Coolier - 新生・東方創想話

『東方朱月譚』 第六章 ~天才の失策~

2006/03/06 01:27:25
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「さあ、今度こそ案内してくれる?」
見ていて気持ち良くなるくらい満面の笑顔で、郁未は言った。
目指すは異星の罪人達が密やかに住まう屋敷、永遠亭。
自分以外の全員がその場所を知っている(一人は住人だし)という事なので、誰にともなく道案内を請うと、
「お、お前、何でそんな平然としてるんだ……。」
ぜーはー、と荒い息で魔理沙。もうバテたのか、だらしない。
「魔法に頼り過ぎなのよ、アンタは……運動不足なだけ……ふぅ。」
そう言いつつも肩で息をしてるのはアリス。それでも立ってるだけマシだが。
「久々の混戦だったわね……。回収の時間も馬鹿にならないのよねぇ。」
涼しい顔をしているが、咲夜の額にも汗が浮かんでいる。でも、そんなに積極的には動いてなかったか。
「……うー、もう限界ー……。」
ばたんきゅー、という擬音が似合いそうな格好で倒れているのは鈴仙だ。……あの耳をキャッチコピーにして、『へにゃうさぎ』とかはどうだろう。売れそうな気がする。
「全く、無駄な弾幕を張らせるんじゃないわよ。夜になれば回復するけど。」
いやそもそも疲れてないしもうすぐ夜だし、とツッコミたくなるくらい堂々とした佇まいで浮かぶレミリア。……日傘放してないもんなぁ。絶対本気出してないな、彼女は。



郁未のお茶目を契機として勃発した、親交会という名の『弾幕ごっこ』を終えて、皆一定の脱力感と満足感の余韻に浸っていた(約一名は完全にグロッキーだが)。
ようやく正式に弾幕少女としてのデビューを果たし、汗一つかいていない破顔で改めて五人を見渡す。
(良い顔してるなぁ……こんな風に生きてたら、それはもう本当に幸せなんだろうな。)
『神隠し』に遭った人間が戻って来ない訳だ、と郁未は一人納得。
(……いや、でもほとんどの人は私みたいなのじゃない訳だし……そう決め付けるのもアレか。まあ、どうでもいいけど。)
さて、と前置きして、もう一度言ってみる。
「誰か道案内して欲しいなー。」
「「だったら止めとけよ!!」」
魔法使いコンビのシンクロツッコミに、わざとらしく仰け反る。うわ、目がマジだ。
「まーまー、これで文字通りマブダチじゃない、私達。」
「……それ、既に死語じゃなくて?」
メイド長の半目には最初に会った時と同種の険が感じられた。それを死語って言う事は、それなりの年齢なのだろう。でも、女に年を訊いてはいけない。というか切り札に『殺人』付いてる人には絶対禁句。ああ今夜から枕元には気を付けないと。
「狂気を操る割に、スタミナは無いのね、へにゃうさぎさん。」
「……いや、私の周りに酸素が全然無かったんですけど、あれは気のせいですか……ぐぅ。」
そりゃあ、長期戦は不利ですから。酸素が無ければ燃焼系の攻撃はカット出来るし、空気の道に逆らうのは重力に抵抗するより難しいのは常識っしょ? なんてらしくも無く若者言葉で言ってみる。むぅ、似合わない。
「それにしても、自分のメイドまで巻き込む? いや、誰も攻撃当たってないから良いんだけど。」
「全員が撃ち手であり、全員が避け手なのだから、全員を狙うのが当然じゃないの。」
とか言いながら、こっちが不意打ちで繰り出した特大の不可視弾を蝙蝠化で凌いでた人の台詞じゃないと思うのだけど、どうだろう。
「で、これって誰の勝ち?」
「「「「「私。」」」」」
だ、とか、です、とか、よ、とかも言う気無しですか。まあ良いや、全員勝ちって事で。
「お前は反則負けだ。」
「あ、やっぱり?」
そうなるか。レミリアの緊急回避は不可視の攻撃だったからこそで、普通に撃った分には普通に避けていたから、当然だろう。
「じゃあいいか、私の負けって事で。」
「「だから謝れよ!!」」
またもシンクロ。一瞬冷静に戻ったかに見えたが気のせいだったようだ。
「はいはい。――えー、おほん。」
咳払いし、姿勢を正す。そう、『親しき仲にも礼儀あり』とはこういう事だ。
「いきなり消しちゃってごめんね。でも、一つだけ解って欲しいの。」
五人五様のスタンスでこちらを見ている事に感慨を受けながら、告げる。
「この先どうなるかは解らない。危険なのか安全なのか、多分危険な可能性の方が高いと思うけど、だからこそこの世界の弾幕(ルール)を知っておきたかったの。……やり方は乱暴だったけど。」
頭を掻き、自分の顔が熱くなるのを感じつつ、
「――ありがとう。こんな、危ない人間を相手にしてくれて。本当に、嬉しいよ……。」
目頭に熱いものがこみ上げてきて、思わず顔を覆った。
――そう、とても嬉しかった。
あっちでは辛い事が多過ぎて、仲間達からもらった大事なものだけを頼りに生きてきた。
本当の自分を曝け出す事なんて許されない。それは人間として生きる権利を放棄する事に繋がるから。
――けれど、自分の中に『異常』があるのは紛れも無い真実で。
ソレがいつ漏れ出してしまうか、不安で仕方なかった。
どうしようもなく、『自分』が怖かったのだ。
――けれど、ここの皆はそんな事すら蚊帳の外。
大事なのは、そこに生きている自分が在るという事実だけ。
過去の歴史(じぶん)に縛られない。今この瞬間だけが究極の真実。
ただ一つ覚えておかなくてはいけないのは、
その瞬間が在るきっかけだけは忘れてはいけないという事。
そんな当たり前で、けれど何より大事な事を、彼女達は教えてくれた。
「……ありがとう……!」
とめどなく溢れる涙。泣き崩れる身体。
もう大丈夫。――本当に、大丈夫。
ちゃんと、自分で、居られるから。
だから、ね? もう、一人でも平気だよ?
だから、心配しないでね。
――お母さん。



