Coolier - 新生・東方創想話

レティチルを除いては破るあたわぬ堅社

2003/12/16 10:09:58
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I

冬――真冬、冬の最中である。
されどこの年は、およそ冬らしからぬ有り様であった。
降りしきり積みあがり景色を一変せしめる雪はひとひらも落ちず
肌身凍えさすはずの北風もそよとすら吹かず。
「これはどうしたことか」
冷気おびたる妖怪どもは怪しんだ。
「冬といえばわれらが天国、凍った湖で踊り狂うのも、
 垂れ下がる氷柱と一緒にぶらさがるのも、すべて冬のたまものなのに」
それは、と彼らの中でもとりわけ知恵のある大妖精が言った。
「何者かが冬を独占しているのです。
 だから私たちは冬の恩恵にあずかれない」
誰だそれは、と妖どもはさざめいた。
「わかりません――が、その者を斃さないかぎり、
 私たちはついには冷気を失い、生ぬるくなってしまうでしょう」
そこで妖どもはくちぐちに言った、
「さあ、誰かその冬盗人を探しに行く奴はいないか」
「誰かと言うより、言い出した私が行きましょう」
大妖精がそう言うと、妖どもは羽をぱたぱたさせて
「宜しいよろしい」
と叫んだ。さらに言うには
「だが心配なのは、あんたもわれわれも冷気不足で弱っていることだ。
 たとえ盗人を探し出せても、返り討ちではぜひもない」
ならば、と大妖精、「皆さんの冷気を分けてください」
応、と唱和するや妖ども一斉におのれの冷気を雪弾にし、
大妖精へ投げつけた。
見る間に痩身がぷくぷく丸くなり、たちどころに精気みなぎり白肌餅肌。
「さあ、あんたはもはやただの大妖精じゃない。
 冬の化身、伝説の冬妖“レティ・ホワイトロック”だ」
かくして力尽き、ばたばたと倒れてゆく妖ども。
「――初雪の日に逢おう」
と互いに言い交わしながら。
「きっと初雪の日に」
涙ぬぐい、大妖精――否、レティ・ホワイトロックは飛翔した。

II

レティは考えた――冬を独占する者がいる場所こそ、
もっとも冷気集まる場所であろうと。
ゆえに。飛んだ。より寒風強き地をめざして。
やがて、遭った。大いなる冷気をもつ者。
それははぐれ氷精チルノであった。
「貴方が、黒幕だったの――」
何を言ってる、と氷精は呆れ顔。
「あたしは、いい加減この生ぬるさがうっとうしいから、
 冬をさえぎってる奴を斃しに来ただけよ」
では、とレティ。「いったい誰が、冬を独り占めに?」
「そもそも」とチルノ。
「あたしが思うに、下手人は、冬を嫌いな奴かもしれない」
「と、いうと?」
「今この地に、あたしとあんた以上に冷気を溜め込んでる者はない。
 だがどっちも下手人でないなら――黒幕は、冬を封じているか、
 さえぎってるのかもしれない」
「それじゃ」
「そう。むしろ――いちばん、暖気が集まっている方角にこそ」
チルノが彼方を指す。「賊が居る公算大」
「お見それしたわ」とレティは感嘆した。
「あなたはおバ……いえ、おてんば恋娘だと思っていたけれど」
「恋娘も恋に破れれば悲恋娘。恋をするたび賢くもなるわよ」
かくしてレティとチルノ、うちそろって暖気篭る地へと飛び立った。

III

肌をなでる風がより生ぬるくなってきたころ、
ふいに眼前へ人影ふたつ。
「そこの寒い連中!」
「何か用かしら」
段平二振りひっさげるのは冥土の庭師、
両手と口とにナイフ閃かすのは魔館のメイド。
「この先に、行かなくてはいけないのです」
とレティ。
「黙って通せば袖の下」
とチルノ。
「この先に、行かせるわけにはいかない」
と庭師。
「私は、高いわよ」
とメイド。
仕掛けたのはレティ。
「えいッ」
一声叫び、氷つぶてを撒き散らす。
「小癪な」
双剣めまぐるしく振りかざし、ことごとく薙ぎ払う半霊庭師。
「いや、斬ってはいけない――」
「なんと?」
メイドの制止も間に合わず、切り払った氷弾は飛散するや、
一瞬にして朦々たる濃霧と化し、視界を染めた。
「うぬ、小賢しい――」
「庭師」
「なんと」
いきなり背後から抱き締められ、思わず妙な声あげる庭師。
「――時は静かに止まる」
その上で、時を止めるや、ナイフを四方八方へとあまさず投げ放つ。
「煙幕など私には無為無策――時よゆるりと動け」
時間静止が解けるや、上下左右あらゆる方向へ、無数のナイフが飛ぶ。
回避不能の、それは攻撃であった。
「――?」
だが、手ごたえがない。
「まさか?」
霧が、晴れた――
ナイフは、ことごとく、宙に静止していた。
「“パーフェクトフリーズ”」
「これは」
「時を止めるのは、あんたのお家芸だったな」
と、チルノ。
「だが、あたしにだって止められるものがある――
 冷気さ」
「なんと」
「あんたの投げたナイフは凍霧の中を飛ぶことで冷気を帯びた。
 だから止めることが出来たのさ」
「くっ、それなら、直に――」
斬りつけようとして、庭師とメイドは愕然とした。
身体が、動かなかった。
「これは……まさか」
「そう。さっきの霧は目くらましじゃない――
 あんたたちに冷気を帯びさせるのが真の目的……レティ!!」
ええっ、とうなずいたレティ、みずからの身体を高速回転させ、突進。
「“リンガリングコーーールド”!!」
「うわあー」
跳ね飛ばされた庭師とメイド、悲鳴をあげて地上へまっさかさま。
「お見事」
「うん、ありがとう」
とうなずきつつも目を回して千鳥飛びなレティ。
「しかし、自分が回るのはどうかと思うけれど」
「ええ?」
「いや。何でもない」

