Coolier - 新生・東方創想話

椿古道

2024/02/02 21:06:32
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 先代にまつわる思い出には、花を伴っているものが多い。
 その雪の日も、古刹に続く道は鮮やかな赤で彩られていた。

 記憶では、傘を差していなかった。
 雪は静かに、たゆたっている。降っている、と言うよりは、そのまま宙に留まっているものが、偶さか下に動いている。そんなようにも見える、本当に静かな雪だった。
 冥界と、それに程近い場所を繋いでいるのだから、尋常な道ではない。それならそれで渡る者もいようものだけど、古い道だからなのか、雪の地面はどこまでもまっさらに清らかだ。
 霊道、とでも言うのか、こうした抜け道は津々浦々にある。先代は道に詳しく、家業の折には、よく利用していた。

 道の片側は背の高い生垣に遮られていて、そこに、椿の花が咲いていた。
 きちんと手入れがされているとその印象は薄れるが、本来、ヤブツバキは五メートル以上に育つ高木だ。この古道の椿も、大人の背丈の何倍も高く、壁のように聳えていた。

 椿は花弁を散らさず、花の全体をぽとりと落とす。
 ここから、首が落ちることを連想して、武士に忌まれた、と言われている。ただしこれは俗説で、全くの誤りだそうだ。
 とは言え、その俗説も込みで曰くありげな花ではあるのだろう。
 古椿の精、怪しき形と化して、人をたぶらかす事ありとぞ。全て古木は妖を為すこと多し。冬の寒さの中にあって、葉の緑は驚くほどに艶やかだ。不死の妖怪じみて、ある種の魔的な魅力を纏っている。

 その椿にまつわる迷信の一つに、白玉楼の庭師にまつわるものがある。
 椿の花が落ちるのは、かの庭師の手によるものなのだ、と。

 誓って言うが、私は何もしていない。
 ただ自然と、椿の花は落ちた。

 ふと来し方を振り返ると、真っ白な雪には、真っ赤な椿の花が点々と連なって落ちていた。その様子を、血痕に喩える者もいるかも知れない。
 歩いていく前方には、落ちている花など、一輪も無いのに。

 …………
 ……………………

 当時、どんな用事で古道を通っていたのかと言えば、契約に立ち会う証人として呼ばれていたのだ。先代の頃からの伝統で、白玉楼の庭師の家業には、冥界関係の汚れ仕事が含まれている。剪定するのは、何も枝ばかりでないということか。

 条項を違えることあらば、魂魄の家の者が向かいます。努々、お忘れなきように。

 違反者の確実な死を前提にした内容は、冥界や地獄の関係者の間で取り交わされる契約として、最も重い内の一つだ。

 後ろから傘が差し掛けられた。断り損ねて受け取ったものの、持て余し気味に肩に預けている。雪が少し、前髪に掛かっていた。
 あれから、少なくない物事が変化する程度の時間は過ぎている。当時は当代だった先代は先代だし、今では当代ということになる私は、傘を差す程度の人間らしい仕草を覚えている。この時間は、当時交わした契約について、気が変わる程度の時間でもある。
 それからもう一つ変わったことがあって、今回は小町さんが付き添ってくれていた。
 彼岸花ではないとしても、赤の似合う人だった。存外、夜会のドレスを着こなした姿では、大輪の赤い薔薇も映えるのではないか。

「気にすることないさ」

 何を?
 と、つい返さなかったのは、単に余所見をして話を聞いていなかっただけだ。
 多くのものが変わっても、椿の花だけは変わらない。昔も今も変わらない景色を、この先もまた不変なのだろうと思う。
 少し遅れて、ああ、と思い出した。

 迷信によれば、椿の花が落ちるのは、白玉楼の庭師の手によるものだそうだ。

 地獄の辺境の一地方、旧地獄の市街ほどでもないにしろ、賑わう寺町の通りだった。すれ違い様に、仕事を終えた。
 その様子は、ちょうど椿の花と同じだ。徒歩の速さで置き去りにした後ろの人集りの中から、不吉を厭う声が上がった。
 囁きを交わす声は、はっきり『魂魄』と名指しにしている。見れば分かるだろう。私の容姿は、先代と瓜二つだ。
 魂魄の家は、先代の頃からずっと遠ざけられていた。辺境には、古き善き過去の恐怖が今も根付いているらしい。それで、そう。粛々と家業をこなす魂魄は、何と呼ばれていたのだったか。

「死神? そいつは私のことかい?」

 小町さんは言ったのだ。一言で黙らせて、後には何も言わせなかった。
 たぶん、その時のことについて言及している。そうと気付くまでに、どれだけ歩いたか知れなかった。どうやら庇ってくれたらしいのだと、最低な薄情者は、今頃になって知る。もう、帰り道の途上。礼を言うには遅過ぎる気付き。
 思えば、その時の小町さんは格好良かった。私がすたすたと歩き去ってから、「何してるんですか?」と首を傾げていなければ、本当に格好が良かったのだ。
 でも、滑稽だった。
 だって、死神と罵った、彼らの認識は正しい。
 彼らは渡し守の船頭なんか呼んでいなかった。死神と言うのは、渡し守ではない方の、お迎えだ。小町さん曰く、我々が広めた嘘、その中にしか存在しない、お伽話の登場人物だ。陽気な渡し守とは違うから、その人物は妖しくて忌まわしくて、出遭ってしまえば死ぬしかない。
 私の行く後を追って、椿の花は順々に落ちている。傘に当たって、擦れる音を立てた。
 他の所用との兼ね合いで、往路には別の道を通っていた。そして復路で、当時と変わらない椿に降られている。
 かさ、かさ、と降る椿。
 曰くこれは私の縁起が悪いからなのだとか。
 ひどく申し訳ない気持ちは、胸の中にだけ収める。

 別に気にしてませんから。

 私がそう言ったら、小町さんは快活に笑うだろうか。構わないさ。ただ私が気に入らなかっただけなんだから、と。
 そのことが本当に申し訳ない。だって私は事実として何一つ気に病んでいなくて、家業を気に病む意味やその情緒が私にはまだちょっと難しくて、小町さんの気遣いは全然見当違いなんだもの。
 だとしても、小町さんはやはり笑って済ますのだろう。

「走りましょうか」
「ん? ……ああ、なるほど。そりゃ良いね」

 走ると言っても、軽い小走り程度だ。十、二十と続けて落ちる椿は、しかし五十のあたりで、堰が壊れるようにして破裂した。
 古道の片側にせり立つ壁のような垣根の、その全ての椿の花が、一斉に落ちたのだ。高さ五メートル以上、全長は雪に霞んだ彼方まで続く、その垣根の、その全ての椿の花だ。

 風ならぬ
 御手のまにまに落椿
 花の命の何ぞ惜しかり

 先を行った所で振り返ると、小町さんは椿を浴びて驚いた顔をしていた。

「こうなるのか。すごいな」

 縁起でもない奇観が、返礼に代わるなら。
2/03
修整しました。
珈琲味のお湯
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コメント



0.50簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.100名前が無い程度の能力削除
逸話と幻想が結びついているような話、少しぞわっとしつつスラップスティック的な面白さもあり良かったです。
3.90竹者削除
よかったです
5.90東ノ目削除
話を筋を理解できるかどうかの境界まで切り詰めているなと思いましたが、情緒的な文章も相まって答えを明確にしろという不快感はないのが良かったです
6.100あよ削除
久しぶりに静かな話を読みました。とても良かったです。