Coolier - 新生・東方創想話

中華終焉

2006/04/19 03:59:34
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「名前で呼ばれないのは、問題だと思うのですよ!」
「はあ」
グッと拳を握り締めて力説するのは、紅魔館の門番ちゅうg――もとい、紅美鈴だ。
対するは幻想のブン屋、射命丸文。
新聞配りに一区切りつけて、紅魔館門前を通りがかったところ、何の説明もなく門番に拉致され、以後一時間にわたり、愚痴とも取れる言葉を延々と聞かされるという、なかなかに悲劇的な経緯を持つ。
つまりは、冒頭の一言に対して何の意見も出ないわけで。
さて困ったと腕を組むは我等が射命丸女史。
先ほどから同じような意味の言葉を、言い回しを変えて連呼するこの異邦人に、一体如何なる反応を示せというのか。いつも肩に乗っている鴉は、既に何処かへと飛び立って久しい。
「名前が……。名前が……!」
美鈴の方はというと、気力の限界か。まるでこの世の終わりでも来たかのような絶望に彩られた顔をして、詰め所のテーブルに突っ伏してしまっていた。
「で、結局何がしたいんですか?」
関わりたくないのなら放っておけば良いものを。自分でもそう思っておきながら、そこで話しかけてしまうのが文という天狗であった。
「それはもちろん」
「うわっ!?」
突然、ガバッと顔を上げる門番。勢いに圧倒されて、文は身体を引いた。その拍子に座っていた椅子がひっくり返りかけ、慌ててバランスを取る。
「あやややや」
なんとか持ち直して視点を安定させると、目の前の人妖からただならぬ気配が発せられているのが見えた。
「あの…?どうしたんでおぶひゃあーーー!?」
ばこーん。
どうしたんですか、と口にしようとしたところで、何故か美鈴の大陸仕込みの右拳が唸りを上げて襲い掛かってきた。咄嗟のことに反応できず、文は壁際まで回転しながら吹き飛ばされた。
「いたたたた。もう、いきなり何するんですか!?」
頬をさすりながら身を起こす文に向かって、美鈴はゆっくりと近づいてくる。その顔を見て、文の頭に『般若』という単語が思い浮かんだ。どうも、彼女は中華な門番の機嫌を損ねてしまったらしい。
「え、え~っと…。何をそんなに怒っているんですか………?」
無駄だと思いつつも、そう訊かずにはいられなかった。骨の髄まで記者根性が染み付いているが故の行動と思っていただきたい。
「悲鳴にまで自分の名前を入れるなんて、よほど私を舐めているようですねぇ~」
「はい~!?」
いきなりそんな事言われても、文には何のことやらさっぱりわからない。というか、気付く方が無理だろう。
「さあ、文さん…。すぐに楽にしてあげますよ。うふ、うふふふふ……。あはははははは……」
一方で、完全にトランスした美鈴には、もう何も聞こえていないようだった。
「もはやこれまで………」
本格的に死の恐怖にさらされた文は、しかしこの局面を打開し得る唯一の手段に思い当たった。
「そう、射命丸家には伝統的な戦いの発想法がある………一つだけ残された戦法がありました」
呟き、文は両足に力を込めた。
「それは!『逃げる』」
「あっ、待て!!」
思い立ったら即実行。窓を破って外に飛び出す文。
「逃がすか!って、あれ?胸が閊えて、出られない…!」
美鈴は窓にはまって出られなくなっている。それを見た文は、これ幸いと一目散に逃走した。
幻想郷最速。
その時の文はまさしくそう呼ばれるに相応しかった。例え、それがどれほど情けない理由によるものだったとしても。







