Coolier - 新生・東方創想話

裏・幻想○○○郷

2006/04/11 08:46:05
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 このお話は、プチ作品集その6にあります拙作『幻想○○○郷』の続編? となっております。事の発端が何なのか、知りたい方はそちらをごらんになって下さいませ。
 ちなみに、このお話だけでもお楽しみ頂くことは、確実に、きっと、多分、可能だと思われます。
 では、ご了承頂けた方々は、めくるめく○○○の世界へどうぞ。





 幻想郷皆メイド化計画。
 それは、氏名年齢不詳、コードネーム『KORIN』によって考え出された恐るべき計画である。
 メイド。それは、彼曰く、『純潔の象徴』。あの、清純かつ典雅な立ち居振る舞い。主には絶対服従の従順さ。さりげなく見せる、かわいい素顔。仕事と私生活を切り分けることが出来ず、困惑する迷いの姿。その全てが素晴らしい。素晴らしすぎて、思わず世界の中心でメイドさんへの愛を叫びたくなるほど素晴らしい。
 そんな人物が考え出した計画がそれであり、それに便乗……というか、完全に『ノった!』な連中が手足となって働いた結果、九割方、成功を収めた計画である。しかし、その計画も、最後には被検体『REIMU』の叛乱によって潰えてしまった。計画に賛同したおよそ二名が、ずたぼろのぼこぼこにされて『私は変態です』と書かれた張り紙頭からつけられて神社の鳥居にくくりつけられたというのは有名な話であり、また、KORINの本拠地も、REIMUによって爆発・消滅した。
 その後、捕らえられたKORINはこのように語っている。

「メイドさんは、すでに幻想郷にいるだって!? とんでもない! あんな、いきなりナイフが飛んでくるような人はメイドであってメイドにあらず! メイドの武器は『申しわけありません』とか『ご主人様の言いつけですので……』と、やんわり微笑みつつも絶対の否定を決定する、あの雰囲気だろう! それなのに……」

 その後の彼のセリフを聞き取れたものはいない。ただ、その場に響き渡ったのは、彼の声ではなく、別の人物の声であったという。

「ダーイオアデーッド?」

 遠くからその様子を眺めていたという某新聞記者は、『あ、ああ……ナイフが……ナイフがあんなに……!』というわけのわからないセリフをのたまったと言うが、まぁ、それは割愛しよう。



 さて、これにて全てが潰えてしまったかに見えた計画だが。
 某所や某所では、何かそれに感化されたものによる傍若無人な振る舞いが、今も続いていると言われているが、それはさておき。
 ここ、魔法の森の奥にある、とある家でも、それが顕在化しようとしていた。

