Coolier - 新生・東方創想話

半人前

2006/08/09 07:17:08
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「やれやれ、随分と遅くなっちまったぜ」

満月が輝く夜の空を、一人の少女が箒にまたがって飛んでいる。

「今日も大漁。早速研究させてもらうとするか」

箒の先には、風呂敷に包まれた数冊の本が吊るされていた。

何処から持ってきたのだろうか?

それはあまり言及しない方が良いかもしれない。

「ん?」

少女の行く手に、人影が見えた。

その人影は少女の見知った相手だった。

だから、少女は軽く挨拶をしようと思った。

「よぉ、よう―」

しかし、それは叶わなかった。

「あっ、う……」

少女の目の前を銀色が一閃する。

その後、少女は力を失い、箒ごと落下した。

落下の衝撃のせいか、あるいはもっと別の理由からか、少女は気を失っていた。




月は何色なのだろうか?

多くの者は白だと答えるだろう。

とある館の住人は紅だと答えるだろう。

月から来た者達は灰色だと答えるかもしれない。

ここ、霊が集う郷では蒼い月が見えた。

「……………」

その白玉楼の主、西行寺 幽々子は深刻な表情でその蒼き満月を見ていた。

「哀しい色」

幽々子はポツリと呟いた。

その呟きは弱く吹く風の音に消されてしまう。

いつもなら、その呟きを消すのは風の役目ではない。

この白玉楼に、何かが足りない。

その原因を幽々子は知っている。

「月は人を狂わす。なんてね」

突如、幽々子の隣に一人の女性が現れた。

「あら、紫じゃない」

「こんばんは。暇潰しに来させてもらったわ」

何処からか現れた女性、八雲 紫はそう言って幽々子の隣に座り込んだ。

「月は人を狂わす…か」

「誰が言った言葉だったかしらね。まあ、別に気にならないけど」

そう言って笑った後、紫はキョロキョロと周囲を見渡した。

「ねぇ」

「うん?」

「今日はあの娘はいないの?」

「ちょっと…ね」

「…………?」

「ここから見える月がどうして蒼いか知ってる?」

「さぁ?知らないわ」

「月は大気の光の反射により、色が変わる。そして、霊気は蒼色を伴う」

「なるほどね。で、それがあの娘と何か関係あるの?」

「ないわ」

「そう」

一通り会話を終えた後、二人は黙って月を見ていた。

沈黙。

風の音すら止まり、曖昧な世界が広がり始める。

しかし、そんな空間は長くは続かない。

「来たわね」

「ん?」

幽々子はゆっくりと立ち上がった。

それとほぼ同時に、紫の視界にはとある人物が映った。

「ねぇ、紫」

「何かしら?」

「人は月に狂うことはないわ。狂うのはそう…妖の方よ」

「根拠は?」

「さぁ?」

そんなことを話している内に、二人の前に紅白の巫女が降り立った。




闇というものは何処までも広がる。

一にして無限であり、そして零でもある。

それは『無』と呼ばれている。

「妹紅、しっかりしろ!妹紅!」

光とは、『有』とは言わば、『無』から生まれた副産物。

その『有』により、生命が誕生し、いつしか人間や妖怪が出現した。

「永琳さん、魔理沙はどうなんですか?」

「お手上げだわ……こんなのは初めてよ」

『有』は様々なものを産み落とした。

しかし、それ全てが益を為すものではない。

中には、『無』に還った方が楽と思えることもある。

「一体何だって言うのよ……パチェ、咲夜は起きるの?」

「判らないわ。本には載ってない」

『無』に還れば『有』は消する。

それは、生命で言うのなら『死』を意味するのかもしれない。




「どういうわけか説明してもらおうかしら?」

様々な声が飛び交う部屋の隣の居間で博麗 霊夢はそう言った。

「何を?」

「とぼけないで」

しかし、幽々子は笑顔で首を傾ける。

「ねぇ、霊夢」

「何よ」

「私、未だに何のことか判らないだけど……説明してもらえないかしら?」

紫の言葉に対し、霊夢はやれやれと言いたそうに溜め息を吐いたあと口を開いた。

