Coolier - 新生・東方創想話

お嬢様の陰鬱

2006/04/27 09:41:54
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ここは妖怪すらも恐れて近寄らないという紅の館、通称『紅魔館』。
風の噂では、時間を操る切裂メイド長(人間)を主軸とする、五行二星の魔法を自在に合成・操作する魔女、永遠に幼い紅き吸血鬼、無邪気な破壊の申し子など、正しく人外魔境の巣窟である。侵入自体は容易いと言うが、逆に、館から生きて帰って来た者は居ない。周辺に住まう妖怪にとって紅魔館は、畏怖と、ちょっぴりの崇敬の対象だった。
その象徴と言っても過言ではない紅の館の主、レミリア・スカーレットは、今現在大いに悩んでいる。先に補足しておくと、ここ紅魔館は絶対王政に近い形式を取っている。即ち、王(レミリア)がいて、賢臣(極僅か)が支え、奴隷(その他)が働く。王にとっては『絶対服従』のみが奴隷に対する唯一の命令であり、それを可能にするのが『厳然たる威厳』『絶対的強者に対する絶大な恐怖』なのである。

それが、

ここ最近頻発する『例の泥棒』騒動で、崩れつつあった。
(前述の通り)畏怖と崇敬の対象であった紅魔館に易々と侵入し(ここまでならまだ良い)、レミリアの友人の貴重な魔導書を奪った(本人は「死ぬまで借りる」と屁理屈をこねる)挙句、あろう事か、あっという間に逃げ去って行くのだ。去り際に極太の極光で、館内を抉り炙って崩壊させてから。まるで、勝鬨を挙げるかのように。レミリアは、これまで寛容にそれを許してきた(咲夜が時間を止めて修復しているおかげ)の、だが…。
(――「なんですか、その、お嬢様って……若干、日和りました?」――)
未だ脳髄で反芻され続ける、その言葉。何故一介の奴隷、それも門番如きにそんな事を言われてしまったのか。答えは簡単、自身の王としての威厳が、失われつつあるのだ。
その要因は疑いようも無い。
霧雨魔理沙という名の、泥棒。
ここまで『レミリア・スカーレット』という恐怖を嘲り、蔑ろにして、あまつさえ盗みを働く、という人妖が、古今東西存在しただろうか。
答えは否。
ならば、―例外は、許さない。
何より、私のプライドが、許さない。
(ここまで侮辱されて……黙っているほど、私は甘くない!)
判決。
(覚悟を決めておけ、霧雨魔理沙……。次を貴様の最期にしてやるッ!!)
死刑。
レミリアは、苦手だと言うのに十字をきった。

極光が、書庫の壁を盛大に貫いた。
轟音が轟こうが、図書館の主、パチュリー・ノーレッジは現在の読本から目を離さない。それもこれも、この光景を日常として受け入れ、慣れてしまったからである。一種の弊害といえた。
「パチェ、ねぇちょっと聞いてる~~?」
「勿論」
レミリアの呼びかけにも薄い反応しか示さない辺り、元来からの性質も加わって相乗効果を発現しているのだろうか。
「まったく、魔理沙も懲りないわよね。こんなに壊しちゃ、小悪魔が可哀想じゃない」
喘息を患っているため、どうしても小さな声になってしまうパチュリーが幾ら「持ってかないで~!!」と叫んだ所で、魔理沙には届かないのがオチだろう。……届いたとしてもその簒奪行為は続くと思うが。
「パチェは、……悔しくないの?」
確認する。
「何が?」
「本を盗られて。書庫を空き放題荒らされて。自分が、敵わなくて」
パチュリーは、大きく溜息を吐いた。
そして、呟く。
「悔しい」
蚊の泣くような、声だった。
だが、レミリアを促すには、充分過ぎた。
「判った」
そう言い、レミリアはついさっき着たばかりだというのに、小悪魔の淹れた紅茶(貴重品入り)に口も付けず、席を立った。その背中が、禍々しいまでの極大なオーラ(と、言うべき力の奔流)に包まれている事に、パチュリーは気付かなかった。
そして、レミリアも気付かなかった。
(貸してって言えば、貸してあげるのに……。魔理沙、なんで、言ってくれないの…………?)
そうパチュリーが、心底想っている事に。

