Coolier - 新生・東方創想話

それもまた、一つの日常

2006/05/09 09:21:29
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「さ~てお仕事お仕事。花に憑いた幽霊も片付けたし、これでまたのんびりとやれるってものさ」
 ある日の昼下がり、小野塚小町は無縁塚を歩いていた。
 六十年ぶりの異変――幻想郷に溢れた幽霊たちのことだ――も無事に解決した。今、彼らは映姫の元で裁きの時を待っていることだろう。
 そのお陰で最近は忙しかったが、それが片付いてしまえばまた自分のペースで仕事をすることができる。
 マイペース万歳。
「それに、いくら四季様でもあれだけの幽霊を一度に裁けるはずがないさ」

 これは昨日の話。
 あまりに映姫が急かすので、本当は片付くまでにあと一週間はかかる予定だった幽霊たちを、全て待合室に詰め込んでおいたのだ。
 積載量ぎりぎりまで幽霊たちを舟に乗せて三途の川を渡るという荒業(無論反則)をやってのけた甲斐あって山のようにいた幽霊はほぼ一掃。彼らに囲まれて、今頃映姫は大忙しのはず。

「ま、そんなわけだし、今日一日くらいは休んでもいいよな?」
 誰に聞かせるでもなく呟いて小町は地面に寝転んだ。
 視界いっぱいに広がる空は青く澄んでいてどこまでも続いている。それに比べてなんと自分の小さいことか。そんな自分があくせく働く姿は、空飛ぶ鳥から見ればさぞかし滑稽に映ることだろう。
「ということで、これから昼寝の時間に決定~♪」
 体を大の字に広げて目を閉じたその時。



 ――何をさぼっているのですか貴方はー!!



 小町は光に包まれた。







 ◇







「まったく貴方という人は! 少しは仕事をするようになったかと思えばまたこれですか!」
「すみませんすみませんもうしません!」
 きっかり一時間後、裁きの間にて。小町はいつも通り叱られていた。


 ――本人たちはいたって真剣なのに傍から見ると微笑ましい光景だ。

 とは獄卒たちの言である。
 他にも、

 ――これが終わるまでは休んでいても誰も文句を言わないからもっとやってくれ。
 ――顔を真っ赤にしてお説教してる四季様が可愛い。
 ――いやいやそれなら小町様だ。

 などなど。きっとこっちが本音の罪深い輩が多いことだろう。


「何が『もうしません』ですか。貴方のその言葉は聞き飽きました」
「えっ……それじゃあたいはクビですか!?」
 おおっ!と扉の陰のギャラリーから小さなどよめきが起こる。これは今までにないパターンだ、とかなんとか。
「クビ? それは……」
 映姫は言い淀んだ。実のところ、今の地獄は地上人が増えすぎたために慢性的な人手不足にある。ここで小町を解雇すれば代わりの死神など向こう一年は見つからないだろう。……元より映姫にそのつもりは毛頭ないのだが。
「それだけは勘弁してくださいー! ここを追い出されたら、あたいは行くとこがなくなっちゃいますよー!」
 死神としても希有な能力を持っているのだから、真面目にやれば誰からも一目置かれる存在になれるのに。もったいない。
 服の裾にしがみついて泣きそうな顔で言う小町を見ながら映姫はそう思った。
「……小町。私は貴方を解雇するつもりはありませんよ」
 映姫は小町の肩に手を置いて優しく諭す。
 このまま話を進めた方が都合がいいのはわかっていた。しかし悲しいかな彼女は閻魔様。法を司る神としての誇りがそれを許さない。
「……本当ですか?」
「ええ、もちろん」
 涙目になっている小町に微笑みながら頷いてみせる。
 こうなればあとはお決まりのパターン。小町が「ごめんなさい」と謝って、映姫が二、三注意してそれでおしまい。それから“数日は”平和な日が続くのだ。
 事の終わりを察したギャラリーたちは三三五五、自分たちの持ち場へと帰っていく。
 が、しかし。何事においてもアクシデントはつきもので。



 ――なーんだ。脅かしっこなしですよ、四季様。

 小町はこの不用意な一言で、天から垂らされた救いの糸を自らの手で引き千切ってしまうのだった。



「……はぃ?」
 小町の突然の変わり様にきょとんとする映姫。
 いったい何事かと、扉の陰には帰ったはずのギャラリーたちが再集結していた。
「四季様、そうやって権力を笠に着て部下を虐めちゃ駄目ですよ?」
 さっきまでの泣きそうな顔はどこへやら、小町は上司相手に威張ってそんなことを言った。
「え……あ、はい、ごめんなさい」
「うむ、わかればよろしい。――じゃ、あたいは仕事に戻りますので」
 勢いにのまれて謝ってしまった映姫に満足そうに頷いて、小町は裁きの間を出て行こうとする。
「はい、わかりました。それではいってらっしゃ……――ちょっと待ちなさい小町! なんで貴方がそんな偉そうにしているんですか!」
「あー……あはは。ばれちゃった」
「『ばれちゃった』? ずいぶんと面白いことを言いますね、貴方は」
 すっかりいつもの調子を取り戻した映姫は微笑みを湛えたまま小町に近寄る。そして手に隠し持っていたものを奪い取った。
「なんですかこれは……目薬? さっきの涙の正体はこれですか。ずいぶん古典的な手を使いましたね」
 どうだ、と証拠を突きつける映姫。
 ところが小町は怯むどころか余裕の表情である。
「ええ。王道が一番ですから。まあ、四季様も見事に引っかかったわけだし、今回はお咎めなしということで」
「……何を言っているのですか、小町?」
「いつだったか、四季様は私を騙せたらセーフって言ったじゃないですか」
「いいえ違います。『騙す』ではなく、『騙し通す』です。それに、それは裁きに掛けられる死者の魂に適用される法であって、貴方のような死神に対して適用される法ではありません」
「――え? いや、だって、」
「問答無用です!」


 自分もまだまだ修行が足りないなあと思いつつ。映姫、本日二発目のラストジャッジメント。






 ◇





「只今を以って、死神 ・ 小野塚小町の任を解きます。ただし……」
「えー! そりゃないですよー!」
「黙りなさい」
 抗議の声をあげた小町をじろりと睨みつけて映姫は先を続ける。
「ただし、これは一時的な処置です。ある役目を無事に果たせたなら、復帰することを許しましょう。……ところで小町、貴方は三途の川を渡す魂の基準を何で決めていますか?」
「そうですねぇ……なるべく時間のかかる者から、とか」
「それはどうしてですか?」
「え? あー(まさかこの状況で面白い話が聞けるから、とか言えないよな……)、罪の重いものから裁かれるべきだっていうのはどうでしょうか?」
「質問したのにどうして疑問符つけて答えるんですか!…………まぁ、いいでしょう。では、貴方に与える役目を伝えます」



 一呼吸置いて、映姫は言った。
 方法は問わない。私の元に、この幻想郷における一番の悪人を連れて来い、と。


















 ~それもまた、一つの日常~

















 ――この紅魔館で、一番の悪人は誰ですか?



