Coolier - 新生・東方創想話

新生天娘

2023/09/01 22:24:47
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退屈な天界から逃げ出した私は、いつものように地上へと降下した。ただ、天人の連中もみすみす逃すほど馬鹿ではない。
どうせ今回も天狗に力を乞い、あの緻密な情報網にタダ乗りして、私の居場所を突き止めるに違いない。きっと今回も、地上の滞在時間は半日程度だろう。
だから満喫しようと思っていたのだけれど、天女の如く優雅に舞い降りた地上は、少し様子がおかしかった。否、正確には進んだ方角がおかしかった。
今回、私は妖怪の山の麓に逃げ延びた。そこから人里に出て、なにか甘いものをいただこうと計画していたのだが、里へと向かう道を間違えてしまったらしい。
山と人里の間には、のどかな田園風景が広がっている。広がっているのはいいのだが、どこに行っても景色が変わらないのはいかがなものかと思う。
おかげで私は畑の中を彷徨う羽目になり、いつの間にか丘陵地帯に広がる畑の中を歩いていた。
「ちょっと、誰かいないの?ここどこなのよ」
叫んでも返事はない。当然だ、一面の耕作地に人の姿はひとつもないのだから。
そう、誰もいないのだ。視界いっぱいに広がる田畑、辻、畔、道。そこに人影は見受けられない。なぜ、人がいないのか。
仰いだ空に太陽がギラギラと輝いている。
「ふつう、今は畑を耕す時間でしょう!?」
そんな私を嘲笑うかのように、中天にどっしりと構えた太陽が、じりじりと身を焦がすような陽射しを振り撒いている。燦燦と照る陽に対抗するように、私は叫ぶ。
「わたしもお昼ごはん食べた―――――い」
食べたい――食べたい―――食べたい――――
丘陵から、麓の人里へ。人里から、その裏に聳える山々へ。私の声は奥へ奥へと木霊していく。こんな言葉、律義に反芻しなくてもいいのに。
「あの、よかったら食べますか?」
そんなときに背後から声を投げかけられたから、危うく口から心臓が飛び出すところだった。声のした方を見ると、畑に生えた作物の陰に、二つの顔がひょっこりと覗いている。
「これ、昨日の残りですけど。帰り道に食べようと思って」
着古した麻の衣服に袖を通した二人の少女が、両手に持ったおむすびを、おずおずと差し出している。
「は?学校? 寺子屋はあっちでしょ。どうしてこんな場所にいるのよ」
寺子屋は人里にあり、そこに通う住人も人里に暮らしている。なぜなら幻想郷の人間は、ごく少数の例外を除いて、人里で生活しているものだから。
であるからして、寺子屋帰りの子どももまた、人里のどこかにある家に帰るべきだろう。
しかし天子はいま、人里に背を向ける形で二人と対面しているのだ。
「あんたたち、こんな場所に居たら危ないでしょ。何考えてるの」
冷え固まったおむすびを齧りながら訪ねる。濃い味付けに口の中がシワシワになったが、その塩気が疲れた身体には心地よく感じた。
「寺子屋?」
「寺子屋だって」
「寺子屋なんてとっくにないよ」
「今は学校だよ。明治の御代に学生が施行されたって、学校で習わなかったの?」
一瞬、呆気にとられたかのようにポカンと口を開けた二人は、顔を見合わせクスクスと笑いあう。
「学校?学制?」
後者は初めて聞いた知らない言葉だ。しかし前者は聞いたことがある。いや、正確には”大学”だが。二人の反応を見るに、学校とやらは寺子屋と役割が似ているのだろう。
であれば、二人の言う”学校”は私の知る”大学”と近い役割を持っているのだと、思う。
それよりも、この二人は学校に通っているという。こんな薄汚い恰好の、しかも年端もいかない女が、学校に。
「あんたたちみたいなのが、学校に? この私ですら通えなかったあの”学校”に? 冗談よしてよ」
あそこは貴族の子息か、一部の血族か、あるいは選ばれた一握りの秀才が通う場所であるはず。まさか、この二人は高名な人物の子孫であるとでもいうのだろうか。
「……そう、あなたは学校に行っていないのね」
「ほら、この前先生が話してたでしょ、お家によって事情があるんだよ」
「でも、ここは―――」
天子をよそに会話は続いていく。そこにどうにか口を挟もうと機を伺っていた、そのときだった。
里を挟んだ向こう側、雄大な裾野を持つ山々が、突如としてゴロゴロと轟いた。そればかりではない、にわかに空が暗くなったかと思うと、稲光と共に雷鳴があたりに響き始める。
そうした巨大な銅鑼を打ち鳴らすような轟音はさらに、山から里へ、里から丘陵へ、天子の元へ迫ってくるではないか。
「ちょ、やばっ! 動員しすぎでしょ!」
言って、駆け出す。あの音を、あの光を、天子はかつて見たことがある。あれらはみな、全て天狗の仕業なのだ。天狗が駆けると山は鳴動し、天狗が翔けると雲は電光を帯びるのだ。
「ほら、逃げるよついてきて!」
私が逃げ去った方向を追手にしゃべられては困る。目の前の二人を置いていくわけにはいかないのだ。踵を返し、二人の手を掴み、また走り出す。
「お姉さんどうしたの!」
「な、なんだか走りにくい!」
「あんたたち人間が、普通に走って天人である私について来れるわけないでしょ!!」
走りにくいのも当然だ。なにせ二人の足は宙を浮いているのだから。走れるはずがない。
気が付けば、すぐ背後に旋風が迫ってきていた。これは天狗が猛追している証。彼らが翔けると大気が乱れ、こうした現象が引き起こされるのだ。
「地面が揺れてる!! さっきの音も、どんどん強まってるよ!!」
「うわ、なんか、体が重たい! お姉さん助けて!」
「あなたたちを抱えているせいで天狗に追い付かれそうなの! あと、これでも遅い方よ、へばるのはまだ早い!!」
まずは丘の陰に駆け下りて天狗たちを巻く。そのあと盆地に回り込んで、そのまま妖怪の山へと突っ走る。
山腹にある池には要石が置いてある。いかに天狗とはいえ、天界に足を踏み入れることはできない。あれを射出して天界へと逃げ戻らねば。自分から戻ってきたとなれば、罰も少しは軽くなるはず。
それに私は御供を二人連れている。こいつらが天狗に追いかけられていたので助けました――などと言えば、いくらか情状酌量の余地も生まれるはずだ。
だから、今は。早く早く速く速く疾く疾く翔く翔く!



