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幻想郷外伝 涼古 第二幕 - 第二話

2006/09/10 15:33:21
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■前書き
※この物語には霊夢や魔理沙と言ったZUN氏の創り上げた人物は一切登場しません。
※第2幕から読み始めても楽しめるように努力はしているつもりですが、
  これまでのお話を読んでいたほうが楽しんでいただけるかと思います。
※前作は作品集10,11,20
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幻想郷外伝 涼古 第二幕

 第二話 「不死に至る病」






夜の幻想郷。
私とイルイルは、里から少しだけ離れた湖のほとりにあるラヴェンダーの家からの帰り道を歩いていた。
ラヴェンダーの家は、里を挟んで私の家のほぼ対極にある。
相変わらず湖は凍ったままだったけど、気がつかないふり。

「まったく、ラヴェは人使いが荒いわ・・・」

「別にいいじゃないの。いつもご飯作ってもらってるんだし」

「ま、そうなんだけどさ」

珍しくラヴェンダーのほうから家に来いなんて言ってきたと思ったら、部屋の整理の手伝いをさせられるなんて。
彼女の部屋は、もうこれ以上ないってほど魔女の部屋で、怪しげなマジックアイテムやらなんやらが所狭しと並んでいる。
簡単に整理なんて言ってくれるけど、知識の無い私にはもうなにがなにやらちんぷんかんぷん。
やれそれはいじるなやら、それはそこじゃないやら散々文句を言われて、なんか知らないけど魔物と戦った以上の疲労感だ。
ま、一通り終わったあとおいしい夕食をご馳走になったからそれはそれでいいんだけど。

「しかし変われば変わるものね」

「何がよ」

イルイルがくすくす笑いながらそんなことを言ってくる。
何を言わんとしているのかはわかる。
でも、なんとなく癪だからこれまた気がつかないふり。

「あれほど魔法が嫌いだった涼古が、魔女の館でマジックアイテムの整理なんて」

「・・・そうね」

私は魔法が大嫌いだった。
魔法って言葉を聞くだけで鳥肌が立ったし、初めてラヴェンダーの家に行ったときは早く帰りたくて仕方がなかったほどだ。
それが今じゃ毎日のようにラヴェンダーの魔法に触れているし、今日だって何の躊躇もなくマジックアイテムの整理ができた。
苦手なものの克服は、成長だと思う。
生きている限り成長は続くものだ。
こればかりはラヴェンダーに感謝しなくちゃいけないかもしれない。
今にして思えば「わけのわからない力が気持ち悪い」ってだけであれほど魔法を毛嫌いしていた自分のほうがわけがわからないくらい。
まあ、それでも。
いまだにラヴェンダーは「わけのわからない」計り知れないところが多々あるんだけれど。

「ん・・・」

とっぷりと日が暮れた、月すらも飲み込むような闇夜。
ラヴェンダーの家から里へ続く一本のあぜ道。
その行く先に、人影があった。
身長はさほど高くなく、私と同じか少し小さいと言ったところだろうか。
銀色の髪を肩まで伸ばし、夜の闇に溶け込むような黒い衣装。
膝下までのスカートは、上着とは対照的に純白で、このあぜ道には不釣合いなフリルがあしらわれている。
こんな夜に里の外に出歩く村人はいない。
したがってあの少女は、人間以外の何かだ。

「・・・しまった」

肩に手をやって、弓を持ってきていないことに気がつく。
さすがにこれは失敗だった。
昼のうちに帰れると思っていたんだけどなあ・・・。
これに関しては後でラヴェンダーに責任追及。
しかし今はそんなことを考えている余裕は無かった。
人間の姿形をした人間以外の何かは、得てして強力な力を持っている。
もしアレが危険なものだとしたら、丸腰でかなう相手では無いだろう。

「・・・イルイル、ラヴェンダー呼んで来て」

イルイルはこの異様な雰囲気を察したのか、余計なことは言わずに来た道を引き返し、ラヴェンダーの家へ向かって飛んでいった。
私は少し腰を落として、相手の出方を待つ。
銀色の少女は俯いていた顔を、ゆっくりと上げた。
ぞっとするほど美しく、色素の薄い貌。
不自然な輝きを放つ赤い瞳孔。
もしも月が出ていたら、これ以上の無いほどの絵画になるだろう。
その嫌というほど特徴的な顔で、目の前にいる何かの正体に気がついた。

