Coolier - 新生・東方創想話

紅白混ざれば桃色模様(2)

2006/03/30 05:28:25
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ヴワル魔法図書館。
知識を追い求めし者が住まう、荘厳たる空間。

……だった筈なのだが、ここを訪れた者からは、なんば花月の空気に近いと評される方が多かったりする。
最近に至っては、土と太陽の香りまで漂い始めた始末だ。
健康的で何よりですねー、とほざいた人物もいたとかいなかったとか。

それはともかく図書館だ。
読書に励むパチュリーと、仕事に追われる小悪魔という構図は、ここの日常そのものである。
また、そこに現れる闖入者という図式も、日常の一つであった。



「邪魔するぜー、いやいや邪魔なはずがないな。邪魔であるものか!」



扉を勢い良く跳ね飛ばしつつ、無駄に高いテンションでご登場する魔理沙。
当然の如く、一対のジト目が彼女を出迎えた。
「勉強になったわ。貴方には普通に登場するという概念が無いのね」
「はっはっは、そう言うな。何しろ今日の私はお呼ばれさんだからな」
「……まあ、そうだけど」
そう、本日魔理沙がここに来たのは、他ならぬパチュリー直々の要請だった。
実のところ内心では、もしやこれまでの不法侵入に対するツケを払わされるのかと、戦々恐々としていたりもする。
即ち、それを覆い隠す為の、不遜極まりなき態度である。
努力家、かくあるべし。
「来てもらったのは他でも無いわ。貴方に少し頼みごとがあってね」
「頼みごと? ……ま、一応聞いておくか」






一同は、図書館内に備えられた、来客用の応接間へと河岸を移した。
既にティーセット一式が用意されている辺り、準備は万端であったという所か。

「ふぅ……たまにはお客さん気分も悪くないもんだな」
「日頃の態度を改めさえすれば、待遇を考えてあげても良いのだけどね」
「考えておく。あ、砂糖はいらないぜ」
「はーい」
魔理沙は帽子を取ると、深くソファへと腰掛ける。
と、そこで、一つ気になっていた事を口にする。
「ところで、その頭は一体全体何の真似だ? 今時包帯っ娘なんて流行らないぜ?」
何故か、いつもの帽子を被っておらず、代わりに包帯がぐるぐる巻きにされていたのだ。
パチュリーは返答の変わりに、更に目を細めては、背後に控えていた小悪魔を睨みつけた。

「どうかしましたか?」
「……いえ。頭の具合が少し、ね」
「悪いんですか?」
「誰のせいだと思っているのよ」
「そんな! 自ら認めるだなんて!
 パチュリー様は使いどころを確実に誤っているだけで、基本的には頭の良い方だと信じていたのに……」
「……具合の二文字は意図的に聞き逃したの?」
「ぐあい? 正月料理に使うアレですか? 流石にストックが……」
「それはクワイ。というか嫌いだからいらないわ」
「まことちゃんとはパチュリー様も古いですね」
「それはグワシ。知ってる貴方も十分に古いわよ」
「ハーツ?」
「いえ、ソリティアよ」
「どうしてクライって言ってくれないんですかっ!!」
「なんで貴方が切れるのよっ!!」
「うー!」
「ふかー!」

ついには威嚇合戦が始まった。
背景に竜虎でも浮かんでいれば格好も付くのだが、良いところオットセイとペンギンである。
間抜けと呼ぶか、微笑ましいと呼ぶかは各自の判断にお任せしたい。

「あー、漫才を見せるために呼んだんなら帰るぜ」
「待って! 置いていかないでっ!」

帽子を被りなおしては立ち上がる魔理沙。
そこにパチュリーの獲物を捕らえるが如きフットボールタックルが炸裂した。
が、所詮はむらさきもやし、傍目には腰に抱き付いただけにしか見えなかったりする。
「こ、こら! しがみつくな!」
「大却下。魔理沙が話を聞いてくれるまで、絶対に離さないわ。
 深淵のアナコンダと謳われし捕獲術。その粋を見せてあげましょう」
「そういう意味不明な言動が、私の神経を逆撫でしてる事に気付いて欲しいんだが」
「……ごめんなさい」
珍しくも平謝りするパチュリー。
流石にこれ以上は拙いと思ったのだろう。
魔理沙も別段本気ではなかったのか、再び帽子を取ると、席へと座り直し、
冷めつつあった紅茶を口に運ぶ。