「それで、この二人はどうするおつもりで?」
這う這うの体で逃げ戻った私は、能面を被ったような笑みを浮かべる天人たちに出迎えられた。私の必死の弁解にも関わらず、脱走が許されることは無かった。
ただ、天狗に追われる二人を助けたという私の言い訳は通用したようで、懲罰会議は早々に昇天した人間の処遇を決める会議へと変わっていった。
「……まさか天人にしようとでも? あなたが天人になれたのは例外なのですよ」
「いや、その二人なんだけど」
地上に居たときから、私はずっと気になっていた。なぜ、これほど低い身分の者が大学で学んでいるのか。なぜ、それをさも当然のことのように話すのか。
なぜ、あんな場所にいたのか。その問いかけ全てに対して、私はまだ、二人から回答を得ていないのだ。
「私の従者として、天界に置いておけない、かな?」
だから私は、その答えを得るまで
「この二人の少女と共に暮らしたいんだ」
目の前に立つ養育係。その眉間に、みるみるうちに皺が寄り集まる。その様から逃げるように後ろを振り返り、話についていけず棒立ちの少女たちに、問いかける。
「名前は?」
「ヨネです」
「トク、です」
「ヨネにトクだな。いいか、今日からお前たちはこの私、比那名居天子お抱えの従者になるんだ」
「あいにく天人にはなれそうにない。その代わり、普通に地上で暮らしていては叶わなかったであろう夢を、いくらでもかなえてあげよう!」
「ヨネ、トク。長く短い付き合いになるだろうけど、よろしくね」
この日、二人の少女が地上から姿を消した。
ヨネとトクは、天に昇り、その天寿を全うしたという。
かなり前から比那名居天子を書いてみたいと思っていたので、書きました。あとすいかちょーで明かされた昔の天狗を書いてみたくなって!
何らかの存在に隠されてしまった人間も、隠された先で生きていて欲しいです。でも、罪深いことをした気分です。
よー
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コメント



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1.100名前が無い程度の能力削除
新しい形の神隠しを見たような気がします。
2.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
4.70名前が無い程度の能力削除
「誰もいないのだ」・場所説明の前に太陽の描写があれば季節が想像しやすく情景の情報が入ってきやすいと思います。独り言が浮いて見えました。天狗の設定や描写は迫力があって面白かったです。