「う……うーん……」
「おー、目が覚めたか。アリス」
「……はっ?」
 ふと、気がつけば、見知らぬ天井が見えた。あ、あんな所に染み発見、などと思いながら、彼女――アリス・マーガトロイドが起きあがる。体を柔らかく包み込むベッドと枕。ただ、一体どれくらい洗濯してないのか、シーツなどがしけっていたりするのはさておき。
「……魔理沙? あれ、私、どうして……」
「いや、何。いきなり、ドアを開けて家に入ってくるなり、疲れてたんだろ、倒れたんだ」
「ああ……そうかも。昨日は一晩中、調べものをしていたから……」
「調べもの?」
「うん……ちょっと」
 小さなため息をついて、ちらりと視線をやれば。
 部屋の片隅、机に備え付けの椅子に座ってこちらを眺めつつ、何やらにやにやしている、この家の持ち主。
「……ちょっと、何よ。その目は」
「いんや~。別に?」
「気持ち悪い。やめてよね、やらしいわよ」
「おお、そうか?」
 当たり前じゃない、とアリス。
 家の主人である霧雨魔理沙は「そうか?」と笑いながら立ち上がる。
「ち、ちょっと。何?」
「いやいや。似合ってるなぁ、と思ってさ」
「……似合う……って、何が?」
 にやにや笑いながら近寄ってくる魔理沙に、本能的な恐怖でも感じたのか、アリスがじりっと後ろに下がる。壁に隣接して設置されているベッドの上では、しかし、逃げ場などは少なく、すぐに壁際に追いつめられてしまう。ぎし、とベッドをきしませながら、魔理沙がベッドの上に上がってきた。
「ち、ちょっと何するつもりよ! 冗談じゃないわよ! い、今、外……あ、明るいじゃない! こんな、恥ずかしがる私を思う存分楽しむような事をしたいわけ!? そ、それもいいかもしれないけど、やっぱりこういうのは、お互いが……!」
「まぁ、何を言いたいのかはさておいて。
 ほれ」
 どこからともなく取り出したのは、手鏡。
 そこに映し出されたアリスの顔は、面白いくらい赤く染まっていた。今なら、完熟リンゴどころかトマトにだって勝てそうだ。
「こ、これが……何なのよ。あ、私のこと、美人だって認めた?」
「いやいや。そうじゃないんだなぁ」
 それが徐々に下に下がっていくに連れて。
 アリスの顔がこわばっていく。
「なっ……!」
「くっくっく……似合うぜ?」
「何よこれぇっ!?」
 ようやく、そこで、彼女は自分が置かれた状況に気づいたらしい。
 まず、彼女の頭を飾るのは、見事なヘッドドレス。美しい白を基調としたそれに彩られ、そこから下に下がると、まず見えるのが首元の首輪。首輪の中心には、翡翠だろうか、緑色の宝石がはめ込まれて輝いていた。そして、さらに下に下がれば、全身を包み込む紺色のエプロンドレス。清純さと純潔を保つため、袖は手元まで、スカートの長さは膝下までと、徹底した鉄壁っぷりを発揮するそれは、誰がどう見てもメイドさん。
「ついでに下着もこうしてみた」
「はぅっ!?」
 ばさっ、と遠慮なくアリスのスカートをまくる魔理沙。中から現れたのは、これまた見事な白のガーターストッキング。
「なっ、なっ、なっ……!」
「いやー、苦労したぜ。お前のサイズに合うのを探すのは。
 ま、とりあえず、それについては紅魔館の連中がいたから何とでもなったとして……」
「他人で何やらかしてんのよあんたはーっ!」
 絶叫と共に、必殺『メイドキック』が飛ぶ。さすがは、かつて『蹴リス』の異名をとった女。その一撃は空気を切り裂き、魔理沙の頬をわずかにかすめ、彼女の顔を引きつらせる。
「お、落ち着け、アリス!」
「これが落ち着いていられるかぁぁぁぁっ!」
 立ち上がると同時、枕を取り上げて、それを魔理沙に向けて叩きつける。ぼふん、という柔らかい音。しかし、音とは対照的に、魔理沙は「ぐはぁっ!」と呻きながら床に叩きつけられた。
「よ、よりにもよって、お手入れしてない時にぃっ! どうせやるなら、完璧になってからやりなさいよ、あんたはぁっ!」
「ちょっと! ちょっと待て! 論点がずれてるっていうか痛い痛い痛いっ! お前、その中に石つめたなっ!」
 ごすごすごすっ、と、とても枕とは思えない布(?)の連続攻撃に、さすがの魔理沙も悲鳴を上げながら這々の体で逃げ出した。
 ものすごく息の荒いアリスの、獣のような視線が魔理沙をじっと見つめている。『乙女の柔肌を傷つけたもの、すべからく死すべし』と語っているようだった。ただ、唇からは「こんな事なら、しっかりと準備してきたのに」などという言葉が漏れているが、その意味は不明。
「はぁー……はぁー……よ、よし、落ち着け、落ち着くんだ、アリス。お前は今、完全に囲まれている。武装解除して、大人しく手を挙げて出てくるんだ」
「意味がわからないわよ!」
「ふ……ふふふ……そ、そうだな。私も混乱しているようだ。
 だ、だが、アリス! いいのか!? お前は今、メイドだ! 冥土じゃないぞ! ご主人様には絶対の誓いを取る、清純な乙女だ!」
「んなもの関係ないっ!」
「ふっ! 甘いな……アリス。私が何の対策も考えず、こんな面白い……あ、いや……楽しい……でもなくて……興味深い……? いやいや、待て待て……。あ、そ、そうだ。画期的な実験を行うはずがないだろう!」
「自分のセリフに疑問形を入れてる奴が何を言うかっ!」
 さすがはメイドさん。ツッコミも完璧だ。
「ふふふふふ! その生意気な口もすぐにきけなくなる!」
 どこぞの悪の大魔王みたいなことを言って、魔理沙は一言、叫んだ。
「『アリス、私がご主人様だ』!」
「は、はい。ご主人様、申し訳ございません……って……えっ!?」
「よっし、かかった!」
「か、かかったって……魔……ご主人様、私に何をしたのですか、って何よこの口調!?」
「よーっし! 大成功!」
 困惑するアリスの手から、握っていた枕が落ちる。ごとん! というものすごい音がしたが、中に何が入っているのかは考えない方がいいだろう。
 拳を突き上げて小躍りする魔理沙が、にこやかな笑顔で振り返る。
「いや、なぁに。ちょっとした制約系の魔法をかけさせてもらったんだ。
 ある言葉をキーワードとして発動する術でな、それにかかると、対象者は、絶対に術者に逆らえなくなるどころか従順そのものになってしまうんだ」
「そ、そんな悪魔のような魔法、何に使うつもりなのよ!」
「そりゃもちろん、お前みたいな生意気な奴に、色々と」
「だ、誰が生意気……」
「アリス。もう一度言うぞ。『私がご主人様だ』」
「……申し訳ございません」
 口では『何がご主人様よ! そう言うプレイに興味はないけど、魔理沙が相手ならいいかなー』とつぶやいたつもりだったのだが、出てきた言葉は謝罪の言葉。
「よしよし、完璧」
「こ、こんなことして……ど、どうするつもりよ」
「んー? そうだな。それじゃ、少しの間、うちの召使いをやってもらおうかな。一人暮らしをしていると、どうもずぼらになっていかん」
 ――そんなこと、自分で何とかしなさいよ!
「私でよろしいのですか? ご主人様」
「うむ。と言うか、身近な素材が、お前以外いなかったんだ」
 ――何よ、それ! 誰だってよかったってこと!?
「光栄です、ご主人様。こんな未熟なアリスを選んでくれて」
「あっはっは。そうだろうそうだろう。
 よし、まずは最初に、昼飯の調理からだ。うまいものを期待するぜ」
 ――うるさいっ! それくらい自分でやりなさいよ! 全く、これだから、あんたは魔理沙なのよ! 仕方ないわね、やってあげるから感謝しなさい!
「かしこまりました、ご主人様」
 ――という具合に、口から出てくるのは全て反対の言葉。しかも態度に表そうとしても、なぜか、いつものそれをすることが出来ず、さながら本物の『メイドさん』のように従順な態度を取ってしまう。
 魔理沙の魔法、恐るべし。
 まぁ、一部、本心と言葉が重なった部分があるが、それは割愛しよう。
「うっ……! 何よ、これ……」
 仕方なく――というか、半分くらいは自分の意思のような気もするが――、魔理沙の家のキッチンに移動したアリスが見たものは、腐海だった。
「ち、ちょっと……ま……ご主人様、何ですかこれは……」
「んー?」
 ひょこっと顔を出した魔理沙。
 そして、こともなげにさらりと言う。
「片づけがめんどくさくて放置したらそうなった」
「……んな……!」
 さすがに絶句。
 一言で言うなら、凄まじい。
 あちこちに、汚れた食器やら何やらが散乱している。調理器具で壊れたものは、キッチンの片隅に積み上がっているし、生ゴミの処理もしていないのか、そのまた片隅には、手をつけるのが怖い袋が一つ。
「あ、あんた、料理に関してなら、それなりのプライドがあるんじゃないの……?」
「プライドはあってもなー。
 まぁ、こういう後始末がきちんと出来てこその料理人という気もするんだが……。いや、普段はこうじゃないんだ。ただ、三日くらい、研究に没頭していたらこうなってしまってなー」
 はっはっは、と笑う魔理沙。
「……」
 軽いめまいを覚えて、思わず、ふらりとよろめくアリスを、今までどこにいたのか、飛んできた上海人形がさっと支えてくれた。
「片づけも頼んだぜー」
 ――ふっざけんじゃないわよ! 料理はいいとしても、それくらいは自分でやりなさいよ!
「はい。お任せ下さい」
 そうかそうか、と笑いながら、魔理沙がその場を去る。
 一人残されたアリスは、がっくりと肩を落とした。
「……最悪……」
『シャンハーイ?』
「……いいのよ、上海人形。
 ……ええ、いいわよ。わかったわよ! こうなったら、徹底的にやってやろうじゃない! このアリス・マーガトロイドの花嫁修業の成果、見せてやるわっ!」
 腕まくりをする仕草をしながら、彼女がキッチンに向かう。
 ――のだが。
「ああ、言い忘れてたんだが」
「はい?」
「ドジっ娘機能も備えているからな」
「……はっ?」
 突然、戻ってきた魔理沙の一言に。
 洗い終わった食器を戸棚に戻そうとしたアリスの足が、突然、何の脈絡もなく自分の足に絡まって、そのまま前のめりにずっこけた。
「ぶっ!?」
「おお! 見事!
 自分の足に引っかかってこける! ドジっ娘メイドの基本装備だ!」
「い、いたたた……」
 がっしゃーん、という凄まじい音と共に飛び散る食器の破片。それらを、上海人形と、またどこにいたのか、やってきた蓬莱人形がせっせと片づけを始めた。
「よけいな機能つけてるんじゃないわよ!」
「うーん。確かに、ちょっとよけいだったかもなー。
 でも、その仕草はなかなか点数高いぜ?」
「……へ?」
「似合う似合う」
 起きあがったアリスの格好はというと。
 鼻を床に打ち付けたため、涙目。女の子座り。ついでに言えば上目遣い。さらに。
 ――何が似合うってのよ、手伝いなさいよ!
「申しわけありません、ご主人様……」
「……うーむ。メイドを雇う人間の気持ちってのが、何かわかってきたような……」
「……はぁー」
 何かもう、自分の存在そのものが嫌になってきたのか。
 重たいため息をつくアリスだった。

