Coolier - 新生・東方創想話

八雲家の貧乏脱出大作戦(前編)

2003/12/15 06:35:08
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 夜のマヨイガ。その中の一軒。ほの暗い灯りの下で、藍は紙に筆を走らせながら、大きな溜め息をついていた。

「…今月も赤字…」
 それは、八雲家の家計簿だった。見ると、そこかしこに赤い文字が見えている。
「このままでは蓄えが底をつく…何とか食費だけでも工面しなければ……だが、どうやって……?」
 そう言いながら、藍は開け放たれた襖の奥を見る。そこには、相も変わらず能天気に惰眠を貪る主人の緩みきった寝顔と、その主人の足が腹の上に乗っかって、苦しそうに寝ている自分の式神。
「紫様は働かないのに、何故か我が家で一番の大飯喰らい…橙は育ち盛りでいつもお腹を空かしている………主人はともかく、自分の式神にひもじい思いをさせるなんて………橙…甲斐性無しの主ですまない…」
 上を向いて、涙を堪える藍。
「妖怪を襲って食料にするにも限度がある…このままじゃ雨漏りも直せないし、暖炉の修理も出来ない…これ以上私の食事を減らすのも無理………ああ……ひもじい……」
 うわ言の様に呟く藍。その時、ある考えが藍の頭をよぎった。
「日雇いでも何でもいいからどこかで働いて、少しだけでも食費の足しに……そうだ、紅魔館はどうだ…? でも、あの犬に使われるのも…」
 藍の頭の中で、二つのものがぐるぐると回り始める。
「プライド……ごはん……プライド……ごはん……ごはん……プライド……ごはん……ごはん…………ごはん……ごはん……プライド……ごはん……ごはん…………ごはん……ごはん…………ごはん……ごはん………………………………ごはん………………………………」
 ごはんが、勝利した。虚しい、勝利だった。
「いっそ追い剥ぎでも…だめだ、紅白にぶっとばされる………ああ…生きる事は罪なの…?」
 上を向いていても、涙が流れてしょうがなかった。
「私が働いて…駄目だ、それでも足りない…。こうなったら橙にも働いてもらうしか……しかし、どこで…?」
 考えあぐねる藍。
「明日、紅魔館で訊いてみよう…もしかすると、どちらかは雇ってくれるかも………そうだ、たしか黒いのが魔法薬の実験台を欲しがってたな…そっちにも行ってみるか………ああ…せつない…」

 こうして、赤字解消の為、働く事を決意する藍であった。



 そして、二日後。
「……という訳なんだ。だから…橙、紅魔館で働いてくれ…このままだと、遠くない将来、白玉楼の住人になるかもしれん…」
 藍は橙に頭を下げる。昨日打診した結果、橙は紅魔館、藍は魔理沙の家にそれぞれ行く事になった。
「うん…分かったよ。『働かざる者食うべからず』…だもんね…」
「本当に…すまない。話はあちら側につけてあるから、今日からでも働けるはずだ…」
「…うん。それじゃあ、行ってきます……藍様も頑張って……」
「………ああ………」
 そう言い残し、橙はゆっくりと紅魔館へ向かって行った。


  *  *  *


「来たわね。まあ挨拶は忙しいから抜きよ。早速働いて貰うわ」
 自己紹介もそこそこに、橙は咲夜にメイド服を着せられた。
「何があっても私の指示に従う事。それが出来ない場合は……」
 ちらり、と服の脇からナイフをちらつかせる咲夜。
「……はい」
 大人しく従う橙。
「食べ物が欲しければ、きりきり働くことね」
 そして、橙のバイトが始まった。


  *  *  *


 その頃。
「…失礼する」
「おあ、来たな。ほら、入りな」
 魔女に促され、家へと入る藍。その中は、何とも分からぬマジックアイテムばかりだった。
「さ、こっちだ」
 そのまま奥の部屋に連れて行かれる。そこは、魔理沙の研究部屋だった。
「それで? 何をすればいいんだ…?」
「…これだ」
 そう言って魔理沙が差し出したのは、真っ黄色の怪しい薬。
「……これは?」
「これはな、疲れを吹き飛ばす薬だ。これ一本でどんな疲れもすっきり爽快。これさえあれば、何回やってもOKだぜ」
 何をやるのかは敢えては聞かなかった。
「これを飲むのか……?」
「ああ、そうだ。だけど、その前にな」
「?」
「家の掃除と草むしりをやってくれ」
 魔理沙はさらりと言った。
「何ぃ……!? 何故、そんな事をしなければならないのだ!?」
「だってさ、疲れてないと効き目があったかどうか分からないだろ? だから、思いっきり疲れるように、な?」
「契約内容と違う!」
 藍が声を荒げて抗議すると、魔理沙は薬をしまいながらこう言った。
「別に止めてもいいんだぜ? その代わり契約はナシだ」
「ぐっ………!!」
「それでも、いいんだな?」
「………………………分かった、やる…やる、よ………………………」
 湧き上がる激情を抑え、辛うじてそれだけを喉の奥から搾り出すと、藍は草むしりに向かった。


