Coolier - 新生・東方創想話

預かり物-後編-

2006/06/06 11:27:23
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例のお払い棒の一件の後、長雨は忙しくなった。

香夢がせめてものお返しにと、長雨の噂を里に広めたせいである。

要するに、巫女様のお墨付きをもらったのだ。

長雨の当初の目的は果たせたと言えよう。

お墨付きと言っても、文書ではなくただの口上に過ぎないが……

しかし、客が沢山きて物が沢山売れるのは良いが在庫が足りないし毎日客に来られては行商の特色である売り歩きができない。

「ううん……どうにかしなければ」

売り歩きが出来なければ在庫を補充するのも難しい。

そもそも、長雨の在庫は荷物として個人が運べる程度しかない。

「いっそ店でも構えるか?」

ここで商売をするならそれが手っ取り早い。

しかしそれでは遠方での仕入れがし難いため、品物が偏ってしまうかもしれない。

「ふむ、そうしてみるか」

けれど、長雨の頭にはそんな考えは塵ほどもない。

そうさせる感情を意識しているのかしていないのか、それは判らない。

長雨はすぐに行動に移った。

近隣を歩き回り、空家や廃屋を探す。

廃屋は壊れ具合によっては直せば空家となるので掛かるお金が少なくて済む。

しかし当然のことながらそんなに都合の良い廃屋はそうそうない。

たまに山などでも空家や小屋を見かけるが、それらはいくら状態が良くても店には余り適さない。

何故かと言うと、客が訪れ難いからだ。

山を登る人を相手にする商売ならば山中にあっても良いが、長雨の商売は万人を対象とする。

平地の、そして集落から歩いて半日も掛からない位置でなければならない。

「ここが良さそうだな」

長雨は森の中にある空家に目を付けた。

非常に状態が良く、そこそこ広い。

元々店だったのか、居住区が奥にあって手前には棚等が沢山並べられている。

そして、近隣の集落からは然程遠くはない。

奇妙なくらい都合が良い物件だった。

いや、元々店だったのなら、都合が良いのは当たり前だろう。

気になるのはどうして店仕舞いしてしまったかだ。

「あら、お客様?」

声がしたので振り向くと、玄関の方に奇抜な格好をしている女性がいた。

お客様と言うくらいなのだから、居住者なのかもしれない。

「あっ、すいません。ここに住んでおられる方ですか?」

「住んでいる、というわけでもないわ」

「えっ?」

「ここは別荘のようなもの。と言っても勝手に使ってるだけだから空家と変わりないけどね」

「そ、そうですか」

空家と変わりないならば、長雨が使っても問題はないかもしれない。

けれど、この女性も一応は使っているようだ。

いきなり出て行けとも言い難い。

「ここに住みたいの?」

「えぇ、まあ」

「ならどうぞ」

「はっ?」

「空家だもの。私に拒否する権利はないわ」

「それはそうですが……」

「代わりに、時々お邪魔させてもらって良いかしら?」

「は、はぁ、構いませんけど」

「それじゃあ、交渉成立ね」

長雨は開いた口が塞がらなかった。

物件の状況と言い、今の女性と言い、やけに都合が良い。

何か仕組まれているのだろうかとすら思えた。

「あれ?」

気付けば、女性はいなくなっていた。

姿はもちろん、気配もない。

さっきまでそこにいたのに、最初から誰もいなかったような雰囲気さえしていた。

「……………」

怪しすぎるが、長雨はここに店を開くことを決めた。

いざとなれば、香夢に御祓いやら妖怪退治をしてもらえば良い。

取り合えずそう思うことにした。




翌日、長雨はまず家屋の整理から始めようと思った。

しかし、あの女性が使っていたのか、掃除する必要は特にないほど整理されている。

家具は恐らく前の家主の物だろう。

妙に古びている。

とにかく、掃除の必要はなさそうなので次は商品の仕入れを考えた。

「お邪魔するわよ」

また女性の声がする。

玄関を見ると、昨日の女性がいた。

気配も物音もなかった。

やはり何か怪しい。

「あなたが長雨さん?」

「そうですが。あなたは?」

「私は八雲。香夢の知人よ」

「そうですか、香夢さんの……」

近隣で香夢のことを名前で呼ぶ者は少ないどころかはっきり言うといないに等しい。

だとすれば、彼女は余程香夢に近い人物か、あるいはもっと別の存在なのだろう。

「あなた、香夢のお気に入りなんですってね」

「えっ?」

「最近、香夢と話してもあなたの話ばかり。それに凄く楽しそう。これがお気に入りじゃなかったら何なのかしら?」

「さぁ……」

「まあ、忠告はしておくわ。あなたがあの娘のことをどう思ってるかは知らないけど、あの娘に深入りするのは止めておきなさい」

「何故ですか?」

「いずれ哀しむからよ。あの娘もあなたも」

「それはどういう意味ですか」

「あの娘にはここを守る義務があり、それを放棄することは許されない。それだけよ」

「……………」

判るようで判らない。

「夢想う者は天より生まれ、転じて生ず」

「えっ?」

「この言葉の意味をよく考えてみることね」

そう言って、八雲は消えた。