あっという間の、時間の流れ。
満月とはいかないが、それでも美しい月が、紺碧の空に懸かっている。
夜になった。
「咲夜!」
テラス、一つの西洋テーブルと二つの椅子が置かれた、優美な空間。
レミリアは、従者の名前を呼んだ。
「はい、お嬢様」
と、前触れも無く現れるのはパーフェクトメイドこと十六夜咲夜、レミリア曰く『有能な掃除係』である。一方のレミリアはテラスの手摺りに腰掛け、夜風にウェーブのかかった髪を靡かせ、月を仰いでいた。
「今日はもう非番でいいわ」
「は、はい?」
唐突に言い渡された非番告知に、咲夜は面食らう。どちらかといえば、吸血鬼たるレミリアの世話をするのは、夜の方が頻度多しなのだが。
「アナタでも不可能なモノは不可能なのね」
「……」
咲夜は清聴する。
「ううん、怒っている訳じゃ無いの」
遠く、遠雷すら目を凝らさねば見えぬ、という距離から、確かに、極光が煌いた。
「若干、荷が重すぎたのかしら。あの人間は、あまりに人間の域を超え過ぎてるのね」
それが、レミリアの瞳に映る。
「これが今日最後の命令よ。美味しい紅茶を、用意して頂戴」
「……はい」
途端、パチンとスイッチが入るような音、瞬間、咲夜の右手には銀のお盆が、種も仕掛けも無く現れる。咲夜はお盆の上に置かれていたティーカップに紅茶を注ぎ、レミリアに差し出した。それを、レミリアは一口啜り、
「AB型の………うん…RH-、ね」
それをタンと咲夜の持つお盆の上に乗せ、
「私が帰って来るまでに、もう一杯準備をしておきなさい。紅茶、というよりは、咲夜を直に吸いたいな。きっと、疲れて帰って来るから」
「はい、判りました。……お気を付けて」
ふわり、と手摺りから浮く。
「往って来る」
と、言い残し。
レミリアは、夜空へ発った。



障害物は薙ぎ払う。
矮小だろうが脆弱だろうが強大だろうが最強だろうが、関係無い。
有象無象の区別も無い。
人妖生死の区別も無い。
邪魔だと自分が思えば、それが薙ぐ基準となる。
関係あるのは、……

そうだな、

相手が、何か、珍しい物を持っているかどうかで、
少しは考える。
考えるけど、持っているかどうかは、判らない。
なら、薙ぎ払う。
以上。



「月が綺麗ね」
「そうか? 雲がかかってるもんだから、あんまりそうは思えないぜ」
相対する二人は、月を背にしていた。
「で。なんか用か? 本返せ~、てのだったらお断りだぜ、死ぬまで借りる契約だ」
魔理沙は、茶化すように言った。
レミリアはにこりと笑い、
「いいえ。アナタは、少し、私の怒りに触れただけ」
一閃。
魔理沙が表情を疑問へと転換させる暇すらない刹那、レミリアの爪が魔理沙の帽子を貫いていた。魔理沙は反射的に飛びのき、距離をとる。
「ッ!?」
レミリアは虜にした帽子をくるくると指先で廻し、厭きた時点で放って魔理沙に返す。
「怒り、というよりは、逆鱗かしら」
レミリアが腕を大きく、まるで十字架のように広げた。いつの間にか両の腕に、彼女の弾幕を高密度に凝縮した紅の光からなる槍、神槍『グングニル』が握られている。永遠に幼い紅き月、とは上手い事を言ったものだ、と魔理沙は心中舌打ちする。
月が、紅の光を受け、紅く染まっていた。
「観念なさい。泥棒でも知っているんでしょ、『年貢の納め時』って言葉」
また、笑む。先程とは違い、怖気を誘う、悪魔の嘲笑だった。
「年貢と学業はおさめるな、ってな」
だが、魔理沙はたじろがない。
「そう……。それじゃ、始めましょ?」
レミリアが、
「あ~あ、こんな真夜中に弾幕ごっこか」
魔理沙が、
前触れも無くそれぞれの魔力を展開し、
「神槍ッ!」「魔砲ッ!」
一瞬の静寂を経て、
ぶつかりあった力と力が、水蒸気爆発状に爆裂した。
瞬時にレミリアは上空へと昇る。元々連射向きではない『グングニル』と、長時間放射可能の『マスタースパーク』では、圧倒的に『グングニル』の方が不利だから、と判断したためだった。マスタースパークの余波にさらされぬ程度まで回避したところで、レミリアは次弾を装填(この表現は正しくないが)する。
魔理沙はちッと舌打ちし、
既にその眼前には、二本のグングニルが迫っていた。
「ぅわっ!! っと、っぶね~~、な!!」
それを紙一重で身体を捻り躱した魔理沙は、捻りの回転に遠心力を加え、放ったマスタースパークを振り回す。遠く紅魔館周辺の湖を湖底まで抉り超大な水飛沫が上がろうと、魔理沙は回転を止めはしない。と、いうよりは、コレを止められる物質がこの幻想郷に存在するとは思えなかった。ミステリウムですら不可能だろう。それ程、それこそ並どころか古き兵である大妖怪すら凌駕する無尽蔵かつ無差別な力の横暴に、レミリアは思わずも舌を巻く。
「あははっ、やっぱりコレ位は腕も立つわね!?」
回転し迫ってきたマスタースパークを、
「最」
魔方陣を描き、
「大」
強大な力を込め、
「出」
凝縮し、
「力!!!!」
紅の閃光が迸る。
レミリアの十八番に近い高速巨大弾の前方並列射出『スカーレットシュート』が、横殴りのマスタースパークと鬩ぎ合う。紅と極光は五分五分程度であろうか、実にいい綱引きの様相を呈している、だが、
「ならこうだ!!」
突如魔理沙が、マスタースパークを反対方向へ廻す。
「ッな」
スカーレットシュートの押力も加わり、それはとんでもないスピードを伴って美しい円を描き、レミリアを背後から炙

