Coolier - 新生・東方創想話

紅魔異法帖 2

2006/08/06 02:02:04
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 太陽が傾き始める逢魔が刻。村を一望できる山の一本杉のてっぺんに四つの影があった。
 エプロンこそ纏っていないものの、服装は皆黒を基調としたメイド服である。彼女らは紅魔館のメイドである。メイド長十六夜咲夜からの密命を受け、はるばるやってきたのだった。
「さて、上白沢慧音を足止めしろとのご命令だけど……。どうやって足止めしましょうかしら」
 短く切りそろえた赤髪をオールバックで撫で付けた少女は言った。きりっと吊りあがった太め眉と目からは力強い意思が感じられる。
「一ヶ月って結構長いよねぇ。今にして思えばかなり難題だわ」
 枝に座っている銀髪の少女。彼女らの中でもひときわ幼い容姿を持っている。
「まぁ慌てても仕方ないよ。とりあえず偵察にいった由良が戻ってくるのを待とうよ」
「ジェリルは気楽ねぇ。ちょっと羨ましいわ」
 女性にしては長身で妖艶な雰囲気を醸し出している青い髪の女性と、その肩に座っている小さな妖精のような少女。
「あ、戻ってきたよ」
 それはいかなる魔術であろう。黒髪の少女が木と木の間を飛ぶようにして近づいてくる。
「どうだった? 村の様子は」
 赤髪の少女が尋ねる。
「んー、特に変わったところはないかな。術士が警戒してるくらい。あと、霧に含まれてるお嬢様の魔力のせいでそこらへんの雑魚が活性化してるかな」
「妖怪の活性化ね。丁度いいわ。プラン通りにいきましょう。由良、里の強力な術士は五人だったわね」
「えーと、あたしが里にいたのはだいぶ前だから今はわかんないけど、たぶん五人だよ」
「なら、その五人を狩りましょう。里を守れるのが自分ひとりとなれば慧音もそうそう動けはしないでしょう」
 幻想郷において人間とは無力の代名詞といっても過言ではない。鬼や妖怪退治を目的とした人々の末裔ではあるとはいえ、魔力霊力といったものは先天的な要素が強く、優秀な術者の子供が優秀ではるとは限らなかった。
 とはいえ霊力の無い子供ばかりが生まれてくるわけでもなく、霊的要素の強い子供は大事にされ特性にあわせて鍛えられる。そして成長したら村の守護役として活躍するのだった。
 現在、村の術士は五人。それ以外に術者がいないわけではないが、まともに妖怪と相対できるのはその五人だけであった。
「なら一番手は私が行くよ」
 言うが早いか、青い髪の女性がするすると木を降り里のほうへ消えていく。
「あれあれ、せっかちさんなんだから」
 慌てて肩から飛び降りた小人の少女が肩をすくめる。
「まぁいいわ。それじゃ私達も里に潜り込むわよ」
 紅い霧を含んだ湿った風が吹きすぎた後には、大木の上のメイド達の姿はきえていた。