 さて、それから一日のアリスの行動を追いかけると。

「おーい、アリス。これ片づけておいてくれー」
 ――それくらい自分でやりなさいよ!
「かしこまりました、ご主人様」

「なぁ、アリス。このお茶、あんまり美味しくなかったから、別のお茶を買ってきてくれ」
 ――もったいない! そう言うのは、きちんと最後まで使わないと霊夢に夢想封印喰らうわよ!?
「はい、ご主人様」

「ところでアリス、この実験器具なんだが、あっちの物置に入れてきてくれ。あ、ついでに、これとそれとあれも頼む」
 ――ちょ……!? 量が尋常じゃないわよ!? 一体、どんだけためてたわけ!?
「お任せ下さい、ご主人様」

「んー……この晩飯……少し、味が薄いな。アリス、しょうゆが弱いぜ」
 ――ほっときなさいよ! 嫌なら食べないでよ! せっかく、一生懸命作ったのに!
「……申しわけありません、ご主人様」

「おーい、アリスー。背中流してくれー」
 ――任せなさい!
「はい! ご主人様っ!」
「……何で生き生きとしてるんだ?」

「ところでご主人様、夜伽の方は……」
「あ、い、いや、その……それはいい……」
 ――えー? 何で何でー?


 といった具合だったりする。

 さて。

「あ……ああ……」
 何やら、目の前にある、一抱えほどの大きさの水晶玉を眺めながらうっとりしている女性が一人。背中の羽がぱたぱたと上下に動き、頭の上のアホ毛がぴこぴこと揺れている。
「か……かわいい……かわいいわぁ……」
 本人ではなく、水晶玉であるのに、すりすりと頬ずりするのは。
「神綺お母さん、何してるの?」
「はひっ!? ル、ルイズちゃんっ!?」
 無遠慮に、彼女――神綺の部屋に入ってきた女性、ルイズがあきれたような、少しかわいそうなものを見るような、そんな目で訊ねてくる。
「あ、い、いや、その、これは……えーっと……あ、そ、そうそう! これはね、遠くのものを見通す魔法を、ちょっと改良して、私が望むもののありのままの姿を映し出すというワンダフルでビューティフルかつナウなヤングにバカウケの魔法なのよ!」
「ふーん、どれどれ?」
「あ、や、やぁだー! 見ないでー! 見ちゃダメー!」
 邪魔してくる神綺を押しのけ、ルイズが眺める水晶玉の向こうでは。

『ち、ちょっと、アリス。あんまりくっつくなって』
『ですけど……ご主人様、独り寝の夜は寂しいですよ? うふ、うふふふふふ』
『怖っ! 何か怖っ!』

「あらやだ、桜色の花吹雪」
 きゃーっ、きゃーっ、と叫びながら、手にしたざるから花吹雪を放り投げる神綺。何がやりたいのか、全く不明だ。
「ふーむ。つまり、これはあれね。うちらの中で、最もちみっこだったアリスちゃんが、みんなを押しのけ、一足先に春が到来する様子を、ご近所のおばさんよろしく眺めたいという欲望ね!」
「ちっ、ちちちち違うのよ!」
「顔が赤いですけど?」
「違うったら違うのー!」
 むきー、と叫びながら、ぽかぽかとルイズの胸元にだだっ子パンチ。この人、ほんとに魔界神か。そう思いつつも、はいはい、とルイズはそれを流す。
「だとしたら、何でこんな事を?」
「それは……ね……その……。
 ……アリスちゃん、かわいいわよね?」
「かわいい……かな?」

『もう少し、おそばに……はぁはぁはぁはぁ……』
『いや、だから怖いって! ちょっと怖いって! えーい、やめろ、アリスー! 私はご主人様だぞー!』
『そんな言葉では騙されませんわ、ご主人様ぁぁぁぁぁぁっ!』
『ぬぁぁぁぁっ! 結局、あんまり変わってないぃぃぃぃぃぃっ!?』

「……………」
 ……あの子、ここまで変な人だっけ?
 自分の知るアリスの像を頭に思い浮かべ、いやいや、こんなバカな、この人はアリスと同姓同名の別人よ、などと思って現実逃避するルイズ。
 しかし、そんなアリスであっても。
「かわいいのよ! かわいいの!
 普段は、絶対に着ないメイド服なんて着て甲斐甲斐しく働くアリスちゃんは萌えよ! 萌えなのよ!」
「……いや、萌え、って言われても……」
「わっかんないかな~。ルイズちゃん、正座!」
「いや、何で……」
「せ・い・ざーっ!」
「……はーい」
 つまりね、と指一本立てて。
「私の創った、つまりは、私の子供達であるあなた達は、みんながかわいいわ。でも、その中でも、普段は見せない特別な顔を見せてくれる時のかわいさは、またひとしおなの。ドジっ娘アリスちゃん、最高! 萌えー! なのよ」
「……結局、結論はそれなのね」
「何か言った?」
「いいえ何にも」
 まぁ、要するに。
 親のひいき目+色眼鏡+普段は、滅多に顔を見ることが出来ない寂しさから来る、一時的な情動といったところか。
 冷静に分析してみると、結構、あれだが。
 まぁ、この人だし、と納得しておく。
「ただねぇ、ちょっと、この先に進んじゃうのは、ママ、早いと思うの。どうしたらいいかしら?」
「どうしたら、って言われても。
 そもそも、魔界を荒らすに荒らした連中と、こうまで仲良くなるのは何かと問題が……」
「うん……そう……そうよね。
 でも、でもね! ママはママとして、娘が選んだ人のことは、暖かい眼差しで見つめてあげようと思うの! 何だったら、一回作り直してもいいし」
「……をーい」
「というわけだから、ママはアリスちゃんの鑑賞会♪ ご飯が出来たら呼んでね、って夢子ちゃんに伝えておいてね」
「……まぁ、了解しました。お母様」
「ぐっじょぶ!
 うふふ~、アリスちゃん、そこよ! ほら、いけっ! やれっ! やっちゃえー!」
 ミーハーなのか、それとも、子供思いなのか。
 いまいちわからないわね、と肩をすくめて部屋を退出し、ふと、ルイズは視線をある方向へ。
「何してるの、夢子ちゃん」
「……神綺様……わたしには、一度だってかわいいって言ってくれたことなかったのに……何で、何でアリスばっかり……!」
「おーい」
 ぎりぎりという歯ぎしりの音と、みしみしという、あんまり聞きたくない音を響かせるメイドさんが一人。ちなみに『みしみし』の音源は、彼女が握りしめている柱から。よく見れば、彼女の細くて優雅な、ガラス細工の如く繊細な指先が柱をぶち抜いてめり込んでいたりする。
「おーい。ゆーめーこーちゃーん」
「わかるわ……わたしにだってわかる……。そうよね、アリス、かわいいものね……だけど、神綺様……メイドなら身近に一人いるじゃないですか……!」
「……おーい」
 みしみし、が、びきばきっ、に変わってくる。ついに、柱の一部をむしりとったメイドさん――夢子が、握りしめた建材をさらに細かく握りつぶしていく様には、さすがに戦慄を禁じ得ないらしい。
「許せない……許さない……! 神綺様、ひどすぎます……!」
 ついには、よよよ、と泣きながら走り去る夢子。
「……何なのよ」
 さすがに、彼女は一体何なのか、それが今ひとつわからず、ため息をつくルイズだった。