らない。

伊達に五百年生きていない、レミリアは瞬時に宙を蹴り、一気に遥か上空へ。雲に突入する寸前で羽を大きく広げ、制動をかけた。なにぶん『上空への回避』だけを意識して、力の制御など微塵も考えずに蹴ったものだから、こんな上空まで跳んでしまった。紅魔館がちっぽけなミニチュアのようだ。
(だけど、)
これはチャンスである。魔理沙は遥か下方、こちらへ向かって追撃中。レミリアは通常弾幕を下方へ展開し、魔理沙が辿り着くまでの時間稼ぎにする。数秒程度にしかならないだろうが、その数秒が重要なのだ。
「効果範囲、極大」
巨大な魔方陣が現れた。同時に、レミリアの周囲を球体に覆うように、小さい針のような弾幕が渦巻く。レミリアは、華奢で白い腕を前に突き出し、『グッドラック』の意味合いを持つらしい形を親指を立てて作る。そして、
「千本の針の山!!」
立てた親指を魔理沙の向かい来る下方へと向け、振り下ろした。
曰く、『地獄に落ちろ』。
針が魔理沙を襲うべく、急降下を始める。

一方の魔理沙とて、何も想定せずに行動している訳ではない。
想定していたのは二種。即ち、
①『グングニル』もしくは『スカーレットシュート』による、ある程度接近してからの精密射撃
②『千本の針の山』もしくは『スターオブダビデ』による、遠距離からの広範囲に亘る無差別砲撃
であった。
前者の場合、各々一発に力を籠めるいわば『一撃必殺』であるがため、一時撤退も考えていた。制空権は弾幕ごっこにおいても大事である。その上相手が一撃必殺を使用する度に、マスタースパークを連発する訳にはいかない。だが、現状は幸いにも後者である。一撃一撃の威力が低下しているならば、常時符術(ボム)を発動した状態で突撃すれば良い。前者ならば高威力なため切り崩されたかもしれないが、
(魔砲)
低威力ならば、充分持ち堪えられる自信があった。
「彗星!」
極光が箒から噴出す。
それを推進力とし、彼女が『幻想郷最速』『疾風迅雷』と呼ばれる所以、紛う事無き正真正銘の彗星となって驀進を始める。魔理沙には、驚くレミリアの表情が、確かに見えた。

十重二十重に張った弾幕を、あまりにあっけなく看破された。
(まずい!)
迫り来るは彗星と化し驀進する魔理沙、そして敗北という色濃い屈辱。青く輝く先端部で、魔理沙が勝ち誇った不敵な笑みを浮かべている。レミリアには、それが癪で堪らない。確かにレミリア自身の戦略ミスであることには違いない、だが、―。
ぎりっ
牙が軋み、今まで冷酷な仮面に覆い隠していた憤怒が、レミリアの感情を支配した。
(殺ってやる……っ! 相殺覚悟でも、殺ってやる!!)
身体を捻る。
目算手前200m、若干距離が短すぎる上に作動に所要出来得る時間も少なすぎる。
だが、やらない事には、殺れはしない。
「砕け散れ!」
「お前がな!」
双方大きく叫び、
レミリアの『デーモンキングクレイドル』と魔理沙の『ブレイジングスター』、共に己を武器と化す符術同士が、紅と蒼の槍と成り、激突した。