「ヴァンパイア」

「・・・ふふ」

吸血鬼。
生きた人間の血を吸うことで、強制的に個体数を増やすという特殊にして最悪の繁殖方法を持つ魔。
・・・ちょっとばかしピンチかもしれないなあこれは。

「・・・食事の時間?それとも繁殖の時間かしら?」

「・・・・・・・」

吸血鬼は再び無表情に戻り、つまらなさそうに私に背を向けて振り返った。
まずい。
その先には、人間の里がある。

「・・・おかしいなあ」

「・・・?」

急に子供じみた口調になり、その場でじたばたと足踏みを始めた。
そのたび銀色の髪と、フリルのついた白いスカートがふわふわとひるがえる。
地団太を踏んでいる、というよりは、歩こうとしているのに進めないといった様子だった。

「なんで進めないんだろう。この先」

ばたばたと無様な足踏みをやめると、首をかくんと傾けてそう呟いた。
どうやら理由はよく分からないけど、吸血鬼はそこから先には何らかの理由によって進めないらしい。
なるほど、だからこんな道のど真ん中で立ち往生していたわけか。
どんな理由にせよ人間の里が襲われる心配が無いのは私にとっては好都合だ。

「まあいいや」

そうして、再びスカートをひるがえしながらくるりとこちらに向きなおし、幼い吸血鬼は私の顔をじっと見つめる。

「どうせ一人で十分だし」

そう言うと、徐々に歩み寄ってくる。
反射的に私は後ずさりをしようとして、ようやく私は気がついた。
すでに私は、この吸血鬼の術中にいることに。

「ぐっ・・・・」

「くすくす」

無邪気で無機質な笑みを浮かべながら、私に一歩一歩ゆっくりと近づいてくる吸血鬼。
このままではまずい。
必死に体を動かそうとするが、指一本だって動こうとはしてくれなかった。

「綺麗なお姉ちゃん・・・」

気がつけば吸血鬼は目の前。
近くで見るその少女の顔は、やっぱりぞっとするほど美しくて。
くそ、体が動かない。
顔も動かせないから、もう私の首筋に今にも喰らい付こうとしている吸血鬼の綺麗な顔が見れないじゃないか。

ああ、やっぱり、わけのわからない力は、あまり好きではない。

首筋に這う吸血鬼のぬるりとした舌の感触を最後に、私の意識は途絶えた。




    ****



自分の膝丈ほどにまで茂った赤い草原を駆け抜ける夢を見ていた。

徐々にドロドロとした思考が澄んで行き、自分が今まで睡眠状態にあり、覚醒に向かっているのだと自覚する。
ヒトが先ほどまでの光景が夢だったと確信した瞬間に目が覚める様にできてるのは、救いだろうか。
良い夢ならもっと見ていたい。
でも、あまり夢の虜になると、ヒトは夢から帰ってこれなくなってしまう。
ところで今まで見ていた夢は、どっちだったろうか。
もう思い出せないや。

「・・・おはよう」

目を開けるとそこは見慣れた他人の家だった。
目の前にいるのは見慣れた家の主。

「おはよう、ラヴェ」

まだ寝ぼけ眼をこすってベッドから起き上がる。
んっ、とひとつ背伸び。
そこでようやく、眠る前に起こった出来事を思い出す。

「!」

反射的に首筋に手をやる。
人差し指で丹念に首筋を探ると、確かにそこには2つの噛痕があった。
ご丁寧に頚動脈の上だ。

「ど、どうなの?涼古」

声がした方に向くと、イルイルが不安そうな顔で(ラヴェンダーに隠れながら)私を見ていた。
どうなの?というのはつまるところ「ヴァンパイアになっちゃったの?」ということなんだろう。
どうなんだろう。私。
吸血鬼化なんてしたこと無いからどういう感覚がソレなのかもわからないので返事に窮する。
首をかしげながら首筋を揉んでいると、ラヴェンダーが何かを取り出して私に突きつけてきた。

某世界で一番有名な人間がモチーフの、お約束の十字架。

それを受け取ってみるが、嫌悪感もなければ皮膚が爛れることも無かった。

「アーメン」

見よう見まねで十字を切って見る。
信仰者に見られたら怒られるな、こりゃ。

「・・・・・・じゃあ次は、これ」

ニンニクを丸ごと渡されるが、これもいたって普通。
その後も、やれ流水を渡れやら、結び目のたくさんついた縄を持てだの、一般的な吸血鬼の弱点をひとつひとつチェックされたが、特に異常は無かった。
というか、万が一にでも異常が出たときには、命にかかわるんじゃないのか?これは。

「どうやら大丈夫のようね」

「・・・じゃあ最後は、杭を心臓に・・・」

「それは誰でも死んじゃうから」

ちょっと残念そうな顔を見せると、興味をなくしたようにラヴェンダーは椅子に座り、いつものように本を読み始める。
読んでいるのか読んでいないのか、あいまいなしぐさでページを2,3枚捲るラヴェンダー。

