Coolier - 新生・東方創想話

真夏の雪

2023/09/19 21:39:32
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 いきなり、強烈な冷気が肌に突き刺さった。
演劇部の部室に足を踏み入れるのと同時に、最大限に効かせた冷房より冷たい空気に襲われて全身が凍りつくのを感じる。
「寒い! なにこれ、クーラー故障してるの!?」
 思わず半袖のブラウスに包まれた上半身を抱きしめて、宇佐見蓮子は叫んだ。
「メリー、帰るわよ。部室の方がまだましじゃない」
「駄目。引き受けたんだったら話ぐらいは聞かないと」
 紫色の半袖のワンピースからむき出しになった両腕で相方の背中を押しながらマエリベリー・ハーンもまた部室の中に入った。
 途端に強烈な冷気に全身を包まれて、思わずその場から逃げ出したくなる。
「まさかと思ってたけどこんなに酷いなんて思わなかったわね。見て、息も白くなるし」
「真夏とは思えないわね。どうしてこうなったのよ」
「こうなった原因を調べて欲しいのよ。秘封倶楽部の宇佐見蓮子さん」
 他人行儀な言い方で、演劇部の部長の間垣ありすが答える。両肘をテーブルにつき、澄ましたような表情を浮かべていたが、痩せ我慢をしているのは明らかだった。
「今日いつも通りに部活をしようと来たらこの有様だったのよ。見てよ、あちこちに霜が降りてるんだから」
「本当にクーラーの故障じゃないの?」
「全然。この部活棟全体が同じ空調を使ってるんだから」
 廊下は普通の気温だったことを思い出して、蓮子は小さく頷いた。
 異変はこの部室内のみで発生していた。
「で、他の部員たちはどうしたの?」
 霜を払って椅子に腰掛けながら、メリーは問いかけた。
「みんな逃げたわ。学園祭の本番はまだ先だからいいけど今日は練習にならないわね」
「ありすも逃げればよかったのに」
「駄目。部長の私が逃げるわけにはいかないじゃない。謎解きは得意でしょう? 協力して」
 真顔で言い切られて、蓮子は思わず肩を落とした。
 隙を見て逃げようと思っていたが、とてもそんな空気ではなかった。
「だったら何か思い当たる節はある? 最近、墓地の墓石を回転させたとか、怪しい店に行ったとか」
「それはあんたたちじゃない。私たちの部活はごく普通よ。今度の学園祭で雪女のお話をするつもりなんだから」
「雪女?」
 蓮子とメリーの声が綺麗に重なった。二つの白い息が絡まりながら部屋の隅へと流れていく。
「そうよ。雪女郎とも言うわね。毎日暑くて堪らないから少しは涼しくなる芝居をすることにしたのよ」
「でも学園祭は秋じゃない」
「それとこれは別。とにかくやりたかったのよ」
「……。この異変の原因が分かったわね」
 顎の下に指を当てて、蓮子は低い声でつぶやいた。予想もしなかった言葉にメリーは目を丸くする。
「え? 本当に?」
「簡単な話よ。雪女を演じる部員に本物の雪女が取り憑いたのよ。はい、証明終了。帰る……痛いッ!」
「真面目にやりなさいよ。宇佐見蓮子さん」
「……ハイ、モウシワケアリマセン」
 相方から首筋にチョップを食らわされて、蓮子は力なく椅子に座り直した。
「冗談はさておき、雪女の話との関係は気になるわね。なんだか雪女が部室に来た後みたいじゃない」
「真面目に言ってる?」
「半分ぐらいは真面目よ。だって物理学じゃ証明できないじゃない。この部屋だけこんなに冷えるなんて」
「ヒートポンプとか、ペルティエ効果とかという言葉は出てこないのね。超統一物理学専攻の宇佐見蓮子さん」
「そっちは専門外よ。相対性精神学専攻のマエリベリー・ハーンさん」
「あんたたち、噂には聞いてたけど本当に仲がいいのね」
 取り残される形になったありすの言葉に、秘封倶楽部のふたりは我に返った。
「どうやらあんたたちでも駄目だとわかったからもう諦めたわ。私も帰ることにするわ」
「……ごめんなさい」
「別にメリーさんか謝ることはないわ。でも本当に変な話よね。この部室だけこんな事になるなんて」
 ぶつぶつ言いながら、ありすが立ち上がった時だった。
「あら? 今日はお客さんが来てるわね~」
 初めて聞く声が蓮子とメリーの耳に届いた。