……キツ過ぎる。
上位の符術を使えれば多少はマシだったかもしれない。
だがやはり、中級程度の符術で魔理沙の『彗星』に、
加速距離を設けて重力弾幕空気抵抗をものともせずに驀進する蒼い槍に、
抗うという行為は、

っ、

無謀だった。
天地が、廻る。
自分は上空に向かって飛んでいるのかと思ったら、地面に向かって落ちていた。
紅く染まる視界の中、レミリアは見た。
天空より穿たれる一条の極光、
それよりも一足早くレミリアは地面に巨大なクレーターを作り、
極光が、神罰槌となって、レミリアを―。

…勝った、
とは思っていない。
何より、アレのしぶとさは、身に染みて思い知っていた。
「……ったく、なんで吸血鬼ってのは、あんなに弱点があるくせしてこんなにしぶといのかねぇ」
半ば、ぼやきに近い。
魔理沙はやはり最大の極光で仕留めるべきだったか、と後悔する。
彼女の目の前で数千数万の蝙蝠が集結し、
「だからこその吸血鬼でしょ」
レミリアが復活した。
激突する寸前に蝙蝠と化していたか、服が多少擦り切れているとはいえ、レミリアに外傷という外傷は見当たらない。流石は幻想郷に名を轟かす『紅(スカーレット)』の姉妹、これっぽっちの攻撃じゃ倒しきれないか、と魔理沙はほぼ『最強』に近い(某向日葵妖怪参照)自身の符術を卑下する。
「で? やっぱり、続けるのか」
レミリアはその問いに目を瞑り、静かに答えた。
「ええ。こんなにも月が美しいのだから。紅くは無いけれど、私が射れば紅くなるわ」
レミリアの身体は健在とはいえ、魔力は無尽蔵ではない筈だ。
勝負の幕も、近いだろう。
瞼を、開いた。
「手加減はしないぜ、一撃で蒸発させてやる!」
「…………来い!」
極大の魔砲。
全てを屠る最大級の業にして最大範囲の瞬間破壊、決定的な一撃『マスタースパーク』すらも凌ぐ必殺の、
「ファイナルッ――――
絶覇の一撃、
「マスタァアアアッ、スパァアアアアアアアアクッ!!!!」
残り殆どの魔力を注ぎ込んだ、極光という表現すら生温い、閃煌。
美しい、とすら思った。
何色にも属さない、それは、光。
もはや『避ける』という行為は確実に失敗するであろう、迫り来る怒涛の閃煌。
何を思ったかレミリアは、身体を斜め45゚程傾けた。
「往くわね」
呟き、二本のグングニルを前方に突き出し、その状態からの、
「ドラキュラッ、―――
閃煌が視界を埋め、
「クレイドルッ!!!!」
紅の尾を引っ提げて。
グングニルによる身体の防御及び刺突性の向上、それに加えたドラキュラクレイドルによる回転力と貫通力の付加、全てが全ての相乗効果となり、レミリアは、閃煌を斜めに貫いた。
「ッな、マジかよッ!?」
魔理沙渾身の一撃を貫いてなお余る回転力、それにのせて遠心力を先程の魔理沙のように得、レミリアは二本のグングニルを放った。
だが。
(関係ないなッ!)
魔理沙には、まだ策があった。かのレミリア・スカーレットが、このまま易々と倒されるような吸血鬼ではない、と推定しておいたのも役立った。
だから、『残り全ての魔力』ではない。
『残り殆どの魔力』だったのだ。
レミリアが勝利を確信し、動きを止める、その瞬間まで。
グングニル一本目が脇腹を掠め、二本目が確実に自分を射抜く、と、レミリアが確信、

したッ!!

