Coolier - 新生・東方創想話

まんまいだんご

2024/03/01 21:55:38
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「ふっきのとうーふっきのとうー。食べて楽しいふっきのとおー」

 調子っぱずれな歌を歌いながら、上機嫌で春先の山道を歩いている穣子。その手に持つカゴの中には、春の味覚ふきのとうが沢山入っていた。
 彼女は、ふきのとうの独特のほろ苦さを味わうことで、毎年春の訪れを実感しているのだ。

「ふっきのとうーふっきのとうー。漢字で書くと蕗の薹……お?」

 ふと、道の横の日陰の斜面に、何かがあるのを見つける。

「お。これは……」

 それはまるで、地上に咲いた星の上に、丸い袋がくっついたような姿のシロモノ。

「へえ。こんな時期に珍しい」

 穣子はそれを一つつまむと、そのまま家に持ち帰った。

「なにこれ」

 案の定、静葉はそれを見て訝しむ。
 穣子は、採ってきたふきのとうの土を落としながら答えた。

「まんまいだんごよ」
「まんまいだんご」
「そうよ」
「なにそれ」
「きのこよ」
「きのこなのこれ」
「きのこなのよこれ」

 静葉は物珍しそうに、まんまいだんごを見ていたが、ふとあることに気づく。

「これ全然丸くないじゃない」
「へ?」
「丸くないわ」
「何が言いたいの」
「これ、まんまいだんごって名前よね」
「そうよ」
「全然丸くないじゃない。だんごじゃないわ。これじゃ、皮むいたみかんの出来損ないよ。名に偽りありね。ミカンノデキソコナイモドキに改名するべきよ」

 などと言ってきたので、すかさず穣子は言い返す。

「出来損ないなんてとんでもない。姉さん、こいつはこう見えて高性能なのよ?」
「高性能なの」
「そうよ」
「へえ。あなたと、どっちが高性能なの」
「は……?」
「あなたとこれと、どっちが高性能なの」
「え。そ、それは……。っていうか神様ときのこを比べないでしょ、普通は!」
「ふむ。それもそうね。……で、どっちが高性能なの」
「えー……。そ、そりゃ、私の方が高性能に決まってるでしょ。だって、ほら、私、神様よ? 神様が、きのこなんかに負けるわけないでしょ。ふ、普通は……!」

 と、穣子がしどろもどろに答えると。

「ま、別にどっちでもいいんだけどね」
「なによそれ!?」
「だって私はあなたじゃなくて、このきのこに興味あるのよ」
「なら、はじめから聞くなよ!?」

 にやりと笑みを浮かべる静葉。気を取り直して穣子は律儀に説明する。

「……えーと。こいつはね。きのこの乾湿計って呼ばれているのよ」
「きのこの乾湿計」
「そう。今はこうやって開いてるけど、乾燥すると、これが閉じて丸くなるの。だからまんまいだんごなのよ」
「あら、そうなの。じゃあ、さっそく囲炉裏で炙ってみましょうか」
「んなことしたら、まんまいだんごが燃えちゃうでしょ!?」
「だって乾燥させなきゃ、わからないじゃない」
「だからって火なんかで炙らないでよ!? せめて火で炙るならイモにしてよ」
「イモもイカもどうでもいいわ。今はまんまいだんごよ」
「はぁ……」

 穣子は、めんどくさそうに、まんまいだんごを囲炉裏のそばに置いた。

「ほら、こうやっとけば、そのうち形変わるから」
「そう、それは楽しみね」

 そして夕方になって。

「姉さーん。ふきのとうの天ぷら出来たよー……。って、まだ見つめてんの。まんまいだんご」
「ええ。ほら、見て。穣子。少しばかり丸くなってきたと思わない?」
「……うーん。私には変わらないようにみえるけど……」
「ああ、そういえば、あなたの目は節穴じゃなくて芋穴だったものね」
「失礼ね!? ってか、芋穴って何よ!? イグアナの親戚じゃなあるまいし!」

