Coolier - 新生・東方創想話

東方蒐集楽IF

2006/03/28 10:27:05
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※このSSは、東方二次創作サイト、「東方辺境館」様の東方4コマ、「東方蒐集楽」33話以降が元です。先に読まれると解りやすいかもしれません。
※勢いと衝動で書きました。反省はしていない(死。
※アリスと文と妹紅がなんだか酷い目にあってます。反省は(ry
※所々自分設定が入ってます。
※キャラの性格が若干異なるかも。



 ~東方蒐集楽IF~



 魔法の森。幻想郷に存在する、珍しい動植物の宝庫である。また、妖怪の宝庫でもあるため危険極まりない場所でもあるのだが、珍種が多いためか足を踏み入れる者は後を絶たない。妖怪は人を食い、人は妖怪を退治する―――幻想郷における真理が一番実践されている場所なのかも知れない。 


 日中でも薄暗い森の中、鬱蒼とした森には似つかわしくない服装をした少女が、木の根付近を注視していた。


 アリス・マーガトロイド。緩くウェーブがかかった、柔らかそうな金髪の少女である。何も知らないものが見れば、森の妖怪にいつ食い殺されてもおかしくないか弱い少女に見えるだろう。しかし、その秘めたる力は幻想郷の実力上位の者にも匹敵する。そして、そもそも人間ではない。力量を見極めることの出来ない愚かな妖怪は、例外なく、嫌でも自分の浅慮さを思い知ることとなる。その教訓が生かされることが出来るかどうかは、少女の気分次第なのだが。


 少女、アリスは、根っこ近くに生えていたキノコを手に取ると、小さくため息をついた。


「うーん。今日も大した収穫は無し、か」


 そもそもアリスは魔法の森のキノコは基本的に扱わない。もう一度小さくため息をつき、上を見上げた。太陽は見えないが、大体二時半頃だろうか。


 魔法の実験に使う材料を探しに来たアリスだが、ここ数日大した収穫が殆どない。最近、微妙に気分が乗らないからかもしれない。気分で発見率が変わるのか、と言う突込みがあるかも知れないが、材料探しに必要な注意力・集中力は、モチベーションに大いに左右されるものである。


 アリスが最近アンニュイなのには理由がる。それはあの時の事。脳裏に浮かぶのは、床に倒れていた紅魔館の魔女と、それに手を伸ばそうとした魔理沙。思い浮かべてしまい、アリスは頭をぶんぶんと振ってその映像を頭から締め出す。


 冷静になった今、魔理沙があの魔女を襲ったわけではないということは解る。あの魔女は貧血と喘息(アリスは知らないが妄想癖も)持ちだから、介抱しようとしたと解釈するのが普通だろう(冷静でなかった時に通りすがりの鴉天狗に色々ぶちまけてしまった事は、アリスと人形達だけの秘密だ)。


 しかし。しかしである。引きこもり度では、あのニート姫・輝夜にさえ勝る虚弱出不精ものぐさ魔女が、あろうことか外出したのである。それが魔理沙の家でなければ、「竹の花が咲くより珍しいわね」で済んだかもしれない。魔理沙の家でなければ。


 そういえば、別にお姫様ならニートでも別に構わないんじゃ・・・? むしろ積極的に外に出るほうが問題なのでは・・・?


「シャンハーイ」


 アリスが暗い顔をしていたからか、上海人形がアリスの頭を撫でた。


 アリスは、脇道に逸れた思考を中断し、微笑んだ。


「ありがと。上海」


 そう言った時、視界の隅に、森には相応しくない何かを捉えた。


「? 何かしら」


 木の上のほうに引っかかっているようだ。アリスはふわりと浮かび、それを手に取った。


「なんだ、あの鴉の新聞か…」


 アリスは、手に取った文々。新聞に何気なく目を通した。


 その瞬間。アリスの思考は停止した。




『白黒の魔法使い、病弱の少女襲う』





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」









 次の日。アリスは新聞の内容について文に説明するため、文の住む山奥の庵に向かい幻想郷の空を飛行していた。


「まさか本当に記事にするなんて…。ちゃんと裏は取ったんでしょうねぇ・・・」


 ぶつぶつ呟きながらアリスは飛ぶ。魔理沙とは犬猿の仲ではあるが、事実と異なるデマで魔理沙が悪く言われるのも寝覚めが悪い。


(でもあのブン屋、正しい情報をモットーとしてた筈だけど・・・。
 
 ま、まさか、魔理沙の奴本当に襲ってたんじゃないでしょうね!?)


 飛行しながら青くなったり赤くなったりする様は見てて飽きない。もっとも、見ているのは人形達だけだが。


 アリスが懊悩していると、そこに騒霊楽団の末妹、リリカ・プリズムリバーが通りかかった。


「あれ、七色魔法莫迦じゃん」


「誰が七色魔法莫迦よッ!!」


 アリスはがばっと顔を上げ、失礼なことをのたまったリリカを睨む。


「あぁら、騒霊チンドン屋のキーボーディストさんじゃないの。何、今日はソロ? それとも解散でもしたの」


 かなり棘が含まれた台詞だが、リリカはかる~くスルーした。


「私たちにもオフの日くらいあるって。それよりアンタ、今何してんの?」


 それは単なる何気ない質問だった。だからアリスも軽く答えた。


「ちょっと野暮用でブン屋の所に行こうとしてたんだけど」


 その言葉を聞いた瞬間、リリカの顔から笑顔が消えた。


「ブン屋・・・。もしかして、射命丸 文のこと?」


「え? ええ・・・」


 急に態度が変わったリリカに、アリスの言葉に戸惑いの色が混じった。


「もしかして、白黒の記事のこと?」


「そうだけど・・・」


「この記事が間違ってて、それを正そうとしてる?」


「そ、そうだけど・・・」


 アリスはだんだん不安になってきた。いったいリリカは何が言いたいのだろう。





「そう・・・・・・だったら、お引取り願おうかな? 怪我を理由にねッ!!」





 リリカは予告無しで音符型の弾をアリスに向け発射した。


「!?」


 とっさにアリスは、防御用人形の盾で弾を防ぐ。


「ちょっ、何を!?」


「問答無用ってやつね!!」


 今度は本格的に弾幕を展開してくる。まだスペルカードは使ってきてないが、状況によっては使用も辞さない構えであることは見て取れる。


「っ!」


 アリスは弾幕を避けつつ、現状の打破を模索し始めた・・・。





 ――――――――――





 数十分後。なんとかリリカの隙を突き戦闘を離脱したアリスは、さっきと違いかなり切羽詰った表情をしていた。それもその筈。リリカを振り切った後も、アリスを邪魔しようとする奴が続出したからである。全て切り抜けてきたものの、文の庵に近づくほどに邪魔が増えてきている気がする。


