Coolier - 新生・東方創想話

紅とエメラルド

2006/04/29 03:36:45
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『第三百回! 不幸自慢コンテストッ! 優勝者は紅美鈴ーーー!!!』

夏の日差しの強い晴天の空に、司会、進行、解説を勤めるこーりんの声が響き渡る
舞い散る紙吹雪、観客達の祝福の声、その中を微妙な笑みで紅の髪の女性が通り抜けてゆく

優勝者を見送る者達の最前列で、涙を流しながら拍手で見送るのは
皆不幸をぶちまけ、語り合い、美鈴の前に敗北を認めた勇者達

一週間にも及ぶ悲しき戦いを制し、その頂点に立った紅美鈴

彼女の手にレミリアより黄金のトロフィーが手渡される
トロフィーを太陽に向けて掲げる美鈴、その姿は何時しか訪れる幸福を受け止めようとしているようにも見えた



『さて、三百回目という記念すべき節目を迎えたこの不幸自慢大会』

こーりんの声と共に途端、観客が静まった

『秘密裏にされ、未だに明かされなかった優勝賞品・・・』

実はこの大会の優勝賞品はこーりんとレミリア以外に知る者は居なかった
ただ知る事が出来たのは、それは物凄い賞品だという事だけであった

『それは・・・これだぁっ!!』


  <レミリア・スカーレットによる願い成就権>


『ざわ・・・ざわざわ・・・』

観客達から驚きの声が細々と上がる、つまり賞品をわかりやすく解説するとこうだ

<私の運命操作の能力と紅魔館の当主としての権力でどんな願いでもかなえて見せるわよ>

「というわけで、願いを言いなさい」
「は、はぁ・・・」

トロフィーをその腕に抱え、何故かリボンでデコレーションされたレミリアの前で困惑の表情を浮かべる美鈴

「何も臆する必要は無いわ、あなたはこの賞品を受け取るに相応しい偉業をなした、それだけのこと」
「そ、そうですか・・・それでは」

またも観客達が静まり返り、美鈴の発する言葉を一言一句聞き逃すまいと耳を澄ませる
果たして彼女はどんな願いを言うのだろうか、力か、金か、それとも永遠の幸せか


「一ヶ月・・・いえ、二週間でもいいですから、有給休暇を取らせてくださいっ!」


全幻想郷が泣いた










「では、明日の朝より、お嬢様には門番を務めていただきます」
「は?」

夕食、ディナータイム、カップを片手に優雅に紅茶を飲み干すレミリアの耳に
咲夜から寝耳に水をさしたような言葉が突き刺さった

「・・・どうして私が?」
「今回の優勝賞品、お嬢様が、自らの能力と権力で叶えると仰りましたので」
「確かにそうだけど、別に代わりの門番を用意するだけでいいじゃないの」
「無理です」
「は?」

咲夜の意外な返答の前に、もう一度理解できないという言葉を発するレミリア

「門番の激務に耐えられるものが居ないのです」
「・・・別に一人に任せなくても、複数人で頑張らせればいいじゃない」
「それでも肉体的、精神的な事情から無理なのです」
「一体どれだけ厳しいのよ、その門番は」
「高速移動ノンストップでルナティックをノーミスノーボムクリアするぐらい厳しいのです」

ふとレミリアは思った、いつも一人門の前で、ニコニコしながら仕事をこなし続ける美鈴
別に飢えているようではなかった、辛そうでもなかった、お仕置きの時以外は
ただ門の前に突っ立っているだけだし、夜は休む時間もきちんとあるはず
一体何がそんなにきついのだろうか、と

「・・・本当に出来る者が居ないの?」
「おりません、私でも門番を勤め上げるのは不可能です、正直な所、門番をやるぐらいなら死んだ方がマシです」
「・・・・・・」

おかしい、そんなに門番とは辛い仕事だっただろうか、もしかして皆で私をたばかっているのではないだろうか
そんな思いが頭をよぎり、逆に彼女の好奇心を刺激した

「わかったわ、二週間でいいのね?」
「はい、お嬢様であれば、勤め上げる事は可能だと思われます」
「そう・・・日光はどうするの?」
「それはパチュリー様の日光都合の悪い部分だけ除外結界でどうにかなります」
「やけに都合がいい結界があるものね」
「期間を限定すれば、難しくは無いとパチュリー様も仰っておりましたので」

