Coolier - 新生・東方創想話

半熟×乙女 -Hanzyuku Heroine-

2006/02/10 08:06:05
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 1/

 緑の息吹が歌を奏でる魔法の森に、一迅の風が吹き抜けた。
 乾いた音を立てて、歳経た大木が胴薙ぎにされて宙を舞う。
 また、風が鳴る。くるくる踊る上半身が、頭から縦に斬り落とされる。
 まだ、土には帰れない。鋭い風が幾度も走る。大木の骸は、無数の細い薪へと砕
かれていく。斬音は、罪人を打つ鞭のように無慈悲だ。
 四は八に、八は十六に、次第に細かに切り刻まれながら、それでも地に果てるこ
とを許されない。
 いつしかその姿は楊枝のように儚くなり、完膚なきまでに刀割される。
 殺してくれ。彼等に声があったなら、そう懇願したかもしれない。
 非情な剣風に踊らされて、比良坂の亡者の如くに列を成した大樹の残骸を、ひと
きわの唸りを載せた一閃が斬り捨てる。
「あ……!」
 否、斬り捨てられない。振り抜かれた剣の切っ先に、襤褸のようになった樹皮の
切れ端が食い込んで残っている。
「くっ……!」
 無残なその姿に、背中へ鉛のように圧し掛かる自己嫌悪。
 自分は、一体なにをしているのか。
 命を一つ、玩具にしていただけか。
 陵辱され地面に降り積もった樹のかけらを両手に包んで、魂魄妖夢は懺悔の涙を
溢れさせた。
「あ、あ、ああああ」
 声を震わせ、身体の奥から潤みを吐き出す。脱力した指から、二つの剣が大地に
乾いた音を立てる。
 何千何百と剣を振っても、一つの命をこれほど微塵に切り刻んでも。
 この手に、心に、なにも返ってこない。こんなに空虚な殺戮があるか。
「わた――私はっ……」
 本当にお前を斬っているのか――
 己すら半ば死人のような淡い声で、妖夢は斬り刻んだ命にもう一度詫びた。
 地に撒かれた骸が、彼岸からの風に乗って舞い散った。


 2/

 爽やかな朝の日差しも、鬱蒼と緑の茂った魔法の森は照らしきれない。
 まだ夜も明けきらない早朝では、闇のほうが色濃いくらいだ。
 豊かな自然の中に稀少な菌糸の類が軒を連ねているのは、幻想郷の好事家達も知
るところではある。
 ともすればそれら茸の温床にも見える古びた家から、黒い帽子が顔を出した。
 箒を片手に暗い森へと歩いていくのは、霧雨魔理沙である。
 その眼に、いかにも覇気がない。
 平時なら鬱陶しいくらいに天真爛漫な明るさが、深い影に塗り潰されている。
 足取りは重い。苛立ちを隠そうともしない双眸は、前を向いていても虚ろだ。
 煮え切らないものが、腹の奥に渦巻いている。
「あ?」
 踏み出そうとした爪先が、浮いたまま強張る。瞳が、森の奥になにかを捉える。
 獣達さえ瞼を伏せている早朝に、土を踏み鳴らす物好きは誰なのか。
 その正体に気づいて、魔理沙の唇が皮肉っぽい笑みを作る。
「はて……なんで会いたくもない奴が、朝っぱらから私の前にいるんだ?」
 顔にやや血の気が戻って、帽子の鍔を持ち上げる仕草にも芝居がかる。
「――なあ、魂魄妖夢」
 来客は、滅多に現世へは現れない冥界の庭士だった。
 一日の始まり、朝日を運んでくるにしては甚だ奇妙な担い手だ。
 ひょっとすると、今日は変わった一日になるかもしれない。
 魔理沙のそんな思惑を知ってか知らずか、
「私と仕合ってほしい、霧雨魔理沙」
 妖夢は、至極真面目な面構えでそう申し込んだ。
 仕合、と確かに両の耳で聞き取って、魔理沙の表情が引き締まる。
「ゴキゲンな朝の挨拶だな。だが、断る」
 それも一瞬のこと、肩を竦めて妖夢の横を通り過ぎていく。
 険しい顔つきのまま、妖夢は魔理沙を訶める。肩に乗った半幽霊も、丸い身体を
怒ったように震わせた。
「何故?」
「疲れるから。これ以上ない理由だよな?」
 気だるそうに吐き捨てて、魔理沙はそれ以上妖夢に取り合わず歩き出す。
 しかし、妖夢の視線は魔理沙を捉えて離さない。背に刺さる二つの熱を感じなが
ら、魔理沙は振り返らない。
 その背に、再び妖夢は語りかける。
「そうね、貴女は疲れている。毎日毎日、飽きもせずに修練を繰り返せども進めず
に。最近は、特に行き詰っているんでしょう?」
 魔理沙の踏み出した足が、ぎしりと歪に凍りつく。
 踏み出す先が、不意に崩れ落ちて消えたような錯覚に包まれる。
 
 ――踏み出しても、進めない?