 ちなみに、その日の晩ご飯であるが。
「お……おおお……」
「……」
「こりゃまた豪勢だわねー」
「いただきまーす!」
 にぎやかな食堂の一角で。
「……………………………ねぇ、夢子ちゃん」
「はい」
「……これ……何?」
「それは『かっぷらぁめん』というものだそうです。つい先日、とあるつてを使って入手した、極めて珍しく、また珍味な代物であると」
「……」
「お湯を注いで三分で食べられます。あ、三分過ぎましたね」
「……ねぇ」
「はい」
「……この格差は何かしら?」
 神綺の目の前に、ぽつんと置かれた『かっぷらぁめん』なるもの。それをじっと見つめる彼女の周囲には、彼女と共に生活するもの達がいて、その前には絢爛豪華かつ満漢全席どんとこいな豪華な料理。
「格差などと。
 よろしいですか? 神綺様。わたしは、神綺様にお仕えするものとして、あなた様には常に最高の食事をして頂きたく思っております。
 そんなに珍しい逸品を口に出来るなんて、ああ、なんと羨ましいことでしょう」
 思いっきり芝居がかった口調で言う夢子。
 陰湿な、と思わずルイズがつぶやいたのは言うまでもない。
「……これ以外に何かないの?」
「申しわけありません。わたしとしましても、なお、素晴らしいお食事をご用意したかったのですが、あいにくと、その珍味にかなう代物を見つけることが出来ませんで。今回は、わたしの不手際です。どうか、ご容赦を」
「不手際でいいから、そっちの美味しそうな料理ちょうだいよー」
「そう言われましても。神綺様の分はございません」
「うぇぇぇ~ん」
 泣きながら、ずるずると『かっぷらぁめん』をすする神綺。その姿は、極めて哀れで、カリスマなどどこにもない姿だったという。
「……ねぇ、夢子さん、何かあったわけ?」
「まぁ……女の嫉妬ほど、恐ろしいものはないやね」
「……は?」
「ルイズさん。何か?」
「いいえぇ、何でもございませんことよ。夢子さん。おほほほほ。
 あら、このステーキ、美味しいわぁ」
「あ。今、空飛ぶ巫女が」
「えっ!? どこどこ!? マイ、それ、どこ!?」
「いただき」
「あーっ! わたしのステーキー!」
 賑やかな食卓の席で、一人、背中に炎を燃やす女がいる。泣きながらラーメンすすってる神綺を見て、にやりとほくそ笑み、『次は……うふふ』とつぶやく彼女。その標的は、すでに、ここではないところにいるとある相手に、この時、すでに向いていたのだった。


