Coolier - 新生・東方創想話

本三冊、妖怪二体、式一匹

2004/02/26 07:12:40
最終更新
サイズ
4.5KB
ページ数
1
閲覧数
846
評価数
2/89
POINT
3700
Rate
8.28
その妖怪は名無しである。

……いや、名無しと言う妖怪じゃない。名前がわからないだけだ。
誰も彼女の名前を知らないし、本人もど忘れしてるっぽいんで取り合えず名無しなり、Jane Doeとでも呼ぶしかないわけで。
まぁ今はなんと呼ぼうが一緒だが。今彼女はズタボロで、返事をする余裕などなさそうだから。

「酷いよ……何もここまでしなくても」

森の中、木陰で傷ついた体を休めながら呟く。

そもそも、彼女の持っていた本を人間が奪ったことが不幸の始まりだった。
たかが人間とたかをくくっていたのがまずかったか、けちょんけちょんにのされて、大事にしていた本を奪われたのだった。
本は数ヶ月前に拾った物。内容はわからないけど、なんとなく気に入ってた物だけに、あきらめきれずに後を追いかけたのだが……。
そこで別の人間にまたしてもボッコボコにのされ、この状態というわけである。もちろん本は取り戻せていない。

「あの本、気に入ってたのに……大切だったのに……」

本を奪われたことが悲しくて、本を奪った人間が憎くて、それを取り戻せない自分が情けなくて、すべてが悔しくて、彼女はぽろぽろと涙を零した。

あの本は数ヶ月前、彼女が森の中で見つけた物。住み家の側にぽつんと落ちていたので拾ったのだ。
「非ノイマン型計算機の未来」というタイトルのその本、内容はさっぱりわからなかったが、そんなことはどうでもよかった。
この本を読んでいるだけで、なんとなく賢くなったような気がする……そんな感じが幸せだっただけだから。内容を楽しんでいたのではなく、スタイルを楽しんでいたのだ。

「返してよ、私の本返してよ……」

雪の残る森の中、名も無き妖怪はただ一人泣き続けていた。




その頃、八雲邸では……

「紫様、聞いているんですか!?」
「ええ、聞いているわよ」

苛立った表情の八雲藍と、生返事を返しながら隙間を覗いている八雲紫。

「幻想郷に開けた隙間を閉じろ、でしょ?」
「そうです、わかっているなら早くかかってください。この前から博麗神社のおめでたいのがうるさいんですから」
「そうなの?私は初耳だわ」
「そりゃそうでしょう。紫様はここ数ヶ月寝っぱなしでしたから」

以前紫が戯れに開けた幻想郷とあっちの世界……要するにわれわれの世界……との境界の隙間はいまだ閉じられていない。閉じられていない理由は……

「でもなんか気乗りしないのよね」
「散々寝ておいて言うことがそれですか!?」

まったく、とでも言うかのように天を仰ぐ藍。

「とうとうこの前実力行使されました。おかげで橙も私も目も当てられない状態にされたんですから」
「あらあら、あのおめでたいのも結構短気なのね」
「紫様がのんきすぎるだけなんです!!そんなことだからおばさんとか言われ……」
「……藍、今なんて言ったのかしら?」

うっかり口を滑らせた藍に、紫はにっこり笑いながら振り返る。
……もちろん目は笑っていないのだが。

「いいい、いえ、な、なんでもありません、何も言ってないですから弾幕結界は勘弁してください」
「……まぁいいわ。今は勘弁してあげる」

そう言って、紫は先ほど覗いていた隙間に再び目を向ける。そこには森の中、泣き続ける一人の妖怪が映っていた。

「……しょうがないわね」

ため息をつきつつ、紫は別の隙間に手を突っ込み、なにやらごそごそ手探りする。

「同じものは出せないけど、まぁ代わりになるものでも……」




「はぁ……

どれほど泣き続けただろうか。名も無き妖怪は赤くなった目を擦って立ち上がった。

「……帰ろう」

泣いてもあの本は帰ってこない。なら忘れるしかない。そう考え、住処へ帰ろうとした時だ。

ぼすっ、ぼすっ、ごつん!

「はうっ!!」

頭に強い衝撃を三連発で受け、名も無き妖怪はつんのめって雪の中に顔から突っ込んだ。

「うう、何よ今のは?」

コブのできた頭をさすりつつ、妖怪は頭に落ちて来た物の正体を確認する。

「本?」

それは本。それも分厚くて読み応えの有りそうな古びた本だった。
名も無き妖怪はあわてて辺りを見回す。だが辺りには誰もいない。森の中にいるのは彼女ただ一人。


「これ、貰っていいのかな?」

その言葉に返事を返すものなどいない。

「貰っちゃうからね。もう返せといわれても無駄だからね!」

そう叫んでも、あたりには沈黙だけしかない。

「……これ、私のっ!!」

名も無き妖怪はその三冊の本をぎゅっと抱きしめると、先ほどまで悲嘆に暮れていたのも忘れたかのように、満面の笑顔で住処へと帰って行くのだった






「……もう人間に奪われないように、大切にしなさいな」

手探りでどこからか本を取り出し、隙間に放り込んだ紫は、にこやかに笑って隙間を閉じた。

「何をしたんですか、紫様」
「ちょっと妖怪助けを」

情況が掴めずに疑問符を出している藍に目もくれず、紫はうん、と背伸びをする。

「今日はひとつ善行を行ったし、これで気持ちよく寝られるってものね」
「お願いだから寝ないでください紫様っ!!早く隙間を閉じに行ってくださいよぅ!!」
「……そうでしたわね。まぁ気分もいいし、さっさと済ませちゃいましょうか……どっこいしょっと」

掛け声と共に隙間に乗る紫。

「……年寄り臭いですよ紫様」
「……『弾幕結界』」
「ま、ままま待ってください紫様、今の発言は撤回しますからそれだけはかんべ……はうっ!!」

無数の弾幕に囲まれ悲鳴を上げる藍。

……幸福と不幸の境界はここなのかもしれない。
今回は東方香霖堂の名無しの妖怪の話です。

霊夢に本奪われた妖怪がなんか哀れだったんで、後日談的な作品を書きたくて書いてみました。

……これで香霖堂か永夜抄に名無しの妖怪が再登場したらさぞかし困ること請け合いだな、自分(藁

今回かなり短いですが、これ以上話を膨らませると蛇足になりそうな気がするんでこんなものでちょうどいいかと思いますが……意見求む。
たわりーしち
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.3600簡易評価
85.10名前が無い程度の能力削除
今から六年前のお話か…
個人的には良かったと思います。
89.90名前が無い程度の能力削除
朱鷺子を助ける優しい紫さまが良かった