瞬絶、
(喰らえッ)
魔理沙は心中で叫び、再びの極光が、グングニルを掻き消した。
「はははははッ!! 私の勝ちだ、残念だったなレミリア―
不意に。
気付いた。
戦闘開始時点、グングニルとマスタースパークの衝突はどうなった? 水蒸気爆発状に爆ぜた筈である。なのに、何故、こうも簡単にグングニルを掻き消せた? 例えば、レミリアの魔力が殆ど残っていない。……有り得ない。仮にも幻想郷屈指の吸血鬼が、魔理沙のように一撃に全てを籠める術でも持たない限り、そうそう魔力を使い果たす筈が無い。と、なれば、答えは一つ。
故意に威力を低減した。
レミリアにかかれば発動中の符力のコントロールなど、容易いものだろう。気付けば、残りはすぐに導けた。極光が薙ぎ払うレミリアは、服と蝙蝠の空身。そして、下着のみを纏う本物のレミリアは、
「うん、正解。でもちょっと遅かったわね?」
一本目のグングニルに、しがみついて―

「デーモンキングクレイドル」

魔理沙は、負けを、確信した。



ガチリ、と何かが噛み合う音。
……硬い?
これは、人間の感触ではない。
「ッ、……なんで邪魔するの、パチェ!」
五色の賢者の石が円形に壁を作り、魔理沙を射抜こうとしたレミリアを止めていた。魔理沙はいつの間にか小悪魔の手によって介抱されている。……パチュリー・ノーレッジは、叡智の結晶賢者の石を顕現させていた。
「別に。……勘違いしてるわ、レミィ」
「パチュリー!? どうしてここに居るんだ!?」
叫ぶ元気はあっても、魔力は底を尽いている。戦闘不能状態に陥っても相変わらずな魔理沙を、小悪魔は口元に立てた人差し指を当てて諌めた。
「パチュリー様だって、外出くらいします。……魔理沙さんが知らないだけで、ね」
「小悪魔、暫らく魔理沙を大人しくさせといて。それと……」
レミリアが無差別モードに入ったから、とは言うまでも無い。羽が巨大に凶々しく広がる様は昔見た事がある、レミリアの狂った姿。パチュリーは抱えていた魔道書を開いた。冷や汗が頬を伝う。
「魔力、私が時間を稼いでいる間にマスタースパーク一発分程度は回復させときなさい。……ああなったレミィは私だけだと止められないと思うから」
「ちょっ、待て―
「ほら魔理沙さん、こっち!!」
微風ではない。
レミリアの周囲から、空気すらも逃げるように渦を撒く。
「パチェ、どうして? 私はパチェのために魔理沙を倒そうとした。ソレをパチェが遮っちゃ、本末転倒もいいトコロじゃない」
パチュリーは溜息を吐く。
「ホント、どうしてでしょうね。本を好き放題盗られて、図書館をめちゃくちゃにされて、その上……いや、なんでもないわ。それなのに私、『また逢いたい』なんて思っちゃうのよ?」
だから、と繋ぐ。
「ゴメンね、レミィ。アナタに変な言い回しで答えちゃって。悔しいのは、好きだから。パチュリー・ノーレッジはまぎれもなく、霧雨魔理沙が……好きなのよ」
恥ずかしげも無く、パチュリーは言い切った。本人には聞こえていないだろう、というかその方が良い。もしも聞こえていたとしたら、胸に留めていてくれればそれで良い。アナタには、もっと相応しいヒトがいるのだから。それは、儚く秘めた想い。
「……そう」
レミリアは、
「でも、駄目」
死刑判決を覆さない。
「……久しぶりね、レミィとの弾幕ごっこ」
「そうね、本気じゃないとパチェ、許さないから」
瞬間、レミリアの姿が掻き消えた。迅い。魔理沙ならばまず背後を警戒するが、パチュリーはそうしなかった。ただ一心に魔道書の文字をなぞり、呪文を詠唱。と、背後にレミリア、容赦なく抉り込もうとした手刀をパチュリーは賢者の石で受け止めて、澄んだ音とともに砕け散った賢者の石の隙間から、
「アグニシャイン」
パチュリーの周囲が、一挙に爆ぜた。渦巻く紅蓮の炎は周囲に飛散し、レミリアを怒涛のプロミネンスで押し戻す。少々後退し、焦げた肢体を再生して、レミリアは静止した。
(……まずい、かな?)
パチュリーは魔理沙と違い、機動力が皆無に等しい。それを補って余りある魔法のバリエーションは七曜を合成しうる限り数多星霜存在するが、ドレもコレも喘息のせいで詠唱が難しい。なので詠唱が比較的短いモノを普段はチョイスしている訳だが、今回はそういう訳も通じそうに無い。
「仕方ないわね……」
呟き、詠唱を始める。
「ヴァンピリッシュ……ナイト、メア」
と、呟くレミリアの体躯が、ぐにゃりと崩れた。
「なんだありゃ!?」
遠目だろうがなんだろうが、魔理沙にとっては初見である。いや、それどころか、パチュリーすらも初見だった。カラダ全てを蝙蝠へと転換していくレミリアの目は、何処を望むのか、焦点が合っていない。……あれではフランドールと一緒だ、破壊をその身に宿す狂気を孕んだ嬢と寸分違わない。だが実のトコロ、五年永く狂気を孕んでいるぶんには、その上をゆく。
「魔理沙さんもう少し離脱します、パチュリー様の予測が正しければ、アレは非常にマズイです!」
回線を通してパチュリーから伝えられた小悪魔は独自で判断、レミリアから距離をとろうとするが、
「駄目だ」
「え?」
魔理沙は拒否。
「魔力を回復しとけ、って事はトドメに私が必要だって事。その私が離れたら、パチュリーはどうなるんだ? あのレミリアを見てみろ、殆ど悪魔に近い」
下半身は愚か上半身すらも、あまつさえ首を越えて全身を蝙蝠へと転換したレミリアは、もはや原形を留めない。それは当たり前の事、今のレミリアは群勢なのだから。パチュリーを全方位無差別包囲する蝙蝠達が、突如螺旋廻る。