「酷い目に遭いましたー」
命があったことに、自分でもびっくり。生きているって、素晴らしい。
生命の賛歌を口ずさみながら空を飛ぶ文。因みに、鴉はちゃっかり帰ってきている。
「あなたも、友の危機には駆けつけてきて欲しいんですが」
分かっているのかいないのか。カアー、と一声返す鴉に、ため息をつく。
「しかし、まさか彼女があれほどまでに追い詰められているとは………」
皆がこのまま彼女のことを中国と呼び続ければ、いずれ爆発してしまうことは目に見えている。流石にそれを見過ごすのもなあ、とも思うのだ。
「うーん、何とかした方がいいですかねえ……」
とはいうものの、実際どうしたものか。自分には何ができるのだろうか。
そこまで考えて、はたと気付いた。
「新聞………」
そうだ。自分には、新聞という武器があるではないか。ペンは剣よりも強し、である。
「うん、新聞を使うというのは、我ながらいい思い付きですね」
細かいところはどうあれ、基本的にアクセル全開な性格の彼女。すっかりその方向で行く気になっている。
「ただの記事ではインパクトに欠けますし、かといって他の手段は……」
ペンの先を唇にあて、やや上方に視線を向けて思案する。ささ、どうしましょ?
「そうだ!」
ぴかりん、と文の頭に電球が引っ付いた。
「確か紫さんからもらった外の新聞に………」
自宅に置いてあるそれを思い出す。以前マヨヒガに取材に行った際、新聞作成の参考にと紫が読んでいたものをもらってきたのだ。その新聞は純粋な記事だけで構成されていたわけではなかったはずだ。うろ覚えであるため、確かめてみなければ如何とも言いがたいが。
これは一刻も早く帰って確かめた方がいいのだろうか。
「そうですね。善は急げと言いますし」
こういうものは、一度気にしだすと気になって仕方がない。文は進行方向を自宅へと向け、飛ぶスピードを上げた。








翌日、幻想郷中に文々。新聞の号外が配られることとなる。その内容は紅魔館の門番に関するものであった。








更に翌日。
「さて、皆さんの反応はどうですかね」
前日の新聞の効果をその目で確かめるため、文は紅魔館へ向かっていた。
「私としては、あれを純粋な新聞とは言い難いのですが」
どうやら、射命丸的に新聞ではない何かを作ったらしい。
これであの門番が多少なりとも救われてくれればいい。
そんな思いを抱きつつ、文は風に乗って空を翔る。
やたら涼しい湖を飛び越え、紅魔館の紅い外壁が見えてきたところで、文はそれに気が付いた。
「何やら騒がしいですね」
長年空を飛び、また鴉の化生でもある文の視力は、自慢できるほどに良い。そのマサイ族顔負けの眼力でスクープを嗅ぎつけたことも、一度や二度ではなかった。
そんな文の目に、紅魔館の混乱状況が飛び込んできたのである。
これはもう、行くしかない。
文は覚悟を決めて門前に降り立った。

紅魔館は、まさに鬼気迫る様子だった。悲鳴と怒号が飛び交い、そこに時折爆発音が混ざる。地面には塹壕が設けられ、その中から完全武装したメイドが顔だけ出して攻撃し、反撃を怖れすぐに引っ込む。
複数のメイドによる波状攻撃が途切れることなく続き、もうもうと立ち込める爆炎と土煙で視界はほぼ零であった。
着地した文の目の前にはテントが張られている。中で負傷した兵の治療が行われているようだ。外でも何人ものメイド達が慌ただしく動き回り、比較的軽傷の者の手当てをしている。
「えーと、これはどうしたことでしょう?」
さながら戦場と化した紅魔館を見て、文は言葉を失った。まさか、紅い悪魔に本気で戦を挑む命知らずな輩が、この幻想郷に存在しようとは。それこそスクープに違いあるまい。
しかも、見た感じ戦況はあまり芳しくないようだ。ぶっちゃけ、押されている。
呆然と突っ立っていた文に、走ってきたメイドが気付いて声をかけた。
「あ、射命丸さん!ちょうど良いところに!」
「へ?」
「そこは危険です!とにかくこっちへ!」
メイドはそう言うと、文の手を掴んでどこかへと引きずって行く。文は状況が全く理解できぬまま、半強制的に連行されてしまった。