カチャリ、とカップを置き、ゆっくりと咲夜へと顔を向ける
その時に気づいた、咲夜があまりにも哀れんだ目でこちらを見ている事に

「何よその顔は」
「いえ・・・何でもありません、どうか、どうかご無事に、二週間を生き延びてください」
「だから何なのよ門番ってのは」
「それでは、明日の朝より、お嬢様を門番として扱わせていただきます」
「・・・わかったわ」
「お嬢様という事実はこれより二週間、頭の片隅にも留めません、覚悟してください」
「やけに張り切るのね」
「完全が私のモットーですから」










次の日、まだ太陽が昇る前ではあるが、空が大分明るくなってきた朝の五時
レミリアの部屋を蹴破る音が豪快に鳴り響いた

「ん・・・なぁにぃ・・・?」

ドスッ!

「痛ぁぁぁっ!?」
「何時まで寝ているのレミリア! 早く起きて着替えなさい!」

痛みよりも何よりも咲夜から発せられた言葉に、一瞬何がなんだかわからなくなるレミリア
呆然と咲夜を見つめ、ようやく自分がどんな立場になっていたかを思い出す

「あ、ああ・・・そうだったわね、今起きるわ」

ドスッ

「何でぇぇぇ!!」
「レミリア! 門番であるあなたがメイド長の私になんて口利きなの!」

再度レミリアは面食らった、こんな事を言われたのは勿論生まれて初めてだからだ

「も、申し訳ございません咲夜さん、コレでよろしいでしょうか」
「・・・ま、上出来ね、さっさとこれに着替えなさい」

突如目の前に衣服が現れ、レミリアへと投げつけられる
その衣服はよくよく見れば

「これって・・・美鈴がいつも着ているのと同じ服?」

ドスッ

「も、申し訳ございません、これはいつも美鈴が着ていたのと同じ服でしょうか?」
「そうよ、とにかく早く着替えなさい、パチュリー様がお待ちになっているわ」

そうして久々の着替えに戸惑いながらも、何とか着終えるレミリア
その姿は、ある意味良かった、色んな意味で、特に生足



「パチュリー様、ただいま参りました」
「入りなさい」

キィィ・・・と扉が開けられ、巨大な図書館が二人の目に入る
その中で待ち受けているのはパチュリー・ノーレッジ

「・・・やはりいいわね、その姿・・・あ、少しポーズを取ってもらえるかしら?」
「は、はぁ・・・構いませんが・・・」

ふとその時、レミリアの頭にピーンと何かが走った

「・・・パ、パチュリー!!」
「あらあら苦しいわね、一体何のつもり?」
「まさかあなたが咲夜に変な入れ知恵をし――」

ドスッ

「レミリア! お嬢様の大切なご友人のパチュリー様に掴みかかるなんてどういうつもり!?」
「な、何よその矛盾した言葉は!」

ドスドスドスッ

「申し訳ありませぇん!!」
「うーん、やっぱりいいわね・・・」

パチュリーが咲夜に向かってグッドと親指を向けた事に、転げまわっているレミリアは気づく良しもなかった



ごたごたがありながらも、結界をはり、何とか門番をこなすための最低限の準備を終えたレミリア
その後、咲夜に早速門へと向かうように言われ、渋々と玄関の方へと向かう
そして紅魔館の巨大な玄関である扉の前に、一人の女性が立っていた
緑色の髪をし、身長は美鈴と同程度、左の耳に付けられた緑色に輝くイヤリング
彼女はレミリアに気づくと、早々に深々と頭を下げた

「レミリア門番長、おはようございます」
「おはよう・・・あなたは?」
「私は門番長補佐です、名前はホサです」
「門番長の補佐? それとも名前がホサ?」
「両方でございます、門番長補佐のホサです」
「そ、そう・・・他にはいないの?」
「いえ、私と門番長の二人だけです、紅魔館でも比較的体の強い私ですら、補佐を勤め上げるのが限界ですので」
「そう、大変なのね」
「それでは、本日・・・というか、毎日のスケジュールをお知らせさせていただきます」

そう言いながら、彼女が懐から取りだした一枚の紙
そこに書かれていたスケジュールはあまりにも単純であった

「朝五時から夜七時まで門番業、食事は朝五時、正午、夜七時、以上です」
「・・・それだけ?」
「はい、これだけです」
「これのどこが厳しいの?」
「私が門番長を勤めれば、一週間持つか持たないか・・・でしょう」
「一体どんなに厳しいのよ・・・」
「やってみれば、お分かりになると思います、では、私は職務に戻らせていただきます」
「ええ、分かったわ」
「門番長・・・ご武運をお祈りしています」
「本当にワケがわからないわ・・・」

