Coolier - 新生・東方創想話

八雲紫、物思いす。

2006/04/26 06:55:39
最終更新
サイズ
7.56KB
ページ数
1
閲覧数
746
評価数
2/30
POINT
1230
Rate
8.10
【本文の前に】
 本SSには、水無月剣羅のオリジナル設定が含まれております。
 それを了承の上、呼んで頂けますと幸いです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「―――どうしたの?紫。」
 微笑みめいた声をかけられて、紫は顔を上げた。
 この幻想郷において屈指の大妖怪である八雲紫。彼女に対して、恐れることなく「どうしたの?」などと
聞いてくる者など、限られていた。
 そして今日に限っては、簡単に相手を限定することが出来た。
 何故なら、この屋敷は白玉楼なのだから。
「珍しく日中に起きて、それで遊びに来たと思ったら、ぼんやりして。」
 紫の隣に腰を下ろしたのは、冥界の姫であり白玉楼の主、西行寺幽々子だった。紫の古い古い友人であり、
紫に負けず劣らずアレな性格をしている。
「……何だか、妙な感慨にふけってしまったのよ。」
 幽々子に、紫は艶やかに微笑み返した。
 目の前の庭は、幽々子の従者かつ庭師でもある妖夢が整然と整えており、いつ見ても見事である。
 その庭は本来静かなはずなのだが、今日に限っては賑やかだった。紫の式である八雲藍と、その式橙がい
るから―――正確に言うなら、いたずらして庭木を一本めちゃめちゃにした橙に藍の雷が落ちているからだ
った。「人様の家の庭に何てことをするんだ、橙!!」と叱る藍の勢いに、本来苦情を言ってしかるべきの
妖夢は唖然としている。
「駄目ね、年を重ねてしまうと物思いにふけりがちになってしまって。」
「あら、それが悪いこととは限らないんじゃない?紫。」
 美しい扇子で優雅にひと扇ぎしてから、幽々子は何気ない調子で言った。
「私や紫は、普通の生きものとは違う時間の中で生きているんですもの。それくらい認めてもらわないと、
時間つぶしの方法がなくなってしまうわ。」
「幽々子。」
「何よ、紫。」
「生きているって……あなた、幽霊の姫なんだから死んでいるはずよね?」
「うるさいわねぇ、紫ったら。」
 妙に細かい所を突っ込んでくる紫に、幽々子は苦笑を浮かべた。
「それが、妙な感慨にふけっている人がとる行動かしら。」
「幽々子。ひとついいかしら?」
「何よ、紫。」
「私は妖怪だから、人ではないわよ。」
「本っ当に、妙な所に細かいわねぇ。紫って。」



 博麗大結界がまだなかった頃。
 幻想郷が、現在よりはるかに無秩序だった頃。
 それは、まさに地獄絵図、弱肉強食を絵で描いた時代だった。弱き者は屠られ、強き者だけが生き延び
ることが出来た時代。昼も夜も、いつ他者に襲われるかと神経を尖らせ続けなければならなかった時代。
 そんな時代から、紫はこの幻想郷で生きてきた。
 絶大な力を持つ妖怪、「八雲」姓を持つ妖怪として、多くの者から恐れられてきた。己の持つ力が絶対
的だったからこそ、紫は、当時の幻想郷で生きることに特に苦労はなかった。お腹が空けば、他者を好き
なだけ屠った。退屈しのぎにと、また好きなだけ他者を屠った。その繰り返しが、一層、他者から紫への
畏怖を煽ってもいた。
 だからと言って、紫が気を抜いて生きてきたかというと、必ずしもそうではなかった。
 幻想郷屈指の大妖怪。絶大な力を持つ、絶対な存在。それは力を恃む者達からしてみれば、まさに垂涎
の称号でもあった。紫を倒すことが出来れば、その輝かしい称号が己の者になる。今度は己が、この幻想
郷で絶対の存在になれる。そう考える輩が、昼夜問わず紫に襲い掛かってきたからである。
 その結果は、現在も紫が生きていることを考えれば、容易に想像がつくだろう。

 何時からだろうか、一年の経過を数えるのも面倒になった。
 好きな時に食べるために、あるいは退屈しのぎに他者を屠って。身の程も知らずに襲い掛かってくる愚
か者達を屠って。あとは気ままに惰眠を貪って。別段規則正しい生活ではないが、単調すぎるが故に、逆
に決まりきったパターンになっていた日々。
 そんなある日、紫はたまたま狐の女の子を見つけた。後の藍である。
 藍を見つけた時、自分はどう思ったのだったか。お腹が空いていたわけでもないし、退屈だったわけで
もなかった。いつもの自分の気まぐれだったように思う。
 明確な理由は、あまりにも昔のことで思い出せない。
 ただ、明らかに覚えているのは、その時の藍の眼差しだった。恐れを知らぬ、そして強く真っ直ぐに輝
く光を宿した眼差し。今まで出会ったどんな他者にも、そんな目をした者はいなかった。そして紫は、そ
の藍の目に惹かれるものを感じたのだ。
 出会ったばかりの藍は、今とは比べ物にならないくらいに小さく、そして弱かった。同じ狐族と比べる
と強い部類だったが、妖怪全体で比べるとそうはいかなかった。
 だからこそ、紫は、自分の式となった藍に出来る限りのことを教えた。戦い方、弾幕の使い方、スペル
カードの使い方。藍に教えることが、いつしか紫の暇つぶしになっていた。いつもたったひとりで戦って
いた紫が、藍に実戦経験を積ませるためとはいえ、共に戦うことも多くなった。
 もともと才能があっただけあり、紫の厳しい指導のもと、藍はみるみる強くなっていった。何者からも
恐れられる大妖怪・八雲紫の式として恐れられる存在に成長していったのだ。
 そしてその頃から、もう思い出せないほど永い間ひとりだった紫にとって、誰かが―――この場合は藍
なのだが―――が傍にいることが当たり前になっていたのである。