 と、その時だ。

「お邪魔しまーす」
「ん? この声は……」

 穣子が玄関に行くと、そこにはコートを着た文が立っていた。彼女は、どうやら今日は暇なようだ。

「やっぱり文か。いらっしゃい」
「どうも、穣子さん。こんばんは」
「何しに来たの」
「ちょっと近くを通りかかったんで」
「そんなこと言って、どうせまた夕飯たかりに来たんでしょ」
「あやや。バレたか」
「ほら、やっぱり」
「でも、ただでとは言わないわよ」

 彼女はニコニコしながら懐から紙に包まれた何かを取り出す。穣子が広げてみるとそれは

「あら、これは上等そうな肉ね。猪肉?」
「いえ、これは白鼻芯(はくびしん)よ」
「白鼻芯? こんな時期に?」
「珍しいですよね」
「珍しいわね。でもせっかくだからもらうわね。串焼きにでもしようかな」

 二人は囲炉裏へとやってくる。静葉は依然として、まんまいだんごと見つめ合っていた。

「姉さーん。文さん来たよ」
「……そう」
「お土産に肉もらったよー。白鼻芯」
「……そう」
「今から焼いて食べようと思うんだけど、姉さんも食べる?」
「……そうね」
「ああ、もう……!」
「……静葉さんどうしちゃったんで?」
「ほら、あれよあれ」

 不思議そうな文に穣子は呆れた様子で、囲炉裏のそばのまんまいだんごを指さす。それを見て文は驚いた様子で言う。

「あら、ツチガキじゃない。こんな時期にこれまた珍しい」

 文の言葉にすかさず静葉が反応する。

「文。今なんて言ったの」
「え?」
「これをツチガキって言ったわね」
「え、ええ、そうよ」
「これはまんまいだんごじゃないの」
「私たちはツチガキって呼んでるわ」
「ツチガキ。どのへんがツチガキなの」
「え?」
「おそらく漢字だと土の柿と書くのでしょう。でも柿とは似ても似つかない姿だわ」
「あ、えっとそれは……。ほら、よく見ると、下の広がった部分が柿のへたに似てるじゃない?」
「ええ、確かに」
「だから土の柿でツチガキなのよ」
「なるほどね」

 二人のやりとりを呆れ気味に眺めつつ穣子は、飯の支度をしている。

「もー……。ツチガキでも干し柿でもいいからさー。早くふきのとうの天ぷら食べようよ。せっかくのごちそう冷めちゃうよー?」
「そうそう。私の持ってきた肉もあるし」
「……ふむ、そうね」

 三人は、ふきのとうの天ぷらと白尾芯の串焼きを肴に、酒盛りを始める。そしてほどよく酔いも回ってきた頃。

「あ、そういえば静葉さん知ってる? あのツチガキって食べられるのよ」
「なんですって」
「煮ても炒めても美味しいわよ。前にご馳走になったことあるけど、とろっとしてて美味しかったわ」
「ねえ聞いたでしょ。穣子、さっそくこれを食べるわよ。さあ、準備しなさい」

 と、静葉が、まんまいだんご(あるいはツチガキ)を持って高々と掲げたので、すかさず穣子が止めに入る。

「ちょーーーっと待ったぁ! 姉さん! 確かにこいつ食えるは食えるけど、食えんのは傘が開いてないやつだけよ!? こいつはもう成長しちゃってるから食えないよ!?」
「そう。それは残念ね」
「まったく……。あんたが余計なこと言うから」
「あややや……。ごめんなさい」

 ばつが悪そうに舌を出して苦笑いを浮かべる文。
 そのまま三人は夜通しで酒盛りを楽しみ、明け方に穣子は力尽き、文は満足そうに帰って行った。そして。

「穣子。起きなさい」
「ほふぇ……?」

 酔って眠りこけていた穣子は、静葉にたたき起こされる。

「ほら。見て見て」

 嬉しそうな静葉が指さしたその先には、皮が閉じてまん丸になった、まんまいだんご(あるいはツチガキ)の姿が。

「おお! 見事に丸くなったわね」
「ええ、これで名実ともに、まんまいだんごだわ」
「そうそう。こうやって乾くと丸くなって風に吹かれて転がっていくのよ。んで雨降ったらまた開くの」
「へえ。不思議ね」
「ようやく 納得できた?」
「ええ、出来たわ。ありがとう穣子」
「やれやれ。どういしたしまして」