「「「「……はぁ?」」」」
 朝早く広間に集められた四人――レミリア、パチュリー、咲夜、美鈴は一様に同じ顔をした。簡単に言うと「何言ってんのお前?」的な。
 ちなみに妹様は気持ちよさそうにベッドの中で眠っている。後で仲間外れにされたと機嫌を損ねられるのは非常に恐ろしいが、寝起きの機嫌の悪さはそれを遥かに上回る。誰だって死にたくはない。
「だーかーらー。ここで一番悪い奴を出せって言ってるんだよ。四季様からのお達しなんだから早くしとくれ」
 一応客人の扱いを受けているので、用意された椅子に座って紅茶をちびちび飲みながら小町は言った。焼きたてのクッキーをつまむことも忘れていない。
 向かいに座っているレミリアとパチュリーは溜息をついて目を逸らす。それは後ろに立っている咲夜と美鈴も同じようで、顔は前を向いているのに別のことを考えているのは明らかだった。
「こんな時間から何かと思えば……くだらん。私は寝る」
 真っ先に席を立ったのはレミリア。肩を怒らせ、ずかずかと大股で歩いていく。しかし足取りはどこか危うい。本当は眠いのかも知れない。
「あら? それは自分が一番の悪人だと認めたと受け取っていいのかしら?」
「……何だと?」
 ドアの把手を握ったまま、レミリアは足を止めた。
 一方の発言者は本の表紙を指でなぞりながらくすくす笑っている。
 言わずもがな、その人物はパチュリー・ノーレッジ。幻想郷広しといえども、ここまで堂々とスカーレットデビルに喧嘩を売ることができるのはきっと彼女くらいのものだろう。
「もう一度言ってみろ」
「ええ何度でも。すぐに席を立つのは自信がない……と言うより、自信があるからじゃないの? 自分が悪人だっていう。日頃からずいぶんと皆に迷惑をかけているものね?」
「……」
「……」
 無言のまま時間だけが流れる。
 咲夜は美鈴に目で合図を送り、美鈴は小さく頷いてそれに答える。二人はパチュリーのそばから離れた。
 そして、レミリアがゆっくりと振り返って……。

 ――刹那、パチュリーの目の前で爆発が起こる。

 宙に幾つもの欠片が飛び散る。それらは元々一枚のドアだった。
 レミリアの怪力によって蝶番ごと引き千切られて投げつけられ、当然のように迎撃に移ったパチュリーの魔法によって爆散したのだ。
 もうもうと立ち込めていた煙が晴れると、
「ふん、なかなかやるじゃないか」
 パチュリーの喉元に爪を突き付けて、レミリア。
「そうね。貴方にしては良くやった方だわ」
 レミリアの顔に手の平を向けて、パチュリー。
 互いにその気になっていれば、瞬きする間にパチュリーの首は胴を離れ、レミリアの体は灰になって崩れ落ちていただろう。
 しかし、二人が動くことはなかった。
「お嬢様! パチュリー様! お止めください!」
 どんな運命の悪戯か咲夜の一喝が抑止力となったからである。
「「……何?」」
「あ……ぅ」
 そのおかげで咲夜は胃に穴が開くほどのプレッシャーをかけられる羽目になったが。

 さて、止めに入ったまではいいがその先のことをまるで考えていなかった咲夜。ついに耐え切れなくなって目線を美鈴に移した。
(ちょっと美鈴! 何で二人ともこんなに機嫌が悪いのよ!)
(え? 咲夜さん知らなかったんですか?)
(何を!?)
(お嬢様がパチュリー様愛用の魔道書を破っちゃったとかで、今、もの凄く仲が悪いんですよ)
(……は?)
(しかもお互いの嫌がらせで、お二人とも丸二日は寝てないんです)
(……はぁ?)
(今近寄ったら憂さ晴らしの相手にされそうだね、ってみんな言ってますよ)
(そういうことは先に言えー!!)
(ごめんなさいー!)
 ジェスチャーを交えて熱く語り合う二人。ちょっとした孤立感を覚えながら、咲夜の顔は蒼白通り越して土気色になっていた。

 といっても二人はそんなことお構いなし。
「主人に意見する狗は悪だな」
「そうね。役立たずの猫は悪だわ」
「どうせ閻魔の前に連れて行かれるんだ」
「生きていても死んでいても大差はないわね」
「ひぃ……っ!」
 「何でそこだけ息ぴったりなんですか!」そう突っ込みたかった咲夜の口からは小さな悲鳴が漏れただけだった。
 二匹の魔物が目に殺気を漲らせて近づいてくる。
 まずいまずい非常にまずい。咲夜は腹ペコ狼の目の前に放り出された子羊の心境で、己の迂闊さを悔いていた。
(ああ……昔「お嬢様になら殺されても構いません」なんて言った覚えがあるけどやっぱり取り消します。こんなとばっちりで死ぬなんて……とばっちり?)
 閃いた。この絶望的な状況を打開できる方法を。
 それにはまず、相手に弱みを見せてはいけない。背筋を伸ばし、凛とした瞳で相手を見据え、咲夜は逃げることをやめた。
「……何のつもりかしら?」
 訝しげな顔をして足を止めるパチュリー。
 反撃するならまだしも逃げないとは。策があるか、死ぬ覚悟ができたということか。
「まあいい。そこを動くなよ?」
 対照的ににレミリアはずかずかと無造作に近づいていく。
「お嬢様、お聞きください」
「命乞いなら聞く気はないわ」
「いいえ。もとよりこの命はお嬢様のもの。命乞いなどしませんわ」
「……そう。じゃあ聞いてあげる」
 ピタリと咲夜の一歩手前で足を止めるレミリア。この距離でなら、例え咲夜が時を止めようともその前に仕留めることができる。下手な行動は即、死を以って償わせるという意思表示だ。
 だが、この二人に命を狙われること自体が咲夜にとって絶望的な状況であったわけで。それが止んでかつ一度のチャンスを与えられるということがどれほど奇跡的なことか言わずともわかるだろう。
「お嬢様たちの諍いの原因、引いては全ての元凶」
「……元凶?」
「それは誰?」
 いつの間にか近づいていたパチュリーも興味深げな顔をしている。“元凶”という言葉に興味を引かれたのだろう。
「――この紅魔館で一番の悪人は……貴方よ!」
「ええー! やっぱり私ですかー!?」
 名探偵が犯人を指すように真っ直ぐ指差した先には、ドアの影でびくびくと震えていた美鈴が。
 つられて首を回したレミリアとパチュリー。咲夜の言わんとすることがわかったのか目がすっと細まる。
「そうね。門番のくせに弱いというのはそれだけで罪だわ」
「まったくだ。そもそもお前が死神を追い返していれば、こんな不愉快な思いをすることもなかった」
 そして咲夜の目論見どおり美鈴へ目標変更。
「及ばずながら、私もお手伝いさせていただきますわ」
 追加オプション、咲夜。
「……ちょ、待っ――」
 吹き荒れる暴力と魔力の嵐。降り注ぐナイフの雨。
 美鈴の悲鳴は轟音にかき消されて次第に聞こえなくなっていった。