 さて、そんなこんなで翌日である。
「……寝るに寝られなかった……」
「おはようございます、ご主人様。朝食の用意は調っております」
「あ……ああ……ご苦労さん……」
 何やら、一晩を経て、やたらげっそりとやつれた魔理沙が、ため息混じりにテーブルにつく。その傍らには、未だ、魔理沙の術から解き放たれていないアリスの姿。……のだが、何か妙に笑顔だったりする。
「ああ……何か、飯を食べられる幸せってのがわかってきたぜ……」
「どうかなさいましたか?」
「……それをお前が言うか……って、そう言う言葉を喋るしか出来ないんだよな。今のお前は……。
 ……いかん、首輪外したくなってきた」
 やっぱり人選間違ったかもしんない、と思いながら、熱々の卵焼きを頬張る。
 その後、とりあえず、何事もなく朝食を終えた彼女は『さて、研究でもするか』と机に向かってしまった。
 一方、アリスはと言うと、甲斐甲斐しく、キッチンで洗い物中。
「よくよく考えてみれば、たまにはこういうの、いいかもしれないわね」
『シャンハーイ?』
「つまり、たまには、こうやって女の子らしいことをするのも悪くないってことよ」
 女の子の憧れ。それは、言うまでもなく、お嫁さんである。
 そういうことを純粋に目標にしているものは、今の世の中、だいぶ少なくなってきてしまったが、それでもある種の結婚願望を抱いているものは、決して少なくない。
「いつか、こうやって、愛する人と一緒に、一つ屋根の下で暮らしてみたいわねぇー」
『ホラーイ』
 つまりそれはこういうことか、と蓬莱人形がどこかから取り出してきた絵をアリスに見せる。まさか、この人形が描いたとは思えないが、やたらとそれは上手だった。
 その絵には、真っ白な外壁と美しい花畑で囲まれた、小さくも立派な家が描かれており、アリスらしき女性が花に水をやっていた。そして、そのそばには――。
「きゃーっ! やっだー、もーっ!」
『ホラァァァァァァァイっ!?』
『シャ、シャンハァァァァァイ!』
 何やらアリスが暴走した。
 それで振り回した腕が蓬莱人形に当たり、彼女がくるくると回りながら生ゴミの詰まったバケツの中へと吹っ飛んでいく。それを助けようとした上海人形だが、蓬莱人形の勢いを止めることは出来ず、二人そろってバケツの中にホールインワン。
「やだぁ、もう! 蓬莱人形ったら! そ、そんな、ねぇ!? あれやこれやがあったとしても、全く何の問題もない関係なんて……そ、そんなの、恥ずかしくてたまらないわよっ! あ、でも、結婚した後なら、そう言うのも何の問題もないわよね! ん~……でも、やっぱり……ああ、けど、いざって時に恥ずかしがって何も出来ない女は嫌われるのかな……うふふっ……となると、予行演習とか……きゃー! やだー! 恥ずかしー!」
『……シャンハーイ』
『ホラーイ……』
 恥ずかしいのはあんただよ、という瞳で、バナナの皮を頭にかぶった上海人形と、みかんの皮に全身が埋まってる蓬莱人形が見る。奇声を上げつつ、一体何を妄想しているのか、ばたばたと忙しない動作をともなって跳んだり跳ねたりをしているアリスは、自分を作った人形からですら『異様』なものに見えてしまう存在であるらしかった。
「おい、何の騒ぎだ? もう少し静かにしてくれ」
「はっ! 旦那様!?」
「な、何!?」
 妄想から帰ってきたアリスが、開口一番、ものすごいことを口走った。それで顔色を変えた魔理沙が、ずざっ、という音を立てて後ろに下がる。
「あ……何だ、ま……ご主人様」
「い、今、何か聞き捨てならないことを言わなかったか?」
「もう少々、お待ち下さい。今、お茶をご用意致しますので」
「いやそうじゃなくて! 何か、さらっとすごいこと言ったよな!? な!?」
「ああ、そうそう。洗濯物ですが……」
「いやだからさ! 流さないで……って……」
 その勢いが収まり、魔理沙の視線が後方へ。
「どうした……どうなさいましたか? ご主人様」
「ああ、いや……」
 そっと魔理沙が部屋の中へと戻っていく。その後を、アリスが追いかけ、ゴミ箱から自力で出てきた人形二つも続く。
 そして、家の外につながるドアを、魔理沙が勢いよく開け放った。
「……気のせい……?」
「ご主人様?」
「ああ、もう。うっとうしい! こういう状況の時は普通に喋るようにしろっ!」
 と言うか、そう言う術をかけた当人がそう言うことを言うのはどうなんだろうと、人形達が思ったのだが、アリスはそんなことは気にしなかったらしい。
「わかったわよ」
「……あれ? 私、解除の術使ったっけ……?」
「どうしたの? 魔理沙」
「あ、い、いや……こほん。
 何か、人の気配がしたんだが……」
「霊夢でも来たんじゃないの? ひもじくて死にそうだからご飯食べさせて、って」
「そういうことは、一週間に二回程度だ」
 二回もそう言う理由で来るのか、と内心でツッコミ。それほどまでに財政事情の悪化している、霊夢の懐事情を考えると、なぜだか涙が止まらなかった。
 しかし、それをとりあえずさておくと、アリスも魔理沙に倣って周囲に視線を走らせる。うっそうと茂った森の木々。しんと静まりかえった世界には、鳥の声すら聞こえない。
「気のせいじゃないの?」
「……だといいんだが。
 まぁ、いいや。それじゃ、アリス。茶の用意を……ってぇっ!?」
 次の瞬間、どすどすどすっ、という重たい音を立てて、それまで魔理沙が立っていた場所に何かが落下してきた。
 それを回避し、恐る恐る、何が落ちてきたのかを見てみれば、とげつきの巨大な鉄球。
「ちっ。外したか」
 そして、何やら不穏当な声も聞こえてきたりする。
「だ、誰だ! こんなものが当たったら、冗談じゃすまないぜ!?」
「いや普通死ぬから」
 横手から、アリスの冷静なツッコミが突き刺さる。
「出てこい! 出てこないなら、森ごと吹っ飛ばす!」
 そして、そんなツッコミ無視して叫ぶ魔理沙。
 ――ややしばらくして、ざわりと森がざわついた。さあ、鬼が出るか蛇が出るか。構える魔理沙の前に現れたのは。
「初めまして、ね。『ご主人様』」
「あー……えっと……」
 いきなり現れた女が、そんなことを言い放つ。
 さて、その女がどのような人物であるかと言えば。
 まず、メイド服である。それはいい。色が少々、変わっているような気がしないでもないが、極めてまともなメイドさんの衣装をしている。
 そう。
 衣装だけは。
「……アリス。あれ、お前の知り合いか?」
 そのメイドさんは。
 なぜか、顔に怪しい仮面をかぶっていた。
「天に星! 地に花! 人に愛! そして愛するご主人様にこのわたし!
 わたしの名前は! 名前は……」
 大きな声で宣言しておいて、うーん、と悩み出す。どうやら、考えてなかったらしい。たっぷり五分間は白い空気で周囲を満たしておいてから、ぽん、と彼女は手を打った。
「わたしの名前はドリーム! 魔界メイドのドリームよ!」
「……えっと……」
「……えーっと……」
 二人して沈黙。
「……ねぇ、夢子さん。何やってるの……?」
