Coolier - 新生・東方創想話

薬師永琳の突然起こった不思議なお話

2006/05/24 10:09:31
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※この作品は結構長いです。飲み物、目薬、音楽を用意した上で『覚悟はいいか?俺はできている』と三回ほど呟いてからお読み下さい。




は~じまりは~♪い~つも~と~つぜんに~♪ byみすち~

ハイ、ではギャラを貰ってとっととお帰り下さい

え!?私出番これだけ!?

そうです

意味は!?

ありません














これはそんな風に起こった
突然の出来事のお話











─ ふろむ 永遠亭 ─



兎と月人が住まう場所、『永遠亭』その一室に一人の女性が居た。
長い銀髪を大きな三つ編みにし、赤と黒がセンター分けになっている服を着ている。
その頭には看護帽にしては趣味の悪い色をした看護帽。
ここまで言わずとも既に分かるであろう。ご存知我らが天才『八意 永琳』自称永遠の20代である。

「誰もそんな事自称してないわよ。」

それは失礼を。
ともかく、彼女は今依頼された薬剤の調合をしていた。
永琳の目の前には怪しげな色をした液体がビーカーに入れられ、ゴボ…ゴボ…と奇妙な音を出している。
そのビーカーが乗った机の上には、使用された薬草の切れ端の様なものが散乱していた。

「…これでよし、と。後はろ過するのを待つだけだし、少し休憩しますか。」

そう呟きながら両腕を後方にやり、思いっきり背を伸ばす。
それによって胸部が前方へと押し出され、二つの膨らみがこれでもかと自己主張をする。
誰かが居れば見とれるなり羨ましがるなり呪詛を吐くなりしただろうが、残念ながら誰も居ない。
永琳は立ち上がると、部屋に備え付けてある戸棚を開き、奥へと手を伸ばす。
暫くの間ゴソゴソとした後、永琳が取り出したのは皿に乗ったピンク色をした大福。俗に苺大福と呼ばれる代物だった。
薬剤を調合する部屋に食べ物を置いていいのか?と思うだろうが、本人曰く「天才ですから」で済ませてしまったらしい。

過去に香霖堂へと足を向けた時、永琳はこの食べ物と運命的な出会いをした。
一度食べたその味は思わず両手を上に上げて(同行していたウドンゲ曰く)凄い馬鹿面をして「ウマ!ウマ!」と叫ぶほどだった。
以来永琳の楽しみの一つに、この不思議な組み合わせの和菓子を食べる事が追加された。

「やっぱり疲れた時にはこれね~♪」

非常にご機嫌な笑顔をしながら苺大福を手に取る。
薄っすらとした小麦粉の細やかな手触りと、ふやふやとした特有の柔らかさが更に食欲をそそる。
大福はゆっくりと、永琳の手に導かれるままに動いていく。
悪戯な時間を費やすこともまどろっこしいと言わんがばかりに、ソレは永琳の口の中へと吸い込まれていく。
口の中に全て入り、モゴモゴと舌を蠢かす。
膨らんだ両頬を押さえ、永琳は思わず歓喜の声を上げる。

「おいひ~♪」

その笑顔は弛緩しきっており、どれだけ幸せかを雄弁に物語っている。
苺を舌でコロコロと弄びながら、大福をゆっくりと咀嚼していく。
やがて口の中に頬張っていた大福は無くなり、永琳の血肉となっていった。
皿の上にはまだ一つ、苺大福が悠然と君臨している。永琳に迷いは無かった。

「ふふふ、私に食べられるなんて光栄に思いなさい。」

苺大福に思考能力があるのかは知らないが、最後の一つを手に取り頬張る。
永琳は今、確実に幸せを感じていた。




しかし一人でこっそりと美味しいものを食べているとお約束と言う物は必ず起きるもので。

「永琳、ちょっと良いかしら?良いわね?邪魔するわよ。」

言うが早いか声の主は襖をスパーン!と勢い良く開け放つ。
突然の来訪者と、その大きな音に驚いた永琳は思わず苺大福をそのまま飲み込んでしまう。
運良く喉を通り抜けるなんて奇跡は全く起きず、そもそも苺なんて固形物が混入されているため。

「んぐっ!ぐぅうー!!!」

苺大福を喉に詰らせてしまいました。
慌てて胸を叩き始める永琳。
しかし良い感じに詰まったらしく、胸にある二つの果実がプルンプルンと揺れるだけに終わった。
勿論、そんな事情を知るはずも無く。
来訪者でありこの永遠亭の主でもある『蓬莱山 輝夜』は部屋に入り込み、襖を先程とは違い丁寧に閉める。

「あら永琳、そんなに胸をプルンプルンさせちゃって。それは私への挑戦状かしら?」
「ひげっ!みぐっ!みぐをぐががい!」
「悪いけど何を言っているのかさっぱりだわ。他人とはちゃんと意思の疎通をしなきゃだめでしょう?」
「ふんぐっ!んぐごごご!」

従者の思い通じず。
必死に胸を揺らしながら何かを訴える永琳の言葉は輝夜には全く通じなかった……と言うことは無く。
実際は永琳が不死の存在である事を知っている上で、彼女の様子を楽しんでいるようだ。
その証拠に、輝夜の口元はそれはもう大いに緩んでいた。非常に悪趣味である。
永琳の顔の色が赤から青、そして土気色になり始めてからようやく輝夜は動き始めた。

「つまり永琳は何か飲む物が欲しいわけね?」

輝夜がそう聞くと永琳が必死に首を縦に振る。
さて、そう聞いたのは良い物の輝夜は思案に暮れてしまった。
と言うのも、まるで狙ったかのように水差しは空っぽ。
勿論花瓶だとかそんな都合の良い物がある筈も無く、唯一目に付いたのはゴボゴボと怪しい音をたてる薬くらい。

