Coolier - 新生・東方創想話

フロムザクレイドル(前)

2006/03/13 10:30:35
最終更新
サイズ
57.78KB
ページ数
1
閲覧数
2558
評価数
10/294
POINT
14600
Rate
9.92

分類タグ

 




 子は親に、人形は人間に似る――。


 From the cradle.









 博麗大結界を抜けるとそこは幻想郷だった。
 見渡す限り、何も無い。
「ド田舎なのねぇ、幻想郷って所は」
 舗装もされていない剥き出しの地面を見つめて思わず呟く。
 背の高い建物が一切無く、地平線の向こうまでずっと見渡せる。
 あの子ったら、こんな所で一人暮らししているのね。
 何となく上空を仰ぎ見てみた。
 太陽が燦々と輝いていて、危うく眼が焼かれる所だった。あの強烈なのが幻想郷の太陽というものらしい。故郷のそれとは輝きも暑さも全く違うことに驚く。なるほど、此処はたしかに異世界だ。
 恐る恐る、薄目を開けながら再び空を仰ぎ見た。
 空を覆うものが無いので、視界一面が青一色に塗りつぶされている。
 雲ひとつ無い青空とはこういう空を指すのだろうか?
 正直、感動した。
 しかしいつまでも感動に打ち震えている場合ではない。
 何せあの子に会う為に、この遠く離れた幻想郷までやって来たのだから。
 私は歩き出さなければならない。
 しかし何処へ?
 この何も無いくせに、やたらめったら広い世界の何処で彼女は暮らしているのか私は知らない。
 前途の多難さを感じ、早くも気が萎え始めた。
 一瞬、もう帰りたくなったが、グッと堪える。
 私は彼女に会いたい一心で家を飛び出してきたのだ。いきなりここで反故にして、すごすごと我が家に引返せば、家の者に何を言われるか分かったもんじゃない。
「さ、ファイトよ私」
 自分に発破を掛けると、行く当ても無いままに、とぼとぼと田舎道を歩き始めた。



「暑いわねぇ」
 もう何度目になるかの独り言。
 私の感覚で言えばこの暑さは異常だ。
「ふぅー、はぁーっ」
 こんなに汗だくになるなんて生まれて初めてかもしれない。
 目的は明瞭であるが、目的地は不明というアンヴィバレンツに眩暈を覚える。
「ド田舎なのが悪いのよ。そもそも人影が一つも無いってどういうことなのかしら!?」
 空元気を振り絞って自分に八つ当たりしてみる。
 歩き始めて半刻以上経ったというのに相変わらず田舎道が延々と続いているだけで、他には瞠目すべきものは何も無い。案内板すら見当たらないというのは、都会派の私にしてみれば信じ難い事態であった。
 太陽の影になるようなものも無く、直射日光を浴び続けて、頭が朦朧としてきている。
 あー、お肌焼けちゃう。
「そこのお嬢さん」
 と、突然頭の上から声がした。
「この先は人間の里だ」
 声がする方を仰ぎ見れば、そこには一人の少女が浮いていた。
 少女はふわりと私の目の前に降り立つ。
 頭の上には素敵な帽子。
 涼しそうな青いワンピース。
 理知的な目元と容姿よりずっと老成した雰囲気が気を惹く。
「ドウモコンニチワ」
「ふむ、この辺では見ない顔だな――」
 警戒心バリバリの視線で私の髪の先っぽから爪先まで眺めてくる。しかし次第に私をじっと眺めていた表情が怪訝なものから、好奇のものへと変わっていった。
「これは失敬した。奇妙な風体をしているから、てっきり妖怪の類だと思ったが、貴方からは妖気の類は全く感じ取れない。どうやら私の早とちりだったようだ」
「はぁ、確かに私は妖怪なんかじゃないけど」
「その様だな――ところでお嬢さんはここで一体何を?」
「女の子を探しているの」
「女の子?」
「ええ、昔一緒に住んでいた子なの。でもその子は実家を出て此処へとやって来たの。今は独りで暮らしている筈よ」
「ほう、つまり幼馴染の友達を訪ねてわざわざこんな辺鄙な所まで――」
 少女は何やらとても感心しているようだった。
「して、その女の子は一体どういう子なんだね」
「明るくて、騒がしい子です。とっても金髪が似合う――」
「ああ――、ああ、知っているかもしれん。その子は、つまり、魔法の修行でここへ来てるんだな?」
「ええ、その通りよ!」
 最初に出会った人があの子の知人だったなんて、私はどうやら運が良い。
「アイツのことなら私も良く知っている。腐れ縁という奴だ」
 と、苦々しく笑う。
「元気なのかしら?」
「元気も元気さ。元気すぎるくらいにな。まぁ貴方も実際に奴に会えば分かるさ」
「何処に住んでいるの?」
「魔法の森だな」
 少女は遠く、彼方に広がる鬱蒼とした森を指差した。
「あそこに見える森がそうだ。案内してやりたいところだが、あの森は迷いやすいことで有名でな。正直、私にも道は分からん」
「困りました」
「うむ、しかし餅は餅屋と言う。向こうの――」
 と少女は反対方向の山の方を指差した。
「あそこの山には神社があり、巫女がいる。彼女に事情を話せば力になってくれる筈だ。何よりその巫女はアイツと親友なんだ。運が良ければそこで再会できるかもしれん。ふむ、何ならそこまで送っていこうか?」
「いいえ、そこまでして頂くには及びません」
 気持ちは有り難いが、できれば自力で行きたい所。
「そうか、それなら仕方ないな」
 少女は残念そうだった。
 根っからのお人好しなんだろうか。
 私は通りすがりの少女に篤く礼を言った。
「この程度、礼には及ばんさ。ただ、今は昼間だから大丈夫だが、逢魔ヶ刻を越えればこの辺は妖怪が跳梁跋扈するようになる。だから夕方までには神社に着けるようにした方が良いだろう」
 さらに二三別れの言葉を交わし、少女は来た時と同じく、空を飛んで何処かへ言ってしまった。私も気合を入れなおし、再び道を歩き始める。



 相変わらず何も無い道だけが続いていたが、周りの景色はいつの間にか平野から段々と山のそれへと変わっていた。それに併せるように日陰も 所々にでき、風もどこかしら涼しく心地が良くなってきていた。
「あっ!」
 ふと道の隅にヘンテコなモノを認めた。
 何やら人がしゃがみ込み、何やら道端でせっせと探しているのだ。コンタクトレンズでも落としたのだろうか?
 しかもよくよく見てみれば、その人は私にも馴染み深い格好をしていた。
 思わず傍によって声を掛けてしまう。
「メイドさん、コンニチワ」
 私の声に気づき、メイドさんは立ち上がった。
「紅いわ」
 彼女は私の姿を認めて、まずそんなことを感慨深げに呟いた。まぁ確かに紅いんだけど。
「何か御用ですか?」
 軽く胸元で腕を組みながら彼女は訪ねてくる。
 適度な長さで切られた銀髪と耳横に括られた三つ編みが、お洒落さと機能性を兼ね備えていることにまず嘆息する。すっきりと伸びた鼻梁。知的な青い瞳。意志の強そうな眉。服の上からでも分かるスレンダーな体型。そして全身から滲み出る楚々とした雰囲気。
 ――ただ者ではない。
「貴方の趣味はナイフ投げ?」
 何となくそう聞いてみた。
 まぁ、とその瀟洒なメイドさんは軽く驚いた後、
「最近は専ら創作中華に凝っておりますわ」
 とニコリと笑った。
 ナイフ投げだけが能ではないということなのだろう。
「メイドさんはここで何をしているの?」
「話せば長くなるわ――」
 メイドさんが事情を説明し始める。
 自分は紅いお屋敷でメイド長をしているということ。仕えているお嬢様がとてもらぶりーだということ。お嬢様はとても我儘だけど、そこがまたらぶりーだということ。今日も突然我儘っぷりを発揮して、イチゴのケーキが必要だと言い出したこと。何故ならイチゴのケーキは定番だからだそうだ。何の定番なのかは分からないということ。でも理由を一々聞いたりするのは二流の従者がすること。自分は一流なのでとにかくイチゴケーキを用意しなければならないということ。そしてお嬢様の愛情を勝ち取るの、だそうだ。
 しかしイチゴの季節は冬ではなかったか。それとも幻想郷では夏でも苺が取れるのだろうか。それを聞いてみると、彼女は大きく頭を振った。
「まさか。冷夏ならともかく、連日こうも暑いのにイチゴができる訳がありません」
 なるほど、そのお嬢様は我儘だ。
「しかしお嬢様のご期待に添えなくて何がメイド長か!」
 グッと握り拳を作る。
 きっとこの人はそのお嬢様の為なら見境がなくなるタイプなのだろう。
「という訳で、次善策として野苺を探しているのです。ストロベリーよりも小粒で甘みに欠けますが、砂糖漬けにすれば十分美味しく頂ける筈です」
 野苺はこの季節にでも生るものらしい。それで道沿いの茂みにしゃがみ込んでいたのか。
「しかし問題がありまして」
 と、メイドさんは悔恨の色を強く滲ませて呟く。
「この付近一帯は、既に巫女の手に掛かった後だったのです」
 何でも件の神社の巫女はとんでもない極貧生活を強いられていて、山川問わず分け入り、口に入るものなら何でも狩猟するらしい。酷い時はペンペン草も残らないそうだ。とんでもなくサバイバルな巫女である。
「運が悪かったわ。ここは穴場なので、残っていると思っていたのに――」
 主人のためを思って頑張る健気な彼女はメイドの鑑だ。メイドは皆彼女のように主人を敬い、全身全霊で尽くすべきなのだ。どうしてそんな彼女を見捨てることができようか。
 私は救いの手を差し伸べることにした。何、簡単なことだ。
「要するにイチゴがあればいいんですよね」
 私は懐から真っ赤に染まったイチゴをワンパック取り出し、彼女に手渡した。
 さすがに冷静そうな彼女も驚きを隠せない様子で、マジマジとイチゴの入ったパックを眺めた。
「まぁ手品師の方だったのですね」
 尤もタネはないんだけど。
「頂けるんですか?」
「もちろん。この程度ならお安い御用よ」
 ほら、ともうワンパック渡してやる。それだけあればさぞや立派なケーキができるだろう。私は白いクリームに埋まっているイチゴを想像して何だかうれしい気持ちになる。
「何かお礼をしませんと」
「それなら、魔法の森の道案内なんてできますか?」
 メイドさんは口元を引き攣らせた。
「そこには以前野暮用で訪れましたが、見事に道に迷ってしまい、目的地に着くまで半日以上掛かりました」
 つまり道案内はできないということなのだろう。
「すいません、お力になれなくて」
「いえいえ、気にしないで」
 やはり巫女の元を訪れるしかないのだろうか。
「でも、何でまた魔法の森になんて?」
「女の子を捜しているんです」
「女の子?」
「明日がその子の誕生日なの、だからお祝いしてあげようと思って」
「誕生日?なるほど、その子は一体どういう子なんでしょうか」
「魔法使いなのよ。明るくて元気一杯の、金髪の似合う――」
「ああ、アイツね」
「知ってるの?」
「色々と有名人ですから」
 と、苦笑する。
 一体あの子はどんな風に思われているのだろう。
「ああ、では本人に会ったらこう伝えて下さい。パチュリー様が早く本を返しにくるようにと言っていたと」
「あ、はい。分かりました」
「それではお世話になりました。御機嫌よう」
 メイドさんは華麗に会釈すると空へと消えていった。
 幻想郷では飛んで移動するのが普通らしい。
 私もそうしたいのは山々だが、飛ぶと、如何せん目立ちすぎる。あの子には会いたいが、かといって、絶対に遭遇したくない旧知の連中も此処に住んでいる。
 あの子には会いに行く。でも目立っちゃいけない。
 その両方をしなければならないのが、今の私の辛い所なのだった。
「さて、と」
 立ち止まっていても仕方が無い。
 私は再び黙々と歩き始めた。