既に臨戦態勢に入っていた永遠亭に、新たな客人が訪れていた。
「お、巫女みこ。」
「……そのブラックジョーク、どこで覚えた。」
入り口に多重結界を施す霊夢は、しかめ面でその来訪者を出迎えた。
所々にリボンをあしらった灰色の髪に、燃えるような赤目。輪廻を放棄した蓬莱人、藤原 妹紅は何故か上機嫌で、
「いやあ、まさかあいつらが頭を下げてくるなんてねぇ。しかも使いがてゐと来たもんだ。いつもなら直々に来るか、鈴仙が嫌々やって来るかなんだけどさ。」
腕が鳴るねぇ、と指の骨をぽきぽき鳴らしてる所から見て、非常にやる気らしい。
「こっちとしては手数が増えて助かるけど……よく了承したわね。」
「別に私は意地が悪い訳じゃない。礼を尽くす相手なら嫌いな奴でも頼まれ事くらいするよ。」
そんなもんか、と霊夢はあっさり納得。
まあ、幻想郷の住人はほとんどが江戸っ子気質だ。困った者を放って置くほど薄情なのは、異変絡みじゃない時の自分か、冬眠中のスキマ妖怪くらいのものだろう。
と、よくよく考えれば今は冬眠中じゃないのか、と気付くが、訪れない春の事件以来は冬場でも割と姿を見せるようになっている。
まあアイツは気分屋だし、と絶対に人の事を言えない理由で締めくくり、話を続ける。
「説明はどの辺まで聞いた?」
「幻想郷に隠れ住むまで。」
つまり全部か、と頷こうとして、
「……なおさら協力する理由が解らないんだけど。」
「あん? だって、私があいつらと直接関わるのはそれ以降よ? つまり、私の恨みとは一切無関係じゃないか。」
「……いや、だから。」
それこそ首突っ込む必要無いじゃない、と言おうとして、止めた。
(……自分も人の事言えないし。)
「ま、いいわ。――それより、感じた?」
今は迎え撃つ事を考えるのが先決だ。そう割り切って、状況の確認を行なう。
「ああ、結構離れてたけど、知ってる奴らばかりだから嫌でも解るよ。」
「よね。……まさか、レミリアまで動くとは。」
それも夕方に暴れるとは珍しい。夜なら別に問題無いが。
「鈴仙が迎えに行ってるんだろ? で、さっきの『弾幕ごっこ』だ。……既に狂っちまってる可能性が高いねぇ。」
私は元々だけど、と妹紅は苦笑。しかし、こっちは笑い事では済まない。
彼女の言う通りであれば、即ち、
(五対五……いや、輝夜は当てにならないし、向こうの本命も入れたら六対四、か。)
明らかに形勢はこちらが不利だ。でも、やるしかない。
「これで完成……っと。」
梵字を書き連ね、相当量の霊気を篭めた呪符を玄関に貼り付ける。……神社からストックを持って来られればもっと強力な結界が張れるが、生憎時間が足りない。こんな時ばかりは己の飛行速度の遅さが呪わしい。
「さて、それで分担はどうする?」
早く決めよう、という風に急かす妹紅。好戦的な彼女だから、ただ暴れる段取りだけ解れば充分なのかもしれないが。
「幸い、輝夜はまだ気付いてないわ。何が不満なのか知らないけど、偽りの部屋でふて寝してるって永琳が言ってた。」
「天狗にあまり構ってもらえなかったからだろ? 慧音みたいに割り切って暴れないからさ。」
「……それについては色々とコメントは避けとく。」
魔理沙が聞いたら怒るし。
「あんたには竹林で足止めと見極めを頼むわ。敵じゃなければ通して良し、当たりなら……。」
「五人を引き受けるよ。一度受けた弾幕だ、成長する鳳凰には大して痛くも無い。」
痛くない筈は無いだろうが、あっさりとやられはしないと言いたいのだろう。こんな時、不死身の身体は心強い。
「私は再確認して、それでもダメなら実力行使ね。あんたも手伝うのよ、てゐ。」
「えー。」
あからさまに嫌そうな声を上げる白兎。妹紅を連れて来て即座に立ち去ろうとしたのを針で威嚇して、渋々留まっていた彼女は抗議を止めない。
「妹紅といい霊夢といい、既に狂ってるんじゃないの? 正気の沙汰とは思えないよ、皆。」
「あのね。いくら傍若無人なあんたでも、鈴仙の心配ぐらいはしてるでしょ?」
「うー……それを言われると。」
ぺた、と耳を伏せて項垂れる。根っからの嘘吐きである彼女にも、良心の呵責はある筈だ。
「加減はするつもりだけど、逃げるんなら全員焼き殺すぞ?」
「……はーい。」
納得のいかない顔のまま、不承不承頷いた。良し、これで実質三対一。
余程の事が無い限り、何とかなるだろう。
「準備は済んだ?」
玄関は結界を張っているので、庭先から永琳が顔を見せた。ばっちりさ、と妹紅が親指を立てるのに合わせて、
「ま……やるだけの事はしてみるわ。」
自分にしては珍しく、自信無さげに頷いた。



