Coolier - 新生・東方創想話

愛してはダメなのですか (前編)

2006/08/15 08:30:21
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はい、次の方どうぞ。

……あら、久しぶり。あれから目の方はなんともない?

今日は何の用かしら?



……悩み?

ええ、ウチではカウンセリングも行っているわよ。

いいわ、何でも話してみなさい。出来る限り協力しましょう。










「ウドンゲー、一緒にお風呂に入りましょうー!」
「嫌です」
「あらそう。てゐ、一緒に入ろっか?」
「死ね。腐れ外道が」
「……じゃあ姫は?」
「勘弁して頂戴」
「もう、みんな冷たいわねぇ。じゃあ、その辺のウサギから適当に……」
「!! 第一級警戒態勢発令! 総員、速やかに永琳様から離れよ!  これは訓練ではない! 繰り返す、これは訓練ではない!」
「ちょ、な、なんでよ!」
「師匠、自分がいつも風呂でなにやらかしてるのかよく考えてくださいよ……」










……はい、はい。

主の為に一日中働いているのに、主はそれを当然だと思っている。

毎日毎日同じような日々の繰り返しで、人生が空しく感じてしまう。なるほど。


んー、最近多いのよね、あなたのような悩みを抱えてる人って。

そういう人って大抵、根が真面目すぎるのが災いしているのよね。貴女もそうでしょ?

聞いた話じゃ、外界ではそんな人で溢れているそうよ。

それによるストレスで、自殺も後を絶たないんだとか。


……あらあら、そんなに怯えなくても大丈夫よ。

ちゃんと、解決策もあるわよ。










「メディスン、元気にしてた?」
「あ、永琳だ。うん、元気だったよー」
「そう、それは良いことね。ちゃんと私の言うとおりに勉強してる?」
「うん、してるよー。人形解放の為に外の世界の事を覚えなきゃいけないもんね、私頑張ってるよ!」
「ふふ、メディスンは良い子ね」
「えへへ……」
「じゃあ、今日はその復習をしてみましょう」
「うん!」
「それじゃあ、外の世界での朝の挨拶は?」
「えーっとね、『ご主人さま、お早うございます』」
「正解よ。よく勉強してるようね。じゃあ、食事の前の挨拶は?」
「うんとね、『どうぞこの卑しい口にたくさん注ぎ込んでください』」
「はいOKよ。人形開放も近いかもしれないわね、フフフ……」
「ね、ねえ永琳」
「ん?」
「本当に外の世界じゃこんな変な挨拶してるの?」
「……私を疑う気?」
「え、そ、そんなわけじゃないけど、ただ、えっと……」
「はい、部屋の掃除をする時は?」
「え? えっと、『今から私の汚い部分を……』」










あなたは『生きがい』ってものを持ってる?


……いやいや、そんなに難しく考える必要は無いわよ。

なんでもいいわよ。仕事以外に自分の生活に必要な何か。

それさえ持っていれば、人生に楽しみや目標が持てるわ。まあ、趣味みたいなもんね。


別に無理に何かを始める必要はないわよ。

読書でもスポーツでも、たとえ周りから下らないと思われても、気にすることはないわ。

要は本人が楽しめて、ストレスが発散できるかどうかの話。

それさえ見つければ、今のあなたの生活もきっと改善されるんじゃないかしら。













「あらあら、今日も派手に負けたわねぇ」
「今日はたまたまだ! あと少しで私の勝ちだったんだ!」
「全身傷だらけじゃない。ボロ負けって言うのよ、こういうのは」
「五月蝿い! こんな怪我、一回死ねば治る!」
「そう命を粗末にされると、医療関係者としては悲しいわね」
「お前にそういわれる筋合いは無い。それにお前は輝夜側の人間だろう、そんな奴の治療なんか受けられるか!」
「目の前に怪我人が転がってたらほっとく訳にもいかないでしょう」
「ふん、信じられるか」
「んまー、強情な患者ねぇ。そんな我が侭な娘には……それっ!」
「! ひゃあ! や、やめろ、触るな!」
「んっふっふ、結構ボリュームあるじゃないの。やっぱり牛女と一緒にいると、こういう部分まで似てくるのかしらね?」
「け、慧音の事を悪く言うな……ひゃうん!」
「はい、脱ぎ脱ぎしましょうねー」
「や、やだぁ、やめてよぉ! 慧音、助けてけいねぇ!」










はい、お大事にどうぞ。

くれぐれも不満を溜めすぎて主を叩っ斬らないようにね。



……どうしたの?

聞きたいことがある? いいわよ、なんでも聞いて。



なに、私の生きがい?

私は一体何を楽しみに生きているのかって?


……知りたい?

本当に? 後悔しない?



……もう一度聞くわ、後悔しないのね?




じゃあ、言うわよ。私の生きがいは……


  










  可愛い女の子に悪戯をすることかな? テヘッ。












◇◆◇











「師匠、姫がお呼びです」

 自前の研究室で新しい媚薬の開発に精を出していると、
 ウドンゲがやってきて私にそう告げた。

 いや、一応言っておくが、精を出しているっといっても別に変な意味ではない。
 まあ、そういう薬もあるにはあるが、現在は一切の使用を禁じられている。
 というのも以前、私が気まぐれにウドンゲに注射したら、
 予想以上の効果が出て屋敷中が大パニックに陥った事があったのだ。

 下腹部の剛剣を誇らしげに振り回しながら、
 罪の無いウサギ達の純潔を次々と奪っていくあの姿はまさに修羅。
 ウドンゲの狂った高笑いとウサギ達の悲鳴が絶えることなく響く、悪夢のような夜だった。

 結局この事件は『東方永夜抄OVA ~幻想郷が精s(削除)する日~』として書に纏められ、
 泣いて嫌がる慧音に無理矢理押し付けて無かった事に……。

「……」
「? 師匠、どうしました?」
「いえ、ちょっと昔の事を思い出していたのよ」
「はぁ」
「ウドンゲ、あの頃は大きかったわねぇ」
「……こういう場合は普通、『大きくなった』って言いませんか?」
「日本語は奥が深いのよ」
「はぁ……」

 侘び寂び&萌え。

「それで、姫が私に何の用だって?」
「いえ、ただ師匠を自分の部屋に呼べ と言っただけで他には何も」


 はぁ……。

 心の中で大きく溜息をつく。

 姫の呼び出し。
 ここ永遠亭で生活する者にとっては、これほど面倒な事は無い。
 最低でも一週間に一回はこうして誰かが呼び出されるのだ。

 用事の内容が必要なものならばまだいい。

 だが、やれうまい棒1000本買って来いだの、やれポーション1000本買って来いだの、
 どう好意的に解釈しても無意味かつ適当な内容ばかりなのだ。
 それでも何か意図があると信じ、ウサギ達と協力して買ってくれば、
 デジカメでその様子を撮影しながら「うはwwクオリティタカスwww」と騒ぐだけなのだから始末に終えない。

 世間ではとうの昔にブームが過ぎ、過去に遺物となりつつある青色一号が、
 永遠亭の冷蔵庫に未だ五百本以上眠っているのだ。正直シャレにならない。
 買ってきてすぐの頃は珍しさのせいか手に取る者も多かったが、今となってはもう誰も飲もうとしない。
 かろうじて園芸部のウサギ達が「青いニンジン作ろうぜwww」という理由で水撒きに使用しているぐらいだ。

 人間ヒマになると碌なことをしない、というが
 うちの姫は恐らく人類史上最もヒマを持て余している女である。
 その用事のしょうもなさはケタ違いだ。しかも後々面倒な結果を残すという完璧ぶり。
 今回もきっとその類だろう。ああ痛むはずのない胃が痛い。

「何の用か知らないけど、とっとと済ましちゃいましょう」

 机の上のフラスコやビーカーを片付け、椅子から立ち上がる

「ウドンゲ、あなたも一緒に来なさい」
「え、私もですか?」

 どうせ中身の無い割には手間のかかる用事だ。
 人手は多いほうが良い。

「そうよ。何か問題でも?」
「私はこれから人参畑の手入れが……」
「ロケット・イン・フィンガー!」
「はうぅ!!」
「……来るわよね?」
「は、はひぃ、行きます行きます……だから指、抜いて下さい! どこから抜くのかは人気投票7位の立場上言えませんが、早く、早く!」

 奇怪な喘ぎ声を上げて、くねくねと悶えるウドンゲ。
 全く、この程度の責めにも耐えられないなんて座薬ウサギの名が泣くというもの。

「し、師匠……こういうセクハラ紛いの事は止めてくださいよ……」

 目に涙を浮かべ訴えてくる。少し拗ねてしまったようだ。

 だが、こういう顔をされるとかえって加虐心が刺激される事をウドンゲは知っているのだろうか。
 知っていてやっているのなら大した誘い受けマスターだが、恐らくは知らないだろう。
 そのお陰で現在私とウドンゲの間では