まるで何処かに吸い込まれるかのように、長雨の前から突然消えてしまった。

「夢想う者は……」

しかし、長雨は驚かずに別のことを考えていた。

「まさか…ね」

湧いた考えを首を振って否定する。

気を取り直し、また仕入れのことを考えた。

色々問題はあるかもしれないが、何とか上手くやっていけそうな気がした。




1ヶ月ほどかけて仕入れを行い、開店の日が近づいたある日。

「こんにちわ」

「あ、どうも」

突然香夢が訊ねてきた。

「香夢さん、どうしてここが?」

「八雲様に聞いたんです」

香夢には店を開くことは教えていなかった。

予想通りではあるが、情報源はあの女性らしい。

「こんな所ではなんですので、奥にどうぞ」

「どうも」

奥の居間へと香夢を案内する。

そして、お茶とお茶菓子を出した。

「香夢さん」

「はい?」

「八雲さんとはどのような関係なんですか?」

「どのような、と言うほどのものじゃありません。ただの知人ですよ」

「彼女は何者なんですか?」

前は別のことを考えていて気にならなかったが、八雲はおかしな点が多い。

あれで人間だと言うならば、長雨も人間に分類されてもおかしくはない。

「そうですね……はっきり言うと、あの方は人間ではありません。妖怪です」

「退治はしないのですか?」

「私は全ての妖怪を退治するわけじゃありませんから。あくまで、人間に危害を加えたり大きな騒動を起こす妖怪だけを退治してます」

「なるほど」

確かに、何もしない相手ならばわざわざ退治する必要もない。

しかし、害を為さないと100%言い切ることはできないだろう。

そこら辺は香夢自身の判断でどうにかなっているのかもしれない。

「話は変わりますけど、長雨様」

「うん?」

「このお店、どんな物を扱うんですか?」

「色々ですね。所謂万屋です」

「へぇ~じゃあお茶っ葉やお茶菓子はありますか?」

「もちろんありますよ」

そう言った途端、香夢の目がやたらと輝いた。

しかし、長雨にとってそれは予測済みのことである。

「それじゃあ、今度買いに来ますね」

「お待ちしてます」

それらの流通はしっかりと確保している。

それにより、長雨は開店前からこれ以上ない常連客を得たことになる。

「お店、頑張ってくださいね」

「香夢さんも、お務め頑張ってください」

「はい」

笑顔の香夢を見て、長雨も笑顔になった。

しかし、長雨の脳裏には八雲の言葉が貼り付いていた。

『あの娘に深入りするな』

その言葉の先にあることを、長雨は認めたくはない。

だが、認めたくなくても気にはなる。

それ故、長雨は無意識にその言葉に従うこととなった。




長雨の商売は順調だった。

巫女である香夢が買い物に来るということが宣伝になり、買い物客だけでなく香夢を拝む人まで来るほどだ。

ただ、香夢も毎日来るわけではないので、拝むだけの人は日に日に減っていった。

それでも、客足は多い。

しかし、客が多い分、品切れ在庫切れも早かった。

在庫が切れれば自分の足で仕入れを行う。

仕入れに関しての良い解決策は見つかっていないため、結局1ヶ月ほどかけて仕入れを行わなければならない。

そのため、1ヶ月ごとに営業と仕入れを繰り返すような状態になってしまった。

けれど、ちゃんと説明をし、休業中は張り紙も出しているので文句や苦情などは出たことがない。

そんな状態でのんびりと過ごし、暇があれば香夢や八雲とお茶会をしたりした。

時には祭りで舞を見たり、時には妖怪に絡みの事件を解決したり。

それらの出来事を経て、長雨と香夢の仲は確実に深まっていった。

だが、一線を越えはしない。

あくまで、親友程度の関係が続いた。

そして、そのまま十数年が過ぎたある日。

客のいない昼下がりに、八雲が店を訪れた。




「お邪魔するわよ」

「あ、どうも」

いつもと同じく、お茶とお茶菓子の用意をする長雨。

それを見越して八雲は居間へと上がる。

「どうぞ」

「どうも」

いつもと変わらない、ゆったりとしたお茶会が始まる。

長雨はそう思っていた。

「今日はね、重大は話をしにきたの」

「重大な話?」

長雨の頭に嫌な想像が浮かぶ。

今まで目を背けてきたこと。

絶対に認めたくなかったこと。

八雲の口がゆっくりとその言葉を語る。

「今夜、転生の儀式が行われるわ」

「転生の…儀式?」

「香夢が巫女を降り、次の巫女へと転生するの」

「転生……」

「そう、転生。香夢が消え、新たな巫女が生まれるのよ」

「何故ですか……」

「うん?」

「何故…何故彼女が!」

長雨は卓袱台に掌を思いきり打ち付けた。

激しい音がして、湯のみが倒れて茶が零れる。

しかし、八雲は動じない。

「何故か?その答えはとても簡単。それがしきたりであり、あの娘に課せられた運命だから」

「くっ……」

「前に言ったわよね?深入りするなと、互いに哀しむと。哀しみは強い衝動、欲望を生む。あなたが哀しめば、あなたは香夢を止めに行こうとする。香夢が哀しめば、香夢はその儀式に躊躇する。けど、それは決して許されない。いや、許されないというよりもむしろ、そうなってしまってはこの世界は終わってしまう」

