Coolier - 新生・東方創想話

midnight dance.(上)

2006/01/03 13:13:57
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殺伐とした夜と凄惨な宴をどうぞ。





黄昏時。
全てが茜色に染められる中、彼女は夕日を背負い帰路を急いでいた。
白銀の髪と青い服も例外無く染められていたが、本来の美しさを損ねるには至らない。むしろ、その暁を背負った彼女はその姿を夕日に飾られ、唯でさえ整った容姿が神掛かってすら見えた。…が、
そんな彼女…十六夜咲夜は、両手で手提げを釣りながら、形の良い眉を若干寄せていた。
幻想はその瞬間吹き飛び、一気に所帯染みた。

「…思ったよりも遅くなってしまったわね」

言葉の通り、彼女の今居る場所は、立てていた予定からすれば大分違う場所であった。
その予定では既に勤めている紅魔館へ戻っており、主人であるレミリア・スカーレットの目覚めを健やかにする為の紅茶を用意している頃だったのだ。
常日頃、敬愛たる主の格を損ねぬよう、完全で完璧、清楚で瀟洒に振舞う努力をしている彼女にしてみれば、この状況は自身を戒める拷問にも似ている。

「まあ、この失態は……上等も上等の紅茶を振舞う事で、挽回させて貰う事にするか」

誰とも聞いて居ない今だからこそ、彼女は素の言葉遣いと共に、不敵に笑んでみせた。
人間としては美しすぎる透き通った氷を思わせる面立ちと、やや低くくも女性的なハスキーヴォイスは、心掛けている瀟洒を一層飾ってくれる彼女自身の自慢の種だ。
常に意識し保っているそれらは彼女の自身と誇りに直結し、身も心も捧げたレミリアへの忠誠を、より強固なものにもしている。
幼きデーモンロードが笑めば、それで全ては満たされる。それが主の望みであり、我の望みでもある。それ以上は必要無い。
可憐と妖艶を同居させた主人の笑みを思い浮かべ、咲夜は飛ぶ速度を速めようとした。
…が、

「……うん?」

ふと、気が付いた。飛ぶ事に集中しようと意識を切り替えるその一瞬、余計な思考が削ぎ落とされたクリアな瞬間、何者かの視線を受けていた事に。
その気配はあまりにも微弱で、今の所、敵意は無い。…が、付けられている時点で敵意も何も無い。
一直線に空を飛んでいる自分に、善良な人間が付いて来られる訳が無いのだ。
相手に気取られぬよう気を付けつつ、もう数分飛んだ所で、

「妖怪か」

溜息と共に、咲夜は指を鳴らした。


「プライベートスクウェア」――パチィィン!


高らかに声を上げたのは、発動の条件ではない。
高らかに指を鳴らしたのは、発動の宣言ではない。
こんな事をしなくとも咲夜は時を止められる。容易く操り弄べる。侵し尽くせる。
これは相手に気付かせる為の、
……余興でしかない。

「探し物は、さて何処に?」
「!?」

突然上げた声と共に、突如消えた彼女に、ソレは肝を冷やしただろう。
突然鳴った音と共に、突如現れた彼女に、ソレは身を凍らせただろう。

「安心なさい、悲鳴くらいは好きに上げさせてあげる」

ソレは、背後の声に振り返る。
ゆらり…、と。
左に手提げを遊ばせて、瀟洒な従者は其処に居た。
しゃらん…、と。
右にナイフを戯ばせて、悪魔の狗が…其処に居た。
成る程、と咲夜は思う。
ソレは人狼にも似た姿をしていた。ならば気配の機微は巧みだろう。
…ただ、茶色くくすんだその色は咲夜にとっては下品でしかなく、見ていて気分を害するものでしかないのが…とても残念だ。
その人狼が踵を返す。それと同時に、咲夜の右手が無造作に振られていた。

「ギァ…ッ!?」

その一投は正確無慈悲。毛に覆われた右の膝裏を、ざくりと貫く。
転げるソレを咲夜は冷ややかに見つめ、目が合うと同時に、彼女の右手には二本のナイフが現れた。
ソレが目を見開く。
咲夜がナイフを投じる仕草に入って、ソレは首を振る仕草をした。