 私がセクハラ→ウドンゲ拗ねる→そそられる→セクハラ

 という夢の無限コンボが成立している。
 萃夢想に参戦した暁には是非、他の少女にも叩き込んでみたいものだ。
 出演依頼は24時間受け付けています。

「どうせするのなら、もう少し優しく……」
「ん? 何か言った?」
「な、なんでもありません! ほら、早く行かないと姫の機嫌を損ねますよ」

 ウドンゲの妙な反応に違和感を覚えながらも、
 私達は姫の部屋に向かって歩き出した。


 その途中。

「れーせーん、人参畑の手入れ終わったー?」

 てゐが向こうから歩いてきた。

「ごめーん、ちょっと用事ができちゃって。代わりにやっておいてくれないかな?」
「えー。今日は鈴仙の当番じゃん」
「本当にごめんね。後でお菓子買ってあげるから」
「ホント? じゃあ約束だよ!」

 ウドンゲの腕を掴みながら、仲良く会話するてゐ。
 うーん、こうやって見ると本当に姉妹みたい。微笑ましいわ。
 この二人が姉妹なら、私はさしずめ年の離れたお姉さんってトコかな?
 ちょっと私も姉妹の会話に混ざってみましょう。

「おはようてゐ。今日も素敵な幼女っぷりね」
「そうかよ。私は貴様の不愉快なツラを見せられて、折角のさわやかな朝が台無しだ」

 なにこの格差。

「こら! 師匠に向かってそんな口の利き方はないでしょ!」
「だってコイツ、私とすれ違う度に尻を撫でてくるんだよ、ホント何考えてんのよ」
「確かに師匠はダメ人間だけど、それが師匠なりのスキンシップなのよ」
「なによそれ。鈴仙こそ、なんでそんな奴の肩持つのよー」
「私は師匠の弟子。弟子が師の味方をするのは当然でしょう」
「ふーんだ、どうせ弱みでも握られてるんでしょう。正直に言ってよ! それとも変な薬でも飲まされて言いなりになってるの? そうよ、そうに決まってるわ!」
「てゐ、いい加減にしなさい! そりゃあ何のためらいもなく、ファンシーな色の液体を注射してくる師匠の頭は絶対おかしいけど、弱みを握って脅すような卑怯な事、師匠がする訳ないでしょう!」

 大変失礼な言い様だ。
 特に、私をフォローしているようで全くしていないウドンゲが。

 それにしても、私もてゐに随分と嫌われたものだ。
 最近では私と会話をしないどころか、今のように露骨な嫌味や暴言を吐いてくる。


 ……しかし、一体何が原因なのだろう。

 今のてゐの言葉を信じるのなら、私の行うセクハラが原因だと思える。
 だが、セクハラをするだけなら他のウサギも一緒だし、
 別にてゐにだけ特別な行為をしている訳ではない。

 そもそも、私のセクハラは永遠亭ではもはや挨拶同然となっており、
 セクハラをされたウサギ達は皆、口では困ったような事を言っても顔は笑っている。
 そしてそれはてゐも同じだった筈。

 いつからだろう。てゐが私に明らかな敵対心を抱くようになったのは。


「もういいもん、そいつが永遠亭から居なくなったら私がリーダーだもんね! そうなったら鈴仙のおやつはぜーんぶ抜きにしてやるから! べーっだ!」
「こら、てゐ! 待ちなさい!」

 てゐは私達に向かって舌を出し、そして廊下の奥に走っていってしまった。

「もう、てゐったら!」

 ウドンゲが耳をピンと立て、息を荒立てる。



 ……私が永遠亭から居なくなる?

 てゐは確かに最後にそう言った。

 どういう意味だろう。
 普通に考えてそれはありえない。

 私ははるか昔、月にいた頃から姫に仕えている。
 もはや姫と私は一心同体のようなもの。一緒にいて当然の存在だ。
 これまでも、そしてこれからも私は姫に仕え続けるつもりだ。

 それに、私は蓬莱の薬を飲んだ死ねない体。
 死亡により永遠亭から除名、というわけにもいかない。
 どう考えても私が永遠亭から居なくなる理由がない。

 さっきのはてゐの思いつきの発言、と捉えるのが自然だ。

 だけど、何かが引っかかる……。


「どうしたんです師匠、早く行きましょうよ」

 ウドンゲの声ではっと我に返る。

「何か考え事ですか? 随分と難しい顔をしてましたけど」
「い、いえ。何でもないわ、さあ行きましょう」

 そう言って私達は歩き出した。


 悪い予感がする。

 これから私の身に何か起こるのではないか。
 てゐの言葉を一々気にしていたらきりが無いが、
 私は今から何がおきても対応できるよう、少しだけ警戒心を強めた。



 だが、この時まだ私は知らなかった。








      もう、何もかも手遅れだということに。











◇◆◇











「姫、永琳です」
「……入りなさい」

 静かに姫の部屋の扉を開け、音を立てないように座布団に座る。

「イナバ、貴女も入りなさい」
「え、私もですか?」
「いいから早く!」
「は、はい」

 慌てて私の隣にウドンゲが座る。
 上座に姫、その正面に私、そしてそのすぐ隣にウドンゲという配置だ。
 姫は座布団の上に背筋を伸ばし行儀良く座っている。
 その表情は、普段の自堕落ニートとは比べ物にならない威厳に満ちていた。

 ……どうやらいつものような下らない用事ではないらしい。私の直感がそう訴えている。

「永琳、なぜ貴女がここに呼ばれたのか分かるかしら?」

 突然、姫が質問を投げかけてきた。

 なぜ呼ばれたのかって?
 馬鹿な、いくら私が天才だからといって、
 そんな理不尽な問題がノーヒントで答えられる筈が無い。
 姫の口調から考えるに、恐らく相手が分からないという前提で質問したのだろう。

 だが、ここで「分かりません」と答えるほど八意永琳は甘くない。
 天才とプログラマーの辞書に分からない・できないの二語は無いのだ。
 あと、無茶苦茶な仕事を取ってくる営業は死になさい。


「……オムツが切れたんですか」
「なんじゃそりゃあぁぁ!!」

 座っていた座布団をちゃぶ台返しの要領でぶん投げる姫。
 その表情は普段のお笑いニートフェイスに戻っていた。

 ああ、やっぱ慣れないことは長くは続かんね。

「ひ、人が折角シリアスなムードで話を始めたのに何なのよ一体!」
「姫、下手にシリアスを入れると話の流れが不自然になりますよ」
「黙りなさい! 大体何よオムツって、脈絡が無いにも程があるわ!」
「いつも部屋から出ないので、てっきり使用してるかと思ったのですが」
「トイレにはちゃんと行くわよ! 引きこもりと寝たきり老人と一緒にするんじゃないわよ!」
「似たようなもんじゃないですか」
「似てない!」

 怒られてしまった。

 まあ、ニート・引きこもりと寝たきり老人。
 クソの役にも立たない分際で口だけは達者な前者と、
 その年まで懸命に働き、体を壊し動けなくなってしまった後者。
 一緒たくりにするのは確かに失礼だったわね。

「師匠、それ以上は色々と問題がありますので……」

 ウドンゲが私の耳元で囁く。

「あら、ウドンゲったら読心術の心得でもあるの?」
「師匠の考えそうな事は大体わかりますって。それ以上の危険な発言は控えてください、ニートを敵にまわすと恐ろしいんですから」 
「そうよ! ニートを馬鹿にしたらこの私が許さないわ!」
「うわ! 姫、聞こえてたんですか!」
「ふふふ、何故か自分を馬鹿にしている発言だけは良く聞こえるのよ。ニートイヤーは地獄耳! ニートブレインはゲーム脳!」
「これだからニートは、そんなスキルを開発してる暇があったら『だからやめてください!』」

 ごめんなさい。

「いい? ニートが社会の屑だなんて言うのは悪のマスコミが作り出したイメージでしかないのよ。過去の偉人は言いました。『働いたら負けかなと思っている』。そう、そもそもニートというのは腐敗した政治家と強欲な一部の特権階級が支配する社会に反旗を翻す、いわばレジスタンスなのよ。今のままでは日本国民は重税とN○Kの集金で財産を根こそぎ奪われてしまうわ。だからこそ、国を救うためニートという名の選ばれし戦士達が立ち上がってのであって……」
「ほらー、師匠が煽ったせいでニート論を語りだしちゃったじゃないですか」
「流石はニートの第一人者。終わらない夏休みの名は伊達じゃないわね」
「永遠の日曜日っ!」