「妖夢が暴れてるのよ」

「妖夢が?」

「隣の部屋見てきたら良いわ。どういう状況か判ると思うから」

「じゃあそうさせてもらうわ」

紫は霊夢を見ずに、幽々子を見てそう言った。

何かを察したのかもしれない。

「うちの妖夢がどうかしたの?」

「まだとぼけるの?どーせまたあんたのわけの判らない暇潰しで動いてるんでしょ」

「私じゃないわ」

「ふうん。あんたのとこの従者は主人の命令なしで暴れまわるのが趣味なわけ?」

「そんなわけないじゃない」

「じゃあ、結局何なのよ」

「さぁ?」

一向に話が進まない。

霊夢は溜め息を吐きながら頭を抱えた。

「被害者は妹紅、魔理沙、咲夜。外傷は一つもなく、魂が抜けたようにボンヤリとしているだけ」

隣の部屋の襖が開き、紫が出てきた。

「被害者はその3人だけじゃないわよ。他に色々な場所で沢山の人間が被害に遭ってるわ」

「何か共通点とかは?」

「全員人間。そして皆、魂が抜けたように呆然としてるわね」

「永琳やパチュリーが言ってたけど、その状態になった原因は不明。治す方法も不明みたいね」

「今はまだ生きてるけど、妹紅以外はいずれ衰弱死するでしょうね。まあ私の所にはまだ来てないけど、来られても困るから幽々子に来てもらったわけ」

そう言って、霊夢は幽々子の方へ向き直った。

「無理よ」

そう言って、幽々子は湯のみの茶を飲み干した。

「どうしてよ?あの娘はあんたの従者なんでしょう?あんたが『止めろ』と言ったら止めるでしょ?」

「今のあの娘は普段のあの娘じゃないもの。私の言葉なんて届きもしないわ」

「どういう意味?」

「お茶、おかわりもらえるかしら?」

「そこにあるからご自由にどうぞ」

茶瓶から湯のみへ茶を注ぎ、それを少し飲んだ後、幽々子は前を向いた。

「妖は月に狂う」

「は?」

「月というのは不思議なもの。その光の元は太陽なのに、太陽の光とはまるで違う性質を持つ。光に魔力や妖力・霊力を多く持ち、それが妖を昂ぶらせる。満月の時は狂うほど……」

「それはレミリアのことがあるから少し判るけど……」

「あの娘がどういう存在か、あなた達も知ってるわよね?」

「半分人間で半分幽霊。けど、今までだって何度も満月があったけど、こんなことなかったわよ?」

「えぇ、確かに。満月だから幽霊の部分の力が増幅したのは要素の一つでしかないわ」

「要素?」

「あの娘には魂が二つある。身体に宿る人間の魂。半霊となっている魂。まあ、正確には二つで一つなんだけどね」

「その半霊が乗り移ったとか?」

「違うわ。あれは半霊のみ。霊力を溜め込んだ半霊が妖夢の姿を具現化して暴れてるのよ」

「どうしてそんなことに?」

「さぁね……けど、半霊としても何か思うところがあったんじゃない?」

「半霊が思うところって……あれも妖夢じゃないの?」

「妖夢だけどあなた達が知っている妖夢じゃない。妖夢の魂の半分と言っても、その存在は外に露呈していて、妖夢とは違う行動を取ることも可能」

「つまり半霊自身に自我があってもおかしくないってこと?」

「そういうことね」

再びお茶をおかわりしようとする幽々子。

しかし、茶瓶からはもう茶は出なかった。

「で、妖夢になった半霊は何がしたいわけ?妖怪や幽霊が人間を襲うっていうのは判るけど、別に殺して食べたりするわけじゃないから目的が判らないわ」

「あの娘が欲しているのは肉なんていう物理的な物じゃないわ。あの娘が求めているのは活力の源、生気よ」

生気。

それは妖怪や人間のみならず、全ての生命体が持っている生きる力。

それがあるからこそ生命は生きているのであり、それを無くしたならばその者は死んでいると言っても過言ではない。

「どうしてそれを求めるのよ?」

「恐らくは具現化の促進のため……魂が具現化されて霊となるには多くの霊力と生気を要する。その二つが多ければ多いほど、その魂はより明確に姿を作ることができるの。例えば人魂。普通の人魂は少ない霊力しか持ち合わせていない。だから、明確な形を持てず、玉のような形で彷徨うの。それが人間を驚かせて生気を少し取って形を作り、さらに取ることで幽霊となる」

