Coolier - 新生・東方創想話

輝夜さんの彗星返し

2006/03/16 21:56:24
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 永遠亭の広大な廊下に兎達の怒号が飛び交う。
「侵入者です! 外の見張りは即撃墜された模様! 目的はいつもの如く宝物庫と思われます!」
「今日の見張りはてゐ様だろ! 何処へいったんだ! ええい誰かへにょ耳を呼んで……うわこっち来」
 目の前の兎を撃墜。無限廊下を最大速度でかっ飛ばすのは御存知霧雨魔理沙。
 永夜事件以来、紅魔館に飽きたのかよく永遠亭に出入りしている。
「おっと、あいつの部屋はこっちだったな」
 廊下の途中で急停止。側の襖を開いて進む。
「くっ……侵入者は……姫様の元へ向かった模様……永琳様に連絡を……ガクッ」


 永遠亭の中庭。小さな池が見える縁側に輝夜はいた。
「とこしへも かはらぬものは いけのつき。……いまいちね」
 一句書いた紙を丸めて背後へ投げ捨てる。
 そのまま縁側にぐでれ~っと倒れこむ。ひんやりとした板張りが気持ちいい。
 永夜事件以降、特に姿を隠す必要のなくなった輝夜であるが、いまだに好きに外出する事ができない。
「最近妹紅も絡んでこないわね。半獣とでもよろしくやってるのかしら」
 じっと天井を見つめる。人間する事がないと眠くなるのが常である。
「暇ねー。何か面白いこと無いかしら」
 そう呟いた時だった。
 爆音と共にさっきまで凭れていた襖が吹き飛び、池に落下する。
 煙と共に出てきたのは霧雨魔理沙。
 ここは永遠亭の奥の奥に位置する為、輝夜は魔理沙が来ている事にまったく気が付かなかった。
「あら、いらっしゃい。素敵な宝物庫はあっちよ」
「邪魔してるぜ。いやいや今回のお目当ては宝物庫には無いんだよ」
「あら、じゃ何が目的かしら。」
 首をかしげる輝夜に差し出される魔理沙の手。
「今日の目的はおまえさんだ。こないだ連れ出してやるって言っただろ? その約束を果たしに来たぜ?」
 笑顔で手を差し出している魔理沙にきょとんとする。
 あれはてっきり社交辞令だと思っていたのだが。まさか本当に来るとは思わなかった。
「あら、でも私を連れ出すには五つの難題を解かないとダメよ?」
「それはこないだ解いたぜ。――だから問題はないな?」
「……そういえばそうね。いいわ。ここからぜひ私を連れ出して頂戴」
 にっこりと笑顔で魔理沙の手を取り、箒に腰掛ける。
「まぁ少々尻が痛いかも知れないが我慢してくれ」
 輝夜が柄を握っていることを確認し、加速。

 廊下を箒の二人乗りでロミオとジュリエットが駆ける。それを追いかけるのは鈴仙。
「姫ー! どちらへ行かれるんですかー!」
「ちょっと駆け落ちしてくるわー! 永琳にはイナバがよろしく言っておいてー!」
「え! 無茶言わないでください! 無理ですって! 私の為にもどうか戻ってきてください!」
「もう、うるさいわねぇ!」
 袖口から何かを取り出し鈴仙に投げつける。
 鐘を撞くような鈍い音が響き鈴仙は墜落する。
「なぁ今投げたのって……」
「気にしちゃだめよ。ただの昼食に出たビビンバの器よ」
 けらけらと笑う輝夜。
「そ、そうか。じゃ飛ばすぜー!」
 加速をかけて一気に廊下を駆け抜ける。
 正面玄関の扉をぶち破り空へ。一面の青空。今日は雲ひとつない快晴。
「ん~っ、風が気持ちいいわね。で、今日は何処へ連れて行ってくれるのかしら」
 自慢の艶やかな黒髪を風に靡かせ、輝夜は気持ちよさそうに微笑んでいた。