 扉を開けて入ってきたのは、白い半袖のブラウスに青いフレアスカートがよく似合う少女だった。秘封倶楽部のふたりと目が合うと小さく頭を下げる。
「あら? 怜(れい)、帰ったんじゃなかったの?」
「忘れ物があったのよ~。あ、あったわね♪」
 ありすの問いかけに、白岩怜はおっとりとした口調で答えると部室の隅に置かれていた台本を手にした。
「これを忘れたら大変。家でも練習したかったし」
「相変わらず熱心ね」
「今回は主役だから当然よ~」
「主役ということは、貴方が雪女を演じるの?」
 わずかに目を細めて蓮子は問いかけた。一瞬だけ怜は驚いたような表情を浮かべたものの「そうよ~。よく分かったわね」と微笑して答える。
「いかにも雪女という感じの雰囲気を漂わせていたからよ。役にのめり込むタイプかしら?」
「私は意識してないけどよく言われるわね~」
 台本を胸元で抱えて、怜は満面の笑みを浮かべた。無邪気な中にも気品が漂うその表情にメリーもつられて微笑したが、蓮子は何かを考え込んでいた。
「とっても優しそうな雪女ね」
「ありす、今回の劇の脚本余ってたら貸してもらえる?」
 メリーの言葉を無視して、蓮子は口を開いた。予想外だったのか、演劇部の部長は目を丸くする。
「え? いいけど……。使うの?」
「何が手がかりになるか分からないじゃない」
 無言のままありすが台本を差し出したので、蓮子は笑いながら受け取った。その様子を怜は興味深そうな表情で見つめている。
「部長、この方たちは誰なの?」
「あ、説明していなかったわね。宇佐見蓮子さんとマエリベリー・ハーンさんよ。秘封倶楽部といえば分かるんじゃない?」
「噂で聞いたことがあるわね。有名な不良オカルトサークルでしょう?」
「直接言われると少し堪えるわね。否定はしないけど」
 帽子を手で押さえながら、メリーがぼやく。
「あら? ごめんなさい。初対面なのに」
「気にしなくてもいいわ。事実だし。ね、蓮子」
「まあね。というわけで、私たちは帰らせてもらうから。ありすも帰るんでしょう?」
「え? ……まあね。部活にならないし。明日には解決しればいいんだけど」
「大丈夫。私たちが出てきたんだから大船に乗った気でいていいわ。さ、メリー。帰るわよ」
「帰るってどこへ?」
 決まってるじゃない、と言いたげな表情で蓮子は言い切った。
 私たち秘封倶楽部の部室よ、と。