「ご苦労様。お陰でキレイになったぜ」
「………そりゃ………どうも………」
 疲れ果て、へたり込む藍。草むしりはどちらかと言えば稲刈りに近かったし、掃除も年末にやる規模と同等だった。
「それじゃあ、次は食事を作って貰おうかなあ」
「………っっ!!」
「そんなに怖い顔するなよ。お前さんも食べていいからさ」
「………」
 そして藍は、久し振りにまともな食事を食べた。


  *  *  *


「………………」
 だだっ広い紅魔館の廊下を、ひたすら拭く。それが橙に与えられた仕事であった。言葉少なに、時折空腹を訴えるお腹をさすりながら、ただ黙々と拭き続ける橙。
「はいはい、どいてどいて。ちょっと通るわよ」
 そこに現れたのは、泥だらけの靴で橙が先程掃除した場所を通り過ぎる咲夜。
「あ…あの…」
「ん? 何?」
「その……そんな靴で歩かれては、困りま―――」
 カッ! カッ! カッ!
 橙は、一瞬何が起きたのか理解出来なかった。ただ、いつの間にかナイフが自分の服を、壁に縫い付けていた。
「うるさい猫ねぇ。今夜のディナーにするわよ?」
 本気の目。橙は、それ以上抗議する事は出来なかった。


  *  *  *


「さ、ぐぐっと」
 食後、藍の前に差し出される例の薬。
「…ええい、ままよ」
 観念した様に、藍は薬をぐいっと一気に飲み干した。
「………………」
 かなり、苦かった。それでも不思議な事に、先程までの疲れが嘘のように消えて無くなった。
「…どうだ? すっきりしたか?」
「ああ………お前、やぶだと思ってたけど…やるもんだな…」
「失礼な。私だってやるときゃやるぜ………………ん?」
 その時、魔理沙が訝しげな顔をした。藍が不審に思い、その視線の先を見てみると………
「う、うわあああああああっっっ!!?」
 藍の見事な黄金色の尻尾が、極彩色の虹色に変わっていた。
「な、何だこれはああああっっっ!?」
「ぷっ………多分、副作用、くくっ…みたいだな………………わは、わはは、わはっははははははははははははははははは!!!!」
 腹を押さえ、苦しそうに笑う魔理沙。
「ひいーっひっひっひっ!! く、ぐるじい……! わははははははははは………………!!!」
(こ、この………!)
 怒りに任せて魔理沙を食料にしてやろうかと思った藍だったが、それをすると神社の紅白や吸血鬼の妹に更に酷い目に、いや、殺されるかもしれないと思い、踏み止まった。

 その後、まだ笑っている魔理沙に見送られ、藍はマヨイガへと帰っていった。


  *  *  *


 橙は、この館の主人の部屋に行くよう命じられた。
「…失礼します…」
「あら、来たわね新入りさん」
 そこに佇むは、紅い悪魔。
「何の、御用でしょうか……?」
「決まってるじゃない。あなたの血を貰おうと思ったのよ」
「ぇ……それは―――」
 嫌だ、と言う前に、咲夜が橙を押さえつけた。
「あっ…! やっ…!」
「―――黙りなさい。死にたいの?」
 目の前に、突きつけられるナイフ。従うしかない。
「そのまま押さえておいてね」
 そう言いながら、レミリアが迫ってくる。
「ぅ……くぅ……」
「…いただきます」
 がぶっ
「…! ひあ、あ、う……!」
「ん…んく………」
 そのまま血を吸われる橙。しかし、血を吸うのが下手なレミリア。例によって、吸うよりも多くの血が零れてしまう。しばらくしてから、レミリアが口を離した。
「…如何ですか? お嬢様」
「…うん、結構美味しかったわよ。ご苦労様」
「ありがとうございます」
「ふああ……」

 その後。橙は床に零れた血の後始末をさせられ、食料を貰った後、帰路についた。


  *  *  *


「…良かった…これで、一週間はもつよね…」
 首には噛まれた傷跡を隠す為の包帯。そして、まだ少しふらつく足を引きずりながらマヨイガに帰ると、橙を迎えたのは、

「橙、おそ~い。ごはん、まだ~?」

 チンチンと箸で茶碗を叩きつつ、むくれている紫の姿。
「―――――――――」
 橙の中に湧き起こる、黒い感情。しかし、主人の主人に失礼を働く事も出来ないので、大人しく食事の用意をする。