「この世界が…終わる?」

「この世界、と言っても特定の範囲だけに限られた世界だけど、ここはあの巫女によって管理されている。まあ正確には管理という言葉は正しくないわ。この世界は、この世界を創った神…いや、1人の人間の夢でしかない」

「……………」

「たった1人の人間によって創られた麗しき夢。それを風呂敷のように広げ、様々なものを包み込むのが巫女の役目。そして、その人間を起こさないようにするのもまた、巫女に課せられた役目」

「だからと言って、彼女が転生する必要は……」

「あるのよ。覚めない夢なんてない。いずれ訪れる目覚めを妨げるため、あの娘達巫女は贄とならなければならない。この世界を創った者の贄ではなく、現実という名の怪物の贄。けど、贄と言っても必要なのは身体とその力だけ。そして、巫女はいなくてはならない。だから転生が必要なの」

「しかし、そんな者を守る必要など全くないはずでは」

「私もね、最初はそう思ったわ。けどそれは違う。その人間が目覚めることはこの世界の終わりを意味する。そうなれば、管理のために創られた巫女は勿論、外から入って来た者、内から生じた者も全て消えてしまう。ただまあ、この世界から抜け出していれば生き残ることは可能かもしれないけど」

「それじゃあ」

「皆で逃げる?馬鹿なことは考えないで。ここを捨てて何処へ行く?住み慣れた土地や家屋を捨て、もはや新たに住める土地がなくなりかけている外の世界を彷徨うの?人間はまだ良いけど、妖怪はどうするの?そもそも、この話を皆が信じると思う?」

「どういうことですか?」

「ここに住んでいる者は赤子から老人まで、この事実を知っている者はいないに等しい。知っているのは巫女と個人的に、そして非常に親しく、更に先代巫女と交流を持っていた者のみ。つまり、私くらいなのよ」

「八雲さんも、その哀しみを味わったんですか?」

「えぇ……先代どころか、物凄く前の代だけどね」

今まで長雨を真っ直ぐに見ていた八雲が少し視線をずらした。

「どうして、私に……?」

「あなたも私と同じ、巫女に深く関わりすぎた。だから教えてあげただけよ」

「そんな、私はあなたの忠告を」

「男女の関係にならず、友達の延長線で止まっていたのはあなたが忠告を守ったからじゃない。私が香夢に念を押し、あの娘がそれを受け入れたから。あなたへの忠告はむしろ、『あの娘に入れ込むな』ということだったの。あなたはそれを勘違いし、ほとんどの時を共に過ごし、あの娘に由った」

「それは……」

「いい?こんな言い方はしたくないけど、香夢が儀式をすることはこの世界を救うことになるの。それをあなた1人の意向で変えるわけにはいけないのよ」

「……………」

「今夜、今日と明日の間に儀式は行われるわ。見に来るのも来ないのも、そしてここから去るのも自由。けど、邪魔だけはしないでね」

そう言って、八雲は消えた。

八雲が消えた後も、長雨はずっと下を向いていた。

その視線の先には、卓袱台から滴り落ちる茶が映っていた。




日が沈み、辺りが闇に染まり切った頃。

長雨は神社に辿り着いた。

ひたすら走って来たので、息が切れている。

しかし、止まりはしない。

最後の石段を登った後、すぐに前を向いて境内へ向かって歩き出す。

「あら、やっぱり来たのね」

待ってましたと言わんばかりに、八雲が長雨の前に立ちふさがった。

「八雲さん……」

長雨は八雲を前に、初めて足を止めた。

「見物するなら静かにお願いね。あんまり騒ぐと香夢の気が散るから」

「私は……」

「私は、何?見物に来たの?儀式を止めに来たの?それとも、香夢を連れ去りに?」

「……………」

長雨の言葉は詰まった。

そのどれでもない。

ただ、居ても立ってもいられなくなって来たというのが正しいのかもしれない。

「まだ時間はあるし、香夢に会っても良いわよ。ただし、邪魔をするのは私が許さない」

八雲は長雨を見ずにそう言った。

彼女は何を思っているのだろう?

長雨には判らない。

八雲を尻目に、長雨は境内へと入って行った。




「あっ、こんばんわ、長雨様」

居間に入ると、いつもと同じ笑顔が長雨を迎えた。

「今お茶を淹れますね」

長雨が言葉を発するのを許さず、香夢は奥へと引っ込んだ。

十数分後、お盆に湯のみと茶瓶を乗せて香夢が戻ってきた。

姿も、言動も、声色も。

全てがいつもと同じ。

これから何が起こるのだろうか?

ただのお茶会だろうか?

