Coolier - 新生・東方創想話

そうして彼女はここに居る

2006/07/15 10:41:02
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「今日はもう働かなくていいわ」


異変というのは唐突に起こるものである。
大抵それに直面した時、人は思考が停止する。
ましてそれが自分の今後を左右するものであれば尚更だ。
尤も人でなくとも、だが。


「え?えぇ!?それってクビって事ですか!?」


あぁ、我此処に滅せり、とばかりに膝から崩れ落ちる美鈴。
何故だ、私は今までお嬢様に尽くしてきた。
門番の責務もしっかり、とは言い難いけど何とかそれらしくやってきたし、メイド長である咲夜さんに対する忠誠心だって篤い。
ナイフの脅迫による部分が大きいが。
今の待遇の不平不満だって聞こえないように言ってるし・・・・・・あれ?何か、自分で納得?


「そ、そんな・・・」
「何を勘違いしてるのかしら。貴女には別の事をしてもらうだけよ」


引いていった血が全身に漲ってくるのが分かる。
スクッと立ち上がり、髪を整える。
熱を失っていた手先は握り締められ、気合は十分。
そうとも、この私がクビになどなる訳がない!


「はいっ、何をしましょうか!」
「今日の残りで幻想郷内を回って、門番として多少は役に立つようになってきなさい」


クビ直前だった。


「あ、場合によっては解雇もあり得るから」


しかも明言化された。
もう、後がなかった。


「し、死ぬ気で頑張りマス」
「死なないようにね」


素っ気なく言って立ち去る咲夜の背中を、いつまでも恨めしげに見ている美鈴の姿がそこにあった。
とは言え時間は有限である。
期限は今日の夜まで、しかも既に日は南中に近い。
幻想郷の知り合いを訪ねて回るだけなら大した時間は掛からないが、そこから何かを掴み取る為には1秒とて無駄には出来なかった。


「さて、取りあえず困った時は神頼み。神社に行ってみようか」









神社の境内には人っ子一人いなかった。
つまりいつも通りだ。
参拝客がいたら、それはそれで異変かもしれない。


「霊夢さーん、いますかー?」


数秒間があって、社の障子が開いた。
でもそこに霊夢の姿はない。
中にでも隠れているのだろうか?


「何よ、中国じゃないー。何か用―?」
「霊夢、一応客だぜ。もう少しシャンとしろよ」


障子の縁に白い手が掛かっていた。しかもやたらと下のほうに。
よく見ると霊夢は中でだれていた。
見ようによっては死体とさえ見えるかもしれない。
その場合は隣で本を読んでいる魔理沙が犯人だ。


「お時間いいですか?相談事がありまして」
「お前が相談事とは珍しいな。まぁ大体想像はつくんだが」
「実はですね、門番として戦力外通告を受けそうなんです」


あー、と納得する魔理沙。隣で伸びている霊夢。
よく考えたら、今回の主な二大原因が目の前に居た。
その原因に聞きに来る辺りが美鈴の実態を表していると言えた。


「てっきり名前で呼んでもらえないとかそういう話かと思ったぜ」
「あ、それはもういいです。諦めましたから」
「何だと!?」


何故かいきり立つ魔理沙。今の会話は魔理沙が怒るような内容だったろうか?
霊夢は相変わらず寝ていた。


「馬鹿野郎!そんなにすぐ諦めるお前だから今回もダメだしされるんだ!
 天は自ら助くるものを助く!名前で呼んで欲しいんだろ!?ちっとは意地を見せてみろ!」
「じゃあ魔理沙さん、名前で呼んで下さいよ」
「無茶言うぜ」


その時、美鈴は初めて心から泣いた。









格の高い服にはそれなりに高い霊力が詰まっているとか何とか。
20分を要した美鈴の話を要約するとそうなるらしい。
その真偽はさておき、こう主張する美鈴から霊夢に対する要求はただ一つ。
古い巫女服を貸してくれ、と。


「あー、虫が食ってるわねー」
「大丈夫!・・・だと思う」
「しかし道具に頼るところがお前らしいと言うか何と言うか」
「生きていく為には仕方ないんです」


美鈴は着替えの為に神社の奥に入っていった。
ここで情景は巻き戻り、再び霊夢は仰向けに転がる。
魔理沙も同様に本を読み始めた。
詰まる所、二人にとって美鈴の悩みは大したことではないのだった。