 しばらく歩いていると不思議な歌声が聞こえてきた。
「タラッタ ラッタ ラッタ ラッタ ラッタ ラッタ ラ――」
 歌声に誘われるまま、私は山道を外れて細い獣道へと分け入る。木々の間を抜けると、拓けた場所へと出た。
 一人の少女がいた。
 タラッタラッタと呑気に歌いながら、しゃがみ込んで何かしている。
 コンタクトレンズでも落としたのだろうか?
 しかし、よくよく見てみると、どうやら地面に生えてる草を根から掘り出しては背負った竹篭に入れているようだ。草むしりの最中なのだろうか。
「ドウモコンニチワ」
 後ろから声を掛けると少女は、ピクリと頭の上に付いた耳?を震わせ、キャッと一声叫びを上げて慌てて立ち上がった。驚かせてしまったらしい。
「わっ、わわっ」
「驚かせちゃってごめんなさい」
「あ、いや、私が勝手に驚いただけですから、そんな、気にしないで下さい」
 逆に謝られてしまった。へにょへにょした頭の上のウサギの耳?がますますへにょへにょになっている。うーん、何だか真面目そうな子ね。
「こんな所で何をしているのかしら?」
「師匠に言われて、この薬草の根を集めているのです」
 と、ウサ耳少女はとても腕の立つ薬師の元で勉強をしているのだと身の上を語った。
「まぁまぁ、ふーん、とても偉いのね貴方」
「別に、これくらいは――」
 とウサ耳少女は謙遜して、微かに顔を赤らめる。他人に褒められるのに慣れていないのだろうか?そんな仕草の一つ一つが私の母性本能をくすぐる。
「私も薬草集めを手伝ってあげるわ。少しくらいなら時間もあるし」
「え、そんなの悪いですよー」
 予想通りに断ろうとする。だがこういう時は強引なのが良いのだ。その場にしゃがみ込むと、彼女が集めているのと同じ種類らしき草の根を掘り始めた。私を説得するのは諦めたのか、少女も横にしゃがむと地面を掘り返し始めた。
「あーっ!」
しかし、私がようやく掘り出した薬草を見ると彼女は叫んだ。
「そっちじゃなくて、こっちです。ああ、ちゃんと最初に言っておけば良かった」
 申し訳なさそうに彼女が指し示したのは、その隣の草だった。素人目には殆ど見分けがつかない。
「葉っぱがギザギザしているのがポイントですねー」
「そーなのかー」
 言われた方の草を根から掘り出し、土を落として籠に入れる。単純で根気の要る作業だった。さすがに彼女は手馴れているのか、私より遥かに素早く作業をこなしている。
――全くトロいんですからぁー。私が代わりにやっておきますから、そこで見てて下さい。
 此処に私の従者が居れば、そんなことを言って、彼女は私から作業を取り上げていただろう。私はそれを想像して欝な気持ちになる。私だってやる時はやるのに――。
「ううっ」
「どうしましたか?気分でも悪いんですか?」
「いいえ。ちょっと目に砂が入っただけよ」
 ゴシゴシと服の袖で目を強くこすった。
 こんなことでめげてちゃ先が思いやられる。
「ところで」
 と、彼女は作業をしながら話題を振ってきた。
「この辺じゃ見かけませんけど、あなたはここで何をしているんですか?どこかへ行く途中なんでしょうか?」
「女の子に会いに来たの」
「女の子?」
「明日が誕生日だからお祝いに」
「それはおめでとうございます」
「ありがとうございます。その子は魔法使いで、修行のために幻想郷へ来てるのよ。貴方もあの子のことは知ってる?綺麗な金髪をした――」
「金髪の魔法使い?うーん、どっちだろう――」
「とっても明るい、元気な子よ。お友達もたくさんいるって手紙で言ってたわ」
「ああ、なるほど――アイツの方だわ」
 何やら思うところがあるのか、ウサ耳少女は呻く。
「昔は一緒に住んでたのよ。ある日、突然家を出ちゃって、此処で修行のためだって独り暮らしを始めて、それからずっとあの子とは会ってなかったから、実際に会うのは少し不安だわ」
 思わず本音が漏れる。
「幼馴染ですか?いいですね、そういうの憧れます」
「でもね、最近なんて手紙が来ることも段々少なくなったし、やっと手紙が来ても『友達はたくさんできた。元気だから心配しなくて良い』『友達と楽しくやってるから心配しなくて良い』とか素っ気無い文面ばっかり。それに『こっちには絶対会いに来ないでね』なんて書かれたら心配になるでしょう?」
「昔の友達に会うのが恥ずかしいんでしょうね、きっと」
「でも、でもでも昔はそんな心無いこという子じゃなかったのよ?反抗期に入るお年頃なのかしらね?ああ、素直で優しくて可愛い私のお人形さん――」
「でも、良いじゃないですか。あなたみたいに心配して、こうやってわざわざ来てくれる人が居て――私は故郷を捨ててきましたから、そういう人はもういません」
 少女は酷く儚い声で、そんな悲しいことを言った。
 私の無駄話が彼女の感傷を掻き立ててしまったらしい。どういう事情かは知らないが、よほど悲しい過去を背負っているのだろう。
「ごめんなさい。私ばっかり喋っちゃって――ああ、そうだわ」
 私は一つ良いことを思いついた。
 立ち上がり、その辺に生えている花のついた野草を集めると、その茎で冠を編んでゆく。昔々、あの子が小さい頃、こうやって花の冠をよく編んでやったものだ。
「ほら、できた」
 掃除も料理も下手なんだけど、こういうのだけは得意なのだ。できた冠を少女の頭にそっと乗せてやる。
「まぁ可愛い!よく似合うわー」
 決してお世辞ではない。
「そうですか、有難うございます」
 ウサ耳少女は頭の上に置かれたそれをおっかなびっくり触って確かめながら、はにかんでそう言った。だけど、その笑顔もすぐに曇る。
「うっ、ううっ――」
「どうしたの!?また私変なことしちゃった!?」
「違います、違うんです」
 口元を押さえて涙を堪えながら彼女は言う。
「悲しいから泣いてるんじゃないんです。でも、どうしてだろう――自然に涙が――」
「なんだ、泣きたい時は、泣いて良いのよ」
 そっと私は優しく彼女を抱きしめてあげた。
「グスン、なんでだろう?なんで、私こんなことを思い出しちゃうんだろう――。凄く懐かしい、この感じ――ああ、会いたいなぁ、元気かなぁ――ううっ、うわあああぁぁああ」
 ワッと堰を切ったように少女が泣き声を上げた。グズグズと鼻を鳴らして、子供のように泣きじゃくる。可哀想に。気丈そうに振舞っていても、どこかでずっと無理をしていたんだろう。
 少女は私の胸の中で小さな小さな声で呟いた。
――おかあさん、と。



