Coolier - 新生・東方創想話

Moon Duet(1)

2006/05/21 08:47:32
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「……失敗したわ」


 本から顔さえ上げず、言葉とは裏腹の無表情で呟く魔女。
 パチュリー・ノーレッジ。
 紅魔館の屋根の上。紅い視界と、夜の黒い視界。
 そして、頭上の満月。


「……月は一つだけ。これ自体は成功した」


 つい先ほどまで、二つの満月が隣り合って居座っていた空間を見上げる。
 即座に視線を戻し。


「……その代わり、私は一人。隣にいたあの子……」


 つい先ほどまで、彼女の隣にいた金髪の妖怪を探す。
 感覚ではわかっていた。何処へ行ったのか。


「私だけの力では、無理ね」


 魔法使いとは思えないほどの潔さで、結論を下す。
 彼女とて魔の道を歩む者。普段ならば、何をもってもまず自分の知識と力での解決を図る。
 だが。


「あの子程度の力じゃ、危ない」


 ならば、手段は選ばない。


「消えた月が元あった世界……異世界への扉を開くのなら」


 彼女の心当たりは三人。
 勿論、手が届く場所に一人いる以上。


「咲夜」

「はい」


 パチュリーの背後の空中、寸前まで何の気配も無かった空間に、突如現れるメイド服。
 ……いくら時間と空間を操る彼女でも、主の呼びかけならばいざ知らず、居候であるパチュリーの言葉にこうも素早く現れる事など普段はありえない。
 つまり。この夜空で何が起きたのか、銀髪のメイドはもう気付いているのだ。


「レミィには後から話す。手伝って」

「行方を追えば良いのですね?」

「ええ。私がすべき事があったら言って」

「では、遠見の魔法が使える場所へ行きましょう」


 次の瞬間、パチュリーは図書館にある愛用の文机に移動している。
 文机の上には、水晶球と一冊の本。数時間前にパチュリーがいた時には存在しなかったもの。
 さすがに咲夜は優秀だった。事態の深刻さ、どれだけ急ぐべきかを把握し尽くしている。


「何処へ飛ばされたかは調べました。極小の”穴”を開けますので、パチュリー様は映像を」


 無言で頷いて、本を開く。
 魔導書は即座に術式を組み上げ、術者の意を世界に投影する――――

 水晶球の内部に、火が灯り。
 照らし出された球面に、映像が灯る。
 まばらな木々。斜面。僅かな月明かり。


「お気付きと思いますが、”外の世界”です」


 外。結界の外側。
 幻想郷を生み出し、数知れぬ幻想を閉じ込め、忘れ去った世界。


「あちら側に迷い出た妖怪が辿る道は……」

「再び幻想に引き戻されるか。あちら側に自然と溶け込み、妖怪としての生を終えるか。
 ……或いは」


 その、まばらに月光の注ぐ、薄い林の中。


「いたわ……ルーミア」


 事故で”飛ばして”しまった、宵闇の妖怪。
 金髪。黒を基調とした服装。闇を操る。常にリボンをつけている。
 今回、協力してもらっていた、巻き込んでしまった彼女。

 そして、もう一人――――


「事態は最悪ですね」

「考え得る限り最悪よ」


 二色の蝶。幻想の護人。結界師。
 ――――巫女。


「あちら側の存在に、消されるか。
 博麗の巫女に、消されるか。ですわね」

「言い直さなくてもわかる。
 ……阻止するよ、咲夜」

「先に言っておきますが、穴の維持は三十分も保ちません。
 介入するのであれば穴を拡げますので、更に消耗も早まるでしょう。早めの御決断を」

「充分過ぎる」


 睨まれた蛙のように動かないルーミア。
 視線を凍らせ、ただ涼やかに立っている霊夢。
 そして、見守る二人。

 その、均衡を。


「まあ良いわ。面倒だから死んで」


 水晶球の中の霊夢が、

 軽やかに地を、

 蹴った。








                      2



 事の始まりはパチュリーの実験だった。
 ……それ自体はよくある事である。
 魔法薬の調合のような物理的な道具の作成を苦手とする彼女。
 普段は読書ばかりしている彼女の時々行う生産的な活動は、現在は文献に無い事柄を書き記し後世に遺す事。
 そのついでに、新たな魔法の実験である。
 ついでといっても半数以上が攻撃魔法、それもかなり大掛かりなものが多いため、必然的に辺り一面が迷惑に巻き込まれたりする。