「どうしたもんかね、あれは。絶対霊力とかないぞ」
「あら、私が着ていた服よ。ご利益はあるわね」
「金運を除いた、な」
「うっさい!」


ドタドタと廊下を走る音が聞こえた後、一気に障子が開いた。
眉を顰める霊夢を余所に、何とか巫女服を着付けた美鈴は仁王立ちする。
そうして彼女は声高らかに宣言するのだ。


「勝負よ!」
「似合わないわね」
「名前と色は合ってるんだけどな」
「中国と何が?」
「霊夢、念の為言うがそれは名前じゃないぜ」


もう勝負する前からボロボロの美鈴であった。









空には白い入道雲がムクムクと湧き上がっている。
透けるような空の青と輝かんばかりの雲の白のコントラストは、否応なしにその季節を伝えてくる。
梅雨を越えた幻想郷は湿気の低い夏に包まれていた。
こうして空を眺めて一日を過ごすのも悪くはないな、流石に日向は暑いから木陰にでも寝そべって・・・


「おい中国、いつまでのびてるんだ?」
「もうちょっと休ませて下さい・・・」


悪くはない、などという選択権は今の美鈴にはなかった。
具体的に言うなら「空を眺める」ではなく「空を眺めなければならない」だ。
まぁ、言ってしまえば、巫女服を着たところで本家巫女に勝てるはずもなかったのだ。
後に美鈴はこの戦いについて「相手も巫女服を、しかもさらに格の高いのを着ていたからだ」と釈明する。


「何であなた達は人間なのにそんなに強いんですか・・・」
「何でって言われても、ねぇ?」
「あぁ、こっちに言わせりゃ何でお前は妖怪なのにそんなに弱いんだ?」
「・・・もういいです。話せば話すほど惨めになっていく気がします」


神は非情だった。
尤も、困った時にしか頼まないのではご利益がないのも当然と言えば当然である。
賽銭を入れないからよ、とは霊夢談。
そもそも霊夢の服に格も何もないぜ、とは魔理沙談。


「けど中国、何でアンタはあそこで働いてるの?」
「え?何でって、他に行くところがないからですけど」
「ふーん。まぁいいけどね」


収穫どころか体力ばかり消耗したけれど、それでも美鈴は礼を言って去っていった。
その背中を見送りながら霊夢は呟いた。


「ねぇ魔理沙。中国のイニシャルってMよね」
「中国はCだぜ」
「魔理沙、念の為言うけど中国は名前じゃないわよ」









前に食べ損ねた龍料理が飛んでるわ、と撃墜されたのがついさっきの話。
美鈴は再び空を見上げていた。
空はこんなにも青いのに、何で私は倒れてるの?


「本当にすみません、こっちの勘違いです」
「いや、まぁ慣れてますし。それにあなた達にも会いに行こうと思ってたから丁度良かったわ」
「私達に?何か用かしら?」


掻い摘んで事情を説明すると、庭師は迷っているような困ったような、非常にアンニュイな表情を見せた。
亡霊のお姫様はというと話を聞いてもなかった。
いいのだ、元より幽々子に話が通じるとは思っていない。


「庭師兼番人のあなたなら何か分かるかと思ったんだけど」
「番人じゃないです。けれど、門番というからには必要なのは敵を駆逐する能力。
 言いにくいのですが、単にそれが欠けているだけでは?」
「敵を駆逐する能力・・・・・・えーと、要するに」
「あなたが弱いって事ね」


亡霊は容赦なかった。
もう少し生者に対する優しさがあったっていいんじゃないだろうか?
冥界というのは怖い所だ。


「恥を忍んでお尋ねしますけど、強くなるにはどうすれば?」
「鍛錬あるのみです。日頃の積み重ねなくして成果は望めません」
「鍛錬、ですか。因みに妖夢さんはどのような鍛錬をしてるんですか?」
「妖夢は掃除に料理、洗濯と一通りこなすわよ~」


何故か自分の事のように得意気に語る幽々子。
そうか、家事は鍛錬に繋がるのか。
だから咲夜さんはあんなに強いんだな、成程。
門番よりもメイドの方が強い事に常々疑問を持っていたけど、ここに来てようやく疑問が氷解しました。きゅー・いー・でぃー。


「幽々子様、それは鍛錬ではありません」


証明は一瞬で崩れ去った。









素手がダメなら新しい戦闘スタイルを作るのも手だ、と妖夢が提案したのは、美鈴が育てば自分の稽古相手になってくれると考えたからであった。
適当な木切れを拾って美鈴に手渡す。
まさか真剣でやりあう訳にもいかない。