「明確な形が取れてないから足がなかったりするわけか……」

「そういうこと。他にも、生前の未練を生気として一気に幽霊になるのもいるけどね」

「なるほどね。だから生気を求めるのか」

「けど、おかしくない?」

傍観していた紫が口を開いた。

「生気って別に人間だけが持ってるわけじゃないでしょう?妖怪はもちろん、動植物だって持ってるはず」

「確かにそうね。けど、それらの中でも人間の生気は最も純度が高いの。言うなれば高カロリー。それこそ、妖怪が人の肉を食べたり吸血鬼が人の血を飲んだりするのと同じでね」

「ふうん……ところでどうやって奪うのかしら?」

「生気は相手から生きた心地を無くす。つまり、恐怖のどん底に落とすことで取りやすくなるの」

「けど、普通の人間はともかく魔理沙や咲夜は一筋縄ではいかないと思うけど……特に妹紅なんてあれだし」

「例え強い力を持っている者でも、死の恐怖が無い者でも、必ず何処かに恐れはある。そこを突き、隙ができたところで白楼剣で生気を切り取るの」

「白楼剣ねぇ……」

「白楼剣は人の迷いを断ち切る力を持っている。まあ、使い方によっては様々な『迷い』を切れるけど、その根本には生きることに対する『迷い』を断ち切るという目的を持っているの」

「確かに、あの状態なら誰も『迷って』なさそうね……」

「まあ、そんなことは私にとってはどうでも良いの」

霊夢のその一言で紫は再び口を噤んだ。

「問題はあの娘をどうやって止めるか、それから被害者をどうやって治すか、よ」

「その二つはさほど難しいことじゃないわ」

「どうしてよ?あんたの言葉でもあの娘止まらないんでしょ?」

「えぇ、私が言っても止まらないでしょうね」

「じゃあどうするの?」

「止まらないなら止めるしかないじゃない」

「それはそうだけど……」

「大丈夫。その役目は私がやるから」

「あっそう。じゃあ、あれを治す方法は?」

そう言って、霊夢は隣の部屋で倒れている者を指差した。

「活力を取り戻せば良いのよ」

「何それ……」

「人間は感情の起伏が激しいから簡単でしょう?喜び、快楽、怒り、哀しみ、怨み、妬み。その人間がよく見せる感情を起こさせれば勝手に回復するわよ」

「そんな適当な……」

「さて、私はそろそろ行くわ。お茶、ごちそうさま」

幽々子は立ち上がり、音もなく外へ出て行った。

「………どうする?」

「取り合えず、魔理沙で何か試してみましょうか」

幽々子が出て行った後、二人は未だに少し騒がしい隣の部屋へと移った。




春は生命の季節と言われている。

その理由は気温にある。

春は暑すぎず寒すぎず、そしてとても暖かだ。

多くの生命は高温、低温では生まれることができない。

何故ならば、高温や低温は生気を育み難いからだ。

春の暖かさが生気の育みには丁度良い。

例えば、桜の木。

木自体には生気があるものの、花をつけるのは春だけである。

春以外の季節では生気を育むことができず、余命を削って生きている。

しかし、一度春になれば木は生気を育み、子孫を残すためにその朽ち行く身体に花をつける。

だから、桜は春にしか咲かない。

もし仮に、その場所の気温をずっと一定に保ったり、大量の生気を木に送り続けることができたならどうなるだろうか?