 言葉は視えない言霊を含んでいたのか、魔理沙自身に囚われる節があったのか。
 いずれにせよ、少女はその足を踏み出すことなく、背を振り返った。
「……地獄耳だな。誰に吹き込まれた?」
「紫様」
 振り返らせたことに喜びを隠さず、妖夢は笑み交じりに犯人を明かす。
 耳にしてみれば、納得の人選といわざるを得ない。
 八雲紫と奇妙な事件との間には、切っても切れない糸のようなものがあるのだと、
魔理沙は密かに信じている。
「ははん、耳年間が口まで滑らせたってわけだ。私が進めないかは、どうでもいい
が……それでなんだ、いっぱいいっぱいな奴がいるって、笑いに来たか?」
「違う。そうじゃない。実は――」
「もったいぶるなよ、私は気が短いんだぜ」
 露骨な苛立ちを声に乗せて、魔理沙はずかずかと妖夢に詰め寄っていく。
 対する妖夢は、先程までの鋭い表情も何処へやら、覚束ない足取りで後退しなが
ら慌てて首を振る。戦ってくれ、などと言った人間とも思えない。
 だが、噛み付いた建前もあるのか、数歩のたたらを踏んだところで妖夢はふらつ
いた身体を立て直し、俯き気味に大声を上げた。 
「――実は、私もいっぱいいっぱいなのよ!」
「…………あー?」
 唾液をたっぷりと顔に浴びたまま、魔理沙は眼を丸くする。
 同時に、眼を合わせた妖夢の瞳の中に、不思議な既視感を覚える。
 燃えきれずに燻った不健康な火種の色には、魔理沙も覚えがあった。
 ――不愉快なほどに。
「剣を握ったまま……行き詰った。振っても振っても、斬っても斬っても、自分は
進んでいるのだと実感できなくなった」
「へえ」
 呟きは、肯定だ。その声、その言葉で、魔理沙は妖夢が如何なるものにぶつかっ
たのかを手に取るように理解できた。
 ――ひょっとして、お前もか。
 魔理沙の眼に、ぎらぎらした光が灯る。
「倒れるまで斬っても、なにも見えてこない。気を失っていた時間だけ、自分が後
退していくような気がする。怖くて眠れなくて……知らずに気を失って、目覚めて
また、下がって……」
 胸中の不安を根こそぎ吐き出すように、妖夢は途切れ途切れに訴え続ける。
 長刀の柄を握る手が、戦慄くように震えている。
「前に進めず上にも昇れない。矜持があれば後には退けない。八方塞無間地獄よ。
 貴女も、そうでしょう?」
 僅かに間を置いて、魔理沙は小さく首を縦に振った。
 魔理沙の中にも、炎になれない燻った火種が、確かにあるのだ。
「どうしたらいいかわからなくなって、紫様に相談したら貴女の名前が出た。
 貴女も毎日背伸びを繰り返している、と」
「ふん、ぷかぷか浮かんでる連中は余裕でいいねぇ。こちとらは地に足ついた人間
様だ、息せき切って走らなきゃ、埒が開かないんだよ」
「そう。私は……紫様や幽々子様、お師匠様に比べてあまりに未熟。渾身懸命でよ
うやく事を成し遂げられる。でも、懸命なだけじゃ、もう足りない」
 そう、足りない。
 強くなりたい、自分を今より押し上げたいと願って修練を重ねた。
 そうして少しずつ、亀のように鈍間に前へ進んでいく自分を実感して笑った。
 その歩みが、だんだんと短くなって――いつからか、動かなくなった。
 自分を伸ばすための栄養が、足りなくなっていた。
「じゃあ、どうする? いっぱいいっぱいでいるかい?」
「いいえ。紫様は言ったわ。私と貴女は似ている、だから鏡に向き合うことで自分
の悩みの形も自ずと見えるだろう――と」
「アレにしちゃ、いかにもらしくない台詞だぜ。ホントは、もっと皮肉ったろ?」
「ええ。“同族嫌悪”だって」
 溜息交じりに漏らす妖夢の頭上に、したり顔の紫がありありと幻視できた。
 まったくもって、実に。
「ほんとにムカつく妖怪だな。ああそうさ、あいつに言われるまでもなく知ってる
ぜ。おまえと私は、似てるんだ」
「魔理、沙?」
 今や完全に妖夢へと向き直って、魔理沙は剣呑に拳を鳴らし始める。
 表情にも、熱っぽい輝きが蘇っている。
 心も身体も、妖夢を向いた。同じ傷から、眼を背けるのはやめた。
 認めよう。
 自分は弱くて、強くなることに躓いて、それでもまだ、強くなりたい。
「気が変わったぜ。勝負、してやるよ」
「ありがたい……!」
 言葉を機に、抜け殻のようだった二人の少女に魂が舞い戻る。
 お互いに、迷路のような毎日から脱却するきっかけを求めていたのだ。
 肩を鳴らしながら、少々照れ臭そうに魔理沙が切り出した。
「お前に会いたくなかった理由を教えてやろうか? 今よりマシになろうってジ
タバタあがいてるお前を見るとな、ムカつくんだよ。私自身を見てるみたいでさ」
「……腹立たしいのは、私だって同じことよ」
 些か切れを取り戻した顔で、妖夢は挑戦的な笑みを浮かべる。
 そういえば、白玉楼の階段で初めて会った時には、こんな顔をしていたか。
 自分はどんな顔で妖夢に出会ったのか、魔理沙は不意に過去へ思いを寄せる。
 ――いや、振り返ったところで同じ顔はできないか。
「お前は私にとっちゃ危険物の導火線なんだよ。だから会いたくなかった。そんな
奴と顔を合わせて遣り合うことになれば――洒落じゃ済まない。ごっこのその先ま
で行っちまうだろうと、察しがつくからだ」
 魔理沙は懐からミニ八卦炉を取り出し、小さく呪文を呟く。
 主の意を得た宝具は、淡い光を放ちながら霊力を回転させ、膨らませる。
 熱とともに魔理沙の周囲へ高まっていく緊張を、妖夢は心地好く肌に受け止める。
 深呼吸とともに、その腕が刀の鞘を掴んで前に引いた。
「むしろそう望む。道半ばで身動きも取れない、このしみったれた己を踏み越えて
死ぬなら――踏まれて生き続けるよりはマシだわ」
「……参ったなあ、やっぱり私にそっくりだぜ、お前」
 ぽりぽりと帽子の上から頭を掻いて、魔理沙は心底嬉しそうに破顔した。
 いっぱいいっぱいな出来損ないが、自分の他にもいたからではない。
 そいつが自分と同じく、弱いままではいられない負けず嫌いだったからだ。
 さあ、お互い崖っぷちの最後尾、後は追い上げるだけの身だ。
 いっぱい、いっぱい、やってみようじゃないか。
「わかったよ。どんなオチでも恨みっこなし、もしもの時は互いの屍越えていこう
ぜ!」
 箒を剣のように握って、魔理沙は妖夢と向かい合う。
 感謝、宣誓、決意。様々な意味を微笑みに込めて、妖夢も二本の剣を鞘から滑る
ように引き抜いた。