 森の上空をしばらく飛ぶと視界に大きな湖が飛び込んでくる。
「こんな所に湖があったのね。今度イナバ達でも連れて水浴びに来ようかしら」
「やめといたほうがいいと思うぜ」
「あら、どうし……」
 輝夜の声を遮るかの如く辺り一面に突き刺さる氷槍。
 犯人はもちろん。
「やっぱりチルノか。悪いが今日は連れがいるんでな。弾幕ごっこはしてやれないぜ」
「そんなの見ればわかるわよ! だから問答無用で攻撃したんじゃない! さぁ弾幕るわよ勝つわよ負けるわよ!」
「勝つのか負けるのかどっちなのかしら」
「まぁ9割以上で私の勝ちだな」
「はぁ? あんた何言ってんのよ! 勝つかか負けるかしかないんだったら大抵は50%でいいのよ! ああでも引き分けとかあるかもしれないわね。それだと「今勝てるか」だと勝てないことになるからやっぱり50%ね!」
「随分とおもしろい妖精ね。捕まえて家で飼おうかしら」
「うどんげの胃に穴が開いて、永琳があいつを廃人にしそうだからやめとけ」
「そうね。じゃ私は下がるわ。後は頑張ってね」
 ふわりと浮いて箒から降りる。去り際に魔理沙の頭を抱き、さらっと頬に口づけしていく。
「な……なななおいおい!」
 いきなりの行為に真っ赤になって振り向けば、輝夜は遠くで手を振っている。
「やれやれ、調子狂うぜ。まぁ用事もあるし速攻で行くぜ!?」
 加速と同時にスペルカード発動。

 ――彗星「ブレイジングスター」

 光と星を纏てチルノを弾き飛ばす。
 即座に反転。八卦炉を取り出し照準。

 ――恋符「マスタースパーク」

 極大のレーザーが体勢を立て直したチルノに襲い掛かる。
「甘いわ! あたしだって学習するのよ! レーザーは鏡で跳ね返せる!!」
 そういうとチルノは正面に巨大な平面の氷塊を作成する。ガラスの如き透明度を誇る巨大な氷は10mはあろうか。
 いかにマスタースパークとてあれほどの大きさの鏡であれば反射させられてしまう。が、今更光の奔流を止められようはずもない。自らのレーザーで焼かれるのを覚悟する。
 が、マスタスパークはいとも容易く氷塊を叩き割りチルノを飲み込む。
 そのまま湖面へ突き刺さり爆発。
 飛沫が収まった後、水面には眼を回すチルノが浮かぶのみ。
「バカねー、表面を磨かないと反射するわけないじゃない」
 いつのまにか輝夜が背後まで来ていた。
「だがそれでこそチルノだな。じゃ寄り道はここまでだ。この先におもしろい館があってな。そこが目的地だ」





「あら、一面真っ赤な屋敷なんて趣味悪いわね」
 湖の中心の小島に建つ紅魔館を見た輝夜の第一声がそれ。
「まったくだ。まぁ住んでる奴等も変人ばかりだしな。知ってるだろ。刃物メイドと吸血鬼が住んでるのがここだよ」
「ああ。あの二人ね。ならこんな変な館なのも納得がいくわね。……って勝手に入っていいの?」
 呼び鈴や門番を無視して門を越えて進む魔理沙に訊ねる。
「私は顔パスだからな」
「んなわけあるかぁぁーーーーー!! いつもいつもいつも私を吹き飛ばしていくくせにー!!」
 門の方から慌てて美鈴がやってくる。口の周りにご飯粒がついてるあたり昼食でも食べていたのだろう。
「あの中国っぽいのは誰?」
「ああ中国だ。ここの門番やってる」
「中国じゃない! 美鈴! 紅美鈴よ!! っていうか初対面なのに中国呼ばわりされたー!」
 怒ったり落ち込んだりコロコロとリアクションを変える美鈴。
「あれもおもしろいわねぇ」
「おもしろければなんでもいいのか」
「永遠の時を生き抜くコツは、常に新しい刺激に満たされていることよ」
 どのような物であれ永遠に生き続ける輝夜の前ではすぐに飽きが来てしまう。
 飽き始めたら最後、生きる事にすら飽きてしまうだろう。そうなれば後はもう永遠に眠り続けるくらいしかない。夢はいつだって新鮮だからだ。
「そ・れ・よ・り・も、今度はお姉さんに任せなさい」
 不敵に笑い魔理沙の前へ出る。
「油断するなよ。なんだかんだで結構使えるぜ?」
「あら? 誰が弾幕ごっこをすると言ったの? 私はもっとスマートに行くわよ」
 軽く笑うと美鈴に向き直る。
「そこな門番。私は永遠亭当主蓬莱山輝夜。ここの当主に用があって参上した次第。即刻取り次いでもらえるかしら?」
 さっきまでのふざけた態度はどこへやら。錆の入ったような低い声音で美鈴を圧倒する。きっちりと一礼までしている。
「えっ! え……えーと。はい! た、直ちに~!」
 面識はないが永遠亭と当主の名前くらい美鈴とて知っている。それらがレミリアや咲夜を苦しめたことも。
 だからこそ、慌てて本館へ報告に向かう美鈴。
「じゃ、今のうちに中に入りましょうか」
 振り向けば、先程とは打って変わってにやにやしたいつもの顔。魔理沙はそれを見て認識を改める。
 ――こいつ結構腹黒いな。
 輝夜も伊達に千年生きて来た訳ではない。手玉に取るつもりが取られていては本末転倒。
 だがまぁここまで来てしまえば目的は達したようなもの。
 魔理沙は気楽に考え、魔理沙は紅魔館の奥へと進むのだった。