「さぁここが神社ですよ」
「何だか想像してたよりも寂れたところねぇ」
 境内には人の気配が全くせず、閑古鳥の啼いている様子に少なからず驚かされる。
 本当にここに人なんて住んでいるのだろうか。
「えっと、それじゃ私はここで。遅くなると師匠にしかられちゃうし」
 少女は既に泣いてはいない。泣き腫らして目が真っ赤になっていたが、目が赤いのは元々だ。
 彼女が一通り泣いた後、何事もなく薬草取りは再開され、二人で力を併せることにより竹篭一杯に野草が取ることができた。
 何故彼女が号泣していたのか。そのことはもう話題には上らなかった。深く理由を訪ねるのも何だか気が引けたので、結局有耶無耶になってしまったが、それはそれで良かったのかも知れない。
 お礼にと、彼女は神社まで先導してくれた。
 あちこちで道草していた割には、夕方までには着けたのだから御の字だろう。
「それでは、また」
 その声には名残惜しむような気配があった。
「うん、またねー」
 私はできる限り明るい声で手を振って答える。
「この冠、大切にしますから」
 満たされたような笑顔を浮かべると、ふわりと浮いた。やっぱりこの子も飛べるんだ。そしてそのまま振り返りもせず、少女は竹篭を背中に背負って、彼方へと飛んでいった。故郷は捨ててきたと言っていたが、帰る場所はあるらしい。良いことだ。
「さてと」
 人の気配が全くしないのだが、肝心の巫女さんは居るのだろうか?
「すいませーん、誰かいませんかー」
 拝殿の方へ行き、呼んでみるが返事はない。
「ごめんなさーい」
 母屋と思しき場所にも行ってみるが、これまた誰も居ない。
 留守なのだろうか。
 一通り敷地内を周って誰も居ないことを確かめ、拝殿の前へと戻ってきた。ここまで来て引き返す訳にもいくまい。大人しく家主が戻ってくるまで待つしかなさそうだった。
「そういえば、この神社――」
 そもそも一体何を祀ってある神社なのか。拝殿の格子窓越しに本尊があると思しき辺りを見てみるが、真っ暗で何も見えない。
「私を祀ればご利益あるのにね」
 空っぽのお賽銭箱が哀愁を誘うので、硬貨を一枚落としてやる。もちろん単位はマッカ。
「あの子に会えますように」
 一目でもいいから会いたいという気持ちは今日一日でとても強くなっていた。
 ちゃんとご飯は食べているのかしら?ちゃんと毎日下着は替えてるかしら?お友達とは上手くやれてるのかしら?心配は尽きない。
 しかし同時に不安も大きくなっていた。
 久しぶりに会ってどんな話をしよう?私がこうやってやって来たことに対して怒らないかしら?何より、あの子は私を受け入れてくれるかしら?
 私は真摯な気持ちで、何とも知れない神様に向かって祈らずにはいられなかった。
 私が神様にお祈りだなんて、笑われそうだけど。
「嗚呼ッ!これは大スクープです!!博麗神社に参拝に来ている人が!!」
 突如として背後から喝采を叫ぶ声がした。
 振り向くと、そこにはカメラを構えた少女が立っていた。
 パシャッパシャッっと色々な角度から、私に向かって何枚もシャッターを切る。
 さらにカッ!カッ!カッ!と高下駄で石畳を鳴らしながら少女はまっすぐに私に突っ込んで来て、そして鼻先にズビシッ!と鉛筆を突きつけた。
「お名前は?何処から来ましたか?何故この様な真似を?神社の巫女とはどういうご関係で?賽銭入ってない期間連続延長記録を阻止したお気持ちは?今の感動を誰に伝えたいですか?さぁ答えてください!さぁさぁさぁ!!」
 凄く酷い目にあってる気がする。
「ごめんなさい。一度には答えれないわ」
「おお、そうですね!」
 少女はパッと私から離れると、メモ帳を開いてジッとこちらに好奇の視線を注ぎ込んできた。かなり挙動不審な少女であるが、どうやら記者の類であることは察せられる。
 悪意はないようだが、どうしたものかと思案していると、
「えーっと、まずお名前は?」
 と、よく通る、ハキハキとした声で質問してきた。
「しん――」
 思わず反射的に答えてしまいそうになる。おっと危ない。
「――マサキです」
「いや、でも今、シンって言いましたよね?」
「言ってません」
「いや、言いましたよ」
 かなりしつこい。
「シンというのは下の名前です」
 何とか誤魔化す。
「苗字がマサキ、名前がシン。つまり、マサキ・シンさんですね?」
「そうですそうですそのとおりです。いぐざくとりー」
 少女はふんふんと興味深げに頷くと、メモ帳に素早く筆記していく。
「この辺では見かけない方ですが、何処からいらっしゃったんですか?」
「ま――」
 危ない。
「ま?」
「マルタ共和国です」
「なるほど、聞いたことのない地名ですね。幻想郷の外でしょうか?えーっと、どういった目的で――」