「あ、淹れ直しましょうか?」
「いや、良い。私は猫舌なんだ。……で、話っていうのは何だ?」
「魔理沙。今日、紅魔館に着いてから、何か変わった事に気がつかなかった?」
「変わったこと? あー、アレか。そういやなんか、咲夜の奴が物理的に縮んでたな。
 いくらこの先、育つ可能性がゼロに等しいからって、やけくそで肉体時間まで戻すとは……」
「さり気なく肉体的コンプレックスを示唆する辺りは流石。と言いたい所だけど、
 本当にアレが咲夜に見えたのなら、眼鏡を着用することを薦めるわ」
「……むぅ。するとあれは本当に妖夢か。何を考えてるんだアイツ」
「その辺りの事情が複雑なのよ。少し長くなるけど、良いかしら」
「ん、良いぜ。どうせ聞かない事には進まないんだろ。」
「では……ゴフッ」
パチュリーは、軽く咳払いをすると、ゆっくりと語り始めた。
咳払いと呼ぶには赤いものが混じっていたりもするのだが、魔理沙も小悪魔も追求する事は無い。
いつもの事だったからだ。

「咲夜の代わりにあの娘が来たの。以上よ」
「って、滅茶苦茶短いなおい!」
「……というのは冗談で」
「お前はネタを入れないと会話が出来ないのか……」


改めて説明が始まった。
先日、レミリアが幽々子に麻雀で負け、借金のカタとして白玉楼で奉公する羽目になったこと。
それが、咲夜と幽々子の共謀による産物であったこと。
事実を知ったレミリアが、咲夜に愛想を尽かし、侍従長から解任したこと。
同時にまた幽々子を見限った妖夢が紅魔館に流れ着き、咲夜と入れ替わる形で侍従長の座に付いたこと。
等々……。


「……本当に何を考えてるんだあいつらは……」
「残念ながら、彼女達の真意の程は、到底私達の理解し得る範疇では無いわね」
「……だな。で、事情とやらは大体分かったが、それが私を呼びつけた事と何か関係あるのか?」
「無いなら呼んだりしてないわ。
 今説明した通り、咲夜は侍従長の座から下ろされた。
 でも別に、紅魔館から追放された訳では無いのよ」
「あ? それじゃ一般メイドとして働いてるのか?」
「だったら良かったんだけど、辞令を告げられた瞬間に飛び出して行って、それっきりよ」
「んじゃ、行方不明?」
「昨日まではそうだったんだけど、今しがた、とある筋から噂を耳にしてね。
 ……どうも、冥界にいるらしいわ」
「ぶっ!」
はしたなくも、口内の紅茶を勢い良く噴射する魔理沙。
言うまでも無いことだが、それはものの見事にパチュリーの顔面に直撃した。
彼女は、お約束の神に愛されし存在なのだ。
「……貴方の人格には、決定的に問題があるわ。少しは年長者を敬いなさい」
「い、いや、悪い。別にイチローごっこをしたい訳じゃないぜ。
 そうじゃなくて……咲夜のやつ、自殺したのか?」
「自殺? まさか。
 アレが世を儚んで身を投げるようなタマだと思うの?」
「……思わないな、これっぽっちも。
 むしろあいつなら、四回転半に捻りを加えて着地のポーズを決めそうだ。
 ん? って事は……」
「多分正解よ。生身のままで白玉楼に居候してるらしいわ」
「そんな無茶苦茶な」
そう言いながらも、咲夜なら多分大丈夫なんだろうな、という妙な確信が、魔理沙の心の中にはあった。
思えば、咲夜のみならず、霊夢も、そして自分も当たり前のように冥界まで行き来していたのだ。
大層な結界が張られてはいるが、それも飛び越えれば事は済む程度の存在である。
そんなに軽い存在でいいのか冥界。
いいのだ。多分。
「で、貴方に頼みたい事というのはそこよ」
「そこ? ……あー、何となく分かったぜ。
 白玉楼まで行って、咲夜の奴を連れ戻してこいって言うんだろ?」
「半分正解。別に連れて来る必要は無いわ。
 ただ、本当に居候してるのかを確かめてくれれば良いの。
 その上で、咲夜が今回の件をどう考えているのかを聞き出せれば万々歳ね」
「……ふむ」
「もちろん報酬はちゃんと用意するわ。やってくれないかしら?」