 3/

「う……!」
 無風状態に近い森の奥で、魔理沙は身体を打ちつける冷たい空気を確かに感覚し
た。妖夢が二刀を抜き放った瞬間、周囲の空気が尖るように変質したのだ。
「この二振りが我が往生の際。倒れる時にも振り下ろして果てる」
「ほーぉ。半人前にしちゃあ、据わった心構えじゃないか」
 一触即発の間合いを保ったまま、魔理沙は光沢を放つ二つの切っ先を恍惚と眺め
る。気を抜けば吸い込まれそうな業物だ。
 だが、そんな厳めしい武具とは裏腹に、妖夢は可愛らしい瞬きを魔理沙に投げた。
「……残念。これは、師の受け売りよ。相手がなんであれ、剣を振り下ろすと決め
ておけば死に際に迷わず、恥を晒さずに済む」
「そいつは、いい教えだな。けど、私の師匠も、なかなかいかしたお方だぜ」
「へえ?」
 箒を弄ぶ魔理沙と、その胸で唸る八卦炉を油断なく睨みながら、妖夢も手足の筋
肉を引き締める。
 互いに、じわじわと背中を押していく高まりを楽しんでいるかのようだ。
「言っちゃなんだが、魔法使いは力が弱い。武器持ったやつに敵うはずもない。そ
こで、こう言うわけだ」
 人差し指を立て、意趣返しのウインクを重ねる魔理沙。それでも何処か腕白さが
覗いてしまうのは、彼女の色彩だろうか。
「不利を認めろ。劣等を知れ。その上で、狡く賢くエゲツなく捻じ伏せろ、ってね」
「お互い、素敵な人に弟子入りしたみたいね」
「ああ、同感だぜ」
 緩やかに、魔理沙が指先を妖夢へ向けて突き出す。
 その先端に霊力が迸り、小石大の隕石を生んで勢いよく発射した。
 妖夢の眉間をめがけて、弾丸が迫る。
「む」
 高速移動する飛礫に向けて、妖夢は無造作に長剣を抜いて横へ振った。
 空中で、隕石が鮮やかに二つに割られる。
 それを合図と勝手に決めて、魔理沙は戦場へと走り出した。
 箒に飛び乗り、果敢に正面突破を企む妖夢を追い払うように弾幕を展開する。
 魔法の森の懐を剣風が走り、流星の第一波を両断した妖刀が凛と鳴る。
「さあ、千変万化の魔法を見せてみろっ!」
「うわっ……!」
 宙へ飛んだ妖夢が、魔理沙を縦に両断しようと長剣を振り下ろす。
 箒の加速で難を逃れ、反撃を試みようとした魔理沙は、視界から妖夢を失する。
 目の前に現れたかに見えた姿が、もう影も形もない。
「なんてぇ俊足……ぅ!?」
 不快に冷たい風が首筋に迫るのを察して、魔理沙は転がるように横へ旋回する。
「くっ……!」
 移動速度が、速すぎる。二百由旬をひとっ飛びというのも。強ち誇張ではない。
 速度も切れも十二分。相手にとって不足なし。舐めてかかればこっちが劣る。
 ――それに確か、千変万化を見せろと言ったな。
 思い出して、魔理沙はにんまりと喜悦の笑みを浮かべた。
「上等っ! 魔理沙さんのエヴォリュアル・ウルテクパワーを見せてやるぜ!」
 八卦炉に渇を入れ、正面から迫り来る妖夢へ向けて分厚い星屑の弾幕を張る。
 渦を描いて全身へ降り注ぐ鋭い小星群を、妖夢は胸に交差させた二つの剣で次々
と斬り捨てる。
 速く、そして神経質なほどに正確無比の斬撃が、星の壁を徐々に削っていく。
 刃じみた妖夢の双眸と、重苦しい威圧感とが刹那を重ねるごとに迫ってくるよう
で、魔理沙は更に弾幕を加速させる。
 フェイントを兼ねた頭上からの襲撃も、地を這うような低空の岩弾も、妖夢は動
じず機械的に剣を振るう。
 これで本調子ではないというのだから、魔理沙が舌を巻くのも詮無きことだ。
 だが、舌は巻いても尻尾までは許さない。
 魔理沙は距離を取るのをやめ、妖夢に向き直って五月雨の如くに弾幕を展開する。
 二人の中央に不可視の境界が生まれ、流星と剣閃とが火花を散らす。
 魔法と剣術、畑違いとはいえ、妖夢と魔理沙の技巧は切迫している。
 危うい均衡を守りながら、互いに一歩を踏み込めない。
「……なに考えてやがる?」
 膠着する戦況の中、魔理沙は一つの違和感に眉を顰めた。
 ――妖夢は、これまでにたった一発の弾さえ放っていない。
 放たれる攻撃を、余さず丁寧に刀で斬り捨てているだけだ。
 妖夢は剣の扱いに長けるが、決してその弾幕は未熟ではない。むしろ重なること
で、一層にその威力を増すだろう。
 何故、撃たない? 何故、弾幕を敢えて封じる?
 これではまるで、ただの――
「――ぉ」
 疑念に意識を囚われた、その僅かな空隙に。
 妖夢を見失った魔理沙の左肩から、鈍い音ともに銀色の刃が顔を出した。
 骨まで突き刺さる激痛に、魔理沙の背が痺れたように跳ねる。
 膝が震え、張り詰めていた足がバランスを失ってくずおれる。
「ごっこのその先、と言ったわね。そう、私は弾幕よりも確実に――この剣で貴女
を倒せる。殺すことさえ、出来るでしょう」
「ぎっ……!」
 剣に力が篭められ、傷を裂きながら刀身が魔理沙の中を進んでいく。
 脂汗を流す魔理沙とは対照的に、妖夢は血の伝う刀を褪めた眼で見つめて呟く。
「……なのに、何時からか剣を振るうことに慎重になっていた。剣士の本分を、忘
れていたのかもしれない。弾遊びにうつつを抜かして」
「ぐ、ぁっ……!」
 より深い侵食に苦悶を吐き出しながら、魔理沙が浮かべたのは笑顔だった。
 疑問は、氷解した。小賢しくも弾を封じていたのは、そんな理由か。
 だからお前は、ただの剣士になっていたのか。
 下らない。あまりにも下らなくて、肩の痛みも吹き飛びそうだ。
 だったら、こいつもついでに吹き飛ばそう。
「粗末なもんを、いつまでも人の身体におっ立ててるんじゃないぜっ……!」
 苛立ちも痛みもごちゃ混ぜに、魔理沙は狙いも定めず自分の背後に足を振り抜く。
 密着した姿勢が災いして、蹴りは踵から妖夢の鳩尾へ深々と突き刺さった。
「ぐぅ……!」
 踵が柔らかい腹へ減り込み、妖夢は剣を握ったまま、たたらを踏んで退く。
 血に濡れた刃が、名残惜しそうに魔理沙の肩から抜け落ちる。
 熱を持って痛む傷口も上の空に、魔理沙は荒ぶるまま想いを吐き出す。
「くっ……遊びにうつつ? 結構じゃないか。その時は楽しかったろ? 本気だっ
たろ? じっくりすっきり楽しんどいて、後で鬱ったら遊びのせいにするのは……
武士道じゃないぜ」
 赤く染まった左肩を霊力の応急処置で誤魔化して、両足で地を踏み締める。
 主の鬱憤を力に変えて、ミニ八卦炉が高らかに唸る。
 魔理沙の苛立ちに、森全体が震えている。
「そんな半人前の振るうナマクラじゃ、この大魔法使い様は斬れないなぁ!」
「斬れないかどうか、試してみろっ……!」
 楼観剣を振りかぶって、疾風のように妖夢が魔理沙へと突進する。
 襲い来る強大な剣気をむしろ歓迎するように、魔理沙は両手を大の字に開く。
 その胸に、十全に霊力を練り上げ回転させたミニ八卦炉が浮遊する。
「私は普通の魔法使いだ、刀はないが……伝家の宝刀って奴はあるぜ。さあ、拝み
な!」
 咆哮を合図に、爆発的な霊力が魔理沙の両手に集束する。
 放電し、身体を後ろへ引き摺りながら手の中に膨れ上がっていくエネルギー。
 その手応え、自分の中に燃えるものの総量を全身で受け止める。
 二つの拳骨に血を巡らせ、奥歯を噛み締めたら、あとは押し出すだけだ。
 ――霊力よ、光になれ!
「んマスタァスパァァ――――クっ!」
 高熱と閃光が絡み合って爆発し、魔法の森を純白に染め上げる。
 生い茂る森のあちこちから、閃光が空へと漏れ出していく。
 地鳴りを纏った破壊の光が、妖夢を呑み込もうと押し寄せる。
「マスター、スパーク……!」
 魔砲の大放出に向き合って、妖夢は刀を握った両手に汗を滲ませる。
 マスタースパークの威力は、白玉楼階段の戦いで身体で識っている。
 あれは受けることも避けることも出来ない、言ってみれば霊力の津波だ。
 避けられなければ、斬るしかない。
 だが、この腕は、この刀は、あんな怪物を斬ることが出来るのか?
 刃が、立つのか?
「――否」
 断つのだ。断てないと思うものをこそ、今は斬らなければならない。
 見失ってしまった刀との繋がりを、取り戻すために。
 斬る。その一念を、血液のように五体へと巡らせる。
 心とは内なる小宇宙。果て無き無量。
 “斬”の一念を、大いなる劫へと変えて纏えば、
「この刀に、斬れぬもの無し」
 妖夢は獣のように膝を曲げ、筋肉が張り裂けんばかりの反動をつけて、
 ――迫り来る魔砲の中心へと飛び込んだ。
 臆するな。
 斬るべきは、霧雨の魔砲ではない。
 空を撼す不埒な極光ごと、
 