「「「「「「 染 マ レ 。」」」」」」

濃紺の夜空が、真紅に染め尽くされた。
(これ、は。……やっぱり合成ね)
パチュリーの推測通りだった。
ヴァンピリッシュナイト、レミリアの分身である蝙蝠から至近距離で弾幕を発生させる。
全世界ナイトメア、蝙蝠状態から始まる360゚回転追尾式の全世界を覆う悪夢の如き弾幕。
蝙蝠を端末とする符術どうしの合成、弾数重視型回転無差別砲撃である。流石にコレだけの数に分裂すれば対象を精密に追尾する事は出来なくなる、だがそれは蝙蝠を初めから回転させておけば済む事。要は相手を詰めばいいのだ。
事実、パチュリーも、詰んだ。だが、
「……詠唱終了、日符―
被弾よりも、詠唱終了の方が速い。発生したプロミネンスがパチュリーの周囲を渦巻き、レミリアの弾幕を悉く掻き消していく。いや、それどころか、更に集まり、重なり、飲み込み、球を描く。
サンライトイエローの、綺麗な光明。
パチュリーを核とする小型の太陽が、幻想郷の夜に昼を落した。

「灼き尽くせ。ロイヤルフレア」

パチュリーが呟き、刹那劫塵、弾幕を吐き続ける蝙蝠の群勢が一挙に蒸発した。そう、只の一匹も残さずに……呆気無さ過ぎる程の虚無感を残して。
(勝った、の、か?)
だが、なんだ、この胸騒ぎは。どう見てもパチュリーの勝利は確定事項、今更逆転の秘策などある筈が無い、決まっている。現に、ロイヤルフレアの消え去った幻想郷は、静謐とした夜の冷気に満ちているではないか。
「おいパチュリー、大丈夫か!?」
喘息の発作が起こったらしく、胸元を押さえて苦しそうに咳をするパチュリーに近づき、魔理沙は心底心配そうにパチュリーの表情を覗き込んだ。顔色が悪い……のは元からか。
「その、レミリアは……」
もはや跡形も無い。だがパチュリーは、いつも通りの調子で言う。
「大丈夫、吸血鬼はコレくらいじゃ消滅しないわ。蒸発って事は、気体になるって事。けっして無くなったわけじゃないから、数日かければ復活するでしょうね。吸血鬼を完全に消滅させるには、弱点を的確に突かなくちゃ。……即日瞬間に復活できるのは蝙蝠が一匹でも残ってれば良し、なんだけど、全部蒸発させたから、きっと―
こほこほと、幾つか咳をする。そうか、と魔理沙は呟いて、……パチュリーを抱き締めた。
「え、あぅ、ちょっと……」
「ありがとな、パチュリー。……悪かった、これからはお前に断ってから借りてく事にするぜ」
「…………うん」
顔を真っ赤にしたパチュリーは、俯いて小さく言った。微風に、魔理沙の帽子が舞い上がる。気を使って二人から少し離れていた小悪魔が、その帽子を取ろうと手を伸ばして、―…中から一羽の蝙蝠。
「ぇ」
「……―――クレイドル」
小さな小さな紅の槍が、パチュリーの背中を直撃した。
鈍い音、だった。