IV

「――咲夜たちが倒れたようね」
「まあ、下僕ですから」
「私たちは、どうしようかしら?」
「どうしましょう。『あれ』がどうなるのか、
 見届けたい気持ちもありますけど」
「そうね――でも」
「でも?」
「私は、冬もそう嫌いではないの」
「あら、そうなんですか」
「嫌いかしら? 冬は」
「そうねえ、別に嫌いな要素もないかしら」
「それじゃ」
「それじゃ」
「通してあげましょうか」
「そうしましょうか」
「でも、一応、部下の仇は取らないとね」
「まあ、下僕思いですこと」
「あなたは、いいのかしら?」
「そうねえ。あれでも、庭師としては有能ですから」
「それじゃ」
「それじゃ」
「仇討ちといきましょうか」
「そうしましょうか」

V

天を焦がすほどの、それは焔であった。
轟々と耳鳴りがやまないほどの火柱が、神社の境内にそびえている。
「――レミリアと幽々子がやられた」
焔に歩み寄った黒衣の少女が、焔の音に負けない大声で言った。
「どうするね」
呼びかけられた相手――紅白の装束の娘は、振り向かず
「知れたこと」
「やるかね」
「たまにはね」
黒い魔法使いは肩をすくめ、吹き上がる汗をぬぐいながら、
「まあ、好きにするんだな。私は付き合わないぜ」
「いいわよ」
「じゃあな」
「…………」
「…………」
「行かないの」
「引き止めないのか」
「なんで?」
「そう言われると返答に困るが」
「これは――私の我儘」
「そうだな」
「だから、貴方は、好きにすればいい」
「ああ。そうするさ」
「ごめんなさい」
「なんで、謝る?」
「……ごめんなさい」
「……いいさ」
黒衣の魔法使いは飛び立った。
その行く手に――凍える影、二つ。
火蓋を、切った。

VI

博麗神社に巫女ありという。
「初詣には、まだ早いわよ――」
レティは、自分が震えていると気づいた。
これほどの暖気、否、熱気の只中にありながら。
「あいにく、お賽銭は持って来てないの」
不敵に、チルノ。
「せめて、コインいっこは用意するべきね」
「まけろ」
「それじゃ無料じゃあないの」
「何故――冬を、邪魔する?」
無言で、巫女は火柱を見上げた。
「別に、冬が厭だからじゃないわよ」
「と、いうと?」
「まだ、この火を消すわけには――いかないの」
「でも、それを消さなきゃ」
「そうね――冬は、来ないかも」
「なら、消す」
「厭だと言ったら?」
「力づくでも――」
チルノの羽が、失せた。
代わりに背に浮かぶのは、巨大な氷の結晶。
「辺境に、初雪を!!」
「初雪を!!」
巫女が、跳んだ。

火柱が、猛っていた。
「これまでね」
巫女はほぼ無傷――いっぽう、レティとチルノは、
すでに飛んでいるのがやっとなほどの創痍。
こうなったら、とレティは思う。ありったけの冷気をぶつけて――
(みんな……さようなら)
今まさに突き進もうとしたとき、チルノがささやいた。
「犬死するのは、犬だけで十分よ」
「……っ、でも……」
「私に策がある――でも、しくじれば」
「……いいです。おまかせします」
いつの間にか、レティはチルノに敬語で話していた。
そうさせるだけのものが、彼女にはあった――
「ありがとう」
チルノは微笑んだ。
その笑みを、彼女はのちのちまで、ずっと忘れることがなかった。

