Coolier - 新生・東方創想話

生生生生暗生始

2006/05/29 10:52:58
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生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く…












藤原妹紅と言うのが、私の名だ。
私はこの名前が好きだし、藤原の家に生まれたことを誇りに思っている。




でも、私はあまり望まれて生まれた子でないと言うのも、察していた。







          生生生生暗生始







車持皇子。父上は朝廷ではそう呼ばれている。
確か、結構高い身分だったはずだ。
だから、欲しいものはほとんど手に入った。
きれいな服も、装飾品だって。






でも、どうしても手に入らなかったもの。






父上の愛情だった。



望まれない子供だったから、仕方の無い事だったのかもしれない。
でも、それでも、子供は親の愛情を欲するのが普通なんじゃないのかな。






ある日のこと、朝廷の仕事がある筈なのに、父上は屋敷に居た。
見たことのない数人の…何かの職人なのだろうか。
父上はその人達に金や銀の宝玉を作らせていた。

「父上、何をしていらっしゃるのですか」

私が聞くと、いつものように私の方を見ずに答えた。

「輝夜姫を振り向かせるにはこうでもしないと無理なのだ」

聞けば、輝夜と言うのはどこぞの老夫婦が養っている少女のことらしい。
数多くの人が言い寄るほどの美女だとか。

年は、私と同じくらいらしい。

「蓬莱の玉の枝なぞ伝説上の代物だ。見つかる筈もない。ならば作ればよいのだ」

それだけ言うと父上は私に部屋から出て行くように促した。



正直、憎いと思った。
父上は私に愛情と言うものを注いでくれたことはない。
なのに、どこぞの身分の低い女に……。





      ─いっそ、いっそのこと私なんて……





それから数日経った。
完成した偽の蓬莱の玉の枝を持ち、父上は輝夜のところへ行ったという。
…もしも、あれが偽者だとばれなかったら。
もしも、父上がその輝夜とやらを連れて帰ってきたら。

私に居場所はあるのだろうか……。


そんなことを考えていると、屋敷の戸を叩く音が聞こえてきた。
私が出ずとも屋敷の誰かが出るだろう。
そう思ったが、その時だけは何故か自分で出たくなった。

「どなた?」

戸の向こうから帰ってきた返事は、先日聞いた職人の声だった。
何でも、宝玉の報酬をまだ受け取っていないから取りに来たらしい。



それを聞いて、私は思わず答えてしまった。

「父上ならば、輝夜姫の所まで向かいました」

と。






数時間後、父上は屋敷へと帰ってきた。
その姿から察するに、どうやらあれが偽者だとばれてしまったらしい。
父上に恥をかかせたのは私が原因だ。
でも、正直な気持ち、私はほっとしていた。


ただその時から、輝夜という女への恨みは募るばかりだった。



それから結局、三年の年月が流れた。
噂で、あの憎き輝夜が月に帰ると言う話を聞いた。
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中秋の名月。とても、美しい満月。

だが、それは人を狂わす魔の光。

輝夜姫を守る為に帝の命を受け集まった都中の兵士達。

屋根の上には弓を持った兵士達。
地面には剣や槍を携えた兵士達。
屋敷には何重もの閉められた扉。

例え何人たりともそこへ近づくことは許されない。



そして月の使者は現れた。



「弓を引け!!」

合図を受けて、屋根の上に居た兵士が一斉に矢を番えた弓を引く。
天人だろうが何だろうがこれだけの人数から放たれた矢を避けることは出来ない。
少しでも怪しい素振りがあれば、兵士達はすぐにでも矢を放つ状況だった。


そんな中、兵士達は空で光るいくつもの赤い光を見た。
それを見て、まるで取り付かれたかのように戦意がなくなってしまった。
まるで、あの赤い光に惑わされるかのように。
やっとのことで一人の兵士が矢を放ったが、それはあらぬ方向へ飛び、消えた。

