Coolier - 新生・東方創想話

月と羽虫に弦の音を

2006/02/22 17:20:39
最終更新
サイズ
11.12KB
ページ数
1
閲覧数
514
評価数
5/34
POINT
1610
Rate
9.34

 ※このお話は作品集21「朧月に朗律を」とさりげなく繋がってたりします。






























 緩やかに動かしていた手を止める。
 合わせて、奏でていた旋律もゆっくりと終わりを告げた。

「ふう」

 構えていたヴァイオリンを下ろして、ルナサは小さくため息をついた。額に少しだけ浮
かんでいる汗は、長丁場の演奏による疲労だろうか。それとも―――

「……この有様で聴いてるのかしら」

 宴会の熱気に当てられたか。
 神社の宴会を盛り上げるために彼の亡霊嬢から呼ばれたものの、どうにも演奏せずとも
勝手に騒がしくなっている気がする。ちなみに宴会はすでにたけなわで、あの庭師はすで
に酔いつぶれてしまっているように見受けられる。黒白は―――無謀にも鬼と飲み比べを
している。あれでは肝を悪くするか二十日酔いだろう。
「さて」
 ヴァイオリンを丁寧に磨いてからしまうと、一緒に演奏をしていた姉妹へと目をやる。
楽器の手入れもほどほどに、もう宴会へと突っ込んでいくつもりのようだ。リリカは何を
する気か分からないが、メルランは騒ぐのが好きだから別に不思議ではないだろう。
 では、ルナサはどうするのか。
「あれ、姉さん何処行くの?」
「宴会はこれからよ~?」
 すでに一升瓶を抱えている二人が声をよこしてくる。
 ルナサはそれに肩を小さくすくめて、

「……少し汗をかいたから、身体を冷ましてくる」

 神社の石段を下っていった。





 さすがにというべきか、麓の森は心地良く静かだった。
 宴会の騒音を遠くに置いて、ここは涼やかな葉擦れだけが声を立てている。足元が危う
いのは、浮いて何とかした。人の往来もなく、獣道も絶えて久しい。足の踏み場もなく下
生えが密集しているのだ。幽霊―――ではないが騒霊の身の上としては、別に蛇に噛まれ
ることも妙な虫にくっつかれることもないが、それでも足をとられて転ぶのは遠慮したい。

「……この辺で、いいかな」

 四半刻もたたず、ちょうど良く開けた場所があった。鬱蒼と茂る木々の中、そこだけが
月の明りを吸い込んで光っている。中央には新しい切り株。誰かが切っていったのかも知
れないが、運んだ形跡が残っていないのが謎だ。空でも飛べたのかも知れない。

「よいしょ」

 切り株の上で浮遊を解いて、足をそろえて座る。ヴァイオリンの入ったケースを立てか
けて、両手を後ろへついた。
 見上げた。
 満天の星空、とでも言うのか。その真中に皿のような月が載っている。

(……参加した方が良かったかな)