そしてレミリアは門の前に立つ、生まれつき備わったカリスマが彼女を門の前でさらに際立たせる
とりあえず門の前にたち続けて昇ってきた太陽を見つめる
朝日の発する紅い光、いつもなら忌み嫌っていた光、しかし何故か今日はその光がとても綺麗に思えた

しかし、そんな彼女に門番の洗礼が襲いかかる

「門番長、朝食をお持ちいたしました」
「朝食か・・・」

門の柵の隙間を通り抜けてこちら側に出てくる補佐
正直、門としての意味はあるのだろうかと思ったが、正直これの前にはどうでも良かった

「これが朝食です」
「な、なんですって・・・!」

コッペパン

「あ、コッペパンは咲夜様が血を混ぜてあると言っておられましたので、安心して召し上がれると思います」
「・・・これが、朝食?」
「そうですよ? 勿論私もコッペパンです」
「・・・・・・・・・・・・」

コッペパン、これはどう食せばいいのだろうか、丸かじりでいいのだろうか?
それとも少しずつ千切って食べるのだろうか? それとも丸呑みにすべきなのか?
・・・とりあえず一口かじってみた、ただのパンだった

「・・・・・・・・・・・・もしかして、毎朝これ?」
「そうですよ?」
「の、飲み物は無いのかしら?」
「紅魔館の周りに沢山ありますよ、天然水が」

ふと後ろを見渡す、そこには広い広い湖、あ、チルノが飛んでる

「・・・・・・なんとなく、厳しいといってた理由が分かってきた気がするわ」
「それでは、私は仕事に戻らせていただきます」
「・・・そ、そう、頑張ってね」
「門番長も頑張ってください、アッラーの神のご加護があらんことを」
「・・・私、悪魔なのだけれど」



そしてレミリアの門番は続く、太陽も徐々に高くなり陽射しも強くなる
今は夏真っ盛り、ぎんぎんに照る太陽光線は、レミリアの体力をみるみる奪っていく

「はぁ・・・はぁ・・・、何よこのタクラマカン砂漠みたいな暑さは・・・」

自然と態勢が前のめりになり、瞼が半分落ちて、その頬を汗が滝のように流れる
さらに追い討ちをかけるように、門番の激務が彼女を襲う

ドスッ

「あ痛っ!!」
「レミリア! 何だらしない格好をしているの! きちんと胸を張って立ってなさい!」
「は、はいっ!!」

突如現れた咲夜に突き立てられた銀のナイフ
脳天に銀のナイフを突き刺したまま、両手を腰の後ろに回し、顎を上げ、見張りとしての態勢を取る

ドスドスドスッ

「頭にナイフを刺したまま胸を張ってどうするの!」
「すみませんすみません!!」

ふとレミリアは気づいた、今自分がかなり美鈴と似たような言葉を喋らなかったかと
とりあえず、ナイフが痛かったのでそんな事を深く考えてる暇はなかったのだが



正午、目が虚ろになっているレミリアの肩を誰かがぽんぽんと叩く

「門番長、昼食の時間ですよ」
「・・・え、あ・・・ホサ?」
「はい、ホサです」
「あ、そう・・・もう正午なのね」
「では早速向かいましょう」
「え? 向かうってどこに?」
「紅魔館の裏側です」

補佐につれられて向かった先は、普段見る事の無い紅魔館の裏
そこにあったのは、結構大きめの農園だった

「・・・えーと、これが昼食?」
「はい、そうです」

農園で栽培されているのは、キャベツ、大根、ニンジン、さつまいもなど、色々な野菜だった
レミリアは屈みこみ、ニンジンを一本引き抜いてじーっと見つめる

「・・・これは、あなたが作ってるの?」
「はい、補佐の仕事の一つですので」

手の中のニンジンは赤く、カロチンも豊富そうであった

「これ、どうやって食べるの?」
「丸かじりです」
「は?」


ぼりぼりぼりぼりぼりぼりぼりぼり・・・・・・


「なんで私がニンジンなんかを丸かじり・・・」
「あ、ちょっと待ってください門番長」

ふと補佐がレミリアを止め、かじられたニンジンの上に腕をかざす
次の瞬間、自らの鋭い爪で腕を切り、血をぽたぽたと垂らしていった

「こうすれば、少しは食べやすくなると思いますよ」
「・・・そうね」


ぼりぼりぼりぼりぼりぼりぼりぼり・・・・・・


ニンジンをかじる音がただひたすらに響く
肩を寄せ合う二人にぼりぼりとかじられるニンジン
まさかニンジンも自分が吸血鬼に食われる事になるとは思っても居なかった事だろう