「……ま、これでいいでしょ。ちょっと足りなさそうだけど他のも入れちゃえばいいしね。」

言うが早いか怪しいビーカーの中身に、近くにたまたまあった、これまた怪しい液体の中身を足して相応の量に増やす。
ただでさえ危なかった色合いは更に危険度を増し、飲めば昇天確実ですよと注意を訴えかけている。
勿論、二人にとってはそんな事はどうでも良かった。
と言うか輝夜は薬物の知識が無いからそんな事が分からないだけだったし。
永琳は死に直面するほどの苦しさで正常な判断が不可能なだけだった。


※良い子の皆も悪い子の皆も、無闇に薬品を混ぜると危険だから止めようね。お兄さんとの約束だ
 もし混ぜちゃったとしても、それを飲むなんて事は絶対に駄目だよ


「さ、たーんとお飲みなさい。」
「んぐ、んぐ。……プハッ。」

怪しい液体が全て永琳の口の中に吸い込まれていった。
急いで飲んだためか、鼻の下には油性マジックで書いたようなドス黒いヒゲが出来ている。
勿論、油性マジックなんて生易しい物では無い。

「ふぅ、危うくこんなつまらない事で死ぬ所でした。生き返りますが。」

元の顔色に戻り始めた永琳が頬に手をやり溜息を付く。
その仕草は普段であればとても似合った仕草だったのだろうが、残念ながら今は黒ヒゲが滑稽にしていた。

「時に姫。何かご用事だったのでは無いですか?」
「………。」

輝夜は何も答えない。
不思議に思った永琳が近寄る。輝夜が離れる。
近寄る、離れる。
近寄る、離れる。
ここでようやく輝夜の口から言葉が発せられた。

「え、永琳。」
「はい。何でしょうか。」
「何ていうかこう…こんなこと私も始めてだから…率直に言うわね?」



「貴女、口から煙出てるわよ?」


シュコーーーーー


「あら、本当ですね。気が付きませんでした。」


コハァァーーーー


「どうでもいいから。兎に角そのピンク色の吐息をどうにかして頂戴。」


クフゥーーーーー


「ピンク色の吐息って何かいやらしい響きですね。と言うか姫、何を私に飲ませたのですか。」


カヒューーーーー


「ん、そこに無造作に置かれた液体に色々棚とか机にあった液体を混ぜたものよ。」


フゥー、フゥー。クワッ


「それだけ混ぜれば煙も出ますよ……。」


永琳の口からはただひたすらにピンクの煙が吐き出されている。直結している鼻の穴からも言わずがもな。
こういう時の為に換気口くらいは部屋に備え付けてはあるのだが、
出てくる煙の量があまりにも多いためか、無意味なものになってしまっている。
辺りはどんどんピンクで染まっていった。

「ふふふ、ここで私が『えーりんえーりん(煙を)止めてよえーりん!』とするとでも!?」
「姫、何処に向かって仰っているのです?」
「気にしないで。蓬莱山輝夜はこんな時も全く慌てず、優雅に美しく去るわ。」

そう言うと自らの佇まいを直し、くるりと永琳に背を向けると悠々と厳かに襖を開け、外へと出て行った。
一連の行動は輝夜が紛れも無く『姫』である事を実感させられるほど優雅で……

「これを私一人でどうにかしろと…?」

そして体の良い逃げ方だった。襖の外から声が聞こえてくる。

「御免ね永琳。貴女の事は大切に思っているけど、それ以上に自分の身が愛おしいのよ。」
「それは何より。これでご婚姻の相手は決まったも同然ですね。」
「ええ。だから永琳、サヨウナラ。」
「そんな今生の別れみたいな言葉吐かないでください。と言うか開けてください。」
「いやよ、そんな怪しげな煙なんて浴びたくないですともええそりゃもう。」

会話を繰り広げている内に、部屋の中は完全に煙に包まれてしまった。






「うわーん、寝坊したー!師匠の講義に遅れちゃうー!」
今師匠の部屋目掛けて全力疾走している私は永遠亭に住む(永遠亭の中では)ごく一般的なウサギ。
強いて違うところをあげるとすればウサ耳がへにょってるってことかしら。
名前は『鈴仙・優曇華院・イナバ』。
そんな訳でそりゃもう死ぬ気で師匠の部屋目指して全力疾走している所なのです。
ふと部屋の前を見ると襖の前で我々の姫様が必死の形相で襖を閉じていた。

(何してるんだろう………ハッ。)

そう考えていると姫様は突然襖を閉ざしながら振り向いたのだ。

「 ネ タ そ こ ま で 」
「あの、どこに向かって喋っているんですか……?」
「あらイナバ。ちょっとね、あまり引っ張りすぎは良くないと警告してあげたのよ。」
「はぁ……。」

気の抜けた返事をするしか無い鈴仙。無理も無いだろう。

「そんな事より、師匠の部屋の襖を閉めてどうかしたんですか?」
「貴女にはこの有毒以外の何物にも見えない桃色ガスが見えないのかしら。」
「見えますが認めたくないです。」

襖は確かに閉ざされているが煙の絶対量が多すぎるらしく、隙間から完全に漏れている。
鈴仙が現実逃避に走ろうとしても仕方が無い。
はてさてどうした物かと二人して思案を続けること半刻、思い立った輝夜が言い放った。

「しょうがないわね、開けましょう。」
「正気ですか!?瘴気ですよ!?」
「換気もしないで長々とこの状況を続けてるよりはマシよ。」
「こんな瘴気を吸ったら姫様まで……。」
「確かに私もこんなもの吸いたくも浴びたくも無いわ。でもやらなくちゃならないのよ。」

そう言い放つと、鈴仙の制止の声を振り切り、輝夜は禁断の扉は開け放った。
中に駐留していた煙が行き場を見つけ、一気に外へと抜け出していく。
輝夜は襖の目の前に居たため、煙をモロに吸い込んでゴホゴホと只管に咳き込んでいた。
そして待つ事数分。
部屋の中の煙は大体外へと抜けて行き、何故か膝下に留まっている物だけになっていた。