 慧音が次に目が覚めた時は自分の部屋だった。
 ボロボロになりながら紅魔館から自分の家へ戻ってきて、そのまま倒れこむようにして睡眠。紅魔館で受けた攻撃は、想像以上に自分の体に負担を与えていたようだ。
 どれほど眠っていたろうか。
 窓の外を見れば、霧の濃度が薄い。今は昼間か。夕暮れ時に帰ってきたはずだから一晩丸々寝ていたようだ。
 弱弱しい日の光を浴びて、寝起きではっきりしない慧音の頭に徐々に昨日の事が思い出されてくる。
「そうだ! こうしている場合じゃない!」
 慌てて飛び起きると、頭の寝癖もそのままに村の方へ駆け出す。
 昨日の紅魔館のメイド長との会話。
『このまま邪魔するようなら村人に手を出すことも厭わない』
「くそっ! くそっ!」
 昨日の自分の失態に腹が立つ。あの場は土下座してでも面会を求めるべきだったのだ。確かに争いは避けえない流れだったかもしれない。だが、それでも村を危険な目にあわせてしまったのは自分のミスだ。村への道を駆け下りながら、慧音の頭の中は最悪の事態が展開されていた。
 だが、その慧音の予想は裏切られることになる。
 慌てて村へ駆け込んでみれば、村は平穏そのもの。
 霧のせいで表に出ている人の数は少ないが、何一つとして異変は見当たらなかった。むしろ、必死の形相で村に駆け込んできた慧音のほうが怪しまれているくらいだ。
「慧音様。そげな必死なお顔でどげんしたとですかねぇ」
 村人が一人、おずおずと声をかけてくる。やや不安そうな表情をしたその初老の男性は、村の術士の一人だった。現役は退いているものの、その能力は健在といわれている。慧音も何度か一緒に妖怪退治に付き合った事がある。といってももう数十年も前の事なのだが。
「ああ、こう……いや何でもない。この霧に紛れて妖怪が襲って来てはいないかと不安だったんでな」
 さすがに紅魔館の事は言い出せない。ヘタをすれば恐慌状態に陥ってしまう。村人には平和に暮らしていてほしいのだ。
「そっだらことねーべ。慧音様のおかげでうちらは平和に暮らしとるだ。若いもんも交代で見回ってくれとるし、慧音様がそこまで心配することじゃねぇですだよ」
「そうか。そうだったな。いや私も年を取ったかな」
「なぁに。慧音様はおらがわけぇころからな~んもかわっとらん。ほれ、寝癖つけたままで走り回るとこなんかなぁ」
 周りの人々から笑いがこぼれる。顔を赤く染めて寝癖を撫で付ける慧音。内心ではほっとしていた。どうやらあのセリフは単なる脅しだったようだ。
 だが、万一という事もある。
 慧音は霧を口実に、村の境界に結界を仕込み、見回りを強化、鳴子などの罠も配置しておいた。
 それから一週間。村は至って平穏であり、慧音すらもただの脅しだったか、と思い始めていた。




 紅い紅い夜の闇の中を男は歩いていた。
 隆々とした筋骨たくましい体に、熊と呼ぶにふさわしい髭面の男。名を阿鳥甲膳といった。
 男は村の術者で守番である。顔に似合わず蝶の幻術を使う彼は連絡や偵察をこなす。そのおかげで村で五指に入る術者と言われている。しかし直接戦闘は不得手な為どうしても他の術者と比べると派手さで見劣りする面があった。
 先ほども、夜間担当の二歳年下の後輩と交代してきたところだ。後輩は気配察知に長けた攻撃系でオーソドックスな弾幕使い。
 いつもいつも敵を発見して知らせるのは自分なのに、手柄は後から来るやつらに取られてしまう。自慢の筋肉もいかつい容姿も妖怪相手では役に立たない。与えられた役割事態には適材適所として納得はしている。だが、時折それを不満に感じる時もある。こういう非常時は特にだ。理屈ではわかっているだけに、感情では余計に納得できないのだ。
 仕方なく酒に逃げ、ついつい深夜まで深酒してしまった。
 慧音は夜間の外出を禁じているものの、それを律儀に守るようでは酒は飲めない。そもそも彼自身も術士であるため、雑魚妖怪なんぞ俺でも倒せると酒の効果も相まって強気だったのだ。
「あの、もし……」
 紅い夜の闇を頼りない提灯で照らしながら歩いていると、ふいに聞こえてきた細い声に足を止める。
「助けてくださいまし。……」
「どこじゃ。どこにおる」
 提灯の光で辺りを探すと、水車小屋の壁に女が一人よりかかっていた。妙に肌が白く、腰元まで伸びた黒髪がそれを一層際立たせている。間違いなく美女と言っていい。
「ど、どうしたんだ。妖怪に襲われたか!」
「そんなことよりあの妖怪はここらへんにいるのではございませんか? お願いです。助けてください!」
 はたとしがみついてくる女はどうやら妖怪に襲われたらしい。村は今、慧音の命によって厳重な警備が敷かれている。それを抜けてくるのはおそらく強力な妖怪に違いない。
 男の脳裏に後輩の顔がよぎる。
 この妖怪を倒せばあいつを見返してやれる。そう考え九字を切って魔力で辺りを捜索する。だが、何の反応もない。逃げたのだろうか。そのまましばらく辺りを警戒するものの、聞こえてくるのは虫の音だけ。もう妖怪はいなくなったと判断する。
「おう、もう大丈夫だ。あたりに妖怪はいない」
 あらためて見てみれば、なんとも美しい女であった。
 淡い提灯の光が、多少着崩れた着物から覗く胸元をあやしく照らす。黒いと思っていた髪はよく見れば青がかっており、それが一層神秘的な雰囲気をかもしだしていた。
 むしゃぶりつきたくなるような白い肌を前に、男は頭を振って邪念を追い出す。
「ほら、歩けるか? きつそうなら手を貸してやろう」
 女に肩を貸して立ち上がらせる。着物ごしとはいえ、女の胸の柔らかい感触が脳を刺激する。
 まぁこの程度の役得は問題あるまい。そんなことを考え女の方を振り向いた時だった。
 女の手がするすると首に巻きついてきて、あっという間に唇を奪われる。
 引き離す間もなく、痺れるような快楽が男を襲う。女は男の体に巻きつくように抱きついてくる。
 なすすべもなく快楽に身を任せていると、突然口内に何かが侵入してくる感覚。いつのまにか体も身動きが取れなくなっている。
 目を開けてみれば、女の顔や体が崩れ青色の異色なゼリー状の物体へ変化し、男の全身を羽交い絞めにしている。そして口からずるずると男の体内へ侵入しているのだった。
 人間に擬態する能力といい、この水のような能力といい、そこらの三下妖怪ではない。こんな妖怪が里に入り込んでいるとは。なんとかしてこれを皆に、慧音様に伝えなければならない。
 肺や胃を異物が満たす中、そう考えられるのは男が修羅場をくぐってきたおかげだったかもしれない。
 その内に鼻を封じられ呼吸することができない苦しさと、体を締め付ける苦痛に男はのたうちまわったが、しばらくするとぐったりと動かなくなった。
 すると男の口からずるりと粘液の固まりが這い出て、女の上半身を形作る。
「これで一人。意外に里の術士もたいした事ないねぇ。あと四人。あたしだけで充分だよ」
 完全に人の形になると、男の体を軽々とかつぎあげ水車小屋を放り込む。そして再びゼリー状となり、水車から水に溶けて消えていった。