「なっ!? な、何を言うの、アリスちゃん! わたしは魔界メイドのドリーム! 夢子なんて人は知らないわっ!」
「……なぁ、アリス。お前の家族って、ほんと、変なのばっかなのな」
「それを言わないでっ!」
「ちょっと、こっちを無視しないでよ!」
 だしだしっ、と地面踏みつけ、夢子……ではなく、ドリーム。
「あー……えっとだな……。その……ドリームさんよ。何だって、そんな恥ずかしい格好してるんだ? お前、そんな格好で空飛んでたら霊夢に問答無用で撃墜されるぞ?」
「はっ! そんな巫女のことは知らないわ! わたしは夢子じゃないもの!」
「……もう何でもいいや」
 何かを諦めた境地に達した魔理沙が、肩を落としつつ、つぶやく。
「それで? 何の用だ」
 とっとと話を終わらせて、彼女にお帰り願うのが正しい選択肢だと思ったらしい。投げやり気味に口を開く魔理沙に、ドリームは、ふん、とこちらを小馬鹿にするような態度で鼻を鳴らす。
「わたしが何のためにここに来たか? 決まっているじゃない」
 ぽっ、とその右手に点る光。
「ぐーたらなご主人様を教育する為よ」
「な、何?」
「わたしの所属する『メイド・サンクチュアリ』に掟が一つ! メイドは、主人のために誠心誠意、真心を持って尽くすこと! ただし、その主人には、それ相応の器を求めることが許可されている!」
「お、おい! ちょっと待て!」
「ゆ、夢子さん!?」
「それ故に、霧雨魔理沙! お前のようなぐーたら人間に、わたし達のかわいいアリスちゃんはふさわしくないから滅殺!」
 何の前触れもなく放たれた閃光が、魔理沙の家の一角を完全に消滅させる。「あー! 私の家がー!」と絶叫する魔理沙を無視する形で、夢……ではなく、ドリームの瞳に、ぽっと暗い炎が点る。
「くく……くくく……。アリスちゃん、待ってなさい。今、このダメ主人からあなたを解放してあげるわ……」
「ちょっと、夢子さん!? 何するつもりなの?」
「とりあえず適当に、さくっと軽く殺っちゃおうかなー、って。ちなみに、よい子は真似しちゃダメよ!」
「そんな理由で殺されてたまるか!」
「お黙り、この駄主人! あんたのせいで、わたしは……わたしが、どれだけ切ない想いをしたと思ってるのよ! だからとりあえず、その恨みを晴らすために、適当に攻撃を仕掛けるだけ! これは決して、私怨ではないわ!」
「そりゃ完全な逆恨みだろうがっ!」
「問答無用ぉぉぉぉぉっ!」
 続けて放たれた二発目の攻撃が、まだ辛うじて残っていた魔理沙の家を全壊させた。彼女の家を中心に爆発が広がり、周囲数メートルが焼け野原となる。
「あ、ああ……わ、私の家がぁぁぁ……」
「夢子さん、マジだわ……」
 辛うじて、その余波に巻き込まれるのだけは回避していた二人が、それぞれの感想を口にする。
「くくく……くくくく……。そうよ……かわいいって言ってもらえるメイドは、わたし一人だけで充分なのよ!
 というわけで、霧雨魔理沙ぁぁぁぁっ! 天誅ぅぅぅぅぅっ!」
「魔理沙、危ないっ!」
「おうわっ!?」
 慌てて、横からアリスが魔理沙に体当たりし、突進してくる夢……じゃなくて、ドリームの軌道上からよけさせる。勢い余って、魔理沙がそのまま反対側の大木に顔面から衝突し、地面にずるずると崩れ落ちていったのは、この際、気にしてはいけない事実である。
「あら、よけたわね」
 右手を突き出し、突進した夢……ではなく、ドリームの手が触れた大木が、一瞬で炎上、消滅する。
「メイド108の秘奥義の一つ、魔界メイドクローをかわすとは。なかなかどうして侮れない奴ね」
 くすくすくす、と暗い笑いを浮かべながら振り返る……ドリーム。何というか、怖い。ひたすら怖い。子供がその顔を見たら、向こう一週間は、真夜中に一人でトイレに行けなくなるくらい怖い。
「残念ねぇ……。これで倒れてくれなかったら、もっと凄い技を出さないといけなくなるじゃないの。くくくくく……」
「ちょっと、夢子さん! 何考えてるのよ!」
「だから言ったじゃない。とりあえず殺っちゃうって」
「とりあえずとかで人の命を取ろうとするなっ! つか、幻想郷でそれは反則だろ! よけられなかったら即死かよ!?」
「当たり前じゃない。とりあえず殺すつもりで攻撃したんだし」
「殺伐とした会話やめろよな!」
 半分、泣きが入った魔理沙が叫んだ。目元に涙も浮かんでいたりする。それほど、今のゆ……ドリームが怖いのだろう。
 まぁ、その気持ち、わからんでもないのだが。
「じゃあ、次は魔界メイド奥義の一つ、恥辱の技を見せてあげるわ」
「な、何するつもりだっ!」
 魔界メイドの瞳がぎらりと光る。
「今日の下着の色は、黒」
「なっ!?」
「上はレースのブラジャー。下はTバック」
「なななななっ!?」
 魔理沙が顔を真っ赤にして、自分の胸元などを手で隠した。ドリームの言葉を聞いたアリスが、密かに内心で『ぐっじょぶ!』と親指を立てる。
「サイズ的になかなかあわないから、紅魔館に頼んで作ってもらった特注品ね」
「な、何でそんなこと、お前が知ってるんだ!?」
「この魔界メイドアイに見えないものなど何もないわ。くくくくく。
 ……あら、股間のその染みは……」
「わーっ! やめろーっ!」
 そのまま、宣言も何もなしにマスタースパークぶっ放す魔理沙。当然、ドリームはそれをあっさりとかわす。
「だから言ったでしょう? 恥辱の奥義だと!」
「ふっざけんなっ! 乙女の秘密を暴露しやがって! もう許さんっ! ぶっ飛ばすっ!」
「ほほほほほ! やってみなさいな! この魔界メイドに、一度、目をつけられたが最後! 原子の塵に還るまで粉々にしてやるから覚悟しろやぁっ!」
 何かキャラ変わってるドリームが叫び、その両手に怪しい色の光をともした。魔理沙が片手にマスタースパークを用意し、突撃を仕掛ける。零距離から攻撃を叩き込み、確実にしとめようと考えているのだろう。対するドリームも、それに対する迎撃姿勢を取り、両者が一瞬の間に肉薄する。
 先に動いたのは魔理沙。
 相手との間に自分の間合いを作り出し、すかさず、左手に小さくためた魔力の光で相手の目くらましを放つ。そして、即座に右手の一撃必殺を放とうとするのだが、それを見越していたドリームの鋭い左手が彼女の眼前をかすめた。それで、一瞬、目を閉じてしまった魔理沙の顔の前に、彼女の右手が広がる。
「魔界メイドビーム!」
「しまっ……!」
 よくわからない必殺技を叫ぶ魔界メイド。魔理沙の敗北が濃厚と思われた、次の瞬間。その魔界メイドめがけて、一体の人形が飛んだ。
「何っ!?」
 ぎりぎりで攻撃を回避し、魔理沙から距離を取るドリーム。攻撃の放たれた方向を見やって、彼女は目をむいた。
「それ以上、魔理沙に何かしたら、いくら夢子さんでも許さないっ! せめて、その染みの意味を教えるくらいにしてちょうだい!」
「そっちの方がとんでもないわっ!」
「……どうして。アリスちゃん……」
「いや聞けよ、お前ら!」
 人の話はきちんと聞きましょう。