一息置いた後、郁未達は永遠亭へと向かっていた。
既に夜の帳(とばり)は下り、妖かし達が盛んに動き出している。
途中、人間の里の上空を通り過ぎる際に、里を守護する半獣(見た目人間だが、満月の夜には変身するらしい:魔理沙談)に止められたが、こちらの姿を見て、
「……お前さんか。なら、通るがいい。私に邪魔する権利は無いからな。」
あっさり引き下がった。鈴仙の師匠といいレミリアといい、どうして何の説明も無しで事情を把握しているのか、不思議なものだ。まあ、今さら気にする事でもないが。
「しかし、つくづく無茶な能力よね……。」
自身も時間操作なんて離れ業を持っているくせに、非難がましい目でこちらを見る咲夜。
「だって、こうしないと置いて行かれるじゃない。あ、体力は昔から自信あるから平気よ。」
「そういう問題じゃないわよ。というか、お前は半分人間じゃなくなってるから疲れにくいのよ。それくらい知っておきなさい。」
無知は罪よ、とレミリアに諌められる。まあ、そうじゃないかなという自覚はあったけど。
空を飛べない郁未は、空気の床を作り、その上を走る事で五人に付いていっている。
先刻の『弾幕ごっこ』もこの技があってこそ出来たのだ。
「でも、空気を操れるなら簡単に飛べそうなものだけど……。」
「何度か試したけど、人間の身体みたいに複雑な形状を保つのは難しくてね。ほら、私の能力の特性上、自分を包み込まないと宙に浮かべないし。」
ああ成る程、とアリスは頷きを返す。どこぞのハチャメチャ格闘漫画みたいにはいかないのだ。『飛ばす』だけなら空気をぶつけるだけで事足りるのだが、身体が保たないし。
「竹林に入ります。離れずに付いて来て下さいね。」
先頭を進む鈴仙が、高度を下げる。郁未も床を階段状に設置し、一気に駆け下りていった。



「……静かだな。」
郁未の横に追随している魔理沙が、ポツリと呟いた。
確かに、竹林に入るまではそこかしこで妖気がざわめいていた。
妖気そのものを感じられない郁未でも、空気の流れで大体の見当はつく。
しかしここに来て、その流れすら感じなくなっていたのだから、明らかに不自然だ。
他の皆も同様のようで、周囲に警戒を働かせている。
と、不意にレミリアが眉をひそめ、
「――! この感じは……。」
「何?」
どうかしたのか、と尋ねると、彼女は歯軋りしながら、
「馬鹿な……アイツが何でこんな所に……。」
言った直後。