きっとその桜は万年桜と呼ばれることになるだろう。

「やっぱりここにいたのね」

蒼き月、そしてその光を浴びて桃色に光る桜の森の中に彼女はいた。

「妖夢」

「幽々子様……」

「気は済んだ?」

「いえ……」

幽々子の言葉に妖夢は静かに首を横に振った。

「何があなたをそうさせたの?」

「私はただ、幽々子様の願いを叶えたかっただけです」

「私の願い?何かあったかしら?」

「西行妖の開花。そのために、春を……生気を集めてまいりました」

以前、幽々子は妖夢を遣わし、幻想郷中の春を集めさせたことがあった。

それは言い換えれば幻想郷全体の生気をある程度搾取したことになる。

しかし、それでも企みは失敗に終わった。

その失敗に終わった企みを、妖夢は今またやっていると主張する。

「本当に?」

「……………」

「人間の生気の純度がいくら高いと言っても、全ての存在から取ったものには遠く及ばない。それでも足りなかったのを覚えているでしょう?だから、この程度じゃあ全然足りないわ」

「それでは、今からまた―」

「嘘は止めなさい」

何処かへ行こうとする妖夢を、幽々子は制止した。

「あなたの言う『私の願い』は今はもうないもの……あなたはそれを理由に、自分の目的を私の目から誤魔化そうとしている」

「何を根拠に―」

「根拠ならあるわ。その一、私が命じてない。その二、最初の十数人分の生気はあなたの具現化に使われてしまっている。その三、あなたは人間しか狙っていない」

「……………」

「あなたの本当の目的はそう、あなたの半身である人間側の妖夢の抹消又は支配。違うかしら?」

「………そうです」

妖夢はそう言って、屋敷の方を見つめた。

「私はこれから、私の半身を消しに行きます。どうか邪魔をしないでください」

「嫌よ」

妖夢の願いに対し、幽々子は考えることもなくそう言った。

「何故ですか?これは私の問題。幽々子様には関係ないはずです」

「関係ないわけないじゃない。妖夢は私の可愛い妹のような存在。それが半身同士とは言え、殺し合うのを黙って見てるわけにはいかないわ。それにね」

幽々子は言葉を途中で止め、月を見上げた。

そして、およそ1分ほど経った後、再び口を開いた。

「妖忌と約束したから」

「師父様と……?」

「妖忌はあなたが、半霊がいつかこうなることを予測して私にその行動の阻止を頼んだの」

「そんな、師父様が私を……」

「だから妖夢、あなたが今すぐ元に戻らないというのなら、私はあなたを力ずくで止める。戻るというのなら、今夜やったことは全て許してもらえるよう、皆に頼んであげるわ」

「………お断りします」

そう言って、妖夢は鞘から白楼剣を抜いた。

「私は今の私を捨てることはしません。そして、もう一人の私を消すことも」

「そう……残念ね」

「幽々子様、そこをどいてください」

「………嫌よ」

「ならば、力ずくで通らせてもらいます」

妖夢は白楼剣を構えた。

それに対し、幽々子は扇を一つ取り出した。

「参ります」

「どうぞ」




言葉を発した後、妖夢は構えたまま、幽々子はただ立ち尽くすような状態で止まっている。

幽々子はどうかは知らないが、妖夢は動くタイミングを探している。

命を賭けた真剣勝負は初撃が何よりも重要である。

最初にどう動くかを間違えれば、戦闘が始まるどころかそれだけで終わってしまう。

だから、妖夢は幽々子の隙を探した。

「来ないの?」

そう言って、扇を開いてパタパタを仰ぐ幽々子。

明らかな挑発。

それにのることは一見すれば愚かなことだろう。

しかし、妖夢はそれにあえてのった。

「覚悟!」

真っ直ぐに剣を振り下ろすかのように見せかけ、妖夢は横から払った。

「甘いわよ」

