Coolier - 新生・東方創想話

東方耳袋譚下段

2006/05/21 13:26:08
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回廊は数本の廊下と合流し迷いかねない。
引き返したとしても元の廊下に戻れるとは限らないだろう。
道標の連なった散乱物は途切れ、導く影だけが妖夢を迷わせない。若しやすると此の迷宮へ更に迷わせているかもしれない。
段々と建物の密度が高まって来る。屋根と横へ迫る壁の所為で見えないが群れの中心となる、建物に近づいている。
既に方向感覚は失われ何処へ向いても同じ廊下しか見えない。
盲目的に人影を信じ後を追う。聲は彼の影が発しているのだろうか。影には口がない。
漸く回廊の終わりが見え始める。硝子の嵌った両開きの扉が回廊を途切れさせた。
数色の硝子が嵌め込まれ模様を作る扉は偏って建物の周囲を回る回廊と唯一繋がっている。
建物と廊下で文字を描いている様にも考えられる密集群は上から見ると如何な模様が見えることか。
歩いているだけでは巨大な消化器官を思わせる。
扉の前で影は消える。
妖夢は再び警戒の色を濃くし、扉へ近づく。
磨り硝子の反対側で何かが動くのが見える。
無意識に柄を握り直し身を低くすると扉を撥ね開け、視界が定まる前に刀を振り上げる。
其処は円形をした四階分の高さの吹き抜けであった。
中央には長椅子が低い卓を囲んで此の建物の模型の様に置かれている。
無人であるのは予期していたが、追っていた聲も影も居ない。
三方を見、探すが気配すら無い。
吹き抜けの壁には螺旋状に階段が這い、巨大な蛇が壺に収まっている様に見える。
何故此処へ呼ばせたか真意が読めない。
中央へ歩み寄り視線を一巡させる。其の壁を透かし周囲に群がる建物を見渡す。
存在の意義が理解出来ない構造をしていた。改めて考えると矛盾が生じるかもしれない。
屋敷は何を隠喩するのか。
長椅子の一つに座り、妖夢は放心した。
此処まで自分に憑いていた何かが抜けると妖夢は呆然と闇を見つめるしかない。
闇が見つめ返す。
其れは鏡の様に妖夢の目を写し、顔を写し、姿を写し出す。
二人となった妖夢は互いを見詰める。
動きのない世界は額に嵌り絵となる。
額は瞼である。
闇が瞼を作り出し、二つの左右対称の絵を閉じ込める。
其の瞼は永遠に動きを吸い込む。
絵が嵌り瞬きが出来なくなると瞼は苦しみだす。
絵を弾き飛ばし額を歪めて瞳に湿りを与える。
永遠が弾かれた。
絵の色彩が動転する。
止まった時の車が回転を取り戻す。
元に戻ろうと回転を早め、摩擦で変形する。
回転は変形に耐えられずに砕け散る
一人の妖夢が走り出す。
階段へ走り、上階へ上る。
もう一人が動き出すと床が波打つ。
壁を破壊し椅子を沈め、荒れうる嵐となる。
一人が走り一人が追う。
天井が崩れ、階段が天空の闇まで続く。
後を追う妖夢は再び意思が遠のく。









動揺が動悸を乱し、精神の崩壊を促した。
視界は蝶のみを捉え無駄な世界は見えなくなった。
過ぎた世界は消滅し始めた。早足で蝶の後を付ける井原は孤独の不安を壊れんばかりに抱く。
消滅した世界に取り残されると虚空しか感じない。
万物が消え新たに虚空が支配する世界。
蝶の居る前方から世界は崩れ始めた。虚空と云う生き物が井原を飲み込まんとす。
畏れで背後を振り返れなかった。
孤独は狂人を生み出した。自らの秩序は他人へ受け入れられない、比べる他人が居なければ其れは分からない。だから狂人は狂った事に気付かない。
井原は狂う事を拒んだ。
秩序を乱さぬ為、士官を殺す。自己防衛をする思考はそう告げた。
銃を硬く握り閉めた。躰が強張った。
速度を増す蝶を必死に追った。
障子が壁に変わり、庭が途切れ其の上へ建物の一部を乗せる。両側に迫る壁は通り抜ける者を圧迫した。
終に世界の終焉が見えた。蝶すら最早消滅した。虚空の中で井原は出口を求め走った。
光は失われたが、失った光は再び誕生する。
壁に限りが見えた。脚は疲労の末、動く感覚を失う。肺は呼吸を欲せず。傷は復元を阻む。
痛覚が消え井原は解放された。
自己を守る為の殺人衝動が起こった。
途切れ目の四角い枠を抜けると少女と士官は居た。
蝶は少女の背後へ飛び抜けて行った。
士官が刀を井原へ向け突き出した。
其れを抵抗と見なし、銃を翳す。
崩壊を待つ井原の躰は制止が効かなかった。床板が途切れる寸前に銃を放つ。