 気づけば話から取り残されていた小町。紅茶に浮いていた木のかけらを捨てて、ぬるくなったそれを一気に飲み干した。
「あたいが閻魔なら……お前らみんな地獄行きだ」
 ぽつりと漏らした一言は誰の耳にも届くことはなく。小町はクッキーを齧りながら次の行き先を考えていた。



 ボロ切れのようになった美鈴を引きずって小町が紅魔館を出るのはもう少し後のこと。









 ◇









「……とまぁそんなわけで。ここで一番の悪人を出してもらおうか」
 次に小町が訪れたのは冥界、白玉楼。用件もそこそこに、妖夢が運んできた大皿一杯のお饅頭に手を伸ばしている。
 閻魔様からのお達しとあっては寝ている訳にもいかず、目を擦りながら起きてきた幽々子は小町の言葉を聞いて大きな欠伸をした。まるで「そんなことどうでもいい」とでも言うように。
 その口にお饅頭を放り込む妖夢。彼女は幽々子なら本当に言いかねないと思っていた。
「あら妖夢。欠伸をしたら空からお饅頭が降ってきたわ~♪」
 幽々子は冗談だか本気だかわからない台詞を吐いて上機嫌だ。まあどっちだって構わないか。所詮半人前の自分に、幽々子様の考えなど推し量れるものではない。そうですか、と答えて妖夢はそれ以上考えるのを止めた。
 で、前を向くと二つ目のお饅頭に手を付けている小町が。
「ねえ妖夢。もっと欠伸したらもっとお饅頭が降ってくるかしら?」
 幽々子の問い掛けに、そうかもしれませんね、と返しておく。
 その間に小町は二つ目を平らげて三つ目に取り掛かろうとしていた。

 この人は閻魔様のお達しだとか言っていたが、実はそれにかこつけて休みたいだけじゃないだろうか? 妖夢はそんなことを思った。
 それを口に出せないあたりまだまだだと、幼い従者を横目で見やり幽々子は思っていた。

(……まあ、そこがこの娘の良いところではあるのだけど)
 優しい微笑みを浮かべながら次のお饅頭へと手を伸ばす幽々子。彼女は常に食欲を優先させるのだ。
 その手が反対側から出された手とぶつかった。
「……あ」
「……あら」
 顔を見合わせる幽々子と小町。
 たがそれも束の間、二人はそれぞれ別のお饅頭に手を伸ばす。

 ぱくぱくぱく。
 もぐもぐもぐ。
 むしゃむしゃむしゃ。
 ずずーっ。

「「お茶おかわり」」
「――ああもう! ちっとも話が進まない!」
 食べてばかりで話を進める気のない二人に、ついに妖夢が吠えた。
 横から大皿をかっさらいその一つを手に取って……お饅頭が自分の手の平よりも大きいことに気がつく、もとい思い出した。作ったのは妖夢自身だったからだ。
 冗談じゃない。こんなの二つも食べればお腹一杯だ。
 声に出さず呻く妖夢。皿の上にはまだ十個近く残っていた。
「妖夢ーお饅頭返してー」
 さて、どうしたものか。縋り付いて来る幽々子の頭を押さえながら妖夢は迷った。
 これを片付けないことには話が進まない。かといって二人が食べ終わるのを待っていたら結局同じこと。
 妖夢には庭の掃除に屋敷の掃除、今使った食器の後片付け、最後に巷へ繰り出している酔っ払いの幽霊たちをしょっ引いて来るという仕事が残っているのだ。余計な時間を食っている暇はない。

 ……ではどうすればいい?

 答えは案外簡単に見つかった。
 要は話をする気の無い幽々子を黙らせて、かつ、お饅頭を無くしてしまえばいい。
 しかし幽々子の前に皿を置いたなら、さっきから物欲しそうな目をしてこちらを見ている小町のこと、すぐに手を出してさっきの繰り返しになってしまうに違いない。
 となれば。
「幽々子様、ごめ」
「……ゥゥゥゥゥォァァアアアア!」
 すでに幽々子の耳に妖夢の声は届いていなかった。唸り声のようなよくわからない言葉を撒き散らしている。
 ほっと胸を撫で下ろす妖夢。よかった。相手は理性を失った獣。これなら良心が痛むこともない。
「では」
 頭を押さえつけていた手を離す妖夢。同時に大皿を宙に投げ上げる。
 枷から解き放たれた幽々子は一直線に大皿へ。
「――御免!」
 すらりと抜き放たれる楼観剣。本来定型を持たぬ霊体ゆえか業の深い食欲ゆえか、一抱えほどもある大皿ごとお饅頭を飲み込んだ幽々子の後頭部を、妖夢は刀の峰で強かに打ち据える。
 何か硬いものの割れる音がして、吹っ飛んだ幽々子は天井にぶつかったあと頭から落っこちた。そのままピクリとも動かない。完全に気を失ったかあるいは……。
「さて、お話をもう一度伺いたいと思うのですが……」
「い、いやいやいやちょっと待て!!」
 刀を納め、まるで何事もなかったかのように話を進める妖夢に小町は全身を使って講義した。
「お前さんいくらなんでも今のはまずいだろう! 何か割れる音したし!」
「割れたのはお皿です。半人半霊の私はともかく、完全な幽霊に骨はありません。仮にあっても意味を成しません」
「……は?」
 妙に冷静な妖夢に突っ込まれて床に転がった幽々子を見ればなるほど、確かに割れた大皿が顔の近くに落ちている。吐き出したのかもしれない。……お饅頭は一つも見当たらなかったけど。
「これでわかったでしょう。幽々子様は気を失っているだけです。それよりも、閻魔様のお話をもう一度聞かせていただきたいのですが」
「あ、ああ……」
 主人の頭を刀の峰で思い切り殴っておいて「それよりも」とはずいぶんとまあ豪気ないやおい待てその幽々子様白目剥いて鼻からなんかどす黒いのが出てるぞとか、その他諸々言いたいことを全部飲み込んで、小町はもう一度言った。
 この冥界で一番の悪人を出せ、と。