挑発にのった振りをして、それを逆に利用する。

その妖夢の考えは、見事に読まれていた。

妖夢の剣は幽々子の扇によってガッチリと止められている。

「くっ……鉄扇?」

「違うわよ」

扇はそれ自体で剣を止めているのではない。

扇の骨の一本が剣を止めている。

そこからは、微かだが銀色が見える。

それを確認した後、妖夢は後ろに下がって距離をおいた。

「仕込み…ですか」

今の一撃でほとんど切れた紙と竹の部分を取り除くと、扇からは一本の匕首が出現した。

「これはあなたの持つ白楼剣と対を為す存在である楼観剣の兄弟。妖忌が私に託した、あなたを斬る刃」

「……………」

「白楼剣と楼観剣は相食む力を持つ剣。人が持つ楼観剣は霊を斬り、霊が持つ白楼剣は人を断つ」

「その二つが私に与えられていたということはつまり、私自身が殺し合うことは宿命のはず」

「いいえ。妖忌はそのためにあなたに剣を託したのではない」

「戯言を!」

一気に距離を詰め、妖夢は振りかぶった。

「永劫の眠りを受けよ!」

妖夢の剣に霊力が集まる。

けれど、それはほんの一瞬のことだ。

集まったかと思えば霊力は散り、気が付いたときには刃が振り下ろされている。

しかし、幽々子はそれも受けとめた。

「あなたの与える恐怖は私には通用しない」

「くっ」

「さぁ、私の与える眠りは避けられるかしら?」

幽々子の手から霊が放たれ、それが蝶の形を為す。

死霊。

それに取り憑かれれば、たちまち死に至るであろう。

「ちぃっ」

また距離をおき、妖夢はそれを回避する。

「!」

幽々子の攻撃はそれで終わらない。

死霊を避けたかと思えば、それごと切り裂いて幽々子は匕首を振るった。

死霊は攻撃であると同時に、囮だった。

妖夢はそれに気付かなかった。

しかし、身体を無理に動かし、その一撃を往なす。

「どうしたの?この程度かしら?」

「まだまだ!」

体勢を立て直し、再度幽々子に向かってゆく。

一撃。

二撃。

三撃。

どれも目にも止まらぬスピードで放たれた。

けれど、幽々子にはかすりもしない。

それどころか、幽々子はそれを避けることなく、小さな匕首で正確に往なしていた。

「くそ、どうして……」

「答えは簡単よ」

「えっ……?」

「私はあなたの剣術を見切っている。まあ、受け技を知っていると言った方が正しいわね」

「そんな……普段から稽古を嫌がっている幽々子様が何故」

「それも、妖忌が教えてくれたのよ」

そう言うと、妖夢は下を向いた。

「………どうして、師父様は」

言葉と共に、妖夢の眼から一滴の雫が流れた。

「う…うわぁあああああああああ!!!」

咆哮。

そして突進。

その叫びの理由を幽々子は知らない。

「くっ……」

一撃。

匕首を通して幽々子の身体に衝撃が走る。

先ほどまでと違い、妖夢の剣は力任せになっていた。

二撃。

今度は受け止めはせず、辛うじて回避した。

その際、少しだけ袖を切られた。

読み切れない。

突如無形となった妖夢の剣術の前に、幽々子は押されていた。

「嘘……」

三撃。

幽々子が持つ匕首は派手な金属音と共に折れた。

無秩序。

今の妖夢にはその言葉が相応しい。

「とどめ!」

その声と共に、妖夢の形が元に戻った。

その一瞬を幽々子は見逃さない。

妖夢の攻撃をかわしつつ、武器を奪う。

僅か数秒の間、そして一度だけの機会に幽々子はそれを行った。

「形勢…逆転ね」

気が付くと、白楼剣は幽々子の手にあった。

「……………」

「……………」

倒れこんだ妖夢と剣を突き付ける幽々子。

二人は時間が止まっているかのように動かない。

経った時間は数秒だが、二人にはそれが数十分のように感じた。

何を想っているのだろうか?