 慧音は水車小屋の番人からその報告を受け取ったのは朝早くであった。
 朝一で知らせてくれた為、他の村人に気づかれなかったのは僥倖だった。番人には固く口止めしておく。
 死因は溺死。だが、遺体は水場から離れており、どうやって溺死したのか見当もつかない。それに小屋の中で乱闘した形跡もなく、霧の為に目撃者も皆無の状態であった。
 何はともあれ、遺体をこのままにしておくわけにはいかない。苦悶の表情を浮かべたままの阿鳥瞳を閉じさせた時だった。
 男の口から一匹の虹色の蝶が舞い上がってくる。
 慧音はその蝶に見覚えがあった。阿鳥が使う幻術の一つで、互いの連絡に使用されで男の見たものを他社に伝える為の蝶。
 蝶は慧音の頭にとまると雫となって四散した。そして慧音は死の間際の男の視界を幻視する。
「そうか。そういう事だったんだな。最後の力で私に伝えようと……」
 遺体に手を合わせ、番人に手厚く葬るよう頼むと、自宅へ向かって駆け出す。頭の中には如何にしてあの水妖をおびきだすかを考えていた。
 幻視の中でみた水妖の言葉。あと四人の術士。彼らを護らねばならない。
「あ、けーね。そんなに慌ててどうしたの?」
 家の前で親友藤原妹紅と出会う。背中の籠はまたぞろ筍だろう。時折こうやって尋ねに来るがその度に筍を持ってくるのはどうかと思う。
「ああなんだ妹紅か。…………なぁ妹紅。ちょっと手を貸してくれないか?」
「――え、いいけど。何か怖いよ、けーね」