 ◇





「ここに悪人などいません」
 黙考することしばし。妖夢はきっぱりと言い切った。
「へぇ?」
 こいつは開き直ったか。小町はそう思った。
 半人前のくせに生意気な。ならば実力行使もやむなしと、妖夢に悟られぬよう慎重に大鎌を引き寄せる。
「いいのかい? さっきも言ったけど、こいつは四季様のお達しなんだよ?」
「本当にそうでしょうか? 私にはあの方がそんなことを言うとは思えないのですが」
 脅迫じみた言葉にも妖夢は至って冷静に切り返す。
 さすがは幼い頃から幻想郷でも屈指の曲者の相手をしてきただけのことはある。正面から向き合えば――むしろそれを信条とする妖夢だからこそ――この程度、どうということはない。
「ふぅむ……こいつは仕方がないのかねぇ?」
 思わぬしっぺ返しを食ってしまったと小町は嘆息した。しかもこういう真っ直ぐな目をした奴は、往々にして自分の意見を曲げないから説得するにも骨が折れる。で、そんな面倒なことをするくらいなら手っ取り早く叩きのめしてしまおうというのが小野塚小町なのであった。
「……やる気ですか?」
「もちろん。あたいだって厄介事はごめんだからね――そらっ!」
 不意を突いてちゃぶ台を蹴り上げ、横薙ぎに大鎌を振るう。
 手応えはない。代わりに二つに割られたちゃぶ台を飛び越えて最上段から振るわれる楼観剣を受け止める。
 幼いとはいえさすがに西行寺家の御庭番を務めるだけのことはある。まるで岩を受け止めたような衝撃に腕がしびれた。
 至近距離で、正面から睨みあう二人。
「“弾幕ごっこ”ではないのですね?」
「こっちの方が時間を取らなくて済むからな」
「確かに――!」
 言うや否や白楼剣を引き抜く妖夢。
「ここで仕掛けたことを後悔させてあげます!」





 ◇





 妖夢の動きは予想以上に速かった。
 直線的な、それも瞬間的なものだったが、この限定された空間の中ならそれだけで十分すぎるほど。
 また天井の高くない部屋の中では得意の大鎌は扱い辛く、下手に振れば壁や床、あるいは天井に引っ掛かって致命的な隙を生んでしまう。故に小町は防戦一方。逃げることも叶わず、一点に縫い付けられたまま妖夢の振るう二本の刀を防ぐことだけで精一杯だった。
 こんな時、ここが紅魔館だったらとつい思ってしまう。客間として使われているあの広間なら、遅れは取らなかったのにと。

 ――その一瞬が命取りになった。

 下段から鋭く撥ね上げられた楼観剣が大鎌を弾き飛ばし、小町が体勢を整えるよりも早く妖夢はスペルを発動させる。
「六道剣――」
 近すぎず遠すぎず、刀を振るうには絶好の距離。
 弓を引き絞るように体を大きく捻る妖夢。そこから放たれる技は痛みを感じさせる間もなく体を断ち切るだろう。
 その光景を想像して固く目を瞑る小町。
「一念無量ごぅ――!?」
 吹き上がる風。痛みはなかったが、小町は自分がもう死んでいるからだと思った。



 ――死神も死んだら三途の川を渡るんだろうか? そして四季様だかの、とにかく閻魔様に裁かれるのだろうか?
 担当が四季様だったら嫌だなあ。死んだ後までお説教漬けなんて冗談じゃない。



 ふと沸いて出た嫌な考えが頭の中でぐるぐる回る。
「私のお饅頭」
 そんな小町の耳に飛び込んできたのは幽々子の声。
 恐る恐る片目を開けてみれば、床に大の字に伏せってのびている妖夢がいた。頭から落ちたのか、スカートは腰の辺りまで捲れ上がっている。ドロワーズを履いていなかったらきっと酷いことになっていたに違いない。せめてもの情けだ、スカートを直してやろう。
「……貴方が食べたの?」
「――!」
 小町が顔を上げるとそこには幽々子がいた。
 目が据わっている。大失敗をやらかしたときに映姫が見せるそれと一緒だった。
 ちなみにその目をした彼女に言い訳をすると弾幕裁判が始まって、後には延々お説教が待っていた。この亡霊姫に同じことをしたらどうなるかはわからないが、きっとろくでもないことになるに違いない。映姫は小町の上司。しかし幽々子は全くの赤の他人からだ。

 小町は本気で困った。
 どうやら幽々子は頭を殴られたせいで記憶が飛んでいるらしい。が、幽々子は妖夢を張り倒した。ということは妖夢に殴られたことを覚えていたのかもしれない。まあ『誰が殴ったか』と『誰が食べたのか』では別問題なので何の救いにもならないけど。
 それにお饅頭に手をつけたのは小町と幽々子だけ。幽々子だって、まさかあの量を妖夢が食べられるはずがないと思っているだろうから、自然と疑いの目は小町に向けられることになる。
「どうなの?」
 幽々子、前へ一歩。
「ど、どうなのと言われても……」
 小町、一歩後退。
 謝るということは自らの非を認める行為だから使えない。逃げられる気はしない。まともに戦っても勝てる気なんてこれっぽっちも起きない。完全に手詰まりだ。
 「あんたが全部食ったんだ」そう言えたらどんなに楽か。
 でも言ったとたんに頭から丸呑みにされそうで怖くて言えなかった。
「沈黙は肯定とみなすわ。それに私、今とてもお腹が空いててね、もう何でもいい気分なの」
 上から下へ、下から上へと小町の体を舐めるように見て、幽々子は舌なめずりをする。その瞳に冗談とかいう雰囲気は一欠片も見当たらなかった。


 ――喰 ・ わ ・ れ ・ る !!