 紅魔館の地下。巨大な門扉を開けばそこはあらゆる奇書魔法書溢れる魔法図書館。
「おーい邪魔するぜー」
「なによまた来たの……? ってそっちのは誰?」
 本に埋もれた机の間から声がする。図書館の主、パチュリー・ノーレッジだ。
「ああ、輝夜だ。ほらこないだ話したろう? 永夜事件の際の……」
「また誑かしてきたの? まったく、そういうのは得意なのね」
 しかし話の焦点である当の輝夜は図書館を見て放心していた。
 理由はここの図書館の広大さ、蔵書の膨大さに驚いていたのである。
 輝夜とてただの姫ではない。そもそも蓬莱の薬が永琳との合作である。
 つまるところ輝夜も永琳と同じく学者肌の人間であり、そういう人種にとってヴワルという場所はまさに理想郷なのであった。
「おい。おい輝夜!」
 魔理沙の声で我に返る。
「あ、あら。ごめんなさいね。ボーッとしちゃって」
 慌てて取り繕う。
 が、パチュリーには全て分かっていた。なんとなくわかるのだ。同じ人種であるということが。
「はじめまして蓬莱山輝夜。ここの管理をしているパチュリー・ノーレッジよ」
 だからこそ、親しみを持って手を差し出せたのだろう。
「ええ、よろしくね。パチュリー・ノーレッジ」
 輝夜もその手を優しく握り返すのであった。
 その後ホールの机につき談笑する。
 話題はやはり輝夜。

