Coolier - 新生・東方創想話

心の音が聞こえる

2006/02/12 08:29:53
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永遠亭の早朝。
使いに出ていた鈴仙が帰り、永琳の元を訪れていた。

「ただいま戻りました」
「お帰り。遠いところまでお使い苦労様」
「師匠のためならどこまでも行きます。師匠の薬を先方も喜んでくれます、弟子としてこんなに誇りに思うことはありません」
「あら。言うようになったわね」

そういう永琳の表情はにこやかである。
一方鈴仙はどこか落ち着かなくそわそわしていた。

「それはそうと、今、外で不思議な光景を見たんです。師匠ご存知ですか?」
「何かしら」
「それがですね、霊夢が……瞳を濡らして魔理沙に抱きついていたんです……」
「へえ、そんな展開になったか」
「理由をご存知なのですね。あの二人、仲はよさそうでしたが、それでもああいうことは意外で、それもウチの前で」

ふふふと永琳は何かを多分に含ませた笑いをした。

「良いわ。話してあげる」

永琳は鈴仙に座布団に座るよう促し、真っ直ぐその赤い瞳を見つめ語りだした。

「鈴仙、光も音も波であることは知っているわよね」

突然見当違いのことを話し出され、鈴仙は顔をしかめる。
だいたい、波と波長は鈴仙の最もよく知るところの一つだ。

「良いから聞きなさい鈴仙。光も音も波という本質は同じところにあるわ。媒体が違うだけ。人の目は動物の中でも特に高度に進化した器官だといわれている。でも耳だって本当はとても精密な器官。それは鈴仙、あなたならよく分かるでしょう」

永琳がそっと鈴仙の耳に触れる。極めて優しく微かに。
けれど、それだけで鈴仙は飛び上がって永琳の手から逃れてしまった。

「ふふ。耳はね、今私があなたに触れた力の何千、何万分の一の空気の圧力の変化を感じ取っているの。だから、本当に意識を集中すれば、周囲の音から視界のような空間を認識すること、つまり自在に世界を音で“見る”ことだってできる」
「それが、霊夢の話とどんな関係があるのですか?」
「せっかちね。あなたの人より速くて不規則な心臓の鼓動が聞こえるわ。鈴仙、目で見えないことも音でなら感じることができるのよ? もしかしたらそれは、うわべだけに見えるものに頼る事で忘れてしまいがちになる人の心の音かもしれない」
「心の音……ですか」

鈴仙はいまいち要領を得ない。
ふぅ、と永琳はため息をつき、少し強い語調で言い切った。

「それが本当に心の音かどうかは別として、人それぞれ違った、その人を表す音というのは確かにある。霊夢はきっと聞いたのよ」



魔理沙の心の音を



-*-*-*-*-



音が聞こえた。

起きて最初に聞こえたのは、私がここに存在するという実感の音。
夢から覚めるということは、自我も世界も区別無い有耶無耶の渦から生まれた一つの流れが、やがて自らの意識となって生まれ出でる過程。
だから、朝起きた時が自分がこの現実の世に存在を始めた瞬間、新しい生の瞬間。
まるで今まで何も無かった空間に、ぽん、と自分自身が染み出た音。
私がこの朝最初に聞こえた音は、そんなもっともらしい嘘めいた、とにかく普段なら気がつくはずも無い音だった。

次に静寂が聞こえた。
私は、私の周りの空間を静寂の音で認識した。

そして直後、世界は音によって急速に広がった。

私を包む布団が呼吸に合わせて柔らかく擦れる。
15畳の部屋を満たす大気は、布団越しに背中に広がる畳の細かく敷き詰められた周期的な目と、紙をぴんと張ったふすまに囲まれて一定のリズムを保っている。
音は外からも聞こえた、広がる境内、空気の流れる音、たぶん快晴、庭で遊ぶ小鳥のさえずりが太陽の光を纏って僅かに煌いている。
神社を作る古い樹木全体が優しくきしむ音、置かれた賽銭箱はきっと空っぽで、中で渦巻くそよ風がため息を付いて出てくる間抜けな音。
遠く風に吹かれても微動だにしないがっしりとした鳥井の音にまで思いを馳せる。

何故だか今日は、あらゆる世界が大気を伝わる音として私を包んでいた。
異常なほど研ぎ澄まされた聴覚。
寝転がったまま、頭に手をやる。
大丈夫、うさ耳なんて生えてない。
私は頭にやった手を勢いよく前に倒して布団をぱふっと叩くとその反動で体を起こした。

そこで初めて私は自分が暗闇に包まれている事に気がついた。
あまりにも伝わる音が鮮やか過ぎて、朝である事を、この上なく爽やかないつもと変わらない景色を疑っていなかった。
暗いということはまだ夜なのだろうか?
いや、そんなはずは無い、昨日は魔理沙の遊びに暗くなるまで付き合って、疲れてそのまま布団に倒れてぐっすりと寝て、ほら、今はこんなにスッキリシャッキリよい気分。
だからまだ夜なんてことはありえない。
なんだ、大体にして自分はまだ目を開けていない。
バカらしい話、こんなのんきな謎ではネタに飢えた天狗すら寄って来る事はないだろう。
ん~~~っと両手を挙げて伸びをして、今日一日はどれくらい暇なのかしら、なんて考えながら布団から出ようとした。

……おかしい。まだ世界は暗いまま。
朝なのは間違いないんだけどね。解ってる、目を開けてないだけだって解ってる。
でも、こんな当たり前の事に疑問を持つのは私らしくないのだけれど……


目ってどうやって開けるんだっ……け?