(これは・・・あの鴉に関係があるって考えたほうが自然ね・・・)


 リリカの態度から察するに、魔理沙の記事が関係しているようだが。


「そこまでだ」


「!」


 アリスの思索を邪魔するかのごとく声を掛けたのは、


「な、まさか、あなたまで私の邪魔をするつもり!? ・・・えーと、藤原 妹紅!!」


「さて、ね」


 蓬莱の人の形、藤原 妹紅は、つまらなそうな顔で肩をすくめた。


「ここまで色々邪魔があっただろう。だったら私も障害の一つだ、って考えんのが普通じゃないか? 私も気が進まないけど」


「く・・・」


 まずい。こいつだけは本当にまずい。さっきまでの奴らとは実力に天と地ほどの開きがある。妹紅は勿論天の方だ。

 妹紅の操るスペルカードが強烈なのもそうだが、それ以上に厄介なのは不老不死であることだ。たとえ頭を吹き飛ばしたとしても平然と蘇る。以前魔理沙と二人掛りで戦った時も、妹紅の手持ちのスペルカードを全て使い切らせ、やっと降参させたのだ。


「ま、文句があるならあいつに言ってくれ。とは言っても、遭わせないように邪魔してるんだが」


 気だるげな、つまらなそうな仕草だが、取り出したスペルカードには、洒落にならない程の力が集まっていた。


「悪いが行くぞ! 鳳翼天翔!!」


 不死「火の鳥 -鳳翼天翔-」。妹紅の代表的なスペルカードである。人の数倍の大きさを誇る火の鳥を敵に放ち、かわした者にも大量の炎の弾幕が降り注ぐ強力なスペルだ。


「きゃっ!?」


 アリスは火の鳥を避け、瞬時に妹紅に狙いを定めた。逃がしてくれる雰囲気ではない。元より死なない相手だ。手加減は無用。


「上海!!」


「シャンハーイ!」


 アリスは上海人形から強力なレーザーを照射する。光線は狙い違わず妹紅の胴体の大半を吹き飛ばす。吹き飛ばしたが、妹紅は苦痛に顔をしかめながらも驚いたような、感心したような、そんな顔で風通しの良くなった自分の体とアリスを交互に見る。


「成程。一度見せたスペルとは言え、避けた瞬間にこうも精密な攻撃が出来るとはね。頭脳派は伊達じゃないって事か」


 喋るうちにも見る見る失った部分が再生している。解ってはいたものの、この不死身っぷりを目の当たりにしたら気が滅入ってきた。


「そう? 自慢じゃないけど、力押しだってやらないけど得意よ?」


 内心の焦りを欠片も見せずアリスは挑発的な笑みを浮かべる。そして事態の打開する方法を考える。こいつは殺しても絶対に死なない。ならば逃げるしかないのだが、見た限りそんな隙は見当たらない。ならばその隙を作れば良いのだが・・・。


「そうかい。だったら根競べと行こうか!! 滅罪寺院傷!!」


 藤原「滅罪寺院傷」。そのスペルカードを発動させた瞬間、大量の符がアリスに襲い掛かる。


「くっ! 倫敦人形!!」


 闇符「霧の倫敦人形」。波のようにうねる闇の弾幕が、符の全てを押し流すように展開される。


「げっ」


 まさかこうも簡単に対応されるとは思ってなかったのか、妹紅は倫敦人形の大量の弾をまともに被弾した。しかし、一発の威力に劣るためか、再生は瞬く間に終了する。


「和蘭人形!!」


 紅符「紅毛の和蘭人形」。とにかく考える時間を得るために、すぐさま次のスペルを展開。和蘭人形自体は、アリスの周囲に展開させた人形にランダムに弾をばら撒かせるといったものだが、その攻撃は散発的で、アリスのスペル(人形)の中では弱い方と言わざるを得ない。しかし、完全にランダムであるためか、全ての弾を避けられはしても、時間稼ぎにはなるはずだ。


「チッ! だったらこいつは苦手だろ!? フェニックスの・・・うわ!?」


 鬱陶しそうに、妹紅は新たなスペルカードを取り出し使用しようとしたが、和蘭人形の弾が数発ヒットしてしまい、スペルカードの発動がキャンセルされた。


(え?)


 文字通り体が削られた妹紅だが、その程度の再生など一瞬。しかしそれを見たアリスに、天啓のように策が閃いた。


「改めて! フェニックスの尾!!」


 不滅「フェニックスの尾」。視界全てを埋め尽くす火の玉がゆっくりとアリスに迫る。このスペルは、アリスに対してはある意味切り札ともいえる弾幕だった。

 アリスは、「弾幕はブレイン」を持論とする。理詰めで考え、弾筋を読み、パターンを構築する。先ほど妹紅が言ったように、一度見た弾幕はいくら激しかろうとアリスにはなかなか通用しない。だからこそ、妹紅は完全にランダムな弾幕、しかも和蘭人形とは比べ物にならない大量の弾をばら撒くこのスペルを使ったのだ。確かに、アリスはこの手の弾幕が一番苦手だ。


 今の場合を除いては。


「・・・・・・・・・・・・」


 アリスは動かない。上海人形を構え、慎重に狙いをつける。弾速がゆっくりなのは僥倖だった。


「どうした人形遣い! 予測不能な弾幕を見てブルったか!?」


「・・・・・・・・・・・・」


 妹紅は嘲り混じりの言葉を投げかけるが、彼女は気付いていない。アリスは既に妹紅に三つの弱点を見つけていた。


 火の玉がアリスに接近する。汗をも蒸発させる熱気が肌を焼く。が、まだ早い。


「・・・・・・・・・・・・」


 前髪がチリチリいってる気がする。まだ早い。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


 そして一番先頭の火の玉がアリスに接触する直前だった。


(今なら火の玉に隠れてこっちのモーションは見えないはず!)