「生?それとも死?」

幽々子はポツリと呟いた。

「選びなさい」

その声はまるで、相手を言葉で殺すかのように冷たく鋭い。

「私…は……」

妖夢の口が動いた。

その言葉を聞いた後、幽々子は刃を振り上げた。




金属音。

肉などの柔らかい物を斬る音ではなく、金属と金属がぶつかる音がした。

「何故…泣くの?」

一人の少女の前に立ち尽くす女性は訊ねた。

「私は…どうして愛されないのでしょうか……?」

少女は泣きながら聞き返す。

「どうしてそう思うの?」

「霊夢達も幽々子様も皆、私を見てくれない。あの娘ですら私をあまり見ない。そして、師父様も……」

「それが事を起こした理由?」

「だから……私はあの娘になりたかった!皆の目に見え、そして愛されているあの娘に……」

少女はそこで一度しゃくり上げた。

「妖忌は……」

「師父様は、幽々子様に私を止めるようお願いしたんですよね?」

「えぇ、そうよ」

「私は師父様に忌み嫌われているんですね……」

「……………」

幽々子は溜め息を吐いた。

「妖夢」

「はい……?えっ?あっ、何を」

「良いからこっちに来なさい」

妖夢をズルズルと引っ張る幽々子。

少し引っ張った後、二人は屋敷の縁側へ辿り着いた。

「ほら、隣来なさい」

縁側に座り、妖夢を呼ぶ。

妖夢は少し躊躇しながらも、幽々子の隣に座った。

「綺麗な景色ね~」

「………はい」

二人の視界には満開の数十本の桜、そして未だ沈まぬ月が映った。

「ねぇ、妖夢は桜は好き?」

「はい、一応は」

「じゃあ、地面に落ちた桜の花びらは?」

「えっ?」

「花びらが全て散った後の桜の木は?好きかしら?」

「え、えっと……判りません」

「あら、つれないわねぇ」

そう言って、幽々子はまた扇を取り出し、それをバッと開いた。

「生命は……ううん、存在する全てのものはそれ単一では機能できない。例えばこの扇。完成品を見ればそれ単一でしかないけど、実際には竹、留め金、紙、墨などを使い、一つとして成り立っているでしょう?」