開かない。

「目ってどうやって開けるんだっけ?」

口を開いても目は開かない。
一つ深呼吸。
ゆっくりと少し高く鳴らして息を吐く。心を落ち着ける。
ばっ、と見えない暗闇に両手を突き出しVサイン。
それを上睫毛と下睫毛の隙間に閉じて当てると、くわっ、と開いてみせる。
両の手の人差し指が眉毛を越えておでこを滑った。
私はそのままぱふんと布団に倒れる。

開かない。目が開かない。
何かに押さえつけられている感覚はないけれど力が入らない。
まるで目を開くと言う機能が初めからなかったかのようだった。
どうして? 病気?
自慢じゃないけれどそれはない。痛みもないし吐き気もない。
他に理由なんてないけど。
それでは寝る前に何かしただろうか、昨日のことを思い出してみる。

昨日は昼過ぎに魔理沙が来た。
そしてニヤニヤしながら珍しく弾幕以外の勝負を挑んできた。

「霊夢! 面白いもの見つけたぜ、少し時期はずれたけどたまにはこういうのも良いだろ?」

そう言って見せてきたのは二枚の木の板と白い重り付きの羽、そして墨の付いた筆だった。

「どうしてお正月も過ぎたのに羽子板なのよ」
「たまたま倉庫の整理してたらでてきてさ。んーほら、旧正月?」
「そうなの?」
「さぁ。でも見てみろ霊夢。この筆なんて墨をすらなくてもずっと書けるマジックアイテムだぜ、すごいだろ」
「負けたらそれで顔に落書きするわけね」
「勿論だぜ」
「ふぅん。まぁいいわ、どうせ暇だし付き合ってあげる。ほら、貸しなさいよ」

魔理沙は羽子板の一つを投げてよこして宣言した。

「今日からお前は紅白じゃなくて、紅黒霊夢だ!」

ま、黒々魔法使いの間違いだったけどね。
魔理沙、スピードこそ速いけど真っ直ぐしか返してこないし。
私が何度あさっての方に打ち返しても律儀に取りに行って。
終いには、涙目になりながら卑怯だぞとか言っちゃって……それでも真っ直ぐ打ち返すのやめないんだもん。
真っ黒くなったほっぺに涙の筋が目立つから、念入りに黒く上塗りしてあげたわ。

日が暮れて、カラスが鳴くまで勝負して、満足して、魔理沙は悔しそうだったけどそのまま帰って、私はお茶を飲んで、疲れてたからそのまま布団しいて、ぱたんと倒れて、そして、気がついたら今日の朝。

うーん。
それなりに充実した一日だった。
目が開かない原因なんて思いつかない。
困ったわね。
とりあえず困ってみた。
そもそも、目が開かないと何が困るんだろう。
神社の間取りなんて体に染み付いている。大して物だって置いてない。
それこそ、目を閉じていても何不自由なく生活できそうだ。
それくらい日々代わり映えのないことしかしていない。
変な自信が湧いてきた。
少し気をつければお茶を淹れることだって難しくないだろう。
しゅしゅしゅ、ぐつぐつぐつ、お湯の沸く音。
今なら火の揺れる音だって聞けそうだ。
いつもの戸棚をがたがた鳴らしてお茶の葉を取り出し降ってみる。
かさかさ……中身はあるようだ。
葉を急須に入れてお湯も入れ、蓋をして少しの間、茶葉の柔らかく開いていく音に集中する。
それから、空の湯のみのふちを空気が撫ぜる僅かな音に気をつけながらこぽこぽと丁寧に湯飲みに茶を注ぐ。
香り立ち、湯飲みの中で揺れる水面の波が程よい質量感を伴って添えた両手に伝わってくる。
目を閉じていてもお茶の味が変わるわけではないのだ。
ふぅ、と一息つくとだいぶ落ち着いてきた。
相変わらず世界の音が鮮明に私を取り囲んでいる。
前に兎が、音も光も同じ波の仲間だと言っていた。
目がそうするように、耳で世界を知覚してもそれは不思議でもなんでもないのかもしれない。
つまり、いつもとあまり変わらない。
ならば、いつもどおりに過ごそうと思う。

とりあえずお昼前に掃除を終わらせて……いや
少しくらい境内が散らかっていても気がつかないから掃除の必要もないかもしれない。
これはかえって良い事ではないか?
あ、でも他の人は見えるのだからやはり掃除は必要?
もしかして、みんなの目が突然見えなくなったということもありえる。
けれど、そんな大きな異変の匂いも音も感じなかった。

あぁ、もう一つ、魔理沙の何か企むにやけ顔を見ないで済むのも良いことかもしれない。
なんて。

……す、す、す、すんすん……

突然耳慣れない音がした。
いや、馴染み深い音にも聞こえたがそれが何の音なのか判らない。
判らないものに対して無意識に危険を感じて意識がその音に集中する。
けれど次に響いたのはとことん聞きなれた声だった。

「霊夢……、そ、そんなあほ面して、何してるんだ?」
「魔理沙?」

……す、す、す、すんすん……

それは確かに魔理沙から聞こえた。
いつも身近にあって、些細な事だけれど、楽しかったり、苛々したり、そんなかけがえのない日常で感じた音。

「何でそのままなんだ? あ、いや、なんで目つぶったまま?」
「それが、開かないのよ」
「は?」
「目が開かないの。なんか、力が入らなくて。病気かなぁ、魔理沙、私変なところない?」
「あー……えっと、うん、ああー。いや霊夢はいつだって変だぜ」
「魔理沙程じゃないわよ」
「いや、というか、その」
「何ぼけっと口開けてるのよ」
「な、何で分かるんだ?」

魔理沙が一歩あとずさって地面を叩く足音が聞こえる。
両手をせわしなく動かす、落ち着きのない空気の揺れが伝わってくる。

「遠慮無しに息を吸う音がするもの」
「む……、目が見えない分聴覚が敏感になってるのか。驚くべきは巫女と言う生き物の生存本能だな」
「まるで私が人間じゃないみたいな感心の仕方しないでよ」
「似たようなものだろ?」
「私は人間だわ。私がおかしいというのなら、他の人間すべてが人間らしくないのよ」