“ふゝゝゝゝゝ”

目的を成した井原が嗤った。
的を得た銃弾は速力を落とすより速く士官を貫く。
士官を突き抜ける銃弾は弾頭を潰し速力を保った。士官の背の中央から楕円状に延びた板が落ちる。
然し、速力を失わせた影響は士官の影を揺らせるだけだった。
異常の為思考が回らない、行程を失った井原が混乱する。脚が縺れ前のめりに士官へ倒れ込んだ。
士官は石像の様に全く動じない。井原は突き立てられた刀へ自らの身を深々と刺してしまった。
腹から胸へ貫いた刀は大量の血液を押し出す穴を作り出す。
気管へ血が這入る。血が息を詰まらせた。
身を捩り刀を抜こうとするが串刺しになっており横へも下へも動けない。
少女が横目で悶える井原を見た。
もう嗤ってはいない。目を見開き井原の死に様を見ようとした。
少女の望んだ死か、士官の望んだ死か、其れとも井原自身の望んだ死か。
其の問いを士官の殺害で解く。
辛うじて掴んでいた銃を士官の胸へ押し付け引き金を引いた。
爆音と共に全てが銃弾に掴まり飛び去った。
消え行く世界の中で井原は視線を上げた。
只、士官は天を見上げていたゞけであった。











妖夢は先を行くもう一人の妖夢を上目で追い乍ら階段へ走り寄る。
階段へ行き着くと段が無いの気付く。
全ての段上には黒い袋が立ちはだかった。
妖夢は刀を低く構え階段を突き上がる。
水と薄い膜の壁を突き破り、全身に液体を浴びる。
大量の液体は流れを滝とし、階段を潰す。
息つく間も置かず、もう一人へ追い付く。
其れでもゝう一人は止まらない。
妖夢は自己の残像を破壊する。
肩口へ深く、刀を食い込ませる。
液体の袋とは違い抵抗が大きい。
もう一人は失速し階段の手摺りへ寄り掛かる。
其の侭身を反転させ頭を下へ向け、落ちて行く。
手摺りへ寄り妖夢は其れを見る。

“来い”

落下する妖夢はもう一人を呼ぶ。
段上の妖夢は其れに惹かれ手摺りへ上半身を乗り上げさせる。
手摺りを越え、落下する。
波打つ床は消滅し、二つの影は闇の中へ何処までも落下する。
永遠に。
永遠として。
然し。
永遠は妖夢を解き放つ。
闇から現れた半霊が妖夢を掬い上げ、天へ向かわす。
もう一人が永遠へ落ちて行く。
突き上げた衝撃で意識が抜ける。
次の間には血溜り中で妖夢は覚醒していた。
妖夢自身も血を浴び、仰向けに倒れている。
傍らで見下げる老人が居た。
老人が歩み寄り、言葉を放つ。

“亦、斬ったな”

妖夢は答えない。
太刀を地へ突き立て、立ち上がり其の場を去る。
頭上を浮遊していた半霊が後を追う。
老人は微動だにしない。
妖夢は腕を伸ばし背負った鞘へ太刀を収める。