 その後も延々と質問攻めは続き、おまけに相手のペースに始終飲まれて、根掘り葉掘り色んな事を聞かれてしまった。
「へぇ、とても興味深いですね。ええ、興味深いですよ」
 ふんふんふんと記者の少女は頷きながら、自分の書いたメモに目を落としている。
 気が付けば、空は既に赤らみ始めていた。陽が暮れようとしているのだ。
 この記者は何時間も喋りっぱなしで疲れないのだろうか?私はもう一年分くらい喋っている気がしてならないのだけど。
 そういえば巫女さんも未だに現れていない。まさか今日は帰ってこないのだろうか。このまま夜になってもあの子に会えなかったらどうしようと、途端に心配になってくる。
 しかし、この記者はまだまだ私を解放する気はないらしい。メモに書かれた要点を何度も読み返している。
「ふーん、どうも腑に落ちませんね。チグハグというか、何というか――」
 と、記者は首を傾げる。
「いくつか質問をしても宜しいでしょうか?」
 今からが本題ですと言わんばかりだ。これまでの質問攻めも彼女にとっては質問のうちに入らないのだろうか。
「どうぞ。それが終わったら私をすぐに開放して下さい」
「ええ、もちろんそうさせて貰いますよ――ところでですね。記者に求められるものの一つに『客観的視点』というものがあります」
 と、コロリと話題はのっけから百八十度転換した。
「つまり物事を俯瞰して見る能力ですね。鳥瞰視点なんて言い方もしますけど、私は鳥みたいなもんだから、これでも結構そういうのは得意なんですよ」
 そんなことを少し自慢げに言って、すぐに表情を引き締めた。
「――これは些細なことですが、大切なことです、マサキさん。この問題を解消しなければ、あなたは探している女の子に会えないかも知れない」
 聞き捨てならない言葉だった。やる気のなかった私も俄然真剣になる。
「どういうことでしょうか?」
「いや、何。簡単なことですよ。あなたが会いたがっている女の子についてもっと詳しく話して頂ければ良いのですから」
「金髪の可愛い魔法使いですよ」
「そうです、あなたは慧音さん、咲夜さん、鈴仙さんにもそう答えてますね。そして実際にそういう人は幻想郷にいます。そして私の興味深い取材対象の一人なので、私自身もよく知っています」
「あら、そうなの」
「ええ、でもですね『金髪の魔法使い』というのはパッと浮かぶだけで二人います。あともう一人、紅魔館の彼女も加えると三人になりますかね――でも紅魔館の彼女を指す場合には『魔法使い』ではなく『吸血鬼』という単語を使うと思います。あなたが会った三人もそういう判断をしたと思いますよ。そして、実際あなたの言葉から三人ともある特定の人物を思い浮かべたようだ」
 私は三人三様の反応を反芻してみる。全員が苦笑交じりの笑顔を浮かべていたように思う。あれは気の置けない仲間へのそれではなかっただろうか。
「尤も、鈴仙さんだけは『うーん、どっちだろう』と判断を一瞬保留してますね。これは要するにあなたの与えた情報が足りなかった為生じた間です。現に『とっても明るい、元気な子』だと教えると、すぐに『アイツの方だわ』と言ってますね。お気づきの通り、判断のポイントは『明るい』『騒がしい』『元気な』とかその辺ですね。私だって『明るくて騒がしい元気一杯の金髪の魔法使い』と言われれば、三人の言うところの『アイツ』を思い浮かべますよ」
 と記者も苦笑した。
「でも、これは私の直感なんですが、たぶんあなたが探しているのは『アイツ』ではないと思うのですよ」
「――え?」
 絶句してしまう。私は全然見当違いの人を探していたのだろうか。
「ではお聞きしますが、あなたの探す『あの子』というは、一生借りるだけだなんて称して人の物を盗って行ったり、嘘ばっかり吐いて人の反応を楽しんだり、女の子を次々ととっかえひっかえする浮気物だったりしますか?」
「まさか!あの子がそんなことする訳ないわ!!」
「そうでしょうね。だとすれば、やはり『あの子』というのはもう一人の方ですね。しかし不思議なのは、あなたの言う『あの子』と私の知っているその人物の間にも、またギャップが存在することです。特に『友達はたくさんできた』なんてのにはとんでもない違和感を感じます」
 と記者は首を捻る。
 私は何だか狐に抓まれたような気分で、物思いに耽る少女の横顔を見詰めていた。
「あなた自身の正体に対する謎もありますよ」
 と、記者は一段と眦を強くして、こちらを見遣った。
「あなたの今日一日の行動はね、所々凄く不自然なんですよ。例えば、あなたはわざわざ徒歩で移動してますが本当は飛べるんでしょう?現にあなたは『絶対に遭遇したくない旧知の連中がいる』から飛んで移動はできないと言っている。わざわざ歩いてまで遭遇率を下げようとする程リスキーな相手が幻想郷にいる。その癖、幻想郷に来るのは初めてだと言う。これはちょっと変ですよね」
 意地悪な質問だ。それだけに的を射ているとも言えるが。
「逆に考えてみましょう。あなたが幻想郷にやって来るのは確かに初めてで、逆に、そのリスキーな誰かが幻想郷から外の世界へ行った時に、あなたと何らかのアクシデントが起こったのだと。それはあなたにとっては嫌な思い出で、その人物――妖怪かも知れませんが、兎に角、二度と会いたくないと思っている――どうでしょうか?」
 そこで一区切りしたのか、私の反応を覗うように、意外に鋭い目つきでこちらを見詰めてくる。しかし、私の反応がないことが不安なのか、すぐに元の笑い顔に戻った。
「タハハ、今のは全部、私の空想ですから御気を悪くしたのならすいません――アリスさんのお母さん」
「――気にしてなんてないわよ。私はただ娘の誕生日のお祝いに来ただけ。他意は無いわ」
 名前は思わず隠してしまったが。
「でも不思議ね。どうして皆は私のことを、アリスちゃんの友達だなんて勘違いしたのかしら」
 素敵な帽子を被った子も、メイドさんも、ウサ耳の少女も皆、私をアリスちゃんの幼馴染か何かだと早合点していたのは今もって謎だったのだ。
「それはたぶんあなたの容姿からそう判断したのでしょう。慧音さんも『お嬢さん』と声を掛けているように、人間でいえば十代後半の女の子にしかあなたは見えませんからねぇ。第一印象でまさか子持ちだとは思わないでしょう。さらに言えば『昔一緒に住んでいた』ということを考慮すれば、魔理沙さんの姉妹という可能性も考えられますが、あの人の姉妹の話なんて聞いたことありませんし、彼女のお母さんは人間である以上、それ相応の外見になってる筈ですから、お友達だと勘違いしたのはまずまず妥当なんじゃないでしょうか。尤も私の場合は、あなたが鈴仙さんにさり気無く漏らした『可愛い私のお人形さん』という呼び名でピンと来ましたけどね。それは文字通りの人形と言う意味ではなく、親が幼い子供を指して使う言い方でしょう」
「んー?ところで、魔理沙って?マリサ?――アアッ!!」
「お知り合いですか?」
「いいえ、全然」
 ぶんぶんと首を振って思いっきり否定する。迂闊だったわ。そういえばあの娘も金髪の魔法使いだった。
「よりにもよって、あんなのとアリスちゃんを間違えるなんて、とほほ」
「そうでした、魔理沙さんとアリスさんの取り違えも謎として残ってました。逆に言えば、あの二人はそれだけ共通点も多いということもであるんですけどね。金髪だったり、魔法使いだったり、親元を離れて生活していたり。同じ魔法の森に住んでいたりね。名前だってほら」
 と記者はメモに「○リ○」と書いた。
「伏字にしちゃったらどちらのことなのか分かりません」
 実際に伏字で新聞記事を書くと、どっちのことを指しているのか分からずに困ると記者はぼやいた。伏字にしなければいけない記事なんて書かなければいいのに。
「尤も、種族魔法使いと職業魔法使いだったりで、根本は全然違う訳なんですが、今回のように断片しか情報が与えられないと、こういう事態も起きうるということです。まぁ、ちょっとでも想像力や勘を働かせられたり、或いはあなたの正体について少しでも事前知識のある観察者からすればさぞや滑稽な出来事なんでしょうがね」
 確かにそうかも知れない。
 この記者の指摘がなければ、己の勘違いに気付けず、そのままあの魔理沙の元へホイホイと通っていたかもしれなかったのだ。それは事情を知る者からすればさぞかし滑稽な光景だろう。
「アリスさんのお母さんにこういうことを言うのは気が咎めるんですが――」
 うーんと唸りながら、記者は今までで一番言い難そうな顔をした。
「そもそも魔理沙さんとアリスさんの取り違えの原因となった『明るい』『騒がしい』『元気な』というのは本当なのでしょうか?」
「ええ、あの子が小さい時はそんな感じだったわ――今は分からないけど」
「そうですか。『友達はたくさんできた』というのは彼女が手紙でそう言っていたのですね?」
「ええ」
 記者は何に思い至ったのかしたのか、なるほどと首肯した。
「それで『こっちには絶対会いに来ないでね』ですか――」
「どうしたんですか?あの子に何かあったんですか!?」
 私は思わず立ち上がり、記者の胸倉を掴んで激しく揺さぶった。
「お母さん、落ち着いてください――彼女はね、嘘を吐いています」
「え?」
「恐らくは、あなたが想像しているのと正反対の状況に彼女はいると思いますよ。少なくとも、毎日たくさんの友達に囲まれて楽しく気楽にやっているということは、客観的に見てもないと思います」
「何よそれ」
「彼女が最近やったことといえば、この神社の裏に藁人形を打ち付けたり、クスリをやったりとかそういうことです」
「く、クスリ!?」
 我が子がクスリにハマってると聞いて動転しない親はいないと思う。私も例外ではない。
「きっとあなたに心配してほしくないから、手紙では嘘を書いたんだと思いますよ。もしかしたら親であるあなたに合わせる顔がないとさえ思っているのかも知れない。だから、今から実際に会いに行くのは得策じゃないかも知れませんよ。あなたが会いに行けばきっと彼女は傷つ――」
 パァーンッ!と夕日で紅く染まった境内に乾いた音が響いた。
「憶測で物事を言うのはやめなさい!!」
「すみません」
「それに、私が心配しなくて、誰があの子のことを心配してやれるって言うのよ!!」
 私は、頬に紅葉模様がついた記者から離れると、背中に仕舞っていた大きな六枚の翼を広げた。
「今から会いに行く。私自身の目で確かめるのよ――あの子が住んでるのも魔法の森で良いのよね?」
「ええ。でも、今から行くと日が暮れますよ」
「部外者は引っ込んでなさい。叩いたことは謝るわ。それに色々教えてくれてありがとう」
 羽をたわませ、空へと飛び上がった。
 やって来て初めての幻想郷の空だ。綺麗な夕日が、真っ赤な私の服をさらに紅く染めながら地平線の向こうに沈んで行くのが見える。美しい。本当に美しい。せめてもう少し気分が良い時に初フライトができれば最高だったのだが。
 素敵な帽子の彼女に教えられた森の場所は分かっている。
「今行くわ、アリスちゃん」
 複雑な想いと共に私は目的地を目指し翼を羽ばたかせた。
 翼を羽ばたかせど、思ったよりも速度を得られないことが酷くもどかしかった。



 日はすぐに完全に暮れ、夜がやって来た。
 そして少し高度を下げようと思った矢先にそいつは現れた。
「こんばんわ、良い月ね」
 後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
「相変わらず格好だけはいっちょ前ねぇ。貴方のシルエット、凄く目立つから遠くからでも分かったわよ」
 気持ちの昂りを抑えきれずに行動した途端これだ。しかも想定していた中でも最悪のケース。私が幻想郷で最も会いたくないモノにあっさりと出会ってしまった。まったく、今日一日見つからないように、歩いてまで行動していた意味が無くなってしまった。私は相当にツメが甘いらしい。
「――別に、今日は貴方に用がある訳じゃないのよ」
 月を背景に、空中に漂うように浮かぶ人影に向かい、努めて冷静にそう言い返した。しかし言葉とは裏腹に気持ちは熱くなっていき、とても押さえ切れそうにも無い。何せこの天敵を手前にしてだ。それはしょうがないというものだろう。
「今日は一人なのかしら?あのメイドはどうしたのよ」
「夢子ちゃんなら家でお留守番よ」
「残念ねぇ。貴方よりあの子の方が強いから虐め甲斐があるのに」
 クスクスと影が笑う。
 その笑い方が酷く癪に障る。
「私急いでるから、また今度ね」
「今度なんて、連れないわねぇっ!」
 ソイツは言葉と共に手に持った傘を一閃させた。
 私の居場所を狙って飛来してくる花弁の嵐。
「クッ――」
 辛くも避けるが、無茶な避け方が悪かったのか、空中で姿勢を崩す。
「無様ねぇ、私が喧嘩売ってあげてるんだから、ちゃんと買いなさいよ!!」
 さらに追い討ちで撃ち込まれてくる花弁の弾幕。錐もみ状態になりながら、何とか体を捻ってそれを避ける。
 この遠慮無しの傍若無人さ。
「――相変わらずの暴れん坊ね、貴方!」
「そういう貴方も相変わらず弱いわねぇ。ここら辺で旧交でも温めましょうよ!そらっ!!」
 傘をまるでショットガンのように構え、花の種を撃ち出してきた。幅広く、拡散する弾幕。当然、当たれば痛いじゃ済まない。羽を小刻みに動かして、空中で制動姿勢を取ると、飛んでくる弾をレーザーで相殺させ、さらにそのまま彼女へとホーミングさせる。
 しかし、そいつはそれを引き付けて軽々と避けると高らかに笑った。
「ゾクゾクするわ、まるであの時の戦いが再現されてるみたいじゃない。あの時とはちょうど立場は真逆だけどね――魔界にやって来た私を迎え撃った貴方。幻想郷にやって来た貴方を迎え撃つ私。ほら、似てるでしょう?ま、結果だけは覆らないんだけどね、アハハハハ!」
 言わせておけば、ベラベラとよく喋る。堪忍袋の緒が切れるとはこういうことだ。
「一介の妖怪風情が生意気よ、幽香!!」
「力こそが全てだと昔も言ったはずでしょ、神綺!!」
 双方から火線が走り、闇夜を一転して昼の明るさへと変えた。
 そして続く轟音轟音轟音轟音轟音。
 被弾。
 暗転。
 落下。