             この現世を、斬る。

「はぁぁぁぁ……ッ!」
 唸りを上げた妖夢の姿が、魔砲の光に飲み込まれて消える。
 だが、推進するスパークを内から破って、楼観剣の切っ先が天へと伸びた。
 刀は停まらない。光の柱をモーゼよろしく二つに分けて、ひた進む。
「お・お・お・お・おぉっ……!」
 跳ね返る万力のような刃応えを握り締め、妖夢は身体ごと刀を前に振り切る。
 ぶつん、と、不意にすべての抵抗が失われる。
 妖夢の背で、真芯から二つに斬り裂かれた魔砲が、大爆発とともに消滅した。
「――おいおい」
 発射の姿勢で凍りついたまま、引き攣った魔理沙の頬を冷汗が伝う。
 ――スパークまで斬れるとは、聞いていなかったぜ。
 溜め込んだ霊力を放出し尽くし、ミニ八卦炉の振動が止まる。
 静寂を取り戻した森へ、妖夢の降り立つ音が鮮明に鳴り響いた。
 妖夢は、楼観剣を握った手をまじまじと見つめ――
「くっ……は、ははっ、ぅはははぁはははははははははは!」
 堰を切ったように、けたたましく笑い始めた。
 痺れるように拳へ残る、斬撃の実感。久しく忘れていた熱に浮かされて。
 力が溢れる。身体が軽い。今なら、あらゆるものを斬れる気がする。
 自分の中に篭っていた闇を、笑い声に載せて根こそぎに吐き出す。
「はぁ――」
 笑うだけ笑って、大きな深呼吸を一つ済ませると、妖夢は揺らぐように顔を上げ
る。その眼から、迷いの靄はもう消えていた。
「切れ味MAX、ってとこか」
 見ているだけで二つに割られそうな威圧を感じて、魔理沙は自分を鼓舞するよう
に唇を無理矢理につり上げる。
 そうしなければ気圧されてしまうほど、目の前の敵の気配が変わったのだ。
「さあ、続きだ」
 阿修羅の如くに凄絶に笑って、妖夢が二刀で虚空を斬る。
 魔理沙は戦慄に身構え――今度こそ、妖夢の姿を完全に視界から見失った。


 4/

 魂魄妖夢が魔砲を斬断し、呵呵大笑してからまだ五分と経過してはいない。
 だが、魔法の森に漂う風は、僅かの間に色濃い鉄の香りを帯びていた。
 押し殺した悲鳴と、空気を浸した血の匂いが、周囲を皮膜のように包んでいる。
「ぐっ……!」
 肩から腹にかけてを浅く刀に噛まれ、魔理沙が大きくよろめく。
 黒を基調とした服のあちこちが破れ、無数の刀傷から鮮血が滲んでいる。
 力を篭めるだけで強烈に痛むそれらを押し殺し、踏みとどまって弾幕を放つ。
 狙いはつけない。つけても、意味がない。
 妖夢は最小限の動きで弾幕の隙間を探り出し、それを突破口に残った弾ごと魔理
沙を斬り裂いてくる。
 弾は妖夢を正確に捉えられない上、足止めにもならない。
 結果、傷ばかりが増え、血と体力を奪われていく。
「はーっ、はぁぁっ、はぁっ……!」
 ついに片膝を地に許して、魔理沙は熱くなった息を血とともに吐き捨てる。
 本当に、速くなった。今は、眼は完全に妖夢を捉えきれない。
 こちらの最大の武器、間合いを取っての砲撃が意味を成さない。
 もはや、同等の戦いですらない。
完膚なきまでに、一歩先に行かれてしまったというわけだ。
 だが――このまま終わるつもりはない。
 ズタズタにされて終わるだけなら、なんのために受けた戦いかわからない。
 さあ、そろそろ風を変えに行こうか。
「イテテ……ふー、やれやれだぜ……」
 箒を杖に、魔理沙はあちこち糸が切れたように不如意な身体を、どうにか持ち上
げる。実際、あちこち切れてはいるのだが。
「まったく、珠のお肌を思う存分切り刻んでくれやがって……流石の私も腹が立っ
てきたぞ?」
 震える膝に拳骨で喝を入れると、遥か前方に妖夢が剣を構える気配が伝わる。
 油断なく降り注ぐ殺気を満足げに受け止めて、魔理沙は隙間風の吹きそうな傷だ
らけの身体に、空気をたっぷり吸い込んだ。
「こいつはどうやら、私も近接戦闘ってのをしなきゃならないらしい」
「なに……?」
 妖夢が怪訝そうに表情を変える。その仕草に、魔理沙は満足げに笑う。
「できるのか? って思ったな?」
 魔法使いが肉弾戦なんて馬鹿げてる。そう、思うだろう?
 だからこそ、だ。
「できるんだなー、これが。魔法の力は無限だぜぇ?」
 誰もが呆れるその馬鹿を現実に変える――それが、魔法使いの仕事だ。
 自分がなんなのかをもう一度噛み締めて、魔理沙は握り締めた箒をおもむろに放
り捨てた。
「む?」
 妖夢が眉を顰めたのも、無理はない。
 魔法の箒は、生身の機動力で劣る魔理沙の生命線に等しい。
 それを捨てれば、いよいよ妖夢を捉えることが出来なくなる。
 さりとて、劣勢に戦いを捨てる柄でもあるまい。
「――ふん」
 構うものか。飛び出すものごと斬り捨てる。
 妖夢は油断なく楼観剣を構え、魔理沙を睨み据える。
「……行くぜ?」
 魔理沙がクラウチング・スタートのように小さく背を屈める。
 地に伏せられたその手に、一枚の符が煌く。
 唇が呪文を紡ぎ上げ、魔理沙の周囲を複数の魔法陣が取り囲む。
 だが、魔理沙は拡散する霊力を無理矢理に封じ込め始める。
 ただのスペルでは、今の妖夢を捕まえられないから。
 このまま膾にされるくらいなら、一つ大きな賭けをしよう。
「ぐ……! むっ――」
 スペルの威力で、前のめりに飛び出しそうになるのを慌てて踏み止まる。
 そうして、噴出すために現れる霊力を、逆に押しとどめて圧縮していく。
 行き場を失った力が、地震のように全身を駆け巡る。
 肩の傷がほつれ、熱い血が滲み出す。
「まだ、だっ……!」
 まだ足りない。こんな力じゃ、あの庭士に敵いはしない。
 研ぎ澄ませ。大砲が、一筋の矢になるまで。
 そうしたら、まっすぐ刺さりに行こう。
 左の五指に凝縮したエネルギーを握り締めて、魔理沙は鋭く息を吸い込む。
「よーい……」
 土を掴んだ手足が、前にじわじわと押し出される。
 飛び出そうとする自分を、抑えきれない。だったら、飛んでいくだけだ。
「ドンっ!」
 掛け声とともに両足で地を蹴って、魔理沙は手中の魔法を解き放つ。