 何とかしなければ本当に言葉どおりになってしまう展開。
 小町は幽々子の気を静めるものはないかと必死に体中をまさぐった。
 その指先に触れる、布に包まれた硬い感触。震える手でそれを取り出して、ゆっくりと幽々子の目の前へ持っていく。
「こ、これを……」
「……」
 幽々子は無言のままそれを受け取り、包みを開く。
「あら……?」
 中身を見て幽々子の手が止まった。
「あらあらあら。これはまさか……!」
 ごくりと唾を飲み込んで包みの中のものを一枚摘み上げる。幽々子の目が輝いた。
「やっぱり! メイドのクッキーじゃない!」
 落とさないよう慎重にその一枚を口に入れて、じっくりと味わっている。なぜか涙まで流していた。
 後でゆっくり食べようと思って持ち出したものに命を救われるとは。世の中何が起こるかわからないものだ。
 小町は自分の幸運に感謝した。

 少しして。クッキーを食べ終えた幽々子は言った。
「ところで死神さん。貴方、この冥界から一人連れて行くのよね?」
「――は、はい」
「じゃあ……妖夢を連れて行きなさい。今のままじゃちょっとアレだし……もう一度くらい閻魔様にお説教してもらうのもいいかもしれないわ」
「わかりました。……それじゃ、あたいはこれで」

 かくして小町は九死に一生を得、五体満足で白玉楼を後にした。









 ◇









「……とまあそんなわけだ。ここで一番の悪人をだしとくれ」
 博麗神社の客間にて。小町は霊夢の出したお茶を飲んでいた。
「あの閻魔がねぇ……珍しいこともあるものね」
「そうそう。おかげであたいも苦労しているわけさ」
「私が珍しいって言ったのは……まあいいわ。これは貴方の問題だし、私が首を突っ込むこともないわね」
 何かを悟ったような顔をして霊夢はお茶をすすった。
 小町ははてと首を傾げる。レミリアにしろ幽々子にしろ霊夢にしろ。皆が皆、なぜこうも同じような行動をとるのだろう。
 ひょっとして何かに気づいているんじゃないだろうか?
「いやいやそんなまさか」
「?」
「あーその、こっちの話」
「そう?」
 特に疑う様子もなくお茶受けの羊羹を口に運ぶ霊夢。
 やっぱり偶然だ。あの二人ならともかく、こんな奴が何かに気付くはずがない。
 幸せそうにお茶をすする霊夢を見て小町はそんなことを思った。

 と、障子がスパッと開く。

「よう霊夢。お邪魔するぜ……おぉ? 今日はずいぶんと珍しいのがいるな」
「……人を希少動物か何かのように言うんじゃない」
「そうか? お前も私もこの世に二人といない希少動物だぜ?」
 にやりと笑って魔理沙。彼女はこの小町とのやりとりの間に、戸棚から湯飲みを出して霊夢の横に腰を下ろしている。
 そして当然のように急須でお茶を注ぎ、お茶受けの羊羹を切ろうとしたところで霊夢に手を叩かれていた。
「ちぇ。ケチ」
「ケチで結構よ。これは私のなんだから、お茶を飲めるだけ幸せだと思いなさい」
「何が“私の”だ。どっちも香霖のところから持ってきた奴じゃないか。香霖、怒って――る゛!?」
 重い音が聞こえて。魔理沙はテーブルに突っ伏してぶるぶる震え出した。
 テーブルの下で事件が起こったようだ。どうせろくでもないことになるだろうから小町は追求しなかったが。
「そういえば、さっきの悪人がどうのって話だけど」
「……は?」
 霊夢は何でいきなりそんなことを言い出したのだろう。小町は眉根を寄せた。
「だから、あんたは悪人を探しに来たんでしょ? ……境内に二人ほど縛られて転がってはいるけどそれとは別に」
 二人とは言うまでもなく美鈴と妖夢のことである。
 で、霊夢は魔理沙を指差して一言。
「これ、連れて行ってくれない? 不法侵入だわ」
「……これって言うな。それに不法侵入ってなんだよ。いつものことじゃないか」
「ね? しかも常習犯なのよ」
 さらりと酷いことを言ってのける霊夢。へこむ魔理沙。
 この二人のどちらが悪人かと言われれば霊夢だと思うのは気のせいではあるまい。
「……そんなこと言うなら霊夢の方が酷いじゃないか」
 うなだれていた魔理沙がすねように言った。
「だいたいこの家にある物の半分近くが香霖の――」
「うっさい黙れ」
 それ以上は言わせまいと、霊夢は普段からは想像もできない素早さで魔理沙の顔に札を叩き付けた。
「うぉ? なんだこれ……痛……いや痒い!?」
 悲鳴らしきものをあげながら顔を押さえてごろごろ転がる魔理沙。剥がれない上に相当痒いらしいが、それでも顔を掻きむしらないのは乙女心のなせる業か。
「……なあ博麗の。今とても気になる言葉が聞こえたんだが」
「聞こえない」
「いやでも」
「知らない」
「……」
「……」
「……」
「そ、それよりほら! 早くこれを連れて行ってよ。神の社に勝手に入り込む不届き者よ。立派な悪人でしょ!」
「……まぁ、悪人には違いはないけど……」
 勝手に人の家に入ってお茶を飲むだけなんて、幻想郷一の悪人にしてはずいぶんとスケールが小さいなと小町は思った。何か虐められてるし。
 一方その悪人はというと。
「痒いよう……霊夢ぅ……これ取ってよう……」
 わめく元気もなくなって泣きながら床に転がっていた。
(……ま、いいか。叩けば埃の出そうな奴ではあるし)
 この小町の予想は意外に的を射ている。うやむやになっている現在進行形の強奪記録を引っ張り出せば――閻魔の目から見るとどうなるかはわからないが――彼女の罪は相当なものになるだろう。
 とりあえず容疑者確保と、小町は魔理沙を縛ろうとする。
 しかし。

 ――駄目じゃないか霊夢。そんなんじゃ、自分にやましいところがあるって言ってるようなものだよ?

 いつの間にか彼女はそこにいた。
 彼女が魔理沙の額に触れると札は塵になって消えてしまう。
「うぅ……魅魔様ぁ……痒かったよぅ……」
「まったく、この弟子は。ヘタレの虫にでも憑かれたのかねぇ」
 言葉と裏腹に魅魔はどこか嬉しそうだった。泣きやまない魔理沙の頭を撫でながら、突然の出来事に唖然としている小町へ目を向ける。
「さて、そこの死神。連れて行くなら私にするといい」
「……はぁ?」
 突然の申し出に小町は戸惑った。
 彼女――魅魔は、一通りの事情は把握しているらしい。しかし「私にするといい」とはどういうことか。
 小町も死神をやってそれなりに長い。今までいろいろな死者の魂を見てきた。根っからの善人や悪人、生きていた頃は聖人と呼ばれた者の魂を見たこともある。が、魅魔はそのどれとも違った。
 霊であることは見れば分かる。それも結構な年月を経た存在であることも。
 だがそれが善なのか悪なのかと問われれば迷ってしまう。なぜなら彼女は神聖なようにも、また禍々しいようにも見えるからだ。これは不思議と言うより不気味と言った方が正しい。
 つまるところ、小町にとって魅魔はよくわからない存在だった。
「申し出はありがたいんだけど……う~ん」
 そんなわけのわからない奴を連れて行ってもいいのだろうか?
 小町は大いに迷ったが、その背中を押したのは魅魔の一言だった。
「私は一度、人間を滅ぼそうとしたことがあるんだよ。陰陽玉に封じられた力を使ってね」
「え?」
 それは本当かと小町は霊夢を見る。霊夢は渋々といった感じで頷いた。
「確かにそんなこともあったわ」
「ほらね? さ、わかったら早く連れて行ってくれないかい?」
 どこか納得はいかないが、本人と霊夢が認めた以上、疑う余地はない。大罪人(霊?)確保。
 妙に協力的な魅魔を連れて部屋を出ようとすると彼女は一度だけ振り返って言った。
「そうだ。魔理沙、なるべく早く家に帰るんだよ。できれば今すぐがいいかな」
「……うん、わかった」
 箒に跨って飛び去る魔理沙。それを遠目に見ながら、小町も最後の目的地を目指して空へ飛び上がった。