 ある賢人はこう言った。
 ――神は死んだ、と。
 しかしそれは間違いだと思う。
 殺して死ぬような神はそもそも神などではない、ただの紛い物なのだ。
 だけどいっそ神なる身でも、華々しく死ねた方が良かったかも知れないなんて思ってもしまう。
「はいはいはい、神綺様、掃除機を掛けますのでちょっと通りますよ」
 ウィーーンと響く掃除機の音。
「え?あ、ちょっと夢子ちゃん?」
 絨毯に寝そべり、お煎餅片手にお昼のワイドショーを見てたら突然の強襲。
 ギュイーンと唸りを立てて吸い込まれていく塵、埃、私。
「ちょ、ちょっと、いたたたたたた!髪!吸い込んでる!!」
「あららららら。まぁどうしましょう!あまりにたくましいからゴミと間違えましたわー」
 オホホホホと高笑いするマイメイド。何か最近苛められてると思う。幻想郷から乗り込んできた連中に魔界中を荒らされた挙句、私自身もその中の一人、幽香によってコテンパンにやられたことが切っ掛けになってることは間違いない。
 あの日以来、私のカリスマは急降下している。事件以来、夢子ちゃんが頓に私を弄るようになったことなど良い証拠だ。
 ああ、いっそあの時、華々しく散っていれば良かったものを!とか大袈裟に思わないでもない。きっと死んでたら街に記念碑とか建ててくれてたんだろうなー。
 『魔界人を守ろうとした偉大なカリスマ神、ここに眠る』とかって感じに。
「神綺様は掃除が終わるまで隣の部屋で待っててくださいねー」
 ゴロゴロゴロと床を転がされて行く私。
「やぁーめぇーてぇー!!」
 そんな私を憐れんでみている一対の視線に気付く。
「ア、アリスちゃーーん!助けてぇぇーー!!」
 手を伸ばして助けを求めると、アリスはトテテテと走ってきて、はっしと私の腕を捕まえた。
「夢子、ママを苛めちゃダメ」
「まぁー!アリスちゃん、これはコミュニケーションなのですよ。愛の通ったスキンシップ!ねぇ神綺様?」
「でも、こういうのはダメだと思う」
 私は結局、幼いアリスに助けられた形となって隣室へと逃げ出すことが出来た。夢子ちゃんがチッと舌打ちしたことは心に刻んでおこう。いつかふくしゅうしてやる。
 二人きりになるとアリスが抱きついてきた。そして耳元へと顔を寄せ、小さな声で囁く。
「ねぇ、ママ。お願いがあるんだけど、いいかな?」
「私にできることなら何でもいいわよー」
 じゃあねぇ、とアリスはモジモジしながら言いにくそうに、こう言った。
「魔導書が欲しいの」
「グリモワール?何故?」
「それはね」
 と、今度は赤面してたりする。そういう仕草が愛らしい。
「素直に言っていいのよ?理由を教えてくれたら魔導書あげるから」
「えっとね――大きくなったらママみたいになりたいの。そのためには必要だと思う」
「私みたいに?うーん、成れるのかなぁ?」
 被造物は果たして創造主になれるのか?
 中々深遠な問いである。
「まぁ悪いことに使わないならいいか」
「悪いことじゃないわ!」
 私の呟きに対し、幼い娘は驚くほど真摯な声でそう答えた。
 そして私はその眼を見てさらに驚く。悲壮な、子供とは思えない、決意の滲んだ眼。そんな眼で見られたら信頼で応えるしかない。
「うーん、よく分からないけど、悪いことには使わないのならいいわ。どんな魔導書が欲しいのかしら?」
「できるだけ強いやつが良いわ」
「えー、強力なヤツ?うーん、レメゲトンとかありふれたモノじゃダメよね、やっぱり。うーん、どうしようかしら――そうだ」
 私は手に一冊の魔導書を創り出した。
「アリスちゃんにはこの魔導書がぴったりだわ」
「この魔導書はなぁに?」
「世界でたった一つしかない、アリスちゃんだけの魔導書よ」
「私だけの?」
「そう。貴方のためだけに創った、貴方にだけしか扱えない、貴方の為の魔導書。その名もグリモワール・オブ・アリス」
「強いの?」
「そこには貴方に一番馴染む魔法が書かれている。貴方にとって窮極とも言える魔法よ」
「うん。ありがとうね、ママ!」
 しかし後日、何処かへ出掛けたアリスが、件の魔導書を手にして全身傷だらけになって帰って来た。理由を聞いても何一つ教えてくれず、何も話そうとしない。結局、魔法の練習で失敗して怪我をしたんだろうということで、その事件は落ち着いた。
 時期を同じくして、その頃からアリスは少しずつ雰囲気が変わり始めていた。しかし鈍感な私はそれを大して気にはしなかった。今思えば、全く持って母親失格だ。
 そして何年かが経ち、アリスは一枚の書置きを遺してパンデモニウムから姿を消した。
 『幻想郷へ魔法の修行をしてきます。時々手紙を出すから心配しないで下さい』
 物凄く心配だった。だけど手紙はたくさん届いた。些細なことでも逃さず、面白おかしく知らせてくれた。それで安心してしまった。
 だけど、そんな手紙も段々と減って、ついには誕生日前に一度帰ってきて欲しいという私の手紙に対して『忙しいからダメ』と一蹴。ちょっと冷たすぎる――。
「はいはいはい、神綺様、掃除機を掛けますのでちょっと通りますよ」
 ギュイイイィーン!!
「ちょ、ちょっと、いたたたたたた!髪!吸い込んでる!!」
「神綺様は掃除が終わるまで隣の部屋で待っててくださいね」
 ゴロゴロゴロゴロ――。
「やぁーめぇーてぇー!!」
 そうして私は不安を抑えきれなくなりパンデモニウムを飛び出した。
――アリスちゃんに会いに行こう。
 決して夢子ちゃんに弄られるのから逃げ出す為ではない。