「それでは、私は仕事に戻らせていただきます」
「ええ・・・頑張ってね」
「門番長も何とか頑張ってください、イエス様は自らを信じるものをいつか必ず救ってくださいます」
「私、キリスト教の神父に追われる種族なのだけれど」





「はぁ・・・これを二週間・・・」

昼食を終え、門へと戻ってゆくレミリア、だが彼女は気づいていない
門からどす黒いオーラが発せられている事に

「あ・・・れ? 咲夜・・・さん?」
「レミリア・・・」

チャキィっと音が鳴り、咲夜の手に大量のナイフが握られる
そしてその目は紅く紅く光っていた

「あなたが門を外していた間に毛玉が大量に押し寄せてきたわ」
「ええっ?! で、でも・・・」
「毛玉を近寄らせないのも門番の役目、それすら満足にこなせない物には、月に変わってお仕置きよ!」
「ひゃああ! ごめんなさいごめんなさい助けてくださーい!!」
「殺人ドール!」

ふとレミリアは気づいた、たしか美鈴がこうやって追い回されている場面を見た事があったな、と
しかし咲夜に追いまわされている今、そんな事を深く考えている余裕はなかった




カー・・・カー・・・

夕日の中、烏の声が耳に染みる
ようやく今日の門番業務が終わるのだと思うと、うっすらと涙が出てきた

「門番長、夕食の時間です」
「ああ・・・ようやく七時になったのね・・・」
「今日の激務、お疲れ様です、それではこれをお持ちになってください」
「・・・は?」

補佐から手渡された物は、先端に糸が括りつけられた細い竹、その先にはJ字の針のようなものも付いてあった

「釣竿です」
「・・・夕食は魚?」
「はい、では湖に向かいましょう」
「さ、魚・・・魚か・・・」

そして湖のほとりで釣り針を垂らす二人
レミリアにとっての初めての釣りは、なんとも厳しい物だった

「・・・釣れないわ」

チョンチョンチョンと釣り糸を上下に揺らす、魚は食いつかない

「・・・・・・」

ふと引き上げてみる、餌を食われていた

「・・・・・・・・・・・・!」

釣り針が何かに引っかかる、根掛かりだった

「門番長、どうですか?」
「釣れないわよっ!!」
「すみませんっ!」
「そういうあなたはどうなの!」

叫び、半分怒りながら補佐の方を見るレミリア
するとそこにはパシャン! パシャン! と次々魚を釣り上げていく姿が見えた

「・・・・・・どうやったらそんなに釣れるのよ」
「コツがあるんですよ、まずこうやって餌をつけるんです」

そう言って補佐は慣れた手つきで針に餌を付ける

「そして水の中を読み、竿を振り、遠心力を付け、魚の口めがけて釣り針を投げ込む!!」

ヒュンと竿が唸り、ピシュンッ!と水が切れるような音がした直後に、バシャァ!と釣りあがる大きな魚

「水の中を読むのが大変ですが、気の流れを感じ取れるようになればすぐにできるようになりますよ」
「というかそれ、餌つける必要無いんじゃないの?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・そうですね」
「あっさりと肯定!?」



パチパチパチパチ・・・

紅魔館の外庭に、焚き火の煙が細々と上がる
その焚き火で焼けていく魚を見つめ続けるレミリアと補佐

「あ、この魚焼けましたよ、どうぞー」
「・・・頂くわ」

もしゃもしゃと渡された魚をかじるレミリア、彼女にとっては魚を食したのも生まれて初めてだった

「・・・意外と、美味しいかもね」
「焼き立てですから」

もしゃもしゃもしゃもしゃ・・・

「もういやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「門番長!?」
「もう嫌よ! いや・・・いやぁ・・・」
「耐えてください門番長! 三日も耐え抜けば慣れて少しは楽になります!」
「ぐすっ・・・ひぐっ・・・」
「大丈夫です、門番長ならなんとかなります!」
「・・・ぐすん・・・そ、そうね・・・この程度でへこたれてはいられないわね・・・」
「その意気ですよ!」



