Coolier - 新生・東方創想話

永夜の絆(前)

2006/08/26 12:46:39
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※捏造御免。




 竹の葉がこすれる度、せせらぎを思わせる音が立つ。



 呼吸をすれば夜露を含んだ空気が鼻をくすぐり、感覚が心地よく研ぎ澄まされてゆく。
















 静けさが支配する竹林を歩きながら、鈴仙は竹林の密集した葉の隙間から垣間見える薄い月を見上げ、遠い記憶を自ら呼び出そうと試みる。瞼を閉じ、それでも僅かに感じられる月光は、変わりない冴え冴えとした光を地上に投げていた。










 いまは虚空に浮かぶ故郷。





 かつてはそこに暮らした記憶。











 月人として暮らした日々――平穏が当然であったし、感謝したこともない。それまでの暮らしを不自由と感じた事もなかった。
 かつて仲間の中核となる人物が大罪を犯したことも今は昔。
 歴史の中に埋もれた出来事は記録に過ぎず、皆がつつがない暮らしを望むまでもなく送ることが出来ていた。
 しかしその平穏な歴史は、地上の民が空から落した異形の塊によって、加速度的に破滅を迎えつつあった。







――今日まで清浄であった大地が土足で踏み荒らされる。

――住処を追われ、隠れ住む事を余儀なくされた仲間達が嘆く。








 かつて穢れた民と蔑んでいた力なき者たちへの怒りと、仲間たちが持つ謂れなき月人としての驕り。
 そして始まった戦。









「レイセン――おまえも共に」








 敗走を重ねた月人たちの最後を前にして、生き残った仲間の一人が非情な決意を込めて鈴仙の瞳を覗き込む。



 そのとき――誰もが気付くことに誰もが口をつぐんだのは、はたして気付かないだけだったのだろうか。










 真っ赤に染まったその瞳に、皆が狂わされているのではないか、と












 目を開ける。










『古い……ずいぶんと古い記憶だ』








 瞼の闇が途切れ、視界に拡がった薄明るい竹林の様子に、振り返った記憶を刻み付け、鈴仙は時の流れをかみ締めると同時、なんともいえない苦い味が胸に広がるのを感じていた。
 仲間を捨て、故郷を捨て、戦から逃げ出してこの地に匿われたこと。
逃げ隠れするうちに、いつの間にか結界を渡って幻想郷に入り込み、この辺境の地に逃れてきたこと。
 そして、いまは師と呼ぶ人に出会い、保護の傍ら主人に召され、穏やかな日常を送っていること。















――いま、私は幸せ、なのか。












 たそがれに自問しても、満足のゆく回答が鈴仙には見つけられなかった。

















<永夜の絆>








 永遠亭――
 屋敷内の作業が一段落する日暮れを待って、鈴仙・優曇華院・イナバは周辺一帯の散策に出かけていた。
 名目、散策とはいうものの、その目的は永遠亭を覆う竹林を管理するための下準備である。
 余り知られていないが、鈴仙たち妖怪兎は、日用品や食料などの生活必需品を手に入れるため、竹の伐採や間引きなどの竹林管理を行う傍らで、間引いた竹を利用した細工物を作っては、近隣の人里で物々交換を行なっている事実があった。
 妖怪を知る人ならば、彼らが人の品を欲するのは奇妙な話だと思われるかもしれない。が、その背景には、永遠亭の住人が他の妖怪達とは少々成り立ちが違うという事情がある。
 たとえば鈴仙やてゐといった妖怪兎たちは菜食を好んでおり、肉は一切口にしない。また、永遠亭の主人達に至っては存在そのものが元来人間に近いのだから、当然のように人間同様の生活を好んでおり、そうした生活のための品は、やはり人間から得るのが最も手っ取り早いというわけである。







「この辺の竹はちょっと色が変わってきてるねぇ」






 鈴仙の背後でドアをノックするように竹を叩きつつ呟くのは、亭を出るとき勝手に付いて来た――体に気を使って長生きしたら人型になっていたという古代奇書に伝わる妖怪仙人のような――因幡てゐ、である。







「じゃ、枯れそうなのに印つけて置いてくれる?」






 それとは別に竹の育成具合を確かめる手を休めないまま、鈴仙はてゐにそう指示を出す。てゐは短い返事を返すと、何処からともなく炭のような黒い物を取り出し、竹の稈に大きく「×」印を付けはじめた。
 因幡てゐは鈴仙と同格に扱われる妖怪兎で、永遠亭に何匹いるか判らない妖怪兎達を仕切る立場にあり、本来ならば亭内を出ることなどできないのだが――鈴仙は特にそのことに触れず、自然に振舞う事を常としていた。
 掃除や炊事といった単純作業が飽きた――といえば彼女の性格上、とても「らしい」行動なのだが、ときたまに師、八意永琳から秘密裏に仕事請けていたり、良くわからない物を竹林に仕込んだりするので、下手に怒れないし油断も出来ないうえ――

『気付いてる事が判ればサボりまで私の所為になるし』

 そうなれば、何度目かの師の人体実験につき合わされ――それもまた事実だった。故あって鈴仙は師の実験につき合わされる事を恐れている。
 なにが有ったと細かくは語れないが色々と困るのだ。色々と。