連れて来られた先は、一梁のテントだった。入り口の横には看板が建てられており、そこには大仰な字体で『紅魔館館外戦闘部隊臨時作戦司令室』と書かれている。
「とりあえず、中へ」
メイドに促されてテントの中に入ると、そこは不自然なほどの闇に包まれていた。暗闇の中に、魔法で作り上げたと思しき光の球体が幾つか浮かび、それが周囲を照らしている。
そしてそこには、レミリアを筆頭に、パチュリー、咲夜、フランドールといった紅魔館首脳陣とも言うべき錚々たるメンバーが鎮座ましましていた。
「レミリアお嬢様、射命丸文様をお連れいたしました」
「ご苦労。下がっていいわ」
「は」
メイドは敬礼をすると、早々に退出していった。残されたのは、元から中にいた者達と、相変わらず状況が理解できていない文のみ。流石に不安になって、文はレミリアに尋ねようと口を開いた。
「あの―――」
「射命丸文」
「は、はい」
口を開くタイミングが拙かったか、文の質問はレミリアの一言に遮られた。言葉が被ることになってしまったが、レミリアは気にせず先を続ける。というより、切羽詰ってこちらの話を聞く余裕が無さそうだった。
「貴女も見たと思うけれど、紅魔館は今大変なことになっている」
「ええ」
文は頷いた。
それは分かる。実際にこの目で目撃したのだから。考えろ、文。今私が聞くべきなのは何なのか―――。
「それで、その―――。一体何が起きているのですか?」
とりあえず、単刀直入にレミリアに質問をぶつけてみた。
「それについては、私の方から説明させてもらうわ」
レミリアに変わって、パチュリーが質問に応じる。
「昨日の深夜0:52、我が紅魔館は敵の襲撃を受けたわ。完全に虚を突かれたのか、門番隊は1:25を以ってほぼ壊滅、更に同時刻、館内への侵入を許す………」
「………」
「館内警護部隊も襲撃者の前には歯が立たず、ついには咲夜までもが撃墜された」
「咲夜さんが!?」
文は思わず視線を咲夜へ移した。咲夜の実力は身を持って知っている。彼女を墜とすほどの手練となると、幻想郷でも限られてくるだろう。
思いを巡らす文に向かって、パチュリーは更に説明を続ける。
「レミィとフランは外出中、私は魔法使い同士の会合でこれまた留守。咲夜がやられたメイド隊は、戦闘力のおよそ7割を失い、退却を余儀なくされた。この時点で本館は敵勢力によって制圧。残存兵は図書館内にて、ゲリラ戦術を取ることになった―――」
「つまり、今現在館内は既に敵の手に墜ちている、というわけ。恥ずかしながら、ね」
そう言って、咲夜が俯いた。守るべき紅魔館を守りきることができなかった悔しさに満ちている。文はそう理解した。
「本日8:15、私が帰宅。状況を確認の後、9:27に帰宅したレミィ、フランと共に図書館内の空間を外部へ繋げてメイドを救出。現在に至る、と」
「なるほど」
思わず納得してしまった。だが、幾つか疑問が残る。
「どうして突撃しないんですか?いくら昼間だからといっても、レミリアさんにフランドールさん、それにパチュリーさんが揃っているなら、幽迷連合やら不死騎団にも引けを取らないのでは」
文は疑問其の一を口にした。ちなみに、幽迷連合とは幽々子と紫のペア、不死騎団は輝夜、永琳、妹紅のトリオである。少し前の宴会の時に、勢いだけで組んだユニットだが、語呂が良い所為かはたまた気分の問題か、そのまま言葉が定着してしまった。文も時折新聞内で使用している。
「それは………」
すると、何故か皆一様に押し黙ってしまった。どうも訊いてはいけないことだったようだ。
「じゃ、じゃあ質問を変えましょう」
文は慌てて空気を変える作戦に出た。
「一体何者なんですか?その襲撃者というのは」
びしぃ。
その時、世界が凍った。気分はもう、『ザ・ワールド』。
別に咲夜が能力を使ったわけではない。皆既日食に合わせて呪文を唱えたわけでもない。だが断言できる。確かにその瞬間、時は止まっていた。
どうしよう…!?
凍った時の中で文は必死に考えた。
これは拙い。非常に拙い。何が拙いって、このままじゃ司令部が機能しなくなってしまうところが拙い。
っていうか、何故その質問で皆が凍りつくのか。これはあれか。宇宙の真理というやつか。
折しも、見た目通信装置と思しき物体から、刻々と変化する戦況が報告されている。それは、どこか遠い国の言葉のように現実感がなかった。

『第五部隊、壊滅しました。もう抑え切れません!』
『ジェシカ!お願い!私を一人にしないで!返事してよ!ねえ!』
『くそっ、後退だ!これ以上の犠牲は出せない!』
『そんな!無茶です、隊長!貴女一人では―――!』
『いや……!来ないで下さい………!来ないでーっ!!!!』