 そうでしたか。そりゃ失礼。

 結局私達が折れることになり、
 “もうニートを馬鹿にしません”という誓約書を二人で書かされ、
 愉快なニート・トークは終了となった。






「さて、と。これでやっと本題に入れるわね」
「なんか凄く疲れましたよ」
「本当。もう帰っていいですか?」
「帰んな!」

 しぶしぶ元の席に座りなおす。
 私達二人がきちんと元の席に戻ったのを確認すると、
 姫は一回咳払いをし、静かに話し出した。


「永琳、これを見なさい」

 一体どこに隠し持っていたのか、私の前に数十枚の紙の束を差し出す。

「1BD、2CDE、3ABCE、4D、5C……なんですかこれ?」
「……それは私のメガマリのパスワードよ。つーか永琳、私がこうやってわざわざ貴女の前に紙を出しているのに、それを無視して壁に貼ってあるメモ用紙を読むとはどういう了見かしら?」
「いえ、このパスワードだけ赤ペンで書かれていたものですから。なにか意味があるんですか?」
「話が進まないでしょうが! いいからこっちを見なさい!」

 またしても怒られてしまった。
 渋々、姫の差し出した紙の束を手に取る。

「えーと、なになに?」
  
 紙の束を数枚、流し読みをする。
 全ての紙には、右上に小さく日付が書かれており、
 紙の左側に時間、その反対側にその時間の行動が書かれていた。
 どうやら誰かの数日の行動を纏めたものらしい。

「私が密偵を使って調査した、ある人物の行動記録よ」
「へぇ」

 姫もつくづく暇な人だ。
 ネトゲに飽きたら今度はヲチってか、ダメ人間まっしぐらだ。
 見ると、行動記録とやらは最初の記録は一ヶ月前。それが一日も欠けずに昨日まで続いている。
 全く、根気があるというか、他にすることないのかというか。
 この努力をもっと別の方向に向けてくれれば、私も苦労はしないのだが。

「それで、監視対象は誰なんですか? また妹紅ですか?」

 流し読みを続けながら姫に問う。
 
 以前にも姫は、
 「妹紅の恥ずかしい姿をカメラに収めて、それをネタに千年単位でイビリ倒してやるわケケケ」
 という名目で、妹紅の監視を決行したことがあった。
 妹紅の庵の天井裏に潜むこと一週間、姫はホクホク顔で、何故か鼻血を出しながら帰ってきた。
 「大成功よ!」と興奮気味に話す姫。カメラを現像してみると、なるほど、理由はすぐに分かった。

 妹紅と慧音が……まあ、なんだ……。
 非常に中が良い……違う、仲の良い姿が数十枚に渡って写し出されていた。……全裸で。
 早速、その写真をネタに嫌がらせをする為、勇み足で永遠亭を後にする姫。
 だが、小一時間もすると肩を落としてしょんぼりしながら帰ってきた。

 ……通用しなかったそうだ。
 姫が妹紅と慧音に例の写真を見せ付けると、
 妹紅は驚愕の表情を浮かべ、言葉を失い顔を真っ赤にして押し黙ってしまった。
 勝った。姫はその時点で勝利を確信した。
 永遠に使える弱みを手にしたのだ。姫がその時どんな顔をしたかは想像に難くない。
 だが、ここで二人の間に慧音が割り込んできた。
 そこから先は、姫が泣き喚きながら私に語ったことなので断片的にしか知らないが。

「モコウ、コノヨルハハゲシカッタナ」
「ヤダァケイネ、イワナイデヨ」
「コウシテミルト、モコウノカラダッテホントウニキレイダナ」
「ハ、ハズカシイヨ……」
「アア、モウガマンデキナイ、モコウ! モコーウ!!」
「ケ、ケイネ? ダメダヨ、カグヤガミテルヨ!」
「カマウモノカ! ムシロ、ワタシタチノナカヲカグヤニミセツケテヤロウジャナイカ!」
「アッー!」

 ……だそうだ。姫は完全に蚊帳の外。
 その時のショックのせいか、それから一週間姫は自室から出てこなかった。
 別にショックなんかなくても元々自室から出てこないが、
 それとは本質的に何かが違うと思っていただこう。
 
 嗚呼、おかわいそうに姫。
 残念ながら、バカップルにその手の煽りは通用しないと古来から決まっているのです。
 姫はまたその悲劇を繰り返そうとしているのだろうか。

「まーた何か弱みを握ろうって魂胆ですか? もうやめましょうよ、やればやるほど自分が惨めに思えてきますよ?」
「……」
「そういう根暗な行為はあんまり感心しませんね。ガチで殺しあった方がまだ健康的ですよ?」
「それは永琳、貴女の一ヶ月の行動記録よ」
「へー、そうですか、私の……」
「……」
「はいっ!?」

 なにやら姫が不穏な発言をした気がする、
 確認のため、声を大にして聞き返す。
 なに、私の? 私のなんだって? 

「聞こえなかった? 貴女の一ヶ月の行動記録よ」

 貴女の行動記録。姫は確かにそう言った。
 姫の言う貴女、今この部屋には私と姫以外にウドンゲがいるが、
 ウドンゲは今の会話に参加していないので、貴女とは私のことになる。

 私の? なんで? なんで私が一ヶ月も行動を監視されなければならないのか。

「な、なぜ私を監視するのです! 一体、なんの嫌がらせですか?」

 なんてこった、この八意 永琳ともあろうものが、一ヶ月も監視されていたなんて!
 そうか、姫のオムライスにケチャップで『ニート』と落書きした次の日、
 私のトーストに醤油で『ヤブ』と書かれていたのは、監視役が姫に報告していたからか!! 
 畜生、もっとパンにマッチする調味料を使え!
 
「永琳、知っての通り、数年前の事件……世間では永夜異変と呼ばれているそうね。その事件のせいで、今まで身を隠していた永遠亭は世間にその存在を知られることになったわ。存在を知られてしまった以上は、もう今まで通りひっそりと暮らしていくことはできない、残念ながらね」
「残念なんですか?」
「当然よ。部屋にこもってネットでもやってた方が楽しいに決まってるじゃない」
「……」
「でも、知られてしまったのは仕方が無いわ。私達はこれから、嫌でも外部の人達との交流を考えていかなければならないのよ」
「まあ、そりゃそうですよね」
「だけど、そこで問題になるのが貴女、永琳なのよ」
「?」

 意味が分からない。どちらかというと問題なのは姫のような気がするが。
 私が疑惑の目を向けていると、それを察したのか姫が喋りだす。

「永琳、さっきも言った通り、貴女の一ヶ月間の行動を監視させてもらったわ」
「はい、なにか私に問題が?」
「……前々から被害届けは何件かきてたんだけどね」

 そこまで言うと、姫は言葉を詰まらせる。なにやら言いにくそうに何度か咳払いをし、
 小さく深呼吸をした後、私の目を見つめ再び話し出す。

「……永琳」
「はい」
「貴女はセクハラが多すぎる」
「はい?」
「廊下ですれ違ったイナバの尻を撫でるのは当たり前、風呂場への乱入、更衣室に隠しカメラの設置、毎晩のように繰り返される夜這い。はっきり言って、貴女の行動は永遠亭の風紀を著しく乱しているのよ!」

 ビシッ! と指を刺し言い放つ姫。

「姫、しかしそれは……」
「それだけじゃないわ。報告によれば、被害は永遠亭の外にも及んでいるそうね」
「……」
「何も知らないメディスンに、様々なエロワードを教え込んだり、治療と偽って、妹紅にまで手を出しているそうじゃない」
「師匠!? そんなことしてたんですか?」
「教育に熱が入り過ぎていた、セクハラのつもりは無かった、本人は反省している」
「アホな体育教師みたいな言い訳をするのは止めなさい。
 私も永遠亭の身内だけのセクハラなら、まだ許容できたわ。でも、被害が外に広まっているとあれば、もう黙っているわけにはいかないの。
 幻想郷中の少女に性的虐待を繰り返した八意容疑者(年齢不詳)なんて、永遠亭の恥もいいとこよ。これ以上被害が広まる前に、なんとしても手を打たなければならないの。分かる?」

 反論しようと試みるが、うまい言葉が見つからない。

 そんな……私のセクハラは当然、姫も認めていると思ったのに。
 まさか姫の中でここまで大きな問題になっているとは思ってもみなかった。
 身内の不祥事を見て見ぬ振りをするのは日本の伝統文化じゃなかったのか!

 大体なんだ、永遠亭の恥って。
 現時点ではアンタが一番の恥だよ、このニー……

「永琳、誓約書」
「は、はいっ、すいません!」

 くっ、これがニートイヤーの実力か。気味悪いわ。
 いつの間にか立場が逆転してるし。

「永琳」
「……はい」




「たった今この瞬間から、貴女に一切のセクハラ禁止を命じるわ!」

「なっ!!」




 全身に雷に打たれたような衝撃が走る。

 セ、セクハラ禁止? なにそれ、おいしいの?
 つーかどういうこと、意味が分からないわ。
 セクハラが禁止って事は、次からはもっと凄いことをしても良いってこと?