「・・・・・・で、ホサ」
「はい」
「ねぇ、これは本当に本当なの?」
「はい、本当に本当の本当です」

紅魔館の門、その門を支える巨大な柱、塀と一体化しているその柱の内側の陰で
レミリアが神妙な顔つきで補佐を睨んでいた

「ここが・・・私の寝る場所?」
「はい、そして反対側の柱の影が私の眠る場所です」

ちらりと横目で柱の陰を見つめる、その部分にだけ布のような物が敷かれていた
美鈴は本当にここで寝ていたのだろう、しかしまさか自分が寝る事になるとは思いもよらなかった

「・・・布団は?」
「ありません」
「・・・何も無しで寝ろって事?」
「はい」
「・・・冬はどうしてるの?」
「苦労してます」
「・・・そう」
「頑張ってください・・・うう」

ふと補佐の目からも涙のようなものが浮かぶ、やっぱり彼女も辛いらしい

「頑張ってれば必ず・・・魔界神様がアホ毛をくださりますから・・・」
「段々とおかしくなってきてるわよ」





「お嬢様、紅茶が入りましたよ」
「あら美鈴、気が利くわね」

・・・この光景はなんだろうか

「相変わらず、あなたの淹れる紅茶は美味しいわ」
「そうですか? 光栄です」

そうだ、これは美鈴がメイド長だった頃の・・・

「最近はどう? メイドの数がまた増えているのだけど」
「はぁ・・・最近他のメイドの皆さんがさらにメイドを連れてきたりしてまして・・・」
「それで数が増えてるのね、最近躾のなってないのも多いわ、何とかなさいな」
「は、はい、何とか頑張ってみます」

懐かしい光景・・・まだ咲夜も、パチュリーすら来る前の頃だったかしら・・・

「申し訳ございませんお嬢様、私はこれ以上メイド長を続けるのは無理なようです」
「・・・一体どうしたの?」

場面が変わった・・・そうだ、この日は美鈴が・・・

「その・・・私がメイド長では不服だという方達が多くなりまして・・・その・・・」
「・・・無様ね、従者すらまともに纏め上げられないの?」
「も、申し訳ございません・・・全ては私の力不足によるものです・・・」
「わかったわ、去りなさい」
「はい・・・あの、お嬢様」
「何よ」

そして・・・この後に確か・・・

「わ、私・・・門番をやらせていただいてもよろしいでしょうか?」
「・・・門番? そんなもの下っ端にでもやらせておけばいいじゃない」
「はぁ・・・でも相当厳しい業務だと前から聞いておりまして・・・」
「でもあなたがする必要は無いでしょう?」
「その、館内での争いというか、そういうのがどうも合わなくて、それならいっそ関係ない外の仕事でもと・・・」
「・・・勝手になさい」
「はい、ありがとうございます」

どうでもいいことなのに礼を言うなんて・・・相変わらず間の抜けたというか、何と言うか
結局この後、咲夜が来るまで何度メイド長が変わったかしら
紅茶が美味しくなかった、振る舞いが気に食わなかった、色々な理由で消したわね・・・





「門番長、起きてください門番長ー」
「ん・・・う・・・補佐?」
「朝ですよ、早く起きないと咲夜さんが来ますよ」
「っ!!」

補佐の一声で跳ね起き、服に付いた土を払う
今日で門番は三日目、すっかり身体に門番の職務が染み付いてきているようだった

「はい、朝食のコッペパンです」
「・・・頂くわ」

もぐもぐと機械的にパンを口に含み、噛み、飲み込んでいく
湖から汲んできた水で押し流し、食事を終える

「今日も一日頑張りましょう、博麗神社の祟り神様だってきっと見てくれていますから!」
「・・・そうね」

補佐はまた今日も変な事を言っている
恐らく、私の精神的な負担を減らすために、彼女なりに考えて楽しんでもらおうとしているのだろう
だけど私の心は大分消耗してしまった、門番の業務は、やはり咲夜が言っていたように厳しい物だった

食事は朝食以外原則的に自給自足
侵入を許せばお仕置き
門番としての態度が悪ければまたお仕置き
食事している時以外休憩は禁止
さらに食事時に毛玉の進入を許せばやっぱりお仕置き
寝る所は土の上にぼろい布を敷いただけの場所
そして夜間も侵入を許せば、朝食抜きという悪魔の所業

美鈴はこんなに困難な仕事を何百年とやってきたのかと思うと、思わず苦笑する

何のことは無い、私がただ下を見なかっただけなのだ
従者同士の醜い争い、その陰で苦労してきた者達、そして私を支えてきた者達
結局私は何も見ていなかった、気づいていなかった、ただそれだけのことだったんだ





・・・・・・あれ、お仕置きさえなければ少しはマシになるんじゃないの?