 物理学部の学舎の片隅にある秘封倶楽部の部室。
 かつて物置だったその場所に戻ってくるなり、蓮子は借りてきた台本を読み始めた。
「ねえ蓮子。どうしたのよ? 急に台本なんか借りたりして」
「ん、ちょっとね。勘が正しいか確かめたかったのよ」
「もしかして原因が分かったの?」
「おそらくね。もし正しければそろそろここに白岩さんが来るはずよ」
 シャーロック・ホームズの推理を聞くワトソンのような表情を浮かべたメリーだったが、扉がノックされたので飛び上がらんばかりに驚いた。
「どうぞ。開いてるわよ」
 会心の笑みを浮かべながら蓮子が答えると、ゆっくりとした動作で怜が部屋の中に入ってきた。
 途端に冷房のものとは思えない冷ややかな空気が肌に刺さり、メリーは小さく肩を震わせる。
「よくここが分かったわね」
「部長に聞いたら教えてくれたわ。まさか本当に部室を持ってるなんて思わなかったわ」
「色々とあって手に入れたのよ。ま、座って座って。ここは演劇部の部室みたいに寒くないけど。メリー、お茶淹れて」
「分かってるわよ。白岩さん、紅茶でいい?」
「お願いするわ」
「メリーの淹れる紅茶は美味しいんだから♪ それにしても演劇部の部室だけあんな風になるなんておかしいわね。私たちでもお手上げ」
「別に雪女のせいじゃないわ。特殊な自然現象じゃないの?」
「それはありえないわね。雪女の役を演じることになった雪女の白岩さん♪」
「私は雪女じゃないわ。まあ……血は引いてるけど。あ」
 自分の失言に気づいたのか、怜は口に手を当てて目を見開いた。瞬時に物内の温度が下がり、吐き出す息が白くなる。
「やっぱりそうだったのね」
「……かまをかけたわね」
 怜の声はさっきまでとは別人のように冷ややかだった。メリーはポットを手にしたまま凍りついたが、蓮子は笑みを浮かべて追及する。
「まさかバレてないと思った? 演劇部の部室で会った時、あんなに部屋の中が冷えてたのに顔色一つ変えなかったからおかしいと思ったのよ」
「……とすると動機もお見通しってわけね」
「もちろん。台本を読んだら一発で納得したわ。主役なのに冷酷非情な役だったのね」
「そう、それよ。雪女はそんな酷い事なんかしないのに。むしろ雪の中で迷ってる人を助ける心優しい存在なのよ。それなのに……」
 怜の言葉の勢いが萎んだ。しばらくの沈黙の後に「でも少しやり過ぎたかも」とつぶやく。
「だったら台本を直して貰えばいいじゃない。私が部長にかけ合ってみるわ」
「……いいの?」
「今どき寒気を操る本物の雪女に会えるなんて思わなかったからちょっとしたお礼ね」
「私の場合は遠い遠いご先祖様が雪女だったってだけの話よ。せいぜい六十四分の一ぐらいしか血は流れてないわ」
「それでも凄いわね。寒気を操れるんだから」
 ようやく落ち着きを取り戻したメリーが話に加わる。
「ふふ。私は特別力が強いのよ~。隔世遺伝かもしれないわね」
「また今度話を聞きたいわね。いい?」
「もちろん♪ 貴方たちなら歓迎よ~」
 たおやかな口調で言い切って、怜は立ち上がった。
「紅茶はまた今度ご馳走になるわ。寄る所があるから」
「じゃ、また」
 蓮子が笑いながら手を振ると、現代に生きる雪女は悠然とした足取りで部室から去っていった。
 途端に纏わりつくような暑さが戻ってくる。
「あーあ。もっと話が聞きたかったのに」
 ポットを元の場所に戻してメリーはぼやいた。
「仕方ないじゃない。どうしても行きたい場所があったのよ」
「え? どこ?」
「演劇部の部室に決まってるじゃない。あのままだと明日まで凍りついたままだから直しに行ったのよ」
「でも、あんなに簡単に気を取り直すなんて思わなかった」
「実は本気じゃなかったのかも。ほら、見て。台本の最後にこう書いてあるんだから」
<一見、冷酷非情に見える雪女ですが、それは私たちの思い込みで、本当は心優しい存在なのかもしれません>
2作目です。秘封倶楽部にはちょっとした謎(オカルト)暴きがよく似合います。
上杉蒼太
https://twitter.com/ogasawara_tomo
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コメント



0.150簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.100名前が無い程度の能力削除
ちょっとした謎解きの雰囲気がよかったです
3.100名前が無い程度の能力削除
ちょっとした怪異との遭遇、いいですね。
5.100南条削除
面白かったです
秘封倶楽部の元に舞い込んだちょっとした怪異というコンセプトが非常によかったです
くろまく~
8.90ローファル削除
面白かったです。