それとも……

「香夢さん」

「座ってください。今注ぎますから」

長雨の言葉に香夢は応えない。

「どうぞ。熱いですから気を付けてくださいね」

「香夢さん!」

長雨の叫びに対しても、香夢は動じない。

「どうぞ」

「……………」

長雨は座り込んで茶を啜った。

物凄く熱い。

「今日はどうなされたんですか?」

「……………」

「長雨様、夕餉はもう済まされましたか?まだでしたらご一緒にどうですか?」

本当に、いつもと全く変わらない。

八雲が言っていたこの後のことが嘘のように、香夢は平静を保っていた。

いや、むしろ八雲の言葉が嘘なのかもしれない。

「長雨様?」

そうだ、きっと嘘だ。

昼間の会話は夢だ。

そうでなければ彼女がこんな……

「長雨様」

「えっ?は、はい」

「心配しないで下さい。私、大丈夫ですから」

「……………」

「だから……長雨様もいつも通りにしてください」

香夢のその言葉が、長雨に真実を突き付ける。

「お食事、持ってきますね」

「………はい」

返す言葉が見つからなかった。

強がるなとでも言えば良いだろうか?

それで何になるだろうか?

恐らく何もならない。

余計辛くなるだけだろう。

だから長雨も、香夢の『日常ごっこ』に乗ることにした。

二人共、可能な限り『いつもと同じ』を演じる。

話し、笑い、時間を共有する。

下らない現実逃避。

端から見れば滑稽かもしれない。

実際、長雨自身が滑稽だと思っていた。

しかし、止めようとはしない。

それで香夢の気が晴れるならば、滑稽でも構わないと思ったから。

そんな状態が、本当にいつまでも続くと思っていた。

けれど、時間は非情である。

5分程度に思えても1時間は確実に過ぎ、約束の時刻は刻一刻と近づいた。

「はい、おしまい」

誤魔化しの日常に、八雲が突如入りこんできた。

そして、八雲の言葉によって、香夢の『日常ごっこ』は終わった。

「八雲様」

「もう、充分楽しんだでしょう?」

「はい……」

哀願するような香夢の眼に惑わされることなく、八雲はそう言い放った。

「準備しなさい」

「はい」

八雲の指示に従い、香夢は奥へと引っ込んだ。

「八雲さん……」

「鬼だ、悪魔だとでも言いたい?それで気が済むのならどうぞ。冷徹とかババアとかでも結構よ」

「いえ、別にそういうことが言いたいわけじゃありません。ただ」

「ただ?」

「どうしてそこまで冷静になれるのですか?あなたにとっても、香夢は―」

「えぇ、大切よ。けどね、あの娘はしきたりに逆らっても従っても消えてしまうの。それならば、私はあの娘をしきたりに従わせることを選ぶわ」

「哀しくはないのですか?」

「そんな感情、とうの昔に無くなったわ。私が哀しんでもあの娘の役目は変えられないもの。けど、重要なのはそんなことじゃない。この世界を、そして私達を残そうとしてくれているあの娘達の覚悟を裏切りたくないの……だから、私は哀しまないし、この儀式を止めようともしない」

「そうですか……」

「さぁ、外に出ましょう。ここでは儀式は行えないわ」

八雲の言葉に従い、長雨は外に出た。

空には沢山の星が輝いていた。

それこそ、日常的ではないほどに……




「お待たせしました」

外に出て数分後、着替えを終えた香夢が出てきた。

いつもの服とは違い、煌びやかな衣装で身を包んでいる。

もはや少女ではなく一人前の女性となった香夢にその衣装は非常によく似合っていた。

「それでは、始めます」

周囲に結界を張り、お払い棒を片手に持ち、香夢は舞を始めた。

いつも神社や祭りで見ていたあの舞である。

『夢想う者は天より生まれ、転じて生ず』

思い返してみれば、長雨は詩の冒頭を教えてもらったことはあっても、実際にその詩を含んで舞っているところは見たことがない。

だとすれば、この詩が呪文か何かになっているのだろう。

『夢想う者は夢を見る』

『覚めることなき、麗しき夢を見続ける』

『夢想う者は夢を思い慕う』

『麗しき夢を愛し、博す』

『夢想う者は夢を創る』

『夢に界を結びて幻となす』

ゆっくりと、そして確実に進む舞と言葉。

舞の長さから想定すると、恐らく今で半分ほどだろう。

『幻を想いて界を結び、郷(くに)となす』

本当に、このままで良いのだろうか?