 アリスは、カッと目を見開いた。


「上海!!!」


「シャンハーーーイ!!」


 一条のレーザーが目の前の火の玉をかき消しつつ妹紅に迫る。このタイミングなら避け切れない。


(弱点その壱。完全な不死に慣れきってるせいか、回避が下手)


 レーザーは、驚きに目を見開いた妹紅の頭部を消し飛ばす。


(弱点その弐。体の強度は、並の人間と変わらない)


 レーザーが通過した場所をアリスは飛翔する。完全に消しとばしたせいか再生はまだ完了していない。妹紅に肉薄したアリスは、最後の仕上げにかかる。


「くそっ・・・」


 頭部の再生が完了した。その瞬間、


「リトルレギオン」


「な!?」


 戦符「リトルレギオン」。敵を包囲した六体の人形が、手にした剣で対象を切り刻むスペル。アリスの静かとさえ言える声に再生したばかりの目を急いで開いた。


 妹紅は、自分の体に人形の剣が食い込む瞬間を見た。





「う、ああああああッ!?」


(弱点その参。体の強度が人間と変わらないからか、ちょっとの衝撃でスペルカードの発動に失敗する)


 だから、今の状態では妹紅はろくに反撃も出来ない。とは言っても、止められる時間はせいぜい数秒。だからアリスは急いで妹紅の真上に位置取り、真下に向かって―――――





「蓬莱!!」


「ホラーーーイ!!」





 上海人形のそれより更に強力なレーザーは、妹紅を塵も残さず完全に消滅させた。


 程なく復活するだろうが、逃げる時間くらいは余裕で得られる。





「真上に位置取りしたのは、一撃で完全に消滅させるためよ。真上からなら、レーザーで貴方の体をすっぽり覆えるもの。

 それにしても、蓬莱人形が蓬莱の人形を倒す切り札になるなんて、洒落が利いてると思わない?」


 もちろん、耳まで消滅した妹紅に聴こえるはずは無く、口も無いので答えようが無いのだが。





 ――――――――――





 妹紅で力やスペルカードを大分消耗してしまったアリスだが、その後は邪魔らしい邪魔も無く、文の住む庵に到着した。


「・・・・・・・・・・・・」


 上空から下を見下ろす。周囲に敵影は見えない。でも今までのことを考えると直接会うのも不安だ。そんな時、不意に魔理沙と一緒に飛んだあの夜のことを思い出す。


(って、魔理沙なんてどうでもいいじゃないの!)


 ぶんぶん頭を振って、弱気になりかけた思考を切り替える。


「シャンハーイ」


「ホラーイ」


 上海人形と蓬莱人形が、心配そうにアリスを見上げる。アリスは、なんでもない、と可愛い人形達に微笑んだ。


(って言うか留守だったりして)


 よく考えてみれば、その場合目も当てられない事態というやつではないだろうか。せっかく苦労してここまで来たのに。


「・・・」


 その場合帰ってくるまで居座ってやる、と微妙に魔理沙っぽい決意をしながら、アリスは、不意に思いついた。


「念のため、保険をちょっとだけ」





 ――――――――――





「文ー、いるー?」


 トントンとシンプルな引き戸をノックする。


「はい、開いてますよ」


 運が良い。取材に出ていなかったようだ。


「失礼するわ」


 アリスは引き戸を開け、中に足を踏み入れた。










「ふむ。あの記事は間違いだから訂正文を次に載せて欲しい、と」


「ええ。貴方には悪いと思うけど、ネタ提供者の早とちりってことにして欲しいの。私の名前を出していいから」


「んー、解りませんね。あなたと魔理沙さんは不仲であるとお見受けしてましたが」


 ぐ、とアリスは詰まったが、冷静に切り返す。


「そんなことはどうでもいいの。貴方って情報を正確に伝えることをモットーにしてるんでしょう? 魔理沙のためって言うより貴方のためね」


 嘘である。


「お気遣いありがとうございます。・・・でも、訂正文は載せません」


「何故?」


「・・・・・・」


 文は黙った腕を組み、窓の外に目をやりつつ、ゆっくりと口を開く。


「アリスさん。新聞って『正しい記事』が読んでもらえるんじゃあない。『面白可笑しい記事』こそ読んでもらえるんだって、そう思いませんか? 西行寺の亡霊お嬢様がミスティアさんを完食したという記事、たとえ事実でも今更誰も驚かないでしょう」


 アリスは、文に気付かれないよう、いつでも立ち上がれるように正座からやや膝立ちに姿勢を変えた。


「ええ。驚かないわね。あの庭師を食べたって言うのなら多少は驚くかもしれないけど。

 ・・・じゃあ何、魔理沙の記事は嘘でも、面白いからそのままにしておくと? 貴方が?」


「はい。最近悟ったんですけど、心に余裕を持って効率よく作業するには、『正しい』より『楽しい』を優先させることです。アリスさんも心当り在りません?」


「・・・・・・」


 アリスは答えず、


「・・・話は変わるけど、ここに付くまでに色々邪魔があったの。偶然とは思えないほどにね。何人か、貴方の名前を出したんだけど・・・?」


「・・・・・・」


 文も答えない。目線は窓の外へ向けられたままだ。


「・・・表面上はともかく、魔理沙さんのことが好きで好きでたまらないツンデレアリスさんなら、来る確率は高いと踏んではいましたが」


「ちょ、誰が!」


 顔を真っ赤にして立ち上がるアリス。だが、こっちを見た文の目が、恐ろしく冷たいのに気付き、瞬時に身構えた。


「せいッ!!」


 だが遅かった。いつのまにか文が取り出した、鴉天狗に付き物の羽団扇を横に振るわれたその瞬間、アリスの体は風に舞う木の葉の様に吹き飛んだ。


「きゃあっ!?」


 庵の引き戸を軽くふっ飛ばしつつ、アリスの体は地面を転がる。


「痛・・・」


 アリスはよろめきながら立ち上がる。すると、いつの間に飛んだのか、頭上から文の声が降ってきた。


「妹紅さんでも止められないとは予想外でしたね」


「やっぱり・・・。でもなんであいつらが・・・?」


「新聞記者をしていると、偶然人の弱みとかを聞いたり見つけたりする時があるんです。それをちょいと利用すれば・・・ってワケです」


「だから・・・」


 ある程度は合点がいった。邪魔するやつらの妙な態度。そして文が本格的に道を踏み外していることも。


「楽しいネタ提供、どうもありがとうございました。ですが、念のためアリスさんには消えてもらいましょう・・・。

 風神一扇!!」


「!!」


 風符『風神一扇』。羽団扇を振るった瞬間、地面のアリスに向け風圧を伴う弾幕が降り注ぐ。


「くっ!」


 この弾幕の特徴は、狙いが正確なことと、弾速の速さにある。アリスは、地面を転げるようになんとか避ける。


(動きが制限される地上じゃ不利だわ!!)