 ◇









「幻想郷一の悪人ですか……ここから博麗神社まででも結構あるのに、大変ですね」
 最後の目的地、永遠亭にて。案内のため小町の少し先を行く鈴仙は心底気の毒そうな顔をして言った。隣でてゐが呆れた顔をしていることには気づいていない。
 映姫の言いつけで幻想郷をあちこち飛び回った、という話をしたからなのだが、実際は能力を使って距離を縮めているのでそれほど大したことではない。素直に騙されるこの人の良さそうな月兎にちょっとした罪悪感を抱きながら、まあねと答えた。
「でも紅魔館、白玉楼、博麗神社と回ったのに、どうしてここに来る必要があるんですか~?」
 てゐがぴょこぴょこと小町の横までやって来る。
 鈴仙と違って小町が来た理由に気づいているはずなのに、それをわざわざ尋ねて来るなんていい性格をしている。その分厚い面の皮を剥いでやろうかと小町は思った。
「ここには閻魔様が探すような悪人はいませんよ?」
「……お前さんは相変わらず嘘を吐く癖が治ってないようだな」
「いえいえ、嘘だなんて滅相もない。私ほど正直な兎はそうはいませんよ」
 小町の言葉に怯んだ様子もなくてゐはにこにこ笑っている。
 こいつはもう一度懲らしめてやる必要があるか。小町が鎌に手をかけたその時、鈴仙が苦笑しながら言った。
「こらてゐ、そうやって嘘ばかり吐いていると本当に閻魔様に怒られるよ?」
「うー……それはちょっと嫌かも」
 やんわりと窘められて、てゐは困ったように頬をかいた。どうやら彼女も閻魔は苦手なようだ。
 と、一枚の襖の前で鈴仙が立ち止まる。ここが『姫』の部屋らしい。
「姫様、お客様をお連れしました」
「――どうぞ」
「……あれ?」
 鈴仙は変な顔をしたが、気を取り直すように襖を開けた。



 部屋の中にはテーブルを挟んで銀髪の女性が座っていた。
「やっぱり。師匠、姫様は?」
「今、お休みになられたところよ」
「……『今』、ですか?」
「ええ。『今』よ」
 鈴仙は頭に疑問符を浮かべ、永琳は至って普通に。それはボタンの掛け違いのようなおかしな会話。
「えと……でも、姫様はついさっきまで妹」
「――ウドンゲ。貴方も私の弟子なら、もう少し賢くなりなさい」
「は、はい……?」
「よろしい」
 ぴしゃりと会話を打ち切って、永琳は小町に座るよう勧めた。鈴仙は永琳の少し後ろに控える。てゐはその隣に。
 小町が腰を下ろし、給仕のウサギがお茶菓子を置いて部屋を出たところで、永琳は改めて口を開いた。
「それで、今日はどのようなご用件で?」
「ここで一番の悪人を引き取りに来た。……言わなくても分かってるくせに。弟子とは大違いだな」
「あら、気づいていたの?」
 自然な、しかし見る者が見ればわざとらしい、感心したような顔をする永琳。
「屋敷に入った途端にあちこちから“同じ”視線を感じたからね。……まぁいいか。で、話を戻すけど、どうなんだい?」
「そうねぇ……私としては、閻魔ともあろう者が、どうして貴方にそんなことを言いつけたのかが気になるけど?」
 まるで誰かさんの罰ゲームみたいね。永琳はにっこり笑ってそう言った。
 つつ、と一筋の汗が小町の頬を流れ落ちる。
(もしかして……バレてる?)
 目線をずらすと申し訳なさそうな顔をした鈴仙と意地の悪い笑みを浮かべたてゐがいた。
 付け加えるなら、今まで行った全ての場所でバレていることは言うまでもない。単にレミリアたちがここまで明確に切り込まなかっただけの話だ。
「そういうことよ。貴方の下らない失態に付き合わせるのは表の暇人だけにしてちょうだい。――さ、御引き取り願えるかしら?」
 これ以上ない笑顔で永琳は言う。
 その笑顔は、まだ居座るつもりなら力ずくで叩き出すぞという、事実上の最後通告でもある。
 死のない蓬莱人にとって、死神はおろか死後に裁きを下す閻魔でさえ恐れるべき対象ではない。邪魔をするなら排除するだけ。そして、彼女にはそれだけの力もあった。
 どうあがいても勝ち目がないことを悟って、小町は両手をあげた。
「……あーはいはい、わかったよ。邪魔者はここらで退散するさ。――その前に」
 テーブルの上の、菓子の盛られた皿を持って杯のように煽る。
「ふ~む。まあまあだな」
 置かれた皿は空になっていた。
 鈴仙とてゐは目を丸くした。永琳でさえ引きつった笑みを浮かべている。
「邪魔したな」
 小町が襖を開けたその時。



 ――パゼスト ・ バァイ……フェニックス!!



 爆炎と共に炎を纏った妹紅とあちこち焦げた輝夜が飛び込んできた。
 小町は反射的に脇へ飛び退いてやり過ごす。事態を事前に察知していたらしい後ろの三人は部屋の隅に避難していたために、これといった被害はない。代わりに部屋中火の海になったが。
 妹紅は空中で輝夜の胸倉を掴み、宙で一回転しつつ床に投げつけた。
 焼かれてぼろぼろになった畳と床板が砕ける。輝夜は剥き出しになった地面に背中から落ちた。
「痛たた……ちょっと妹紅! ここ私の家なんだからもっと気を遣いなさいよね!」
「うるさい輝夜! 先に手を出したのはお前だろう!」
「違うでしょ。私は『手を出した』んじゃなくて『手を入れた』のよ♪」
 手で何かを掴む仕草をしながら、輝夜はいやらしい笑いを浮かべている。
「く……っ! 蓬莱 ・ 凱風快晴――フジヤマヴォルケイノォ!!」
 顔を真っ赤にした妹紅は急降下、怒鳴るように叫んで輝夜の腹に拳を叩き込む。衝撃で地面は陥没し、直後、火山が噴火するように真っ赤な溶岩を噴き出した。
「わきゃあああぁぁぁー……!?」
 天井を突き破って空高く打ち上げられる輝夜。妹紅はそれを追って姿を消した。