長雨の脳裏に、そんなことが浮かぶ。

結果はきっと変わらない。

そして、ただの自己満足でしかない。

それでも……

「香夢さん!」

長雨の叫びに、一瞬だけ世界が静止する。

『かの郷は生を孕み、死を孕み、妖を孕む楽園なり』

「私は……私は、あなたのことが―」

長雨の言葉で香夢が止まった。

まるで、その先の言葉を待っているかのように。

しかし、長雨から言葉は出ない。

口だけが動いていた。

「邪魔はさせないわよ」

八雲の声が響く。

恐らく、八雲の力で喋れなくされたのだろう。

けれど、長雨は叫び続けた。

声無き叫びを、ひたすら叫んだ。

「長雨様」

「香夢、儀式に集中しなさい!」

八雲の制止が飛ぶ。

「私もです」

一筋の涙と微笑み。

そして、その一言。

それが、長雨の叫びに対する香夢の返事だった。

『されど、かの郷は夢幻なり』

舞が再開される。

その時の香夢の表情は、とても幸せそうだった。

『やがて現が侵し、全ては覚める』

『故に、夢想う者は現を封じ、印となる』

香夢が光に包まれる。

もう表情はおろか、姿すら見えなくなった。

『夢想う者は天より生まれ、転じて生ず』

「願わくば……」

言葉が止まる。

そして、微かにしゃくりあげる声が聞こえた。

『願わくば、次も良き夢を……』

光が拡がる。

真っ白な光。

全てを包むのか、はたまた吹き飛ばすのか。

それは判らない。

その光の中で、長雨は見た。

微かに緋色に光る棒と、それを持つ者が消えていくのを……

近隣を覆っていた光は僅か数秒で消え去った。

そして、その光を発した者もまた、いなくなっていた。

あとに残ったのは一組の男女、そして無垢な赤ん坊とお払い棒だけだった。






「残った男女は長雨と八雲。赤ん坊は新たな巫女。そしてお払い棒は長雨が作ったお払い棒だった」

「ふうん、じゃああのお払い棒はその巫女から預かったんだ」

「違うよ」

「えっ?」

「あのお払い棒は巫女が預けたんじゃなくて、長雨が僕に預けたのさ」

「あれ?その長雨って人、霖之助さんじゃないの?」

「違うとも。そもそもそれじゃあ『預かり物』というよりは『遺留品』になるだろう?」

「そうかも」

「長雨はこう言った。『彼女が戻ってくるまで、これを預かっておいてくれ。彼女が戻ってきた時、私もきっとこれを受け取りにくる』。そういうわけで預かってるんだ」

「ふ~ん。中々熱い人ね」

「ははは、まるで御伽話のようだろう?」

「ほんと、作り話としてはまずまずかも」

「作り話じゃないって……」

「気にしない気にしない。ところで霖之助さん」

「うん?」

「お茶のおかわりもらえないかしら?」

「……………」

気付けば、茶瓶はまた空になっていた。

それどころか、霖之助の湯のみすら空になっている。

1発くらい喰らわしてやろうか?とも思った。

「おーい、霊夢いるかー?」

外から別の声がする。

かと思えば、その声の主も霊夢と同じく容赦なくズカズカと居間まで上がってきた。

「あら、魔理沙じゃない。どうかしたの?」

「霊夢、それなりに大変だ!」

「それなりって何よ?」

「幽々子が『夏を返しに来た』とかわけの判らんこと言いながら熱気をばら撒いてるんだ」

「………確かにそれなりに大変ね」

「だろう?そういうわけで手伝ってくれ」

「どういうわけよ……まあいいわ、行きましょうか」

「じゃ、またなこーりん」

来訪者は霊夢を連れて、風のように去って行った。

「……………」

もはや何を言うも意味はなさない。

霖之助はただ呆れるだけだった。

「ん?」

台所から湯が沸騰する音が聞こえる。

火を消し忘れていたのだろうか?

それなら霊夢だって気付いたはずだ。

じゃあ、一体何だろうか?