「し、師匠ー。大丈夫ですかー…?」

その輝夜の姿を見て覚悟を決めた鈴仙が先頭に立ち、恐る恐る中へと入り込んでいく。特に毒性を持った

煙では無いようだ。

「師匠ー、返事をしてくださーい。」
「えいりーん、何処なのー。」

少しずつ、足元を確かめるように奥へと入っていく二人。


ぶにぃ


「ヒッ!?」

鈴仙が情けない叫び声をあげ、輝夜の頭へと飛びつき、しがみ付いた。

「な、何か居ますよぉっ!?」
「………イナバ、貴女の考えの中には『それが永琳である』という可能性は無いのかしら?」

輝夜は顔に張り付いた鈴仙を剥がそうとしながら呆れた声で言う。
何度も引っ張っている様だがどうやら恐慌状態に陥ったらしく、全く持って剥がれる様子が無い。
仕方なく輝夜は顔に鈴仙を張り付かせたまま鈴仙が踏みつけた当りを探ってみる。


ぷにっ


なるほど確かに何か居る。しかもそれなりに柔らかい。
とりあえず残った煙に邪魔されて見えないため適当な所を掴み、輝夜は何かを引っ張り上げてみた

「……………あー………?」

鈴仙を剥がしながらそれを見て、輝夜は思わず言葉を失う。
自分の手に持った物はどうやら何物かの腕だったらしい。
それは大人の腕と比べれば明らかに細く、そして小さく、まるで子供の腕の様な大きさであり
その体には不釣合いな大きな服を身に纏う……と言うよりは包まっており。
光に当てれば輝くような銀髪をし、頭にはこれもまた不釣合いな帽子を乗っけていた。
思わず輝夜は、まだ月に居た時、子供同士で呼び合っていた名前を呟く。

「え、えーちん?」
「んぅ………」

軽く気を失っていたのだろうか、閉じられていた目を空いている手で軽く擦る。
そして輝夜の方を見ると、ソレは小さな口を開いた。

「ひめ、どうかなされたのですか?」























場所は変わって輝夜の自室。
パソコンやケーブルや漫画本なんかが山積みになっている訳も無く、豪華な屏風に豪華な襖に全身鏡と。
まるで一昔前の貴族が住む館の一室の様な造りになっていた。
これは永琳が『姫たるもの相応の部屋を見繕わなければ』との事で作り上げた部屋である。天才とはかくも偉大なのだ。
その雅な部屋に、三人の女性が居る。
一人は言うまでも無く、部屋の主である蓬莱山輝夜。
一人は輝夜に言われて付いてきた鈴仙・U・イナバ。
そして最後の一人は輝夜が永琳の部屋で拾ってきた少女…というより幼女だ。

「これはかんぺきに体の年れいがわかがえってますねぇ」

幼女は全身鏡の前で様々な角度から自分の体を見つめている。

「何度も聞くようだけれども、貴女は本当に永琳なのね?」

輝夜は幼女に対して問いかける。幼女は輝夜の方を向くと笑顔で「ええ、そうですよ」と答えた。
それを聞いて鈴仙が輝夜に顔を近づけ、ほぼ零距離で声をかける。

(姫様、どうやら本当に師匠の様ですが………。)
(その様ね。そもそもあの状況で永琳以外の人物って言うのも無いと思うし。)
(でも何で小さくなってるんですか?確か蓬莱の薬を服用したら毒や薬が効かなくなるって聞きましたが。)
(私が思いつくのは『何かの生物の能力』か『何らかの呪いの類』ってとこかしらね。)

「ひめ、ウドンゲ。」

顔を近づかせていた二人は声を掛けられ、永琳の方を見る。
永琳は非常に険しい顔をしていた。

(そうよ、何で気付かなかったのかしら。原因不明のこの現象で一番苦しんでいるのは永琳だというのに。)
(そんな師匠を放っておいて二人で内緒話を始めるなんて…。)

自分達の浅慮に、素直に反省する二人。
それを見て永琳は、一言言い放った。

「やっぱりあたらしいふくはとくちゅうの方がいいかしらね?」

そのまま二人は畳にめり込んだ。





















永遠亭大広間。彼女達は基本的にこの場所で揃って食事を取っている。
何故そこに場面を写したかと言うと、食事の時間に相違ないからだ。本日はサンマの塩焼きである。
そして大勢のイナバ達が、騒いだりはしゃいだり摘み食いをしたりと各自様々な行動をしていた
襖が開き輝夜が現れる。イナバ達は一気に静まった。
輝夜が入り、後に続いて小さい永琳が入ってくる。途端に辺りが再び騒がしくなった。
最後に鈴仙が入り、襖を閉め、適当に空いている場所に座る。
それを見届け、小さい永琳が座り、最後に輝夜が座った。
輝夜が目を閉じ、両手を自分の目の前で合わせる。
イナバ達もそれを見て、目の前で手を合わせる。
少しの間完全な沈黙が流れる。輝夜は目を見開くと、思いっきり叫んだ

「満を持してガツガツ食べなさい!いただきますっ!」
『いただきますっ!!!』

その言葉と共に永遠亭の食事が開始された。
ちなみに輝夜の音頭はある種の儀式の様な物で、その内容は常に変わる。
本人曰く、同じ音頭は一回も取った事はないそうだ。音頭の内容は覚えられるのに何故イナバ達の名前は覚えられないのだろう。
鈴仙は素直にそう思った。てゐも何となく思った。
そして永琳は別のことを思っていた

(……茶碗も箸もこんなに大きかったかしら?)