魔理沙見たいにね、と付け加えると、むすっとした吐息が聞こえた。
たぶん帽子を深めにかぶりなおして目を隠したと思う。

「それで、どうするんだ?」
「何が?」
「だから、目。そのままじゃ困るだろ?」
「そうかなぁ。お茶だって飲めるし。不自由しないけど」
「ちょっとは困ったらどうなんだ、不思議現象もそれじゃ張り合いがないだろう」
「世界中の不思議にいちいちご機嫌立てて回るほど私は暇じゃないわ。そりゃ確かに、このままだと他にすることがなくて暇だけど」

魔理沙はぽんと手のひらを打った。
嬉しそうな速い息遣いが口の端を吊り上げる。満面の笑みを奏でているのだろう。

「なら霊夢、その節操無しに開いた腋を閉じてみたらどうだ。目が開くかも」
「私にそんなギミックはない」

……す、す、す、すんすん……

またこの音が聞こえた。

「それにしても、妙に気にするのね、なんで?」
「そりゃ霊夢、だって、……一応、心配だから」

心配。とくん。
そう言われて、私の心臓が一度四割増しで跳ねた。
全身をめぐる血の流れは二割増しくらいでざーーーーっと大きくなる。
魔理沙のくせに。
ほとんど強制的に魔理沙のためにも自分の心配をしなくてはいけないという感情が湧いて来た。
一度そう思うと、再び、目が見えないことへの漠然とした不安が舞い戻ってきた。
さしあたって日常に支障はない。
けれど、理由も分からない、これがもっと大きな何かの前触れでないとも言い切れない。
私の直感は実にのんびり構えているけれど、魔理沙に心配されたという事実が私の感情を急かす。
魔理沙のくせに。

「魔理沙がそこまで言うなら、心配してあげる」
「自分のことなのに偉そうだな」
「魔理沙がいけないのよ。悪い?」
「別に悪くはない。それで、どうやったら治ると思ってるんだ?」

それはわかんない。
病気なら医者に見てもらうのが正しいかもしれない。

「でもあんまり行きたくないなぁ」
「永遠亭か?」
「何で分かるのよ」

魔理沙の存在が低い音の固まりとして私に対して大きくなった。
とんとんと歩く音が聞こえ、服のすれる音と私のすぐ横の空間が家を引きずって微かにきしむ音がして、つまり魔理沙は私のすぐ隣に座った。

「確かに永琳なら原因は正確にわかるかもしれないけど、正確な治し方を教えてくれるとは限らないからな」
「そうねー、ったく誰も彼もひねくれちゃって。歪んだ世界を見ないですむためのこれは進化なのかしら」
「それはない」

断言された。

「とにかく、他にあてがないし行ってみるわ」

立ち上がる。
頭の位置が数十センチ高くなるだけで、空気の通りがまるで違って、私を囲む音の世界を鮮明に見下ろした気になる。それからゆらゆらと浮き上がった。

「霊夢」
「大丈夫、見えなくたってきっとたどり着けるわ。微かだけど永遠亭の音が聞こえるもの」
「化け物じみてるな」
「大きなお世話」
「ってそうじゃなくてそのままだと」
「ん? ぐぁ」

でんっと額を屋根の梁にぶつけた。
地味に痛い。鈍く痛い。

「言わんこっちゃない」
「ちょっと下ばかり聞いていて気がつかなかっただけよ!」
「ほら」

すうっと素早い音がして誰かが、いや、魔理沙が私の手をとった。
くいっと掴まれる手の圧力、私の指を包み込む魔理沙の手は少し火照っていた。

……す、す、す、すんすん……

「んえ?」
「引っ張ってってやるよ」
「いっ、いいってば」
「無駄口叩くと舌噛むぞ」

そして音が風を切り裂いて、私は宙を引きずられた。
あまりの勢いに驚いてばさばさと逃げてゆく鳥達の羽音がもうだいぶ後方で小さい。
微かに感じていた、幻想郷のいろんな場所ののんびりとした波などは全てかき消され、強くて速い流れに翻弄された。
私だって全速力で飛べば、魔理沙程ではなくとも風を切って飛ぶ事もできる。
それなのに今は、光ではなく音で感じる世界は変化と主観に支配されていた。
つまり、今はただ魔理沙に手を引かれ飛んでいるのだ言う感情のみが私の世界。

耳に当たるぎゅぅぅという風音の他に、掴まれた手から魔理沙の心臓のリズムが鈍く、けれどはっきりと伝わってくる。
魔理沙にそんなつもりが無くても、半ば無理やりに魔理沙の手の中にいることを意識した。
はぁ。自分の乙女心が鬱陶しい。
ただ振り回されるのはしょっちゅうだけど、こんな風に受身で魔理沙のやることに包まれたのは、私が目が見えないことで弱くなっているからだろうか。
あの不思議な音が聞こえてきたからだろうか。
魔理沙のくせに。

と、突然風が止み地面にとんと降ろされる。
着いたと言われて初めて、私を囲む世界がさわさわざわざわと永遠に竹のさざめきが重なる場所に変わっている事に気がついた。

「私は独りで平気って言ったのに」
「……今さら遠慮する仲でもないだろ?」

魔理沙はおどけた口調で言う。

「それに、万が一迷子になってどこか知らないところで拾われたら面白くないからな」

面白くないから、そんな事が理由なのが魔理沙だ。

「なら、最後まで付き合いなさいよ」

そう言って、先に歩き出す。
多分こっちが永遠亭の入り口の門。
私が動く事で流れる空気が門に阻まれて窮屈そうに横に逃げる、その音を感じる。
けれど、私の後に続くもったいぶった足音は無かった。