パチュリーの言葉をそのまま信用するなら、何時ものようにアポ無し突撃を慣行して、
適当に話をしてくればそれでOKというものだ。
魔理沙にしてみれば、これほど楽なものも無いだろう

「で、アレか。私なら唐突に尋ねたところで誰も疑問に思わないだろう、と」
「自己分析は完璧のようね」
「……少し複雑だけどな」

魔理沙の心は、既に決まっていた。
軽くため息を付いてみせると、立ち上がっては三度帽子を被り直す。
「ま、いいや。その依頼、受けたぜ」
「……良いの?」
「偶には、な」
普段、散々迷惑を掛けているという自己認識があったからか。
それとも単に暇だっただけなのか。
はたまた報酬とやらに心が惹かれたのか。
いずれにせよ、魔理沙に断るという選択肢は無かった。
この話を聞いてしまった時点で、もう当事者となってしまったのだから。
「ありがとう。……ああ、行く前に一つ、注意事項を言っておくわ」
「んあ?」
「咲夜……いえ、連中は至上稀に見る変態よ。
 あまり軽く見ていると、しっぺ返しを喰らう事になるかもね」
「……」

何故か、パチュリーが言うと、果てしなく説得力があった。
もっとも注意してどうにかなるものとも思えなかったが。











「で、どうして私まで連れてこられなきゃいけないのよ」
「そういう疑問は出発前に放ってくれ」
「放ったけど全部避けたのは魔理沙でしょうが」
「五月蝿いなぁ。どうせ暇だったんだろ? 一々細かいことばかり考えてるとハゲるぜ?」
「いつも帽子を被ってる魔理沙のほうがずっと危ない気がするわ」
超高速での飛行中に交わすような会話でも無いのだが、この二人にとってはまったく当たり前の光景である。
それが禁断の詠唱組クオリティだ。

さて、何故ここにアリスがいるのかと尋ねれば、
魔理沙が無理やり連れてきたという普通の答えを返さざるを得ない。
そういう過程があっての、前述の問答である。
それでも、しっかりと着いて来ている辺りはアリスらしいと言えばらしいのだが。
「大体、私はあの連中と余り面識が無いのよ? 霊夢でも連れてきたほうがずっと適任じゃないの?」
「あー、あいつはこういう仕事には最悪の人選だ。
 何といっても、空気がこれっぽっちも読めないからな」
「……まあ、分からないでも無いけど」
頷きつつも、今だ納得行かないといった様子が窺えた。
こうなる前にさっさと目的地まで行ってしまおうというのが魔理沙の考えだったのだが、それは既に破綻している。
普段は悩みなど無いと豪語している割に、一度考え出すとしつこいのがアリスの特性である。
それを知ってか、魔理沙はこの無為な問答を即座に終結させるべく、必殺の文句を繰り出した。

「それにアレだ、皆まで言わせるな。……アリスじゃなきゃ駄目なんだよ」
「え……」

途端、アリスを司る色温度が急激に下降する。
と表現すると格好よさげなので採用してみたが、
どうもややこしいだけな気がしてならないので、普通に言おう。
アリスの顔が真っ赤になりました。
七色の人形遣い改め、真紅の人形遣いに転向だ。
なお、某仏蘭西人形は関係ない。多分。

「ま、まったくもう、魔理沙は私がいないと何も出来ないのね。
 仕方ないから付いて行ってあげるわ。感謝しなさいよ」
「おう、頼りにしてるぜ」

歯を見せる独特の笑顔で返す魔理沙。
もっとも、内心までもがそうとは言い難いのは自明の理だ。

「(流石に『変態は変態同士で話が合うんじゃないかと思った』なんて言えないよなあ……)」

魔理沙の心、アリス知らずである。









雲の上に悠然とそびえ立つ巨大な門。
それが桜花結界である。
とは言え、カラクリが知れた現在では、ただの飾りとしかなっていない。
普段通りではつまらないという理由から、魔理沙は豪快に背面飛びで門を飛び越える。
その後に調子に乗ったアリスがベリーロールで飛び越えようと試み、
着地を誤って魔理沙にソバットをぶちかましてしまうのもご愛嬌である。