 これで、ようやく姉の知的好奇心も満たされて、一件落着と穣子は思った。しかし。

「やっほー。二人ともいるかーい?」
「ん? この声は……」

 穣子が玄関に行こうとする間もなく、突然、にとりが二人の前に姿を現す。

「うわ!? いきなり現れないでよ!?」
「へっへっへ。今日も光学スーツは好調、好調っと」
「あら、にとり。いらっしゃい」
「二人とも何してんの?」
「この、まんまいだんごの話してたのよ」
「まんまいだんご……? なにそれ」
「あんた知らないの? ほら、これよ」

 と、穣子が手に持ったまんまいだんご(あるいはツチガキ)を見るなり、にとりは言った。

「あ、なんだ。何かと思えば、けーころじゃん」
「けーころ?」
「そう、けーころ」
「まんまいだんごじゃないの?」
「私たちは、そう呼んでるのさ」
「へえー。でも、なんでけーころなのよ?」
「こうやって丸くなってる奴を、蹴っ飛ばして遊ぶからだよ」
「へえー。そうなんだ……」

 それを聞いた静葉は、まんまいだんご(またはけーころ、あるいはツチガキ)を力強く掴むと高々と掲げて言った。

「よし、聞いたわね。穣子。さっそくけーころで蹴鞠大会するわよ。さあ、準備をしなさい」

 思わず穣子は呆れて呟いた。

「……確かに姉さんは、やんごとないわ」
あとがき
「ところで姉さん。どうよ。これで、まんまいだんごと私、どっちが高性能か分かったでしょ?」
「ええ。はっきりわかったわ」
「どっち?」
「まんまいだんごね」
「」



ツチグリ(別名ツチガキ)
方言名:まんまいだんご(山形)まめだんご、ままだんご(福島)けーころ(西日本)等
主に夏から秋にかけて林に発生する日本全国に分布しているきのこ。発生してすぐは地中で球状に成長し、地上へ出ると星形に外皮を開かせる。その姿はまるで地上の星。その星形に開いた外皮の真ん中に乗っかるように球形状の袋があり、そこで胞子をつくる。湿度に反応して外皮を開かせ、雨が降ると胞子をまく。逆に乾燥すると外皮を閉じ、その際、風で転がって移動することがある。地下に埋まっている幼菌および、割って肉が白い個体は食用とされ、そのまま煮込んだり、刻んで混ぜご飯にしたりなど用途は多彩。エリマキツチグリなど、外皮の形が違う近縁種が沢山存在するが、そのほとんどは食用不適となっている。

余談だが、特撮ホラー映画『マタンゴ』は、このきのこの方言名からつけられた。(円谷英二氏は福島県出身)つまり、マタンゴは西洋妖怪ではなく純日本製。
バームクーヘン
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コメント



0.50簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
楽しめました
2.100名前が無い程度の能力削除
まんまいたんごの特徴を姉が納得するまで丁寧に説明する穣子らしさが出ていて、文とにとりがキノコの名前を知ってたのも以外でしたが手土産のハクビシンを持ってくるところが文らしく良かったです。
3.90福哭傀のクロ削除
ずっと姉妹が可愛く書かれていて
あ、好き……ってなりました。
昔話のようなオチまでの流れもきれいで好きでした。
4.90東ノ目削除
まんまいだんごに対する呼び名が登場人物それぞれで違うのが神や妖怪のるつぼたる幻想郷らしいなと思いました
6.100名前が無い程度の能力削除
知見を得ました。まんまいだんごは穣子よりすごい。
7.100南条削除
面白かったです
新たな知見を得られました
日常的に夕飯をたかりにくる射命丸がとてもよかったです