 今回もそのパターン。
 哀れな被害者は、宵闇の妖怪・ルーミア。

 月符を扱う事ができる。
 それも、月光の符であるムーンライトレイと、新月の符であるダークサイドオブムーンの両方を扱う事が最近確認された。

 ただそれだけの理由で人柱にされたのである。人じゃないが。
 パチュリー本人にその気が無い辺り、更に性質が悪かった。



「紅魔館自慢のメイド長は知っているでしょう?」

「咲夜だっけ。ナイフ投げたり気付いたら背後に立ってたりする人間だよね」

「彼女の料理は別格なの。腕が立つ上に人間まで鮮やかに料理してくれるわ」

「おおー」

「その咲夜の創るディナーに、3日間招待。どう?」

「うん!! 協力する!」



 ……用意した報酬がパチュリー本人の手によるものでない辺りも性質が悪いのだが、この条件は使い古されたものなので誰も気にしない。メイド長本人が気にしていない。
 むしろ、これから巻き起こされる異変の方が遥かに問題なのである。

 魔法使いが他人を頼るなど、そうそうあることではない。
 魔法使いが誰かを巻き込んだ場合、本人が幾通りもの失敗を繰り返し続けた先、駄目で元々といった試みであることが非常に多い。
 つまり、成功率自体が低いのである。
 しかも普段本人が一人で行っているよりも人数分大掛かりな術式は、当然失敗も大掛かりにする。
 この会話が交わされた瞬間に紅魔館全域の使用人に厳戒態勢が布かれていたりするのだが、本人達は知らぬが仏。




 今回の実験は、月符同士の合成魔法だ。


「新月から上弦を経て満月へ。そこから下弦を経て再び新月へ。
 月は整数に直しただけで29もの顔を持つのよ。つまり、新月と満月との間には無限の可能性がある。
 月齢の違う月同士の合成魔法、29の月齢全ての合成を経て、行く行くは月の変化そのものを魔法にする。
 これがこの研究の最終目的。
 仮にも月の名を冠する符よ。満月だけに頼っているようでは片手落ちも良い所だと思わない?」


 と、彼女が使い魔に言い放ったのが2ヶ月前。まだ梅雨も明けていなかった。
 魔法使いは自分の魔法を説明する時、やたらと口数が多くなる。
 普段は無口……では決してないが、そう無駄に口を開かないパチュリーが、珍しく無駄に饒舌だった頃。
 そしてルーミアを誘ったのは、夏も本番をとうに過ぎた頃。
 初期に考えついた案は全て使い果たし、そこから派生させた方法も大抵空振りに終わり、パチュリーはすっかり無口になっていた。
 煮詰まり具合は頃合なのだった。

 とはいえ、魔女である彼女に寿命など在って無いような代物。
 以前であれば年単位での研究など当たり前だったはずなのだが。


「美鈴。ここ最近のパチュリー様、益々エスカレートしてらっしゃらない?」

「やってる内容は昔と、それこそ咲夜さんが来る前とお変わりないですよ。最近の頻度は尋常じゃないですけど……」

「でしょう。やっぱり、あの二人と付き合い始めてからじゃないかしら」

「そうですねぇ。三人揃うと姦しいどころか、咬み合ってない歯車が三枚フル回転って感じになりますよね」

「”轟く”のレベルかい」


 というか事実として、魔砲とか魔光とか魔笛とかが轟いているのであるが。


「まあ良いわ。魔理沙が死ぬまでの数十年間、我慢すれば良いだけでしょ。アリスと二人ならあそこまで乗らないわ、きっと」

「咲夜さん……」

「ん、何?」

「いえ、なんでも」


 門番の複雑な心中(やっぱり咲夜さんって妖怪なんじゃないかしら? 等の終わらない自問自答)はともかく、お互いを意識していようがいまいが、同業者が現れればどんな職業も活性化するものである。
 魔法使いの場合、活発になると迷惑度が跳ね上がるのだが。
 パチュリーは基本的に年中引き篭もりだが、図書館に引き篭もっているがゆえに館内への被害が多いというのも事実であったりする。