 せめて同じ土俵に立とうと飛行しようとしたアリスだが、


「風神一扇!!」


 しかし、それを見過ごす文ではなかった。文の放ったスペルは、アリスの飛行を邪魔するかのように殺到する。

 先程このスペルの特徴に狙いが正確なことと書いたが、それならばチョン避けすれば済む話。厄介なのは、矢継ぎ早に敵を狙う弾が放たれることだ。一つを回避してもその次の弾が敵を追い、それを避けてもまた次がある。つまり、敵の動きを制限する事に優れたスペルと言えよう。


「この・・・!」


「まだまだ。天狗烈風弾!!」


 地面に釘付けのアリスに、風神一扇を超える超高速の弾が発射される。狙いはさっきのスペルより甘いものの、その弾速は脅威と言う他無い。


「ちょっ、待っ、」


「待ちません」


 天狗烈風弾が更に降り注ぐ。だがこの攻撃は風神一扇と異なり、風圧を伴わないため制限能力に劣ることに気付くのもすぐだった。


「く、調子に乗らない!!」


 弾幕の雨を縫うように飛び立つ。防御は盾人形に任せ、なんとか一矢報いようと文に肉薄する。


 しかし。


「驚きました。天狗烈風弾を避け切った事もそうですが、アリスさんはこんな思い切った手は採らないと思ってましたから」


 僅かに感心する様子を見せた文は、自分に接近しようとするアリスに向かい羽団扇を振るった。


「風神一扇!!」


「な・・・!」


 全力で飛んでいるはずの自分をも押し戻す強烈な風。そして殺到する無数の弾。しかしアリスも並みの実力ではない。風で思うように動かない体を強引に動かし、風神一扇をなんとか避けきる。


「でも惜しい。隙だらけです」


「しまっ・・・」


 文は容赦なく、風神一扇を避けたアリスに天狗烈風弾を放つ。今度は避け切れない。


「ガード!!」


 アリスの体にめり込もうとした弾は、自律型の盾人形が正面から受け止める。


「!」


 だが、道中散々酷使してきた盾人形は、天狗烈風弾に磨り潰されるかのように四散した。


「―――――!!」


 殺しきれなかった衝撃と共に、またも地面に落下するアリス。受身用人形が総出で踏ん張ったおかげで致命的ダメージは免れたが。


「う・・・」


 頭を振りながら立ち上がり、頭上の文を睨む。


「以前に見たスペルは、弾幕だけで風圧までは無かった。それが貴方の本当の実力ってわけ?」


 足元がふらつくアリスを見てか、やや高度を下げる文。


「ええ。西行寺の亡霊姫さんを例にとると、彼女、その能力故に内心結構恐れられてますよね? つまり、実力があってもそれをひけらかして怖がられたら、情報収集もしにくくなっちゃうでしょう」


「・・・ネタを得るために控えめにしてたって事?

 って言うか。幽々子も別にひけらかしてないと思うんだけど」


 文は肩をすくめ、


「まぁそういうことです。

 幽々子さんについては、彼女、能力有名ですからねぇ」


 今の会話で少しだが休むことが出来た。アリスは無理に高度を上げようとせず、脇の林の中に飛び込んだ。


「む、そっちに行きますか。ですけど、」


 文は気の毒そうに笑った。


「それは最悪の選択かもしれませんよ」










 林に飛び込んだアリスは、回れ右をして文を待ち受ける。

 アリスの考えはこうだ。


 1:林の中なら文も機動力が制限される。
 2:木が弾幕からの盾になるかもしれない。
 3:木が多いので風神一扇の風圧もいくらかマシになる。かも。
 4:木の葉のざわめきで上空からの攻撃を察知しやすい。


「文は妹紅より頑丈だろうけど不死身じゃない。勝機はあるはず・・・」


 不安を払うかのように呟く。呟いたとき、林の奥から文の接近を察知する。


「京人形!!」


 雅符「春の京人形」。その名の通り雅すら感じる激しい弾幕は、一気に林を埋め尽くす。大半は木にぶつかるものの、立ち並ぶ木と迫る弾幕は、いかな鴉天狗といえどかなりの脅威になるに違いない。


(これで、決まって!)


 しかし決まらなかった。何の冗談か、文は弾幕も木もすいすい回避。それも速いスピードを保ったままで。


「嘘・・・? くっ、上海!!」


「シャンハーイ!」


 動揺してもアリスもさる者。木の陰から出てくるところを正確に狙撃する。


 しかし、文はまるで予測していたかのようにレーザーを回避した。そのまま京人形の弾幕を全て避け、アリスの前に姿を現す。


「残念。この林は私の庭のようなものです。動きが制限されるなんて有り得ません」


「そんな・・・それにしたって、あの回避・・・霊夢並じゃないの・・・!」


 スピードが速いと細かな動きが出来なくなるのは常識だ。魔理沙然り、妖夢然り。そして、この鴉天狗はアリスの知る限り最も早い動きをする妖怪だった。いくら庭同然の林といっても、あのスピードを保ったまま全てを避けるなど八雲 紫ですら不可能だ(スキマを使えば別)。できるのは博麗の巫女くらいのもの。


「言いませんでしたっけ。今の私、結構本気なんですけど」


「―――――」


 アリスの背に冷や汗が流れた。

 文の実力を見誤っていた。それはもう完全に。自分は、わざわざ不利なフィールドを選んでしまったのか?