流石に刺突性は無い。蝙蝠状態からでは威力は千分の一か、万分の一か。だがそれでも、ロイヤルフレアの詠唱に疲弊した、ただでさえ体の弱いパチュリーには充分過ぎる。
「いつの、間に、魔理沙のッ、帽子の中……」
背面肋骨の隙間から肺への抜き手ならぬ突進は、パチュリーにとっては一撃必殺に等しい。再生を始めたレミリアは、友への手向けとして教える事にした。
ユカイで、キブンが、とてもイイから。
「あははははッ、備エ有レバ憂イ無シ、ってこの事なのね。……魔理沙と邂逅するきっかけになった私の一撃はね、どうしたと思う? ……爪で魔理沙の帽子に穴を開けたの。その時一匹押し込んだんだけど、ホンットに良かった!」
「…………ッ!」
あの時、か。何故気付かなかったのかを悔いる魔理沙を置いてけぼりに、ぐらりと、魔理沙に抱擁されていたパチュリーの身体が、重力に手繰り寄せられた。
「パチュリー様ぁあああああああああッ!!」
小悪魔は全速で急降下し、堕ちるパチュリーを救おうと躍起に飛ぶ。魔理沙は呆然と、目の前で再生するレミリアを、堕ちていくパチュリーを、見ているだけ。
「しぶとい人間だから、入念に。何本目のグングニルで白玉楼逝きかな、あははははッ」
レミリアの言葉も、空虚に洞へと響くだけ。
「後で咲夜に確認に行かせなくっちゃね、せいぜいこき使って貰いなさいよ?」
静かに、
「すぐにオトモダチも葬ってアゲル―――
突然現れた水の浮玉が、レミリアを包み込んだ。
捕食完了とばかりにアメーバの如く蠢くそれは、レミリアを捉えて離さない。魔力を伝導、暴れるレミリアの動きを抑えている。
「……!?」
無論、パチュリーだった。恐らくは、最後の呪文。スピードが無いために使えなかった、レミリアの天敵である五行『水』。今のレミリアならば水の膜を破るのに数秒とかからないだろうが、だが、
「真っ平、ゴメンだぜ?」
マスタースパークの方が、迅かった。
極光、一閃。



結局、八百万がどのように動こうと、世界は変わらないのかもしれない。
曰く、確定的な絶対『宿命』。
曰く、不安定な絶対『運命』。
レミリアという吸血鬼は、どちらを繰るのだろう。
不安定な因子を操作し、未来の存在を歪めるのか。
確定的な因子を操作し、未来の世界を歪めるのか。
微々たる違いが、実は途轍もなく大きい。
清浄の行方から、那由他の彼方まで。
紅魔館は、今も昔も変わらなかった。ずっとずっと昔から、レミリアという恐怖と尊厳に縛られている。ただレミリアを畏れない輩が増えただけで、結局は鎖に縛られたままなのだ。
だがそれでも、強いて言えば。
「パチュリー、この魔道書は私には難し過ぎるようだ、返すぜ」
「…………ありがと」
大魔道図書館に、光が差し込んだようだった。                       終