「魔理沙?」

振り返る。見えないけれど。

「私はここまで。ここの連中は私が一緒に行ったら何言われるかわからな……それにだ、風水がよくない。うん」

何か恥ずかしがっているのだろうか。
確かに、魔理沙と二人でここへ来る事は珍しいかもしれない。
けど、風水? 巫女の私がいるんだからどこだって運気絶好調間違いなしなのに。
さわさわざわざわの波にひゅんという音が混ざって、魔理沙の気配が消えたことを知る。
行っちゃった……別に心細いわけじゃないから。
魔理沙なんていなくても大丈夫って……自分に言い訳してるみたい。
考えるのを止めた。







しっとりとした質感の門に手をかけぐいぃと押し開く。
玄関までまっすぐ続く石畳の道と敷き詰められた砂利の感触の違いを足の裏で感じながら歩いた。
思ったより大きく響くじゃりじゃりという音にまぎれて、たくさんの小さくて速い鼓動、気配、を感じた。
それらの気配は私の足音を感じ取り少しの間息を潜めて小さくなる。
ウサギたちの耳の良さを私の鋭敏になっている聴覚がとらえた。
私が玄関までたどり着いたタイミングに合わせ、真正面からひょいひょいと遠慮なしに近づいてくる音がした。
たくさんのウサギたちもそれに気がついたようで、元通りの小騒がしさに戻っていく。
私がためらいも無く玄関の戸を開けると、予想通り出迎えてくれた彼女が予想外に大きな声を出して驚いた。

「いらっしゃい霊夢、何の用ってうわぁぁ!」

それは因幡の素兎、てゐらしくない驚き様。
私がここに来るのがそんなに珍しい? ……ってあれ霊夢って言ったし、違う理由?

……は……っ……は……っ……んー、す、ふー……

てゐから魔理沙とは違う妙な音が聞こえてきた。
それはせわしなく跳ねているようで、てゐらしいといえばてゐらしい音。
けれどそれは一度きり、この油断なら無い兎からそれ以上には妙な音は聞こえなかった。

「目なんてつぶって、どうしたの霊夢」
「いや、それがさあ、開かないのよ」

あ、今永遠亭中の兎が首かしげた。なによ。
けれど、てゐはやはりどこか妙で、あー、うん、へー、うーん、などとしきりに相づちを打ってから

「で、何が目的?」

と訝しげにきいてきた。
話が速いのはいいけど、なーんか腑に落ちない。

「永琳なら治してくれるかと思って」
「それ、ギャグ?」
「大マジ」
「あ、そうなんだ。うん、いいよ?」
「なんで疑問形なのよ」

てゐは私の質問には答えずに屋敷の奥へと歩き出した。
私、何か面白いこと言ったのかしら。
分からないけれど手であたりを探りながら足音についていく。

「そう言えば鈴仙は?」
「今、永琳様のお使いで出てるわ」
「そう」
「まさかあの娘に何かするつもり!!?」
「鍋の具になんてしないわよ」
「いや、そう言うのはまだいいんだけど」
「いいの?」
「何でも無い。それよりも、着いたよ。永琳様、お客です。落ち着いてくださいね」

てゐはおそらく永琳の部屋の前で、入る前に呼びかけた。
それからすーっとふすまが開けられる。

「あら、いらっしゃい霊……」

……ふ………………ふ…………

永琳からも聞こえた。大人びたため息に似た強く外に飛び出そうな何かを秘めた音。
月の頭脳の潜在的なオーラだろうか。
いや、そんなものは今まで感じたことも無かったんだけど。

「その勝負、買ったわ」
「え、いったい何の話?」
「てやんでい、ここまで堂々と乗り込まれて勝負にのらないようじゃ江戸っ子の名がすたるってものよ!」

ずん、と永琳が一歩足を乗り出して、ずいっ、ささっと衣服を、たぶん腕をまくった音が聞こえた。

「永琳様、落ち着いてください、顔に当てたその手を収めてください。今なら私しか見ていない」
「てゐ、私はそんなことを気にする程小さい魂では無いわ! むしろやらせて、でないと負ける、霊夢に負ける! 幻想郷一のお茶目さんの称号は私のものなのよ!」
「だからいったい何の話よ、私はただ目を見てもらおうと思って」

……ふ………………ふ…………

「どのつら下げて目を見てもらおうですって? それが、永遠亭に対する挑戦じゃなければ、そんな台詞が許されるのは姫様だけなのよ!」
「え、もしかして輝夜も目が開かなくなったとか」
「姫様はいつまでたっても芽がでないなんて! そんな暴言、霊夢、あなたという人は!」
「落ち着いて永琳」
「え、あら? 姫様?」

永琳のさらに奥のふすまが開く音がして、さらさらとすれる着物とともに輝夜の声が入ってきた。
永琳はそれでようやく頭に上った血が引いたらしく、ほんの一瞬の静止の後、とすんと座る音が畳越しに感じられた。

……すぅ…………ん。…………

そして聞こえてきたのは短いが余韻は永く残す清楚で艶のある音。
どうやら、人それぞれに特徴的な音があるみたい。
何故か私はそれが聞こえる。
これが何なのかにも興味はあるけど、でも今一番私が知りたいことは、ここに来た理由は