「お仕置きですか? でもそれも何百年と続く門番仕事のような物ですから」
「仕事?」

裏で農園の世話をしていた補佐は、まるで意に介さないように返答していた

「はい、昔は門番は役立たずの下っ端の集いでした、それ故に館内のメイド達の鬱憤の捌け口だったんです」
「つまり、門番へのお仕置きはただのストレス解消?」
「そうなりますね、あ、ただしそれは今のメイド長が来る前までの事です」
「つまり咲夜・・・さんが来るまで?」
「はい、今のメイド長に変わってから館内のメイド達が何かしてくるという事はなくなりました
 その代わりにメイド長が門番の規則に乗っ取ってお仕置きをするようにはなったのですが・・・」
「やっぱり融通が利かないわねあの子は・・・頑固なんだか何なのだか」

やれやれといった表情で溜息をつくレミリア、でも補佐の表情は何故か微笑んでいた

「そうですけど、咲夜さんがメイド長になる前の方が酷かったんですよ、ただの苛めでしたから」
「苛め、ね・・・はぁ、聞いてるだけで頭が痛くなるわね・・・」
「頑張ってください、頑張れば閻魔様だって地獄に落とす事だけは勘弁してくれますから!」
「・・・そうね」



そして一日、一日、時が過ぎてゆく

四日目、雨の中立ち続けた

五日目、弾幕の雨あられだった

六日目、紫が隙間経由で侵入し、何故かお仕置きされた

七日目、うっかり立ったまま眠ってしまい、咲夜に一日中追い回された

八日目・・・

「・・・熱い・・・うぅ・・・」

駄目だ、意識がはっきりしない、目が霞んできた
何で私は門番をやっているんだろう、何で私はここに立っているんだろう

アレ・・・空ガマワル・・・地面ガ・・・チカヅク・・・





「・・・様・・・お嬢様!」

お嬢様・・・? まだ私をお嬢様と呼ぶ者が居たのかしら・・・

「お嬢様、しっかりしてください!」

紅い・・・そうだ、この紅い髪は・・・

「美鈴・・・?」
「そうです美鈴です! しっかりしてくださいお嬢様!」

そうだ、私は・・・急に空が回って・・・ああ、倒れてたのね・・・

「ん・・・もう、大丈夫よ」
「どう見ても大丈夫じゃないですよ! 何でお嬢様が門番なんかしているんですか!」
「何でって・・・あなたの代わりにじゃない」
「私の代わりにお嬢様に門番をやらせるぐらいなら、最初から休みなんかいらないですよ!」
「何よ・・・折角頑張ってるのに、そんな言いか・・・た・・・・・・」
「お嬢様!? お嬢様ーーー!!」










レミリアの寝室、そのベッドの上でスヤスヤと眠り続けるレミリア
そのベッドを取り囲むように、咲夜、パチュリー、美鈴の姿があった

「疲労の蓄積、睡眠不足、栄養失調、よく七日も持ったものね」

パチュリーがレミリアに手をかざし、なにやら呪文を唱えて身体を癒していく
その間に咲夜が食事と思われる紅茶を用意していた

「これで大丈夫よ、あと二時間もすれば目を覚ますから、きちんと食事を取らせてね」

そう言い残し、部屋を出ようとするパチュリー
しかし扉の前に美鈴が立ちはだかった

「出て行く前に・・・パチュリー様、咲夜さん、これは一体どういう事なのか説明してくれますよね・・・?」
「・・・え、えーと、その・・・な、何でもないわ、ただレミリアがあなたの願いを聞き届けようと頑張っただけの事よ」
「そ、そうよ美鈴、お嬢様があなたの為に・・・」