井原は腕を伸ばし士官の顔を掴んだ。
渾身の力で仰向く顔を引き下げた。
首が垂れ、双方の視線が相互に射た。
其の顔は井原自身だった。
井原は井原によって殺された。
其の顔も消滅す。
井原の目だけが世界に残った。
四肢を動かせず、聞く事も出来ず、叫びすら上がらない。
其の内に視る目も無くなった。井原は存在を消す。
少女は滑稽な様に満足した。
嗤う愉快さでは無く詰め物の様に充足感を起こす滑稽に満足した。
井原は冥界へ呼ばれたのだ。
死に誘われ自ずにより自らを死へ導いた。
井原の世界は崩れ、虚無が生まれた。
万物は井原を機軸とし、其の世界だけで営みを続ける。
狂気の士官は只の狂いだった。
彼の場所で井原が狂い出す。
尋問へ赴いた井原は其処で幻覚を見る。
同行した軍醫の殺害を皮切りに同僚を殺し、傷病兵を殺し、無抵抗の人々を襲った。
手近の人間を一人残らず殺し終えた井原は再び、正気に戻った。
最後には怯える士官を斬殺した。
井原は奇妙な姿勢で自刃しているのを応援の憲兵隊に発見された。
憲兵司令官は之だけ死者を出した為、世間への発表を踏み切った。
然し、一連の事件を狂人の士官一人の蛮行として彼る程度名誉を守った。
被害者は皆。
だが井原だけは今尚、西行妖の周りを徘徊している。
知る筈もない士官が知っていた桜の老樹の周りを嗤いながら漂う。

“ふゝゝゝゝゝゝ”

狂気の嗤いを上げ、現世を儚む。
井原には秩序は必要なかった。
妖夢は風呂場へ這入る。
血を落とす為手拭に石鹸を取ろうとした。
然し石鹸は酷く禿ていた。
仕方なくそれで汚れを流し湯を被り、忘れぬ内に曇った鏡へ〝石けん〟と指でなぞり妖夢は湯船へ身を沈める。



と云う夢を私は見た。

東方耳袋譚下段了。
後半ニ限ラズ文章ノ意味ガ通ジ辛ヒトノ指摘ガアルト予測シマスガ、自分ハ之デ完全ナル文章デアルト思ツテオリマス。
文章ヲ崩シテオリマス故、余程デハ無ヒ限リ筋ハ通ジナヒデシヤウガ、私ノ此ノ作品ヘノ熱意ダト思ツテクダサヒ。
亦、隠喩ガ多ク一部、全ク理解不能デモ其処ヘ私ノ意思ガアルト思イテ黙殺シテ戴ト非常ニ嬉シヒデス。
最後ニ、終ハリ迄読ムト云フ此ノ噺ニ結末ヲ作ツテ戴キ、私ハ感無量デアリマス。
尚、便宜上改変シタ箇所ガ在リ必ズシモト云ワズシテ確実ニ公式設定トハ準ジズ。
島山石燕
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コメント



0.210簡易評価
1.50名前が無い程度の能力削除
これはまた不思議なお話ですね。
文自体は非常に巧いと思いましたが、
井原というのが誰なのか、何故妖夢と戦っていたのか。
もう少し説明が無いと困惑します。
色々言っても野暮になるかもしれませんから一つ。1次で光る作風だと思いました。

あと、誤字をいくらか見つけたので報告を。

>元に戻ろうと回転っを早め、摩擦で変形する。
>壁を破壊し椅子を沈め、荒れうる嵐となる。
>階段へ行き着くと段が無いの気付く。
>突き上げた衝撃でに意識が抜ける。
>井原には秩序は必要なった。
4.無評価島山石燕削除
御指摘有り難う御座います。訂正致しました。
上段から下段の前半に掛けては本当に自分の見た夢を脚色したのだけなので無秩序な文章です。私としては冥界組が居てのこその文章だと思うので東方あっての耳袋譚です。
一応、井原と云う人物は私の代弁者でして作中では妖夢の煩悩であり、日本民族全体の餓鬼の様な位置付けとしました。其れにより妖夢云々です。多分、井原は妖夢本人とは闘っていないのだと思います。
8.80名前が無い程度の能力削除
え~、なんといいますか……
……好きです。