Coolier - 新生・東方創想話

『満ち足りるという事 ~或る冬の夜明け~』

2006/02/06 04:59:17
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人の立ち入らない竹林。鬱蒼と生い茂る薄暗い竹薮の一角に、不自然に開けた場所があった。
その風景を一言で言い表すと、焼け野原。
人の背より何倍も高い竹も、足元を覆う枯れ草も、全てが焼き払われたように。
焼け焦げた匂いの残るその場所の、これまた不自然に鎮座する大岩の傍で、何事も無かったように眠る少女がいた。
少女の衣服にも所々焼けたような穴が空いている。しかしそこから覗く肌は、全くの無傷であった。
そんな彼女に向かって、ゆっくりと近づいて来る影があった。
黒髪を撫で流し、豪奢と言うに相応しい着物を身に纏いながら、しかしそれらが醸し出す雰囲気とは対極の、無邪気な笑顔を覗かせる女。
白み始めた空の下、その更に薄暗い岩陰で眠る少女の横に寄り添い、その寝顔を観察する。
「……。」
「……(ちょんちょん)」
と思いきや、いきなりちょっかいを出し始める。
「……すぅ。」
「……(つんつん)」
 頬を指でつつくと、少女はわずかに眉を歪め、
「…う…ぅん……。」
 寝返りを一つ。それに気を良くした女は、無防備な脇に手を差し入れ、
「……(こちょこちょ)」
「ぅんっ!?」
がばっっ!!
「あ、起きちゃった。」
「起きちゃった、じゃない! 何やってんのよあんたは!」
勢いよく起き上がった少女は、そのまま着物の女に突っかかる。
「って、いつの間にか着替えてるし!」
「ぼろぼろね。」
「あんたがやったんでしょうが! 何ならもっかい焼いとくか!?」
少女が叫ぶと同時、その背後に陽炎の揺らめきが生まれた。が、
「もう朝になるし。帰って寝るわ。」
女はひらひらと手を振り、敵意を受け流す。
「だったら何で戻って来る!?」
「そう言っておかないと、明日あたりにうちまで押し掛けて来そうだし。」
それとね、と笑顔のまま、
「たまには、舌戦でもどうかと思って。それなら妹紅にも勝ち目あると思うのよ。」
「……あのさ、輝夜。それ、いつもやってると思うんだけど。」
怒りを通り越して呆れた表情を浮かべる少女――藤原 妹紅。
「アレは挨拶みたいなもの。私が言ってるのはれっきとした語り合いの事よ。」
笑顔を崩さぬまま、着物の女――蓬莱山 輝夜はそう述べた。



「いい加減飽きてこない? 勝ち負けの無い喧嘩をする事に。」
一旦岩の上に腰掛け直して仕切り直した後、先に口を開いたのは輝夜。
「……元はといえばあんたが原因じゃないか。そんなに嫌なら、永琳の奴に解毒薬でも作らせたらいいだろうに。」
「それは前にも提案したんだけど……。」
珍しく口篭もる輝夜に、妹紅は訝しげな視線を向け、
「したんだけど、何?」
「『そんな事したら、姫が暇になってこっちが迷惑です』とか言われて。」
「……どこからツッコめばいい?」
「だから、『てゐに飲ませたら暇じゃなくなるかも』って返したの。今でも充分だけど。」
「……で?」
人の話を聞いてない上に既に話が脱線気味なので、もはや投げやりに続きを促す。
「『そんな事したら、永遠亭が確実に乗っ取られますけど、それでもいいですか?』って。」
「……感情を篭めないで言わせてもらうと、あんたらは何のために生きてる?」
低い声で尋ねると、輝夜はやはり笑みで即答。
「不死身だから生きてても死んでても同じね。」
「そこだけマジ返しすんなっ!!」
会話が成立してるのかしてないのか、半ば怪しい状況で話は続けられる。
「そういえば、この前の花の馬鹿騒ぎ。妹紅は随分大人しかったのね。」
「いや、別に私は騒がし屋じゃないし……慧音が『厄介に巻き込まれるな』って言うから出て行かなかっただけ。」
「イナバ達は説教されたみたいね。特に、鈴仙はへこんでたわ。」
閻魔様だって、と面白そうに言う輝夜。
「……私らには全く縁の無い存在ね。」
「ええ、全く。」
揃って、笑う。こいつとこんな風に笑うなんて、昔の自分からは想像もつかなかった。
一頻り笑い合った後、輝夜が、
「それで、話を戻すけど。」
今度は真面目な表情で、妹紅を見つめる。
「そろそろ、飽きてこない? 終わりの無い生に。」
「…………。」
それは、私に問うているのだろうか。それとも、自分自身への疑問か。
……まあ、どちらにしても答えは変わらないのだが。
「飽きないね。全然。」
「本当に? 望んで今の自分を選んだ訳じゃないのに?」
「……まあ、あんたのせいだけど。」
苦笑し、しかしすぐに真剣な顔に戻す。
「どっかの暇を持て余したお姫さんが、飽きずに押し掛けてくるんだから、こっちだって飽きる筈が無いじゃないか。」
「…………。」
きょとん、と。珍しく目を丸くして、輝夜がこちらを見ている。
……というか、珍獣でも見てるみたいな顔だな、これは。
「何だ、その顔。」
「……あ、ごめんなさい。妹紅が私を『お姫さん』なんて呼んだの、初めてだから。」
「――そうだっけ?」
掘り返すには余りに深い記憶を辿ってみる。…………言われてみれば、そうかも。
妹紅が1000年という長さの糸を手繰る間、輝夜は困ったような笑みを浮かべていた。