「おやおや、今夜は団体でお出ましかい?」

「「「「「!!」」」」」
レミリア以外の五人が声のした方向を見ると、そこには、
「まだ肝試しには早いが、随分お急ぎのようだねぇ。」
背に不死の両翼を宿した、灰色の少女の姿があった――。



「――蓬莱人。何故こんな所に居る? お前の家はもっと向こうだろう。」
「おやおや、お嬢様の許可無しには夜の散歩も出来ないのかねぇ。やりにくい世の中になったもんだ。」
やれやれと、両手を広げるポーズで呆れる朱翼の少女。その瞳も燃えるように赤かった。
「……藤原 妹紅。姫や師匠と同じく、蓬莱の薬を飲んだ人間です。」
唯一顔を知らないこちらに、鈴仙が小声で教えてくれた。
(……成る程、彼女がかぐや姫の仇敵か。)
話だけは聞いていたので、それほど驚きもせずに構える。
「――そこの人間か。永琳が言ってた奴は。」
郁未の姿を認め、嬉しそうに笑う妹紅。
「へぇ、朱の瞳。なかなかヤバイ感じじゃないか、あんた。」
「……そっちも赤いじゃない。大して違わないわ。」
「あっはっは! それもそうだ。いや、これは失礼。」
くくく、と笑いをこぼす彼女の様相は、確かに自分と同類だった。
「もうこっちの事は知ってるんだろ? ……えー、名前は?」
「天沢 郁未よ。名家・藤原家の末裔、妹紅さん。」
「名家なのは家だけさ。私にゃあ関係無いね。」
は、とはき捨てるように言う仕草は、鈴仙から聞いていた通りのものだ。
妹紅は腕組みしてこちらを睥睨し、
「郁未。あんたの目的は何だ?」
「――。」
思わぬ質問に、こちらの反応は遅れた。その間隙を衝くように、魔理沙が、
「どういう事だ? 何でお前がそんな事を――」
「永琳の奴に頼まれてね。月の民が来るんじゃないか、ってな。」
「師匠が――!?」
それに最も驚いたのは鈴仙だ。当然だろう、互いに目の敵にしている相手に用心棒を頼むなど、そんな馬鹿な話は無い。
「どういう事!? 師匠は、貴方に何と説明したんですか!?」
「実際に言ったのはてゐだがね。あいつの話が正しければこうだ。――郁未、あんたは輝夜達を連れ返す気なんだろう?」
「……は……?」
訳が解らない。どうしてまだ会った事も無い、しかも地上人である自分が月の民のかぐや姫を連れ返す必要があるのか。
「それだけならまだしも、あいつらを庇ったこの幻想郷全てを破壊しようとしてるんじゃないかって、……珍しく、真剣な顔で言ってたよ。あの狡猾な兎が、な。」
「…………。」
幻想郷を破壊する? 私が?
一体何を根拠にそんな話が出て来るのか。完全に理解の範疇を超えている。
「ちょっとアンタ! 言って良い事と悪い事があるわよ!!」
こちらを殺そうとした時と同じくらいの迫力で、アリスが叫んだ。
「郁未が幻想郷を破壊するですって? 彼女にそんな事出来る筈無いじゃない!!」
「おやおや、今日会ったばかりだっていうのに随分な入れ込みようだねぇ。」
しかし、それを難なくいなす妹紅。まずい、彼女が私と同種ならば、恐らく――。
「咲夜。」
「……何?」
既にナイフを携えている瀟洒なメイド長に、小さく声をかける。
「……あなたは、私を信用してる?」
「……少なくとも、正面の不死人よりは。」
その言葉に、郁未は賭けた。
「時間操作で私と鈴仙を彼女の後ろまで運んで。――説得は、出来ない。」
「しょうがないわね。まあ、余力のある内に済ませておきましょうか。」
言った瞬間、三人以外の時間が止まっていた。
「……え?」
呆然とする鈴仙に『早く来い』とジェスチャーし、妹紅の下を一気に駆け抜ける。
慌てて付いて来る彼女を尻目に、郁未は奇術師の声を聞いた。
「――余裕があればもう一人は回すわ。でも、あまり期待しない事ね。」
礼を言う間も無く、時は既に動き出していた。