ともかく二人は冥界へと辿り着いた。



「珍しい顔ね。人間がここに来る事は、それ自体が死を意味しているはずなのよ」
「「いや、お前が言うな」」



どこかで聞いたような台詞に、二人の返答がハモる。
白玉楼の門前にて、竹箒片手に悠然と出迎える人影。
場にまこと似つかわしくないメイド服が目に眩しい、十六夜咲夜その人であった。

「……あー、質問いいか」
「何かしら」
「お前、何してるんだ?」
「見ての通り掃除だけど?」
「いや、そうじゃなくてだな、その、死んだのか?」
「どうして私が死なないといけないのかしら」
「……」

予定済みの問答とは言え、やはり頭が痛いものは痛い。
この時点で、本日の魔理沙の目的はほぼ達成されたと言えよう。
噂は果たして真実であったのだ。

「あらあら、お客様だなんて何年振りかしら」

そこに加わる、新たな声。
聞くものすべてを完膚なきまでに脱力させるという、名高き代物である。
もっとも、全員慣れていたので問題は無い。
「あー、私の記憶が確かなら一年も経ってないぜ」
「そうだったかしら? 最近、記憶がはっきりしないのよ」
「「それは前からでしょ」」
咲夜とアリスが同時に突っ込みを入れる。
それを軽く聞き流すと、幽々子は魔理沙へと顔を向ける。
「まあ、そんな事はどうでも良いとして、生者が冥界に何の用かしら」
「……いや、ならそこのメイドは一体何なんだ。今さっき、死んで無いって豪語してたぜ」
「それはそれ、よ」
どれだ。という突っ込みは憚られた。
このまま幽々子のペースに乗せられる事だけは避けたかったのだ。
「いや、な。隙あらば、西行寺家のお宝の数々を採掘しようかと思って来てみたんだが、少し当てが外れたぜ」
「要するに遊びに来たのね」
「理解が早くて助かるぜ」
「ま、何にせよ歓迎するわ。このところ退屈で仕方が無かったのよ」
堂々と盗人発言をした割に、幽々子の対応は柔らかかった。
恐らくは、魔理沙とはこういう人物なのだ。という認識があったからだろう。
それは今日においては、好都合に他ならない。

「(とりあえずは良し、と。後はこのまま探りを入れるとするかな……)」








四人は、邸内の居間へと場所を変えた。
部屋の中心に置かれた炬燵の存在が、まこと目にまぶしい。
時期的にまだ早いかとも思えたのだが、満面の笑みで潜り込む幽々子の姿を見るにつけ、
突っ込む気力は早々に失われていた。

「さくやー、お茶とお菓子用意して頂戴」
「仕事中よ。偶には自分で淹れたらどう?」
「嫌よ。だって貴方が淹れたほうがずっと美味しいもの」
「もう……調子が良いんだから」

愚痴りつつも、準備をする為に席を立つ咲夜。
そこに、不快といった要素はまるで見えない。

(……なあアリス。どうしてこいつら、こんなに馴染んでるんだ?)
(うーん……状況適応能力が高いとでも言うべきかしらね)

主従関係というよりは、同居人といった風情ではあるが、
それでもこの短期間で落ち着くには、余りにも二人の空気は自然に過ぎた。
やはり、変態同士で波長が合ったという事なのだろうか。
紅魔館の二人が、些かぎこちない様子に見えたのを考えると、皮肉なものだ。

「どうしたの? 内緒話なんて無駄な……じゃなくて、無粋な事を」
「いや、な。色々と気になってた事があったんだが、多すぎて整理に困ってるんだよ」
「気になる事ねぇ。
 大方、妖夢はどうしたとか、何で咲夜がここにいるんだ、とかその辺りでしょう?」
「……ああ」
「まぁ、話せば長くなるんだけど……簡単に言えば、性格の不一致による産物。という所かしら」
「性格じゃなくて性癖の間違いじゃないの?」
「ば、馬鹿!」
慌ててアリスの口を塞ぎにかかる魔理沙。
が、既に遅かった。