「剣を使うのは初めてですから勝手が分かりませんね」
「青龍刀も使ったことはないんですか?」
「専ら功夫のみでしたから」


それで戦力外通知を受けるほどなら考え物である。
軽く教えただけで何かの役に立つのだろうか?
一抹の不安が脳裏を掠める。
いや、だが人には特性というものがある。
今まで功夫をしてきたが、それが合わなかっただけかもしれない。
実は剣術こそ彼女には最適という事も有り得る。
まぁ、やってみれば分かる事だ。


「では一刀流なら刀は両手で持ち、正眼に構えます。足は軽く開き、腰を落として」
「ん・・・こうですか?」
「あらあら、チャイナ服じゃ丸っきりガニ股ね」


やはり幽々子は容赦がない。
それでも何とか張り切っている美鈴の構えをチェックし、妖夢も落ちている枝を拾った。


「それでは好きに向かってきて下さい」
「では行きます!とりゃー!」


大きく振りかぶった枝は頭頂に。
掛け声と共に美鈴は吶喊した。
後に美鈴は、妖夢と同じくらい剣を修行してたら勝っていた、と語る。
それ以前の問題として、これは勝負でも何でもなかったのだが。









「あぁ、もう赤が混じってるじゃない」


空の話だ。西は仄かに赤い。
もう美鈴に残された時間はそうなかった。
そう、いつまでも寝ているわけにはいかないのだ。
尤も、寝たくて寝ているのではないけれど。


良ければ紫の所にも案内しましょうか?という幽々子の誘いを丁重に断って美鈴は再び空に飛び立った。
彼女に強くなる方法を聞いたなら、想定される答えは一つだ。
即ち「私の式になれば強くなるわよ」である。
しかも色的に考えて、美鈴はあの化け猫の下に付くに違いなかった。
いかに脆弱とはいえ、一介の妖怪としてそれを受け入れるのは憚られた。
フラフラと頼りなく飛び去る美鈴を眺めて幽々子は呟いた。


「あの子、妖夢と同じ匂いがするわね」
「幽々子様、私は龍料理ではありませんよ」
「いやねぇ、ご飯の話じゃないわよ」









「で、ここに来たと」


お茶を出しながら鈴仙は言った。


「もう考えられるのがここくらいしかなくって」
「ふーん。でもここで能力を上げるって言ったら・・・ドーピング?」
「出来るのなら是非」
「しないわよ」
「あ、師匠」


既に話は聞いていたのだろう、永琳が苦笑しながら出てきた。
青と赤の二色服は相変わらず毒々しい色彩で、薬師の彼女にはとても似合っている。
そして、それも彼女の趣味なのだろうか、赤紫の小さな花を一輪、鉢に入れて持っていた。


「薬草ですか?」
「いいえ、ただの植物よ。葉が羊の耳みたいでしょ?だからラムズイヤーって言うの。
 この辺はあんまり竹ばっかりだから、偶には他の色も見ないと目がおかしくなってしまうわ」
「そういうものですか」


正直美鈴にはその植物はどうでもよかった。
時間がないのだ。もう日は沈もうとしている。
強くあるためにはどうすればよいのか。


「あなたもここを守ってるんですよね?やっぱり修行とかしたんですか?」
「まだまだ修行中の身よ。でも修行は大事だと思うわ」
「となると今日明日の話にはなりませんよね・・・あぁぁ、帰りたくない」


美鈴の頭には飛び交うナイフしか浮かんでいなかった。
そしてそれは数時間後には現実となるのだ。
当然避けきれる訳もなく、またもや空を眺める事になるのだろう。


「じゃあ、そこまでされて、何で貴女はあそこにいるの?」
「他に行くところがないからですよ」
「それは、本当に?」


気付くと永琳は睨みつけるが如くの勢いで美鈴を見ていた。
その眼光に気圧されながらも美鈴は答えた。


「え、えぇ、本当ですけど」
「嘘ね。あそこを出たって食べていくくらい簡単に出来るでしょう?
 住むところだってどうとでもなる。つまり出ていこうと思えばいつだって出て行けた。
 それでも貴女があそこにいるのは」