「……………」

「桜も同じ。地面に落ちた花びらと枯れた木。この二つを個々に愛する者はそう多くはないでしょうけど、二つが合わさってできた桜は広く愛される」

「何が言いたいのですか?」

理解に苦しむ妖夢の手に、幽々子の手がそっと触れる。

「あなた達も桜と同じ。二つで一つとなるからこそ多くの者に愛されるの」

「そんなこと…ありません」

「どうして?」

「もし私が、半霊が消えたら霊夢達はどう思いますか?何も思わないでしょう。精々、いないことに気付く程度だと思います……」

「かもしれないわねぇ」

「桜が好きな人は確かに多いです。けど皆、桜の花を、あの娘だけを見ている。木なんて……私なんていなくたって良いんですよ」

妖夢はまた一筋、涙を流した。

「だから!」

「けどね」

再び、妖夢は引っ張られた。

「私は困るわ」

「ゆ、幽々子様?」

幽々子の胸に妖夢の頭が埋まる。

その様子は、母親が我が子を抱きしめるのに似ていた。

「私は魂魄 妖夢という存在を大切に想う。それは、人間のあなたにだけに対する想いじゃなく、ましてや半霊のあなただけへの想いでもない」

「けど……」

「妖夢」

「は、はい」

「愛っていうのはね、求めるものでもなければ、与えるものでもないの」

「えっ……?」

「今、私がここで『あなただけを愛してる』というのは簡単。皆が『愛してる』というのも非常に簡単よ。けど、あなたはそれで満足するかしら?」

「そんな嘘っぽいのは……」

「あら、嫌なの?あなたが求めたのよ?」

「それはそうですけど、それじゃあ何も伝わっては―」

「そうね、伝わってこないわよね。じゃあ、こんなのはどう?」

幽々子はまた少し、妖夢を引っ張った。

「あうっ」

妖夢の真上に幽々子の顔が映る。

そして、後頭部には膝の、額には手の柔らかな感触があった。

「私ね、愛は求めるものじゃなくて感じるもの、与えるものじゃなくて伝えるものだと思うの」

「感じる、伝える……?」

「愛の告白ってあるじゃない?『俺はお前が好きだー』とか」

「本などで見たことなら……」

「言葉だけならどんな相手にだって言える。けど、本当に好きな相手とどうでも良い相手に言うのとでは重み?が違わない?」

「………私にはよく判りません」

「言葉は愛を求めるだけ、与えるだけ。感じるのと伝えるのは行動を通さないといけないの」

幽々子の手に妖夢の髪がゆっくりと流れた。

「ねぇ、妖夢」

「はい」

「あなた、妖忌が土下座したり泣いたりしてるのって見たことある?」

「いえ……師父様は誇り高い方でしたから、そのようなお姿は」

「私はあるわ」

「えっ?」

「丁度、妖忌があなたの事を頼みに来た時のこと……妖忌ったら、いきなり土下座して泣きながら私に懇願したのよ」

「その頼みって、ひょっとして……」

「そう、半霊であるあなたが今回のようなことを起こした場合、止めること」

「師父様は……師父様はどうして幽々子様に?」

「あなたを半霊の状態に戻すためには生気を抜く、つまり、あなたに『死』を与えないといけない」

「………幽々子様が適任だったということですか」

「それは結果論でしかないわ。私がいた結果そうなった。じゃあ、私がいなければ?」

「………あっ」

「確かに、妖忌は誇り高く、とても強かったわ。けど、だからと言って弱さが消えたわけじゃない。妖忌はその弱さをどうしても克服できなかったから私に頼んだの」

「それじゃあ師父様は……」

「そう、妖忌は例え半霊であろうとあなたを愛していた。ずっと昔から。そして、きっと今も」

妖夢の目に再び涙が溜まる。

それを、幽々子は指で優しく拭った。

「言ってしまえばその程度のこと。けど、私はあの時感じたわ。あなたに対する妖忌の愛情の大きさを。もちろん、半霊のあなた単体じゃなくて、人間と半霊両方ね」

「幽々子様……」

「妖夢、あなたはまだ半人前。それは剣の腕前の話じゃなく、生命としてという意味」

幽々子は突如、庭を指差した。

その指の先には、地面に突き刺さる白楼剣の姿があった。

「人を断つ剣と霊を斬る剣。この二本は殺し合うためにあるのではなく、一つの身に持たれるためにあるの」

「一つの身……?」

「一人前の魂魄 妖夢にね。それが、あの二本に託された想い」

「幽々子様、私……」

何か言いたそうな妖夢の言葉を、幽々子は手でそっと遮った。

「もう、時間ね」

そう言って、幽々子は空を見上げた。

月が隠れ始めている。

あと数時間もすれば夜が明けるだろう。

月の弱い光に照らされ、幽々子の目元が僅かに光った。

「幽々子様、泣いてるんですか?」

「泣いてなんて…ないわよ」

そう言いつつも、妖夢の顔に数滴の雫が落ちる。

「妖夢、色々疲れたでしょう?このままで良いから休みなさい」

「えっ……良いんですか?」

「えぇ、構わないわ。何なら、子守唄でも歌ってあげましょうか?」

「いえ、大丈夫です」

幽々子の膝の上、妖夢はゆっくりと眼を閉じた。

「幽々子様の膝、とっても暖かいです」

そう言って数分後、静かな寝息が聞こえた。

「私だって、本当は……」

誰にも聞こえない、声に出したかさえ判らない呟き。

「『死』は……『無』は始まりなり」

幽々子の手に力が溜まる。

そして、その手は愛でるように妖夢に触れた。

「さようなら……そして、おかえりなさい」

妖夢の身体から白い光が散る。

その後残ったのは、見慣れた一つの霊体だった。




「うーん……よく寝た」

陽が少し昇った頃、妖夢は目を覚ました。

「………あれ?」

そして最初に気付いたのはあるものの消失。

「おかしいなぁ」

部屋中捜しても、それは見つからない。

「庭の方かな?」

昨晩の妖夢の記憶はどうもはっきりしない。

だから、他者のせいだとは考えもしなかった。

「あっ」

庭に行くと、それは見つかった。

「あぁっ!白楼剣が!」

庭には、白楼剣が突き刺さっていた。

「幽々子様がやったのかなぁ……」

そんなことを呟きながら、取り合えず引き抜いてみた。

「うっ……刃こぼれが……」

地面に埋れていた先端部分が僅かに欠けている。

土中で石にでも当たったのかもしれない。

「幽々子…様……?」

縁側に座っている幽々子に問い詰めようと、怒鳴ろうとした。

しかし、眠っている幽々子と自分の半霊を見て、怒鳴り声は途中でしぼんでいった。

「……………」

無言で妖夢は奥へ引っ込んだ。

そして数分後、羽織物を持って戻ってきた。

「風邪ひきますよ」

そう言いながら、ゆっくりと羽織物を幽々子に掛ける。

「………後でいっか」

妖夢は部屋に戻り、楼観剣を持って庭へ出た。

「さて、お手入れお手入れ」

そして、枯れ木の森へと入って行った。




西行寺 幽々子は眠っている。

その膝に、大きな霊を乗せながら。


いやいや妖夢、これはただの霊じゃないわ。

これはあなたを一人前に近づけるための大切な存在よ。

「なんてね……」


………眠っている。






後日、妖夢はわけもわからず魔理沙や妹紅に執拗に追いかけられ、慧音やレミリアにこっぴどく叱られました。
どうやら半霊が幽々子様の言うことを聞かなかったのが原因のようです。