 目が覚めた。
 どうやら夢を見ていたらしい。
「嫌な夢」
 体を包む柔らかい感触から、ベッドに寝かされているようだ。
 身動ぎをすると全身が悲鳴を上げる。傷は治っていても、痛みはまだ残っているようだった。
 辺りを見回す。
 積み上げられたガラクタガラクタガラクタ――。
 篭った薬の匂い、薬草の香り、埃の臭い。
 寝室なのにまるで研究室のようだ。
「よお、目が覚めたかい、お嬢さん」
 飄々とした声がした。男っぽい口調とは裏腹に、声色は可憐な鈴声であるのが私を驚かせた。声の主は、金髪に黒白服といった有様で、書斎机の上でどーんと足を組み、か細いランプの灯りを頼りに本を読んでいた。
「暗い所で本を読むと目が悪くなるわよ」
「そうかい。ある本の虫に言わせれば、それも環境への適応らしいがな」
「詭弁よ」
「此処じゃそれを洒落た会話っていうんだぜ?」
「ふーん」
 何とか体を起こそうとするが、どうにも上手くいかない。
 幽香とやり合い始めてちょっとした辺りから記憶が断絶していて詳細は不明瞭だが、結果だけ見れば幽香にぶっ飛ばされたということで間違いなさそうだ。
 これで二度目の敗北。
 いや、恐らく何度やっても彼女には勝てない。悔しいがそれは認めなければならないだろう。そもそも彼女と私は力の質が違うのだから、正面からやりあえば負けるのは当然なのだが。
「おいおい、まだ無理しない方がいいと思うが。何せあんた、森の中でズタボロになって落ちてたんだから。正直、生きてるのが不思議なくらいだったぜ」
 服もいつの間にか寝巻きに着替えさせられていた。この少女のものなのだろうか?正直、窮屈だ。特に胸辺り。仕方ないので新しい服を創って、布団の中でゴソゴソと着替える。それにしても体痛いわ。
「わざわざここまで運んできてくれたの?ありがとう」
「気にするな。落ちてたから拾って帰っただけだ」
 酷いこと言われた気がする。
「ところであんた誰だ?」
「マサキ・シンさん」
「へぇー」
 と、少女は聞くだけ聞いて視線を本から外そうとはしないし、自分の名を名乗ろうともしない。というかそもそも会話する気は無いらしい。仕方が無いので一方的に喋ってやることにする。
「女の子に逢いに来たの」
「ふぅん」
「その子は魔法使いなの」
「奇遇だな、私もそうだぜ」
「金髪で碧眼の可愛い女の子で」
「ふんふん」
「お友達が百人くらい居て、皆の人気者!!」
「それは凄いな」
「でも、それは全部嘘で」
「何だ嘘か」
「本当はドラッグ中毒で、丑の刻参りを夜な夜なするような子なんだって」
「そりゃ酷いな。絶対にお近づきになりたくないタイプだ」
「それで、もう私どうしたら――」
 あの子と直接会わなければいけないという気持ちは変わらない。だけど冷静になって改めて思い返せば、私はあの子と会って、一体何を話すつもりでいたんだろう。感情的になってクスリ絶対ダメ!なんて言うつもりだったのだろうか?本当に話すべきことはそういうことではないと思う。
「ねぇ貴方」
「何だ?」
「貴方にお友達はいる?」
 できるだけの真摯さを声に込めてそう尋ねる。
「――そりゃマジな質問か?」
 少女はぶっきら棒に言うと、本を閉じてこちらを見た。この子は賢い。ちゃんと必要な時には話を聞くことのできる子だ。
 初めて真正面から眼が合った。
 澄んだ眼をしているのが印象的だった。
「本気と書いてマジよ」
「ふぅん、だけどその質問には答えれそうにもないな。私は極力そういうことは考えないようにしているんだ」
「どうして?」
「本気で考え始めたら悩んじまうからさ。仲の良いつもりのあいつと私は本当に友達なんだろうかってさ。そんなのはきっと些細でつまらない悩みなんだ。だけど、そんなちょっとした疑いが心のシコリになったりすると、途端に関係がギクシャクしたりするんだよ、これが。だから私はそういうことは考えないようにしている。他人と自分の関係を考えたり、距離を測ることで得るモノは無いな」
 少女は格好良く、飄々とそう言った。その回答は簡潔で小気味良く、まるで予め容易されていたかのように完成されている。
「――貴方もお友達に対して不安を感じていたことがあったのかしら?自分は本当は一人ぼっちなんじゃないかって」
 私の言葉に、彼女は驚き、目を大きく見開いた。
 私は笑い掛ける。
「だって、今みたいな質問は、誰でも貴方みたいにスラスラと答えれる類の問いかけじゃないと思うの。ちゃんとした回答を持っているということは、過去に何度も自問した問いかけだったのよね?」
「こりゃ一本取られたな」
 少女はバリバリと金髪を掻いた。
「――まぁ私みたいな美少女は、年頃になると流行病みたいに色々余計なことを悩むもんだ。それで私の場合は『細かいことは考えない』って結論に達したんだ、一応はな。今考えると別の結論に行き着くかも知れないが、それはそれだ」
「その時は、どういう風に悩んでいたの?」
 私は母親が娘にそうするように、優しく語り掛ける。
 彼女はふと遠くを見るような目付きをした。
「――幼馴染が居るんだ」
「男の子?」
「いんや、女さ。子供の頃から一緒に馬鹿ばっかりやってる気の置けない友達だ。私はそいつのことを親友だと思っている。まぁ向こうも、そう思ってくれているとは思う」
「どんな子なの?」
「一言で言えば『浮いてる』って感じだな。まぁ実際に飛ぶんだけどな、自力でふわーってさ。そいつは人間どころか、妖怪にまで好かれるんだ。その理由は分かる気がする。空気みたいに掴み所のない雰囲気が皆を惹きつけるんだろうよ」
 ふぅーっと長い溜息を吐いた。
「長い付き合いのある私ですら、今でも何を考えてんのかわからない時がある」
――それが不安の種さ、と少女は言った。
「あいつの心の中に、私の居場所はあるんだろうか。もしかしたら、あいつは私のことなんて全然見てないのかもしれない。私なんて放っておいて、何処か手の届かない、遠くの方に行っちまうかもしれない――何せ『空飛ぶ不思議な巫女』だからな。重力に捕われて、箒が無きゃ飛べない魔法使いとはそもそも住んでる世界が違うのさ――ああ、違うね。私とあいつは全然違う。あいつの方が何倍も凄い。遥か、遠く、凡人じゃ想像もできない遠い所を見ているんだ。だけど私はあいつのそういうところを受け入れることにした。受け入れて、認めた上で、私はもう『細かいことは考えない』って決めた。あいつは友達だ。少なくとも私にとっては――それで十分だぜ」
 ああ、そうか。
 この子は思考停止に陥っている訳でもなんでもなく、不安や違和感も全部飲み込んで、それでもなお良しと結論付けているのだ。この子は強いんだ。
「あーっと、今の話は聞かなかったことにしてくれよ」
 と、私の感心とは他所に、彼女は今更のように顔を僅かに赤らめてそう言った。
「くそっ、ついつい気を許しちまって、ベラベラと余計なことを話しちゃったな。何でだろうな。初対面なのに」
「初対面の、行きずりの関係だからこそ話せることもあるってことじゃないかしら」
「かもな。まったく、あんたの言うことは一々尤もらし過ぎて、癪に障るぜ」
 少女は気恥ずかしさを誤魔化すように悪態を付いた。そんなところが妙に可愛い。
「嗚呼、貴方みたいな素敵な子が、あの子の友達だったならねぇ」
「ふぅん。その『あの子』ってはどいつだい?」
「金髪で碧眼の可愛い――」
「それはさっき聞いた。名前は?」
「ア――」
 言い終える前に、コンコンと遠慮がちなノックの音がした。
「――嫌な予感がするぜ。こういう時の私の予感ってのはよく当たるんだ」
 少女は眉根を顰め、立ち上がるとツカツカとこっちへやって来て、私をベッドに押し倒した。そして上から布団を被せる。
「すまんが、しばらくそうしておいてくれ。できるなら物音を立てないように」
 吐息が頬に当たる位の近い場所から、酷く真剣な目でそう囁いた。
 私はコクコクと頷くことしかできない。
 というか、突然押し倒されてちょっとドキドキ。
 急かすようにコンコンとさっきより強めのノックの音が響く。
「あー、今開けるから待ってくれ」
 少女はもう一度、こっちを見るとパッチリとウィンクしてみせた。頼んだぜ、とかそう意味のつもりなのだろうが、何故かそんな仕草がやけに決まっていて胸が高鳴る。
 しかし当の本人は全く意に介することなく、私の隠れている寝室の扉を閉めるとバタバタと騒がしく出て行った。
 ギィッと立て付けの悪いドアの開く音。
「――待たせたな」
「誰か来てるの?話し声が聞こえたけど」
「ああ、腹話術の練習してたのさ」
「相変わらず下らないことにエネルギー注ぎ込んでるのねぇ」
 壁を一枚隔てて、玄関口の会話が聞こえる。
 どうやら来ているのも女の子らしい。
 声色からは、落ち着いた理知的な雰囲気がする。
「昼間も来たんだけど、留守だったわね。どこに行ってたの?」
「霊夢に言われて結界の修復を手伝わされてたんだ」
「結界?」
「どっかのバカが幻想郷に入るために、外から結界に穴開けたらしい。それで霊夢のヤツがカンカンでさ、丸一日、穴を直すのを手伝わされてたんだ。そんで日が暮れる頃に神社まであいつを送っていって、家に帰って来てからは本読んでた」
「腹話術は?」
「だから本を読みながら、腹話術の練習をしてたんだ」
「ふーん、霊夢と一日一緒だったんだ、ふーん」
 んー、レイムってどこかで聞いた単語よね。レイムれいむれいむれいむれいむ、神社の巫女のミコミコレイム霊夢?――霊夢!?ああッ!!霊夢!霊夢ってアレだわ、幽香なんかと一緒に魔界にやって来て、滅茶苦茶にしてった――
『ぎしぎしっ!』
 ベッドの中で身悶えした途端、やけに大きな軋む音がした。
「――ん?今、寝室の方で何か音がしなかった?」
「気にするな。ただのポルターガイストの、ただのラップ音だ。最近多いんだ」
「ふーん。ところで、いつまで私を玄関に立たせておくのかしら?上がらせて貰うわよ」
「おいおい、私は今から寝る所なのに」
「いつもはもっと遅いじゃない」
「今日から早寝早起きをすることにしたんだよ」
「嘘ばっかり。お邪魔しまーす」
 お客さんが家の中に入ってきたようだ。
 私は依然としてベッドの中に密航者の如く隠れている。いつまでこうしていればいいのだろうか。それにやっぱり幻想郷は幽香とか霊夢とか私の苦手なのばっかりだし、不安で溜まらない。さっさとアリスに会わなければ。
 でも、何だか暖かくて、気持ちよくてウトウトしてきちゃったし、このまま寝ちゃうのもありかもしれない。それにしても、これはあの子の匂いなのかしら?お日様みたいな香りがして、何だか胸がキュンとしてしまう。
「はい、紅茶」
「おお、悪いな」
「どうしてお客様の私が紅茶出さなきゃいけないのかしら」
「すまないな、気が利かなくて」
「絶対わざとでしょう」
 何と表現すれば良いのだろうか、二人の会話には独特の雰囲気があった。
 ただの馴れ合うだけの友人とは違う。ただ愛し合うだけの恋人とも違う。許容と厳格さと信頼と緊張感が同時に存在している。
 強いて言えば、ライバルといった間柄なのだろうか。隙あらば相手を出し抜いてやろうという、心地よい漲りを感じる。
 しかし、ふと、風向きが変わった。
「――ねぇ、明日の予定は憶えてる?」
「予定?」
「まさか忘れてたなんて言わせないわよ」
「もちろん憶えてるぜ。霊夢と一緒に次の宴会の下準備だな。今日そういう風に約束したからな」
「ちょっとっ!!」
 女の子が一際大きな声を上げた。
「私との約束よ?本当に忘れちゃったの!?三ヶ月も前から約束してたじゃない!!」
「三ヶ月前?ああ――っと」
 飄々としていた少女の声に初めて動揺らしきものが走った。
「んあ、ああ、もちろん憶えてるぜ」
 語尾が僅かに上ずり、そんな約束今の今まで欠片も憶えてませんでしたというニュアンスがひしひしと伝わってくる。
「誤魔化さないでよ!」
 突如ヒステリックな叫びが響いた。
「別に、誤魔化してる訳じゃないさ。一緒に遊ぶとかそういう約束だろう?ならお前も一緒に霊夢の手伝いでもしようぜ」
 その場を上手いことまとめるための代替案を出したつもりなのだろうが、それは拙い。こういう場合はさっさと折れて謝る方が何倍もマシに決まっている。
 現に、火に油を注ぐ結果にしかならなかったらしい。バンッ!!と机を叩く音がした。さらに叩いた拍子に何かが机の上から落ちたのか、ガラガラガラと派手な音を立てる。
「ほら、やっぱり憶えてないじゃなの!私は、二人だけでパーティーでもしようって言ったのよ。あなたは了承したでしょ?憶えてないの!?」
 既に、最初やって来た時の理知的な雰囲気は微塵も無かった。
「ああ、思い出した。二人でケーキ焼いて、プレゼント交換するんだったな――まぁとりあえず落ち着けよ、な?」
「落ち着くわよ。で、明日は貴方どうする気なの?」
「どうって、まずは霊夢に断り入れないとダメだな。そうしないと怒られるぜ」
「私はもう怒ってるわよっ!?霊夢に怒られるのは気にする癖に、私にはどう思われたって構わないっていうのね!」
 嗚呼!っと私は心の中で叫ぶ。
 どうしてこんなに鈍感なのかしら!こういう時は三つ指ついて焼き土下座でも何でもした方が賢明。遥かに賢明。
 さらに激しい怒声。ドンドンと地団太を踏む音まで聞こえてくる。
「ああもうっ!!今日わざわざ確認に来て良かった。約束すっぽかされて、待ちぼうけにされる所だったもんね。ホント、今回のことであなたが私のことなんてこれっぽちも気に掛けてないってのが良く分かったから」
「落ち着けよぉ、私が悪かったって!謝るからさ」
「今更何言ってるのよ!最初からそう言えば良かったのよ!」
 ヒュッと息を吸う音が聞こえ、それまで激昂していた女の子の声のトーンがガクンと落ちた。
「ねぇ魔理沙、私はあなたのことを――その、対等の友達だと思っているわ。同じ魔法使いだし、昔からの馴染みだしね――だけどあなたはそうじゃないのかしら?」
「私もそう思ってるさ」
「嘘だッ!少なくとも、対等だとは思ってないんでしょう?本当は私は友達が少ないのを憐れんで付き合ってくれてるんでしょう?そんな友達ごっこだったら、もう止めにしたいんだけど――」
「おいおいおい、ネガティブ過ぎるぜ。何でそこまで話が飛躍してんだ!?」
「別に、今日だけのことじゃないわよ。普段から何かある度に霊夢霊夢って――そんなに霊夢が好きなら私なんて放っておいて、ずっとあの子と一緒に居ればいいじゃない」
「霊夢は関係ないだろ!」
「ほら!またそうやってすぐに霊夢のことは庇う!もう私、魔理沙のことが分からないっ」
 物凄く修羅場と化してきてるみたいだけど、さっきからマリサマリサって――ああッ!
『ギシギシギシギシギシッ!』
「――ただのラップ音だから気にするな。すぐ慣れる」
 金髪!魔法使い!
 たしかにあの記者も、魔理沙は魔法の森に住んでいると言ったいた。この森にそう何人も魔法使いが居る訳は無いのだから、少し考えれば気付くことだった。しかし、今の彼女は私の知っているイメージとは余りに懸け離れていて、本人を前にしても気付けなかった。
 でもこればっかりは魔理沙が悪い――だって昔は『さっさと始めましょ(はぁと)』みたいなぶりっ子だったのだから。というか何で私は魔理沙にときめいてんのよ!ばかばか!私のお馬鹿さん!
 ということは、もしかして今来ている女の子は――。
「まぁ、兎に角だアリス。約束を忘れていたのは私が全面的に悪かった。謝る。この通りだ!すまなかった!」
 ガーン!!やっぱりアリスちゃん!!
『ガタガタガタガタガタガタガタッ!!』
 振動で積み上げられたガラクタの山の一角が崩れ落ちた。
「――気にするな」
「気にするわよ」
「気にしないでくれ。頼むから」
「誰が来てるの?霊夢?」
「違うよ。お前には関係の無い人だ」
「関係ないかどうかは私が決めるわ」
「おい、アリス。そこは寝室だ。私のプライベートな領域に踏み込まないでくれ」
「第三者に小恥ずかしい会話聞かれてた私のプライベートはどうなるのよ?」
 冷え冷えとした声。
 まさかあの子が、こんな殺気の篭った声を出すなんて。お母さん、娘の意外な一面にショーック!!
 ガチャリ、と寝室の扉が開く音がする。
 とりあえず逃げた方が良いと本能が告げる。が、体がまだ痛くて思うように動いてくれない。立ち上がった途端に、布団に足を引っ掛けて派手に転んだ。
「やっぱり誰かいるんじゃない」
 アリスが部屋の入り口から中を覗っている気配を感じる。
 私はせめてもの対抗と、床に倒れこんだまま布団で身を隠し、匍匐全身で何とか逃げようとする。
『ごそごそごそごそ』
「魔理沙、何よアレ?グレゴール・ザムザ?」
「神社に霊夢を送って行ったその帰りに森の中で拾ったんだ。マサキ・シンさんだ」
「もういいわ。あなたの言うことは信じないから。ところで、あの布団からはみ出てるたくましい毛は何?尻尾?」
「そうだ尻尾だ。止めとけ、アリス。噛まれるぞ」
「ふん。霊夢じゃなきゃパチュリーかしら。捕まえてお仕置きしてやるわ――そらっ!」
 布団の上に馬乗りになられた。
「さぁ正体を見せなさい!!この出歯亀!泥棒猫!!」
 酷いこと言われてる気がする。
「このッ――くうっ――」
 アリスが布団を引き剥がそうとする。私は引き剥がされまいと懸命に踏ん張る。ぷるぷると二の腕が痙攣するほどの力を込める。一進一退の布団の取り合いは、双方が決め手に欠けて膠着状態に入ったと思われたが、しかし布団の方が先に根を上げた。
 ビリビリビリビリッ!
 二人分の体重が掛かり、耐え切れなくなった布団の生地が破れ、中身の羽毛が溢れ出た。
 ぶわっと羽毛が舞い上がり、視界を白く埋め尽くす。
 その光景はまるで臨終の際の天使の来訪を告げるような、それはそれは幻想的な光景だった。
 その中で再開を果たす私達。
「アリスチャンコンバンワ」
 我ながら間抜けな挨拶だ。
 しかし、実際に顔を見てしまえば、何はともかく会えたのだからどうでもいいやという気分になってしまうのだから不思議なものだった。
 それでも、まぁもうちょっとマシな再開を果たしたいものだけど。
「――お母さん?」
 鳩が豆鉄砲食らったような、或いはヒョットコのような表情で、顔面蒼白になって呆然と呟く我が娘。
「会いに来ちゃった」
 てへっ、と笑いかけると彼女の顔は耳まで真っ赤になって、その次にまた青くなったかと思うとふいに立ち上がり、くるりと百八十度回転すると、元来た方向、外へと向かって猛然とダッシュし始める。
「ちょっと!アリスちゃん!?」
 逃げる愛娘。しかし必死の逃走劇は、崩れたガラクタにつまづいたことにより早々と終止符が打たれた。
「へぶっ!?」
 奇声を発し、派手にガラクタを巻き上げながら、勢いよく顔面から床に突っ込む。
 そしてそのまま動かなくなった。
「――ふん、やっぱりな。私の予感はよく当たるっていっただろう?」
 今にも泣きそうな魔理沙が、伸び切ったアリスを見ながら自棄気味にそう呟いた。