「思えば私も、藍に出会ってから丸くなったのかしらねぇ。」
 自分のことなのに、紫はまるで他人事のようにそう評した。
「そこに橙も加われば、賑やかになって当たり前よね。」
 幽々子は、庭に視線を戻す。
 ようやく藍のお説教から解放された橙が、妖夢が手入れしている庭木を興味深そうに覗き込んでいる。
元気よく「これはなにー?」と問い掛けてくる橙をむげに追い払うことも出来ず、元来優しい妖夢は、丁
寧に説明してやっていた。
「私も、ある意味で紫と同じだもの。」
「同じ?」
「ええ。妖忌が庭師だった頃とはまた別の賑やかさがあるもの、妖夢が庭師になってからは。」
「そう。」
 紫の返答は短かった。他者から恐れられる力を持つ者として、紫は幽々子の、幽々子は紫の抱える葛藤
を誰より理解している自負がある。同じ立場であり、なおかつ古い友人でもある相手だから。飾りめいた
余計な言葉は無用だった。
 いつ終わるとも知れない永遠の流れの中で、まさか自分に恐れを抱くことなく寄り添う者が現れるとは。
まさか自分に恐れを抱くことなく、他者が輪を作るとは。そんなことを微塵も考えたことがなかったから、
だからこそこの状況に微かな驚きを覚えているわけでもあった。
 そんな思いを込めてか、紫は、もう一度だけ短く言った。
「同じなのね、幽々子も。」

「―――幽々子様、幽々子様!」
 気付けば、妖夢が話し掛けてきていた。
「なぁに?妖夢。」
「あちらの空を御覧下さい。」
 聞き返した幽々子に対して、妖夢は空のある方向を指差した。
「ほら。こちらに向かって、何か飛んできますよ。」
「あれは……紅白と黒白?」
 妖夢の指を追って空を見上げた藍が呟く。
「ということは、霊夢と魔理沙ね。」
 幽々子は悠然と扇を扇いで、それから妖夢を振り返った。
「お客様も増えるし、時間もちょうど午後三時。妖夢、お願いね。」
「分かりました。」
 幽々子の言葉からは「何を」お願いなのか肝心な所が抜け落ちている。だが、そこはさすが従者である。
言わんとする所を、妖夢はすぐに悟ったようだ。
「すぐに、何かお茶とお茶うけを用意致します。」

 今や、空の点は、はっきりと霊夢と魔理沙と視認出来るようになっていた。
 それをぼんやりと眺めながら、紫は思う。
 自分を最初に「変えた」のは、屠る対象のひとつでしかなかった狐―――藍。その次に自分を「変えた」
と言っても過言ではない空の二人は、やはり屠る対象のひとつでしかなかった人間だ。幽々子を「変えた」
のは妖夢だが、かの少女は半分生きている人間でもある。
「儚くて弱いはずの存在達がねぇ。」
 紫は、小さく漏らした。
 思えば、あの紅魔館に暮らすスカーレットデビル、吸血鬼レミリア・スカーレットを最初に「変えた」の
は十六夜咲夜という人間だ。そして更にレミリアを、紅魔館を「変えた」のも、やはりというか、霊夢と魔
理沙だったりする。
「その儚くて弱いはずの存在達と、当たり前のように接して、過ごしているなんてねぇ。」
 遠い昔の自分―――藍と出会う前の自分からは、とても想像出来ない生活実態だ。
 それが紫にとっての驚きだった。いや、紫だけでなく幽々子も、だが。
 しかも不思議なことに、それがいやに心地よい。

「紫。」
 立ち上がった幽々子が、ふと紫を振り返ってそう言った。
 何事かとそちらを見やった紫に、幽々子は穏やかに微笑んでいる。美しい庭の草花を背後にたたずむ彼女
は、その瞬間、確かに何者よりも美しかった。
 美しい冥界の姫が、美しい大妖怪に向かって発した一言は思いもかけないものだった。
「紫。あなた、今、楽しい……?」
「―――……そうね。」
 微かにはっとしてから、紫も悠然と微笑むと立ち上がった。
「どちらかと言われたら―――楽しいわね。」
かなりお久し振りです、水無月剣羅です。
あまりに久し振りすぎて、もはや初めまして状態です。

最近、自分の中でゆかりんとゆゆさま熱が高いです。
その熱に任せて、書き上げました。
物思いにふけること。他人とは違う時間のペースで過ごすこと。
必ずしもそれは悪いわけではなく、またよいことでもあるのだなと思えるような
お話が書きたかったんです。
私事で恐縮ですが、ごく最近体調を崩して退職したばかりなので、余計そんな思
いが強かったようでもあります。
体調が本調子ではない上、勢いとゆかりん・ゆゆさま熱に任せて書いたので、上
手く伝えられているか激しく不安ですが…。

「ここがよかった」「ここはこうした方がいい」等の批評、助言、頂けましたら
なお幸いです。

それでは、乱文失礼致しました。
水無月剣羅
http://kimitoosanpo.fc2web.com/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1100簡易評価
7.50削除
敢えて最初に“オリジナル設定云々…”と言い訳がましく書かない方が作品の雰囲気を害しないので良いのでは?
二時創作なんだから読む人は既に了承していると思うので大丈夫ですよ(゚-゚)
19.80名前が無い程度の能力削除
ゆかりんフォーーー!