「……っ!? しまった、時間停止か!」
妹紅は郁未だけでなく、鈴仙の姿まで消えた事に舌打ちしていた。
(くそったれ! 鈴仙の奴まで敵だと、てゐは戦えないじゃないか!)
性根が曲がっていてもやはり兎仲間。傷付けるのを躊躇うのは間違いない。
「くっ……どうやら、揃いも揃って狂っちまったようだな、人妖ども!」
「とち狂ってるのはアンタの方よ! こっちの話も聞きなさい!」
人形遣いが何か言ってるが、聞く耳なんか持つ筈も無い。
「やかましい! こちとらようやく人生が楽しくなってきたんだ、邪魔させてたまるもんか!!」
やっと輝夜が自分と同じなんだって、本当の意味で気付けたのに。
やっと本当の意味で、――友達になれたのに!!
「不死身じゃないお前らに、私を超える事は出来やしないよ!!」
この素晴らしい時間を、この美しい世界を、滅ぼさせてなるものか――。



「――っ!」
はるか後方で紅蓮の輝きが増したのを受け、鈴仙が身を竦めるのが見えた。
恐らく彼女は何度と無くアレとぶつかった事があるのだろう。死なない敵ほど恐ろしいものはない。郁未はその心情を察するも、
「早く、案内して。」
「……は、はい!」
今は辿り着く事だけを考えるしかない。
(……皆、無事で居て。)
心の中でそう願い、ただ真っ直ぐに走り続けた。



「……来るわね。」
鬱蒼と生い茂る竹の林の中で、そこだけが開けた空間。
永遠亭の玄関、その正面にある広場で霊夢は待ち構えるように立っていた。
「あーあ、来ちゃうんだ。帰りたいなー。」
「ここがあんたの家でしょうが。」
その横で座り込むてゐの頭をペチリと叩くと、うー、と猜疑心たっぷりの顔でこちらを見上げ、
「本当は狂ってるのよね?」
「その質問をするあんたが狂ってるとは思わないのか。」
全く、この兎は嘘吐きの癖に他人を信用しなさ過ぎる。相手が信用の置ける存在だからこそ虚言に意味があるのに、その前提を全く無視するんだから困ったものである。
「ほらほら、とっとと立って。どうやら一人じゃなさそうよ。」
「えー!? 話が違うじゃない!」
「六人が二人に減っただけでもありがたく思いなさい。……と、この感じは……。」
歪んだ波長の気。ストレートに言うと狂った音調のそれは、
「どうやら、最悪のパターンのようね。――鈴仙だわ。」
「嘘!? まさか、本当は最初から二人だけだったとか……?」
「そうならありがたいんだけどね。満月でもないのにコンビで出歩く理由が他にあれば。」
それも二組。偶然な訳が無いだろう。だが、もっと懸念するべきは、
「……来る気配がするのに、何も感じないってどういう事よ。」
確かに二人向かって来る筈なのに、感じ取れるのは鈴仙の妖気だけだ。それが意味するのはどういう事なのか。
「――永琳や輝夜と同じね。見れば力は解るけど、それまではただの人間と大差無し、か。」
やはり、永琳の話は本当のようだ。霊夢は手持ちの針と符を確認しながら、呟く。
「月人……。迎えの使者の生き残り、本人か末裔かは定かにあらずだけど。」



「もうすぐです!」
鈴仙がそう言ったのと同時、正面の視界が開けているのが見えた。
「あれが……永遠亭。」
その開けた空間の奥、遠く眼下に収める事が出来た平安調の日本家屋が、目的の場所。
ようやく幻想郷に迷い込んだ意味を知る事が出来る。郁未がそう思った直後、
「――あれは!?」
鈴仙の驚愕の視線が示した先。
屋敷の前にある広場の真ん中に、二つの人影があった。
片や、白い肌に白い耳、髪だけが黒い小柄な兎。
片や、紅と白の衣装に身を包み、その姿を強調するように御祓い棒を構えた巫女。
万全の態勢で立ち塞がる少女達がそこに居た――。