「私の話、聞いてくれる気になった?」
「霊夢にそんな顔して言われたら、聞かないわけにはいかないわね」

輝夜の返事にやっと本題を切り出せる。

「目が、開かなくなったのよ」

……ふ……すぅ……は……かー……

みんなそれぞれの音らしきものが混じる。
多分それはみんなの意識が私に向けられているということだと思う。

「病気かと思って……永琳分かる?」

それからゆっくりと三つ数えられる刻、永遠亭は沈黙した。
私を含めた四人と、それからたくさんの小さな鼓動だけが奇妙にそろって響く。
何だそんなこと、巫女も風邪を引くのね知らなかった、なんてノリで返されると思っていた私の期待は裏切られた。
……予想以上に事態は深刻なのかもしれない。
細々と感じていた不安が一つ、うっすらと、けれど確かにきいいぃと鳴り始めた。

「私は」

その不安を増すように永琳が話し始める。

「私は、薬師だから、当然病にも詳しいわね。目が見えなくなる病、聞こえないはずのものが聞こえる病、心が心ではなくなる病、いろいろなものを知っているし、あなたが望むならそう言った作用のある薬を作ることも容易いわ」
「さすがね、一応。なら……この病気を治す薬を作れるわよね? ツケで」

微かに固まりの揺れる感覚。
永琳が首を横に振ったのだと分かった。
何故と聞き返そうとした私を輝夜の説明が遮った。

「ずばり言うとね、霊夢、あなた封印されているのよ」
「ふういん……て?」
「そう、封印。呪いとも言えるわ。あなたの見る程度の能力、それが封じられてる」
「病なら私に治せるけれど、封印を解くのは別の話なのよ」
「霊夢、あなた……誰かに、人かあるいは妖怪に恨まれることをした覚えは無い?」

てゐに問われて、無いと答えるより速く、くねりと心音が歪んだ。
感情的にはノーだけど、客観的に思い巡らせば、私はたくさんの妖怪を封じたし、あるいは人に仇なす妖怪とも付き合いがある。
その中で、誰かに恨まれてないと言えるだろうか。
気にしたことすらなかったし、気にするつもりも毛頭なかった。
でもこうして現実に、誰かから向けられた悪意が私を束縛しているという。
私は傍目にもはっきりと解るほどに誰かに呪われているのだ。

背筋が、ぞくりと鳴るこの生々しい音。

視界を失うということは、客観的に意味付けし、程度を理解し判断する自信を一つ失うことらしい。
私は全く博麗らしくないことに、得体の知れない何かが怖いと、思ってしまった。
見えれば、理解できれば取るに足らない事態でも、音と気配のみの世界は私に純粋な悪意しか伝えてこない。

「どう、したら……ぃ、の?」

やだ、どうしてこんな弱弱しい声しか出ないのよ。

「私達がして上げられることは何も」

輝夜が答えた。
冷たく凛とした口調は、同情も、言い訳もない、はっきりとした拒絶。

「姫様!」
「永琳、誰が答えても事実が変わるわけではないわ。博麗の巫女に永遠亭の意思を伝えるのは私の役目よ。霊夢、呪いはそれを見るものの心まで乱す。これ以上はあなたにも私たちにも益は無い。神社までの見送りはつけてあげるから帰って、どうしたら良いかは自分の過去の行いに聞く事ね」

何よ偉そうに、あんたなんか、あんたなんか目さえ見えれば……見えれば……
このまま見えなかったらどうなるのだろう……。

私は無言で立ち上がり輝夜たちの声がした方に背を向ける。
永琳だろう。何か言いたそうにくっと息を吸ってそのままそれを飲み込むのを感じた。
けれど、酷く重い一歩を踏み出すと同時に、私への助けは意外なところから来た。

「待って霊夢、考えがあるわ」
「てゐ?」
「永琳様、霊夢をひえの泉へやる事お許しいただけないでしょうか」
「ひえの泉って……ひえ……まさか!」
「そうです、これが本当はいけないことだって分かってます。でも、このまま霊夢を返すなら、このくらい試しても罰は当たらないと思うんです」
「ちょっと、てゐ、永琳、ひえの泉って何よ?」

聞き慣れない単語、もったいぶった二人の物言いに私の語気が荒くなる。
どうしようもなく感情的な自分を別の自分が冷笑を浮かべ分析しているのに気がついた。
そいつは凍えた心の角をカリカリと削って、痛い。

「ひえとは灯得、灯依にして灯りに縁る灯縁の泉。この屋敷の裏から奥に行ったところにある霊泉。その名の通り、夜になると澄んだ水面に光が舞う妖性の泉。その水を汲み朝日の下で浄化を行えば、霊夢、あなたの封印をといて光を取り戻せるかもしれない」
「本当!?」
「嘘なんかじゃ……」

嘘じゃない。てゐはそう言おうとした。
言い淀んだのは普段の自分の行いを省みてかもしれない。

「そこの因幡の言うことは確かよ、でも……そういうこと。狡賢い因幡」

輝夜にそう言われなくても、てゐが本当のことを言っているのは口調で判った。
あるいは、信じたいのかもしれない。
だから私は言った。

「私、その泉へ行くわ。どうしたら良い? 案内してくれる?」

私の決心を聞いて、たた、と何かが音をたて遠くに消えた。
ふぅ、と輝夜がため息を漏らす。
永琳は先ほどから何かを胸に留めて吐き出さないように堪えているようだ。

「仕方が無いわね。本当はすぐにでもあなたを帰して、少し騒ぎたい気分なのだけれど、後のことは因幡に任せるわ」
すいぃと輝夜が立ち上がる。無言で永琳もそれに従った。
奥のふすまが開く音がして、閉じる音がする前に再び輝夜から声がかかる。

「もしかして霊夢、光を失った代わりに聴覚が鋭くなったりとかそういうことはあるかしら?」
「魔理沙には巫女の生存本能だって言われたわ」
「そう、それでは血生臭い事態は避けるべきね。永琳、堪えられる?」
「姫様こそ。これ以上呪いに当てられてはいけません。奥の部屋へ」