「そう、事情は既に知っているという訳ね」

丁度、手に大きな盆を抱えた咲夜が姿を見せたところだったのだ。

「あー、いや、な、これは、その」
「別に良いわよ。あれだけ大騒ぎすれば、嫌でも耳に入るでしょ」
慌てて弁解に走る魔理沙であったが、対する咲夜の方はというと落ち着いたものである。
器用にも盆を手にしたままアメリカン風に呆れポーズを取ってみせると、
何事もなかったかのように席へと着いては、茶を注ぎ始めたのだ。
「……気にしてないのか?」
「ただの事実よ。否定する必要性が感じられないもの」
「だと思ったわ」
したり顔で頷いてみせるアリス。
となると面白くないのは魔理沙である。
「だったら最初から言えっての。気を遣った私がアホみたいじゃないか」
「柄でも無いことするんじゃないの。どうせ隠したところで気付かれない訳が無いでしょ」
「……」
ますます面白くなかった。
が、ここで怒りを露にしたところで、得るものは何もない。
臨機応変な対応こそが、潜入捜査員の資質なのだ。
……と、魔理沙は無理やりに自分を納得させた。

「で、貴方の興味は、私が何故ここへ転がり込んだかという点にあるわね」
「まぁ、な。いくらなんでも不自然だろ」
ショックの余りに、紅魔館を飛び出すというまで分かる。
しかし、逃避先に白玉楼を選ぶという心情が、魔理沙には理解しかねた。
そんな事をすれば、より一層事態を悪化させるだけというのが、咲夜に理解出来ない筈も無かったからだ。

「そこからは私が話しましょう」

咲夜が口を開くよりも早く、幽々子が割って入る。
この辺りも、阿吽の呼吸である。
魔理沙としてみれば、誰が話そうとも同じ事であるので、特に異存は無い。

「思い起こせば三日前。ふて寝をしていた私の元に、来客があったわ。
 ……いえ、客と言うよりは、放浪者と言ったほうが正しいかしら」
「それが咲夜だったのか」
「ええ。……それはもう酷い姿だったわ。
 完全なメイドとは、裏を返せば堕ちる様も完全であると理解させられるくらいね」
「止めてよ。アレは私も忘れたいのよ」

幽々子をしてここまで言わせるのだから、相当なものだったのだろう。
レミリアに捨てられたという事実は、咲夜をそこまで追い詰めていたのだ。
が、しかし、だ。

「……つっても、どう考えたって自業自得だろう。
 あいつの気性を考えりゃ、殺されなかっただけでも有難いくらいじゃないのか?」
「いやいや魔理沙、現に私は成仏させられかけたわよ?」
「そ、そうか」
「実際、あの時の幽々子も相当なものだったわね。
 亡霊というよりはゾンビと称するほうが正しかったんじゃないかしら」
「止めてってば」
「要はアレか。妖夢に逃げられたお前も、精神的にも肉体的にもどん底だった、と」
「そういう事になるわね」
「……なんだかなぁ」

ともあれ、大体の経緯は理解できた。
同族意識……という程でもないのだろうが、境遇も精神構造も似通った二人が身を寄せ合うのは道理である。
もっと具体的に言えば、立場を失った咲夜と生活力を失った幽々子が、互いに足りない部分を補ったのだ。
事後のことなど、考える余裕も無かったのだろう。
例えそれが、いかに変態的な過程を経ていたとしてもだ。
生憎として魔理沙にはそちらの趣味は無いので、その時の二人の心情などは理解出来なかったが。

「でもね。こんな生活が普通では無いって事くらいは理解してるのよ」
「あ?」

幽々子の口から発せられた意外な言葉に、魔理沙は思わずぽかんと口を開ける。

「そんな顔しないでよ。私だって、反省くらいするわよ」
「い、いや、てっきり開き直ってるもんだとばかり、な」
だからこそ、このような妙にしっくり来る同居生活を送っていると思っていたのだ。
が、それが否であることを証明するかの如く、咲夜もまた口を挟む。
「余程とんでもない存在とでも見られていたのね。
 でも、反省しているのは私も同じよ。このまま安穏としているつもりも無いわ」
「……そっか」
それは、魔理沙にとっては有難い事実であった。
「今はまだ無理だけど、折を見て二人で紅魔館を訪ねるつもりよ。
 だから貴方は、安心して伝えて頂戴」
「いや、別に頼まれたって訳じゃ無いんだが……」
言いながらにして説得力が無い事に気付く。
所詮、この二人を相手に隠し事をするなど、無駄な努力だったのだろう。