 嵐が去って。燃え盛る炎の中で、小町は部屋の隅を見た。永琳と目が合う。
「とりあえず、出るか?」
「……そうね」





 ◇





 ウサギたちの消火活動も空しく永遠亭が炎に包まれて崩れ落ちていく。溶岩は止まったようだが、火の手は依然として衰えることを知らなかった。あとは周りの竹林に飛び火しないよう祈るしかないだろう。

 小町の横に立つ永琳は、その様をくたびれた表情で見ていた。



 鈴仙とてゐはそこから少し離れたところに座っている。
 てゐがくすくす笑いながら言った。
「あ~あ。これじゃ永琳の苦労も水の泡ね」
「……てゐ、それどういうこと?」
「わかんないの? 鈴仙ちゃんって頭はいいのに鈍いよね」
「鈍くて悪かったわね。それで、どうして師匠が苦労するのよ?」
「鈴仙ちゃん態度がなってなーい」
「ぅ……教えてください、お願いします」
 ぺこりと頭を下げる鈴仙。満足そうに笑うてゐ。
「はいはいかしこまりました。では鈴仙様、あの死神が今まで訪れたのはどこでしたか?」
「えーと……紅魔館、白玉楼、博麗神社に永遠亭……あ、そうか。最近、何か事件が起こった場所だ」
 鈴仙の答えにてゐは頷いた。
「当たり。だから永琳は輝夜を別の部屋に匿ったの。月の事件の原因は輝夜にあったし、永琳はまず輝夜の安全を第一に考えるからね」
「なるほどね。でも、どうして妹紅さんまで一緒だったんだろう?」
「さあ? 一緒にご飯食べてたからじゃないの? 最近は仲良かったし」
「……じゃあ、今回の喧嘩の原因も姫様かな」
「多分ね。そのうち歯止めが利かなくなるんだからやめればいいのに」
 二人は顔を見合わせ、時折ぱっと明るくなる空を見上げて、一緒に溜息をついた。



「小野塚小町さん」
 前を向いたまま、一歩進んで永琳は言った。結果、後ろにいる小町に永琳の顔は見えなくなる。
「少しの間、お待ちいただけますか?」
「別に構わないけど」
 答えを聞くと永琳は飛び立った。
 彼女の声は平坦で何を考えているかもわからない。でもなんとなく、小町は永琳の飛び立った方向に手を合わせていた。
「……二人とも、ご愁傷さま」





 ◆





 二人がぶつかりあう度、夜空に大きな火花が散る。
「どうした輝夜、自慢の五つの難題とやらはもう打ち止めみたいだな?」
「そういう貴方こそ、さっきから背中の翼が小さくなっているんじゃない?」
「――ぬかせ!」
 炎の翼を羽ばたかせて妹紅は輝夜に突撃する。輝夜はそれを避けようとせず、蓬莱の玉の枝で受け止め、弾く。夜空にひときわ大きな火花が散り、辺りを明るく照らした。
「あはははは……! 突っ込むしか能がないなんて、まるで猪ねえ」
「ふん、余裕ぶってるわりには声が震えてるぞ!」
 連続して撃ち出される光弾の間を縫って、妹紅は輝夜に突撃する。回避行動は最小限に、被弾しようとも怯むことなく、より強く炎を燃え上がらせて翔ぶ。
 そして再び両者は激突する。勢いを増した妹紅を受け止めきれず、今度は輝夜が弾き飛ばされた。



 一進一退の攻防は続く。次第に輝夜の持つ蓬莱の玉の枝から光が失われていき、妹紅の背中の翼も小さく、弱々しくなっていく。
 決着の時は近い。殺されても死なない者同士、先に力尽きて動けなくなった方の負けということだ。
「まったく、ちょこまかと、よく、動く……」
「うるさい、お前こそ……さっさと、倒れろ……」
 二人のダメージはほぼ互角。罵り合う声にも疲れが見える。
「……ふぅ。じゃ、そろそろ決着をつけましょうか。早く帰って眠りたい気分なのよ」
 輝夜の持つ蓬莱の玉の枝が、これまでより遥かに強い光を放つ。
「――そうかい。奇遇だね、私もそんな気分だ」
 妹紅は背に負った不死鳥の翼を大きく広げる。それもやはり今までの比ではない。


 妹紅は翼を羽ばたかせて高度を取る。あとは獲物に向かって飛び掛るのみ。
 対して輝夜は自らの周囲に幾つもの光の珠を浮かべ、空に舞う不死鳥を射落とさんと狙いを定めた。
「いつでもいいわ……いらっしゃい」
「じゃあ、遠慮なく――!」
 妹紅は軽く飛び上がり、一転して輝夜目掛けて突撃する。回避行動など一切ない、最短距離での一点突破。
 残りの力全てを注ぎ込んだ妹紅の攻撃に、輝夜も同じく自分の持てる全ての力を集めて作り上げた光弾を放つ。
 それはさながら不死鳥を噛み殺さんとする竜の牙のように、上下左右あらゆる方向から炎の中心にいる妹紅へと襲い掛かる。妹紅の目が、大きく見開かれた。



 ――輝夜が勝利を確信した刹那、地上より飛来した銀色の閃光が妹紅を直撃した。

 炎は霧散し、体をくの字に曲げた妹紅が光に引きずられるように空の彼方へと消える。
 わずか一秒にも満たない時間の出来事。輝夜はただ呆然とその光景を見ていた。



 しばらくして。
「えーと……流れ星?」
 目の前で起きた不可解な出来事に自分なりの理由を見つけようとした結果、出た言葉だったが、輝夜は頭を振ってその考えを追い出した。そもそも流れ星とは空から落ちてくるものであって空に昇っていくものではない。
 じゃあれは何だと、もう一度、流れ星らしきものが消えた方角を見た輝夜の視界は、