「と、急に言われても貴女も困るでしょう」

 状況を理解しきれない私に構わず、姫は言葉を続ける。

「まずは一週間。その間セクハラを我慢してもらうわ。そして、それに耐えることが出来たら次はもう少し長い期間。それを繰り返せば、次第に貴女のセクハラ癖も解消されるでしょう」

 な、何? 姫は一体何を言っているの!?
 私を無視してなんでどんどん話を進めようとするの!

 落ち着け、落ち着くんだえーりん!
 キバヤシ級のIQを誇るこの頭脳をフル稼働させ、今の状況を整理してみましょう。

 つまり、姫は私が日常的にセクハラを行うのを苦々しく思っていた、
 そして、これ以上被害が広がるのを恐れ、私のセクハラ癖を矯正しようと思い立った。
 その第一段階が、たった今から行う一週間の禁欲で……。
 


「いいいい一週間!!?」

「そうよ、その程度なら貴女も我慢できるでしょう」
「無理っ! マジ無理っス!」

 激しく首を左右に振り、拒絶の体制をとる。
 姫はそんな私を不思議そうに見ながら言った。

「どうして? 一週間なんてすぐよ」
「いや、ダメです! 本当にそれだけは勘弁してください! 蓬莱の薬を飲み、永遠に生き続ける体となってもなお、毎日を楽しく過ごせるのは、女の子との接触があるからなんです! それを一週間も我慢しろだなんて、いつから姫はそんな血も涙も無い御方になったのですか」
「そんな大げさな……」

 なにが大げさなものか。私は大マジだ。
 姫の目はまるで汚いものでも見るかのように私を見つめている。
 畜生、姫だってネットがなきゃ発狂するくせに自分の事を棚に上げて。
 私の場合はそれが女の子になっただけの話、一体何が違うというのだ。
 
 ああ、それにしてもなんという理不尽。
 いったいこれから一週間、どのように生活していけばいいのか。


 ……待てよ、
 要は私がセクハラをしたということを、姫に知られなければ良いのでは無いか。
 永遠亭のウサギ達は無理だとしても、姫のスパイさえ気をつければ、
 こっそりメディスンや妹紅にナニを行う事も十分に可能だ。よし、それで行こう。

「あ、そうそう。言っておくけど、この事は知り合い全員に教えといたから。
 幻想郷のどこで悪戯をしても、すぐに私に連絡が来るわよ」

 ちっ、なんでこういう時だけ行動が早いんだ。何故その行動力を普段から発揮しない。
 昨夜だって、夕食の時間になっても姫はなかなか部屋から出て来ず、
 楽しみにしていたサンマの塩焼きがすっかり冷めてしまったというのに。


 ……そもそも、この命令に違反したらどうなるというのだろう。

 減給だとか、謹慎だとかなら大したことは無い。その程度で許されるなら安いものだ。
 それどころか、たとえ死刑に処されても全く問題ではない。
 女の子への悪戯をするごとに一回死亡。結構なことじゃないか。
 この二つは大体等価値。アルケミストのなんとやらは十分に適応される。

 なんだ、別に無理に我慢すること無いじゃないか。
 どうせ不死身のこの体。我慢よりも罰を受けるほうが遥かに楽だ。

「それで、命令違反をしたときの処置だけど……」

 そら来た。
 さあ、私にどんな罰を与えるおつもりですか姫。
 鞭打ちロウソクなんのその、三角木馬もドンと来い!





「……ここから出て行ってもらうわ」





 ……なんですと?

「だから、貴女をここから追放するわ」

 ついほう?

 姫の口から出たのは、私が全く予想していなかった言葉だった。

「つ、追放って!!」
「さっきも言ったでしょう、このままでは貴女のせいで永遠亭にマイナスイメージが付く可能性があるの。それを未然に防ぐため、貴女と永遠亭との縁を切る必要があるのよ」
「そんな、だからといって……」
「永琳、私だって辛いのよ。でも、永遠亭の主としての責任があるの。分かって頂戴」

 そのまま姫は押し黙ってしまった。

 そんな、追放だなんて。
 私までニートになってしまうではないか。月人は皆揃ってニートというデマが流れたらどうする!
 いや、それどころではない。住所不定ということでホームレスということになる。

 いやいや、今の問題は肩書き等ではない。
 もし、追放などされてしまったら、その後私はどこに行けばいいんだ。

「紅魔館……は無理ね、白玉楼なら庭師の目を治した恩があるし……」
「なんでもう再就職先を考えてるのよ。一週間耐えるという選択肢は無いの?」

 ありません。

「それに、勘違いしているようだけど、追放というのは永遠亭からではないわよ」
「え? どういうことですか?」
「貴女を永遠亭から除名したところで、八意永琳の名は幻想郷中に知れ渡っている。だから、クビにするだけでは意味がないの。貴女のことを知っている人間がいない所。そこに行ってもらうことになるわ」
「そんなところがあるんですか?」
「……霊夢と紫に頼んで、博霊大結界を一時的に開けてもらうわ」

 博霊大結界。
 これすなわち幻想郷を覆う結界。
 その結界を開けてもらうと言う事は……。


「ま、まさか……幻想郷からの追放!?」

 姫は俯いたまま答えない。
 冗談じゃない、それは本気で洒落にならない話だ。

「し、しかし霊夢や紫がそう簡単に結界を開けてくれるとは思いませんが」
  
 何を考えてるか分からない紫ならともかく、霊夢が承諾するとは思えない。
 一日の半分以上を縁側で緑茶を飲んで過ごし、
 神社の食料が尽きれば、丑三つ時にすすり泣くような声で知り合いの家を訪問して周り、
 「腋来々(霊夢が来るぞ)」と言えば泣く子も逃げ出すというなんだかよく分からん女だが、仮にも博麗の巫女。
 頼んだからといって、簡単に結界を開けるようなことはしないだろう。

「それも大丈夫。すでに話は付いているわ。霊夢には米1キロ、紫には低反発マクラを送ったら二人とも快く引き受けてくれたわ」
「安いなオイ!」

 二人合わせて約二万円ちょい。これがお前らにとっての月の頭脳の値段か。
 世が世であるならば、耳のでっかいおっちゃんが三顧の礼を尽くしてまでも欲しがる人材だぞ、私は。

「紫に送る品は、私はダマリンとかブテナロックとかを推したんだけど、ウサギ達に猛反対されちゃっててね、仕方なくマクラになったのよ」
「英断です、姫」

 全くだ。下手したら永遠亭住人が皆殺しの目にあっていただろう。

 ……と、今はスキマ妖怪が足に抱えている問題なんてどうでもいい。
 このままでは私は幻想郷から追い出されてしまう。
 幻想の力を捨て、文明を選んだ外の世界。幻想郷の住人がそう簡単に馴染める筈がない。
 ウサ耳もネコ耳もいない世界でどうやって生きていけというのだ。

「あ、でも夏コミには行きたいかも」
「無駄にポジティブね、貴女」
「もう終わってますけどね」

 天才は常に前だけを見つめているものだ。

「でもね永琳、貴女はまだ分かってない」
「……まだ何かあるんですか?」
「たとえ幻想郷の外に貴女を追い出したとしても、そこで貴女が問題を起こせば、永遠亭の名が外に知れ渡るだけ。それだけじゃなく、幻想郷の存在が外の人間達に知られるとなると、問題はさらに大きくなるわ」
「た、確かにそうですが、では私は他にどこに行けば……」

 そこまで言うと、僅かに姫に動きがあった。
 姫は右手をゆっくりと動かし、大きく振り上げた。
 そして人差し指を真っ直ぐ上に指した。

 ……どういう意味だ? 天井?

 いや、違う。姫の指はもっと上を示している。
 屋根? 雲? 空?


 ……ま、まさか!

 私の表情の変化に気づいたのか、姫の口が開く。

「永琳……もし、一週間の間にセクハラ行為を行ったら……」








「貴女を地球から追放するわ」







 ……抜かった! 姫の無法を見誤っていた!

 不老不死の蓬莱人に与える罰としては、確かにそれが最適だ。
 それに、誰もいない宇宙空間に放り出してしまえば、永遠亭の名が広まる心配もない。
 だが、たかが強制猥褻罪にここまでの処罰が下るとは……。

「しかし姫、地球から追い出すといっても、その方法は……」
「心配ないわ。貴女に内緒で密かに開発を進めていた、八意永琳追放ロケット『労働一号』が九月上旬に完成予定よ」
「どこまでも抜かりはないという事ですか!」
「ああ、ちなみにこの罰は黒い髪のイナバが考案してくれたの」
「くっ、あんのガキィィィ!!」

 私の頭にさっきの廊下での会話がフラッシュバックする。

 『私が永遠亭からいなくなる』

 そうか、そういうことだったのか。
 何もかも全部お前が考えたことだったんだな、因幡てゐ!
 お前の目的は何だ? そうまでして永遠亭を牛耳りたいか!?
 この月の頭脳を出し抜くとは、大した度胸だな!  