巫女は冷気妖怪どもを一網打尽にすべく、結界を構築する。
「――これで!」
最後、と言いかけたとき、大柄なほうの妖怪が、
回転しながら真っ向から突っ込んできた。
「ち」
舌打ちし、御札を掲げ、霊力を正面に集中させる。
不可視の力が奔流となって、妖怪の衣を焦がし、肌を溶かし――
「な」
溶け崩れるはずの妖怪が、見る間に再生し、まっしぐらに、目前まで――
激突。
巫女は、落下しながら思った――
魔法使いは、どうなったろう、と。

火柱は、急激にその勢いを弱めていた。
周囲を覆っていた熱気も、今や四散しつつある。
傷ついた身体に、力が戻りつつあるのを、レティ……
否、既にその力は弱まり、大妖精に戻っていた……は、感じていた。
だが――
「――チルノ! チルノさん!!」
地面に力なく横たわった彼女のそばで、大妖精は必死にその名を呼んだ。
先刻。
大妖精が巫女へ突撃するあいだじゅう、チルノは彼女へと冷気を注ぎ込み続け、
その力を使い果たしていた。
既にその輪郭すらも朧なほどに。
チルノはうっすらと目を開き、彼女へと微笑みかけ、
「――終わった――のね」
「ええ……っ、いえ、これからです! これから冬が来るんです!!
 だから、だからっ!!」
「――冬が――来る」
「そうです! だから、もう少しの辛抱なんです!!
 私の冷気も、あげますから!!」
と、彼女はおのれの冷気を振り絞る――
だが、チルノは首を振った。
「大丈夫――私が、いなくなれば――チルノは、元に、戻るから」
「え……」
見る間に、チルノの体温が下がり始める。
熱っぽかった肌に青みがさし、漏らす息も凍えてくる。
「――チルノに――謝っておいて――くれる?
 勝手に――身体を借りて――ごめんなさい、と」
「あ、あなたは……あなたは、まさか……!!」
「約束――していたの。また――冬が来たら――遭おうって」
でも、とチルノ……いや、その寄宿者は寂しげに、
「――もう、遭えなくなったから――と、伝えてくれる?」
「あなたは……あなたこそが、本物の……!!」
「いつか――いつの日か――また――」
「初雪の、降る日に!」
「ええ――」

「初雪の降る日に」

VII

「それにしても、さ」
一面の氷原に寝そべって、チルノはぼやいた。
「あの巫女の目的が、焚き火で焼き芋をこしらえることだったなんて」
「ええ……」
「くっだらない理由だよね~。いくら千年に一回しか採れない芋でもさ……。
 ったく、これだからホニュー類は」
「ええ……」
「……何とか言ったら?」
「え? ええ……」
大妖精の生返事に肩をすくめ、チルノは起き上がってブラブラと歩き回った。
そして、何かを探すように、四方に目をやる。
「どうしたの?」
「ん? ううん、別に……」
「誰かを……探してるの?」
「え!? そ、そんなこと、ないってば」
「……そう」
大妖精は――
いまだ、チルノに告げていなかった。事の真相を。
彼女は先の事件の記憶がないらしく、冷気妖怪どもからの畏敬の視線にも
合点がいかず不思議がっているようだ。
きっと、すべてを話すべきなのだ、とわかってはいた。
だが……
「まだかな」
「え!?」
「初雪」
「え、ええ、そうね……」
かくも無邪気に待ち人を焦がれている彼女に、いったいどう言えばいいのだろう。
「あ……」
「え?」
チルノにつられて見上げると、はらはらと白いかけらが落ちてくるところだった。
「初雪……」
それはずっと待ち望んでいた、冬のあかし。
「……綺麗……」
ふと、黙り込んでいるチルノに目をやって――彼女は言葉を失った。
その両のまなこからは、凍りつく間もなく、涙が溢れているのだった。
大妖精はうずくまり、顔を覆った。
心地よいはずの雪花が、今は痛かったから。


少女たちのむせび泣きも、妖どもの歓喜の声も
すべては雪に吸い込まれ、大地を白く染め上げていくのだった。
タイトルの元ネタはロード・ダンセイニ『サクノスを除いては破るあたわぬ堅砦』からですが、あまり本編とは関係がありません
「これサクヤスなり」とか言わせたかった気もしますが
STR
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コメント



0.790簡易評価
1.50すけなり削除
後半の展開に驚き。そうきますか…
2.50菜梨削除
いつもながら、あなたのレティチルは最高です。独特の雰囲気、言い回し、展開のさせ方、毎回とても楽しませてもらっています。
3.50MDFC削除
色々と素晴らしかったのですが周囲が褒めてる(特に後半)ので敢えて別のことに一言、「生ぬるい」の使い方が彩光でした。個人的にあーいうの大好き(爆
4.50ファンの一人削除
全てがcool。泣けました。
6.40名前が無い程度の能力削除
途中までは「これ東方か?」とか思ってましたが… やられました。 GJ!!
10.無評価名前が無い程度の能力削除
今更ながらのレスだが・・・タイトルが 懐 か し す ぎ た