集まった兵士達はただ、月人が降りてくるのを見るだけだった。

赤い光は、月の兎の瞳だったのだが、戦意を失った彼等にはどうでもいいことだった。

「姫を出してもらいましょうか」

先頭にいた月人が突然言った。
翁達は慌てて屋敷の中に入れぬよう壁を作る。
せめて、言い包める事が出来れば、と。

「輝夜は立派なわしらの娘じゃ。恐らく御主達の探しておる姫というのは別人でしょう」

それを見ていた月の兎が、翁達を睨み付けた。
殺気に、狂気に満ちたその赤い瞳で。

「賤しき地上の民め、早くそこをどけ!」

月の兎の瞳には、魔力がある。
人を狂わせる強烈な魔力が。

ただ、成す術もなく周りの兵士達と同じように翁達も立ち尽くすだけであった。

先頭の月人の一人が地上に降り立ち、屋敷へと手をかざした。
閉じられていたはずの扉は、全てが勝手に開いていく。

その奥には、とても美しい女性が座っていた。


その姿を見ると、その月人は屋敷の中へと足を踏み入れた。
ゆっくりと、真直ぐな眼差しで前を見る。

そして輝夜の前で立ち止まると、服従の姿勢をとった。

「姫様、御久しゅう御座います」

「…………永琳?」

カグヤ姫が地上へと落とされた理由。
それは、月で罪を犯したからである。
禁薬である蓬莱の薬を作り出し、それを服用した。


そしてカグヤは地上へと落とされ、翁に拾われ輝夜姫となった。

だが、カグヤ以上に苦しんでいる者が一人居た。


当時カグヤの付き人であり、蓬莱の薬を作った八意 永琳である。
彼女は、この何十年。ずっと悔やんでいた。

何故自分はあの薬を作ってしまったのかと。
何故自分だけ何の罰も与えられなかったのかと。
何故自分だけ罪を負わずに月で暮らしているのかと。



そして、地上へ迎えに来る時に心の中で決心していた。
今後、姫の願う事を全て叶えてあげよう、と。
それがせめてもの贖罪になれば、と。

「姫様、貴女の願いを御聞かせ下さい。
 その願いを私は……必ずや叶えてみせましょう」

本当は永琳にも分かっていた。
カグヤが何を願っているのか。
地上は月と比べると穢れている。
確かにそうかもしれない。

が、輝夜姫は既に地上の民なのだから。

「月に……帰りたくない………」

その一言で、永琳は全てを悟った。
輝夜姫の、今の気持ちを全て。

「姫様、いずれにしてもこの屋敷に居る事は出来なくなりますが」

「…それでも、かまわない」

「仰せのままに…」

そうして永琳は持っていた壷の中から、薬を取り出した。

それは、あの時と同じ蓬莱の薬だった。





それから数時間後、辺り一帯は血の海と化していた。
永琳はただ、ごめんなさいと転がった死体に謝るだけだった。

月の狂気は人には理解できない。
涙を流しながら仲間を殺すその女性の姿は、地上の民にはどう見えていたのだろう。

「お爺様、帝様、長い間本当にお世話になりました」

「輝夜や……どうして、どうして行ってしまうのだ。
 月の民は居なくなった、ここにずっと居れば良いではないか」

翁は涙を流しながら、必死に輝夜を引き止めていた。
だが、輝夜がここにいれば、何度でも月の民は来る。

これ以上迷惑を掛けたくないというのが真意だった。

「どうか、私達は月に帰ったということにしてください。
 そして、出来れば迎えに来ていた月の民の亡骸は、普通の人のように丁寧に埋葬してくださいませ」

輝夜はそういうと、永琳が持ってきていた壷を、翁達に差し出した。
その中には、まだ数人分蓬莱の薬が入っているようだった。

「この薬を飲めば、永遠の命を手に入れることが出来ます。
 せめて、せめてものお詫びにこれを……」



それだけ残して、輝夜は永琳と共に、何処かへと立ち去った。

満月は、ただその惨劇を見ているだけだった。
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朝廷では、輝夜姫が月に帰ったという噂で持ち切りだったようだ。
それは、どこを伝ったのかは分からないが私の耳にも入ってきた。

というよりも、屋敷に居た人が話していたのを盗み聞きしたのだけど。


『何でも、輝夜姫は月に帰ったらしい』
『あぁ、確か飲めば永遠の命を得る事の出来る薬を置いていったんだよな』
『でも、帝はどうやら兵士にあの薬を焼きにいかせるらしいんだよ』
『勿体無いないな。飲めば一生死なないのに』
『そんで、駿河の山の天辺まで行って焼くのだとさ』