「あら、ごきげんよう」

「………紫さん、頼むから玄関から入って下さい」

台所を覗くと、そこには八雲 紫がいた。

彼女は隙間から隙間へと移動することにより、どんなところにも行くことができる。

そのため、霊夢達よりも性質の悪い侵入をしてくる。

「何の用ですか」

「懐かしい話が聞こえたものだから。つい立ち止まって聞き入ってたのよ。あっ、お茶淹れるから座ってて」

霖之助の横を通り過ぎ、紫は卓袱台の上の茶瓶を回収する。

「茶葉は一番高いので良いかしら?」

「それ、僕のですよ」

「細かいこと気にしてたら女の子に嫌われちゃうわよ?」

「はぁ……」

本日何度目かの溜め息。

どうやらここに住む女性達を相手にするためには諦めが必要らしい。




「はい、どうぞ」

「どうも」

平和そうに見える昼下がり。

人気のない古道具屋の奥で茶会は始まった。

「美味しい。流石高級品ね」

「紫さん」

「うん?」

「さっきの話、聞いてたんですか?」

「えぇ、丁度話の中でも私が登場する時くらいから」

霖之助の話の中での紫は霖之助により、『八雲』のみに改められていた。

「どうして名前まで出さなかったのかしら?」

「それは……」

「霊夢に知られたくなかったから?」

「………そうです」

「大方、あの娘に今から重荷を背負わせたくないとかそんな理由でしょ」

「そうですね。そんなところです」

「ふう……」

湯のみが空になり、紫は一息吐いた。

「どうして偽るの?」

「何をですか」

「私の名前もそうだけど、何よりもあなた自身を……ねぇ、長雨さん?」

「……………」

霖之助ではない名前で呼ばれる霖之助。

霊夢の時は否定したものの、今度は無言だった。

「話、まだ続きがあるんでしょう?」

「続きですか?」

「長雨がそれからどうしたか。そして、何故あなたは長雨の存在を否定するのか」

「………良いでしょう。お話します」

霖之助もまた、湯のみを空にして一息吐いた。

そして、その口を開いた。






「私に魔法を教えてください」

雨が降るある日。

長雨は1人の魔法使いの家を訪ねた。

人間なのに様々な魔法を使いこなす、高名な魔法使い。

霧雨というのがその魔法使いの通り名だった。

「私は弟子は取らない」

今なお雨に濡れる長雨に対し、魔法使いは冷たく言い放った。

「お願いします!」

しかし、長雨も引き下がらない。

体温低下による震えを堪えながら、土下座をした。

「頭を上げたまえ。そんなことをしても何もならない」

「いえ、それはできません。あなたの気が変わるまで、こうさせてもらいます!」

半ば脅迫に近い。

「ふむ、ではしばらくそうして頭を冷やしていたまえ」

しかし、魔法使いの気は変わらなかった。

無情にも、長雨を無視して扉を閉めてしまった。

「……………」

魔法使いがいなくなった後も、長雨は頭を上げなかった。

「香夢さん……」

雨音に紛れて、長雨の声が微かに響く。

「私は、必ずあなたをこの世界に呼び戻してみせます」

1日。

2日。

3日。

10日。

魔法使いは全く外に出てこなかった。

しかし、11日目の朝。

扉は再び開いた。

「まだやっているのかい?」

褒めるでもなく、驚くでもなく、ただ呆れたように魔法使いは言った。

「言いました…から」

「何を?」

「あなたの…気が変わるまで…こうさせてもらうと」

長雨の声は擦れていた。

あの日から、食事を摂ったり眠ったりするどころか本当にその姿勢から動いていない。

雨に濡れて風邪をひき、眠気と空腹で視界はぼやけ、疲労と栄養不足と風邪で思考は乱れている。

それでも、長雨は頭を下げ続けていた。

「死ぬつもりかね?」

「あなたがそうさせたいなら…いずれそうなります」

「……………」

魔法使いは少々唸った。

「ふむ、しょうがない」

「では!?」

「まあ待ちたまえ。契約には代価が必要だ。私は君に魔法を教える。その授業料を払ってもらおうか?」

「授業料ですか……?」

「うむ。君が哀れだからと言って、タダで教えるようなことはしない。そんな甘いことが通用しないことくらいは君にだって判るだろう?」

「はい……」

魔法使いが要求する代価。

それに見合う物が長雨にはあるだろうか?