「・・・涼古の血のほうが、ヴァンパイア・ウィルスより強かったのね」

「ヴァンパイア・ウィルス?」

「・・・人の、いえ生物の体に吸血鬼の牙から進入して、その構成物質を吸血鬼化させる何かのこと・・・」

吸血鬼化のメカニズムはよく分かってないから便宜上錬金術師はそう呼んでいる、とラヴェンダーは説明をした。

「ふーん」

錬金術の難しい話は興味なし。自分の体が無事だとわかればそれで良いや。
私は再びラヴェンダーのベッドにごろんと転がった。
ふわり、とラヴェンダーと同じ香りが鼻腔をくすぐる。
今までこんな良い香りの布団で寝てたんだ、私。

「・・・・・・泊まっていく?」

ラヴェンダーに言われて、壁に掛けてある古めかしい時計に目をやる。
もう深夜と呼ぶのも憚れるような時間になっていた。
正直、眠気は無かったけど、もうちょっとこのベッドで寝ていたかったからラヴェンダーの提案に甘えることにした。
こういうことでもないと、ベッドなんて貸してくれないだろうしね。

「うん、泊まる」
「そう・・・」

小さく返事をすると、ラヴェンダーは読んでいた本をそっと机に置き、こちらにゆっくりと歩いてくる。

「・・・つめて」

言われたとおりにラヴェンダーが寝られるスペースを開ける私。
そっとベッドにもぐりこんでくるラヴェンダー。
ラヴェンダーは、ラヴェンダーの残り香よりずっと良い匂いがした。

助けてくれてありがとう、ラヴェ。

ラヴェンダーが、私の胸の中の感謝に答えるように、ぱちん、と小さく指を鳴らすと、部屋はもうまもなく朝日によって破られるであろう短い暗闇に包まれた。

どーせ眠れないんだ。
ラヴェンダーの香りの中で、ゆっくりとあの吸血鬼に仕返しする方法を考えよう。

遠くの虫の音と、ラヴェンダーのすうすうという寝息だけがいつまでも心地良いリズムを奏でていた。



    ****



色々考えたけど、結局のところ同じ時間に同じ場所で待ち伏せするのがとりあえずの得策である、という結論に行き当たった。

昨日と違い完全武装。抜かりは無し。弓を持っただけだけど。
イルイルは、吸血鬼の”眼”で操られたりしたらやっかいそうなので留守番だ。
昨日と同じポイントで、私は夜の空を仰いだ。
いつだったか、戦いの日は満月になる法則があると言ったことがあるが、今日は幸いにして朔。
真偽は知らないが、月は吸血鬼の味方になる気がするので、これは幸いだった。

夜風に吹かれ、鈴がひとつ鳴る。

鈴の音に誘われるように、吸血娘一人。

「あれあれ?お姉ちゃん、どうしちゃったの?」

名も知らぬ吸血鬼はくすくすと笑いながらどこからとも無く私の前に現れた。
霧になれる、という特殊能力はどうやら本当らしい。

私は眼を見ないように努める。

「いたずら娘にはお仕置きしないとね」

「・・・?そっか、お姉ちゃんすでに私と同じだったんだ」

どうやら自分の僕に成り下がっていない私を不思議に感じたらしい。
別に吸血鬼に恨みも嫌悪も無いが(多少の畏怖はあるけど)、その言い方はなぜか不快だった。

「・・・違うわよ」

なぜ不快だったのかはわからない。
ただ、その言葉自体が不快だったのではなく、
目の前の少女が、ひどく自嘲しているような気がして不快だった。

「ふぅん?ま、いいや」

少女がそういうと、ビシリ、と空気が変わった。
術が発動するのを感じる。
おそらく、今少女の瞳を見つめたら、昨日の焼き増しになるだろう。

「ねえ、綺麗なお姉ちゃん・・・こっちを、見て」

ゆっくり、一歩一歩、少女が私に近づいてくるのが分かる。
眼だけじゃなかった。
声にも魔力がある。

少女の甘い囁きに、私は今すぐにでも少女の瞳を見つめたくてたまらなくて!

「!?」

土の護符を思い切り地面にたたきつけると、地面が怒号をあげて隆起し、少女が跳ね退いた。
私は隆起した地面に向けて弓を引く。
疾風のごとく掛ける矢は、土の塊を突き破り、土は打ち砕かれ砂になる。

「嫌あ!目に砂がはいったあ!」

少女の喚く声が聞こえた。
その声を皮切りに両手で目をごしごしやっている幼い少女を目がけて、私は駆け出す。
チャンスは今しかない!