妹紅が記憶を思い返すしばらくの間の後、輝夜が口を開いた。
「……私が月の姫だって言う話は、したわよね?」
「聞いたわね。最初はあんたからじゃなくて、永琳からだったと思う。」
「そうね、あなたを殺して13回目に永琳がちょっと話をしたって言ってたわ。」
「まあ、改めて聞かなくても普通の人間じゃないのは解ってたけど。月に帰ったって話も知ってたし。」
……そもそも、そうでなければ私は今ここに居ない訳だし。
「……お姫様でいるのって、退屈なのよ。」
ポツポツと。それまでとは違う沈んだ声色で、輝夜は語り始める。
「自分の言う事はよっぽどでなければ何だって聞いてくれるし、どんな事をしたって罪を償う必要は無い。けれど自分の道を歩こうとすると、徹底的に邪魔をする。我が侭がまかり通るっていうのに、そのくせ自由が無い。これって辛いと思わない?」
「…………。」
自嘲気味に話す輝夜に、妹紅は無言。ただ、腕を組む事で間を置き、先を促す。
「どうやったら退屈から逃れられるだろう、って考えた結果が、蓬莱の薬。それだけが私に当てはまる、唯一の禁忌だったから。
そうしたら思い通り、狭苦しいあの城からは開放されたわ。罪を償うために地上に降ろされ、私を拾った年老いた夫婦の家で、慎ましやかな暮らしを得る事が出来た。」
その頃を思い出したのか、遠い目で空を見つめる輝夜。表情にも笑みが戻っている。
しかし、その先は私も知っている通り、
「だけど、罰を与えた筈の月の民はいらぬ気遣いをした。老夫婦に金を与え、地上でも私をお姫様扱いさせた。まあ、そうでなくても私は美しいから、男達は放って置かなったと思うけど。」
「自分で美しい言うな。」
そこだけはツッコんでおく。えーえー、どうせ私は望まれず生まれた貧相な顔ですよ。
「妹紅も別に悪い顔じゃないわよ。」
「そんなフォローはいらん。」
さておき。
「だから、試してみたのよ。一介の竹取の娘風情が我が侭を言ったら、どういう事になるのかをね。」
「その結果がアレか。冷静に考えたら、無理だって事くらい気付くもんだと思うけど。」
「そう、無理難題。蓬莱の玉以外は、幻想郷にも存在しないような物だというのにね。」
まあ、アレは単に男達が馬鹿なだけだったと思うけどね、と付け加えた。
昔の私なら父を馬鹿にされた時点で焼き鳥にしていた所だが、今は割と落ち着いて聞いている。ま、1000年も経ってまだ感情的になる方がおかしいか。
「男達が従順に言う事を聞いた時、私は思ったの。『ああ、やっぱりお姫様として生きるしかないのかな』、って。」
「なら、帝に嫁いじゃえば良かったのに。名実共にお姫様になれたわよ?」
「蓬莱の身のままでは無理じゃない。」
「……あ、そうか。」
何という皮肉か。諦めを得るきっかけとなった罪が、そこで足枷になるとは。
「まさか無神経の塊の輝夜が、不死身である事に悩んでたとはね。」
皮肉を込めて、しかしわずかな憐憫も含んだ言葉を掛ける。が、輝夜は平然と、
「悩んでた訳じゃないけど、その時ばかりは『しまった』と思ったわ。」
「……それで済むのか。」
……訂正。やっぱこいつ無神経。
「だから月の民の使いが来た時、本当に帰るつもりだったの。だって、自分はもう『姫』という立場から逃れられないのだから。
けれど、迎えの者の中に永琳がいるのを知った時。そして、捨てられた筈の蓬莱の薬をまだ持っていると聞いた時。私は、初めて自分の力で運命に抗おうと思った。」
「それで、迎えに来た連中を皆殺しにして、薬だけ残してトンズラしたって訳か。」
罪人という道を選んででも、姫として生きる事を拒んだ輝夜。望まれず生まれた私とは対極だけど、だからこそ彼女の気持ちは解らなくもない。
「でも、永琳が居なければ結局は連れ戻されていただろうし、逃げ果せたのも永琳が私を『姫』として見ているから。詰まる所、私を『私』として見てくれる存在なんてどこにも居ないのだと、諦めていた。」
目を伏せ、言葉を詰まらせる輝夜。その様子を見て、妹紅は愕然とした。