「最後に一つ、霊夢、黒い兎がうろうろしているわ。気をつけなさい」
「黒い兎? もしかしてそれがこの呪いの犯人!?」
「違うわ。でもあれはあなたにとって不吉な未来を呼ぶものよ」

しゃべりすぎたかしら。
その呟きを最後にふすまがぱたんと閉じられた。





朝日の昇る二刻ほど前の時間。
私はてゐに借りた二つの取っ手付きの桶を持って、うすらさざめく竹の林を怪しい泉目指して歩いている。
来たときも同じ暗闇の中だけれど、震える大気の冷たさが私に夜だと言っている。
てゐはついて来てくれなかった。それでは意味がないと言っていた。
たぶん、一人で行う事に儀式めいた意味があるのだと解釈した。
期待していたわけではないけど、目の見えない私が迷ったらどうしてくれよう。
……本当は、不安なのは迷う事ではない。
私を守る視界と判断という結界を失った今、突然また誰かが私に敵意を向けてくるかも知れないということ。
音しかない世界というのが、こんなにも世界の感情のみを強く風景として伝えてくるものだという事はこの一日でよく理解した。
目で見た理性の判断を経た景色は本当の世界の色ではないのかもしれない。
人は自分が生き易いように、世界が持つ負の景色を理性で整理してしまいこむ。
今、私の周りに広がる夜の竹林は、冷たさや、しとしとや、ざわざわと、得体の知れない何かの動きがむき出しになっていた。
朝、あれほど鮮やかだった世界が今こんなにも、怖い。

さっさと飛んで行きたいのだけれど、泉はさほど遠くなく、加えて永遠亭と違って分かり易い音がするわけでもなく、方向感覚の曖昧になる目隠し飛行ではたどり着けないかもしれない。
だから、一歩一歩方向と距離を足で確かめて歩く。手探りで竹を避けながらなので進行は遅い。
なかなか好転しない事態、暗く原始的な恐怖を伝え続けてくる世界。

私は、それが嫌で、もどかしくて、
わーーーーーっと声を上げて駆け出した。
同時に強い風が吹き、びょおおうと竹が鳴る。
特大の弾幕がはじけたように、あたり一面をざわめきが埋め尽くし、長い長い余韻が続いている。
私は何かに足をとられた。
とっさに前に出した手が竹のしなる細枝を掴み、何とか転ばずにすんだものの、感覚が鈍く麻痺している。
そっと手のひらを舐めると鉄の香り、血の味がした。
後からじわじわと広がる痛み、酷い怪我ではないと思うが見えなくては程度が分からない。
再び風が吹いて、手放してしまっていた桶がからからと転がっていった。

私はいろいろと擦り切れていた。
その場に地面も確認せずにへたりと座り込む。
その瞬間は泉の事も忘れ、ただ、手の怪我を何とかしなくちゃとしか考えられなくて
ぺちゃぺちゃと舌で傷を舐めその程度を感触で確かめた。
一心不乱に打ち込むことで、恐怖ともどかしさを忘れたかった。

気がつくと手のひらはもう舐める場所が無くなり、血の味はしなくなっていた。
ぺちゃぺちゃになった手を服で拭うわけにもいかず、やりどころをなくして下ろす。
風の一層冷たさが、私にやらなくてはいけない事を思い出させた。
桶は、どこかへ転がってしまっている。

どうして私はこんな目にあっているのだろうか。
誰かが私に悪意を持って、呪いをかけたから。
そして今独りこうして心をすり減らしている。
誰も、誰も私を助けてはくれないの?
針のむしろのこの世界から私を守るものを、誰か、ください。


「助けて……」


弱音を吐いた。
プライドとか自信とかあまりに小さくなっていた。



……す……す、すんすん……



音が聞こえた。懐かしい音。
人それぞれ違った、その人をあらわす音。
いつも身近にあって、些細な事だけれど、楽しかったり、苛々したり、そんなかけがえのない日常で感じた音。
じわりと何かがこみ上げる。

「まり、さ……!?」
「ほらよっと」

魔理沙だ、魔理沙がいる、魔理沙が来てくれた。
魔理沙はまだ乾いていない私の手をしっかりと握り締め力を込めて引っ張って立たせてくれた。
勢いあまってつんのめった私の肩をぐいっと抱きとめてくれた。
へへ、と鼻を鳴らして笑う魔理沙。いつもの笑顔が脳裏に浮かぶ。

「助けて……か、どうした霊夢、らしくないなあ」
「ちょ、バカ、そんなこと言ってないわよ!」
「でも、閉じたまぶたが湿ってる」

慌てて瞳を拭う。
バカ魔理沙。

「それより、水を汲むんだろう? 泉はこの先だぜ」

当たり前のように言う魔理沙。

「なんで泉のこと知ってるのよ」
「呪いを解くんだろ。しょうがないなあ、私も最後まで付き合ってやるぜ」

オオバカ魔理沙。
それだけで、彼女が心配して少し離れて見ていてくれた事が分かった。


「でも、多分一人でやらないとダメだって」
「いやぁ、そんな事は無いと思うけどな。どっちにしてもその泉ならすぐそこにある。今向いてる方向に少し歩くだけだ」

そう言って、魔理沙は私の手に桶の取っ手を握らせてくれた。

「大丈夫、ここで待ってるから行ってこいよ」

とん、と背中が押される。
風はいつの間にかやんでいて、魔理沙と私の息遣い以外聞こえない。
あれほど焦っていた私の心が凪いでいて、ただうっすらと魔理沙の音がのっている。

……す……す、すんすん……

魔理沙の音に守られて私は再び歩き出した。
やがて、すぐに眩しさに襲われた。
いや、視力は戻っていない。けれど、今までと違って目の前の明かりの濃淡がまぶたを伝わって感じられた。
それはちかちかと点滅する白い光。
一日ぶりの光、まぶたの裏の濃淡の変化に意識をとられる。
封印が弱まったのかもしれない。