ご飯がしっかりと入った茶碗を持ち上げようとする。片手で持てない。
仕方ないので茶碗を机に置いたままにし、箸を動かす。大きすぎて上手く動かない。
それを見ていたイナバが数人、鼻血を噴出して運び出されていった。


         あれって永琳様よね?   あの帽子を見る限りは……
     うっそー、かわいー                           撫でてみたいなぁ
 偽者じゃないの?                  でも姫様の隣に座ってるし
                あんな小さな手で大きな箸をっ!         萌えっ!
師匠、師匠は今、目視できないほど輝いてますよ!          ドサクサに紛れて変な事言わない


辺りからそんな声が止まる事無く聞こえてくる。
そして永琳の方では

「はい永琳。あーんして、あーん。」

輝夜が満面の笑みで箸を永琳に差し出していた。
そんな輝夜を完全に眼中から消して、ようやく僅かにほぐしたサンマを口に入れる。


「ほら永琳、遠慮する事無いのよ?お母さんだと思って甘えて………」

キャー、食べた食べたー                 永琳様、良く頑張りました!
               あーもうギューって抱きしめたい!       右に同じく!
      師匠!これが師匠の実力なんですね!?                  血迷うなヘニョリ


それぞれが思い思いの言葉を発している中、永琳は箸を置く。そして

バァンッ!

思いっきり机を叩く。そのそこそこ大きな音と永琳の行動に驚き、辺りが静寂に包まれる。
怒られる。その場に居た者全員が頭でそう思う。
永琳はゆっくりと口を開いた。

「何かあじがうすいと思ったらしょうゆをかけてなかったわ」

立ち上がり、手を伸ばして醤油を手に取る永琳。

てゐ、永琳を除いた全員が盛大に、そして一糸乱れずにサンマに頭を打ち付けた。

「…永琳様、もしかしなくてもわざとですか?」
「もちろんよ。あ、てゐ。子ウサギようのちっちゃなハシをもってきてくれるかしら。」
「分かりましたー。」

食事の時間は緩やかに流れていった。二人だけ。


















「師匠、入ります。」

鈴仙が襖を開ける。その中では永琳が天秤と奮闘していた。
薬サジを片手に、緊張した面持ちで天秤を睨みつけている永琳。

「師匠?」
「あ。」

鈴仙が声を掛けた瞬間、永琳の手から薬サジが零れ落ち天秤の皿の上に直撃する。
乗っていた皿は衝撃に耐える事なく、入っていた薬草と共に机の上へと転がっていった。

「………。」
「あの、師匠?」
「あらウドンゲ、ちょうどいいところに。すこし外にでてくるからせいやくをたのめるかしら。」
「はぁ、分かりました。」

そう言い残して永琳は鈴仙の横を通り過ぎ、外へと出て行く。
その顔は何処か寂しそうだった。

「師匠………。」




数分後




鈴仙が永琳の机に向かって薬の調合をしている。
その眼差しは赤く、そして真剣だった。
一通りの工程を終え、鈴仙が一息付いていると、襖が静かに開いた。

「ウドンゲ。」
「あ、師匠。あの、大丈夫ですか?」

襖の前に立ち尽くす永琳に、鈴仙が心配そうに声を掛ける。
永琳は何処か浮かない顔をしていた。

「そうね、とりあえずげんざいしんこうけいで大じょうぶじゃないわ。」
「きっと一晩寝れば治っちゃいますよ。ですから製薬は私に任せて師匠は……。」
「そうじゃないわ!」

永琳が唐突に叫ぶ。鈴仙は黙る事しかできなかった。
製薬もできず、食事にも支障が出るくらいの有様。
きっと自分には計り知れないほど苦しく、辛いのだろう。こうなってしまった原因すら分からないのだから。
私は考えもなしに、何て軽々しい事を言ってしまったのだ。希望の無い気休めほど無責任な事は無い。
鈴仙は永琳の言葉を聞き、自分の失言を反省する。

「すいません師匠。私の失げ「そんなことはどうでもいいのよ!」んでした…ってはい?」

てっきり自分の言葉に怒りを込めて叫んだんだと思っていた鈴仙は呆気に取られる。
それを見て自分が肝心な事を言い逃している事に気付いた永琳は強い口調で言った。

「つまりウドンゲ。からだのきのうが全ぶちっちゃくなっちゃったせいでかわやにまにあわ「師匠!堪えて下さい!何が何でも!」」

言葉を言い切る前に事態の重要さを理解した鈴仙は永琳を抱えると物凄い勢いで永遠亭の廊下を駆け抜ける。


速く、もっと速く。


鈴仙のその思いは白黒魔砲使いや冥界の庭師、果ては天狗の速さを超えた。
その様子を見ていたてゐは後にこう語る。

「いやー、あれはもう人とか妖怪とかそんなんじゃないね。強いて例えるなら光の矢?」

その時正に幻想郷最速となった鈴仙は、どうにか堤防が決壊する前に永琳を厠へと送り届ける事に成功した。
彼女は『八意 永琳』という存在を守りきったのである。


















そんなこんなで数日が経った。
永琳が子供になった日の食事の時もそうだったが、永遠亭には全くと言っていいくらい混乱はなかった。
気になった鈴仙が、何故永琳がいきなり子供になっても驚かないのかと聞くと、皆口をそろえて同じ事を言った。

「だって永琳様だったらいずれやっちゃうかなーって。」

この理由に鈴仙は妙に納得した。こっそり聞いていた永琳はちょぴりイジケてた
そんな永琳の傍には大抵鈴仙がついていた。
時には永琳の手となり、代わりに薬を調合し
時には永琳の足となり、飛んだり跳ねたり滑ったりした。



そんなある日の事だった



カタカタカタ

「あら?じしんかしら?」
「そうみたいですね。この波長だと直に収まると思いますが……。」
「おさまらないじしんがあったらお目にかかりたいわね。」

永琳と鈴仙が薬品棚の整理をしていると、幻想郷に地震が起こった。
揺れはまだ大きくも無く、緩やかに揺れる程度だった

グラグラグラ

揺れは少しずつ大きくなっていく。薬品棚の中の薬がぶつかり合い、カチャカチャと音を鳴らしていた。

「あまり大きくはならないとおもうけど、いちおうここから出ておきましょうか」
「そうですね、用心に超したことはありませんし。」

鈴仙が薬品棚の戸を閉めようとした瞬間だった。

ガゴン!