戦況は不利のようだ。なんとかしなければなるまい。少なくとも、ここで雁首そろえて固まっていても仕方がない。
打開策を文が考えていた丁度そのときだった。一つの単語が文の耳に飛び込んできたのは。
『門番長…!』
そうだ。彼女のことをすっかり忘れていた。元々自分がここに来た目的は彼女だったのだ。
「レミリアさん!」
「な、何?」
文の一声に、レミリアの時が動き出した。
「美鈴さんは?」
「!!」
その名を聞いた途端、ビクッとレミリアの体が震えた。心なしか、顔も青ざめている。その反応から、文は最悪の事態を想像してしまう。
「美鈴は…」
震える唇でレミリアが言葉を紡ぎだそうとした瞬間。
「お嬢様!」
足音も高く、メイドの一人が駆け込んできた。よほど急いでいたのだろう、肩で息をしている。
しばらくして、彼女は呼吸を整えると口を開いた。
刹那、司令部にいた全員に衝撃が走った。その報告は、それほどのものだったのだ。
「報告します!第二防衛ラインが突破されました。我が方の被害は甚大、全兵力の8割は戦闘不能。目標は依然として圧倒的な勢力を保ったまま、最終防衛ラインへと進攻中!」
「そんな………!」
司令部がにわかに慌ただしくなる。
「拙い!今の彼女を外に出すわけにはいかないわ!」
「こうなったらもう手段を選んでいられないよ。ここにいる全員で迎え撃つ!」
「そうね。咲夜は出られる?」
「私なら大丈夫です。ご心配には及びませんわ」
先ほどまでの雰囲気を振り払い、少女たちは雄雄しく立ち上がった。さすがは百戦錬磨の紅魔館の猛者である。
「文、貴女はどうするの………?」
何も言わず、文は拳を握り締めた。乗りかかった舟だ、最後まで付き合うのが筋だろう。それに、紅魔館を陥落するほどの相手に、一人で立ち向かう気力は湧かなかった。この面子なら、むしろ危険は少ないはずだ。加えると、記者として戦場カメラマンのようなこの状況を見逃すわけにはいかない。
「私もついていきます」





こうして、文はこの騒動の当事者の一人となったのだった。
目先の大事に気を取られて、門番のことは遥か記憶の彼方に葬り去ってしまった。
後になって冷静に思い返してみると、それが一番大きな失敗だったのだが。





レミリアたちと連れ立って、文は戦場に出向いた。
現在の最前線の塹壕に身を潜め、そこにいたメイドに戦況を報告させる。
「―――――以上です」
「酷い状況ね」
パチュリーが言った。報告の内容自体は、先ほど司令室で聞いたものと変わらない。ただ、最前線での緊張感からか、その絶望感が際立っていた。
「ここでこうしていても埒が明かないわ。一気に突撃しましょう!」
レミリアが、決意を固めた表情でそう言った。
「もっとこう、作戦を練った方がいいのでは?」
文が当然の意見を述べるも、咲夜に却下された。
「有効と思われる作戦はすべて試した。後はもう、真っ向勝負しか手はない!」
「うん」
「分かりました」
「行きますか」
こうして、五人の戦士が塹壕から飛び出した。

前方から、何者かが接近してくる。その前にレミリアとフランドール、咲夜が立ちはだかった。
文とパチュリーはやや離れたところにいる。
格闘戦能力と射撃能力を考えた結果、前衛3人、後衛2人の陣を敷くことになったのだ。
先行する3人が相手と接触するのを見計らって、文とパチュリーが狙撃で援護する。即席で構築した作戦とも呼べぬ代物だが、それでも無いよりはマシだろう。
「どうしたものでしょうか」
「とりあえず、様子を見るわ。下手に撃つと状況が悪化しかねない。レミィたちが交戦状態に入ってから、こっちも動くわよ」
「はい」
文は返答し、前方へと視線を向けた。目を細めて相手を見据える。
「あれ?」
文は目をこすった。その姿を、どこかで見覚えがあるような気がしたからだ。
「どうしたの?」
訊いてくるパチュリー。
「いえ、何でもありません」
そんなはずはない、と自分に言い聞かせて扇を握り締めた。
と、そのときである。前方から爆発音が聞こえてきた。どうやら戦闘が始まったらしい。
「始まったわ!私たちもいくわよ!」
そう言って、パチュリーは火弾を放った。
「それでは、私も」
文も扇を振りかぶり、狙いを定める。
「でぇーい!」
そしてそれを、気合と共に振り下ろそうとしたその瞬間だった。
「!?」
レミリアたちと戦っていた相手が距離をとり、こちらを向いた。その顔を見て、文の動きは止まった。
「あ、あれは――!」
『彼女』も文に気付いたようだ。その美しい顔に凄絶な笑みが浮かび―――――。
次の瞬間には、数十メートルの距離を一気に詰めて、文の目の前に立っていた。
「こっちから訪ねに行こうと思っていたんですが、まさか貴女の方から来てくれるなんてね………」
「そんな……」
風に靡く紅い髪。美しい碧眼。
「貴女の所為で……。貴女の所為で!」
そう、『彼女』は。
「美鈴さん、どうして」
文は心底から驚いた。
何故なら―――。
『彼女』――――紅魔館を脅かしていた未曾有の危機の正体は、門番長『紅美鈴』その人だったからである。