”絶対に外さない距離”まで近づいて、矢を番えて、私は停止する。
眼のせいじゃない。
まるで無防備の、少女を射れるわけ無いじゃないか!
わかってた。その隙が命取りになることくらい。
少女はその隙を見逃さずに、神速を極め私の背後に回る。

「くっ!」

いつの間にか、自分よりも背の低い少女に背後から羽交い絞めにされていた。
なんなんだこの力強さは。
後ろにいるのが少女とは信じられないほどの、厚みのある力でギリギリと締め上げられる。

「うふふ。今のはちょっとびっくりしちゃった」

耳元で少女が囁き、吐息が首筋にかかりゾクりとした。

そうだ。
この少女は吸血鬼。
最も美しく、最も強い魔。
「ちょっといたずら娘をこらしめに」なんてノリで手に負える相手じゃない。

でもそんなことは分かっていたんだ。
仕返しとか、本当はどうでもいい。
ただもう一度、この少女に逢いたかっただけなんだから。

ふっ、と締め付ける力が無くなり、私は思わず膝をついた。
弓を落としていたが、どうせ少女を射ることが出来ない私には、今必要ではない物だった。
体がちぎれんばかりの力から解放されて、気が緩んだせいか。


私は少女の眼を

見てしまった。


全身に拘束術式が走るのを感じる。
ああ、この感じは、もう一歩だって動けはしないだろう。
風に吹かれたところで髪すらも動かないんじゃないかという錯覚すら覚えるほどの強力な呪い。
ただ一つ幸いなことは、
少女と目が合ったままの状態であるということ。

ああ、本当に美しい。
月が出ていないのが、本当に惜しい。

この状況でそんなことを感じてしまうのもきっと呪いのせいなんだろう。
早く、もっと近くに。
早く、私の首筋に!
そんな私の懇願するような瞳に、銀髪の少女は妖艶に口元を歪ませた。

その時、
少女の胸から、銀色の何かが突き破って出てくるのを、見た。

瞬間、私の拘束は解除され、私はその場から飛びのいた。

「紫丸!?・・・ラヴェ!」

「・・・あなたも馬鹿ね。一言でも相談してくれたら、破魔の護符くらいは準備してあげたのに・・・」

ラヴェンダーは、吸血鬼を一振りの日本刀で串刺しにしたまま、私にそう言った。

「う・・・・あ・・・」

少女の口から血が溢れる。
ラヴェンダーが一気に紫丸を引き抜くと、少女はその場に崩れ落ちた。

「大丈夫!?」

私は思わず駆け出していた。

「・・・大丈夫よ。吸血鬼はこのくらいじゃ死にはしない・・・。この刀だって銀ですらない」

「それにしたってやりすぎよ!」

日本刀をだらりと握り、吸血鬼の返り血を浴びて、月すらない闇夜に佇む魔女。
この世には到底相応しくない、異様な光景だった。
魔である吸血鬼には、その光景が何か懐かしいものを連想させたのだろうか。

「マ、マ・・・」

ラヴェンダーを見てそう呟くと、がくりと私の腕の中で意識を失った。



    ****



仮にも(仮どころの騒ぎじゃないが)吸血鬼を人里近くのあの場所に放置しておくわけにも行かず、結局ラヴェンダーの家に運ぶことになった。
ラヴェンダーは意外にも反対はしなかった。
私が背負って、ラヴェンダーの家についたころには、ラヴェンダーによって貫かれた傷跡はすっかりと完治していたので、特に処置するこ

ともなく、例のベッドに寝かせていた。

「・・・・・・家で暴れられたら厄介ね」

「どうしたものかしらね」

私とラヴェンダーは、丸テーブルの椅子に座って、ベッドで寝息を立てている吸血鬼をぼんやり眺めていた。
家の中で見る少女は、夜の闇の中で見たような妖艶さは微塵も感じさせず、あどけない寝顔だった。