妖夢のことを当初半人半妖だと勘違いしていたのは内緒。

※9月5日色々修正+加筆
対馬 光龍
[email protected]
http://t-r-k.hp.infoseek.co.jp/main.htm
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コメント



0.1010簡易評価
7.50名前が無い程度の能力削除
悪い所は無いのだが、全体的にもうワンクッション欲しかった感じ。
そうすれば、ばよえーん位まで連鎖して凄い作品になってた予感。
18.無評価対馬 光龍削除
ご指摘ありがとうございます。
ばよえーんですか……懐かしい。
ワンクッション必要ということはこの作品はジュゲムレベルでしょうか?それともアイスストーム辺り止まりでしょうか?
まあそれは置いておきましょう……

当方、まだまだ未熟のため、何処をどうすれば良くなるのかよく判りません。
個人の意見でも構いませんので、「~~をもう少し・・・する」などと具体的な指摘を頂ければ恐縮です。
もちろん、「自分で考えろ」と言われれば努力はします。

御意見・御感想お待ちしてます。
21.無評価名前が無い程度の能力削除
失礼します、下に書いた者です。 二度目なのでフリーレス。
>全体的にもうワンクッション欲しかった感じ。
というのは、感動的なヤマを張る前にもう少しのタメが必要かな?という事です。
妖忌の想い、幽々子の涙、妖夢の献身的な姿。どれも個々でジーンと来る場面です。
一つ目は禅問答の様に堅い文かつ途中の半霊の反応が薄い(会話に動きが少ない)為、
二つ目は泣く前の素振りがないので、後から「あぁ泣いたのか」となり、場に同調できない為、
三つ目も二つ目同様、怒りが収まる素振りが無い為。 それらの為に流れが止まってしまいます。
氏の作品では他にも「ん? これは何処がどうなったの?」という点がいくつかありました。
修正の例としては一段落目の『しかし、それは叶わなかった。』の後に魔理沙が攻撃された旨を加えたり、
『そして、後頭部と額には柔らかな感触があった。』で額に手を載せた事を加えたりすれば良いかと。
あと幽々子が泣く前に、ふっと月を見上げてみたり。言葉に詰まってみたり。
何はともあれ『何が起こったのか理解できなくて読み返す』これを読者にさせてはいけません。
読んでいて染み込むように情景を浮かべられる文章にすれば、読者は物語に引き込まれ易くなります。
更に文字を見易くする事で効果は上がります。背景や文字色、文の間のスペースなど。
例えば最後の段落は、一文目の後と6文目の前は2マス空きの方が見やすいかと。

流れを止める事無く、このアイスストーム×3を上手くばよえーんに出来る日をお待ちしております。
これからも頑張って下さい。 偉そうに長文失礼しました。
24.無評価対馬 光龍削除
詳しいご指摘ありがとうございます。

私としてはこれで充分連想などが可能かと思っていましたが、やはり作者の独りよがりだったようですね……
反省します。
数日間置いてからの修正なども行ったのですが、用事などで若干急いでいたり意識が別の方へ行ってたため、修正が疎かになっていたのかもしれません。
修正は余裕を持ってやるべきですね。
それとあくまで客観的に……

一応、手元で修正を試みて、大して内容が変わらないようならここで修正します。
内容が大きく変わってしまうのなら修正したものをサイトの方に載せようと思います。
貴重な御意見ありがとうございました。
25.20読専削除
魔理沙とか妹紅とかがほったらかしになってる気がしますが…。
26.無評価対馬 光龍削除
>読専さん
一応、「幽々子に言われたことを霊夢達(主に慧音)が上手く活用して数日後には全員元に戻った(だから妖夢は叱られる程度で済んだ)」というのを作者コメントの後日談で伝えたかったのですが……
どうやら言葉足らずだったようですね。
申し訳ありません。
もう少し考えた後、修正します。