郁未と鈴仙は、待ち構える二人から20m程離れた場所に降り立った。
改めて正面を向くと、こちらを見定めるように睨む巫女と、おどおどした挙動を見せる白い兎。
鈴仙の反応からするに、彼女らも知り合いだろう。先に口を開く。
「あなた達は?」
「そいつから聞いてないの?」
素っ気無く、紅白の巫女が手に持った御祓い棒でこちらの横、鈴仙を差す。
その態度を見て、刺激しない方が良いと判断し、小さく首を横に振る。
巫女はそう、と呟いた後、
「私は博麗 霊夢。こっちが因幡 てゐ。立場はどうでもいいわ、そっちで察しなさい。」
「……私は天沢 郁未。今日の昼、この幻想郷に迷い込んだ人間よ。」
「人間、ね。」
先刻の咲夜と同じ台詞だが、こちらは完全に値踏みするような響き。
巫女――霊夢は腕を組み、棒の先だけをこちらに向けて、
「空を歩く人間を、果たして外で人間って言うのかしらね。」
「――。」
悟った。彼女こそが、レミリアを倒したもう一人の人間だと。
気だるげな表情で殺気こそ感じないが、魔理沙や咲夜以上のオーラを秘めている事は容易に感じ取れた。
「質問するのはこっち。答えるのはあんたよ。いい?」
「……ええ。」
有無を言わせぬ迫力に、やはり逆らうべきではないと再確認。
こちらの了承の頷きに、霊夢は殊勝ね、と漏らした後、
「あんたの目的は?」
先程出会った妹紅と同じ問い。今度は迷う事無く返答する。
「私自身に目的は無いわ。ただ……彼女の師匠が、私に会いたいから付いて来ただけ。」
「そう。」
目を閉じ、何か思案するように黙する霊夢。その間も、横のてゐはそわそわと落ち着きが無い。鈴仙の方を見ている所からすると、彼女の身を案じているのだろうか。
「……次の質問。ここに来るまでに、誰かに出会わなかった?」
閉じた目をそのままに、訊ねてくる。彼女が言いたいのは恐らく、
「……妹紅の事ね。ええ、会ったわよ。」
「どうやって抜けて来た?」
言葉に刺が含まれてきているのが解ったが、敢えて気にせず、
「咲夜に手伝ってもらったの。――話しても無駄だと思ったから。」
「そう。」
頷きもしない。だが、迂闊な事を言うよりありのままを説明した方が、後々の事を考えると安全な筈。
「最後の質問。……というか、これは忠告よ。」
ようやく目を開き、告げられた言葉は、
「――その『眼』をやめろ。でないと、あんたの返答如何に拘らず、叩き潰す。」
「――!!」
ゾクリ、と。
恐らく幻想郷に来てから一番の恐怖を、同じ人間を目の前に感じた。
(……そうか。彼女が睨んでいたのは――)
人で無いくせにヒトと名乗った、こちらの根性がただ許せなかっただけだ。
もう解っていた筈なのに忘れていたその事実に、改めて痛感させられる自分が居た。
「……解ったわ。」
目を伏せ、すぐに顔を上げる。
そこにあるのは人間の眼。少し青を含んだ、普通の黒瞳。
それでようやく、博麗の巫女は人間としてこちらと相対した。
「……全く。気付くのが遅いのよ。」
御祓い棒を降ろし、心配そうに鈴仙を見つめるてゐの頭を軽く撫でる。
そこにはもうさっきの迫力は微塵も無い。本当に気だるげな顔をこちらに寄越しながら、
「永琳がお待ちかねよ。とっとと行って安心させてきなさい。……馬鹿弟子。」
優しさとは掛け離れた、しかし底に気遣いを感じさせる口調で、そう言った。