 鎖を千切って飛び出すのは、掌サイズに押し込めた魔法仕込みの小彗星だ。
 走り出したら止まらない、乙女の一番星(ブレイジングスター)。
 魔法使いの痩身が、流れ星の威力を纏って飛び出す!
「馬鹿なっ……!」
 まさに弾丸さながらの速度で接近する魔理沙に、妖夢は完全に不意を突かれた。
 敵の動きが速すぎる。意識が、魔理沙の加速に順応できない。
 妖夢の狼狽も何処吹く風、砂煙を巻き上げる魔理沙が、右手を低く振りかぶる。
「くぅっ……!」
 苦し紛れに、妖夢は左手で白楼剣を抜いて斬りつける。
 だが、迎撃の一閃は、彗星の勢いを断つには遅すぎた。
 地面すれすれまで身を屈めた魔理沙が刃の下を駆け抜け、
「いかにも馬鹿だ、覚えとけっ……!」
 肩に食い込もうとした白刃に先んじて、風を斬った右拳を妖夢の肘に突き刺した。
 彗星の推進力を載せた、奇想天外の一撃が妖夢を貫く。
 瞬間――めり、と枯れ枝を踏み砕いたような異音が響いた。
「「ぐっ……あぁぁぁぁぁっ……!」」
 突進をまともに受けて、もんどりうって妖夢が転倒する。
 極小とはいえ、星一つ分の衝撃は妖夢の矮躯を軽々と弾き飛ばした。
 魔理沙もふらつきながら着地して、二人はほぼ同時に劈くような絶叫を上げる。
「く……ぐ……!」
 右手を押さえ、魔理沙は足から伝わる震えを堪えきれずに膝を折った。
 異様な激痛が、腕から脳へ雪崩のように流れ込む。
 拳がうまく作れない。おそらく、激突の衝撃で五本とも派手に砕けているだろう。
 おまけに、肩の傷まで本格的に開いてしまったらしい。
 急速な眩暈に襲われ、地にくちづけた膝はなかなか起き上がろうとしない。
「あ……あっ、く、うぁぁぁぁっ……!」
 倒れた妖夢も、背を弓なりに折り曲げて苦痛を吐き出す。
 魔理沙とは逆の左腕が、肘から不可解な角度に折れ曲がっている。
 苦悶と脂汗を漏らして、妖夢は這うように土の上で喘ぐ。
 主の手から離れた二刀が、不安げに鳴いている。
 ともに片翼を折られ、魔理沙と妖夢は突っ伏して弱々しく身悶える。
「イッ、テテ……くふっ、どうやら、成功、だぜ……っ!」
 頭を伏せたまま、魔理沙は消え入るような声でひそやかに笑った。
 その響きに、未だ消えない生命力がある。
 頭が重い。身体中が、メチャクチャに痛い。
 このまま腰も砕いて、突っ伏してしまえば極楽だろうけど、まだ早い。
 残った左手で、地面を突っ張れる。
 震えっぱなしの膝も、どうにか曲がる。
 頭の中は、勝つことばかり考えている。
「ああ――」
 このまま戦い続けて、ぐうの音も出ないほど妖夢にのされるなら、構わない。
 けれど今ここで、弱い自分に踏みつけられて終わるのは、我慢がならない。
 こんなゴールじゃ、満足できない。
 ――だったら。
「……ぃよっし!」
 残った片手でめいっぱいの反動をつけて、魔理沙は折れた上体を跳ね返す。
 根性と痩せ我慢と乙女の意地、その他諸々を振り絞って、立ち上がった。
「そっちはどうやら悟りが開けたみたいだが……あいにく私はまだなんだ。だから
さ、もう少しつき合ってもらうぜっ!」
「ち、ぃっ……!」
 魔理沙に触発されるように、妖夢も土の上を転がりながら楼観剣を拾い、ふらふ
らと起き上がる。
 お互いに、もはや幻想郷の風を切る機敏さは見る影もない。
 だが、まだ二人とも戦える。双方、停まるつもりはない。
「おぅりゃっ!」
 残った腕をブーメランのように振って、魔理沙が勢い任せにレーザーの雨を降ら
せる。妖夢の剣が迫る光線を捌くが、白楼剣を失った左側の対応が甘い。
 結局すべてを躱しきれず、妖夢は大袈裟なステップで弾幕から逃げる。
 後退るその眼に、その息遣いに、明らかな動揺の色が混じった。
「……っ!」
 砕けた左腕を横目に覗いて、妖夢は震える舌を打つ。
 完全に壊され、生半の霊力では刀を握れるまでに回復できない。
 そも、回復に回すほどの余裕さえ奪われてしまった。
 魔理沙も腕を壊したようだが、果たしてどちらが先んじているのか、もう妖夢に
はわからない。
 ――なんなんだ、あの戦い方は。
 実際、魔理沙の行動は常軌を逸していた。
 ずるく賢く立ち回ると言いながら、少女の選択は真逆だった。
 妖夢の懐を抉ったのは、およそ賢者らしからぬ原始的な腕力の一撃だ。
 なにが戦略、なにが魔法使いか。
 口惜しいのは、垣間見た悟りさえその奇行に放り出した我が身の不出来だった。
 魔砲を斬った、あの心のままでいたなら。
 腕の一つが折れようと、真っ直ぐに刀を返せたはずなのに。
「マスターっ……!」
「う……!」
 間合いに飛び込んできた魔理沙が、おもむろに両手を胸の前で重ねる。
 思わず身構える妖夢の前で、敵の姿が忽然と視界から失せた。
「なんて嘘だよっ!」
 魔砲をまさかの隠れ蓑に、魔理沙は身を屈めて妖夢の足を蹴り飛ばす。
 予期せぬ打撃に、妖夢は受身も取れず派手に転倒する。
「あぐっ……! こ、このぉっ……!」
「へへっ、ザマーミ――うぐ、っ!」
 意地悪な笑みを浮かべようとして、魔理沙はくぐもった悲鳴を上げる。
 全身を振り乱すアクションに、傷だらけの身体がついてこないのだ。
 だが、戦いここに到って、明確に両者を隔てるものがある。
 ブレイジングスターを分水嶺に、魔理沙の眼には炎が。
 妖夢の眼には、霞が浮かんだ。
「あ……っ!」
 両者の均衡が崩れる。腕の痛みに硬直した妖夢のこめかみを、横殴りの弾が叩く。
 倒れこそしなかったが、妖夢は衝撃に大きく姿勢を崩して蹲った。
「――チッ!」
 だが、押し勝った魔理沙は笑うでもなく、忌々しげに舌打ちをした。
 確かに、戦況は変わった。その変化を、誰よりも肌で感じているのは魔理沙だ。
 だからこそ、自分と同じような奴が萎んで揺らぐ姿に、堪らなく苛立つ。
「どうしたんだ、お前は私と似てるんだろ……?」
 半ば祈るように、魔理沙は掠れた声で叫ぶ。
「なあ、妖夢!」
 煮え切らない、あの毒のような感覚が魔理沙の胸に蘇る。
 これがある限り、自分はきっとまだ先に進めない。