非常に大きな揺れが薬品棚を襲う。その大きな揺れは長くは続かなかったが、揺れている薬品を一つでも落とすには十分だった。
それに気付いた鈴仙が反射的に落ちた薬品に手を伸ばす。だが、それが悪かった。
薬品は掴もうとした鈴仙の手の上で一度、上に跳ねる。
下から掬う様に、そして手首を動かして取ろうとしたためだ。
そのまま薬品は再び鈴仙の手にぶつかり、下へと落ちて行く。
その際、二度に渡る衝撃のためか。はたまた蓋をしっかりと閉めていなかったためか、薬品の蓋が外れてしまう。
再び自由落下を始めた薬品はそれ以上軌道を変える事もなく、傍にいた永琳に向かっていった。
顔を守るために腕を顔を覆うように出す。
薬品は永琳の腕に当たり、内容物を撒き散らす。

「くぅっ!」

永琳の顔に苦悶の表情が浮かぶ。素早く腕を振り、残った内容物や入れ物が自身に被らないよう飛ばす。
薬品は内容物を飛ばしながら壁に当たり、そのまま畳へと落ちていった。

「師匠!!」
「うろたえない!外へひなんすることをさいゆうせん!」

狼狽する鈴仙に一喝をする。
頭が混乱しているため、鈴仙はその言葉を忠実に実行する事しかできなかった。
永琳を脇に抱え、襖を破って外へと避難する。
外に出て部屋の方向を振り返った時、中からガラスの割れるような音が響く。
おそらく薬品棚が倒れ、薬品が全て割れたのだろう。

もし少しでも避難が遅れていれば。

安全を確保し、正常な思考を取り戻した鈴仙に汗がドッと流れ出る。
柔な体ではないと思ってはいるが、行き着く先は結局女性の体なのだ。潰されれば一溜りもあるまい。

「ききいっぱつ。ってところかしらね。良くうごいたわ、ウドンゲ。」
「師匠が指示してくれたお陰です。私だけだったらあのまま立ち竦んでましたよ。」
「あなたは不そくのじたいによわいわ、もうちょっとあわてず、れいせいにじょうきょうはんだんなさい。」
「す、すいません……。ところで腕は。」

鈴仙に言われて永琳は自分の腕を見る。
落ちてきた薬品が悪かったらしく、腕は酷く爛れ、目も当てられない事になっていた。

「けっこうひどくやられたわね…。ま、ほうっておけばすぐにふっかつするでしょう。」
「え、手当てしないんですか?」
「まぁしばらくはつったようなかんじはするでしょうけど、見た目いがいは問だいないわ。」
「いえ駄目です。いくら師匠でもほったらかしにするのは嫌です。」
「………ふぅん」

永琳が何かに気付いた様に笑う。

「ウドンゲがじつはこういう生々しいのがにがてだったなんてねぇ」
「!!」

永琳の言葉に反応して萎えた耳がピンと立つ。
非常に分かりやすい反応だった。


怪我したイナバが居ないか永遠亭全体を周っていたてゐが目にしたものは、
自分の腕を「ほれほれ」とか言いながら鈴仙に押し付けている永琳と
「勘弁してください師匠マジ勘弁してください」と半泣きになっている鈴仙の姿だった。



















地震が起り、幻想郷全体がそれなりの混乱から回復して更に数十日。
相応の被害を受けていた永遠亭も今ではすっかり直っていた。
廊下ではイナバ達のはしゃぐ声が聞こえていた。

「永琳様、ちょっとよろしいですか?見ていただきたい物が…。」
「あら、一体何かしらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

ズテーン

永琳の声が何故か廊下に出来た穴の底へと消えていった。

「ゲッチュ!」
「良くやったわ!でもまだ誘導が甘いわね。要、修行。」

子兎に高説を説くてゐ。勿論そんな事を黙ってみている存在なんて居ないわけであり。

「てゐー!子供に何させてるの、そして師匠に何やってるの!」
「ここからが正念場!怪人ウドンゲインから無事に逃げるのよ!」
「わー、逃げろー」
「待ちなさーい!!」

逃げ始めたてゐと子兎を追いかけ始める鈴仙。すでに永琳の事は頭に無かった。
落とし穴から永琳が必死に這いずりだす。上半身だけが出た所に、人影が覆いかぶさった。

「中々いい格好をしているわね永琳。手を貸しましょうか?」
「子ウサギたちのイタズラにもこまったものですよ。あ、自力ででられるのでだいじょうぶです。」

よっこいしょ。などという声と共に永琳は落とし穴から完全に這い上がる。
所々に付いた土を軽く掃うと、輝夜と永琳は縁側へと座り込んだ。

「随分とその姿にも慣れたんじゃないの?」
「なれなければ色々とたいへんですから。やむをえないのですよ。」
「そう、それなら仕方ないわよね。」

ゆっくりとした時間が流れ始める。
鈴仙達の追いかけっこも遠くへ行ったのか、音はほとんど無くなっていた。
風が一つ、吹き抜ける。二人の髪がふわりと揺れた。

「永琳、腕を見せて貰えるかしら。勿論怪我をしている方の腕をね。」
「やはりひめにかくしごとは出来ませんか。」
「当たり前よ。どれだけ永い間、貴女の主をしていると思っているの?」

永琳が腕を捲り、包帯を完全に取り払う。
その下にあったのは地震の時となんら変わりないままの爛れた腕。

「蓬莱の薬による自己再生は私が良く知っているわ。その私から見て、今まだ傷跡として残っているその腕は異常よ。」
「おそらく……いえ、ほぼかくじつに。ほうらいのくすりのこうかを何かにころされていますね。」
「イナバ達に感づかれないようにするのも大変でしょう。」
「べつに気付かれてもよいのですが、ウドンゲやてゐによけいなふたんをかけたくないのですよ。」
「そう………。」