 ジェリルは里にひかれた用水路の中を移動していた。
 彼女はハーフスライムである。如何にして異種族同士で受精できたのか、それは誰にもわからない。だが、固体と液体の挟間で生きてきた彼女。そんなジェリルにとって、人とか妖怪とか拘らない紅魔館という場所は、今まで暮らしてきた汚水塗れの場所と違い、天国にも等しかった。
 だからこそ、こんな暗殺任務にも嬉々としてつくし、それが自分にしかできないことでもあると誇りに思っていた。
 ハーフスライムである彼女にとって、水中はなんら障害にならない。時折、体をのばして地上の様子を伺う。標的である里の術士を狩る為である。
 そう、これは彼女にとっては狩りである。
 前回の術者を倒してから一週間が過ぎている。紅魔館に来て以来久しく感じることのなかった高揚感に身を昂ぶらせる。
 そうして大通り脇の用水路から周囲を窺っている時だった。
「あれは……確か施術士のお琴といったかしら」
 道の反対側を歩いている着物姿の女性。流れるような黒髪と鳥をあしらった着物。事前の情報にあった村の術士お琴だ。
 手に小さめのタライをもっているあたり洗濯にでもいくのだろう。
 想像通り、お琴は近くの井戸と流し場で洗濯を始めた。
 周囲に人目がないことを確認して、ジェリルは水から這い出て、人の形を取る。
 もともとスライムという不定形生物の為、服や小物が必要でないのは利点であった。
「すみません。隣よろしいですか?」
 民家の軒先から適当に布とタライを持って、隣に座り込む。タライに水を入れ、お琴の隣に座り込み洗濯を始める。
 ちらりちらりと横目でお琴の様子を窺ってみるが、黙々と洗濯を続けている。
 気持ち悪い女だな。と思う。普通は何かしら話しかけてくるだろうに。さっさと終わらせてしまうに限る。
「あっ……!」
 体勢を崩す振りをしてお琴のほうへ倒れ掛かる。
 そのまま倒れ掛かる同時にスライムとなって締め上げる算段であった。のだが。
 突然ばしゃりと水を被せられる。何が起こったのかわからずに動きを止めるジェリル。
「ちょっと! なにするの……!」
 慌てて取り繕うとして体の異変に気が付く。先ほどまで擬態していた村娘の姿ではない。緑色の元の姿へと戻り始めている。
「な、なんだこれは……! か、体が!」
 傍らに立ち上がる気配に顔を見上げるとそこにはお琴がこちらを見下ろしていた。
「ぐ……、貴様、いったいなにを被せた!」
「ただの洗剤さ。表面活性剤って知ってるか? ま、おかげでこちらの手も少々ツルツルになってしまったが」
 その事実に驚愕する。少なくとも自分の動きにあわせて水を被せるなど、正体を知っていなければできない芸当だ。
「残念だったな。おまえの目的はすでにお見通しだ。相手をたかが人間の術士と侮り、死ぬ間際に術を使っていたのに気づかなかったお前の敗因だ」
 先ほどまで頭で結んでいた髪を下ろし、お琴が睨む。いや違う。服装こと同じではあるが髪を下ろしたその姿、雰囲気からは同一人物とは思えない。
「……まさか貴様、上白沢慧音か!」
「その通りだ。お琴に事情を話してすり替わっていたのさ。髪は染めただけだよ」
 こうなっては不利だ。いったん出直して体勢を立て直す。
「ふふふ。でも詰めが甘いね。こちとら水があればいくらでも元に戻れるんだよ!」
 言うが早いか、飛び上がって井戸へ飛び込む。井戸となれば地下水脈にも繋がっているはず。そうなればもう追ってはこれまい。
 だが、井戸に飛び込んだジェリルの体は固い地面に叩きつけられる。井戸に水など一滴も無く、枯れ井戸と化していた。
「なんだって! さっきまで水があったのに!」
「ああ、井戸の水の歴史は『食った』。おまえの行動などお見通しだといったろう」
 井戸の上から冷たく慧音の声が響く。
「悪いが里の人間に手をかけたおまえを許すわけにはいかない。だが、最後に聞いておかねばならない事がある。おまえは紅魔館の手のものか。どういう目的で里の術者を殺す!?」
 表面活性剤と乾いた地面に水分を吸い取られていくジェリル。
 慧音の質問には答えない。黙って見上げるだけだ。
「沈黙は肯定。紅魔館の手の者か。スカーレットも堕ちたな。こんな迂遠な手段を取って来るとは」
 その言葉にジェリルは激昂する。
「違う! これは私達が勝手にやっていることだ! レミリア様は……はっ!」
「そうか。だが命令にしろ独断にしろ放っておくわけにもいかない。全力で抵抗させてもらう。全てが終わったあとで紅魔館にはきっちりと落とし前をつけてもらうとしよう」
「いいとも。これは私達とあんたら里との勝負さ。互いに残り四人。どちらが生き残るか、先にあの世から見物させてもらうよ!」
 それを言い終わると、井戸の底に溜まっていた緑色の液体から気配が消える。残った液体も時代に土に吸収され、消えていった。
「残り四人、か」
 その四人には心当たりがあった。直接自分を狙うのではなく、村人を狙ってくるあたり、あのメイドの命令だろう。
 「なんとしも守りきらないとな……」
 霧のせいで紅く染まった雨が降り出した空を見上げ、慧音は虚しさと共にそう呟いた。