 ややあって、再び玄関が開く音。
「………ただいま………」
「あ…藍様!」
 橙は急いで藍を出迎える。そして、藍の姿を見て驚愕した。
「ら、藍様…その、尻尾…」
「…ああ、ちょっと、な……」
 それきり黙って橙の横を通り過ぎる藍。顔色に至っては、土気色を通り越して真っ白だった。

 それから、三人して食事をとった。
 紫は、『美味しい美味しい』と言いながら、かなりの量を平らげた。お陰で、食料は一週間も持ちそうに無かった。

 その後、疲れ果てた二人の式神は、風呂に入る事も無く眠りについた。



 次の日も、二人は働きに行く。その次の日も、そのまた次の日も。



 ある日の夕食後、久し振りに藍は、橙と一緒に風呂に入った。その時。
「橙……!! これ……!!」
 藍は、橙の体を見て愕然とした。
「………………あの………………」
 困った、と言った表情で俯く橙。その体は、切り傷だらけだった。
「お前………これ………!!」
 橙は、答えない。しかし、その沈黙を藍は肯定と受け取る。
「あいつら………………許さない………!!」
 怒りに震え、今にも風呂場から飛び出そうとする藍を、橙が慌てて引き止める。
「離せ…! 橙をこんな目に遭わせるなんて、絶対に許せない………!!」
「藍様、止めて…! そんな事したら、あそこで働けなくなっちゃう……!」
「構うものか…! あんな所、さっさと辞めて―――」
「―――止めて!!!」
 一際大きく、橙が叫ぶ。その剣幕に、藍の足が止まる。
「…そんな事したら……藍様の負担が大きくなっちゃうよ………だから………」
「橙…しかし……!」
「私…藍様には辛い思いをしてほしくないよ……私はどうなってもいいから………だから…」
「橙………」
 背中に感じる、熱い雫。それは、橙の涙。
「………橙、出よう。この家を………出るんだ」
「……え…?」
 藍は橙の方に向き直ると、はっきりとそう言った。
「そもそも私達がこんな目に遭ってるのは、何故だ? ………紫様だ。紫様が…この家の蓄えを殆ど奪っているんだ…現に今日だって、何もしていない紫様が殆ど食料を食べてしまった。このままでは、もう限界だよ……」
「でも……私達の、ご主人様だよ……?」
「それにも限度がある…! 確かに私達は紫様の式神だが…あくまで式神であって、決して奴隷ではない…!」
「………」
 橙の肩を掴む藍の手が、ぶるぶると震えている。
「藍様…」
 す、と橙は藍の手を持ち、自分の頬に当てた。
「私は藍様の式神だから…藍様の言う通りにするよ………」
「…橙…」
「藍様……抱きしめて……」
「………」
 藍は、橙の細い体を抱きしめた。この小さな体に、一体どれくらいの負担を掛けてしまったのだろう…
「………う……ぐすっ……」
 抱きしめた橙から、嗚咽が漏れる。
「うぐっ………藍、様ぁ………! 怖かったよぉ………! 痛かった、よぉ………………!!」
「橙………!!」
「うわあああああん………………………!!」
 きつく、抱きしめる。橙の痛みを、悲しみを、全て受け止める様に―――


「いくぞ……橙」
「………」
「…案ずるな。一週間分の食料は置いてきた。せめてもの餞別だよ。大丈夫さ」
「……うん」
「さて…これからどこに行こうか……?」
「藍様と一緒なら……どこでもいいよ……」
「…ありがとう、橙………」


 その日。マヨイガから、二人の式神が姿を消した。
えー、藍ならびに橙ファンの皆様、まことに申し訳ございません。(死
元々このSSは、某所にて書いたものを書き直して再構成したものです。
何と言うか、悲惨です。タイトルの割に暗いです。咲夜怖いし。

ちょっとスキマに逝ってきますね。
謎のザコ
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コメント



0.3210簡易評価
1.50すけなり削除
う、うわぁぁ…(汗   切なさ50点<b>
紫んがすげぇダメダメに見える…。式神の面倒ちゃんとみろYO!!
2.40じーえす削除
選鬱唇イ。剤保論洌? ( ・@D)っ/凵⌒☆掃掃
3.40名無しで失礼します削除
なつかしいなぁ。困った人に負けずがんばってください
4.10名無し。削除
紫様が駄目すぎて萎えてしまった…好きなのに。゜(゚´Д`゚)゜。
5.20名前が無い程度の能力削除
主のために必死に頑張る橙がgood!
54.90名前が無い程度の能力削除
タイトルとのギャップに噴いたw
すごく・・・悲惨です。
あと、橙の環境がエロすぎる。こういうの好きかも知れない(鬼畜)
86.80名前が無い程度の能力削除
何も知らずに食事を喜ぶゆかりんが可愛いと思ってしまった