「なぁ、代わろうか?」
 先程から何度も繰り返されている台詞。
 私も同じように首を横に振る。
「いいのよ。こういうのも懐かしくて悪くないわ」
「でも、あんた、まだ体が痛むだろう?」
「もう平気よ。昔から体だけは丈夫だから」
 私は気絶したアリスを背負い深い森を歩いていた。肩口から背中に掛けての重みは確かに傷ついた体には堪える。が、それは同時に心地よい重みでもあった。
 いつの間にか、こんなに大きくなっちゃって――。
 魔理沙は右手に箒、左手にランプを持ち、森の中の道ともつかぬ道を先導してくれていた。何処を見ても深く木が生い茂り、月光すら射し込まない真闇が漠然と広がっているだけ。今更ながら、一人でここを訪れようとしたことに身震いする。とてもじゃないが一人ではアリスの家に辿り着くことは不可能だっただろう。それ程に森は深く、鬱蒼としていた。
「さっきのアリスの言葉は――」
 先頭を行く魔理沙が振り返らずにぽつりと呟く。
「かなり効いたぜ」
 私は魔理沙から見えないのを承知で、軽く頷いた。
 魔理沙は言葉を続けた。昔を懐かしむように。
「前に、月に異変が起きた夜、アリスに誘われて夜の幻想郷へ飛び出したことがあった。馬鹿みたいに楽しかったよ。アリスに背中守ってもらって、飛び交う弾幕の中を二人で夜間飛行と洒落込んでさ。アリスはずっとマリサマリサって五月蝿かったし、何度も足を引っ張ったりしたけどよ――やっぱりあの楽しさってのは相手がアリスだったからこそだと思うんだ。霊夢とコンビ組んでも楽しいんだろうけど、やっぱりちょっと違う気がする。またあんな事件があったら、私はアリスと一緒に行くと思うぜ。なのに、アリスときたら『友達ごっこ』だなんて言いやがる」
 悔しそうな声だった。
 それに対し、私は慎重に言葉を選びながら話す。
「貴方達は、ただ、仲の良い友達って訳じゃないと思うの――競争心もあるし、だからこそ強く意識もする。それは悪いことじゃないわ。それは、ちゃんと認め合えているってことなんだもの。そういう友達は、一緒に遊んでくれるだけの友人を作るよりずっと難しいの。私の言ってることは分かる?」
「もちろんさ。私にアリスの代わりはいない。それはもちろん霊夢とか他の奴もそうなんだろうが、特にアリスに関してはそうだと思うぜ」
「だけどこの子にはそれが信じられずに不安なのよ」
「そりゃ私のせいだな」
 魔理沙が苦々しい声で言った。
「約束をすっかり忘れていて、結果的に裏切っちまった」
「それだけじゃないわ」
 魔理沙が足を止め、こちらを振り返った。
「どういう意味だ?」
「この子はね、きっと昔の貴方と同じなのよ。貴方がどこかに行っちゃいそうで、不安で不安で仕方ないのよ。貴方が『空飛ぶ不思議な巫女』に対して置いてけぼりを食らうんじゃないかって感じたように、この子も貴方においてけぼりにされるのが怖いのよ」
「馬鹿馬鹿しい。私はどこにも行きはしない」
「なら、この子にそう言って安心させてあげて。きっと貴方にしかできないから。私はお母さんで、友達じゃないからそういうことは無理なの」
背中に掛かる重みをひしひしと感じながら、私はそう呟いた。そして魔理沙に頭を下げる。
「ごめんなさい。私、お母さんだけどダメな母親だから、この子の為に何かしてあげようとしても、結果的にこの子に嫌な思いばかりさせてる――」
「おいおいおい、止めてくれよ、マサキさん。あんたに頼まれなくったって私はそうするさ。こんな喧嘩いつまでも続けたくないし、アリスは友達だからな。ああ、畜生。恥ずかしいな、こういうことを言うのは」
ぶつぶつと文句を言いながらも魔理沙は二カッと笑った。暗闇の中でも白く輝く歯がやけに頼もしい。
「まぁ、ただ分からないのは、アリスが言ってた約束の内容だよ。そんなに怒るほどのものだったのか?」
「それはねぇ」
 私は溜息を吐きながら、鈍感な魔理沙に教えてやる。
「明日はアリスちゃんの誕生日なのよ」
「んなっ!?ああ、それでケーキ焼いて、プレゼント交換なのか――。ああ、思い出したぜ。そういや去年もそういうことやった記憶がある。ありゃ誕生日パーティーだったのか」
「素直に誕生日だと言えないアリスちゃんも悪いんだわ。どうしてこの子は変な所で不器用なのかしらねぇ」
「それはきっとあんたに似たんだろうけどな」
 魔理沙は横で意地悪く笑い、すぐに真面目な顔に戻った。
「ま、それはともかく、誕生日か。コイツは大失敗だったな」
 彼女はくしゃくしゃと髪を掻き毟ると、帽子を被り直し、箒に跨った。
「悪いっ!急用ができた。アリスの家はまっすぐ行った所だから、後は自力で探してくれ」
 箒に跨った彼女はふわっと浮き上がり、たちまち目線の高さを超えて森の天蓋を突き破る。
「ちょっと!貴方、どうするのよ!!」
「幻想郷中をぐるりと一周さ。アリスが起きたら明日――もう時刻的には今日になるのか?の予定はちゃんと空けとけって伝えてくれ」
 魔理沙は、あばよ、と指を二本ピッ!と立てて格好良く挨拶すると、蒼白い光の糸を引きながら箒に跨って地平線の彼方へと消えていった。
「なーんか、アリスちゃん、貴方とっても愛されてるんじゃないかしら」
 ちょっぴり嫉妬をしてしまった。