「(ま、これなら別に心配する必要も無さそうだな……)」

幽々子も咲夜も、思っていた以上に事態を深刻に受け止めていると感じられた。
後は冷却期間さえ経れば、自然と元通りの関係に落ち着く事だろう。
それが魔理沙の結論だった。






だが、一つ、彼女は失念していた。
自らが持ち込んだ火種の存在に。






「いい加減にしなさいよっ! このヘタレどもっ!」






落ち着きかけた空気を、完膚無きまでに粉砕する怒声。
誰あろう、アリスの口から放たれたものだった。

「へ、ヘタレとは何よ! 私はただ、素直に反省を……」

咄嗟に反論に出る幽々子。
対するアリスは、そんな幽々子を氷点下の視線で見下ろしつつ、吐き捨てるかのように言葉を返した。

「はん、笑わせないで。上辺だけを取り繕った言葉の何が反省よ。
 あんた達の本心が、まったく別のところにあるくらい、容易に見抜けるわ」
「……言うじゃないの、人形遣い。その本心とやら、聞かせてもらえるかしら」

咲夜が憤りを滲ませつつ、それでいて落ち着いた口調で問いかける。
激昂しない分だけ、かえって怖いものが感じられた。
これには流石の魔理沙も拙いと思ったのか、慌てて間に割って入る。

「ちょ、ちょいと待て。突然修羅場を展開するな。落ち着こう、な?」
「魔理沙は黙ってて、私は真実を知らしめてあげるだけよ」

聞く耳持たず、である。
今のアリスには、紛れも無く大物の雰囲気が漂っていた。
魔理沙としては小物のままであって欲しかったのだが、それは今となっては儚き願望である。



「断言するわ。あんた達は、反省なんかしていない。
 むしろ、望んでも得られなかった絶好のシチュエーションの誕生に歓喜しているのよ!」
「「「!?」」」



アリスを除く三人が、同時に驚愕に声を詰まらせる。
魔理沙は元より、幽々子も咲夜も、だ。
それは、アリスの言葉が図らずも真実を付いていたとの証明でもあった。

「でも、そんな本心を押し殺して、あくまでも体裁を繕おうと試みる。
 これをヘタレと呼ばずして何と言うの!?」
「わ、私達は別に……」
「言い訳なんて聞きたくないわ。私が聞きたいのは真実のみよ。幽々子!」
「は、はいっ」
「貴方は、妖夢が紅魔館に逃げ込んだ事を知り、
 ショックを受けるよりも先に喜びを感じたわね?」
「そ、それは……」

言いよどむ幽々子に、アリスの真っ直ぐな視線が突き刺さる。
それは、先程までのような怒りに身を任せたものではない。
全てを知ったものとしての、達観した眼差しである。
これに耐えるのは、いかな幽々子と言えども無理な話だった。

「……その通りよ。確かに私は喜んでいたわ。
 メイド服を身に着けた妖夢が、どんなドジっ娘振りを発揮するのか。
 そして、いかに苦悩するのかを想像すると、御飯三杯は軽く行けるくらいね」

そして幽々子は口にした。
先程までとは言葉の重みがまるで違う。
まさにこれこそが真実だったのだ。

「ようやく認めたわね……咲夜!」
「は、はいっ」
「貴方は、辞令を告げられたその時、悲しみを遥かに凌駕する快感を受けていたわね?」
「あ、その……」

続けざまに向けられる視線。
完全であるが故、咲夜はこれに対抗することの愚かさを理解していた。

「ええ、そうよ! 
 お嬢様自らの手による新たなプレイの開発に、涙と鼻血が止まらなかったわ!
 イニシャルがSだからって私を責め専と思うだなんて安易も良い所よ!
 嗚呼、お嬢様! もっと咲夜をなじってくださいまし!」

咲夜の心情の吐露は、言葉を重ねる度に激しさを増す。
このまま進めば、間違いなく表への投稿は不許可となろう。
と、それを理解してか、アリスは軽く手を振って制した。
理解しているはずもないが。