「天狗烈風弾!」


 再び発射される高速弾。アリスはかわそうとするものの、木の枝が服に引っかかった。


「!?」


 それでも無理して弾を回避。お気に入りの服が破れたが構ってられない。


「まだまだ行きますよ!」


 天狗烈風弾の乱射乱射。アリスも回避回避。そこで再び、文は羽団扇を振りかぶる。


「風神一扇!!」


 文の巻き起こした風は、またもアリスの動きを押さえつける。しかし、何度も見せられたこのスペル。アリスにとっては、もう避けきるのは容易。だが、


「アリスさん。天狗烈風弾の特性は速いだけじゃないんですよ」


「え? ―――――あ、まず・・・!」


 気付いたときには遅かった。天狗烈風弾は障害物に反射する特性を持っていたのだった。文だって風神一扇が見切られていることぐらい百も承知。風圧で動きが取れないアリスの脇腹に、背後から反射してきた高速弾がまともに激突した。


「か―――――は、」


 その激痛にアリスの意識は朦朧とする。思考が今にも千切れ飛びそうだ。


「天狗烈風弾!!」


 しかし文は容赦しない。アリスはバラバラになりそうな思考をかき集め、バックステップした。


 どん。


「!!」


 其の時背中に硬い何かが当たる。木だ。


「しまっ・・・・・・!!」


「風神一扇!!」


 文の繰り出す強風は、アリスの体を木に押さえつける。そして憎らしいくらい正確に飛来する弾幕。回避不可能だ。


「くっ、このお!!」


 アリスは、盾人形が無いので、自身の魔力をかき集めてシールドを張る。弾幕が着弾したのはその0.4秒後だった。


「く、衝撃を・・・受け流せ・・・っない!?」」


 魔力シールドに次々と弾が着弾する。ダイレクトに伝わる衝撃に腕がしびれる。限界が来る前に弾幕は収まったが、アリスの魔力は底が見え、腕の疲労もさっきのだけでかなり蓄積された。

 しかし、アリスも伊達に頭脳派を気取っていない。まだ諦めるには早すぎる。


(文はこっちの魔力切れを狙ってまた強風を起こそうとする筈・・・!)


「風神一扇!!」


(よし!!)


 アリスは叫ぶ。


「上海!! 蓬莱!!」


「シャンハーイ!!」
「ホラーーーイ!!」


 ただ飛び立とうとすれば回避は間に合わない。アリスは上海人形と蓬莱人形のレーザーを真下に発射することにより、その衝撃を利用して風圧が届く前に上空に飛翔した。文が天狗烈風弾を撃ってくれば、それも間に合わなかっただろう。


「な!? そんな手が・・・」


 バキバキと頭上を覆う葉と枝を突っ切り、上空に飛び出す。文もだ。


「風向きが怪しくなってきましたか・・・!」


 文は風神一扇と天狗烈風弾を次々と繰り出す。しかし、障害物の無い空中では全て苦も無く避けられる。


「ちょっと手の内を見せすぎましたね・・・」


 埒が明かないと判断した文は、肉弾戦をもってアリスを制そうと突進してきた。元よりスピードは文のほうが圧倒的に速い。逃げ切れないはずだ。


「そうは行かない! リトルレギオン!!」


「しまった!?」


 アリスは、文に会う前に保険としてリトルレギオン用の人形を空中に設置していた。勿論、魔法で迷彩処理してある。いくら文に正確な動き&高機動が備わっていても、これは避け切れない。密かにアリスに誘導されていることに気がつかなかった文は、人形達のテリトリーへまともに突っ込む形となった。


「くぅッ!!」


 文の体を人形の剣が切り裂く。そこへ間髪入れず、


「蓬莱!!」


「ホラーイ!!」


 蓬莱人形の強力なレーザーが、文に炸裂した。


「う・・・・・・ぐ」


 文は体を切り裂かれつつも風の盾でレーザーを防ごうとする。しかし防ぎきれず、レーザーは文にまともに叩き込まれた。


「ぐぅッ・・・・・・あ」


「やっ・・・・・・た?」


 初めての有効打。しかし気を抜くには早すぎた。


「うおおッ!!」


「嘘!?」


 文の闘志はいささかも衰えてはいなかった。アリスが気を張りなおした瞬間には、固く握られた拳がアリスの顎を捉えていた。


「が!?」


 吹き飛ぶアリス。拳を振り切った文は、血に塗れた顔で、肩で大きく息をしつつも、それでも不敵に笑う。


「本当、素晴らしい実力の持ち主でした。アリスさん、貴方の活躍は面白可笑しく脚色して皆さんに伝えようと思います。最後に力尽きたことまでねッ!!」


 言葉と共に、拳が鳩尾に叩き込まれる。


「あ、ぐ!」


 気が遠くなりそうな激痛に、アリスの目尻に涙が滲む。文はひるんだアリスに立ち直る隙を与えず、


「さようなら」


 回し蹴り。天狗烈風弾をくらった方とは逆の脇腹にヒットする。


「あ・・・」


 アリスには、もはやかすかな悲鳴しか漏らせない。飛ぶ力も、気力もさっきの一撃で吹っ飛んだ。数秒後には地面に激突して死ぬだろう。





(・・・・・・・・・あーあ、魔理沙の馬鹿のためになに必死になってたんだろ・・・・・・・・・ホント、馬鹿みたい・・・・・・・・・)


 走馬灯を見る暇も無く、急速に接近する地面をぼんやり眺めていたアリスだが、ふと視界の隅に黒い影を捉えた。


(・・・・・・あれ、何?)


 そう疑問に思った瞬間、地面に接近するよりも速い速度で、それは突進してきた。


「アリーーーーーーーーーースッ!!」


(え?)


 なんかあれ、魔理沙みたいな声出してない?