 ゆっくりと涼しくなっていく体と意識を感じながら、そんなことをふと思う。
 静かなのが好きだ。落ち着いているのが好きだ。沈むような音が好きだ。
 騒ぐのが性分に合わないというのはとうに自分でも知っている。バイオリンの音色は正
しく鬱で、浮かれ騒ぐ意識を沈静するし、自分にしても落ち着いていないと落ち着かない。
奇妙な言葉遊びだけど割と事実だ。
 けれども。
(……楽しそう、よね)
 そんな風にも思う。
 騒ぐのは性に合わないが、見ているだけなら別に何も問題はない。少なくともルナサ自
身にとってはこれまでがそうだった。
 ただ、いつごろからか、見ているうちに心を惹かれていくものが現れていた。
 ……笑っている。
 酔いが回りすぎての馬鹿笑いか、宴会芸への喝采か、それとも苦笑かただの微笑か。種
類は問わないが、宴会にはありとあらゆるそんな顔が集っている。泣き上戸や怒り上戸な
どもいるにはいるが、大体は笑って暴れたり眠り込んだりしている。
 正直好きにはなれない騒音、雑音だ。それは今でも変わらない。
 が―――それを楽しそうだと感じる自分もまたいるのであった。
「…………………っ、あ」
 考えているうちに、大分時間が立っているのに気がついた。
 戻るべきか、先に帰っているべきか。
 ……機を逸する前に決めて置かないと。
 そう考えつつも、体は上手く動かなかった。
 どっちを選ぶべきか。
 何が自分か。
 意識が再び堂々めぐりに入り込む。答えの出ない命題は行動でしか示せない。けれど、
行動を起こすには自分には何もかも足りない―――
「…………ん」
 気がつくと、ルナサはヴァイオリンを手に取っていた。ストラディヴァリウス。贋作な
がら、音色は本物と比べても全く劣らない。どうして持っているのかは上手く思い出せな
いが、とても大切なものだ、と魂の底から直感している。
 ―――とりあえず、少し弾くか。
 弦の音は鬱の音。迷える心を静めゆく。
 ヴァイオリンの弦に指を添え、弓を構える。羽を載せるようにそっと弦へ触れさせる。
 後は、体が自然と動いていた。
 流れるように、身に付けてきた曲を演奏し始める。弓を握る手は優しく、弦を押す指は
心のままに。楽譜にない即興を加えつつ、途切れることなく溢れる音色が、夜気を月明か
りの上から染めていく。
 ただ、心は離れている。体が積み重ねてきたことをなぞっているだけで、未だに意識は
思索の海に嵌まっている。泥中を無理に進んでいる状況。抜け出すのは至難だった。
 ―――私は、どうするべきなのだろうか。
    往くか、退くか。
    ああ、でもそれを決めるには、

「よ。善い夜だねチンドン屋」

 と、思索の奥、出口のない迷宮へと踏み出しかけていた足が引き戻された。
 演奏も足並みを揃えて一緒に止まる。
 後ろの方、来た道から声がかけられたようだ。
 ヴァイオリンを下ろしたルナサが振り向くと、意外な顔がいた。
 てっきり妹たちが迎えにきたのかとも思っていたが。
「……貴方は」
「知ってるのか知らないのか分からない返答だね、それ」
 ルナサのそんな想いが声に出ていたのだろうか。
 銀髪を困ったように軽く掻いて、藤原妹紅は苦笑した。
 ルナサは彼女のことを一応、知ってはいる。話については小耳にはさむことも多いし、
何よりお得意先から以前、愚痴だか体験談だか良く分からない形で聞かされていた。

『―――もう、本当に怖かったわ。誘ってもこっちに来ないんだもの。私が一番苦手なも
のよ、アレは。それが竹林にいるなんて、もう笹団子や筍が食べられなくなっちゃうわ』
『……私が獲りに行けばいいだけの話じゃないでしょうか?』
『それもそうね。妖夢、えらいっ』
『…………はぁ』