 時間は少し遡る。
「ほんとごめんね。慧音はああなったら何を言っても聞かないからさ」
「いえ。慧音様は村を、私達を守るために尽力してくださっているのです。なのに私達がなにを文句いえましょうか」
「はぁそういうものかねぇ。あんたよくできた人だわー」
 慧音の家の居間にて話す女二人。
 片方は藤原妹紅。もう一人こそ本物のお琴であった。
 慧音につれてこられたお琴は事情を聞いて、協力を承諾。
 慧音は髪を染め、服を取り替えてつい先ほど出て行ったところであった。
 お琴は二人いるのを確認されては困ると、ここにかくまっているのであった。
「それにしても妹紅様もその服がよくお似合いで……」
「お世辞はいいよ。似合ってないって自分でもわかってるんだから」
 妹紅が着ているのは慧音の服である。
 妹紅と出会った後、慧音は妹紅を半ば無理矢理に里の護衛を手伝わせている。
 世捨て人のような生活をおくっている妹紅としては、里がどうなろうと知った事ではない。
 だからといって困っている慧音を見捨てるのも忍びない。
 というわけで、こっそり見回りやらを行っているのだが。まさか慧音の変装までさせられるとは思ってもいなかった。
「慧音の変装が力入ってるのはいいのよ。でも私のほうは適当すぎない?」
 慧音の服に帽子を被っただけの変装である。
「でも、妹紅様と慧音様は同じ銀髪ですし、遠目にはわからないと思いますよ?」
「そんなものかねぇ」
 ごろりと寝転んで、足を投げ出す妹紅。
「妹紅様。慧音様はそんなはしたない真似はなさりません。しばらくの辛抱ですし我慢なさってください」
「ぶーぶー」
 お琴は妹紅は慧音の親友としか知らない。妹紅も自らの能力を進んで喋る気はなかった。だが、同じ女性同士会話のネタは尽きない。そんなこんなで化粧やら流行りの服装について会話していたのだが。
 突然、窓を叩く激しい雨音。どうやら夕立のようだ。
「うわ。降って来たね。――って慧音布団干しっぱなしじゃない!」
 物干竿に干されっぱなしの布団を取り込もうと慌てて外へ出る妹紅。霧の層を抜けて降って来る為、雨も紅くなっている。濡れるだけならともかく、紅く染まってしまっては洗いなおさなければならない。
「ああ妹紅様。ちょっと待ってくだ……」
 お琴にそれが見えたのは偶然だったろうか。雨水を弾いて妹紅の周囲に細い糸のようなものが見える。その糸が妹紅に絡みつこうとしているのがわかった瞬間、お琴は妹紅を突き飛ばしていた。
「ちょっと! なにすんのよ!」
 地面にすっころび慌てて振り返った妹紅の目の前で、お琴は輪切りになって崩れ落ちた。
 血と肉の固まりとなりはてたお琴。妹紅には何がなにやらさっぱりわからない。
 呆然とお琴だったものを見つめていた妹紅の目の前で、固く握られたお琴の手がひゅっと飛び上がり母屋の屋根へ消えていく。
 その段になってやっと妹紅にもそれが見える。極々細い糸。死ぬ間際に必死で掴み取ったのだろう。お琴の手は糸をしっかりと掴んでいたのだった。そしてそれは敵の居場所も教えてくれた。
 怒りに身を任せ、母屋の屋根に飛び上がった妹紅。森へ消えていく人影。ここで取り逃がすわけにはいかない。例え数時間の付き合いだったとしても、お琴は妹紅に良くしてくれた。もしかしたら友人になれていたかもしれない人物だったのだ。仇を取らずに平然としていられようか。
 妹紅は慧音の変装をしていた事も忘れ、鳳凰の翼を生やし森へと消えた人影を追った。