 ――そうだ。私も妖夢も、いつまでも出来上がらない半熟卵なんだ。
 ハードボイルドになれない自分に、いつもイラついている。
 よわっちい自分にイライラしてるから、私達は動くんだ。
 そう、死ぬまで動く。動かなければ変われない。だっていうのに。
 たった一度の盤返しで、この程度の予想外で、もう曖昧になったのか。
 お前の苛立ちは、私と同じ欲求不満は、そんなつまらないものなのか――?

 そうだというなら、こちらにも考えがある。
「もう動けないか? そうかそうか」
 血の気の引いた顔に青筋を浮かべたまま、魔理沙は妖夢に腕を伸ばして――
「はぁっ!」
 その五指から、溢れんばかりの弾幕を放射した。
 死に損ないの隕石群が、今一度の鋭さを帯びて荒れ狂う。
「くぁっ……!」
 妖夢の顔が引き攣り、重心の定まらない足が慌てて動き出す。
「じゃあ、私が動かしてやる。死ぬまでお前を動かしてやる。
 ――お前を、殺してやる」
 流星が生み出す大音声の中、魔理沙は確かな怒りを乗せて吼えた。
 縦横無尽の弾幕に追いまくられ、妖夢は重い身体を引き摺るように木々の隙間を
飛び回る。再び、二人の狩りが始まる。
「はぁ……はぁっ、はぁっ……!」
 なけなしの力を果ての果てまで削っているのは、魔理沙も同じ。
 馬鹿馬鹿しいほどの速度で唸る心臓の鼓動が、脳天にまで響いてくる。
 あとどれだけ動くのか、あとどれだけ撃てるのかはどうでもいい。
 空っぽになってもいいから、あの尻にもう一回火をつけてやるのだ。
 そんな願いを込めながら、砕けた拳のかわりに弾で妖夢を殴りつける。
「が……!」
 風を斬り、固いもの同士がぶつかり合う鈍い音が空気を震わせた。
 真下から顎を鋭く打ち抜かれて、妖夢は大の字に地へ倒れる。
 二つの膝が曲がらない。寝転がった背と腰が、貼りついたように動かない。
 妖夢を支える糸が、根こそぎに解れていく。
「う……ぅっ……」
 それでも、半幽霊を胸の上に乗せ、妖夢はなんとか起き上がろうと顎をこじ上げ
る。汗と涙の伝う顔は、痛み以外の感情に歪んでいる。
 その抗いを冷めた目で見下ろして、魔理沙は失望を込めた吐息を漏らした。
「あー、いいっていいって。もう立つな私の勝ちだ」
「い……言うなっ……!」
 泣き出しそうな声で、妖夢はじたばたと手足を暴れさせる。
 立ち上がることも出来ないのに、残った右手の剣だけは離そうとしない。
 妖夢はまだ、諸手を上げてはいない。
 含み笑いを隠して、魔理沙は更に責め立てる。
「そもそも勝ち負けっていうなら、最初から私の勝ちだったんだ。だってそうだろ?
 お互い半人前同士、だけどお前は人間半分。いわば四半人前だ」
 唇をつり上げ、出来る限りのワルい顔で、見下してやる。
 最後に残った負けん気の、尻尾を引きずり出すために。
 ――お前は、私だ。妖夢、私(じぶん)に負けるな!
「だったら、人間力で私が勝つよなぁ?」
「――っ!」
 奥歯を噛み締め、内なる霞を吹き飛ばして、妖夢の瞳は剣になる。
「侮るなっ! だったら残りの幽霊半分で、出し抜いてやるっ……!」
「うははははっ! そうだよ、そうこなくっちゃなあっ!」
 あれだけ地面にべた惚れだった身体をふんぞり返らせ、剣士は蘇った。
 ならば、残りの全霊を捧げて、魔法使いがお相手しよう。
 魔理沙は紳士よろしく帽子を脱いで会釈し、大きく後ろへ跳んで間合いを取った。
 尽きかけた霊力を糧に、紡ぐスペルは、再びのブレイジングスター。
「来いっ!」
 一つきりの刀を手に、剣士は二度と怯まない。
 その切れ味。魔砲とともに魔理沙の自信を斬り捨てたあの霊気が、帰ってきた。
 こいつは手強い。真っ直ぐ飛んでいったら、真っ二つにされそうだ。
 ならば、今度こその正直で。
「……OK。魔法使い的に、行かせてもらうぜ!」
 符が弾け、魔理沙の背後で霊力が渦を巻いて爆発する。
 心を固め、少女は再び彗星を握り締めて発進した。
 対する妖夢も、唸りを上げて迫る魔理沙に、瞬きさえも行わない。
 呼吸を研ぎ澄まし、斬るべき一瞬を、反撃のリズムを探る。
 炸裂を待つ爆弾のように、力を溜め込んだ両足を緊張させる。
 大砲の弾道に立ち、剣士は迫り来る凶悪な魔弾を真っ向迎え撃つ。
 交錯は、目前。
「う……!」
「!」
 妖夢との距離を半分ほど征服したと思われた時、魔理沙が急激に失速する。
 彗星が蛇行しながら勢いを失って、背中を押されたように魔理沙の下半身がふら
つく。自重に引き摺られ、今にも転倒しそうだ。
 妖夢の全身を、落雷じみた熱が駆け巡る。
 まさに千載一遇、この機を逃せば走り出せない!
「もらったっ……!」
 舞い込んだ勝機に、全体重と残った力を刀に乗せて妖夢が走る。
 楼観剣の切っ先が一直線に狙うのは、倒れて突き出された魔理沙の心臓。
 だが、
「――ああ、私がな!」
 その反撃のリズムこそが、魔理沙の狙う突破口だった。
 誘い込むための減速は計算の内、魔法使いはずるいのだ。
 緩めた彗星の勢いを、一気にフルスロットルまで持ち上げて再発射。
 妖夢の繰り出す突きの直線上へ、最速で突進する。
「っ……!?」
 新たなブーストで再び突進してくる魔理沙に、妖夢が眼を見開く。
 妖夢とて、今更勢いを止められない。
 楼観剣を握る手に力を篭め、己の敵をもう一度目に収める。
 魔理沙が、吸い込まれるように刀へ向けて突っ込んでくる。
 このまま行けば、直撃する。楼観剣が、魔理沙を貫く。
 この手で、魔理沙の命を斬り捨てる。
「う……」
 疲れや痛み以上に重く冷たいものが、肩から妖夢に圧し掛かる。
 ――私は、魔理沙を殺せるのか?
 刀を握る手の震えが、全身に広がっていく。
「――否っ!」
 唇を噛み、妖夢は寒気を吹き飛ばす。同時に、心を剣のように硬く強く整える。
 心臓(じき)狙いの被弾は、即ち死を意味する。
 それを承知で、魔理沙は自らを弾の軌道に重ねた。
 その覚悟に、報いようと決めた。
 二人を隔てる空間が急速に失われ、魔理沙と楼観剣が肉迫する。
「――んっ!」
 着弾の瞬間、魔理沙が生き残った左手を武器のように突き出す。
 身体に先んじて、掌が自ら白刃へと突き刺さり、鮮血を噴出す。
 流星の推進力は衰えず、骨と肌とを貫通し、掌を貫いてもなお停まらない。
「ぐ……ぅぅっ、おぉぉぉぉぉっ……!」
 その爆発的な勢いに載せて、魔理沙は身体を前へと押し出す。
 刃を食い込ませながら、刀身を伝って一直線に妖夢の懐へ飛び込んでいく。
 そう、真っ直ぐに敵を狙って突き立てられたこの楼観剣こそが、妖夢へ続く絶対
の活路だった。
 死線の紙一重を走り抜けて、魔理沙の手が、刀を握る妖夢の指に触れた。
「あ――」
「取ったぜ、剣士の間合い」
 額を小突き合わせるほどの至近距離で、魔理沙は会心の笑みを浮かべる。
 その胸で、大気中の霊力を少しずつ集めて練成していたミニ八卦炉が、激しく発
光し始める。正真正銘、最後の魔砲を放つために。
「あ……! う、あ、あっ……!」
 目の前で傷だらけの両手を突き出す魔理沙に、妖夢には反撃の術がない。
 最強最大の魔法が来る。この距離では、斬ることも受けることも出来ない。
 なにより、恃みの刀は魔理沙の手に食い込み、動かすこともままならない。
「こいつで王手……私の、勝ちだっ――!」
 周囲が帯電し、魔理沙と妖夢を挟んだ空間が歪み始める。
 爆発的なエネルギーが、魔理沙の両手に集束していく。
 おそらくは白刃に飛び込んだ魔理沙よりもはっきりと、妖夢は眼前に迫る破滅を
実感する。足が痙攣するように震える。身体中の血が凍りつく。
 涙が、勝手に溢れてくる。
 今、握った刀を捨てて背を向けたなら、生き延びることも出来るだろう。
 けれど、捨てられない。絶対に捨てたくない。
 命果てる時は、振り下ろした刃と共に――
 遥かな教えと共に、不意に妖夢の脳裏へ師の言葉が去来する。

 “剣士が振るうべき剣は、何処に在る?”
 