「月ってのはどういうとこなの? 前にレミィが行こうとして挫折した事があるの」
「別にたいした所じゃないわ。岩だらけのつまんないところよ」
「そうなのか? あんなに光ってるじゃないか」
「あれは太陽の光を受けて光っているだけよ」
「あなたの持ってる五つの神具が見たいのだけど」
「あら。私が持ってるのは1つだけよ?」
「おいおい。さっきウドンゲに投げつけてなかったか?」
「だから、あれは昼に出たビビンバの器だって言ったわよ。私が持ってるのはこれだけよ」
 袖口を弄って取り出したのは蓬莱の玉の枝。
「おまえの袖は何でも入ってるんだな」
「淑女の嗜みよ。はい、これが蓬莱の玉の枝」
 無造作に机の上に置く。
「これは。へぇ……枝が珊瑚で実が宝石なのね。血石、エメラルド、紫水晶。全部相当な魔力が篭められてるわね」
 金の珊瑚にたわわに実る魔力の篭った宝石。
 これはたとえ魔法使いでなくとも欲しがるだろう。宝石が放つ光はまさに幻想的。
「もっと詳しく調べたいところだけど。無理よね、やっぱり」
「そうねぇ。永琳に怒られるわ」
「だめもとで聞いてみるけど蓬莱のくす……」
「調合法は別に教えても構わないわよ。あなたの持ってるエリキシルの調合法と引き換えにね」
「……わかったわ。あきらめましょう」
「おいおいパチュリー。エリキシルなんて持ってるなら見せてくれよ。水臭いぜ」
「あのねぇ魔理沙。エリキシルも蓬莱の薬と似たようなものなの。おいそれと見せるようなものじゃないわ。皺だらけになって腰が曲がってリウマチで死に掛けて、それでギリギリで完成させたのよ。幾ら魔理沙でも見せる事すら無理ね。それにあなたには必要ないでしょう?」
 そういうパチュリーの言葉には重みがあった。十数年しか生きていない魔理沙と100年以上いきているパチュリーでは重ねてきた経験に差がありすぎる。
「残念だ。いずれ自分で作るとするぜ」
「暗い話はそこまでにしましょ。もっと楽しい話題……」
 輝夜がそこまで言った時だった。
 図書館の扉が勢いよく開かれ、メイド達が輝夜を取り囲む。
 メイドを掻き分けて現れるのはメイド長十六夜咲夜。
「永遠亭の当主が随分堂々と侵入してくれたものね」
 錆の混じったようなドスの聞いた声音である。並の妖怪ならそれだけで恐怖するだろう。
 だが、相手は千年以上生きている輝夜である。
「あら私は魔理沙に連れられて来ただけよ。文句は魔理沙にいって頂戴」
 そう言って魔理沙に背後から抱きつく。
「おいちょっと離してくれよ」
「あら冷たいのね。今日一日私とあなたはロミオとジュリエットじゃない」
 背後から逃がさないよう抱き締めつつ、傾国の美女と謳われた流し目で魔理沙を見つめる。
「ロミオと……ジュリエット?」
 その単語にパチュリーが反応する。
「どういうことかしら魔理沙。ちょっと説明してもらえるかしら……」
 普段通りの半目が半眼になり、背後には暗く燃える炎すら幻視できそうなパチェ。
 メイド隊を左右に控えさせ輝夜を睨み付けている咲夜。
 この状況を理解しているのかしていないのか。
「あらあら。大ピンチね。どうするの、ま・り・さ?ちゅ」
 そういって魔理沙の頬にキスを。
「お、お、お、おおお、おまえこの状況を楽しんでるな!?」
「正解。でどう切り抜けるのかしら」
 パチェの方向からの負のオーラがどんどん増して来る。むしろ睨み殺されそうな。
「あー! もう! どいつもこいつもー!」
 そばの箒を引っ掴み、輝夜を引っ張って箒に飛び乗り急加速。
「逃がさないで!撃て撃て!」
 メイド達が慌てて弾幕を張るものの。
「そーれ、サラマンダーシールドー☆」
 輝夜のスペルによって出来た弾幕の壁にあっさり防がれてしまう。
 そうして悠々と(していたのは輝夜だけであったが)図書館を脱出するのであった。
「おほほほほ。さようならメイド長。今度来るときは幻符を忘れないようにね」





 紅魔館を脱出し、再び湖上の人となる二人。
「あーおもしろかった。ウチのメンツとは反応が違っておもしろいわねぇ」
 箒に座り満面の笑顔の輝夜。
「後でフォローいれるのは私なんだぜ? 勘弁してほしいぜ」
 逆にげんなりとした表情の魔理沙。こころなしか箒の出力も弱い。
「あらあら。これくらい楽しめないようじゃ永遠は生きていけないわよ?」
「私は太く短くでいいさ……」
 正直輝夜を甘く見ていた。引き篭もっていたとはいえ千年の時間は魔理沙くらいなら軽くあしらってしまうらしい。
 アリスやパチュリーと同じ様に見ていたのは間違いだった。
 魔理沙にしては珍しく後悔でいっぱいだ。
 そんな魔理沙の心中を知ってか知らずか。
「で、次はどこへ連れてってくれるのかしら?」
 ――こいつ絶対楽しんでやがる。
 今すぐにでも振り落としたい気持ちではあったが、自分が言い出した手前そうもいかない。
 くそ。こんな苦労を一人で味わうのは不公平だ。
 不幸は分かち合わねばならない。
「ああ、まぁ色々あったしな。茶でも飲みに行くぜ」