◆以下蛇足。

満月。
曇天。
暗闇は。
漆黒。
「……………………」
長い時間を所要し、レミリアはようやく身体を再生させた。……酷く寒い。魔理沙の馬鹿が容赦なく蒸発させるから、とレミリアは一糸纏わぬ体躯の平坦な胸を隠し、身を蹲らせた。それにしても、
「咲夜。……ゴメンね、負けちゃった」
咲夜は相変わらず準備が良い。
「お嬢様が謝る必要なんて、これっぽっちも無いですわ」
用意周到に準備してある普段着一式をレミリアに着せつつ、咲夜は言う。己が頬を伝う違和感が、レミリアには二重の意味で不快だった。何故だろう、涙が一条、二条。
「……ねぇ、ッ咲夜」
「なんでしょう」
精一杯嗚咽を堪えたが、咲夜には見透かされているようだ。
顔を伏せ、呟く。
「一緒だったら、負けなかった、の、かな?」
咲夜は答えない。
答え、られない。
「…………ええ。きっと」
そう言葉を搾り出した時には、レミリアはすでに、咲夜の胸の中で、安らかな寝息をたてていた。
今はまだ、永遠に幼い紅き月。
吸血鬼は、永遠を歩き続ける。
人間は、刹那を走り抜ける。
願う事なら、せめて、この幸せを一瞬でも永く。
それは、双方の願いだった。
                                            焉
五度目まして、明です。またしても前作『彼女にとってははじめての裁判』からかなりの間が開いてしまいました。もはや覚えている人すら居ないのではないかと思いますが、一応レス返しをさせて頂きましたので、記憶にある方はどうぞ。
さて、今回のお話は『戦闘モノ』に挑戦してみたわけですが、何分始めての描写ばかりなため、若干の語弊や矛盾は無視してください。本当はもっと軽い調子の戦闘になる筈だったのですが、なんだかシリアスっぽくなってしまいました……。(本当は魔理沙のマスタースパークと変なマジックアイテムで、某虹の翼さんの如く『虹○剣』の『空○』による反射、とかやろうと思ったのは秘密です)
では、今回もこの不毛な荒野をここまで読み進めて下さりありがとうございます。次回作もよろしくお願いしたいものです、では御機嫌よう。

追記
魔逆読んでくださる方は居ないだろうと自虐をしつつ、明です。レスにて『呆気無さ過ぎる』との意見を頂きましたので、大幅な修正(ですけど、もはや新規作成)を加えました。パチュリーが放置プレイでは無くなりました、小悪魔も微妙に登場です。後日談も書き足しましたが、結局のところレミリア様は正常だけど実はフランよりもアレなんだよ、という個人的超迷惑な妄想を具体化した作品と成ります。……いや、正直スミマセンorz。投石爆薬グングニルなんでも来い、てな覚悟なので、意見や感想をくださると幸いです。
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コメント



0.860簡易評価
5.30名前が無い程度の能力削除
ただ魔理沙とドンパチさせて勝ちました~ではちょっと。
オチでギャグでも用意してあると思ったのに拍子抜けでした。
12.60名前が無い程度の能力削除
これにオチがつけばとてもいい作品だと思う
13.30これは良い作品ですね削除
パチェの「悔しい」のベクトルがレミリアと違う方向だったのはおもしろい展開だと思った。
あと、魔理沙逆転の秘策の伏線があったのに、レミリアの背後取りの伏線がないのが少々唐突に感じられた。 戦闘描写は分かりやすくくどくなくすっきりしていて良かったと思います。
16.100名前が無い程度の能力削除
乳飲み子のように吸ってたんじゃ威厳も何もないよれみりゃ様wwww
GJ
17.20名前が無い程度の能力削除
戦闘シーンは良かったです。が、オチが・・・。
何か勿体無いような。
18.50名前ガの兎削除
これで終わりか!これで終わりか!
ツメが甘いかと、それ以外は普通に楽しめたので次作に期待。
19.30名前が無い程度の能力削除
もっといいオチを用意すれば、いい作品なれるはず...
勿体ないです、はい
25.無評価削除
コメントありがとうございます。やはり自分の詰めが甘かったようで。参考になりました、批評をありがとうございます。以下、下から順のレス返しです。

>名前が無い程度の能力様
す、済みません(汗。どうにも今回は一定方向に詰め過ぎたようです。
>名前が無い程度の能力様
頭がオチまで回りませんでした(ぇ。何せ初めての戦闘描写いっぱいいっぱいだったもので(笑。
>これは良い作品ですね様
ぎゃΣ( д)゚゚ッ! 確かに今、通して読んでみると読み手さんには少々伝わりづらかったかも……。ほぼ自己満足のシーンでした、反省。
>名前が無い程度の能力様
今更ながらもっと良い表現もあったろうに、と絶賛後悔中です。
>名前が無い程度の能力様
そ、そんなに勿体無い作品でしょうか(汗。どうにも他の文士様の作品を読んでいると、クォリティの高さを目の当たりにするのですがががgg(ry。
>名前ガの兎様
これで終わっちゃいました(ぉ。パチュリーは保留でs(ロイヤルフレア
>名前が無い程度の能力様
紅魔館の屋根の上で満月を背に遊びと称した弾幕ごっこを、ひぐらし染みてやらせようと思ったのも秘密(マテコラ。