「これで…どうですか?」

長雨は荷物から棒切れと石を取り出し、魔法使いに手渡した。

「ほう……これは」

「神木と緋々色金です」

「ふむ、これらは金銭的価値はもちろん、研究材料としても貴重な品だ。しかし、本当に良いのかね?」

「どういう意味ですか?」

「これらを売れば君は生活に不自由しない。言い換えるのなら、ここで過ごす年月よりもより良い生活を、しかもより長く買うことができるんだぞ?」

「構いません」

「そうか。ならば私からは何も言わない。して、何を学びたいのだ?」

魔法と一口に言っても、ジャンルは色々とある。

敵を攻撃する魔法、自分を取巻く環境に影響を与える魔法、何かを作る魔法。

他にもあるが、この魔法使いが専門に扱っているのはこの3つだった。

「練成術を」

長雨が選んだのは何かを作る魔法、練成術だった。

魔力を操り、封じ込め、そしてそれを物として活用する。

言による力ではなく、外部又は内部からの魔力によってそれを行う。

ただ文字を書き込んでできる札作り等とは訳が違うのだ。

「10年だ。君の支払った授業料だとそれぐらいが妥当だな」

「はい、精進します!」

10年の年月は一見長いように見える。

しかし、練成術を極めるためには短い。

「君、名前は?」

「長雨と言います」

「長雨くん。実は君を弟子にしたのはこちらからも少しお願いしたいことがあったからなんだ」

「何でしょう?」

「実は昨日、娘が生まれてね。その養育係を探していたんだ。ついでだと思って頼まれてくれないか?」

「はい、判りました」

「君の目は淀んでいる。そんな状態では良い物など到底作れはしないよ。子供の純粋さに触れて少し落ち着くと良い」

「………はい」

「風呂は沸いている。今日は温まって休むといい」

「はい、ありがとうございます」

案内されるがまま、長雨はフラフラと魔法使いについて行った。

「あぁ、そうだ」

「はい?」

「娘の名前は魔理沙というんだ。可愛がってやってくれ」

「はい」

その日の長雨の記憶はそこから無くなった。

ただ、魔理沙という名前だけは妙にはっきりと覚えていた。




寿命が長い長雨にとって、10年は短い。

熱心に学び、魔理沙の相手をしている内に10年はあっという間に過ぎてしまった。

期日が近いため、長雨は旅支度を始めていた。

「こーりんこーりん」

「なんだい、魔理沙?」

「何処行くんだ?」

「さぁ、何処だろう?」

「いつ帰ってくるんだ?」

「………もうここには戻ってこないよ」

「なんでだ?」

「僕は元々、ここに住み込みで修行をしていただけなんだ。その契約が切れるから、もうここにはいられない」

「じゃあ、私が親父に頼む。だから、ずっといろよ」

「それは駄目だ」

「どうして?」

「僕にはもう、契約を続けさせるほどの代価がない。それに、魔理沙はお父さんが怖いだろう?」

「べ、別に怖くないぜ」

「無理はしなくて良いよ。僕だって、何もここから出たら急に存在が消えてしまうわけじゃあない。探してみればすぐ見つかるさ」

「うー……じゃあ私もついてく」

「へ?」

「私もこーりんについてく!」

「それも駄目だ」

「何でだよ」

「魔理沙。君がお父さんとお母さんのことをどう思ってるかは知らない。けど、お父さんとお母さんは魔理沙がいなくなったら凄く哀しむと思う。だから駄目だ」

「でも……」

「それに、僕には魔理沙を養うほどの財力も甲斐性もない。魔理沙がここを飛び出すのは勝手だけど、ついて来られても困るんだ」

「そっか……」

「また、すぐに会えるよ」

「うん、会いに行くぜ」

数日後、長雨は霧雨家を出た。

魔理沙という少女に何かしらの未練が無いと言えば嘘になる。

しかし、長雨の目的は既に果たされている。

だから、契約が切れたならもうあそこに留まる理由はない。

長雨が魔法使いに弟子入りした目的。

それは練成術の禁忌である、生体練成術を取得することだ。

練成術の基本を学びつつ、密かにそれを探って身に付けた。

「香夢さん……」

生体練成は練成術で身体を造り、他の儀式で魂を呼び出して憑依させることによって成り立つ魔法である。

長雨は、それで香夢を甦らせようと思っていたのだ。

愛。

長雨はそれに狂っていた。

それが得られるのなら、時間や財など米粒ほどの価値もない。

「もうすぐ、もうすぐ会えますね」

魔理沙の前では決して見せなかった黒い笑顔。

ここにいるのはもはや長雨ではなく、黒い魔法使いなのかもしれない。

「えっ……!?」

しかし、黒の魔法使いはすぐに長雨へと戻った。

「まさか、そんな……」

長雨は今、空に何かを見た。

いつか見た、いつか見ることがなくなった、紅白の衣装。

「……………」

長雨は走り出した。

ひたすら走った。

10年も修行に没頭していたので、以前に比べて身体はすっかり鈍っている。

途中、何度も休んだ。

苦しくて倒れそうにもなった。

胃液が逆流し、何度か吐いた。

足が縺れ、転ぶこともあった。

それでも、長雨は走った。

あの山、あの場所、あの神社、彼女の元へ……

そこに辿り着いたのは、夜になるどころか一夜が明けて翌日の昼下がりになった頃だった。

石段を登りきると、そこに彼女はいた。

箒を持って、掃除をしている。

長雨は彼女の名を思い切り叫んだ。

彼女は振り向いた。

その姿は、初めて彼女と出会った時とほぼ同じ、幼さの残る少女だった。

少女は口を開き、長雨に声を掛けた。






「『あなた誰?』ってね」

「……………」

その言葉を継起に、二人の時間は一気に現在まで引き戻された。

紫は思い出したかのように湯のみに茶を注ぎ、霖之助はまた一息吐いた。

「その少女は香夢じゃなかった。別人だった」

「その娘が霊夢だった」

「そう。少女の名前は霊夢。僕が想っていた香夢ではなかった」

「そして、今のあなたがある。これで魔理沙との関係、霊夢との関係が揃った。あとは一つ」

「何故僕が霖之助や香霖を名乗るか」

「そう、私にはそれが判らない。魔理沙や霊夢のことはそこそこ予想と合ってたんだけどね」

「まず、香霖から話しましょうか?」

「どちらからでもどうぞ」

「彼は魔理沙と共に過ごすことで、香夢を忘れてしまうのが怖かった。だから、彼女の名前と自分の名前を捩ってその偽名を作った」

「偽名だなんて、大袈裟ね」

「そうでもありません。彼は魔理沙の前では長雨をひたすら隠していた。ずっと自分を偽っていたんです。性格を少し変え、一人称を変え、魔理沙が親しみやすいようにしていました。それこそ、彼の中に別の人格でもできたかのように、長雨は香霖を演じた」

「随分とまあややこしいことを」

「霖之助はどちらかと言うと香霖寄りです」

「でしょうね。そうじゃなければ、魔理沙相手の時だけ食い違うもの」

「しかし、香霖寄りではありますが霖之助は香霖からの派生ではなく、長雨が持つ特性から出た存在です」

「特性…能力かしら?」

「はい」

「あなたの能力というと、確か『未知のアイテムの名称と用途が判る』だったかしら?」

「それは霖之助の能力。長雨の能力はもっと漠然としています」

「もったいぶらないでよ」

「長雨の能力、それは『真実を知る』ことです」

「漠然とし過ぎね」

「今だからこそ言いますが、長雨はあなたに聞く前から香夢の転生のことを始め、様々なことを知っていました」

「本当?それにしては教えてあげたら凄く驚いてたような気がしたけど」

「はい。彼、長雨は様々なことの真実を知る反面、ほとんどの場合それを知りません」

「どういうこと?」

「彼には真実が見えます。しかし、彼はよくそれから目を背けていた」

「なるほどね」

「真実はいつも美しく、誰もが知りたがるようなものでは決してありません。目を覆いたくなるような真実もある。しかし、長雨にそれらを選んで見ることはできない。いつも勝手に見え、勝手に消えてゆく」

