彼女を、西行寺はふよふよ飛んで追いかけていく。
「あ~ん、ごめ~ん。冗談よ冗談」



終章
紅魔館の深夜のティータイムは静かに行われていた。
「咲夜・・・私、子供だったわ」
ティーカップを置いたレミリアは、唐突に切り出した。
珍しいことを言い出したものだ。驚いた咲夜はお盆を落としかけた。
だからといって今が大人かというと、そうとは思えない。咲夜はそう思ったが、口には出さない。
「運命が見えるとか、そんなことでいい気になって・・・フランがどれぐらい傷ついてるかなんて考えてなかった」
「しかし、誰かが妹様にご意見申し上げねば・・・・」
咲夜は言葉を選びながら答える。
「そうね。私はフランを連れ戻したんだし、やっぱり私が一番活躍したのよ」
単純にうなずくレミリアは、やっぱりまだ子供だ。でも、少しだけ優しくなった子供だ。咲夜は満足そうに目を伏せた。
「あ!魔理沙だ!魔理沙がきたー!」
その時、階下から、けたたましいフランドールの声が聞こえた。
「ねぇ、何して遊ぶ?弾幕ごっこ?弾幕ごっこ?」
フランドールの笑い声に咲夜は、ため息一つ。後片付けは彼女の仕事になるのだ。
「あんなことがあったのに、妹様は変わりませんね?」
「そう?咲夜にはわからないかな?」
レミリアは再びティーカップを傾けた。
「ね、今日はコンテニューしてもいいからね!」
魔理沙にはちょっと可哀相な優しさが聞こえてきた。
同じような日々が続いているのかもしれない。それでも皆、すこしずつ変わっていく。人も季節も。
窓から差し込む月明かりを見て、咲夜はそっと呟いた。
「もうすぐ秋ですわね」
初投稿ですが、よろしくお願いします。
びしばしコメントしてやってくださいね。
えみな
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コメント



0.1710簡易評価
7.90名前が無い程度の能力削除
喧嘩ってのは大事だよね
それはともかく美鈴が作中でお仕置き受けないかとヒヤヒヤしてました。
10.80名前が無い程度の能力削除
幽幽子様のカリスマっぷりがイイ!

誤字が ミレリア→レミリア
中々良かったので誤字が残念です
18.70名前が無い程度の能力削除
ところでパチュリーは?
21.無評価名前が無い程度の能力削除
「運命」を「破壊」って部分がいいですねー
それと美鈴の扱いをもっとやさしく・・・ムリ?
26.無評価えみな削除
>美鈴
そんなつもりはないんです!彼女はいい子なんです。
でも、気づくといじめているんです。誰か助けてあげて!

>パチュリー
あ。

>ミレリア
直してみました。ご指摘ありがとうございました。
29.80思想の狼削除
…途中、心が痛くなり、目頭が熱くなりました。
(ナナシノ十字星団様の「悪魔が歩んだ500年の軌跡」を読んだ後だからかもしれませんが…)
ありとあらゆる物を壊し、さらには運命をも破壊したフランですが、そうする事が出来たのもフランと人間との“壁”を壊した有彦のおかげではないでしょうか…?
36.70黒ニーソ削除
紫もやしはどうしたんでしょうか? そこだけ気になりました
39.90SSを読む程度の能力削除
戦闘の表現がとても上手いです。戦闘シーンが浮かんでくるようでした。
42.100名前が無い程度の能力削除
良い。
47.90冷。削除
正確には、95点。
君主であることを主張したレミリアには負けて欲しくなかった。それだけ残念。