「で、なんでうちに来るの」
「何言ってんだ。茶といえば霊夢。霊夢と言えば茶だろ?」
 仕方ないわねとぶつくさ言いつつも茶を淹れに台所へ消える霊夢。
「あー、ったく今日は異様に疲れたぜ」
 どっさりと畳に倒れこむ魔理沙。
 いつもは人を振り回す方だが、振り回されるのは苦手なのはいかにも魔理沙らしい。
「ふふふ、私は楽しかったのだけれど」
「もうおまえを連れ出すのはやめにしとくぜ」
 帽子を顔に乗せる。サイズの大きい魔女帽は魔理沙の顔をすっぽりと覆ってしまう。
「次は新しい難題を用意して待って……あら?」
 魔理沙の帽子を揚げると、よっぽど疲れていたのだろう既に魔理沙は眠っていた。
 あどけない寝顔はいつもの不敵な表情とは違い、年相応な可愛さがある。
「こうしていると可愛いのにねぇ」
 頭を膝に乗せてやり、そっと魔理沙の頬に指を這わす。
 ふと涼しい風が頬を撫でる。
 誰もいない境内に風に吹かれざわめく木々。
 宴会で何度も訪れた事はある。が、今日のような時間に訪れたことはない。
 人のこない神社は寂しいものだと思っていたのだが。これはこれで随分といい雰囲気ではないか。
 一人でゆっくりとこの縁側で茶を飲む霊夢の気持ちが少しわかったような気がする。
 寂しい、という感覚とは少し違う。わびさびというべきだろうか。
 その感覚、雰囲気が今まで楽しんできた輝夜の心を冷ます。
「あら、魔理沙は寝ちゃったのね」
 お茶とせんべいを盆に乗せ霊夢がやってくる。
 輝夜の膝に頭を乗せてすやすや眠る魔理沙を見て霊夢は思う。
「あんたにそういう一面があるなんて意外だわ。てっきり引き篭もり姫だと思ってたんだけど」
「あら失礼ね。別に好きで引き篭もってたわけじゃないのよ? それにしてもここはいい場所ね。風が気持ちいいわ」
 髪を掻き揚げ風に吹かれる輝夜。
「そうかしらね。人のいない神社なんてこんなものよ」
「まだあなたにはわからないかしらね。……お茶はいいからこっちに座りなさい」
 なによーと文句をいいつつ座った霊夢の膝に魔理沙の頭をそっと乗せる。
「ちょっと何すんのよ。って帰るの?」
 おもむろに立ち上がる輝夜。
「ええ。今日は充分に楽しませてもらったしね。その子によろしく言っといて」
「最後まで付き合えばいいじゃない。そんな面倒な事押し付けないでくれる?」
 しかし輝夜は。
「さぁどうしてかしらね。この神社の雰囲気がそうさせてるのかしら」
 その横顔はどこか儚げで。
「?」
「それじゃあね。また宴会の時にでも会いましょう」