「ふふ、やっと素直になってくれたのね、私の可愛い子供達」
「誰が子供達だオイ。というかもう勘弁してくれ。頼む」

今にも泣き出しそうな表情で突っ込み、かつ懇願する魔理沙。
しかし、完全にトランス状態に入っているアリスにはまったくの無駄であった。

「それじゃ、素直になった貴方達に、良いことを教えてあげるわ」
「「はい、キャプテン」」

何時の間にか、呼称すら変わっていた。
何故にキャプテンなのか、多いに疑問ではあるのだが、
突っ込みを行えるただ一人の人物である魔理沙に、そちらに傾けるだけの余力はもう無かった。
故に、悲劇は加速する。

「今こうしている最中も、私は魔理沙の家の隠しカメラを回し続けているわ。
 これを無為なものと見るようではまだまだよ。
 真実の愛を探求する為には、既成概念を打ち壊す心意気が必要不可欠なのよ!」
「って、堂々と犯罪行為を告白するな!」
「もう、魔理沙ったら、そんなに焦らないで。時間はまだまだたっぷりあるんだから」
「プレイじゃない! 頼むから正気に戻ってくれ! 
 ……というか、もしかしてお前の正気ってそっちなのか? 
 ははは、こりゃ傑作だ……はぅ」

魔理沙は力なく崩れ落ちる。
が、そんな些細な事は、彼女等にとってはどうでも良いのであった。

「キャプテン、含蓄のあるお言葉、肝に銘じますわ」
「ええ、私達はもう迷いなどしません。
 これからは真実の愛を追い求めるべく精進すると約束します」
「貴方達……大きくなったわね」

アリスの瞳には、光るものがあった。
と書いて、ああオプティックブラストか、と推測する人には、そちらの世界行きをお薦めしたい。
実際、こんな状況では放たれても不思議でもないのだが。






「うう……私はまだ死ねないんだ……」

息も絶え絶えに、這いずるように離脱を試みる魔理沙。
背後では、手拍子を交えつつ、好きよキャプテンの大合唱が始まっている。
もう……いや、とうの昔に、彼女等は魔理沙の手の届かない域へと達してしまっていたのだ。
そんな、選ばれし者達のステージは、到底直視には耐えない。
というか、選ばれたくもない。

「早くこの事を伝えないと……いや、その前に家捜しをしないと……」

この場において、確かな事実はただ一つ。
魔理沙は、任務に失敗したのだ。






















「……以上が、パチェから伝え聞いた顛末よ」
「……」
「……」

二人に言葉は無かった。
当事者では無い美鈴はともかくとして、今の妖夢の心中は察するに余りあろう。

「一応、黒白には手厚い謝礼が支払われたらしいわ。
 閃光魔術の極意を教えてあげたとか何とか」
「……そうですか。相変わらず無駄に肉体派ですね」

恐らくは首の骨をやってしまったであろう魔理沙に、心の中で念仏を唱える妖夢。
無論、同情の余地は皆無だ。

「その、私が言うのも何だけど。パチェを責めないであげてくれるかしら。
 結果はどうあれ、私達を思ってしてくれたのは確かだろうし」
「あ、それは勿論です。勿論です……が」

しかし、だからと言って、結果が変わる訳でもない。
鎮火寸前だったはずの現場に、油を注ぐどころかダイナマイトを放り投げてくれたのだから。
その被害を被るのは、間違いなく自分とレミリアなのだ。
これまでのような、遊び半分ではない。
本能を解き放った二匹の獣による、真実の愛とやらを騙った変態的行為。
それは、妖夢の未熟な思考では、到底理解出来る代物ではない。

「はうっ……!」

考えるべきではなかったのだろう。
収まりつつあった胃痛が、当社比400%増しで妖夢を襲う。
その様子を見たレミリアが、苛立たしげに口を開く。

「いくら心痛を抱えたところで、現実は動かないわよ。
 そも、貴方が苦しめば苦しむだけ、連中を喜ばせてると気付きなさい」
「す、すみません。ですが……」
「……ったく……あんたがそんな調子じゃ、私も……」

そこで妖夢は気が付いた。
普段通りの不遜な態度と思われたレミリアの手足が、小刻みに震えていることに。
吸血鬼の王をもってしても、抑え切れぬ恐怖。
それは到底、想像し得る範疇のものではない。
とは言え、気休めの言葉など軽々しく述べるべきではないし、
何よりも妖夢自身にもそんな余裕は無かった。
だから、か。
二人が同時に動いたのは、当然の事だった。