「残酷なものね」

「だから、長雨は都合の悪い、信じたくない事からはいつも目を背けていた。知っているのに知らない振りを決め込んだ。いつしか、彼は知っているのに本当に知らないようになった」

「矛盾してない?」

「矛盾してますね。けど、本当のことです。言うなれば、記憶の棚の中にあっても、それを開けようとしない。記憶にはあるのに、それを無理に欠落させてしまうのです」

「器用なものね。いや、むしろそう思い続けたからそうなったのかしら?」

「そうですね。そして、その誤魔化しの集大成が僕、霖之助です」

「正に別の人格……ところで、長雨は消えてしまったの?」

「消えてはいません。彼は眠っているだけです。香夢の死を信じられず、その真実から目を背けるために眠っている」

「彼の希望、生体練成術は?」

「それはあなたでも考えれば判るはずです。生体練成術は魂を必要とする。適当にやるのなら、どんな魂でも良い。しかし、個人を指定するならばその者の魂が必要である」

「けれど、香夢の魂は霊夢へと転生した。だから、霊夢が生きている間はそれをすることはできない」

「それもあります。しかし、転生することにより、香夢の魂は霊夢の魂へと移行してしまった。つまり、実質的には同じでも内面的、性質的には異なるものとなってしまったのです。それでは、例え霊夢が転生する瞬間に魂を奪って使ったとしても香夢は戻ってきません」

「要するに、生体練成術で彼女を作ることはもう永遠に無理ということね」

「そうです。そして長雨は、その事実からも目を背けている」

「それじゃあ、結局は長雨は死んだも同じじゃない」

「いえ、違います。彼は待っているんです」

「待っている?誰を?」

「香夢が、転生によって再び誕生するのを……」

「希望はないわね」

「えぇ。しかし、可能性が0とは言い切れません」

「どうして?長雨は香夢再臨の真実を見たの?」

「いえ、長雨は真実を見る前に眠ってしまいました。そして、僕には真実を見ることはできません。でも、だからこそ可能性は0ではないと信じて待ち続けるんです」

「………永遠にないかもしれないわよ?」

「それならば、永遠に待ち続けるだけです」

「待っている間に死ぬかもしれないわよ?」

「それはきっと大丈夫ですよ」

「どうして?」

「僕には寿命がありません。それに―」

「幻想に取り込まれたから」

「はい」

「私と同じか……」

「陰陽は本当は三つの存在から成り立っているのはご存知ですか?」

「えぇ、知ってるわ。陰と陽。そして、それを分ける境界線」

「望んではいませんでしたが、長雨はその内の一つに選ばれてしまいました」

「陰と陽、そして境界線。丁度、三脚の椅子をクルクルと回すように、脚となるその三つの要素は互いに入れ替わり、ものを支える」

「空と真実、そして境界。人間と妖怪、そして曖昧」

「人間を守る者、妖怪を支える者、そしてそれらを傍観する者。内から生じた者、外から来た者、最初からいた者」

「この選定は、別の者が選定されても解けることはありません。何故なら、その者もまた、とある三つの要素の一つになるだけですから。そして、幻想に取り込まれた者はこの幻想郷で半永久的に生き続ける」

「けど、それがそうだと言える確実な証拠は何一つない」

「えぇ、ありません。しかし、そう思えてしまうことこそ、何よりの証拠ではないでしょうか?」

「自惚れかもね」

「かもしれませんね。けれど、本当でも自惚れでも良い。己が消えないこと信じて僕は待ち続けますよ」

「長雨に戻りたいから?」

「違います」

「じゃあどうして?」

「それは……」




ここは古道具屋の香霖堂。

怪しげな物に溢れるこの店の中に、その『預かり物』はあった。

微かに緋色に光るお払い棒。

ある一組の男女を結ぶ、大事な大事な『預かり物』。

店主はそれを売ることも捨てることもなく、毎日大切に預かり続ける。

しかし、大切に預かる反面、持ち主が現れないでほしいという想いが店主にはあった。

なんせ、それを預かることが彼の存在意義なのだから……







<了>
謎多き霖之助の存在を綴ってみました。
ただ、私は東方香霖堂は第5話までしか読んでいません。
なので、それ以降に霖之助のことについて事細かに書かれていて、はっきり言って全然違っている場合はどうぞ生温い目で見てやってください。

長雨を捩ってどうして香霖になるのか判らない人は「霖」の字を漢和辞典や国語辞典で引くことをおすすめします。

余談ですが、詩の中には霊夢のスペルが3つ記されていたりします。
お暇な方は探してみてはいかがでしょうか?

皆様の賞賛、批判、指摘を心よりお待ちしております。
そして、今後ともよろしくお願いします。
対馬 光龍
[email protected]
http://t-r-k.hp.infoseek.co.jp/index.html
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