「そうねぇ……永琳には冥王星辺りにでも行ってもらおうかしら」
「め、冥王星!」

 冥王星、英語で言えばプルート。黒服の男達が著作権うんぬんで騒ぎそうな名前だ。
 太陽系の彼方ではないか。姫は本気で言っているのか?

 もっと近くの星なら泳いで帰ってくることも出来なくもない、
 考えることを止めた自称完全生物なんかと一緒にしてもらっては困る。アイツとは根性が違う。
 EDAJIMAにできたことが私にできない道理は無い。平泳ぎは得意分野だ。
 だが、流石に冥王星とまでなるとその自信はない。

「何故、冥王星なんかに」
「カッコいいじゃない、冥王。冥の王よ」
「名前の語感だけで罰を決めないでくださいよ、中学生ですかアンタは!」
「し、失礼ね、冥王は本当に格好良いのよ。EL自動回復だし、分身あるし、MAP兵器もあるし! 原作見てないけど」
「スパ厨かよ! ほらウドンゲ、貴女も何か言いなさい、理不尽でしょうこんなの!」

 横に座るウドンゲに話を振る。
 こうなったらウドンゲだけが最後の希望だ。
 正確には純粋な永遠亭メンバーではなく居候の身だが、
 その実力はその他のウサギから抜きん出ている。発言力もそこそこはある。

 大丈夫、ウドンゲは私の弟子だ。姫の意向よりも私に従うだろう。
 昨日だって緊急時の人工呼吸の方法について教えたし、
 一昨日なんて布団の中でダンスのレッスンをしてあげた。

 ……うーむ、従ってくれなそうな気がするのは何故だろう。


「私は……」

 ウドンゲが口を開く。
 私は期待を胸にその様子を見つめる。
 頼む、ウドンゲ。私の未来は貴女にかかっている。
 そのまま私をかばうんだ。なんなら二~三発姫を殴っても構わない。


「私は……師匠に真人間になってほしいです!」

「う、裏切り者ぉぉぉ!」


 終わった、何もかも。
 もはや私に味方は存在しない。やんぬるかな。

「何か言いたい事は?」
「ありますっ、山ほどあります! そもそも私にとってセクハラは呼吸も同然! それを急に禁止だなんて、それじゃぁ、普通の人間は5分と持たず発狂するわ」
「貴女だけよ、その程度で発狂するのは」
「いいですか? 私からセクハラを奪う事は姫からパソコンを奪うのと一緒、ウドンゲから座薬プレイを奪うのと同義の事でして……」
「その言い方だと、私が二十四時間フルタイムで座薬挿してるみたいじゃないですか」
「違うの?」
「違いますよ! あと師匠、今更ですが、少し下品な発言が多いですよ。東方ファンの中には、小さいお子様やそういうネタが苦手な人だっているんですから……」
「いないわよそんな奴」
「いますよ! なんで全否定なんですか! さっきのニートといい今のといい、なんでわざわざ敵を作る発言をするんです! 私たちの周りはもう敵だらけですよ!」
「まさに四面ヲタ」
「誰がうまいことを言えといった!」

 なんてことだ。
 姫の命に従い、一週間の禁欲を行うのはまさに地獄。
 だからといって、命令に反して宇宙の片隅に飛ばされるのもまた地獄。

 姫とウドンゲは私の目を見つめ、反応を待っている。
 この八意永琳。随分と永い間生きてきたが、こんなプレッシャーは初めてだ。
 どっちに転んでも私には苦痛しか待っていない、私に明るい未来は残って無いのか。
 進路に絶望、退路にも絶望。人類に逃げ場なし。この星の明日のために。

 そもそも何故、私がこんな目に合わなければならないのだろう。
 セクハラをしたのはそりゃあ少しは悪いと思っている。あくまでも少しね。
 だからといって、地球追放はあまりにも重い罰ではないか。


 ……そうだ。てゐだ。
 アイツが下らない罰を姫に提案したから、こんな事になったんだ。

 頭の中にてゐの顔が浮かぶ。奴は笑っていた。
 どうだ、月の頭脳も私の策の前には手も足も出ないようだな。
 想像の中のてゐは、そう言って私を見下していた。

 随分と舐められたものだ。
 つい最近までただの中ボスだったお前が、
 今や私に下克上をするまでになったか。

「姫……」
「ん? なあに」
「……一週間を過ぎたら、もう我慢しなくていいんですよね」
「ええ、しばらく経ったらまたやってもらうつもりでいるけど、
 終わってすぐの期間ならいつも通りの生活を送ってもいいわよ」
「……そうですか」

 因幡てゐ。私に楯突いたその罪は重い。

「……わかりました。一週間の禁欲生活、耐えて見せましょう」
「永琳!」
「師匠!」

 私はその場から勢い良く立ち上がり、天に向かって咆えた。


「待っていろ因幡てゐ! 一週間後、貴様に恥辱の限りを尽くしてくれるわ! うなれ腰! 燃えろ指先! 私を陥れたその罪、貴様の体で償ってもらおう! うわーーーっはっはっはっはっはっは!!!」










「姫……これで本当に師匠が真人間になるんですか?」
「……自信ない」

 こうして、今までの私の人生の中で最も辛い一週間が幕を開けたのである。











◇◆◇



 




<一日目>

 いくらなんでも一日ぐらいは我慢できる。
 廊下ですれ違ったウサギが、私が何もしないので驚いた顔をしていた。

 何? 本当は何かして欲しかったの?
 この一週間が終わったら、たーっぷりと可愛がってあげるから待っててね子猫ちゃん。
 あ、ウサギだったか。ま、いっか。



<二日目>

 全然平気、意外と何とかなるものね。
 ただ、毎日の日課がすっぽり無くなっちゃった状態だから、
 一日がどうも長く感じるわ。

 仕方が無いから今日は、自室に篭って薬の開発に時間を費やしたわ。
 完成した媚薬は、使うわけにもいかないので人参畑に撒いといたわ。
 きっと、セクシーな形の人参に育つに違いない。



<三日目>

 うーん、どうも体調が優れないわ。
 なんていうか、胸の奥がウズウズする感じ。
 おかしいわね、蓬莱人に病気は無縁のはずなんだけど。

 背中にでっけえバンソウコウを貼ったけど効果なし。
 意味なんか無いから当たり前だけどね。



<四日目>

「えいりーん、そろそろ辛いんじゃなーい?」

 底抜けに明るい声で私の部屋を訪れたのは因幡てゐ。
 私の現時点での最重要危険人(兎)物だ。

「……何の用よ」

 それに対して私は、ぐったりと机にうつ伏せたまま答えた。
 昨日の症状が更に悪化したようだ、体に力が入らない。

「いやいや、偉大にて崇高なる永琳様の体調が優れないと聞いて、お見舞いの品を持ってきた次第ですよ。ウッヒッヒッヒ」
「見舞いの品?」

 さっきと同じく、机にうつ伏せたまま会話をする。
 見舞いの品、そう言った割にはてゐの手は何も持っていない。
 何のつもりかと眺めていると、てゐは自分のスカートに手をかけた。
 そしてその手は一気にスカートを捲り上げ……。

「はい、どうぞ存分に味わってくださーい!」
「!!」

 服を脱ぎ捨て中から現れたのは上が白、下が紺の衣装。
 胸の部分には『いなば』と書かれた布が貼り付けてあり、下半身がやけに露出度が高い。

「お、おおおぉぉ……!」

 こ、これはまさか! 噂に聞いたロストテクノロジー、体操服&ブルマー!?
 外界で運動をするときに用いられ、かつては日本中に広まっていたが、
 時代と共に徐々に姿を消し、遂には幻想の存在となってしまったという、あの体操服か!?
 最近、香霖堂に少数入荷したと聞いていたが……。 

「どうですー? 似合いますかー?」

 私に見せ付けるように、可愛らしく一回転をするてゐ。

「!!」

 その姿を見たとたん、不思議な事に私の体にみるみる力が沸いてきた。
 体の奥から熱が吹き上がる、血が体中を駆け巡る。
 さきほどまで立ち上がるのですら辛かったのに、今は体を動かしたくてしょうがない。
 ついさっきまでの不調が嘘のようだ。これは一体どういうことだ!