なるほど、微かにこの泉から妖気を感じる。
あるいはこの辺一体が霊域、妖場なのかもしれない。
そんな妖の性質を持つここの水に特殊な力があっても不思議じゃない。
しゃがんで地面に手をやると冷たい水が跳ねて手の甲を上った。
そのぴちゃりという音に反応したのかあたりに漂う淡い光が点滅をやめて薄くなって消えていった。

……ひ…………ぇ……

なにか微かに聞こえた気がする。
けれど今はそれよりも早くこの水を汲んで戻りたい。
濡れないように気をつけて二つの桶に水を汲み両手に抱えて泉に背を向ける。
風が少し戻ってきていた。
水面を勢いよく自由に滑るごうという風の音が妙に力強くて、その生命力に何故か心が躍る。
生きるという事を励まされる。
そう感じるのは少しだけ離れたところで魔理沙が、魔理沙が待ってくれているからだろうか。

後は戻るだけだ。
魔理沙のもとまで戻るだけ。
それで全てが元通り。


「それで、その水をかぶるのか?」
「風邪引くわよ。そうじゃなくて、永遠亭に持って帰って、後はてゐが何とかしてくれるって」
「ふうん」

ふっと片方の手が軽くなる。

「それじゃ行くか」

魔理沙が桶を持ってくれた。
そして、開いた手を再びあの暖かい鼓動が包み込む。
今度はただ引きずられるだけじゃなくて。
子どもっぽいかとも思ったが、今は遠慮なく握られた魔理沙の手を大きく振って歩いた。
魔理沙は何も言わず私に合わせてくれた。

……す、す、す、すんすん……

魔理沙の音が優しい。
その瞬間まぶたの裏がほんの一瞬白くなった。灯縁の泉の残り灯だろうか。
短く機械的な音がしてしかしそれはすぐ闇にまぎれた。
そんな事よりも魔理沙の手を風を切らせてぶんぶんと鳴らすこっちの方が今は重要。
嬉しい。
ただ純粋にこんな感情に浸れたのは、小さかった頃以来。

朝日が昇り始めた頃に永遠亭に付いた。
暖かい日差しがまぶたの裏を照らす。
夜の間に寒さで固まった地面や屋敷を、日差しがみしみしと溶かしていく。
出迎えてくれたてゐに桶を渡すと、冷たいけど我慢して、とだけ言って私の顔に水をかけられた。

「冷っ、何するの、ってあれ、まぶしい」

当たり前のように目が開く。
顔を拭うのも忘れてキョロキョロと見回した。
見つけた魔理沙の笑顔と朝日を跳ね返す金髪がたまらなく眩しくて、私は魔理沙に飛びついた。

「ご苦労様」

てゐは桶を持って永遠亭の中へ戻っていく。

「ありがとう魔理沙」
「大げさだぜ、霊夢。このくらいのことでびびって泣くなんて、ホントおかしいぜ」
「泣いてない。水をかぶっただけよ、見てたでしょう」

魔理沙がいつもどおりだったのが少し悔しい。
私がどんな気持ちで居たかも知らないくせに。
魔理沙が私に何をしたかも気がつかないくせに。
バカ魔理沙のくせに。


地面には黒く汚れた水が残っていたが、すぐに乾いて地面に紛れ分からなくなった。





-*-*-*-*-




「という事があったのよ」
「うっ、うっ」
「鈴仙、どうしたの?」
「師匠! 良い話じゃないですか! 友情最高! 私にも霊夢にとっての魔理沙の様なそんな友がほしいです」

「……そうかしら……」

何故か、永琳は鈴仙の意見に素直には頷けないようだった。
しかし鈴仙はかまわずに瞳を閉じて、耳に手を当てている。

「うーん、師匠の心の音が聞こえる……? 霊夢に出来て私に出来ない訳がないんです!」

必死に唸りながら首を回して周囲の音を聞く鈴仙を永琳は微笑ましく思った。

どたぱたどたばた

「誰か来る!」
「言われなくても私にも聞こえたわよ」

自信満々に言い放つ鈴仙に苦笑しつつ永琳は部屋のふすまを開けた。
そこには今まさにふすまを開けようとしていたてゐがバランスを崩して倒れかけていた。
その手には何か紙を持っている。

「慌ててどうしたの?」
「永琳様、大変です新聞の号外です。鴉がそこらじゅうに配っています」
「む、あの黒兎め今回はいつもより速いわね。姫様は?」
「すでに裏口から。ですから私達もすぐに」
「そう」

てゐと永琳は頷きあい、すぐに立ち上がって屋敷の奥へと消えて言った。
目をつぶっていた鈴仙は一瞬遅れて、置いていかれたことに気がついた。

「あれ、師匠? てゐ?」

すでにいない。

部屋の入り口には新聞が落ちている。
鈴仙はそれを拾って目を通した。


文々。新聞号外

『昨日早朝、博麗神社の巫女である霊夢氏の目が何者かによって封印されるという事件が起きた。直接の原因は霊夢氏の顔に描き込まれた呪印によることは誰の目にも明白であった。記者がこの前日たまたま目にした霊夢氏とその友人、魔理沙氏の行動から考察するに、羽根突きの勝負で一勝も出来ずに無残に顔を真っ黒に塗られた魔理沙氏が霊夢氏を逆恨みし夜中に忍び込み描いたと思われる。この際使用された筆はいくら書いても墨がなくならないといった妖力を秘めた物であり古来こうしたものは人が妖怪を封じる際に使われるもので、霊夢氏の見る程度の能力が封印されたのもこのためであると考えられる。霊夢氏は犯人と思われる魔理沙氏に会ってもそうと気がつくことなく、永遠亭に永琳氏を頼って訪れた。永遠亭はこの奇妙な事件に対し一度はかかわる事を拒否したが、てゐ氏が自らの朝の水汲みの仕事を押し付ける代わりに霊夢氏の封印を解く手伝いをすることとなった。かくしてこの騒動は解決となるが奇妙なのはこの事件の間中、会う人みんなに笑われていたにもかかわらず霊夢氏がむしろそのことを歓迎するように笑い声に聞き入っていたことである。以下は証拠写真である』