 そう思った瞬間、細い腕がアリスの手首を掴んだ。


 痛い。肩が抜けるかと思った。


「痛い・・・」


「おー、痛いと感じるってことは生きてる証拠だ。問題ないぜ」


 口調とは裏腹に、魔理沙は汗だくで大きく肩で息をしている。


 しかしアリスはそれに気が付かない。魔理沙に助けてもらった。そう理解した瞬間、ようやく脳が再び動き始めた。


「何が問題無いよ、馬鹿・・・」


「酷いぜ。せっかく間に合ったのに」


「助けに来るんならもっと早く来なさいよ・・・」


「次からは善処させてもらうとするぜ」


 会話するほどに体に力が戻ってる気がする。ミニ八卦炉から変な力でも漏れてるんじゃなかろうか、とアリスは思った。


「・・・驚きました」


 文も驚きを隠せない顔で魔理沙を見る。


「いやー、新聞の記事についてアリスを問い詰めようと見て回ってたが、こりゃいったいどういう状況だ?」


「・・・あのカラスがガセを承知で記事書いてたのよ・・・」


 それを聞いた魔理沙の片眉が跳ね上がる。文は否定もせずに、


「そういうことですね。やれやれ。口封じする人が増えました」


 そう言って、アリスに向けて数個の弾を放つ。


「おっ、と!」


 とっさに魔理沙はアリスを庇い、魔力シールドで弾をはじく。


「おいどうするアリス? 戦うか? それとも逃げるか?」


「冗談・・・。ここまでいいようにやられたんだもの。倍にして返してやるわ」


「そんだけボロボロでそこまで言えるんなら、上等だ。

 行け、アリス!!」


「解ったわ。
 
 行くわよ上海!!」


「シャンハーイ!!」


「む!?」


 上海人形から弾幕が放たれる。レーザーではない。咒詛「魔彩光の上海人形」だ。しかし、文を止めるには足りない。全ての弾をひょいひょい回避。


 だがそんなことはアリスにだって解っている。


「今よ!」


「マスタースパァァァァァァク!!」


「!!」


 恋符「マスタースパーク」。蓬莱人形の出力さえ軽く上回る超々高出力レーザーが、回避行動を行う文を薙ぎ払う。


 しかし文はそれも回避。


「なぬ!?」


 今の連携は、禁呪の詠唱チームで最も得意とした連携だ。初見でここまで反応して見せた者など魔理沙は知らない。


「あー、言い忘れてたけど、今のあいつ、ちょっと本気出してるらしいから」


「言い忘れてたって、おま・・・」


「ふむ。アリスさんの弾幕で動きを止めた敵を、魔理沙さんのマスタースパークで吹き飛ばす。流石にコンビを組んでいただけあって上手いやり方ですね。ですが、今の私を捉えるにはまだまだ・・・」


「だったら通じるまでやるまでよッ!」


「そういうことだぜ!」


 二人同時にスペルカードを取り出し構える。それはまさに阿吽の呼吸。


「させると思ってるんですか!?」


 負傷しているアリスを狙い突撃する文。


「私も居るってのに、不用意すぎだぜ? ミルキーウェイ!!」


 魔符「ミルキーウェイ」。文の突進を迎撃するかのように、星型の魔力弾が文に殺到する。勿論文は避けるが、アリスはそれを見逃さない。


「ドールズウォーッ!!」


 戦操「ドールズウォー」 。アリスの保険その2だ。リトルレギオンの倍、剣を持った12体の人形が、星型魔力弾を回避した文に襲い掛かる。


「ちょ、貴方達息合い過ぎ!!」


 避けた地点に突如現れた人形の剣を必死に避けつつ文が抗議する。


「こいつと息がぴったり? ぞっとしないぜ」


「同感ね。蓬莱!」


「ホラーイ!!」


 咒詛「首吊り蓬莱人形」。こっちもレーザーではなく、大量に弾をばら撒くタイプだ。しかも「魔彩光の上海人形」よりなお激しい。


 どうでもいいが、客観的に見てもツーカーの仲に見える。


「うわ!?」


 文も必死だ。人形を振り切ったと思ったら、やはりそこにも弾幕。魔理沙も黙って見ていない。


「そこだぜ!!」


「うわわわ!?」


 文は、更にマスタースパークまで発射されるのを見た。。もうこうなったら多少の被弾は仕方が無い。肉を切らせて骨を絶つ。無理にでもアリスの弾幕を突っ切ってアリスを討つ。魔砲の直撃を受けるよりマシだ。魔理沙も魔砲を撃った直後は動けないだろう。


「く、惜しかったですね! でもこれで―――」


 そこで文の台詞は止まってしまった。


「惜しいぜ。ダブルスパーク!!」


 恋心「ダブルスパーク」。文字通りマスタースパークを二本発射する大技だ。さっきのマスタースパークはただの一発目。発射された二発目は、絶対に避けきれないタイミングで文に迫る。


「・・・・・・・・・・・・ッ!!」


 もはや言葉を発する暇無く回避を試みる。だが、やはり間に合いそうにない。


(直撃だけでもッ!!)


 文はもう本当に本気のスピードでダブルスパークの回避を試みる。だが直撃こそ避けたものの、魔砲の強大な熱量は、文の妖力と体力の大半を削り取りその体を吹き飛ばす。


「・・・・・・・・・かっ・・・・・・・・・は」


 吹き飛ぶ文。今の文にはスペルカードの発動すらままならない。とにかく体勢を整えようと状況を把握しようとするが、


「射命丸 文ッ!!!」


 そんな暇など与えぬ、とばかりにアリスが絶叫しながら突っ込んできた。何をするつもりかは知らないが、平和的行為でないことは確かだろう。なんとか逃れようと試みるが、


(な、動かない!?)


 文の体は痺れた様に緩慢な動きしか出来なかった。確かに自分は重傷だが、それはアリスも同様の筈なのに―――――!!


 実はこれもアリスの保険だ。花の異変のとき、魔理沙から鈴蘭畑の毒人形の話を聞いたときに作った人形がある。その名も、薬符「毒の鈴蘭人形」。魔界人である自分には効かない毒を散布する効果だ。あまり強い毒を撒かなかったためか、ようやく効いてきたようである。


 閑話休題。アリスは焦る文の心中に頓着することも無く、右足を大きく後ろに振りかぶり、






「反省しなさいッ!!!」


「――――――――――――!!」


 ずん、とブーツを文の鳩尾にめり込ませた。衝撃に文の体はくの字に折れる。それと同時に、文の意識は暗転した・・・。





 自由落下する文を見て、魔理沙はちょっと青ざめた。


「おお怖っ。あの前蹴り、もしかして中国並じゃないのか?