姫として見て欲しくなかった。
ただ一人の人間として扱って欲しかった。
じゃあ、私は先程何と言った?
私は彼女を何と呼んだ――?


「でもね。」
輝夜が不意に顔を上げた。そこにはいつもの無邪気な笑み。
「もう何百年も昔だけど、私の事を憎んでいる人が現れたの。その人は私の顔を見るなりこう言ったわ。
『あんたのせいで父は死んだ。あんたのせいでこんな身体になった。月に帰ったとかいう話だったけど、何だ、こんな所に居たんだ。ちょうど良かった。私はさ――』」
そして、本当に嬉しそうな笑顔で、言った。
「『――あんたをぶっ殺したかったんだ、輝夜。』って。凄く嬉しそうな、壊れた笑顔でね。」
「…………。」
私は何も言えない。言える筈も無い。彼女の本心を知った今となっては、どんな言い訳が出来ようか。
輝夜は熱に浮かされたような笑顔のまま、語り続ける。
「嬉しかった。月の民としてでなく、『かぐや姫』としてでもなく、ただ、輝夜と言う人間を見てくれたその人の存在が有り難かった。例え憎悪であったとしても、私という存在に感情を動かしてくれた事が……たまらなく、嬉しかったのよ。」
「……輝夜……。」
1000年以上生きてきて、これほど自分の愚かさを呪った事は無い。
無神経なのはどっちだ。事情を知らなかったとはいえ、軽々しく言ってはいけない事を口走ったのは私の方じゃないか。いくら憎い仇だからといって、――相手の琴線に触れて良い訳が無いではないか。
「……ごめん。私、酷い事言った。」
輝夜に頭を下げるのは癪だとか、そんな事はもうどうでも良かった。ただ……彼女が持つ心の傷に無断で触れた事を、謝りたかった。
「謝って許してもらえるとは思えないけど……でも、本当にごめんなさい、輝夜。」
岩から降りて、輝夜の正面に向き直り、土下座する。
頭を下げる前、彼女の寂しげな笑顔をはっきり見る事が出来た。
夜明けは、すぐそこまで迫っていた。