 永遠亭への帰途に着く輝夜は上機嫌であった。
 いつもいつも永遠亭で過ごしてきた輝夜にとって、今日のように新しい刺激に満ち溢れた日というのはここ数十年なかったことだ。
 ゆえについつい歌まで飛び出してしまう。
「人生に始まりーと終わりがあ~るならぁー♪みとどけてーみたいー♪」
 ゴキゲンな輝夜に向かって突如として飛来する破魔札。
 咄嗟にかわした輝夜の目の前に現れるのは火の鳥。
「ふふふ……、まさかこんなところ出会えるとは思ってなかったよ。――ねぇ輝夜ぁぁ!!」
 火の鳥を纏った人影こそ誰であろう藤原妹紅。輝夜とは因縁浅からぬ仲。
「あら妹紅。会うのは何週間ぶりかしら。元気そうでなによりだわ」
「あんたはいつもいつもどこかに隠れているからねぇ。今日会えるなんて思わなかったよ。これが宿縁って奴?」
「あら私はこの竹林に何年も隠れてたのだけど。気づかなかったの? お・ば・か・さ・ん」
 名状しがたい軽蔑の薄笑いを浮かべる輝夜に、妹紅は一息で頭に血が昇る。
「輝夜ぁぁぁぁぁぁ!!!」
 弾幕をばら撒きながら突進。
 輝夜はそれをスペルで迎え撃とうと懐に手を伸ばし気づく。
 スペルカードが一枚しかない。
 元々準備も何もせず永遠亭を飛び足してきたのだ。更に言えば外に出歩く事もないのでスペルカードは最小限しか持ち歩かない。しかも持っていた数少ないスペルカードは紅魔館で消費してしまっている。
 ――んもぅ、仕方ないわねぇ。
 迫り来る燃え盛った炎弾を回避し上昇。右手には神宝蓬莱の枝。
「あまり使いたくないんだけど……。わがまま言ってられないわね」
 枝に魔力を込め振るう。
 神具発動。枝に実った珠玉が光り、意思を持つかのごとく妹紅へ殺到。宝石そのものを弾幕とする裏技。宝石群はしたたかに妹紅を打ちのめす。
 無論この程度で妹紅が倒せるとは思わない。スペルカード発動までの隙を作れればよかった。
 だが。
「こんな痛いだけの攻撃でぇぇ!!」
 五体を打ち付ける玉を無視して輝夜に突っ込む。慌てて通常弾幕を展開するも、気にも留めず輝夜に肉薄する妹紅。
 気がつけば輝夜は頭を掴まれていた。だが妹紅も右足左腕を失っている。
「あらあら妹紅も……随分成長したものね……」
 ぎりぎりと締め付けてくる指の痛みに耐えながらも余裕の表情は崩さない。
「笑っていられるのはさすがね。でもこのまま頭を焼いてしまえばそれで終わりってわかってる?」
 こっそり弾幕を放とうとすると頭を掴んでいる手に力が込められ集中が途切れる。
 みしりという音が頭に響く。頭蓋の骨に罅でも入ったのかもしれない。
「あんたと私の決定的な違い。私は死んでもその場で復活できる。けれどあんたはそうはいかない。転生してまた赤ん坊からやり直し。だからいつもは、こそこそ刺客を送りつけてたんでしょう? なのにのこのこと外に出張って……。――だったらお望みどおり殺してあげるよ!!」
 妹紅の掌に熱を感じた瞬間。
 地上から伸びる光が妹紅の体を貫く。
 一拍遅れて、急上昇してきた魔理沙が妹紅から輝夜を奪い取る。
「……ったくゲストが勝手に帰ったらホストの面目丸潰れだぜ?」
「てっきり永琳が来ると思ってたんだけど。正直意外だわ」
 顔を押さえた手の隙間。よく見れば爛れた赤黒い物が見える。
「すまん。ちょっと遅かったみたいだな」
「別にいいわよ。永琳に任せれば綺麗に消せるわ。それよりも……」
 輝夜の視線は妹紅に注がれる。視線の先で妹紅は荒い息を吐きつつもこちらを睨みつける。
「妹紅、いい加減目を覚ましなさい。ただの逆恨みでこれから千年万年生きていくのに、狂気はあまりにも儚いわ」
「うるさいっ! 父様を殺したのはおまえだろう! それを逆恨み? ふざけるなぁっ!」
 鳳凰の羽を展開。自ら炎を纏いて肉薄してくる妹紅。
 間に入ろうとする魔理沙を手で制し。
「……なるほどね。そういう風に捏造したの」
 輝夜は妹紅の父親など殺してはいない。あくまで振っただけである。
 それが殺したとなっているという事は。
「私が殺したと思い込むことで正気、いや狂気を保ってきたのね。――ならそれでもいいわ。おもしろき、こともなき世を、おもしろく。せいぜい私を楽しませて頂戴」