「貴女の所為なんですよ……」
「い、一体何が私の所為だって言うんですか?」
先程からうわ言のようにぶつぶつ呟く美鈴に、文は尋ねた。
すると美鈴は幽鬼のような姿で、鬼の如き眼光を文へ向けた。そのすさまじい迫力に、文は思わず息を呑む。
「新聞………」
「へ?」
「昨日貴女が配った新聞の内容を思い出してみてください!」
言われて文はその中身を記憶から引っ張り出した。




それは、概ね次のような内容だった。
主人公『中国』は、自分がその様に呼ばれていることを疑問に思っていた。
ある日、『中国』は自分が何者かに名前を奪われている、という事実を知る。
『中国』は名前を取り戻すために旅に出た。
旅の途中で出会った多くの仲間との出会いと別れ、数々の激闘が『中国』を強くした。
そして旅の果て、ついに『中国』は名前を奪った犯人を倒し、『紅美鈴』の名を取り戻したのだった。




「え、えーっと」
確かあれは、外の新聞にある『新聞小説』というものにヒントを得て書いたものだった。記者である文は事実と異なる記事を書くわけにはいかない。しかし、記事じゃなければ許されるわけで。
ちゃんとお決まりの『この物語はフィクションです』という一文も添えてあったし、特に問題は無いはず。
「し、新聞がどうかしましたか?」
恐る恐る、といった感じの文に、美鈴はクックックと不気味な笑いを返す。
正直、怖かった。
いつの間にかやってきたレミリア達も、心底慄いている様子である。
「貴女の新聞のおかげで、私に会いに来るなり『あ、中国だ』等とほざいてくださりやがる、素敵な方々が増えたみたいでして………」
「うわ」
文は頭を抱えた。あの新聞は名前で呼ばれないことの哀しさを皆に知ってもらおうとして書いたものだった。それが逆に、彼女の『中国』という呼ばれ方を広める結果になってしまおうとは。
こういうの、なんて言うんだっけ?ほら、あれだ。鴉も木から落ちる?いやいや、そもそも私木に登らないし。
視線だけで人を殺せそうな美鈴から目を逸らして逃避するも、現実は無情というのが世の常である。
「何、貴女の新聞が原因だったの?」
「それじゃ、自業自得よね」
「よくわかんないけど、悪いのは天狗でいいのかな」
「まあ、いい薬でしょ」
「ちょっと皆さん助けてくださいよ!見捨てるなんて酷いじゃないですか!」
文は必死になって助けを求めるが、
「貴女が蒔いた種よ。責任とってね」
というレミリアの言葉に、すべての望みを絶たれてしまった。
「ふふふふふ。私を中国と呼んだ者に復讐する……。その機会を与えてくれた天に感謝しないと………」
「あ、あの。美鈴さん、話せば分かります!分かりますって!お願いだから分かってくださいー!」
「貴女に何が分かる!?私の名前を奪った貴女に!」
「奪ったなんて、そんなこと……」
「問答無用!」
その瞬間、莫大な妖気がはじけ、美鈴の体が黄金色に輝いた。身の危険を感じた文は反射的に逃げ出すが、既に遅かった。
「私のこの手が光って唸る!名前を返せと轟き叫ぶ!!」
「な、何ですかその魔理沙さんも吃驚のパクリネタは!?」
文のツッコミを、怒りのチャイナ・モードとなった美鈴は完全に無視した。
「爆熱(ばぁぁぁぁぁぁぁぁくねつ)!!!」
「ひぃ~!」
黄金の闘気を身に纏い、猛烈な速度で突進する美鈴。そのスピードは、音速をあっさりと超えた。虹色の尾を引いて飛ぶその姿を、レミリアたちは呆然と眺めた。
まるで、魔理沙のブレイジングスターを見ているような錯覚に囚われる。
美鈴は速かった。幻想郷最速記録を打ち出した文でさえ、とても逃げ切れなかった。

「中華猛爪撃(チャァァァァァァイニィィィーズ、フィンガァァァァァァァァァァァァー)!!!!!!!」

ズドォォォォォォーーーーン!!!!!!!!