そこまで一気に言い切って、永琳はようやく微笑んだ。


「あの館に住む人達が好きだから、じゃないかしら?」









「帰ったようですね」
「そうね。あれだけ弄られてても主人達を好きでいられるのは彼女の美点ね。
 さて、ウドンゲ、お前がここを守ってくれるのはどうして?」
「もちろん師匠や姫、てゐ達が好きだからですよ」
「そう、ありがとう」









土産に渡されたラムズイヤーを手に、美鈴は帰路を急ぐ。
空は既に真っ暗で、月が煌々と輝いている。
何にしても怒られるに違いない。
でもいいのだ。私は自分の気持ちに気付けたのだから。
思わずにやける美鈴の頭、「龍」の字にスカンとナイフが一本。


「まずこれは遅刻分ね」
「・・・ふぁい」


いつの間にか紅魔館に着いていたようだ。
地上に降り立ち、ただいまの挨拶をする。
さっさと報告しろ、ともう一本。


「で、こんなに遅くまで掛かって、一体何を学んできたのかしら?」
「はい!」


息を存分に吸って、声は元気よく。


「私は紅魔館の人が大好きです!」


別に咲夜は時間を止めてはいない。
けれど、確実に彼女達の間で時間は止まっていた。
沈黙という形で。


「・・・で?」
「以上です!」


後に咲夜は「何故あの時ナイフをもっと沢山持ってなかったのか。嘆いても嘆ききれない」と語る。
それでも手持ちのナイフは50本を悠に越えていたのだが。
夜空を見上げている美鈴が抱えている鉢植えをそっと取り上げると、咲夜は踵を返した。


「明日からはちゃんと働きなさい。それと時間は守るように。
 不測の事態が起きているかと思っちゃうし、夕飯も冷めてしまうわ。
 30分後に食堂に来なさい」


ハッと美鈴が飛び起きるも、既に咲夜の姿はなかった。









「あら咲夜、それはどうしたの?」
「門番からお嬢様へ、との事です」
「ふーん、ラムズイヤーか。
 あなたに従う、ね。いい心がけだわ。
 門番は・・・紅美鈴だったかしら?彼女に休暇を出しなさい」
「既に本日出しておきました。今後一層職務に励む事でしょう」
「そう、流石咲夜ね。じゃあ紅茶を淹れて頂戴」
「かしこまりました、お嬢様」



(了)
○おまけ

~神社までの道のり~

「あんたはまだいいじゃないの!アタイなんか⑨よ!既に記号なのよ!」
「一体誰がそんな呼び方を・・・」
「あのスキマ妖怪よ!まったく、腹が立つったら!」
「それで、それって一体何て読むの?」
「マルキューとか言ってたわよ。アタイは味噌付きの胡瓜なんかじゃないのに!」
「・・・あー、いえ、あなたはそれでいいんじゃないかな」



こんばんは、St.arrowです。
もう何がしたいのか全然分かりませんが、中国の話です。
一応補足を。
ラムズイヤーという植物ですが、葉っぱが白い毛に覆われていて触り心地がいい植物です。
この植物の花言葉が「あなたに従う」なのです。
ちなみに6月10日の誕生花でもあります。今回は6月10日は関係ありませんけど。
色のネタはmixiの友人が教えてくれたネタです。
リアルタイムで書いてるときに聞いた(書き込みを見た)ので組み込んでみましたw


○前回のコメントに関して

魔理沙と妹紅&慧音の組み合わせ自体はその前を書いた時点で決めていました。
しかしまさかこんなシリアスになるとは。
構図とか下地とかを全く作らずにぶっつけ本番で書く人なので、実際書いてみるまでどんなのが出来るのか自分にも分からないのです(何
よく考えたら1対3になってしまうなぁ、と考えた時に最初に出てきた台詞がアレでしたw

すみません、高天原の伝説やサンジェルマンは私には分かりかねます(ノД`)・゚・
ただ、桃色関係(ネチョ)は書く気にはならないと思います。
絶対書いてる途中で恥ずかしくなって止めてしまうと思いますのでw
St.arrow
[email protected]
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コメント



0.1290簡易評価
11.無評価名前が無い程度の能力削除
チルノちゃん、チルノちゃん
味噌に胡瓜は多分モロキューだと思うんだ…(微笑)
まったくチルノちゃんは可愛いなぁ
そして美鈴健気だなぁ…がんばれ。めーりん
23.無評価名前が無い程度の能力削除
ご名答w
しかしモロキューって結構エr(ry
25.無評価St.arrow削除
あぁぁ、名前入れ忘れてやがんの。
↓は私ですorz