数瞬の静寂の後。
「……くすっ。」
押し殺したような笑い声に、妹紅が思わず顔を上げる。すると、
「くすくす……あなたの負けね、妹紅。」
「はい?」
そこにはもういつもの無邪気な笑顔の輝夜。突然の事に、訳が分からないという表情を浮かべる妹紅。
すると、してやったりといった調子で、
「舌戦って言ったでしょう? 口で『参った』と言わせた方の勝ちに決まってるじゃない。」
「な……。」
待て。という事は、つまり。
「さっきまでの話は、全部嘘かあっ!?」
「あら、まさか真に受けてたの? 相変わらず単純ねぇ、妹紅。」
「こ、こ、この人でなしがああぁぁっっ!!!」
瞬時に燃え上がる怒り。勿論、既に鳳凰も背負っている。
「あんたの話をまともに聞いたこっちが馬鹿だったわ! 今日こそ殺す! 全殺す!!」
「だから、死なないって。というか、日が変わるまで弾幕(や)ってたんだから、今さら今日って言われてもね。」
「黙れ引き篭もり!!」
「それこそ人の事言えないわよ? ふふふ……。」
そうしてお互いにスペルカードを取り出しながら、しかし妹紅は頭の隅で思う。
……あのきょとんとした顔は、嘘じゃないわよね。
『お姫さん』と言った時の、驚きと戸惑いが混じったあの表情が、作り物であったとは考えにくい。いくら単純な私でも、それ位は解る。
だけど。姫である事を望まないと言った輝夜だけれど。やはり育ちの良い彼女が卑しい身分の私に弱気を見せるなんて、プライドが許さないんだろう。たとえ私が気にしないとしても。
……でもまあ、私だって暗い輝夜なんて見たくないしね。
だからこれでいい。仇友とでも言えばいいのか、そんな関係でいる事でお互いが満ち足りているのだから、問題なんて無いのだ。――それに。
……私だって、輝夜に初めて『私』として見てもらったんだから。
彼女が喧嘩を売らなければ打ち明けるつもりだった本心。それを心の奥に仕舞い込み、いつもの掛け合いを始める。
「この前出来たばかりの新しい課題。賢い天狗も悩ませたこの難題、単純なあなたに解けるかしら?」
「単純だから悩まないのさ。今日こそ聖なる焼き鳥を永遠のトラウマにしてやるよ!!」
そして、再び弾幕の花弁が吹き乱れる。
その珍しくも無い花を見ようと、太陽が山の裾野からひっそりと顔を覗かせていた。


終わり
どうも、二度目の投稿と相成ります、Zug―Guyです。
前作を読んで下さった方にとっては似たような始まりですが気にしないで下さい。
ここはコピペです(爆)

えーと。それなりに間が空いたので、それなりの長さになりました。
コツを掴んできたというか、乗ってきたというか……まだ二度目ですけど(笑)
前作『暇で在る事~或る冬の夕暮れ~』に感想や評価を付けて下さった皆さんのお陰です。
やっぱり、褒められてもけなされても、反応があるとやる気が出ます。
……こんな事書いて次で反応来なかったらどうしようとも思いますが(汗)

では本題。今回もコンセプトは同じ、「在り方」です。
幻想郷に暮らす者達の多くは、「普通」である事にこだわりを持っています。
他の人にとっては「異常」でも、本人が「普通」と思っていればそれで無問題。
そして幻想郷には縛られる法が存在しませんから、個人個人の「普通」がまかり通る訳です。
言い換えれば、自分以外の存在は皆「普通」じゃないのが「普通」となるのです。
満足の形も個々で違う訳ですね。
前回の御指摘もあるので考察はこの辺りで終わりにします。
男は背中で語る……良い言葉ですね(関係無い)

さて、妖夢が一番好きと言いながら何故この組み合わせなのかというと……ノリです(笑)
というか、ちょうど流れに乗ったのがこの二人だったという感じ。
実は、ペアとしてはこの二人が結構好きだったりします。妖夢&幽々子と良い勝負。
壊れた友情と言いますか、拳(弾幕)でだけ語り合う関係と言いますか。
互いの身分なんて気にせず殺し合う二人は、魔理沙&アリスとは違う損得抜きのライバル関係が完成されているように思うのです。
永琳も慧音も気を遣って二人に付き合ってる感が否めないですし(永琳は怪しいですが)
てゐと鈴仙も少しは見習うべきです。
……いや、「殺し合え」って言ってる訳じゃないですよ?
もうちょっと仲良くしなさい、という事。

では、またの機会に。
次こそは……次こそはみょんで……!
Zug-Guy
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コメント



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24.70ke削除
どことなくかっこいいセリフが多いですね『――あんたをぶっ殺したかったんだ、輝夜。』このセリフ最高!

永遠の命を持ってもてゐに永遠亭を乗っ取られるほど輝夜、永琳
は甘い相手かな?
と読んでる最中、個人的に疑問をもってしまったのでマイナス10で70点を