結局、私はあの憎き輝夜に何もすることが出来なかった。

気付けば私は、屋敷を飛び出していた。
月へと帰った輝夜に一矢報いるために。










      ─思えばあの時私は……




駿河の山。別名蓬莱山。
屋敷に繋がれていた馬一頭を勝手に使い、急ぎ来た。
元より馬になんて乗ったことがなかった物だから道中なんども落とされそうになった。

その甲斐もあってかどうやら帝の使者よりも早く山へ着くことが出来た。
後は、その薬を奪ってやれば…せめて、何とかして一矢報いたかった。


手には小太刀。昔、父上から貰った物だ。
父上が何を思って私にこれをくれたのかは分からない。
でも、父上がくれた物には変わりない。
ずっと、ずっと大事に持っていた。


そして、帝の使者が現れた。

私の手は震えていた。

きっと、恐れから。

それでも私は走った。

先頭に居た男が私に気付く。

でも、気付いた時には私は、
男に小太刀を突き立てていた。

「岩笠殿!」

それは調 岩笠と言う男だった。
私は、その男を殺して、壷を奪った。

「やった……!輝夜の悔しがる顔が目に浮かぶ…!」

急いで、壷を抱えて逃げた。
中にある薬をどうするかは決めていないけど。

父上にあげれば喜んでくれるかな?


でも、突然鋭い痛みが胸を貫いた。
赤くて、ねっとりとした液体が、私の胸から流れ出ている。

「え………?」

思わず、立ち止まった。
また数本、私の背中に何か鋭いものが刺さった。

それは、兵士が放った矢だった。

「ぁ……が……」


痛い


「い…た……」

痛い
痛い痛い痛い
痛い痛い痛いいたい
いたいいたいいたいイタイイタイ

「い…ぁぁぁああああああああああ!!!!」

いや、だ。
しにたくない……。
しにたく……ない……。
いたい……さむい……こわ……い。
………しに……た…く…………な…い…。

「早……ら、壷……取……せ」

断片的に、何か聞こえた。


壷。


そうだ、

壷の中には、


    ─蓬莱の薬。

でも、その薬は



一度手を出せば?
     一生、このまま。きっと大人になれない。

二度手をだせば?
     死なない体じゃ、恐らくどんな病苦も忘れる。

三度手をだせば?
     死ぬことの出来ない、永遠の苦輪に悩むだろう。



でも、私は、死にたくなかった。
その時は、永遠に死なないのと、そこで死んでしまうことのどちらが恐ろしいか。
そんなものを天秤に掛ける余裕なんてなかった。
もしあったとしても、必ずあの薬に口をつけていただろう。










それから、どれくらい経ったのだろう。

既に辺りは真っ暗になっていた。

地上を照らす月が、やけに明るい。

まるで、月で輝夜が苦しんでいるかのよう。

「あは…は……見たか…輝夜め…!」

私の周りには、人だったモノがたくさん転がっていた。
死ぬことの無い体に、どれだけ矢を突き立てようが無駄なこと。

でも、体中が痛い。

体だけじゃない。

なにか、とても大事なものが。



「あはは……おかしいな………なんで、きょうは……」



なんできょうは、つきがこんなにあかいのかな









      ─思えばこの時私は、最初に殺したつきのいはかさに呪いをかけられていたのかもしれない。








それから、残った薬は山の頂上まで登って焼き捨てた。
今日は、月まで届く程よく燃える。
灰になった薬が、在るべき場所へと還ろうとしているのかもしれない。

私の体は既に人じゃない。
恐らく、この火に飛び込んでも死なないだろう。
多分、すごく熱いだけだ。



まるで、不死鳥みたい。



これからどうしよう。
屋敷へ戻れるかな。
でも、私はもう人間じゃない。
死なない人は既に人ではない。
きっと、屋敷では暮らせない。

ううん、きっともう一箇所で暮らすことは出来ない。


永遠に、生に彷徨い続ける。




新しい生の始まり。
でも、その先は暗い。
あとがきは、続きにて。
コーエン
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