「ちょ、ちょっと待ってよ!」
緩みかけた空気に水を差すような叫びは、先程まで落ち着きなさそうにしていたてゐから発せられた。
彼女は霊夢の服の裾を掴み、縋るような目で見上げながら、
「そんな簡単に通しちゃっていいの!? 妹紅の攻撃を掻い潜って来たような人間だよ? 絶対普通じゃ――」
「てゐ!」
今まで無言で状況を見守っていた鈴仙が、てゐの言葉を遮る。
動きを止め、再び鈴仙の方を見つめる白兎を諭すように、
「大丈夫だよ、てゐ。彼女は……郁未さんは、そんな危険な人じゃない。」
「でも! 魔理沙やあの吸血姫まで従えて――」
「あれは彼女達が勝手に付いて来ただけだよ。私が頼んだ訳でも、ましてや郁未さんが命令した訳でもない。」
「そんなの……。」
信用出来ない、という表情でこちらを睨むてゐ。
(まあ……それが普通の感情よね……。)
自分とて、初対面の人間がいきなり自分の友人をぞろぞろ引き連れてきたら、間違い無く不審がるだろう。何か弱みでも握られてるんじゃないか、とか。
友を信じているからこそ生まれる心理。異常な状況に慣れた郁未は、だからこそてゐの心情を理解できた。
(……一悶着は避けられない、かな?)
『眼』の色は変えず、しかしいつでも戦える態勢は取っておく。
が、そこに霊夢が割って入った。
「こら、てゐ。あんたは自分の友達が言う事まで信じられないの?」
「だって……鈴仙が正気だって保証はどこにも無いじゃない……。」
「私は操られてなんか――」
「はいはい、今あんたが言っても説得力ゼロよ。」
御祓い棒を左右に振り、いわゆる「ちっちっち」で鈴仙を制する。
鈴仙はまだ何か言いたそうな顔をしていたが、渋々押し黙った。
(……私は喋るだけ無駄ね。)
腕を組み、霊夢とてゐの遣り取りをしばらく見守る。
「てゐ。鈴仙が狂ってるって根拠はどこにあるの?」
「だって、いつもならちゃんと『ただいま』って……。」
「子供かあんたは。私が真面目に構えてるのに悠長に挨拶されたらそれこそ滅するわよ。」
さり気に物騒な物言いだが、聞き流す。
「私から言わせればあんたこそ狂ってるように見えるわよ。普段の狡猾さが微塵も感じられないじゃない。」
「……それは……。」
「永琳の脅しと、鈴仙の心配。それで頭が一杯になって、冷静さを欠いてるのよ。」
見てみなさい、と棒でこちらを示し、
「さっきまでのはともかく、あんたはあれが幻想郷をぶっ壊そうって輩に見える?」
またそれか。一体自分はどれだけ飛躍したイメージで見られているのだろうか。
だがツッコむ訳にもいかず、てゐが改めてこちらを見るのを見届けるのみ。
「…………見えない、かな。」
「そうそう。ようやく頭が冷えてきたようね。」
ポンポンとてゐの頭を叩き、博麗の巫女は初めて笑顔を見せた。
「五人も仲間が居て、そのうち四人を前座で消費するような相手を恐れるほど、あんたは弱くない筈よ? 月の姫すら一目置く、賢すぎるペットなんだから、ね。」
「……うん。ありがと、霊夢。」
「お礼はあんたの賽銭箱の中身で充分よ。」
「それは嫌。」
「……まあ、そのくらいがあんたらしいわ。」
一転呆れ顔になるが、目は優しい。ようやく互いの緊張が解け、場の空気が落ち着くのを感じた。
さて、と前置きした上で、郁未は口を開く。
「妹紅といいあなた達といい、なんだか壮大な誤解があるようなんだけど?」
「そうね。多分、力が強いくせに心が狭い月人の誇大妄想な気がしてきたわ。……ようやく。」
「ようやくって何ですか。」
「「そこは流せ。」」
何故かハモった。
あ、鈴仙がまた項垂れてる。いつも苦労してるんだろうなぁ、なんて他人事のようにその様子を見ながら、
「それじゃあ改めて。――通ってもいいのよね?」
「ええ、ご自由に。……と、ちょっと待って。」
そう言って、何やら印を切ってブツブツと唱え始める霊夢。
すると、そこかしこから白い、彼女の立場を考えると清浄な光と言えばいいのか、そんなものが発せられ、すぐに消えた。
「結界は解除したわ。もう通っても大丈夫よ。」
「結界、って……。」
どれだけ自分は警戒されてたんだろうか、このまま入っても本当に大丈夫なのかと、やたら不安がよぎる。
しかし紅白の巫女は素知らぬ顔で、
「てゐが案内すれば危険は無いわよ。本当は私も付いて行きたいけど、あっちを止めなくちゃいけないし。」
「……そうか、魔理沙達ね。」
さっきから緊張し詰めだったので、(多分)リアルタイムで命の遣り取りをしている彼女達の事が頭から抜けていた。
今さら思い出したような仕草のこちらが滑稽だったのだろう、霊夢は呆れ顔で、
「ま、そんだけ抜けてれば永琳も警戒しないでしょ。とっとと行って来なさい。」
しっしっ、と追い払うように前進を促す。
(……こんな適当な人が最強じゃ、レミリアも悔しがる訳ね……。)
つくづく平和な世界だと思いつつ、郁未は玄関に歩いていった。



「あ、最後に一つ。」
引き戸に手を掛けた郁未の背中越しに、霊夢から声がかかった。
「何?」
振り向かずに応じると、一瞬のタメの後、真面目な口調で、
「――『眼』は向こうが出せって言うまで出さない事。それさえ守れば無罪放免よ。」
「……解ったわ。ありがとう。」
どういたしまして、の声と同時に飛び去る気配を感じ、頷く。
「これで……全てが、解る。」
呟き、静かに扉を開け放った――。