それ以上、輝夜は何も言わなかった。
永琳もまた、何も言わなかった。
再び風が吹き、二人の髪を揺らして行った。

















そしてそれは翌日起こった



















「うわーん、寝坊したー!師匠の講義に遅れちゃうー!」

最近にも同じ様な事があったなー。とか思いながら鈴仙は走る。
角を曲がり、そのまま永琳の部屋の前でブレーキをかけ………そのまま20メートルほど滑って行った。
やっと止まった鈴仙が部屋の前まで戻り、気を取り直して襖を開け放った。

「すいません師匠、寝坊しました!」

すっかりと元に戻った部屋の中に、鈴仙は入り込んでいく。
等の永琳は自分の両腕を枕の代わりにし、机に突っ伏すようにしていた。
師匠も寝坊したのかな。と内心ホッとしながら、鈴仙は永琳を起こすために近寄る。

「師匠、起きて下さい。講義の時間ですよー。」

永琳の体を揺さぶりながら声を掛ける鈴仙。しかし永琳が気付く様子は無い。
次第に揺らす速度は速くなっていき、掛ける声も大きくなっていく。

「師匠、起きて下さい。ししょう、しっしょーーーーーう!はぁ、はぁ。」

高速でブレて見えるほど揺すっていた鈴仙も流石に疲れたのか、永琳の体を離して一息つく。



鈴仙の手から解放された永琳は支えを失い


ドサリ


「え…?師匠?」


畳の上へと倒れこんだ。


その顔に血の気は通っておらず


「し、師匠!どうしたんですか!?しっかりしてください!!」


そして苦悶の表情を浮かべていた。






















「永琳の容態は!?」

襖を勢い良く開け放ち、輝夜が永琳の部屋へと入ってくる。
目に入ったのは、布団で静かに眠っている永琳。
そしてその横で永琳の様子を不安げに見ている鈴仙とてゐだった。

「あ、姫様。何と言うか見ての通りです。」
「脈は微弱、呼吸にも多少の乱れがあります。過労とは違う様ですが…。」
「能書きはどうでも良いわ。ハイかイイエか、二つに一つよ。」
「………駄目です。何をしても意識が戻りません。」

そう言って鈴仙は目を伏せる。
その後ろには起こすのに使われたであろう大小様々な道具が置かれていた。

「せめて原因さえ解れば……。」

輝夜が歯噛みする。輝夜は普段からそれなりの余裕を持って生きている。
その輝夜が歯噛みするという事は即ち、どれだけ切羽詰っているかを物語っていた。

「私達なりに原因を探ってはみたんですが……。」

言葉が途切れるという事は成果は上がらなかったということだ。
輝夜は思わず頭を抱えた。


こんな時永琳なら……。


そんな考えが頭を横切る。それは永遠亭に対する永琳の影響の大きさを表していた。
なす術も無く、永琳を見つめる事しかできない三人。



すると突如

「輝夜ーっ!出て来ーい!」

外から輝夜を呼ぶ声が聞こえてくる。

「あの声は……。ちょっと行って来るわ、永琳をお願いね。」

塞ぎ込んでいる二人に声を掛け、輝夜は部屋から出て行った。





二人は永遠亭の門の前で相対した。

「来たわね輝夜。」
「そりゃここは私の住処だもの。居て当たり前でしょう?」
「微妙に会話が食い違ってるから。ともかく、今日はアンタの連勝記録にドロを被せてあげるわ。」
「相変わらず意気込みだけは良いわね。」

二人の間にビリビリとした空間が出来あがる。妹紅の闘争意識はドンドン高まっていった。
妹紅がスペルカードを手にし、完全な臨戦態勢に入る。
それに対して輝夜は自然体。四肢の力を適度に抜ききっており、それがまた不自然でもある。
その態度が妹紅の癇に障る。

「っざけるなぁっ!!」

大地を蹴り、拳を握り締め輝夜に殴りかかる妹紅。

ガッ!

その拳は容赦無く輝夜の頭部を捉えた。
妹紅は更に力を込め、幾度と無く輝夜を殴りつける。
その拳を避ける事無く、輝夜は成すがままに受け続けた。

バキッ!

強烈な一撃を受け輝夜はよろめき、永遠亭の門柱にもたれる様に下がった。
妹紅はそんな輝夜に近づき、両手で首を締め上げる。

「どうした輝夜!何で反撃してこない!」

ギリギリと力を込め続ける。
輝夜は妹紅を見つめ、薄く笑いながら苦しげな声で答える。

「ふふ…参ったわ…今日は…妹紅の…勝ち…ね……。」
「っっ!!」

妹紅はそのまま首を持って輝夜を地面に引き倒し、その頭を踏みつけた。

「嘗めるな。私がこんな勝利を望むと思っているの?拳を握れ!弾幕を張れ!スペルを宣誓しろ!
 早く!早く!!早く!!!早く!!!!」

叫びながら何度も何度も輝夜の頭を踏みつける。
だがそうまでされても、輝夜は抵抗する事は無かった。

「今日は私の負け……。だから今日はもう退いてもらえないかしら……?」

長年の殺し合った仲とでも言うのだろうか。妹紅は完全に輝夜に戦意が無い事を理解した。
しかし、だからこそ余計に腹が立つ。どうにかして戦意を持たせる事はできないだろうか。
少しの間思案し、妹紅は一計を思いつく。
輝夜の頭から足を退け、輝夜の目の前にしゃがみ込んだ。

「アンタがそこまで言うなら、今日の所は引き取ってもいいよ。」
「そう…。それならさっさと」
「但し、但しね、もう一つだけ条件を付けさせてもらうわ。」
「……何?」

輝夜が訝しげな顔をする。それを見て妹紅はニヤリと笑った。

「アンタの髪…そうね、大体半分くらいで良いわ。退く代償として貰おうか。」
「なっ……!」

そう言いながら何処からとも無く取り出した短刀を、輝夜の目の前に刺す。
女の髪と言うのは古今東西、女の命と呼ばれるほどに言われている。
それを差し出せと言えば輝夜と言えども拒否をし、戦意を出すだろう。妹紅はそう考えていた。