 私の目は自然と、体操服姿のてゐに向けられる。

 てゐの貧相なロリロリボディが、体操服を着ることによって、
 その魅力と背徳感を数倍に跳ね上げている。
 そして頭から生えるふかふかのウサ耳と尻尾が、なんともいえないエロティシズムを醸し出す。
 四日目の禁欲を行っている私にとっては、その姿はあまりに魅力的過ぎた。

 ……手を出しても大丈夫だろうか? 
 てゐは見た目は幼女とはいえ、実年齢はかなりのものだ。
 一応、法的には問題ないと思うのだが。

 そういえば設定年齢がどうであれ、
 見た目が十八歳以下ならアウト、という条例が出来るという話を聞いた。
 くそ、誰だそんなつまらないことを考えたのは! あまり私を怒らせないほうがよい。
 条例の関係者は月の出ない晩は後ろに気をつけることだな。

 いや、たとえそのような法が出来たとしても、今の私にとっては何の意味も成さないだろう。
 私の眼球は体操服姿のてゐに釘付けだ、もう誰にも止められない。
 無意識の内に手が彼女の方にゆっくりと伸びて……

「おっと、そこまで」

 伸びていた手はパチンとてゐに叩かれた。

「んなっ!」
「良いんですか? ここで私に触ったら永琳様は宇宙に追放されちゃうんですよ」

 先ほどまでの可愛らしい笑顔から一変。
 邪悪な黒い笑みを浮かべ私に笑いかける。

「こ、この! 最初からそれが目的で!」
「あーあ、やっぱり禁断症状が出てたんですね」

 てゐは私を見下しながら言う。禁断症状?

「そ、禁断症状。自分でも言ってたそうじゃないですか。自分にとってセクハラは呼吸も同然だと。呼吸も同然な行為を急に止めたりしたら、禁断症状が出るのは当然ですよね」

 禁断症状……昨日からの体調不良はそれが原因か!
 呼吸も同然だなんて、姫の同情を買う為のブラフだったのに、
 まさか本当に私の体を蝕んでいたとは……。

「その様子じゃ私が手を下すまでも無いですね。残り三日間、せいぜい頑張ってくださいな。ウヒヒヒヒ」

 てゐは脱ぎ捨てた服を再び身に纏い、部屋から出て行った。
 てゐの姿が見えなくなったと同時に、私の体に再び脱力感が襲ってきた。

 これがセクハラの禁断症状……。
 四日目でこの体調なら、これ以降は一体どうなってしまうのか。

 ……残り三日。はたして耐えることができるだろうか。



<五日目>

 ヤバイ、本格的にヤバイ。

 頭の中がぐるぐる回っている。
 目の焦点が合わない、手足の震えが止まらない。
 朝から精神安定剤を大量に飲んでいるが、蓬莱人である私には気休めにしかならない。
 これがセクハラの禁断症状だというのか。病気知らずの蓬莱人も、ストレスには敵わないのか。

「師匠、大丈夫ですか?」
「その声は……ウドンゲ?」

 後ろから声をかけられ振り返る。
 なにしろ視界がぼやけてよく見えないので、声で判断するしかない。

「はい、師匠、大丈夫ですか? お顔がすぐれませんが」
「……顔色と言いなさい」
「いやいや、顔も随分と酷いよー」

 ウドンゲとは違う声がする。

「……てゐね」
「はーい、当ったりー!」
「……二人とも、何の用かしら?」
「いえ、師匠があまりに辛そうだから、私達に何かお手伝いする事は無いかと……」
「そうそう、永琳様が辛そうだと私達も辛くなってしまいますー」

 ちっ、この詐欺ウサギがよくも抜け抜けと。
 だが、ここでてゐに反論する元気は私には無い。

「二人とも自分の持ち場に戻りなさい、私は大丈夫よ……あら、ウドンゲちょっと太った?」
「師匠、それは私ではなく狸の信楽焼きです」
「大丈夫じゃないみたいねー」
「だ、大丈夫だって言っているでしょう! ……うっ」

 叫んだせいか、一気に気分が悪くなる。
 胃から食道へと、せり上がってくる物がある。
 不味い不味い、このままでは……。

「し、師匠! どうしたんですか!?」
「う、うどんげ……ダメ、近寄っちゃ……」
「え?」




「うげっ、げええぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 ……やっちゃった。

「し、ししょおおぉぉぉぉ!」
「うわっ、汚ねぇ! こいつ○○吐きやがった!」
「ち、違うわ、これは○○じゃないわ! 月の頭脳たるこの私が、○○だなんて吐くわけ無いわ! これはいわゆる一つのそう、ミステリウムよ!」
「黙れ、このスカタン!」
「わ、私、雑巾持ってきます!」

 ……なんたる失態!
 いくら調子が悪いとは言え、この二人の前で○○を吐いてしまうとは。
 例の単語を伏字にしたせいで文章が○○だらけだ。見苦しい。
 ウドンゲは私に失望し、てゐは腹の底で大笑いしているに違いない。
 物事は間違いなく悪い方向に進んでいる。

 私の元から走り去る足音が聞こえる。
 恐らく、ウドンゲが雑巾を取りに言った音だろう。

 と、いうと、今この場にいるのは私とてゐだけか……。
 あまりいい状況とは言えないわね。


「あーあ、惨めだねぇ」

 ほら来た。

「もうそろそろ限界なんじゃないの? とっととその辺のウサギ達の尻でも触って楽になっちゃえばー?」
「だ、誰が……」
「無理は体に良くないよー。薬師のアンタならわかるでしょ?」
「くっ……!」

 崩れ落ち、壁にもたれかかっている私に対し、てゐは侮蔑を込めた言葉を吐く。
 その顔は、まさに死にかけのゴキブリでも見るかのようだった。
 何故だ、私がてゐに何をしたというんだ。

「てゐ……一つ聞いていいかしら?」
「んー、なーにぃ?」
「何故、貴女は私を目の敵にするの?」
「だーかーら、貴女が居なくなれば私が永遠亭の実質的なリーダーになれるんだって」
「……」

 先日と同じ答えが返ってくる。
 現時点でウサギ達のリーダーの座に就いているてゐ。
 私を追い出せば、確かに更に地位は上がるだろう。
 だが……。

「下らない嘘はもう止めて、本当の事を言いなさい」

 キッ、とてゐを睨み付ける。

「……何よ、どういう意味よ」
「永遠亭のリーダーの座。そんなもの、本当はどうでもいいんでしょう」

 私の言葉に反応したのか、てゐの顔が引きつる。

 永遠亭の詐欺師、因幡てゐ。確かに彼女は腹黒くて嘘つきだ。
 彼女の嘘で被害を受けた者は永遠亭だけでも百は超える。
 だがそれだけ被害が多い中で、てゐを本気で怨んでいるという話は聞いたことが無い。

 てゐとって嘘は軽い遊びのようなものだ。
 相手を極限まで追い詰めたり、殺したりはしない。周りもそれを分かっている。
 だからこそてゐは詐欺師の異名を持ちながらも、皆と普通に接していられるのだ。

 だが、今のてゐは自分の出世の為に、気に入らない相手を追い出すために動いている。
 私にはどうしても信じられなかった。てゐはそんなことはしない、そう信じていた。


「私を追い出したい、別の理由があるはずよ。教えて頂戴」
「……無いわよ、そんなの」

 てゐは私から視線を背ける。

「嘘、貴女は他人を蹴落としてまで、自分を有利にする娘なんかじゃないはずよ。お願い。本当の事を言って」
「……」
「てゐ……」

 二人の間に沈黙が流れる。
 てゐは俯き、何も答えない。何かあるはずなんだ、なにか別の思惑が。

「……てゐ」
「うるさい」
「……え?」
「うるさいうるさい! そうやって、自分は全部分かってるみたいな態度をとって!」
「てゐ?」
「私はそんな娘じゃない? アンタに私の何が分かるんだ!」
「? それは、一体どういう……」
「アンタはいつだって自分の事しか考えてない! 周りから天才だとか言われて持てはやされて、何でも分かったような気になってるだけだ! アンタに他人の気持ちなんか分かるものか! 自分の弟子の気持ちすら分からないくせに!」

 私の言葉を遮り、てゐは叫び続ける。

 ……弟子?
 ウドンゲのことか。何故、今ウドンゲの話になるのだろうか。
 私が喋ろうとすると、それを遮るように再びてゐが口を開く。 

「アンタみたいのと一緒に居ると鈴仙は幸せになれない! とっとと永遠亭から出て行け!」
「げはっ!」

 てゐはその言葉を言い終えると、  
 私の腹に蹴りを入れてその場から駆け去っていった。

「は、吐いたばっかりの人間に、この仕打ちは無いんじゃ……ない……の?」

 ウドンゲの幸せ……?
 