 茶色がかった黒い髪をなびかせた少女。まだ年は14,5だろうか。年齢に似合わぬ黒装束を着込み、森の木々から木々へ飛び移っている。少女の名は由良という。人間でありながら、紅魔館でも屈指の実力をもっている彼女は追跡を振り切ろうとやっきになっていた。
 慧音襲撃は由良には失点もいいところだった。
 手足の一本でももぎ取れば、治療やらで紅魔館にちょっかい出してくる事はないだろうという読み。里生まれの人間であるがゆえに、同じ人間を手にかけるのは躊躇われたのかもしれない。
 だが、その場にいた村娘が慧音をかばったせいで糸が変に絡んで殺してしまうわ、後ろから追いかけてくるのは明らかに慧音ではないわ、散々と言ってよかった。
 なんにせよ後ろから追いかけてくる偽慧音をなんとかしなくてはならない。両腕の糸の量を確認する。まだ量は充分に残っていた。
 由良の能力はこの糸を操ること。女の髪と細い鋼線を寄り合わせて作ったこの糸は、鉄すらも両断することができる。由良はこの技を風閂と呼んでいた。
 振り向き様に木の枝と枝との間に糸を張る。相手が偽者とわかれば遠慮はいらない。
 そして、糸の罠に何のためらいもなく突っ込んできた偽慧音は、肩口から斜めに銅を切断され、勢いそのままに地面に墜落。
「随分あっけなかったわね……」
 だが、立ち上がった慧音の両腕から炎が迸ったかと思うと、その炎が腕となり手となり両腕が再生される。
 驚愕を隠しえないまま、由良は偽慧音もとい妹紅の両サイドの木を切断して押しつぶそうとする。
 ――蓬莱「凱風快晴 -フジヤマヴォルケイノ-」
 地面に叩き付けた妹紅の拳からとてつもない勢いで炎が吹き上がる。それは倒れてきた木だけではなく、周囲の木々をも吹き飛ばす。
「なにそれ。滅茶苦茶じゃないの!?」
 風閂を何度も飛ばし、足、腕と切り飛ばす。だが切り飛ばす先から炎によって再生される妹紅の体。なれば、と首を切り落としても無駄だった。それもまた炎によって再生される。
 再生能力の高い妖怪なら紅魔館にだっている。しかし、四肢を切断され首を切り落とされても生きてる妖怪など由良は知らなかった。
「ったくもー。そう何度もすぱんすぱん切り刻まないでくれる? 結構痛いんだけどそれ」
 三度唸りを上げる風閂。だが、切り刻む前に偽慧音の全身から噴出した炎によって糸が焼き切られる。
「くぅ……」
 不利と判断。側にあった木を切り倒して目くらましにしてその場からの離脱を試みる。
 だがしかし。
 ――パゼストバイフェニックス
 すぐ背後に気配を感じたかと思うと、目の前で炸裂する弾幕。避けきれずに被弾して墜落。
 痛みに喘いでいるところを、首を持って掴みあげられる。
「悪いけど、私は慧音ほど甘くないんだ。このまま燃え尽きてもらう……よっ!」
 掴まれた首から灼熱が全身に伝わり燃え上がる。自らの体が燃やされる寸前、由良は最後の力を振り絞り風閂自らの首を切り飛ばした。


 燃やすまでもなく息絶えた女の体を放り捨てて、妹紅は木に寄りかかる。不死とはいえ、リザレクションするには体力を多大に消費するのだ。
「にしても慧音も大変だね。ほんといらない苦労まで背負っちゃうんだから」
 紅魔館からの刺客がこの二人だけならいいのだが、おそらくそうではないだろう。となれば慧音一人ではどう考えても手に余る。
「あーあ。慧音はやっぱり私がついていないとダメなんだから」
 そこまで考えたところで、庭にそのままにしておいたお琴の事を思い出す。
「ちゃんとした埋葬は無理でも、ちゃんとやっておかないとだめか。慧音にはあまり見せたくないし……」
 紅い雨が降りしきる中、妹紅は重い足取りで歩き出した。



というわけに2話目でございます。
正直、ここら辺から評価分かれてくると思いますが、最後まで読んで頂けたら幸いと思います。
三話目もあまり間をあけずに投稿したいと思っていますので、よろしくお願いいたします。
新角
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http://d.hatena.ne.jp/newhorn/
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コメント



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9.無評価梅雨削除
確かに好き嫌いがはっきり別れそうな作品ですね。
自分は特に気にせず読みました。続きが楽しみですよ。
シリーズものなんで点数は一番最後にってなわけでフリーレス