だが、輝夜の言葉は妹紅の予想と違っていた。

「…分かったわ。それで貴女が退くのなら。」

そう言うと輝夜は目の前の短刀を手に取り、背中の辺りで自分の髪を束ねる。
そのまま髪に短刀を当て、躊躇いも無く切り離した。

「さ、持っていきなさい」

自らの髪を妹紅に差し出す。妹紅はそれを受け取った。

「………まさか本当に切るなんて思わなかったわ。永遠亭に何があったの。」
「貴女には関係無いわ…と言いたい所だけど、言わなかったらまた攻撃する気でしょう?」
「そりゃね。ここまでされると気になって仕方ないよ。」

輝夜は一拍置くと、事の成り行きを妹紅に説明した。

「…成る程、アンタの従者がねぇ。」
「そういう訳だから、治るまで永琳に付いていてあげたいのよ。」
「ま、気持ちは分からなくは無いかな。全く、言えば考慮してあげたってのに。」
「……貴女一度スイッチ入ったら中々止まらないでしょう?」
「…ちょっと様子を見ても良い?」
「誤魔化さないの。それに、駄目って言っても乗り込んで来るでしょう?力押しで。」
「ま、ね。とりあえずアンタとしては私が退かなくても勝負しなけりゃいいんでしょ?」
「大人しくしてればね。」
「それじゃ決まり。」

そして、二人は永遠亭の門をくぐっていった。




















「成る程、確かに聞いたとおりの状態だね。」
「姫、入れてしまって良いのですか?」
「良いのよ。何だかんだで永琳と同じくらいには信用はできるから。」

輝夜の髪が短い事を指摘し、その経緯を聞いた鈴仙は不満そうにしている。
何だかんだで輝夜が「別にいいのよ。」と言ってしまえばそれで済む話なのだ。
妹紅は興味半分で頬っぺたを突いたりしているが、誰も止めない。皆揃ってその気持ちは良く分かるからだ。
その様子を見ていると、てゐがふとある事に気が付いた。

「思ったんだけどさ、妹紅のスペルカードのパレストバイ…」
「パゼストバイフェニックスの事?」
「そうそれ。あれって確か相手の体に取り憑いたりするよね。」
「まぁ相手の肉体に干渉するって点ではそんな感じかな。」
「それ使ってさ、永琳様の体に取り憑いて何が原因か調べられないかな?」









「「「それだーーーー!!!」」」








鈴仙、輝夜、妹紅が揃って叫んだ。
辺りは急激に慌しくなった。

「妹紅さん!早く、一刻も早くスペルを!」
「ちょ、ちょっと待って。アレ何処にしまったかな……。あ、あった。いくよ!」

─ 藤原「滅罪寺院傷」 ─

「あ、違った。」
「ちょ、妹紅、落ち着いてスペル宣誓しなさいよ!」
「姫~、私には見切れません~。」
「しっかりなさいへにょりイナバ!使い魔に重なるのよ!」
「もういっそパゼストまでメドレーでやっちゃう?」
「やるかぁっ!」




「それじゃあ気を取り直して…。」

─ 「パゼストバイフェニックス」 ─

宣誓すると共に妹紅の体が焔と変わり、永琳体を包み込んでいく。
程なくして焔は収まり、同時に永琳が起き上がった。

「んー、あー、テステス。こちらもこう、えいりんの体にせんにゅうした。どうぞ。」
「何か違和感とか感じる?」

鈴仙がカルテの様な物を手に持ちながら聞く。

「いや、とくにはないよ。体はけんこうそのものだね。ただ…。」
「ただ?」
「ちょうどおなかの中心。胃のあたりかな、何かへんなかんじが…。」

そこまで言って再び永琳の体が布団に横たわった。
そして再び焔が現れ、妹紅の姿を形作った。

「胃の辺りで何かがねぇ……。他に何か解りませんでしたか?」

鈴仙の問いに対し、妹紅は首を横に振った。
それを聞くと鈴仙は自らの耳を永琳のお腹にピタリと当てた。
何をしているのか輝夜が聞こうとすると、鈴仙は手で抑止する。
その態度に輝夜がいぶかしげに思っていると、てゐがフォローを入れた。

「姫様。今鈴仙は永琳様の波長を読み取ってるんですよ。声を掛けるとその波長が乱れるんです、ですから。」

てゐの言葉に納得し、輝夜はジッと見守る事にした。
暫くして、耳を当てていた鈴仙が体を起こした。

「確かに妹紅さんの言うとおり、師匠とは違う別の波長が微かに聞こえてきました。」
「ということは……。」
「はい、師匠は何かの生命体に寄生されている可能性が強いです。」
「…それにしては解せないわね。それなら同じ場所で生活をしている私にも寄生してもいいと思うのだけれど。」
「そうなんですよ。180度違う食生活をしているであろう妹紅さんもそんな症状は無いみたいですし。」
「何か私の事馬鹿にしてない?」
「いいえ、そんなことありませんよ。」

三人はああでもない、こうでもないと議論を交わし始める。
それに参加せず、てゐはジッと永琳の顔を見つめている。
ふと、ある一つの事柄に思い当たった。

「あの、姫様。確か永琳様は怪しい薬を飲んだらこうなったんですよね?」
「ええ。目の前で見ていたから間違いないわ。」
「ねぇねぇ鈴仙。確か永琳様の薬って全部色が付いてたよね?」
「え、うん。子兎達が間違って何か飲んでも、色さえ聞けば対処しやすくなるからって。」
「それならさ解毒剤を作ればいいんじゃないかな?怪しい薬の効果で寄生生物になったなら効果ありそうだし。」
「師匠でも薬の成分が解らなかったのに、私が作れる訳無いでしょ。」
「そうよ。私も永琳に飲ませた薬の色なんて覚えてないわよ?」