 てゐが最後に言い残した言葉の意味を考える前に、私は崩れ落ち気を失った。
 その寸前、視界の隅で掃除用具を持って走ってくるウドンゲと、
 それに付いてきたウサギ達が、露骨に嫌な顔をしたのを見た。

 ……ちゃんと掃除してね。




 
<六日目の夜>



 地獄の禁欲生活も今日で六日目。

 私の体を蝕む禁断症状はさらに悪化。
 もう、意識があるのか無いのかの判断もつかない。

 これ以上の我慢は不可能。と判断した私は、ウサギ達が眠る夜を見計らって行動を開始した。
 抜き足差し足で部屋を抜け出し、目指すはウドンゲの部屋。

 そう、俗に言う夜這いである。

 あと少しの辛抱じゃないかと、他人からしてみればそう思うかもしれない、
 だが、今の私にとってはその一日あまりに長く辛い。耐え切れるわけがない。
 なに、七日のうちの六日も我慢したんだから、姫も大目に見てくれるさ。
 分数にすれば七分の六。らんまの1.7倍、ななかの2.4倍だ。
 十分合格ラインだと考えても問題あるまい。
 ドイツの哲学者カントも、「よろしい」といって死んでいったのだ。
 私の事を言ったのかどうかは定かではないが。

 もし、姫に許す気がなくても、押しに弱いウドンゲの事。
 事が済んで、『この事は、私達二人だけの秘密よ(はぁと)』とでも言っておけば、
 頬を赤らめながら了承してくれるに違いない。

 自分にそう言い聞かせ、ふらふらと廊下を歩く。


「着いた……」

 思わず声が出る。

 目の前の扉に一枚の看板がかけられ、
 そこには可愛いビスケット文字で『れいせんのへや』と書かれている。
 間違いない、マイスウィートバニーのウドンゲの部屋だ。

 周りを見渡し、誰も居ないのを確認して扉に手をかける。
 音速で扉を開け、光速で中に侵入する。その間、実に0.2秒。
 なにしろ誰かに見つかったらその時点でアウトなのだ。
 行動には一切の無駄を省き、迅速、的確にミッションを遂行する必要がある。
 残念ながら新作の媚薬を使う暇は無い、安全マット的な物を用意するなどもってのほか。

「ウドンゲちゃーん、覚悟は良いかしらぁ?」

 誰にも聞こえないようにこっそりと呟く。
 現在位置からウドンゲの布団までは約3メートル。障害物は無し。
 ウドンゲの部屋のレイアウトは昼間のうちに調査済みだ。抜かりはない。
 静かに、しかし力強く床を蹴り、私は布団に向かってダイブした。
 
 暗闇に包まれた部屋の中で、私は一点を目指し華麗に跳躍する。
 ここで一瞬のうちに服を脱ぎ捨て、生まれたままの姿になれれば、
 奥義・ルパンダイブの完成なのだが、残念ながら私にその心得は無い。
 多種多様の猛者が揃う幻想郷といえども、かの技を身につけた者は八雲さん家のフカフカ式神の他居るまい。
 羨ましくは無いが尊敬する。

 そんな下らないことを考えてる間にも、ウドンゲの布団はみるみる目の前に迫ってくる。
 嗚呼、ウドンゲの汗とアレとアレとアレとアレが染み付いた魅惑の布団。
 それがもうすぐ生ウドンゲと一緒に私を優しく包み込んでくれる。

 私の頭の中は既にウドンゲ一色。
 このまま飛び込んだらウドンゲはどんな反応をするだろう。
 びっくりして飛び起きるだろうか。寝ぼけ眼で無防備な姿を晒してくれるだろうか。
 ウドンゲウドンゲ、私の可愛いウドンゲ。過酷な禁欲生活で乾ききった私の心を潤しておくれ。
 ジャンプの滞空時間が長すぎる? お前ら愚民とは脳の処理能力が違うんだダラズ。

「いざ、瞳符『鈴仙之世界(The world of suppository)』へ!」

 恋する少女とインパラの尻に飛び掛るライオンをミックスしたような夜這いダイブは、
 一寸の狂いも無く、ぼさっ という音を立ててウドンゲの布団に突貫した。

 ……ぼさっ?


 想像と若干違う感触に違和感を感じ、布団に手を這わせる。

 ……無い。
 いるはずのウドンゲの感触が無い。
 布団のどこを触っても、中からは空しく空気が出るばかり。
 焦って掛け布団を捲ってみると、中から出てきたのは人参型の抱き枕。ウドンゲの姿は無かった。


 ……まさか、謀られた?
 
 悪い想像が頭の中を駆け巡る。もし、ここに姫やてゐが待ち構えていたら……。
 今のこの状況は、どう好意的に解釈しても夜這いにしか見えない。
 どんな言い訳をしても通用しまい。その場で宇宙追放確定だ。

 とりあえず見つかったときの為に土下座の練習でもしておこう。謝れば通じるかもしれないし。
 ああ、しまった! 布団の上で土下座をしたら、
 ウドンゲの残り香を堪能しているようにしか見えない!
 もうダメだ、何もかもが悪い方向に進む。もう私に道は残っていないのか。
 よし、宇宙に追放されて女の子に会えなくなる前に、とりあえずウドンゲの枕の匂いを嗅いでおこう。


 ……ところが、私の想像も空しく部屋の中は相変わらず静寂に包まれていた。
 どうやらてゐの罠、という訳でも無いらしい。
 というと、ウドンゲは偶然この部屋にいないだけか。
 この時間に出歩くとなると、恐らくはトイレか何かだろう。

「あー、なんか一気に醒めちゃったわ」

 直前までの興奮が大きかっただけに、この展開は非常にサムい。
 ボリボリと頭を掻きながら布団から立ち上がる。

 さて、これからどうしたものか。
 このままウドンゲの帰還を待とうかと思ったが、よく考えたらそれは危険だ。
 部屋の中でウドンゲと二人っきりなら、内側から鍵をかければ良いが、
 今の状態だとウドンゲを迎えるために扉の鍵を開けておかなければならない。
 もし、他のウサギが間違えて入ってきたりしたら大変なことになる。

「……いったん出直しましょう」

 すっかり醒めてしまった。
 時間をおいてまた来るとしよう。

 肩を落として出口に向かっていると、視界の端にタンスを確認した。
 調査によればアレはウドンゲの私服その他が収められているタンスだ。
 せっかく来たんだからちょっと覗いてみることにしよう。

 醒めた気持ちに少しだけ火が灯り、いそいそとタンスに手をかける。

「オ~ウゥ、これはまさしく……」

 思わず感嘆の声が漏れる。
 一番上の引き出しから現れたのは、様々な模様がついた三角形の着衣。
 いわゆる、ぱんてぃーという物体だ。

「んっふっふー、ウドンゲもお姉さんぶってるけど、やっぱりこういう所はまだまだ子供ね」

 引き出しに詰まってるぱんてぃーは、どれもこれも木綿製のものばかり。
 可愛らしいプリントがされているものから万パンまで、結構な数を持っているようだ。
 やけにストライプ柄が多いのはどうしてなんだぜ?
 ここまでやって来て何もしないで帰るのは癪だし、何枚か貰って行こう。
 弟子の物は師匠の物、師匠のものは師匠のものだ。ふふふ。

 私は二、三枚懐にぱんてぃーを入れ、ホクホクしながら部屋を後にした。
 ま、直接ウドンゲと触れ合うことは出来なかったが、これだけの収穫があっただけでも良しとしよう。
 自室に戻り、小一時間ほど秘密の三角布をたっぷりと弄くりまわしてテンションを上げた後、
 再びウドンゲの部屋を訪れて、桃色幻想郷伝説を繰り広げるとしよう。

「ふふふ、ウドンゲ! 楽しみにしておきなさぁぁい!」
「はい、私に何か用ですか?」
「OHh!」

 突然、話しかけられる。
 あまりにも突然だったので、うっかり懐からぱんてぃを落とすところだった。
 危ない危ない……。

 深呼吸をして振り返る。
 そこには、人参柄のパジャマに身を包んだウドンゲが立っていた。

「あの、私に何か用事ですか?」
「い、いやいや、なんでもないわ!」
「そうですか、みんなもう寝てる時間なんですから、あんまり騒がないでくださいね」
「え、ええ、ごめんなさい」

 軽く頭を下げる。
 師弟関係とはいえ、礼儀は大切だ。

 それにしても、ここでウドンゲが現れるとはなんたる幸運。
 予定では一旦自室に戻り、しばらくしたら再び夜這いを決行するつもりだったが、
 私の部屋とウドンゲの部屋は結構距離があるし、単独行動はやはり目立つ。
 予定変更だ。夜這いはたった今再開する。
 ウドンゲの部屋に近いここなら、失敗の可能性も低いというもの。

「全く、こんな時間に一体何をやっていたんですか?」
「ん? まあ、散歩よ、散歩」

 当然、本当の事を言うわけにはいかない。
 夜這いをする為に貴女の部屋に行ったけど、居なかったので下着をパクッてました。
 なんて言ったら、いくらウドンゲとはいえ許してはくれないだろう。

 夜這いはパワーではない。ブレインだ。
 言葉巧みにウドンゲを騙し、二人一緒に部屋に入る必要がある。
 警戒させてはならない。飢えていることを悟られてはならない。
 夜這いとは程遠い行為のような気がするがまあいい。 

「……師匠、聞いてますか?」

 以上のことを肝に命じ、レッツ夜這い!