 あいつの蹴りなんて久しぶりに見たが、何時キックを鍛えてるんだかな・・・? いつ見ても不思議でしょうがないぜ」


 呟いた後、とりあえず文を助けるため、自慢の箒をかっ飛ばした。





 ――――――――――





(う・・・・・・・・・)


 文は意識を取り戻した。薄目を開け、激しく痛む体を時間を掛けて起こす。自分の体を見ると、簡単な応急処置が施してある。腹の包帯(アリスの前蹴りがヒットした部分)の包帯には、「反省しなさい」と書かれていた。


「・・・・・・・・・・・・」


 辺りを見回す。見覚えのある風景。文の住む庵はそれほど遠くない。おそらく、文が戦っていた場所のすぐ下なのだろう。文は木の根付近のふかふかした苔の上に居た。


「ここ、は」


 あの二人に特別な意図は無いだろうが、嫌な場所において行ってくれたものだ。ここは、文が変わるきっかけとなった場所。


「う・・・」


 文は、怪我とはまた別の痛みを胸に感じた。





 あの日、文は意気揚々と帰途についていた。今回の記事は苦労した分良くできた自信がある。読者の評判も上々なはずだ。なにしろ、六十年に一度の花の異変の博麗の巫女の活躍を書いたのだ。死神や閻魔とのやり取りなどかなりの出来と自負している。


『ん?』


 足にかさりと何かが当たった。拾ってみると、土に塗れてくしゃくしゃの文々。新聞だ。自分の書いた新聞が読まれずに朽ち果てる様を見るのはなんだか物悲しいが、空からばら撒くことも多いので無理は無い、と苦笑しつつ皺を伸ばしてみた。すると、開いたところに何か書いてある。よく見ると、


 ガセネタばっかり書いてんな!


『――――――――――』


 文は震える手で新聞を畳み、肩に掛けたかばんに突っ込む。さっきまでの軽やかな気分など一欠けらも無い。


 自分でも解っているつもりだ。閻魔やら紅魔館の悪魔やら月の民など、並の妖怪や人間にとってはまず係わり合いにならない存在だ。現実味が無くてもしょうがない。・・・信用されなくても、しょうがない。


『でも、私は真実を書かなくちゃ・・・』


 自分に言い聞かせるように呟く。それが文々。新聞の存在意義のはず。そもそも、好きでやっていることだ。


『・・・・・・』


 それでも、心が折れそうになるのは止めようがなかった。





 それでも正しいことを書こうとしていた自分が、なぜガセを書こうとしたり凶行に及んだりとしようとしたかは、実は自分にも解らない。


「・・・はは」


 解るのは、自分がとてつもなく無様で惨めであるということだけだ。自分の信念まで捻じ曲げて書いた記事。それもあの人形遣いに完膚なきまでに叩き潰された。今頃、あの人形遣いの口から、「あの事件はガセである」という事実が広められているだろう。


「・・・はははは」


 自分を嘲るときにも笑ってしまうとは意外だ。その事実に、乾いた笑いが更に口からこぼれ出た。


「あは、あはは、はははははははははは・・・」


 文は蹲って笑い続ける。滑稽だ。滑稽と言う他ない。





 がさ。





「!」


 文は知らずに溢れていた涙に濡れた顔をがばりと上げた。


「あ・・・」


 そこには、人間の子どもが茂みから出てきていた。手には文々。新聞だ。


「・・・」


 この人間の女の子まで私を苛むのだろうか。混濁する思考のままに文は顔を伏せた。すると、


「文お姉ちゃん?」


「はい・・・?」


 文は名前を呼ばれたことに反応し、再び顔を上げた。


「やっぱり文お姉ちゃんだ! 私、お姉ちゃんの新聞、いつも読んでるよ!」


「・・・・・・」


「お父さんたちはお姉ちゃんの記事は嘘だって言うんだけど、本当なんだよね?」


「・・・・・・」


「私、お姉ちゃんの記事好きだよ! 普通は会えない閻魔様や死神さんの話なんて、お姉ちゃんの記事でしか読めないもの!」


「・・・・・・」


「でも、死神さんって意外とナマケモノなんだね。それだけで身近に感じるって言うか・・・お姉ちゃん?」


 女の子は文の顔を覗き込んだ。


 文は、知らずに涙を流していた。


「お姉ちゃん?」


「あ・・・うあ・・・・・・」


 こみ上げるモノを押さえきれず、文は女の子を縋りつくように抱きしめた。


「うわあああああああああああああああああああああああああ・・・!」


 号泣する文。もう恥も外聞も無かった。女の子は、やや困惑の表情を見せたが、、


「・・・怪我、痛いの?」


 女の子は、とりあえず文の背中を優しく、とても優しく撫でた。





 ――――――――――





 数日後。博麗神社。


「へー。そんなことがあったとはねー」


 その日は久しぶりに祭り(の名を借りた飲み会)が催されていた。霊夢・魔理沙・アリスの三人は固まって、銘酒・水道水を飲んでいた。


「そーなんだよ。んで、霊夢。以前の紅葉の礼をぜひともさせてもらいたいんだが・・・?」


「うぐ」


 霊夢の頬を一筋の汗が流れる。確かに、誤解で思いっきりぶっ叩いたのだから。


「・・・日頃の行いが悪いからじゃないの?」


 アリスがぼそりと呟く。その体は包帯と湿布に覆われ、正直喋るだけでも辛い。そういえば、紅魔館の魔女が何やら不穏な目つきで睨んでるのは気のせいか。


「そ、そうよね!? ホントに魔理沙ときたら神社を物置にしようとするし掃除を手伝わせようとしたり巫女装束を瞬間移動させたり・・・・・」


 そういえば、巫女装束はどこに転移したのだろう。


「うぐ」


 今度は魔理沙が黙り込む番だ。やはり普段の行いが効いている。


「・・・ん?」


 ふと気付くと、紙が空から降ってきた。


「号外ー! 号外ですよー!!」


 文だ。遠目にも解る包帯姿は痛々しいが、とても生き生きしているように見える。


「・・・復帰したのね」


 またぼそりと呟くアリス。目の前に落ちてきた新聞を拾おうともしない。それほどまでに辛い。


「軟弱だぜ。文のやつはあんなに元気に飛び回ってんのに」


「・・・煩いわね。都会派だからよ」


「どれどれ?」


 霊夢は新聞を拾い上げた。


「おーおー、訂正文だわ。えーと、『前回の一面記事、「白黒の魔法使い、病弱の少女襲う」は誤りでした。皆様に誤った情報を伝えてしまい申し訳ございませんでした』・・・だって」