 ――遺言「蓬莱の樹海」

 無数多数無量数の弾幕が東西南北上下左右全方位から妹紅を撃ち抜き砕き破る。
 蓬莱の薬の効果で即座にリザレクションするも間断なく放たれる弾幕に成す術がない。
 およそ二分。弾幕の嵐が過ぎ去った後には何も残っていなかった。妹紅は弾幕のミキサーで肉片と化したのか。
「……死んだ、のか?」
「まさか。リザレクションする体力が尽きただけでしょう。一刻もすれば甦るわよ」
「それよりも。なんであんな煽る言い方したんだ? 誤解なら誤解と――」
 詰め寄る魔理沙の口を人差し指で塞ぐ。
「あれも作戦よ。スペルカードも持ってないのに妹紅に勝てるわけないじゃない。持ってても勝てるかどうか怪しいっていうのに。……というのが建前で。本音はさっき言った通り刺激が欲しいからよ。千年も生きているとね。暇だから、でこの世すら滅ぼしたくなってくるのよ。でもそんな事はしたくもないしする必要もない。なによりこの幻想郷が気に入ってるからよ。……わかった?」
 その言葉を神妙に聞いていた魔理沙。だが。
「ま、私にはわからないな。でも輝夜には刺激を与えておかないとヤバイって事はわかったぜ。これからは刺激が欲しい時は私と付き合うといい。紅魔館から本を盗むのは結構スリルだぜ?」
 そういって太陽のような笑顔を輝夜に向ける。これにはむしろ嫌われると思っていた輝夜のほうが驚く。
「じゃ、私はここで帰るぜ。もう永遠亭は目と鼻の先だから大丈夫……ってうわっ」
 背後から急に輝夜に抱きつかれ思わず箒からずり落ちそうになる。
「ちょ、何するんだ。危ないから離してくれないか?」
「い・や・よ。あなたといると楽しませてくれるんでしょう? ならこのまま永遠亭までお持ち帰りさせてもらうわ。ねぇ魔理沙?」
 色っぽくそれでいて妖しい声色で囁かる。思わず頷きそうになるが、頭を振って正気に戻る。
「じ、冗談。私は束縛されるのは嫌いなんだ。また永遠亭には邪魔させてもらうからその時は幾らでも相手するから、な」
 魔理沙にしては珍しく早口で捲し立てる。だがその顔は真っ赤だ。
 同姓といえども篭絡させる。そんな魅力がさっきの輝夜にはあった。
「残念ね。でもまぁ今日は楽しかったわ。また連れ出してくれると嬉しい。でも次は新しい難題が待ってると思うけどね」
「今日みたいなのは暫くはコリゴリだな。その内難題だけ解きに行かせてもらうよ」
「そう。じゃ期待しないで待ってるわ。じゃあね」
 ウインク一つして永遠亭の方角へ飛び去っていく輝夜。
「やれやれ。今日は散々だったぜ。……でもまぁ楽しかったのはこっちも同じなんだよな」
 輝夜とは対角の方向へ。夕闇を裂いて魔理沙は飛んでいった。








 永遠亭の広大な廊下に兎達の怒号が飛び交う。
「侵入者です! 霧雨魔理沙です! 宝物庫から宇宙服が盗まれました! 迎撃、迎撃をうわぁぁぁ!」
 兎達を蹴散らして魔理沙は永遠亭の廊下を駆け抜ける。
 その前方。玄関の手前に見知った顔。
 蓬莱山輝夜。この間の一件以来顔をあわせるのは初めてだ。
 だが、魔理沙はスピードを緩めることはない。何故ならば輝夜の手の中にスペルカードを確認したからだ。
 だからこその加速。弾幕展開される前に駆け抜けんとばかりに。
「魔理沙。約束通り新難題をお見せするわ。これを躱せたらそれは持っていっても良いわよ」
「へっ上等! 私を落とせるものなら落としてみるんだな!」


 ――新難題「月のイルメナイト」


 そして弾幕と彗星が交錯する。









ニートでも狂気でもない輝夜が書きたかった。
連れ出す云々は永夜の詠唱組6Bの会話参照で
新角
[email protected]
http://d.hatena.ne.jp/newhorn/
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コメント



0.3800簡易評価
2.60翔菜削除
うはっ、いい輝夜!
7.90名前が無い程度の能力削除
リウマチで死に掛けたってって何処ぞのワルプルギスのご老体ですかパチェは
25.90no削除
姫様お素敵それでこそー。
宵闇思い出しますねパチェは。
34.70名前が無い程度の能力削除
輝夜の楽しそうな気持ちが伝わってくるような作品ですね
同じような日常を切り取ったSSをまた読ませてください
42.80名前が無い程度の能力削除
かっこいい!
この一言につきました
43.70神矢削除
てるマリとはお見事!
54.70名前が無い程度の能力削除
この二人の組み合わせも新鮮でいいですねぇ
78.100名前が無い程度の能力削除
とても面白い話でした。
そして輝夜最高!!(><)
90.80名前が無い程度の能力削除
ぱ、ぱちゅ・・・