「いや、鈴仙が作るんじゃなくて










妹紅が作るの。」












「え?私?」












「「ちょっと待ったぁー!!」」

輝夜と鈴仙が同時に声を張り上げる。無理も無いだろう。
月の誇る天才永琳ですら今だに作り上げていなかった薬を、そんな専門的な知識も持っていない妹紅が作

ると言うのだ。
驚いている二人を尻目にビーカーを妹紅に渡し、てゐは着々と準備を進めていった。

「はい、これにそこら辺にある薬品を適当な量だけ適当に入れればいいから。」
「え?え?ちょっと、そんなんでいいの?」
「いーのいーの。はい、頑張って!」

言われるがままに薬を混ぜ始める妹紅。それを応援するてゐ。
勿論それを黙って見ている訳にいかない輝夜と鈴仙は止めさせようとする。

「ちょっとイナバ!どう考えてもこの喧嘩が強い上におっとこまえーな妹紅が作れる訳ないでしょ!?」
「妹紅さんも言われるままに作らないで下さい!」

その二人を見ててゐは深い溜息を付きながら言った。




「あのさ、お二人とも私の能力を忘れてない?」
































「うわーん、寝坊したー!師匠の講義に遅れちゃうー!」
今師匠の部屋目掛けて全力疾走している私は永遠亭に住む(永遠亭の中では)ごく一般的なウサギ。
強いて違うところをあげるとすればウサ耳がへにょってるってことかしら。
名前は『鈴仙・優曇華院・イナバ』。
そんな訳でそりゃもう死ぬ気で師匠の部屋目指して全力疾走している所なので………あれ?なんだかデジャヴが。
襖を開けるとそこには永琳が座っていた………小さいまま。

「おそいわよウドンゲ。早くしたくなさい。」





あの後、妹紅が適当に作った薬は奇跡的に成功した。
途中、劇薬を入れたり出来上がった薬が発光していたりと傍目からは散々に見えただろう。
飲ませた結果、永琳はようやく意識を取り戻した。
最後まで納得行かなかった輝夜と鈴仙がてゐに問いただした所、以下の様な言葉を頂いた。

「詐欺師詐欺師って私の事言ってるけどさ、別に人を騙すのが能力じゃないんだけれどね。」

そう。てゐの能力は詐欺師だとか他人を騙す程度だとかそのような能力ではない。

『人間を幸運にする程度の能力』である。

もうお気づきだろう、てゐは妹紅を幸運にしたのである。
とは言っても、ある程度ならともかく素人がいきなり大成功するような幸運など無い。
ではそれほどの幸運をどうやって妹紅に与えたのか?
足りない分は何処かから補わなければならない。どうやってその足りない分を補うか。
その問題をてゐは『前借り』と言う形で補う事にした。

「まぁこの先一ヶ月はロクな事起きないだろうねぇー。くふふふふ。」

そんな笑い方をするてゐは正しく詐欺師だったとその場に居た兎は語る。






「何はともあれ、治る見込みが出てきて良かったじゃないですか。蓬莱の薬の効力も戻って来てるみたいですし。」
「まぁ、ね。」
「どうしたんですか?あまり嬉しそうじゃないですけれど。」
「いえ、いくらのうりょくをつかったとはいえしろうとにここまでの薬を作られるとね……。」

地味にショックだったようだ。

「私としてはそんな些細な事は忘れて、早く元の体に戻って欲しいわね。」
「あ、姫様。」
「どうなされたのですか、ひめ。」

開けっ放しだった襖から輝夜が現れる。
その周りには子兎が何匹もはしゃいで居た。どうやら子守をしているらしい。
髪はまだ短いままだった。

「ちょっと髪を切っただけでほとんどのイナバが私だって気付かないのよ。挙句の果てに『あれ、新入り?丁度いいわ、この子達お願い』
なんて言われる始末だし。普段イナバ達が何処を見ているかよーーく解ったわ。」
「まぁパッと見だと全く別人ですから仕方ありませんよ。」
「ぼせいがあふれ出ていてとてもすてきですよ。」
「ま、永琳達がそう言うなら我慢しておく事にするわ。」

暫し他愛の無い話をしていたが、退屈した子兎達に引っ張られて輝夜は何処かへと行ってしまった。
その光景をみて二人は顔を見合わせ苦笑する。
輝夜が居なくなった永遠亭の廊下はのどかで、静かだった。

「それじゃあ今日のこうぎをはじめましょうか。」
「はい、師匠!」

春も終わりかけた暖かい日差しの中、永遠亭はいつもと変わらなかった。


















永琳の体が元の大人の体に戻るのと
輝夜の髪が元の長さに伸びるのと
妹紅の運が元の周期に戻るのと

この三つの事柄が同時に起こったのはまた別のお話………。

































「ところで師匠。結局何に寄生されてたんですか?」
「んー、多分いちごじゃないかしら。ほかに心あたりもないし。」
「苺……はっ!まさか師匠っ!!」
「どうしたのかしら?ウドンゲ。」
「どうしたのかしら?じゃないですよ!また私の分までおやつ食べちゃったんですね!?」
「たしかに私がたべたわ。でもしょうこがないじゃない。」
「思いっきり自供してるじゃないですかぁー。うぅ、楽しみにしてたのにー……。」
「ふふふ、そう言うと思ってね。ちゃんとよういしてあるわよ。」
「ま、まさかそれは!玉華堂の苺大福!?」
「ほかの子たちにはないしょよ。わかったわね?」
「はーい。いただきまーす。」










これが原因で血で血を洗う苺大福争奪戦が勃発したのもまた、別のお話……。



創想話に  侵食してもいいじゃない  にんげんだもの
                              アティラリ


えーちん分が足りないと思ったんだ
アティラリ
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コメント



0.2010簡易評価
17.80黒うさぎ削除
ちっちゃい永琳(・∀・)イイ!!
23.80はむすた削除
小さくなってもお茶目で包容力があるのが僕らのえーりんだ!
31.70サブ削除
えっと『えーりんは少女だって言ってるだろダラズ!』ってことでいいのかな?
37.80煌庫削除
中々素晴らしいえーちんですな。
38.100MIM.E削除
イチゴオチに有り得ないほど不意をつかれた。
永琳も永遠亭の皆さんも最高ですね。
でも師匠は十代ですよ?