「――来たか。」
数ある応接間の内、最も広いその場所で永琳は座していた。
瞑目し、正座で構えるその姿は、まさに賢者。
結界による封印が解かれるのを感じていた彼女は、既に『身支度』を終えていた。
「……偽の部屋とは既に繋げた。後は……姫が出て来ないのを祈るだけね。」
目を薄く開け、この部屋のもう一つの姿――虚ろな宙を広げた世界を確認し、再び瞳を閉ざす。
彼女は元より説得などという生易しい手段を取るつもりは無かった。己の仕える姫、その欲を満たすためであれば、どんな血生臭い方法を使ってでも障害を排除する。
たとえその懸念が蟻の子のようにちっぽけなものであっても、象の足でもって捻り潰す。それだけの力と智慧を彼女は持っていたし、それ以外の事に使う事は無かった。
――そう、あの欠けた満月が満たされるまでは。
「折角自由を得たというのに、それを邪魔する者など――」
許さない。絶対に。
たとえ姫が間違っていても、自分が間違う事は絶対に無い。
「――何故なら私は天才。八意の名においてもただの一人として傑出した事の無い、唯一にして完全なる月の頭脳。」
そう、天才が道を誤るなどあってはならないし、そもそもそんな事はあり得ない。
過たない事こそが凡才との違いなのだから。
――過ちすら正解に変える者こそが、真の天才であるのだから。



――しかし、天才であっても判らない事はある。
解らぬ訳ではない。それがあり得る事を理解していない訳ではない。
――それでも、天才だからこそ判らない。
いや、判りたくも無い。割り切ってしまいたくない。絶対に認めたくないのだ。
――完璧な計算が、稚拙な運に敗北するなどという事を。


To be continued…
作者:おつー。
郁未:いや、終わってないし。
作者:ここまで来たら終わったようなもんだって。なあ?
郁未:誰に言ってるのよ……。あー、身体がボキボキ言いそう。
作者:そういえばさあ、今さら思い出した事が。
郁未:何? オチが無いとか?
作者:――ポーチの存在。
郁未:…………あ(自分でも忘れてた)




いや、話には全く関係無いからいいんですけどね?(だめにんげん)
言い訳の常習犯みたいになってまいりました、Zug-Guyです。
予想に反して霊夢が! 霊夢が!!(失礼)
ようやく主人公の面目躍如です。あー、あそこが一番疲れました。

前回で『再会』とか銘打っておきながら、勿体ぶってしまいましたねぇ。
でも四・五章で突っ走った分、ちょっとブレーキをかけておかないと話がぶっ飛んでいきますし。
霊夢とてゐのシーンはちょっとやりすぎた感が否めないですが(汗)

ここまで来ると話について多く語る事は出来ないので、ちょっと余談をば。
二章で起き抜けのレミリアが『紅よりも昏い、朱』と言っていましたが、実際には紅色の方が朱色よりも暗い色なのです(色相とか調べたらすぐに解るんですけどね)。
ただ、朱色は『黄色を含む赤』と定義されている事と、夕焼け時の色としても朱色が使われるように、『黄昏』のイメージを内包している事から、『昏い』という表現に間違いは無いと思うのです。あくまで昏い、ですからね?
またこれも調べてみて解ったのですが、レミリアの冠する紅とは別に、彼女の名前そのままのスカーレットという色は、厳密な紅色より明るい色で、むしろ朱(ヴァーミリオン)に近い色を意味するのです。
ちなみに英語で言う所のscarletの訳意は『緋色、深紅』。罪悪や高位を暗示するので、まさに彼女(達)にはピッタリの色という訳です、って言うかZUN氏もそこまで考えて付けてらっしゃると思いますがどうなんでしょう?(誰に聞いとる)
で、妹紅の赤(red)は情熱・革命・危険・幸運・怒りなどを暗示するという事で、こちらもやはりピッタリ。
緋色と深紅もかなり違う色なので、どの色こそがスカーレットの名に相応しいか、なんて考えるのも面白い気がします。
東方は色々な所にメッセージが散りばめられているとZUN氏自身も仰ってますし、色という視点からゲーム画面を見てみるのも一つの愉しみ方ではないでしょうか。

――なんて偉そうな事を言った所で余談終了。
読み飛ばすのも一つの楽しみ方です(ぉ

はい、今度こそクライマックスです。
永夜抄ばりに6-Bな感じですが、一応狙ってやってます。
避けては通れぬ弾幕表現に頭を痛める作者を想像しつつ(笑)、
彼女の行く末にご期待下さい。
ではでは。
Zug-Guy
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