パチュリーと咲夜がとぼけようとした直後、ズドォン!!と轟音と共に紅魔館が大きく揺れる
轟音と振動の発生源は、美鈴が前に一歩突き出した右足、床に思い切りたたきつけた震脚
その右足の周囲のカーペットは跡形もなくはじけ飛び、その足元から連なるヒビが部屋中を這い回っていた

「ああうあうああああ・・・」
「ひ・・・ひゃ・・・あああ・・・」

異常とも取れる光景を目の当たりにし、もはやうめき声のような悲鳴が二人から発せられる
彼女達の目の前には、その赤い髪をざわざわと逆立て、凄まじい眼光でこちらを睨む紅の龍の姿があった

「わかりました、とぼけるのでしたら・・・身体に聞くまでです・・・!」





「・・・んん・・・あれ、ここは・・・?」
「あ、お嬢様、お目覚めになられましたか?」
「あれ、美鈴・・・?」
「はい、紅茶が入りましたよ」

ゆっくりと状態を起こした所に、美鈴から紅茶の入ったカップが手渡される
ほのかな血の臭いと、その手に伝わる温かみが懐かしく、またそれは格別の味だった

「相変わらず、あなたの淹れる紅茶は美味しいわ」
「そ、そうですか? 光栄です」

あの時とほとんど変わらない言葉に、思わずクスリと笑みがこぼれる

「ところで美鈴」
「はい、なんでしょうか?」
「どうして私の部屋がこんなにボロボロで、しかも紅い鮮血でデコレーションされているのかしら?」
「・・・・・・・・・すみません」
「一体何をやったのよあなたは・・・」










ミーンミーンミーンミーンミー・・・・・・

「暑い・・・」

門の前に立ち続ける一人の女性
脳天から足先まで汗がだらだらと流れ、その銀髪は太陽光の光でとことん熱されていた

「咲夜! きちんと胸を張って立っていなさい!!」
「は、はい! 美鈴さん!」

門番の衣装に身を包んだ咲夜を、メイド服に身を包んだ美鈴が叱り付ける

「今度無様な姿を晒していたら・・・お仕置きですからね」
「そ、それだけは許してください!」

ちなみにお仕置きとは、おしりぺんぺんである

「まあ、倒れないように頑張ってくださいね」
「・・・あ」

ふと美鈴が咲夜の横を通る時に、スッと差し出された冷たい水
それを受け取るや否や、咲夜はまるで砂漠で遭難した人のように美味しそうに飲み干した

「・・・はぁ・・・はぁ・・・うう・・・」

水を飲み干した咲夜の目からは、何故かぽろりぽろりと涙が流れていた



「あの・・・咲夜さんに門番をやらせて良かったんですか?」
「あれでいいのよ、残りの一週間、きっちり頑張れば門番の大変さが理解できるわ」

レミリアの部屋で、共に紅茶を味わう二人
紅魔館にこの光景が戻ってきたのは一体何時の日以来だろうか

「そうですか・・・でも門番ってそんなに大変な仕事ですかね?」
「そう言えるあなたは化け物とだけ言っておくわ」
「ひ、酷いです・・・」
「それにあの子も、ただ形式をこなすだけがメイドじゃないという事に気づくはずよ」
「・・・??? あ、そういえばパチュリー様はどうなされたんですか?」
「パチェなら補佐の仕事をさせているわ、見張りつきでね」
「補佐・・・ですか?」
「そうよ、それとあなた、補佐の居場所を知らない? 探しているのだけれど、見つからないのよ」
「補佐の居場所ですか・・・知ってはいますけど、ご案内しましょうか?」
「ええ、今すぐにね」



そうして美鈴に連れられて向かった先は、屋敷の右手に見える小さな森
その鬱蒼と生い茂る森の中央に、補佐の姿はあった

「嘘・・・」
「ここが・・・彼女のお墓です」

木漏れ日に照らされるどこにでもあるような白い石、その表面には、色々な者達の名前が掘ってあった
そしてその名前の中の一番下に記されていた、ホサという名前

「なぜ・・・? どうして?」
「・・・彼女が死んだのは、咲夜さんがメイド長になった日の晩の事でした」

それまでメイド長だった者が、たかが人間にその座を奪われた日
その鬱憤を晴らすための矛先が彼女に向けられ・・・そして一つの命が奪われた

「彼女を柱の陰で見つけた時には、すでに冷たくなっていました」
「・・・それなら、私が出会ったのは?」
「力の弱い妖怪は、死すれば何も残りません・・・ですからそれはきっと、彼女の残した思いです」
「思い・・・」
「どうやってお嬢様の前に現れたかはわかりませんけど、昔から心配性な子でしたから・・・」