 幼い頃から、色んな人に口を酸っぱくして言われた言葉だが、今まで、魔理沙はそれを鑑みることなどほとんどなく、人生を過ごしてきた。これからは、ちゃんと人の話を聞こう。無視された上、自分にとって致命的な方向に話が展開していくこの現実を前に、この時、彼女はそれを誓ったという。
「決まってるじゃない。魔理沙は、私のご主人様だからよ。ご主人様の身に危険が迫った時、その身を挺してでもご主人様を守るのがメイドの役目! そうでしょう!? 夢子さん!
 天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 人が呼ぶ! ご主人様を守れと私を呼ぶ! それがメイドのあるべき姿のはずよ!」
「……そう……そうね。間違ってないわ……アリスちゃん。でも、わたしはドリームよ!
 あなたの知る、優しくて、かっこよくて、素敵で、家族思いな夢子ではないわ!」
「そのうちの全部を無視すると仮定して、夢子さん! もうやめて!」
「何ですって!? このわたしに、ここでひけというの!?」
 壮絶なことを互いに言い合う姉妹だよな、こいつらは、と無視された流れの中で魔理沙がんなことを思った。
「やめてくれないと……やめてくれないと、私が夢子さんを倒すことになってしまう!」
「ふっ……あなたに出来るのかしら? この魔界メイドを倒すことを!
 あと、夢子さんって誰のことだか、あえて聞かないでおいてあげるからドリームって言いなさいよいい加減!」
「……そう。そうなのね。
 わかったわ、夢子さん。あなたがそう言うのなら、私はもう、迷わない!」
「アリスちゃんは確かにかわいいわ! わたしがそれは認める!
 でも、ダメなの! ダメなのよ! メイドは同じ陣営に二人もいらないの! 一人でいいのよ! だから、わたしは、メイドであるためににっくき霧雨魔理沙を倒さなくてはならない!」
「勝負よ、夢子さん! この勝負に私が勝ったら、金輪際、魔理沙にひどいことはしないで!」
「このわたしのアイデンティティの確保のために! わたしは、魔界メイド秘奥義を使う!」
「……よくそれで話がつながるな、お前ら」
 相手の話を全く聞いていない、いい証拠になる会話である。
 半分以上、投げやりになった魔理沙のツッコミなどどこ吹く風で、二人のメイドが戦いを始めた。
 アリスが無数に人形を操り、結界の如く、魔力の嵐を放てば、魔界メイドはそれを力業でねじ伏せ、時に器用に人形のみを狙い撃ちしながらアリスを追いつめていく。
「魔界メイドクラッシャーっ!」
 と、よくわからない必殺技の名前を叫んでいるのはともかくとして。
 戦いは、明らかに、ドリームの方が優勢に進んでいるようだった。元々、搦め手を得意とするアリスである。正面切っての力業勝負では、どうにも、分が悪い。じりじりと、彼女が押されている。対するドリームは、自分の持てる力を最大限発揮し、短期決戦を望んでいるようだった。その攻撃の苛烈さに、アリスの顔に焦燥の色が浮かぶ。疲れもあるのか、足がもつれてくる。
「きゃあっ!」
「甘いわね、アリスちゃん! メイドたるもの、足運びが何より重要! 蜘蛛の巣ステップの特訓を積んでいないとは!」
 何だ、その『蜘蛛の巣ステップ』って。
 怪しいものの名前を、さも当然のようにいう魔界メイドに、内心で魔理沙がツッコミ。そして、魔界メイドがアリスを捉える。スカートがもつれて地面に腰を落としたアリスめがけて、「魔界メイドファイナルクラッシュボマァァァァァっ!」と叫びながら縦横無尽の回転をともない突っ込むドリームの姿は、色んな意味で衝撃的だったが、とりあえず、この状態ではアリスがまずい。あんな攻撃の直撃を喰らえば、いかなアリスとはいえ、重傷は免れないだろう。悪ければ死だ。
 ここにいたって、のんびり眺めている最中ではないと悟ったのか、魔理沙が援護のために術を放とうとする。だが、時すでに遅く、ドリームの奥義はアリスの目前へと迫っていた。
「あっ……!」
 魔理沙が、悲鳴に近い声を上げる、まさにその瞬間。
「夢子ちゃん、めっ、でしょー!」
「は、はいっ! お母様っ!」
 何やら、頭上から間の抜けた声が響いた。
 それで、慣性の法則を無視して、その場にぴたっと止まって、腰を九十度直角に曲げてゆめ……ではなく、ドリームが頭を下げる。
「もう! 姉妹喧嘩なんてしちゃダメじゃない! ママはそんな子に育てた覚えはありませんよ、ぷんぷん!」
「おお、アホ毛神!」
「誰がアホ毛神よっ!」
 至極もっともなツッコミをして、何の脈絡もなく現れた魔界神が、ふわりと地面に舞い降りる。ちなみに、口の端っこにケーキのクリーム。
「……お前、何してきたんだ」
「だってだって……。今朝も、夢子ちゃんったら、焼きそばパン一個しかくれなかったら、ついつい、ここに来る途中で、いい匂いがしてたお屋敷によってご飯をつまみ食い……」
「とっととこいよっ! こっちは死にかけたんだぞ!」
「あ、あぅぅ……」
 魔理沙の剣幕にたじたじになりつつも、彼女――神綺は、こほんと咳払い。
「夢子ちゃん! どうしてアリスちゃんをいじめたりするの!」
「ち、違います、神綺様! わたしは夢子などではなく、魔界メイドのドリームです!」
「……え? あ、あら、人違いでしたかしら?」
「んなわけあるわけないだろっ! その服と声は、誰がどっからどう見てもお前んとこの奴だろうが!」
「で、でも、名前が違うわよ?」
「……神綺様……」
 重たいため息をついたアリスが、よくわからない弁解を述べているドリームに近寄って、すぱっとその仮面をはぎ取った。
「まあ! 夢子ちゃん!」
「……アリス。お前のおっかさん、バカだろ?」
「天然なの……」
 どうやら、今の今まで、本気で彼女のことを夢子だと思っていなかったのか、マジで驚く神綺に、一同、ため息。
「……こほん」
 その微妙な雰囲気を払拭するためなのか、おもむろに咳払いを一つ。
「ねぇ、夢子ちゃん。ルイズちゃんに聞いたわよ」
「……」
「……本当にもう」
 バカねぇ、と言わんばかりに、優しい笑顔を浮かべた神綺が夢子に歩み寄る。怒られる、と思ったのか、びくっ、と身をこわばらせる彼女の背中に、そっと腕を回し、ぎゅっと抱き寄せて。
「夢子ちゃんも、充分、かわいいわよ。それじゃなかったら、ママ、夢子ちゃんにそんなお洋服着せなかったわ」
「……神綺……様……」
「もう。こんな時くらい、『ママ』って呼んで」
「……はい。お母様……」
「ごめんなさいね。あなたにも、そんな思いをさせてしまうなんて。
 よしよし」
 うっすらと目元に涙を浮かべ、神綺にしっかりと抱きつく夢子と、その頭を優しくなでる神綺。まさに美しき母と子の愛情の一瞬である。
 その美しさは、誰もが心洗われる光景……ではあるのだが。
「なぁ……ちょっといいか?」
「何?」
「あれ、どうしてくれるんだ?」
 と、親指で魔理沙が示すのは、土台から根こそぎ吹っ飛んだ彼女の家。
「……………………」
 沈黙する神綺は、えーっと、とつぶやく。頭の上のアホ毛が『?』の形に変化したのを、その時、魔理沙とアリスは見過ごさなかったと言うが、ともあれ。
「……うちに来る?」
「帰れ!」