 幸い我が娘の家はすぐに見つかった。
 彼女の服のポケットから鍵を拝借し、扉を開けると、魔理沙の家と似たような薬の匂い、薬草の香りが鼻についた。魔理沙より神経質な分、掃除だけは欠かしてないのか埃の臭いはしない。ガラクタが積み上げられているということも無く、独り暮らしにしては上等な方だろう。安心する。
 主人の帰りを待っていたかのように備え付けられたランプに勝手に灯りが点った。
 まず視界に入ったのは、飾り付けられ、並べられた大量の人形人形人形人形人形人形人形人形――。
 小さいの大きいの、民族色豊かなモノから無国籍なモノまで、ありとあらゆるヒトガタが所狭しと存在している。
「わ、凄い――」
 灯りを付けてくれたのも、そんな人形の一体のようだった。青いドレスを着させられたその人形は空中を滑るように移動し、こちらに近づくと、物珍しいモノを見るように私の顔の前で止まった。
「ドウモハジメマシテ」
「シャンハーイ」
「私はこの子のお母さんよ」
 人形は首を傾げ、考えるような仕草を見せ、やがて私の言葉が理解できたのか、飛び上がるようにクルリと一回転するとドレスの裾を抓んで会釈をした。簡単なロジックくらいは理解できるらしい。
「この子の寝室はどこかしら?」
 人形がある一室まで案内してくれる。
 私は担いできたアリスちゃんをベッドの上に下ろし、寝やすいようにタイとスカートのベルトを緩めてやり、上から布団を掛けてようやく一息吐く。
「あー、本当。大変な一日だったわ」
 動かすたびに、首と肩がバキバキ鳴っている。このまま寝てしまいたいがそういう訳にもいくまい。私にはまだやっておかなければならないことがある。
「アリスちゃん、おやすみ」
 愛しむように金色の髪を指で梳いて、額に口付ける。
 寝室を出て、扉がきちんと締まっていることを確認すると、側に寄り添うように付いて来ている人形に呼び掛けた。
「貴方、あの子の書斎に案内して頂戴」
「シャンハーイ」
 書斎の扉を物音を立てないように慎重に開け、中に入ると、これまた慎重にランプに灯りを付けた。この部屋に私が入ったことは娘に知られる訳にはいかない。何故なら、親に勝手に部屋に入られて怒らない子供はいないからだ。
 それでも私がこの最もプライベートな場所であろうこの部屋に入ろうと思ったのは、幻想郷でのアリスのことを知らないからだ。
 具体的にどんな修行をしているのか。何の研究を行っているのか。友達関係は本当に上手くいってるんだろうか。丑の刻参りだとか、クスリのことだとか、とにかく色々だ。
 薄暗闇の中で私は書斎机の引き出しを開け、ゴソゴソと中身を改める。まるでこそ泥になった気分だったが、事実、気持ちが後ろめたいことに代わりは無い。
 引き出しの中から、紐閉じにされた分厚いレポートの束を見つけた。題名は付けられていない。中には細かい字で、複雑な術式や数式がびっしりと書き込まれている。
「――自立する人形?」
 素人目に見ても何となく研究内容は察せられた。
 研究初期には、形代となる人形の物理構造のレポートが圧倒的に多い。外からの命令を受けて反応する回路に対する言及も多い。しかしそういうアプローチでは、術者の定期的な命令は必要不可欠であるらしく、完全に自立する人形には程遠いと結論付けられていた。そして今行われているのは人形に魂を定着させる研究らしい。
 『最終目標は自分の意志で動く人形。あの人形の様に』と走り書きがされていた。あの人形?まぁあの人形がどの人形かは知らないが、私にはあまり関係ないだろう。
 私は溜息を吐いて、レポートを元の場所に戻した。
――大きくなったらママみたいになるの。
 幼い頃のあの子の言葉が脳裏で鮮明に蘇る。
「私みたいに、ね」
 ふぅーっと長い溜息が零れてしまう。
「だけどアリスちゃん、創造者と被造物の境界は、いと高き神聖にして侵されえない壁で憚られているのよ」
 それは高度で複雑な術式と、巧妙な絡操を用いても、満足に自律する人形を創れていないことからも明白だろう。その様な不安定で曖昧な方法に頼らざるをえない時点で、被造物は所詮、創られる側に過ぎないということなのだから。
 気付けば部屋に差し込む光が、僅かに白み始めていた。夜明けが近い。私は書斎を出ると、リビングのソファで横になった。
 あの子が起きてくるまで、少しでもいいから寝ておこう。今日はもっと大変な一日になりそうだから――。
ここで折り返し。
長くてゴメンナサイ
桐生
http://d.hatena.ne.jp/koharuna/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.13660簡易評価
137.100時空や空間を翔る程度の能力削除
えっ、簡易点数評価のみでこの点数!!
凄すぎる・・・・・・(汗

私が始めてのコメント者とは。
141.100時間を無駄にする程度の能力削除
敢えて空気を読まずコメントする。
次も期待して読みます!!
176.100名前が無い程度の能力削除
続きに期待せざるを得ない!
214.90名前が無い程度の能力削除
神綺お母様はどうしてこんなに可愛らしいのか……。
218.100名前が無い程度の能力削除
当然期待するっきゃねえなあ・・・・・・・・!!!
229.100バナナ軍曹削除
おもしろい考え方ですね
232.100名前が無い程度の能力削除
これはすごいな……。
242.100名前が無い程度の能力削除
どうなるかな・・・?
250.100名前が無い程度の能力削除
期待
278.50名前が無い程度の能力削除
(iPhone匿名評価)