 ……まあ、どっちかというと寸劇に近いかも知れない。
 ともあれ、この人影をルナサは知っている。会話はしたことなどないが。
「……どうしたの、こんなところまで」
 つまりは、どういう人間か知らない。知らず、ルナサは少し警戒をしていた。
 なんもしやしないよ、と妹紅は両手を上げて、
「涼みに来ただけ。……ちょいと飲みすぎてね。騒ぎ起こした後だし、あの巫女が怒ると
怖くてね」
 言葉尻から悟ったのか、ルナサはなるほどと頷いた。どうやら恒例のアレをやらかした
ようだ。妹紅の服が汚れていないところから見てもおそらく不意打ち。見事なノックアウ
トだったに違いない。べちゃりと地面に横たわる、単の黒髪をした少女の姿が浮かんで、
思わず笑いそうになってしまった。
「いい顔じゃないの」
「……あっ」
 妹紅が笑うと、ルナサは思わず両手を頬に当てた。
 ひょっとして顔に出ていただろうか。
「実を言えば邪魔する気なんてなかったんだけどね」
「……?」
「や、お代は聴いてのお帰り、ってことにしたかったんけど。お前さ、音がなんだか迷っ
てたからね。どうにも気になって思わず声が出た」
 迷っていた。
 そのおかしな表現に、ふと首を傾げてしまう。
「や、まあ芸と術は人を現すっていうけどね、それは本当で、知らず知らず音色や息遣い
が細かく変わってるもんなんだよ。特に、何も考えずに弾いてるか、何か考えて弾いてる
か、ってのは素人でも耳がいいなら気づく」
 分かるの、とルナサが思わず訊いた。当たり前だろ私は痩せても枯れても貴族だぜぇ、
と啖呵を切られた。貴族っぽくはないが耳は確か、だと思われる。たぶん、きっと。
「……そう。出てたんだ。私に、迷いが」
「ん。そうだね。二歩進んで二歩下がる、か。もしくは鬱いでるか」
 思わず、困った顔が出てきた。目を糸のように細く閉じて、うめく。
「……これは性格なんだけど」
「そうだね。だから余計にかな」
「撤回しないんだ」
 とうとう溜息まで出た。
 ……というか、私は何をやっているのだろうか。
 そんなことまで考えてしまう。
 好意的に見れば心配してくれているのかも知れないが、いまいち意図が見えない。この
会話が、ルナサへとどのように結ばれているのか。
「てーかさ。難しく考え過ぎだよ。落ち着いてるのは美徳ではあるけど、度が過ぎれば毒
に化ける。思いつめたってなるようにしかならないんだ」
「けれど……私は」
「単純な話だろ?」
 ざっくりと断ち切るような声。妹紅は穿いているモンペ(と、ルナサには見える)に手
を突っ込むと、細長い棒を引っ張り出した。羅紗のように艶めいた袋に包まれている。

「音も心も同じ。鬱の音が過ぎるなら、」

 素早く紐を解き、袋を取り払う。
 露わな姿は朱塗りに燃える笛。
 自身を映したその銘は“鳳翼”。
 くるりと手の中で回すと、とん、と軽く肩を叩くように止めた。

「他の音を混ぜればいいのさ」
「……え、え?」

 あまりの話の展開。ルナサは言葉を詰まらせた。
 貴族とは言っていたからそっちの方の教養もあるだろうし、実際貴族で音楽家な人間も
珍しくはない。そういえばあの笛も随分と名のありそうなものだなぁ、どんな音がするん
だろう、っといやいやそうではなく。
「な、何をするの……?」
 振り回された思考を引き戻す。どうにかそれだけを聞いた。
 妹紅は当たり前のように、
「……ほれ、弾け。私が合わせるから。たまには即興で合奏もいいだろ」
「え……ええっと……コードとか、大丈夫なの?」
 ……和楽器は西洋とは音階が違うんだけど。
 ルナサがそんな風にしどろもどろになりながら伝えると、
「大丈夫。気合で出す」
 それでいいのか、と思わず力が抜けてしまった。
 ともあれ、弾かなければ始まらないらしい。
「そ、それじゃあ―――」
 バイオリンを抱えなおし、再び構える。
 気のせいか、先ほどよりも楽に構えていられる気がする。


 ―――鬱の音が、燃えるような音色に覆われた。


 いつかの夜、初めて鳳翼を手にしたときとは打って変わった力強い響き。しかしそれは
旋律を引っ張り上げるだけでそれ以上には目立とうとしない。むしろルナサの弾く音が底
上げされているような錯覚すら覚える。
 上手い。それも掛け値なく。
 ルナサは思わず胸のうちで賞賛するが、それもやがてテンポを上昇させられていく演奏
の中で埋没していく。
 ただ、合わせる。弾く。
 気づけば、十分ほどの小さな演奏会は緩やかに終わっていた。自分が終わらせたのか、
向こうが終わらせたのかは判断がつかないが、