 と言うわけで、結局、アリスに嫉妬した夢子は、その内心を全て神綺にばらしてしまうことになり、それからしばらくの間、魔界で色々とからかわれることになるのだが、その顔には嫌そうな表情ではなく、むしろ笑顔が浮かんでいたという。
 そして。

「……なぁ……アリス」
「なぁに? あ・な・た♪」
「……その……お前、実はすごい魔法使いなんだな」
「あら、今頃気づいたの?」
 家が直るまで、アリスの家に居候することになった魔理沙だが。
「ふふふ。一日も解析すれば、魔理沙の作る魔法くらいなら、いくらでも何とかなるわ。
 というわけで。
 はい、あなた。あーん」
 今度は『ご主人様に絶対服従のメイドを作る』魔法ではなく、『旦那様にらぶらぶの新妻気分を体験できる』魔法を自分にかけてみたアリスによって、しばらくの間、えらい目に遭わされることになるのだが。


「それはまた、別の話。
 あーん、もー! アリスちゃん、かーわーいーいー!」
「……ねぇ、ルイズさん。わたしも裸エプロンとかやったら、神綺様にかわいいって言ってもらえるかな?」
「やめときなさい。あんたのキャラじゃないから」
「あーん! 白くてかわいいお尻が最高ー!
 魔理沙ちゃん、うちの子をお願いねー!」
「……しくしく」
「頑張れ、夢子。後で飲みに行こう」


 


「裸エプロン。なかなか面白そうね」
「唐突に何言い出すんですか、お嬢様」
「咲夜。あなたの制服、しばらく裸エプロンね」
「はい!?」

 終わり
まず最初に。
このお話は、ぐい井戸・御簾田氏に捧ぐストーリーとなっております。
そして皆様、いかがだったでしょうか。
神綺様のへたれっぷりに関してはツッコミは受け付けません。そこんとこよろしく!

では、次回予告。

『レミリアお嬢様の何気ない一言で確定してしまった、紅魔館メイド長、十六夜咲夜の新たな衣装! それはすなわち、裸エプロン! 新妻の必須アイテムと言われるそれを装備したメイド長は、まさに最強のメイドとなるであろう!
 だが、諸君、ゆめゆめ忘れるな! そこには常に困難があると言うことを!』

レ:「似合うわよ、咲夜。……ぐっじょぶ」

フ:「ねー、さくやー。何でお風呂でもないのに裸なのー?」

パ:「ば、バカな……! あれは、あの衣装は……!」
?:「な、何――――――っ! 知っているのか、パチュリー――――――っ!」
パ:「あ、あれは裸エプロン! かつて、幻想郷を滅ぼしかけた魔王を打ち倒した勇者が身につけていたという伝説の装備!!」

美:「え? あ、あの……咲夜さん、困りますよぅ……。ま、まだ昼間じゃないですか。そんな、求められても応えられませんよぅ……。
   あ、あの、でも、どうしてもって言うのなら……その……後ろから失礼します……」

『メイド長は、その衣装を着こなすことが出来るのか! そして、彼女は新たな伝説の礎となれるのか!』
『次回、劇場版『幻想○○○郷 紅魔館を血に染めて』! 近日公開予定!』

うつくしき調べに乗って
そうごんたる世界と共にある美しいメイド長よ
でびるの使徒として。そして、愛を伝える女として
すばらしき百合の花咲く世界へ、我々をいざないたまえ


……あとがき長いなぁ。
haruka
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コメント



0.2910簡易評価
2.90名前が無い程度の能力削除
なんだこの幻想郷w

あとお嬢様、GJ
6.100蒼羽削除
何ですか、この素敵な二つの意味のドリームワールドは。
最高です、はだエプ咲夜さん期待して待っています。
11.80翔菜削除
なんだこの幻想郷飛び越えてさらなる幻想郷にイっちゃった勢いのは
14.80名前が無い程度の能力削除
ここまで突き抜ければ返ってすがすがしいですw
アリ魔理のお2人はいつまでもお幸せに
15.90削除
>かつて、幻想郷を滅ぼしかけた魔王
もしかしてミニスカでスネ毛全開の魔王ですか?
17.80名前が無い程度の能力削除
次回作おぉ!
次があるなら見てみたい♪
20.80CODEX削除
ん~、ツンデレあってこそのアリスって気もするけど…
中々に新鮮で♪個人的にはラスの新妻モードのほーが。
あぁ「だ・ん・な・さ・ま」えぇ響きや~
21.80ちょこ削除
『ご主人様』は大好きだが『だんなさま』はあまり好きではない…
なんでって、「りぜるま○ん」思い出して、しかもそのアニメが嫌いだから…(理由は無い、強いて言うなら生理的?

置いといて
GJ!
22.80変身D削除
途中でアリスの口走った「旦那さま」の破壊力に轟沈(w
彼女は幻想郷で一番新妻とか花嫁が似合いそうだと確信しました(何
とにかく楽しいお話でGJでした(礼
28.60銀の夢削除
氏と私のメイドさんに関する哲学は遠いんだか近いんだかわからないなぁ……
とりあえず春真っ盛りですな。

それにしても次回どうなることやら……ほんともうw
32.100ぐい井戸・御簾田削除
ああああああああああああありがとうございます!!!!!!!!!11!
まさかあの一言でこんな面白いお話を書いてくださるとは!!!!!!!1
後書き読んでマジ感謝感激極彩台風です!!!見事に攻守交替していくマリアリが萌え!どこまでもカリスマが無い神綺様が萌え!なんか必殺技が八雲式な
夢子ちゃん萌え!!そしてそしてそして後ろから失礼する美鈴に期待死!!
あんたの話はどこまで春なんだ!!!!もちろん、性的な意味で。
33.無評価削除
アリスには花嫁衣裳…純白のドレスとかがとても似合いそうですねぇ…。
アリスだけでなく幻想郷の皆に幸せになっていただきたいと思う今日この頃…。
34.90削除
点数忘れましたすいません!
36.80ハッピー削除
プリッ♪とした白いお尻萌えええええええええ!!!!!
もちろん、性的な意味で。
39.80数を書き換える程度の能力削除
挿絵が・・・挿絵が欲しい(SS)です、せんせい。(/-;
48.100Shingo削除
プチ東方創想話プチにあった方から読んでいますが、
やっぱおもしろいですね~