二人は墓を見据える
紅魔館の門を守り、朽ち果てていった戦士達の眠る墓を

二人は帰り行く
戦士達によって守られてきた館へと





門を支える柱の陰で誰も気づかない程度に淡く輝く緑色の光
土に埋もれたイヤリングから放たれるそれは、静かでやさしい光だった――。
「咲夜さん、このメロンパンと珈琲牛乳はなんですか?」
「あなたの朝食よ」

「咲夜さん、このほかほかのご飯はなんですか」
「あなたの昼食よ」

「咲夜さん、このお肉はなん「あなたの夕食よ」

「咲夜さん、この部屋「あなたと私の愛の巣よ」


真下に良い美鈴作品があるから投稿しづらい・・・でも投稿しなきゃ漢じゃない
というわけで投稿したのですが、どうすればへたレミリア予定の作品がこうなるんだろうorz
幻想と空想の混ぜ人
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コメント



0.9430簡易評価
6.70どっかの牛っぽいの削除
う~ん、最後でいい話やね、と思ったら
「あなたと私の愛の巣よ」
待遇よくなってよかったのか?ってか咲夜さん俺と部屋換わっt(殺人ドール)
7.90アティラリ削除
ホサ…アンタって奴ぁ…
8.90てきさすまっく参拾弐型削除
ふむ・・・いささか過酷に過ぎるが、まあこれも幻想郷的。
12.90名前が無い程度の能力削除
このまま皆幸せになってしまえ!(泣
18.80名前が無い程度の能力削除
これは、これはいい・・・っ!
19.70おやつ削除
つ献花
21.70名前が無い程度の能力削除
かなりいいと思うが最後ホサが死んでいたというのは少しやりすぎかなと思う
25.50名前が無い程度の能力削除
門番のひどい扱いというのがありがち二次設定のかき集めなのが惜しい。
それを使ってなんだかいい話にまとめちゃってるからかなり違和感が。。。
30.60翔菜削除
うーん、面白かったんですが最後ちょっと何かがズレたかなという印象。
これはこれでよかったのですが。
31.90悪仏削除
眠る戦士達に合掌
46.100エノレモ削除
前半と後半でかなり違いますね。いやいや、お見事でございます。
50.70名前が無い程度の能力削除
よくわからなかったが引っ張られた
56.70Aliasfill削除
「二次設定~」は私も思いましたが、それでもこれは良い作品だ
59.60変身D削除
コメディとシリアスの微妙なスキマを抜けたような作品ですな。
これはこれで良いお話でした。
70.90かわうそ削除
みごと。
76.100Shingo削除
コメディとシリアスが自然に書かれていました。お見事です!
89.100黄昏削除
読むの五回目だけどやっぱり良いな
93.100ミスト削除
前半と後半が、良く分かれていたのでとても読みやすかったです。
オリジナルキャラも良かった。
94.90名前が無い程度の能力削除
愛の巣に全てがある
134.100名前が無い程度の能力削除
~ホサ追悼元メイド長お礼参り参加者募集~


既にレミリア直々に手ぇ下してるか。
141.100時空や空間を翔る程度の能力削除
門番の苦労の半分は
咲夜さんで出来ている事が判明・・・・


最後を読んで
咲夜さん
話が飛びすぎ・・・(汗

148.100自転車で流鏑馬削除
・・・・・・ブワッ
153.80名前が無い程度の能力削除
ホサ…
169.80名前が無い程度の能力削除
中国は影の実力者か・・・
170.100名前が無い程度の能力削除
魔界神様にアホ毛をもらう為に頑張ります。
172.100名前が無い程度の能力削除
ホサ・・・おまえって奴は・・・(ホロリ
175.90名前が無い程度の能力削除
今頃こんな名作を見つけてしまった……。
ホサーー!!!
186.100みなも削除
ずいぶん,遅れたコメントで申し訳ありませんが

この作品,大好きです.
193.100名前が無い程度の能力削除
ホサ!!!
212.100名前が無い程度の能力削除
うわ、やべぇ、過去作漁ってたらこんな……。
ただのギャグだと思ってた分、落ちのギャップに胸うたれた。