「むー、これだと幾つ籤が作れるかな」






 印をつけた一本の竹を見上げるようにして、てゐはなにやら感心した呟きを漏らした。その呟きにつられて目を向けると、そこには太く育った一本の竹が目に入る。







「さあねぇ……でも、この辺りは孟宗竹みたいだから、あんまり良いものは造れないね」






 孟宗竹は、笊(ざる)や籠、割り箸などの日用的で安価な細工物に向く品種であり、茶具などの繊細な細工には向かないもの。
 鈴仙がそう指摘すると、てゐは詰まらなさそうに「ちぇ」と口を尖らせ、他の竹に目を移す。
 その子供のようなてゐの様子に、鈴仙は軽く笑いつつ改めてその竹を下から上に眺めてみる。




 視線が上に行くほどにてゐが感心したのも頷ける。それは青く、月明かりに映えるほどに美しく伸びた竹だった。



 竹のはるか先端を眺めるようとすると、その視界に円く輝く月が入る。











 吸い込まれるように視線が月に移った。












 白い輝きを投げる月を見上げ、鈴仙は再び、胸に苦い味の広がるのを感じた。








――ここに来てもうどれぐらいの時を重ねたのだろう。


 その思考の繰り返し。


 ゆるゆると、時間を重ねるごとに鈴仙は焦りにも似た何かに心が追われているような感覚に悩まされる。
 かつては小さな若竹であったものが、今これほどに成長したのだろうか。
 自分が月から降りたとき、果たしてこの竹はどの程度のものだったのだろう。





――竹の成長は早い。




 このまま誰も手入れをせずに放っておけば、そのうち竹が月に届くのではないかと思われる。
 青い竹は月の輝きに吸い込まれ、やがては清浄な月の大地に突き刺さり、地と月を睦ぶ架け橋となれるのだろうか。
 そして、いつかこの竹を辿れば、やがては故郷に着けるのだろうか。
 月の地には今、どれ程の仲間が生き残っているのだろう。
 地に逃れた月の兎、レイセン――かつての仲間を迎えるはずだった使者達は、あれからどうしたのだろうか。





「鈴仙……?」





 降り積もる思考に埋もれ、唐突に掛かったように思われた声に鈴仙が目を向けると、そこには別の色を持った瞳が見えた。
 言葉をなくしたことを不審に思い、いつの間にかてゐが近づいていたらしい。





「……なんか調子悪い?」

「え、あ……なんでもないよ、うん。」





 不審げに目を半眼にしたてゐの瞳。
 それが自分のことを心配しての態度だと判っていても、てゐの眼は自分を責め立てているように思える。
 過去の記憶を振り返ると、自分自身が信じられなくなり、ありもしない印象を持っただけに過ぎない錯覚。
 それがわかって居ても、なぜか気持ちは粟立ってしまう。
 鈴仙はその場を逃げ出してしまいたい欲求を強引に抑えると、気を落ち着けるため話題を変える。






「それより、間引きの時期が来てるね。てゐ、何人か出してくれる?」






「……ん、じゃ声かけとくよ。手は多いほうがいいしね」





 変えた話題をどう思ってか、てゐは興味をなくしたように手近な岩の上に腰掛けると、何処からか『おやつ袋』と刺繍された袋を出し、そこから――お弁当と称して亭内の保存庫から失敬した――数本のにんじんを取り出して、ぽりぽりと齧りはじめる。

 いつもと変わらぬてゐの様子にため息にも似たものを吐き出すと、鈴仙は再び視線を月に預けた。











 変わらない月。









「そうね」




 短く答える。

 姿が変わらない。
 いま清浄だった月の大地には、地の民の旗が翻っていることだろう。
 見上げる自分は今も昔も変わっていないつもりだが、時間は無常なほどに流れすぎたのだ。
 時の中で傷は癒え、レイセンの力は取り戻された。
 だが引き換えに、それまでの年月が月の兎レイセンを、永遠亭の鈴仙としての生活に縛りつけた。
 主や師の元で暮らした年月。それを悔いたことはないが、その間に何度この身が二つ在ればと思っただろう。











 出来ることならば、今一度故郷に戻りたい。



 叶わぬ事と判っていても、仲間とともに戦いたい。



 しかし、この身に受けた恩義は裏切れない――








 自身と恩義の柵。


 その葛藤の中で、鈴仙は見えない涙が自分の心に流れている事を感じることが出来なかった。穏やかに流れる時を重ねるほどに、鈴仙は自分がかつてのレイセンではない事を思い知らされた。
 竹林を吹きぬけた夜風が髪を撫でる。
 風に翻弄された紫髪を手で整えて、鈴仙は視線を地に戻す。








「そうね」





 気付けば鈴仙は二度、繰り返す。





――手は多い方がいい。


 何よりもその何気ない回答は、鈴仙の心に重く圧し掛かっていた。






<前編 了>
気晴らしに永琳の話を書こうとして、ウドンゲから逃れられなくなった。
MK
http://ameblo.jp/3getu/
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