「……はぁっ」
「……ぷは。さすがにあのペースだと息が苦しいね」

 肩で大きく息をする。向こう十年分を弾いたくらいに疲れた、と思う。慣れないことは
するものじゃ、と思いかけてすぐに正す。
 慣れる慣れないではなく、“出来た”のが重要なのだ。

「な、できるだろ」
「……そう、かな」

 思わず、ルナサは弓を握っていた手を見た。かすかに滑る。汗をかいているのか、ひど
く熱い。体の中も、まるで何か別のものに当てられたかのように昂ぶっている。どれも微
かなものでしかない。が、

「今感じてるの。嘘だと思うかい?」

 ルナサは首を振った。
 この実感は、嘘ではない。

「ならそれでいいと思う。そんじゃ、私は戻ってるよ」
「……あれ。私は、いいの?」

 てっきり連れて行かれるのかと思った。
 呆気に取られたようなルナサに、妹紅は笑う(やっぱり貴族には見えない)と、

「なぁに。適度な鬱……落ち着きは美徳だ、って言ったろ。私はちょいと水を差しただけ
だ。進むか退くかはお前の領分、でしょ?」

 それで、ルナサも笑った。苦笑のようにも思えるが、苦そうには見えない。

「……それもそうだった。……やっぱりもう少し落ち着かないと駄目みたいだ」
「じゃ、帰るかい?」
「……ううん、戻る」

 いいながら、ルナサはすでにヴァイオリンケースを手に提げていた。
 ―――まあ、とりあえず鞘には戻ったか。
 そんなことを考えて、妹紅は肩をすくめた。

「そうか。ま、騒ぐだけが宴会じゃない。静かに花見て月見て酒飲んで寝るのも乙さ」
「うん。それに……妹達といるほうが、やっぱり楽しい」

 いつもと違う心持ちのせいか、思わず口を出てしまった。おかげで自分の顔を熱くする
羽目になった。
 妹紅はそれを見ながらにやついている。嫌味はない。心底楽しくて仕方ない、という味
はあるが。

「はは、そっか。なら頼まれた甲斐もあったね。いい妹を持ったもんだ」
「……え?」
「ん、ああいやなんでも。ほら、早くしないとみんな潰れて大惨事だ」
「あ、うん」

 火の粉を散らして妹紅が飛ぶ。
 その後を少し遅れてルナサがついていく。






 月夜の森の演奏会。
 虫達だけが、聴いていた。



























「ん。リリカ、おかわり」
「ま、まだ飲むんだ姉さん……」
「恐ろしい……妹紅が先に潰れるとは。見抜けなかった、白澤の目を以ってしても」
「うむ、相手にとって不足なし! そこな楽士ー、付き合えー!」
「ちょ、何言ってるのよ角っ娘! 姉さんは騒ぐのが苦手……」
「……ん、やる」
「えー!?」



 オチをつける癖がついてしまった件について。

 たまには違う相手とセッションを。
 意外と面白い、かも。

 笛。一話だけで終わらすのも勿体無いので使って見ました。
 意外な組み合わせに新しい発見があると思います。
世界爺
[email protected]
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1240簡易評価
1.70床間たろひ削除
あぁ、とても綺麗な演奏会。
虫たちしか聴けないのが何とも勿体無いくらいw

それにしても……ルナサ、強いんだなw
4.80削除
まさか妹紅との組み合わせとは・・・さすがですねw
じつにルナサらしい、じつに妹紅らしい話です♪

そうかー、姉さんは強いのか・・・まいったなw
5.80銀の夢削除
綺麗だ…実に綺麗だ。
あえて無音の中で読みふけっていたのですが、なぜだか響いてくる音色があるような気がして。お見事でした。

>>「……ん、やる」
姉さん可愛いよ(*´Д`)
17.80MIM.E削除
妹紅とセッションしてぇぇぇぇぇぇぇ
音楽で語り合った後の二人の充足感がとてもよく感じられました。
高揚した気分で飲む酒もさぞかしおいしいでしょうね。
26.60削除
これはいいルナサですね。
宴会に溶け込んでいくルナサの様子がとてもいいです。