「どうしたものかしらね、じゃないわよ!いったいどうすんのよあんなのつれて帰ってきて!」

ラヴェンダーを現地に派遣した張本人であろうイルイルが、いつののようにキーキーと喚いていた。

「あんまりさわぐとあんなのが起きるよ」

私が意地悪くそう言うと、イルイルは両手でハッと口を塞いだ。
だがイルイルの願いむなしく、ベッドの姫君は2、3度目をこするとゆっくりと身を起こした。

「・・・ここどこ?」

まだ寝ぼけているのか、それとも怪我の後遺症で朦朧としているのか、暴れるようなことはせずにきょろきょろと部屋の中を見回した。

「私の家よ」

ラヴェンダーが少女にそっと近づいて、カップを差し出した。

「・・・?」

恐る恐るカップを受け取り、きょとんと首をかしげる少女。

「飲みなさい」

少女は言われるがままにカップに口をつけ、一口ちびりと飲んだかと思うと、カップを傾け一気に飲み干した。

「うん、おなかいっぱい。お休み、ママ」

少女はそれだけ言うと、再びベッドの中で眠りについた。
ラヴェンダーがそっと毛布を掛けなおしてやると、再びテーブルに戻ってきた。

「あんたの娘?」

「・・・まさか」

「なに飲ませたの?」

ラヴェンダーはさきほどのカップをことりとテーブルにおいて。

「カラスの血。・・・強力な誘眠作用のある毒草のエキスもたっぷり」

とんだ母親もいたものだ。

それにしても。

「これからどうしよっか」

「・・・そうね」

部屋の中に、本名すら知らない吸血鬼がいる、という状況。
それも先ほどまで殺し合いをしていた仲だ。
でもどうしてだろう。
彼女の穏やかな寝顔を眺めていると。

「まあ、なんとかなるんじゃない?」

「・・・・・・そうね・・・」

そんな気分にさせるのだ。
そして、ラヴェンダーが同意したからには、なんとかなるに違いない。
だからこの件は万事解決。
後で少女が目を覚ましたときに考えれば良い。一緒に。

「・・・ところで」

ラヴェンダーがそう切り出す。

「・・・なんで私に黙って吸血鬼退治に行ったの?」

「それは・・・」

なんでだろう。
ラヴェンダーに相談すれば、吸血鬼対策の一つや二つあることは私にもわかっていた。
でもなぜだかラヴェンダーに言うのは気が引けた。

「・・・」

ラヴェンダーがじっとこちらを見つめている。
吸血鬼のような力は無い眼だけど、瞳の美しさは負けてない、と思う。
白い肌に浮かぶような、透き通った濡れる黒い瞳。

本当はわかっていた。
吸血鬼退治なんかじゃなくて、ただ単に少女にもう一度会いたかっただけ。
そのことをラヴェンダーに言いたくなかっただけ。
いや、言えなかっただけ。

でもそんな風に私が思っていることをラヴェンダーに言えるわけないよ。
だってそれじゃまるで――


「秘密」

「・・・まあ、いいけど・・・・・・」

「さ、寝よ寝よ」

「・・・今日も泊まる気?」

「いいじゃんいいじゃん」

ラヴェンダーを追いやるようにして、2人で吸血鬼のいるベッドにもぐりこんだ。
もう今は幻想郷にいない少女を挟んで寝たいつかの夜のように、川の字。

今度こそ起きたらふたりとも吸血鬼になってたりして。
でも、それも悪くないかな、なんて、そんな気分にさせる夜。

遠くの虫の音と
近くの2人の魔に属する少女の寝息が奏でる夜のリズム。


ああ、もう、なんて楽しいんだ。この世界は。


そんなことを思いながら、私はやわらかな眠りの淵に落ちていった。






カレンダーを確認したところ、最後の投稿が2005年の9月5日だったので、丸々1年経ってしまいました。
お久しぶりです。そしてほとんどの方へ初めまして。

こんな特殊な作品を1年越しで投稿したところで誰も読んでくれないんじゃないかという恐怖に駆られている今日この頃いかがお過ごしでしょうか。

というわけで吸血鬼です。
主人公、魔女、ときたら吸血鬼とこの界隈では相場が決まっています。

導入部は1年前に書いたのですが、筆が進まずにいつのまにやら月日が立ってしまい、ある日思い出して読み返したところ「続きが知りたい!」と思い書き上げました。

正直、1年前の僕はどういう作品にしたかったのか、まったく覚えていません(普段は一応プロットをざっと書き下ろすんですが、紛失)。
なので、当初の意図していたものとはまるで別物になっているはずです。

いったい本当はどういう物語だったのか、非常に気になります。
MIZ
http://www.geocities.jp/mizthss/
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コメント



0.920簡易評価
1.60名前が無い程度の能力削除
待ってました!
7.60名前が無い程度の能力削除
同じく待ってました!

この涼古シリーズは一見異質ですが、東方キャラの二次創作ではなく、幻想郷の二次創作である、そう思うと何一つ違和感なく飲みこめます。
作者様の幻想郷の世界観に対する思いいれと、丁寧なキャラクター設定が織り成す、一種のマジックですね。

次回が待ち遠しいです。創作頑張ってください。
8.60名前が無い程度の能力削除
幼女待ってましたb
13.80KOU削除
待望の続編が!