 ――ゴリ。

 嫌な音とともに真っ暗になった。
 余談だが、輝夜が最後に見たのは迫ってくる靴の裏だったとか。









 ◇








 
「話はわかりました。それで貴方は四人の候補を連れてきたというわけですね」
 翌日。一通りの説明を聞き終えて、映姫は改めて、座らされている四人の顔を見た。

 ――紅魔館の門番、紅美鈴。
 ――西行寺家の御庭番、魂魄妖夢。
 ――博麗神社の祟り神、魅魔。
 ――永遠亭の主、蓬莱山輝夜。

 いずれも近年、幻想郷において博麗を動かすほどの重大な事件に関わりのある者たち……と言いたいところだが。
「小町。それならなぜ、それぞれの事件の主犯を連れてこなかったのですか?」
 映姫の疑問も尤もである。
 誰であれ閻魔直々の要請とあれば断ることなど、まずない。
 そもそも映姫は初めに『方法は問わない』と言っていたので、「○○を連れて来いというお達しだ」でも問題はなかったのだ。
「えーと、それは……それは……」
 言葉に詰まる小町。
 悪人探しといっても特に当てがあったわけでもない。また、死神の権威なんてちっぽけなもの。妖怪に言うことを聞かせるなんてできやしない。
 そこで彼女の思いついたのが、映姫の名を借りることだった。
 まあ結局それ以上強気に出るなんて出来なかったわけで、映姫に言わせれば「惜しい。三十点」というところか。
「あ、あたいが決めるよりは、当人たちが決めたほうがいいんじゃないかなって。ほら、外見と中身の一致しない人って居るじゃないですか」
「……ふむ」
 小町の言葉に、映姫は考え込む素振りを見せた。
「確かに、個人の視野というものはどうしても狭くなりがちです。故に決定を他者の手に委ねるのも一つの手段ではあります。よく考えましたね、小町」
 映姫は優しく微笑む。
 ところが。
「ではそれを踏まえた上でこれを読みなさい」
 差し出されたのは数枚の新聞紙だった。







 ◆







 ※文々。新聞 特別号


 『紅魔館倒壊!』

 ○月○日の昼になろうかという頃、紅魔館から巨大な炎の柱が立ち上がり館を倒壊させるという事件が起きた。
 奇跡的に被害者はゼロ。館に勤務していた者の大半が生き埋めになったようだが、皆、自力での脱出に成功したとのこと。
 犯人は悪魔の妹として名高いフランドール・スカーレット。彼女に本誌記者が取材を試みたところ「仲間外れにされた」と、涙ながらに語った。
 事の真偽を確かめるため、主であるレミリア・スカーレット、その友人のパチュリー・ノーレッジ、メイド長の十六夜咲夜に取材を申し込むも、疲労(寝不足?)、多忙などを理由に敢え無く却下される。
 この三人の不審な態度から、紅魔館内で陰湿なイジメが行われていたのではないかという見方もできるが、真相は未だ闇の中である。

 なお、本誌記者は複数のメイドから、事件の直前に赤毛の死神が門番の紅美鈴を連れて紅魔館を後にしたという情報を入手することができた。
 この死神が事件に関わっているかどうかは不明だが、無関係ではないと思われる。
 本件は現在調査中である。追っての報告を待たれたし。



 『西行寺の庭師、失踪?』

 同日、上記の取材を終えた帰り道、白玉楼の近くを通りかかった本誌記者は奇妙な光景を目にした。力の抜ける掛け声とともに、木が次々と倒れていくのだ。
 不審に思って近寄ってみると、なんと白玉楼の主、西行寺幽々子が手にした扇で立ち並ぶ木々を切り倒していた。舞いながら扇で表面を撫でると刀を通したように木が倒れていく様は圧巻であったが、如何せん無計画に過ぎるように思われた。本人に自覚があるかどうか知らないが、広さ二百由旬と言われる庭の木を恐ろしい勢いで切り倒していくからだ。
 冥界とはいえ、ここは花見の名所でもある。本誌記者はどうにかしてこの破壊活動を止めるべく、取材を申し込むことにした。
 すると、彼女の口からは「庭師の妖夢が帰ってこないから、代わりに手入れをしているだけ」という返事が返ってきた。
 それ以上詳しいことは教えてもらうことができず、彼女は次の仕事があると言って下界へと飛び去ってしまった。

 また、未確認ではあるが、ここでも赤毛の死神を見たという情報を入手した。
 庭師の失踪や先の件との関連性を含めて現在調査中である。追っての報告を待たれたし。







 ◆







 手が震える。新聞紙は汗ですっかりふやけていた。そこに影が差す。
「どうしました、小町。次の記事を読まないのですか?」
「い、いえ、そんなつもりは……」
 映姫は笑顔で立っている。
 それが分かっているからこそ、余計に小町は顔を上げることができなかった。
「では私が教えてあげましょう。博麗神社が魔界の悪魔たちに占領されたという記事です。……まあ、博麗と霧雨が協力して追い返したようですし、この件は無かったことにしてあげますが」
 と言いつつ、映姫は横目で魅魔を見る。含み笑いをしながら見返す魅魔。
「何かな?」
「……いえ、別に」
 こほんと咳払いを一つして、改めて映姫は小町を見た。
「他にも永遠亭が全焼したという記事もありましたね。鴉天狗が今朝一番に、熨斗を付けて持ってきてくれました。何でも過去最高の売り上げを記録できたそうですよ」
 笑顔のまま、手にした笏がみしみしと音を立てる。
 堤防が決壊するような、予兆に近いものを感じて小町は反射的に土下座をしていた。
 こうなったらもう謝って謝って謝り倒すしかない。そう考えてのことだ。
「すみ」
「――さて、小町」
 残念。映姫は小町の言葉に耳を傾けようとはしなかった。トーンを落とした声で一蹴。
「……はい」
「さっき貴方が私に言ったことを覚えていますか?」
「……はい」
「よろしい。それでは当人たちで決めてもらいましょう」
 映姫の合図で四人が一斉に立ち上がる。





 ――この幻想郷で一番の悪人は……お前だ!!








 ※文々。新聞 特別号 ・ 其の弐

 え? その後どうなったかって?
 いつも通りですよ。いつも通りに小町様が叱られて、でも最後には四季様が許すんです。
 まあ、何日か経つとまた同じことを繰り返すわけですが。(苦笑
 お約束というか……もうこれなしにここはやっていけないんじゃないんですかね。
 ――おっと! もうそろそろ四季様が見回りに来られる時間ですので、私はこれで失礼しますよ。


                                    ~後日、獄卒の証言より~




 ども、お久しぶりです。akiです。

 とりあえず、映姫と小町を書いてみたかった。
 とりあえず、小町がいろんな人に迷惑を掛ける話にしたかった。

 ただそれだけです。
 …ああ、久々筆を取って何を書いているのやら…。

aki
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コメント



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2.70翔菜削除
良かったのはそれだけじゃないけどこれは言っておかなければならないと思ったので。


魔理沙可愛いよ可愛いよ魔理沙。
23.80削除
魔界の悪魔っつってもなー。ルイズお姉さんがお茶飲んでそれをサラが陰から覗くってくらいしか思いつかん。
あとちんき様が歩いて来て歩いて帰らされて、ひどいこといわれて怒って「かわいー」って言われるとか。

和むなぁ。