 二振りの剣を授ける折、魂魄妖忌は妖夢にそう尋ねた。
 当時の妖夢には、手の中と答えるより他はなかった。
 今、再び思う。自分が振るうべき剣の在り処は、何処なのか。
 腕を砕かれ、残った刀さえ魔理沙の手に掴まれて動かせない。
 それでも、まだ生きている。動ける間は、抗える。
 考えろ。把握しろ。なにか一つくらいは残っているはずだ。
 剣と歩み、剣と共に果てようと願った、この身体の何処かに。
「――この、身体?」
 見つけた。今、この瞬間に繰り出せる刃が――此処に在る。
 崩れかけていた妖夢の意識に、一筋の光が走る。
 剣士が振るうべき剣。何時如何なる時にもその身と共に在る刃。
 その意味を朧に掴んで、妖夢はこみあげる激情に絶叫する。
「――魔理沙ぁぁぁぁっ!」
 稲妻を纏ったファイナルマスタースパークが、大口を開けて妖夢へ食らいつく。
 押し寄せる破壊の奔流を、妖夢は地へ両足を張って全身で迎え撃った。
 五体を剣に擬え、魔砲を正面から斬りつけるように。
 魔法の森を埋め尽くした霊力が、飽和し次々と爆裂する。
 そうして、音に負けじと吼える妖夢の姿が、光の津波に塗り潰された――。


 5/

 その日は、博麗霊夢にとっても甚だ奇妙な一日だった。
 来客がないので、午前中は境内の掃除を済ませて服の繕いで過ごした。
 ここまではいつも通り。異変は太陽が最も高くなった頃に始まる。
 さて昼飯でもこさえるかとした矢先、石段を登ってくる影に気づいた。
 よく見れば三角帽子に黒い服、古びた箒。霧雨魔理沙以外の何者でもない。
 ただ――何処でなにをして遊んできたのか、両手が林檎のように紅く染まってい
た。一歩一歩が覚束ない夢遊病者のような足取りで、ゆっくりと神社へ昇ってくる。
 霞んだ眼で霊夢を認めると、魔理沙は安心したように弱々しく笑った。
「……やられたぜ。あいつ、本当に幽霊分で切り抜けやがったよ」
 何故だかやたら嬉しそうに呟いて、そのまま霊夢の胸に倒れこむ。
 よく見れば傷ついているのは手ばかりではない。むしろ健常な部分のほうが珍し
いほど、身体中くまなく傷と出血が認められた。
 押しつけられた身体が熱い。どうやらかなり発熱しているらしかった。
「……ったく。死ぬなら死ぬで、説明責任果たしてからにしなさいよね」
 完全に気絶した魔理沙と地に汚れた巫女服を見て、霊夢は深い溜息をついた。
 ――思えば、それがケチのつき始めだったのか。
 昼下がりの博麗神社には、いつになく忙しく人妖が出入りすることになった。
 最初に現れたのは、茶乞食の紫。いやにタイミング良く永遠亭から薬箱の替えを
預かってきたので、それで迷惑な客の手当てをした。
 襤褸になった服をひっぺがすと刀傷だらけだったので、喧嘩の相手は比較的簡単
に予想がついた。
 包帯が尽きかけた頃に、鳶が油揚げを持ってきた。
 正確には、人形遣いと図書館の引きこもりが、何処からか噂を聞きつけて見舞い
に来たのだが。
 兎に角、物入りの包帯と薬の補充が出来たので、なにやら喚く二人を放って手当
てを続けた。気がついたら、両方ともいなくなっていた。
 そうして、隙間に寄りかかった紫と、霊夢は静かに茶を啜っている。
「ん、ぅ――」
「あら、お目覚めみたいよ、霊夢」
 木乃伊もびっくりの有様で布団に転がっていた魔理沙が、静かに瞼を上げる。
 間近の紫と、少し離れて急須を傾ける霊夢を順に眺めて、かさついた唇が動く。
「おー、お邪魔してるぜ」
「邪魔だって自覚があるなら、次はショバ代でも持ってくることだわ」
 半死人にも霊夢は素っ気無い。それでも、喉が渇ききっていた魔理沙には、ぞん
ざいに差し出された茶がなによりも嬉しかった。
 熱々の出涸らしを、密かな感謝を込めてちびちび啜る。
 ふと、空の湯飲みを弄びながら、紫が楽しそうに魔理沙へ擦り寄ってくる。
「死してなお仁王立ちの妖夢を放置プレイしていくなんて、あなたも好きねぇ。
 あ、私にもお茶おかわり」
「――そういや、お前の差し金だったっけな。あいつ、大丈夫か?」
「元々半分くたばってるからねぇ、かえって完全死はし辛いのよ」
「そいつは便利なことだぜ」
 皮肉げに零しながら、魔理沙はちらりと霊夢のほうを覗き込む。
 霊夢は特に紫と魔理沙へ興味を示すでもなく、無表情に薬箱の中身を整えている。
「意識ははっきりしているようね。それじゃ、紫先生の問診と行きましょうか。ど
こまで記憶がある? 決着の顛末は、覚えていて?」
「こっちも天に昇りかけてたんだ、細かいところまではわからないが……大雑把に
は理解してる。妖夢は――スパークを斬ったんだな?」
「いかにも。じゃあ、どうやって斬ったのかは、おわかりかしら?」
 紫の問いに、魔理沙は力なく首を横に振る。
 あの時、スパークを放出した瞬間に、魔理沙は決着と勝利を同時に確信した。
 だが、幕が下りてみれば――絶体絶命の境地にあった妖夢は、無傷で目の前に立
っていた。
 それを成し遂げたのは、あの時魔理沙が揺り起こした、妖夢の中の幽霊の部分な
のだろうと思う。
「魔砲が妖夢に斬られたわけじゃない。結果としてたまたま貴女の魔砲が斬れた、
というのが正解だと思うわ」
「……? わけが、わからないぜ」
「刃物になにかを押しつければ、結果としてそれは切れるでしょう? 貴女がした
のはそれよ。刃物のほうから貴女を斬りに来たのではない。これは、大切なこと。
 だってね、魔砲を受けた時に、妖夢にはもう意識がなかったんですもの」
「なんだって……!?」
 それではなおさら説明がつかない。意識のない剣士が、刀も持たずにどうやって
魔砲を両断したというのだ。
「剣だけではものは斬れない。そこに剣だけがあるのならば、もののほうから斬ら
れに来なければ通らない。斬るというのは、主体的な動作よ」
「それが、妖夢となんの関係がある?」
「だから。貴女が最後に撃ったのは、妖夢ではなく妖夢という名の剣なのよ。
 妖夢の形をした剣に衝突したから、魔砲は二つに斬り裂かれたのだわ」
 諭すように静かに紡がれた紫の言葉が、魔理沙の中にゆっくりと浸透する。
 回避不可能の間合いで、剣を封じられた妖夢が魔砲を切り抜けられた理由は。
 直撃を受けたはずの妖夢が、無傷のまま喪心していた理由は。
 自らを一振りの剣と化して、文字通り斬り抜けてみせたから。
 ――なんという怪力乱神。妖の身でしか成し得ない、見事な大番狂わせだ。
「……参ったぜ。私の、負けだ」
「うーん、それもどうかしらねぇ。確かに妖夢は自らを剣と成す、剣士の根底
に辿り着いたわ。でもね、剣はそれ自体じゃただの刃鉄。持つ者を失っては意
味がない。刀になったまま戻ってこれずに気絶しちゃうのは、勝ちのうちに入
るのかしら」
 妖夢は、自らを剣と成した時点で自失していた。それ故に自ら魔理沙へ斬り
こむことは出来ず、魔砲が消失した後も無防備に立ち尽くしていたのだ。
 魔理沙には、気絶した妖夢にとどめを加える機会が存在していたともいえる。
 紫は戦いの一部始終を見物していたが、魔理沙は妖夢を放り出したまま森を
後にした。おかげで、わざわざ妖夢を白玉楼まで運んでやらねばならなかった。
「……あいつが勝ったかは問題じゃない。最後のスパークを撃った時に、私は
そいつへ勝ちを100%賭けた。けど、妖夢はそいつを文字通り切り抜けた。
 その後気絶しようが、最後の札で勝てなかった私の負けだ」
「私の負けだ、なんて普段は絶対に言いたがらないのにね。それも同族嫌悪か
しら。自分相手に嘘はつけないものねぇ」
 けらけら笑う紫に舌打ちして、魔理沙は強く唇を噛み締める。
 じめじめした後腐れはないが、悔しさが今更に胸へとこみあげる。
 勝ちたかった。けれど、――勝てなかった。
「さて、今回の騒ぎをけしかけた私としては是非聞きたいんだけど――妖夢と戦っ
て、なにか得るものはあったかしら?」
「うーん……」
 好奇心旺盛な猫のように目を輝かせる紫に、魔理沙は頬を掻く。
「頭を使うな、弾を撃て、かな。強くなるには、そっちのほうが近道そうだ」
「そのほうが貴女向きでしょうね。魔法使い向きではなくても」
「ははっ、そうだな。――あのさ、紫」
「なぁにぃ~?」
「猫撫で声はいいから。妖夢の師匠って、どんな奴か知ってるか?」
 妖夢は、戦いの中で何度も自分をこじ上げて魔理沙に立ち向かってきた。
 その力の源泉は、おそらく彼女を鍛え、支えてきた師の教えだ。
 確証はないが、確信はある。それは、魔理沙を支える力でもあるから。
 だから、なんとなく興味をそそられたのだ。
「んふふ、魂魄妖忌ね。妖夢のアレを見たなら少しは想像がつくと思うけど、弾滑
(グレイズ)以上の業を使いこなした老剣士、とだけ言っておこうかしら」
「……シット。今更だが、幻想郷は化物だらけだぜ」
 魔砲を両断した妖夢から浴びせられたあの寒気を思い返して、魔理沙は包帯だら
けの身体をぶるりと震わせた。
 だが、もう燻らない。冷えた身体に、すぐさま熱い気持ちが灯る。
「ま、妖夢風に言えば“相手が化物だろうと振り下ろさない道理はない”か。化物
を消し飛ばすほどに鍛えればいいことだな」
「ふふっ、いい気概ですわ。やっぱり、実際負けてみると堪えた?」
「うーん、プライドってやつかな。正直、やる前は勝ち負けはどうでも良かったん
だけどさ、今はムチャクチャ悔しい」
「なにムキになってるのよ。刀使いと喧嘩して、伊達にならなかっただけよしとし
たら?」
 それまで蚊帳の外を決め込んでいた霊夢が、鋭く口を挟む。
 魔理沙は不機嫌そうな霊夢を見つめた後、申し訳なさそうに顔をほころばせた。
「心配ありがとさん。でもやっぱ駄目だ、ガマンできない。だって、霊夢。魔法使
いが目の前で奇蹟見せられてさ、じっとしてられるか?」
「――そういうことさ。ミラクルは魔法使いの領分だ」
「ん?」
 四つ目の声が響いたほうを、霊夢、魔理沙、紫が一斉に振り仰ぐ。
 そこに、およそ神社らしくないオブジェが尊大に踏ん反り返っていた。
「おお! 魅魔様じゃないかー!」
「まーりさー起きたかーっ!」
 神の社で我が物顔に腕を組む悪霊、魅魔。その肩に乗った鬼娘、伊吹萃香。
 人呼んで博麗神社の居候シスターズが、いつの間にか客間に顔を出していた。
「お邪魔してますわ」
「ああ、くつろいでおくれ」
 会釈する紫に手を振って笑う魅魔は、すっかり家主気取りだ。
 霊夢も殊更それを咎めようとはせず、また仏頂面で湯飲みの茶を啜る。
 久々に顔を見た師は予想以上に相変わらずで、魔理沙は思わず笑ってしまう。
「落ち込むことなんかないよ。あんたはまだまだ強くなる。なんてったって、この
私の弟子だからね」
「この私のダチだからね!」
 枕元まで来て騒ぎまくる妖怪たちに、魔理沙の顔も勝手に明るくなる。
 ――ああ、やっぱり私は、このひと好きだ。
 くしゃくしゃの顔を持ち上げて、魔理沙は白い歯を見せて魅魔に真っ直ぐ笑いか
ける。満足げに頷いて、魅魔は身体を起こした魔理沙に拳骨を固めて伸ばす。
「足りなきゃ、また私が伸ばしてやるよ。忘れちゃいないだろ、魔理沙?」
 意味ありげに首を傾げる魅魔が訴えるものを、魔理沙はすぐさま理解する。
 包帯だらけの手を上げて、伸ばされた拳骨にそっと作った拳骨で触れる。
「わかってますって。魔法の力は――無限だろ?」
 ――どんなに荒唐無稽な夢でも、いつかそれをカタチにする。
 そのための力が、魔法使い(わたしたち)にはある。
 だからまた走り出そう。息せき切って、動けなくなるまで突き進んで、疲れた時
には転んで倒れて。
 辿り着くまで歩いていく。掴み取るまで手を伸ばす。
 それが未だ足りない自分にできる、いっぱいいっぱいの遣り方なんだ。
「あー……すっきりしたっ!」
 解き放たれた気持ちで、魔理沙は大きくひとつ伸びをする。
 傷ついた身体の内側で、新しい力がすくすく育っていく。
 明日はきっと、見たこともない魔法が、また森を騒がせるだろう――。