写真にはほっぺに渦巻き、猫のひげ、極太眉をつなげてちょび髭まで生やし、額に茶とかかれた霊夢が写っていた。
閉じたその瞳に輝く大きな星入りの乙女おめめはちょっぴりかすれている。
隣の魔理沙は口元に手を当てて、邪悪な笑みを浮かべていた。

『写真は本日の日の出前、わざわざ顔を洗うための水を汲みに行かされる霊夢氏とそれを手伝う魔理沙氏。どこか神妙な様子で魔理沙氏の手をギュッと握り締める霊夢氏とは裏腹に、魔理沙氏は終始、「くす、くす、くす、くすすんすんすん」と声を殺した忍び笑いを漏らしていた。爆笑をかろうじて堪えている魔理沙氏の努力は表彰に値するが、やはり不可解なのは漏れた吐息に霊夢氏が何故か嬉しそうな安心した笑みを浮かべていた事であった。幻想郷を守る巫女のこの奇行について我々は黙って見過ごすわけには行かない。引き続き調査を行うものとする』




「ナニコレ、ダイナシダ」



刹那、外から叫び声が聞こえた。
うさ耳鈴仙でなくとも、目が見えようとも、誰にでも聞こえる大声とその意味。


「まぁぁぁぁぁぁありぃぃぃぃぃいぃぃっぃいさぁぁぁぁぁぁ!!!!」


永遠亭の空気が閉塞感を増し紅と白に染まっていく。
鈴仙はすでに逃げ場はなく、永遠亭もろとも魔理沙とともに霊夢の結界につかまってしまった事を理解した。




あぁ、爆音と悲鳴がこちらへ近づいてくる音が聞こえる。
怒り狂った霊夢の心の音が聞こえる。









台無しにしてしまって本当にゴメンナサイ。

久しぶりの投稿になります。初めましての方もいると思います。
MIM.Eと申します。音楽が大好きです。
音というものには人の心を動かす作用があると思っています。
だから、こんな事もあるかなぁと。
あるかなぁ。

それと友達が大好きです。
霊夢のようにかけがえのない友情を感じたらたまには感謝してみると良いかもしれませんね。
そうかなぁ。

バカな話でゴメンナサイ

2006.2.11 投稿 微修正
2006.2.12 誤字訂正 指摘感謝いたします。  他微修正
     予想より受け入れていただけて嬉しいです。
     オチは読めるくらいじゃないと、最後の台無しでお叱りを受けそうでいやはや。
     ひえの泉はてゐの言う事ですからね、難しく考えず直感で思ったとおりが答えかと。
     読んでくださった全ての皆様ありがとう。
MIM.E
[email protected]
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コメント



0.3870簡易評価
1.70翔菜削除
友情最高と思ってたらこのオチ……あんまりだw
4.70aki削除
真面目な話だと思って読んでたのに…。
ま、いい意味で裏切られたという感じですねぇ。

魔理沙よよくやった。安心して眠るといい。
6.100名前が無い程度の能力削除
噴いたw
13.90名前が無い程度の能力削除
テラヒドスw
色んな意味で泣いた
16.80削除
やはり、墨であったか
17.80削除
誤字>霊夢氏の封印を説く手伝いを:説く→解く

台無しだ。                 台無しだ。
18.80ぐい井戸・御簾田削除
途中でオチが見えちまったんだが、それでも楽しませる手腕に脱帽。
にしても、ひえの泉について詳細求む!
21.90暇を潰す程度の能力削除
読み直すとまた面白いですね
24.100名前が無い程度の能力削除
これは酷いw
35.無評価にゃる削除
落ちは最初から読めたけどワロタw
36.80にゃる削除
点数入れ忘れorz
40.100ハッピー削除
何か言いたかったけど、鈴仙が代弁してくれていました。
それでは、みなさん。声をそろえて。

「ナニコレ、ダイナシダ」
46.70名前が無い程度の能力削除
オチがわかってからもう一度読むと面白いですね。
それにしても永遠亭の面々は揃いも揃って。。。
48.90かわうそ削除
ダイナシダw
52.70変身D削除
ほんと、ダイナシダ(爆笑
53.100名前が無い程度の能力削除
こんなオチが待っていたとは!
うまいなーw
56.80名前が無い程度の能力削除
ダイナシダ
61.100名前が無い程度の能力削除
誰も言わないので敢えて言わせてもらう。
ツンデレイム万歳。
68.70名無し毛玉削除
起承転結がうまく構成されていて大変良い作品だと思います。
しかし最後の新聞での文体がアバウトすぎます。
ネタばらしでわかりやすいのはよろしいのですが
もう少し『記事』っぽく仕上げていたら文句無しでした。
81.70Mya削除
 視覚のない世界が如実に表現されていて素晴らしかったです。
 うーん、面白かった。
92.90文字を書く程度の能力削除
ナニコレ、ダイナシダ。

見事に嵌められましたw
93.70自転車で流鏑馬削除
これはいいどぅんでぃん返し
94.100名前が無い程度の能力削除
イイハナシダナーと思ってたらこのオチかwww

あんた天才だよ
101.100名前が無い程度の能力削除
なんだこの無性に沸き上がる「金返せ」感はwww
105.80名前が無い程度の能力削除
ひどいオチwww