 そして逆に。
 館外へ出ると、大異変クラスの天変地異を引き起こしたりするのだ。




「……失敗ね」

「そーなの?」

「大失敗よ。
 異世界の月を召喚するところまでは成功。
 異世界の月が、幻想郷と同じ月齢だったところが失敗。
 これならまだ、月齢の強制反転の方が可能性としては高かったわ。先に試せば良かった」

「そーなのかー。さっぱりわかんない」

「多分、”外の世界の月”か何かを召喚してしまったのよ。
 考えが甘かった……いえ、少し冷静さを欠いていたわ。最も近しい異世界は外の世界だものね。
 ……でも、最大の失敗は、その月が幻想郷に定着してしまった事よ」


 パチュリーとルーミアの頭上には、輝く二つの満月。
 下級妖怪や精霊にとっては正気の許容量をぶっちぎりでオーバーしているはずの満月光線が、ゆんゆんと降り注いでいる。
 ルーミア程度の妖怪では危険な気もするのだが、そこは闇と光を専門分野とする彼女、まるで平気のようだった。


「ルーミア。私達に今すべき事はひとつよ」

「巫女を撃破することだよね?」

「どうして戦闘が前提になってるのよ。この異変を自力で解決してしまえばそんな物騒なものはここまで飛んで来ない。
 そうね。幸いあいつは足が遅いから――――」

「から?」

「速攻かけるわよ」








                      3



 その結果がこれでは全く話にならないのだった。
 月を戻すための送還術にルーミアが巻き込まれたのはただの事故だろうが、霊夢との遭遇は偶然ではありえない。
 しかもタイミングから考えて、あのデンジャラス巫女は、異変を察知した段階で即”あちら側”へ渡ったらしい。
 魔法の知識など持っていない彼女の事、どうせ今回も勘で、月が消えてるはずの外の世界に行けば異変の原因を突き止められるでしょ、程度に考えたに過ぎないだろうが……。
 その勘が本当に当たっている辺り、さすがは博麗霊夢と言うしかない。


(とはいえ、異変その物は解決済みなのだけれど)


 パチュリーは考える。
 原因の一端がルーミアだと感づかれようとも、月が戻っている現状ルーミアを倒すメリットは少ない。
 人を喰う妖怪があちら側に行った、という事、それ自体もよくある事だ。
 結界を破る、或いは通り抜けることのできる妖怪は探せば一応存在する。
 幻想郷内の人間は比較的力を持っていたり、そうでなくとも守護者に守られていて手が出し難い。
 外の世界へ渡る事の出来る妖怪が人間を攫いに出向く、その程度は幻想郷にとっては日常的な事だ。


(勿論、かといって見逃す巫女じゃない。それにルーミアは本来そんな技能は持っていない、それを相手は知っている……)


 考えながらも、介入の準備をする。


(どちらにしてもルーミアは消されるわ)


 直感で霊夢に挑むのも無謀なのだが、これだけは理屈でなく断言できた。
 仕方ないわね、などといつもの調子でルーミアを連れ帰ってくれる可能性も心の片隅で期待していたが、それはたった今、霊夢の態度と行動でばっさりと切り捨てられた。
 ならば徹底抗戦するしかない。
 少なくとも、ルーミアを無事連れ帰るための策を練るだけの猶予が必要だ。

 そう。
 迷惑魔法使い、引き篭もりで一見性格の暗そうなパチュリーだが。


「私の魔法で死人が出るなんて許さない」


 ずれていながらも責任感は強く。


「それもただの実験で。こちらから誘った相手をだなんて」


 人一倍、プライドも高く。


「協力させた以上、この魔法が完成するまで死なせる気は無いわ。私の魔法を見るために生き延びなさい、ルーミア」


 誰よりも、自分の魔法に自信がある。
 結局、魔法使いというものは、根本的にそういった種族なのだった。








                      4



 巫女が地を蹴った。
 と同時に。


「羽ばたけ! ミッドナイトバード!」


 爪を、牙を持った闇の翼を、最速で開放するルーミア。
 それに全く足を鈍らせる事もなく、闇の中にその身を躍らせる霊夢。
 避ける。払う。何の障害とも思わず、ただ無造作に接近して――――


「フラッシュ!!」


 指向性を持った闇から反転、周囲一面を真昼さながらの白光が照らし出す!