「レミリア様っ!!」
「妖夢ぅっ!!」


もはや言葉はいらなかった。
二人はただ無心に、互いの身体をかき抱く。
欠けたものを埋め合うかのように。
それは代償行為と呼ぶには、あまりにも儚く、尊い光景であった。








「(……これも、咲夜さん達から見たら、斬新なショットなんだろうなぁ)」

美鈴はどこか達観した面持ちで、そんな感想を浮かべる。
確かに、幼女二人が抱き合って涙を流すという光景は希少なものであろうが、
残念ながら美鈴にはそういう趣味は無い。

ともあれ、事態が最悪の方向に動いたのは確かであろう。
美鈴の望みし平穏なる日常は冬眠に入り、変態という名前のブリザードが襲い来る厳寒期。
果たして我等は、この厳しい季節を乗り越える事が出来るのか?
答えを持つものは、誰もいない。

「……ん?」

ふと、美鈴は背後を振り返る。
そこにはただの壁しか存在しない。
だから、気のせいだと思う以外に結論は無かった。

かしゃり、というシャッター音など、決して聞こえる筈が無いのだ。


どうも、YDSです。

ようやくプロローグ完了とも言えるし、これで完結とも言っても通じそうな気もします。
実際、分量的にはもう半分近く進んでいる予定なのですが、そういうものなのです。
私の話は前置きが全てと言っても過言ではありませんので。

……威張る事でもありませんね、はい。
ともあれ、次回も宜しくお願いします。
YDS
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コメント



0.5180簡易評価
6.90名前が無い程度の能力削除
あーもう、コイツラだめだ。閃光魔術ひらめいた
12.90no削除
アリスはこんな変態じゃないと信じたい私がいる・・・。
20.90レイヴン削除
あれ?カシャ?まさか、あの天(ry
いや、もしかして店(ry
22.100名前が無い程度の能力削除
肉体的な閃光魔術ってシャイニングウィザードか何かですか?
肉体言語の1工程。
無詠唱可。
26.80名前が無い程度の能力削除
君達は本当に変態だな。
27.90翔菜削除
淡々と極普通に綴られる地の文の中にさも当然のように何回も登場する『変態』の文字……!
それを見るたびに笑うしかありませんでした。

>イチローごっこ
一番吹いた。
38.70回転式ケルビム削除
アリス・・・キャプテン・サイコパス?
39.80名前が無い程度の能力削除
字面の中で淡々と踊り狂う「変態」達が、
さも当然のように自然であると感じてしまう時点で
いろいろなモノを突き抜けてしまっている気がします。
44.70変身D削除
これからが光と闇……もとい正常と変態の真の闘いの幕開けなのデスか(w
妖夢と美鈴の奮戦に期待します~
45.90Flyer削除
メガ・オプティックブラストw
46.80月影 夜葬削除
カシャ?
もう奴らは行動を開始している!?
逃げてーーー二人とも!!
49.80名前が無い程度の能力削除
これはひどい
重度のへんたいだ
51.90名前が無い程度の能力削除
きみらは じつに へんたい だな
55.80名前が無い程度の能力削除
なにこのダメ過ぎる人達w
57.80ひきにく削除
ジャミロ・クワイ吹いた。
60.90名前が無い程度の能力削除
転んでもただでは起きない人達に最大級の拍手を。
73.90ハッピー削除
こいつはひどい!
ヘンタイのにおいがプンプンするぜ~~~!!!
74.90名前を名乗れない程度の能力削除
>「一応、黒白には手厚い謝礼が支払われたらしいわ。
> 閃光魔術の極意を教えてあげたとか何とか」
>「……そうですか。相変わらず無駄に肉体派ですね」

今一つピンと来なかったんですが、改めて読み返して某全日の
社長様の技と思い当たって抱腹絶倒。
過去の作品のウォール・オブ・ジェリコといい、
痒いところに手が届く氏の芸の細かさには脱帽いたします。
111.100時空や空間を翔る程度の能力削除
こうなったら「とことん行け行け」
逝ってよし!!
120.90名前が無い程度の能力削除
2人とも更に変態にwww