「わかったわウドンゲ。とりあえず服を脱ぎなさい」
「……」

 廊下に沈黙が流れる。


 ……やっちまったぁぁぁぁ!!

 そんなことを言うつもりじゃなかったのに! 直球にも程がある、欲望丸出しじゃないか!
 おかしい、確かに私の褐色の脳細胞は全65536種類の会話分岐を用意していた筈なのに、
 何故よりによって最も下策のを選んでしまったのだ!
 もしかして、セクハラ禁断症状のせいか! 遂に脳にまで影響が出たというのか!

「は?」

 思いっきり冷たい目で見られる。
 マズイ、今の私の発言は純100%の完全なセクハラだ。
 お願いウドンゲ、見捨てないで! 地球追放だけは許して!


「……師匠」
「違うの、違うのウドンゲ! これは私が言ったんじゃないの! まあ私なんだけど、私であって私でないみたいな? ある意味多重人格? ほら、私って天才じゃない? だから、大いなる宇宙の意思が私に語りかけてきて……」
「……辛いんですね」
「え?」
「師匠の体は、もう限界なんでしょう? 師匠にとってセクハラは呼吸のようなもの、辛くないはずありませんよね」

 予想外の言葉をかけられ、私は喋りを止める。

「……ごめんなさい」
「ウドンゲ?」
「ごめんなさい……私があの時、姫の提案に反対していれば、師匠を辛い目にあわせる事もなかったかもしれないのに……。セクハラの我慢が、師匠にとってこんなにも辛い事だったなんて……ぐすっ、ぐすっ」
「ど、どうしたのウドンゲ?」

 目から大粒の涙を流し泣き出すウドンゲ。
 あまりの突然の事態に、私は頭が回らずその場に立ちすくんだ。

「ごめんなさい……ごめんなさい……ぐすっ」

 とりあえず、目の前に泣いている少女がいる。というのはあまり宜しくない。
 下手をしたら、この状況だけでセクハラをしたと判断されてしまうかもしれない。
 謝罪を繰り返すウドンゲをなだめる為、私は彼女に話しかけた。

「ウドンゲ、もう泣くのは止めなさい」
「師匠……」
「貴女が謝る必要は無いわ。こうなったのも元々全て私の責任なのよ」

 本心を言えば、てゐ8:私2の割合だが。

 ウドンゲはこの一週間、ずっとこの罪悪感に苛まれてきたのだろうか。
 だが、そもそもの発端はウドンゲとは関係ない。彼女が苦しむ必要はないはずだ。
 ……もしかして、過去に仲間を見捨てたことがトラウマとなって、
 自分の責任で誰かが傷つくことを恐れているのだろうか。

 ウドンゲとは随分永い付き合いだが、このような面は初めて見る。
 なるほど、てゐの言う通り、確かに私はウドンゲの気持ちを分かってないのかもしれない。

「それに、貴女は私に真人間になって欲しくて姫の提案に賛成したのでしょう? 貴女の行為は私の為、そして永遠亭の為になることよ。何も悪いことじゃないわ」
「……」
「ウドンゲ?」
「……違うんです」
「え?」
「師匠の為だとか、永遠亭の為だとか、そんなんじゃないんです!」
  
 ウドンゲは俯いていた顔を上げ、押し殺すような声で言う。

「……嫌だったんです」
「え?」
「嫌だったんです。師匠が、私以外の女の子に手を出しているのを見るのが!」
「……」
「それで、それで、師匠がこれを機に真人間になってくれれば、きっと師匠は弟子である私だけを見てくれる。そう思ったんです」
「ウドンゲ、貴女……」
「私は、私は自分の事しか考えていませんでした……、ごめんなさい師匠、もうこれ以上、師匠が私のせいで辛い思いをするのは耐えられません!」

 そこまで言うとウドンゲは私の胸に飛び込み、
 ごめんなさい、ごめんなさいと何度も呟きながら、わんわんと泣き出した。

「……」
「ししょお、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 私は、自分の胸で泣き続けるウドンゲを見つめ、彼女の言葉の意味を考えていた。
 そこで私はやっと、昨日のてゐの言葉の意味を理解した。

 『ウドンゲの気持ち』

 ……そういうことだったのか。
 いや、薄々は気づいていた、ウドンゲが師弟関係以上の想いを抱いているのは。
 私もウドンゲの事はは好きだ。だが、無意識の内に私は彼女の想いを避けていたのかもしれない。
 蓬莱人と月の兎、共に同じ時間を歩むことはできない。そんなものはただの言い訳だろうか。

 私はウドンゲにどのようなリアクションをとればよいのだろう。
 優しくなだめ泣き止ますか。それとも強く抱きしめるか。
 いくつもの選択肢が頭の中に浮かび、悩んだ末に私は口を開いた。

「……ウドンゲ、もう寝なさい」
「師匠……」
「私の禁欲生活は、まだあと一日残っているの。こんな所を誰かに見られたりしたら、誤解を招くわ」
「……」

 ウドンゲをそっと胸から引き剥がし、私は自室に向かって歩き出す。

「……そうですよね」
「……」
「すいません師匠、私、また師匠に迷惑かけちゃいました」
「……」
「私って本当に駄目な弟子ですよね。いつだって余計なことをして、師匠に迷惑かけて」
「……」
「おやすみなさい師匠。明日、頑張って下さいね」
「……ウドンゲ」
「はい?」

 立ち去ろうとしていたウドンゲが、私の声で足を止める。

「……今週末、予定は空いているかしら?」
「え、え?」
「週末は暇か、と聞いてるの」
「え、ええ、特に予定はありませんけど」
「……そう」
「師匠?」
「貴女の言うとおり、私の精神はもう限界に近づいているわ。このままだと、明日にでもウサギたちに手を出してしまうでしょう」
「……師匠」
「でもね」
「!」
「……いけそうな気がする。明日という日を乗り越えられそうな気がするの。勿論、今の精神状態のままだったら結果は目に見えているわ。でも……」


「……二人でなら、なんとかなりそうな気がする」


「し、師匠……!」
「ウドンゲ、明日は私と一緒に戦って欲しいの。私一人なら不可能なことも、貴女と一緒ならきっと乗り越えていけるわ。そして、無事に明日を乗り切ることが出来たら……」
「……」
「一緒に、温泉にでも行きましょう……」
「……はい!!」


 人の想い、というものは時としてどんな薬よりも効果のある治療となる。
 この一週間、私は一人で耐え、一人で苦しみ、一人で戦ってきた。だが、それも今日で終わり。
 明日からは、私を支えてくれる人が居る。そして私は彼女と共に戦い、そして勝利する。
 姫に、てゐに、そして己自身に。

 そして、全てが終わった暁には私は彼女の『想い』に応えようと思う。


 自室に戻る前に、私は縁側から空を見上げた。
 竹の葉の隙間から差し込む月の光が、優しく私の頬を照らした。

 まるで、私たちの歩む道を示してくれるかのように……。




















「……ぐす、ぐすっ、れーせんの、れーせんのばかぁ……ぐすっ」
 
 二人が居なくなった廊下で、一羽の兎が声を殺して泣いているのに気づく者は居なかった。


こういう頭の悪いお話を仕事中に考える人間とは
あまり友達にならない方がいいですよ。

後編に続きます。
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コメント



0.5900簡易評価
30.90名前が無い程度の能力削除
>原作見てないけど
原作ってどっちなんでしょうかね
75.100時空や空間を翔る程度の能力削除
絶えるんだ、え~~りん。
79.100名前が無い程度の能力削除
セクハラってレベルじゃねーぞ!
81.100名前が無い程度の能力削除
なんかいろいろ笑った
93.90名前が無い程度の能力削除
こんな ひどい えーりん みたことない
やべえ、この発想はどこから来るんだ。「腋来々」とか、凄すぎる。
でも仕事はちゃんとした方がいいですよ。
102.90削除
なんという変態という淑女。
103.90名前が無い程度の能力削除
なんでこんなにぶっとんだ人物を描けるんだw
そして姫様の時折見え隠れするカリスマGJ
117.100名前が無い程度の能力削除
メガマリのパスワード実際に開いたら、永琳とウドンゲだけいないwww
120.100ssk削除
iihanasidana
と思ったよ
137.無評価理工学部部員(嘘削除
色々と面白かったww
えーりんお前w

ところで最初に永琳に
相談してたのは妖夢
ですか?
138.100理工学部部員(嘘)削除
おっと抜けていた!