 ルーミアも、正面激突で霊夢に勝てるとは思っていない。
 まずは逃げる。それも、悠長に戦闘していれば力を奪われるのはルーミアの方だ。
 純粋な力では比較にもならない。特殊能力から考えても、ルーミアの力は実に単純。
 勝負になる道理が無い。一も二もなく逃げるしかない。
 幸い、飛行速度だけを考えるならばルーミアに分があるはずだった。

 そして、何より。


(今日の霊夢は絶対やばいよ!)


 妖怪としての本能。
 人を喰い、人に退治される彼女らの本能が告げている。


(今の霊夢は、私を駆逐対象としか見てない!!)




 一瞬で黒から純白へと塗り替えた世界の中、迷うことなくルーミアは逃走する。
 背を向ける暇も惜しい。真横に飛び、そのまま空中で向きを変え、振り返らず全力で空へ飛び出す。


(逃げ切れる!)


 霊夢はその場を動いてさえいない。
 周囲を光で埋め尽くした今、ルーミアにとっては光の範囲内全てが視界のようなものだ。
 炸裂した光によってできた影、即ち闇、その気配を感じ取るだけで良い。
 霊夢は動かない。光の直撃を受けたその場から動かず地に立ったままで、


(……立ったまま?)


 光を放った時、霊夢は空中にいたのではないか。
 人間が目を開けていれば、あの光量は下手をすれば失明する。
 そんなものを真正面から受けて、取り乱す事も無く着地している?
 いや、最初から、着地する事を狙っていた……?


「神技」


 しまった、と思うより早かった。


「八方鬼縛陣」


 瞬間、振り返る。
 霊夢と弾幕でじゃれていただけの時には決して目にすることのなかった、符。
 どんな全力をもっても逃れられるはずがない。
 博麗霊夢ともあろうものが必殺を決めた局面で、そんな中途半端な符を使ってくるはずがない。
 背後から御札や針、いや陰陽玉にでも直撃されたらそれだけで即死だ。最低でもこの符を生き延びなければ――――!

 振り返った瞬間。


「…………あ…………」


 敗北した。
 徹底的に叩きのめされた。
 周囲を光で覆い尽くしたことで、その符の膨大な規模がわかってしまった。
 乱れ飛ぶ御札。規則性を持って、ただ飛んで来るだけの、御札の嵐。
 霊力など夢想封印に比べれば使っていないも同然の、単純な物量だけの力押し。
 これに霊夢の底なしの霊力を加えられたら、どうなってしまう?

 見るべきではなかった。いくら力の差を自覚していたとしても。
 こんな壁を目の当たりにしたら、もう、動けない――――

 迫る御札。
 どうしよう。どうしよう。
 思った瞬間。


「水符、ベリーインレイク」


 光の世界に、大量の屈折と乱反射が出現する。
 一点。大量の御札の中。
 霊夢とルーミアの中間地点に、霊夢の御札とは全く違った趣の符が、一枚。
 そして。


「逃げなさい」


 その一言で十分だった。
 今度は迷わず背を向け、全力で飛び去るルーミア。
 光の視界などあっという間に遥か後方へ過ぎ去り、月の光と夜の闇、眼下の木々のもたらす闇、それさえ瞬く間に飛び越え。

 ルーミアは、博麗霊夢からの一時的な逃走に成功した。


 一時的な離脱であることは充分理解していた。
 ルーミア本人も。
 幻想郷から外の世界への介入という離れ業をやってのけた、咲夜とパチュリーも。
 勿論、逃走を許した霊夢も。




はじめまして。
一部の人はお久し振りです。……2年振りかそこら?
もうはじめましてで良いデスよね。

今回の作品は4章構成を予定しています。
長くなる章もあり、逆にこの章なんかは短いですが、内容的にこれ以外の切り方が無い。

とりあえず今日は寝ます。腰が痛い。
続きでお会いしましょう。

5/22 使う記号とか間違えていたので微修正。
MDFC
http://mdfc.blog56.fc2.com/
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コメント



0.1190簡易評価
5.50名前が無い程度の能力削除
なんだか珍しいパターンだ
続きを期待しあえて五十点で