「・・・もうみんな知ってるのに」


 アリスは呟く。この場合の「知ってる」とは、文が進んでガセを書いたことではなく、魔理沙の件が誤解だ、と言う事実だけである。散々痛い目を見たが、別に文が憎いわけではない。


「お、アリスの記事も乗ってるぜ。『幻想郷の隠れた実力者』だってよ」


「へー」


 興味なさげに呟くが、やはり評価されたことに悪い気はしない。


「どれどれ。・・・あ、ほんとだ。『隠れた実力者・アリスに相応しいニックネームを記者自ら考案!』だって」


「どんな?」


「えっと・・・・・・・・・ぶっ!?」


 記事を読み進めた霊夢が吹き出した。


「え? え?」


「何だよ何が書いて・・・・・・ぶっ!!」


 魔理沙も吹く。そのまま、霊夢と共に肩を震わせて笑いをこらえている。


「え、ちょ、何が書いてるのよ。教えてよ」


 霊夢は笑いをこらえつつ言った。魔理沙はまだ笑っている。










「蹴リス」


「あンのカラスがぁっ!!!」





 アリスの絶叫が、幻想郷に轟いた・・・・・・・・・。




















 おまけ。



「ねえねえ妖夢」


「なんでしょう幽々子様」


 主に給仕を行っていた妖夢が、足を止めて主の前に立つ。宴にはあまり参加することが無い(呼ばれない)紫も一緒に飲んでいるようだ。


「そんなかしこまらないで。単なる世間話よぅ」


「はぁ」


「妖夢。今新聞が振ってきたでしょう」


「はい。文々。新聞ですね」


 勿論、妖夢も読んでいる。


「そう。これを見て思い出したんだけど、二週間くらい前、この鴉天狗が白玉楼に来たでしょう?」


「はい。随分疲れていた様子でしたが」


「憶えてたのね~妖夢」


「はぁ」


「それはともかく、妖夢が寝た後に、秘蔵の酒を鴉と一緒に飲んだの。妖夢の言う通り疲れてたみたいだから。で、なんだか知らないけど辛いことがあったらしくて、もー泣きながらいろんな愚痴をぶちまけてったわ。吐瀉物と一緒に」


「幽々子様・・・」


 妖夢が苦笑いを漏らした。その吐瀉物を始末したのも妖夢だ。


「んで、眠りこけたカラスを見たとき、閃いちゃったの」


 ピク。


 来た。来てしまった。この嫌な予感。第六感が鳴らす警鐘。妖夢は思わず周囲を見回した。とりあえず危険なものは無い。だが油断は出来ない。幽々子絡みで嫌な予感がしたとき、その予想はたいてい外れないからだ。


「・・・何を、閃かれたんですか?」


「それがね~、随分と悩んでた様だから、紫を呼んだの」


 ああ。思わず妖夢は空を仰ぎそうになった。

 嫌な予感がした+幽々子様+紫様。もう何が起こってもおかしくない。否、必ず良くないことが起こる。殆ど確定事項だ。


「え? 私?」


 静かに杯を傾けていた紫が、幽々子を見た。


「憶えてないの? もう悩まないようにって、カラスの性格の境界をちょいちょいっといじるように頼んだじゃない」





 ・・・・・・待て。アンタ今何言った。





「えー? そうだったかなー? よく憶えてないけど・・・」


「そうよ~。紫も軽くO.K.サイン出したじゃない」


「あ~・・・そう言えばそんなこともあったかしら。それで幽々子がGOサイン出したのよね。


 まてスキマ。GOサインを本来出すべきは本人だ。インフォームドコンセントと言う言葉を知らないのですか紫様。・・・知らない? そりゃ失礼しました。


 妖夢は肌に滲む脂汗を止める手段を持たなかった。心なしか、自分の半身も青ざめてる気がする。


 ニゲロニゲロニゲロ。妖夢の本能は金切り声を上げている。





 しかし、遅かった。





「・・・・・・へぇ」


「なかなか楽しい話を」


「してるもんねぇ・・・」





 終わった。何が終わったって、そりゃアンタ、色んなことが。


 ギギギ、と妖夢は後ろを振り返った。


 そこに立っているのは、帯電するほどの魔力(霊力)を迸らせた七色と白黒と紅白。


「あ、ああ・・・・・・」


 妖夢は、もう何もかも遅いことを悟った。


「あら・・・なによあなた達」


「なんだか殺気立ってるけど」


 すごい。すご過ぎる。やはり幽々子様と紫様は大物だ。それとも鈍いだけか。


 のほほんとした言葉を受け、霊夢が口を開いた。





「紫。ついでに幽々子。 ま た お 前 か ! ! 」





「「え”」」


 二人の顔が引きつった。やっと自分達の命がやばいと悟ったらしい。


「「ちょ、待っ、」」





「「「 問 答 無 用 ! 」」」


「わ、私は関係ない!!」


「ずるいわよ妖夢! そんな子に育てた憶えは無いわよぅ!!」


「そ、その力・・・! 私でも洒落にならないっ!?」





「 乙 女 文 楽 ! 」
「 シ ュ ー ト ・ ザ ・ ム ー ン ! 」
「 博 麗 弾 幕 結 界 ! 」





「「「うっきゃあああああああああああああ!?」」」





 どかーん。















「・・・・・・なんでしょう。あれ」


 新聞配達中の文は、博麗神社の方向に超強烈な魔力の炸裂を見たとかなんとか。
強いアリスは好きですか?
K-999
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コメント



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アリスが妹紅を倒したときの台詞がよかった。
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>強いアリスは好きですか?
大好きです!!
魔理沙のために戦うアリスとかベストタイミングで助けに来る魔理沙とか、マリアリ好きとしてとても楽しませていただきました。
文も報われて良かったです。彼女には真実を伝えていってほしいものです。