およそ打撃系の技によるものとは思えない、途轍もない爆音が響き渡った。
「ぐぎゃあああぁぁァァァーーー!!!」
文の断末魔の叫びがこだまする中、金色の光が収束する。
そして。

「中華終焉(チュゥゥゥゥゥゥゥゥゥカ・エンドッッッッッ)!!!!!!!」

閃光。
爆発。
轟音。
その日、幻想郷に太陽が生まれた。






その日から、紅魔館には「門番長を『中国』と呼んではならない」という鉄の掟が制定された。これは、暴走した美鈴のあまりの強さと出鱈目ぶりに恐怖したレミリアの勅命であり、破った者には血の制裁が加えられることとなった。
とはいえ、メイド達も全員が暴走美鈴の恐ろしさを、我が身を持って実感していたため、この掟が破られることは無かった。
当の美鈴は、文に放った技で力を使い果たしたのか、気を失った状態で湖を漂っているところを咲夜が発見、無事保護された。しばらくして目を覚ましたときは誰もが物陰に隠れたものの、本人は暴走時の記憶が無いらしく、
「ここはどこでしょう?」
と言ってきょとんとしていた。
その後、紅魔館に残った激闘の跡を見て驚いた様子を見せた。が、命に別状は無く、また再び暴走状態になる可能性も低いと見られたので、すぐに職務に復帰したのだった。
一方、望まぬながら元凶となってしまった文はと言うと。
全身黒焦げになって倒れていたところを幽々子に見つかり、危うく本物の焼き鳥にされかかったが、妖夢の必死のとりなしで一命を取りとめ、永遠邸に長期入院する羽目になったという。

なお、余談ではあるが、全治三ヶ月の重傷から復活した文の復帰第一回目の文々。新聞の内容は、次のようなものであった。



『某月某日
皆さんはこの日、紅魔館にて大規模な戦闘行為が行われたことを覚えているだろうか。
幻想郷を照らし出そうかというほどの、巨大な閃光が走った、あの日である。
それについて、私は事実の一旦を掴んでいる。
だが、ここではあえてそれについて深く触れない事としよう。
だが、これだけは言っておきたい。
皆さんの中にも、良かれと思ってやったことが、全く逆の結果を生んでしまった経験はないだろうか。
気遣ったはずの言葉で、傷つけてしまった。
手伝うつもりが、邪魔をしているだけだった。
あの事件も、そんな些細なことが原因だったのだ。
ここに、私は謝罪の意を表明したい。
○月×日の文々。新聞において、私はある妖怪の名誉を、そして彼女の心を傷つけてしまった。
そのことについて、私は今深く反省している。
これを受けて、当面は取材活動を自粛すると共に、新聞の真にあるべき姿を目指して、努力を続ける次第である。』




教訓
思い込みは程々に
こちらへの投稿は初となります、久遠の夢と名乗る者です。
何というか、非常にカオスな物になってしまいました。
こんな作品でも、楽しんでいただけたら幸いです。
久遠の夢
簡易評価

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コメント



0.2820簡易評価
2.100どっかの牛っぽいの削除
つえ~~!!
美鈴つえ~!!
普段大人しい奴が切れると恐いというが彼女の場合、紅魔館の残り戦力を圧倒するとは・・・
エクストラBOSS化っつのかねこれ
11.無評価じゃんじゃん削除
復習<復讐ですね
14.80名前が無い程度の能力削除
次回作に少し期待
19.無評価久遠の夢削除
>じゃんじゃんさん
ご指摘ありがとうございます。
誤字訂正しました。
38.70名前が無い程度の能力削除
通信回線で筒抜けになるのも構わず私を一人に~と言い切った
ジェシカさんと相方のその後が見たいとです。
42.90甘党の黒猫削除
記憶を失ってた暴走時、決め技名までアレなのだから、
やっぱり美鈴は中国呼ばわりされても本能(というか本質?)面で中華系扱いなのかな、と。
しかし、塹壕掘って戦うとは、メイドさん達も意外と近代的な。
59.90名前が無い程度の能力削除
暴走時の美鈴がむっちゃ強いな
通信回線でのやり取りの、その後が気になりました。
64.80名前が無い程度の能力削除
チャイニーズフィンガーに吹いたww