 隙間/

「でも、噂の妖忌に言わせるとね、妖夢は、魔砲を破った瞬間に負けていたそうよ」
 和気藹々の魔理沙たちを遠目に眺めながら、紫がこっそり霊夢に耳打ちする。
「どうして?」
「残心を忘れた剣士になにが悟れるものやら。とんだ野孤禅でしたな――ですって。
 剣の道は厳しいということね」
「ああ。貫禄ですな」
「ええ。貫禄ですわ」
 納得したように湯飲みを傾ける霊夢に倣って、紫も温い渋みを喉に運ぶ。
「……不味い。相変わらずのお手前で」
「ほっとけ」
 風の日も嵐の日も、過ぎてしまえば同じ一日。
 いつものように日が暮れて、いつものように明日がやってくる。
 嗚呼、幻想郷は、今日もなべて事も無し。


                                  【了】

 撃て修羅の如く 魔砲の少女よ 運命の歌の命ずるままに
 雄々しき姿の  冥界庭士よ  魂魄を込めた人妖二刀叩きつけて 時代に輝け

 ……というお話でないことだけは確かです。
 目の前の祭りに向けてがんばっている人たちが近くにいて、
 命削って頑張っている姿を見てたら自分もじっとしていられずに書き殴りました。
 滑り込みにもほどがありますが、なんとか投稿にこぎつけまして候。
 いっぱいいっぱいに頑張ってる奴らを書きたかった! 書いてみた!
 一部行き過ぎてるかもしれませんが、笑って許してやってください!
 
 この指一本で 「笑えよベジータ」
白主星
[email protected]
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コメント



0.2140簡易評価
12.80サブ削除
いや、読んでて熱かった。
こういうガチバトルものかなり好きです。
21.40秘密の名無し削除
迫力ある内容がかっこよかったです。

ですが、一つ大きな疑問。
「半人半霊」の庭師が、「半人半妖」な庭師になっているのは何故?
24.無評価白主星削除
>秘密の名無し 様
ご指摘ありがとうございました。
致命的な間違い故、一部該当箇所を修正させて頂きました。
お読みくださった方々、大変申し訳ありませんでした。
25.80名前が無い程度の能力削除
うむ、実にミラクル。GJでした。

そして魔理沙がエヴォリュアル以下略ならさしづめ妖夢は「私をみょんと呼ぶな! 私の名は……!」のあの人か。
OVAではライバルっつーより素で共闘してたけど。
31.70名前が無い程度の能力削除
いかん、放浪爺さんが素敵過ぎる。それにしてもタイトルとのギャップが、ギャップが!
楽しませていただきました。