「ヤ、やメ…ッ」
「あら、…知性の無い駄犬だと思ったわ」

次に目を見開いたのは咲夜の番であった。
彼女はソレを一目見て、腹を空かせ自分を獲物として狙っていると思っていたのだ。

「はナしが、チガう…!」
「?」

どうも何か在りそうだと、咲夜は思考を走らせようとして、

「ハクレイにカいナラサれたオウなド、すデニ、オウ…」

それは意味の無いものだと早くも断ち切った。主を侮辱した目の前の下種と同時に。
眉間に一本、左胸に一本と異物を生やしたソレは、既に一切の動きを止めている。
思い出したように零れ始めた血は、普段厳選に選別している咲夜の目に、何の色も、温度も齎さなかった。

「ああもう、無駄な時間を過ごしたわ」

咲夜は三本のナイフを無造作に引き抜くと、手提げから襤褸布を取り出してそれを包む。
後で煮沸消毒しないと…、と、そんな事を呟きつつ、再び舞い上がったのだった。



midnight dance./1 紅魔館



結局、咲夜が紅魔館へ帰り着けたのは、十二分に夜の帳が落ち、門番である華人小娘…紅美鈴が同輩と夜勤交代をした後であった。
交代の時間は、大体日の暮れる境を目安に、夜勤の者が夕食を摂ってからの交代となる。
咲夜が間に合わせようとしていたレミリアの起床時間も大抵この辺りで、美鈴の姿が門に無ければ、起きていると思って良い。
彼女は交代の時間が来てもすぐには引っ込まずに、代わった者とのんびり話をしている場合が多いからだ。それは丁度良い時計代わりのようなもので、彼女の居ない門は、漸く辿り着いた咲夜の気持ちを幾許か逸らせた。

「お疲れ様」
「あ、メイド長。お疲れ様ですーっ!遅かったですね」
「思ったよりも掛かってしまったわ。早くお嬢様の仕度をしないと、怒られちゃうわね」
「あはは、メイド長なら大丈夫ですよ。お嬢様のお気に入りですし、何よりアレが在るじゃないですか」
「そうなんだけどねぇ…、あんまり使いたくはないのよ」
「?如何してですか?」

美鈴の率いる門番隊には、彼女の影響か明るい娘が多い。
今も目の前で首を傾げている少女もその一人だ。ころころと表情が良く変わり、若干の疲れを感じていた咲夜の心を軽く癒してくれた。
また、この紅魔館に勤める者は、大抵が妖怪である。
人間も多少居るが、少女と称した目の前の彼女は、可愛らしいと言っても過言では無い容姿であるものの、既に何十年と生きている妖怪だ。
……詐欺?いやいやお待ちなさい。か弱く無力な少女が、夜の番になど立つ訳がありません。
こう見えて彼女は、外周警備隊、兼、門番隊の隊長を務める美鈴の、歴とした片腕なのだ。

「…考えてもみなさいな。周囲の時間は止まっていても、私自身の時間は動いているのよ?」
「?」

妖怪って卑怯だなぁと咲夜は思いつつ、悪戯っぽく笑い、言った。

「老けちゃうじゃない」
「!…あははっ、もう、メイド長幾つですか~?」
「乙女の秘密って事にしておこうかしら。まあ、大丈夫だとは思うけれど、気を付けてね。後、風邪引かないように」
「ありがとうございまっす!」

にまにまと笑う少女が、ぴしっと敬礼をする。咲夜も、冗談っぽくそれを返した。
そんな彼女に見送られて、咲夜は紅魔館の正門を潜ったのだった。
一人になった咲夜は、ずれてしまった予定の修正を始める。…とは言っても、ここへ辿り着くまでに粗方纏めてしまっているので、おさらいみたいなものだ。
むん、と気合を入れてから、咲夜は小さく頷く。
これからが主人の活動時間だ。



紅魔館に在る中で、最も静謐、最も高い位置に在るその一室。

「むぅ…?」

その声は、冗談のように大きなベッドの中から聞こえてきた。
甘いマシュマロのようなシーツの中、その中央の膨らみがもぞもぞと動き、上を目指している。
そしてすぐに、淡い銀色をした頭がひょっこりと其処から生えた。

「……あぁ、夜か」

肌触りの良さそうな…実際に肌触りの良いシーツを盛り上げて、其処から現れたのは少女の裸身。そして漆黒の羽。
何処も彼処も細く、本当に申し訳程度の肉付きに、病的なまでの白さを誇る肌。
触れれば壊れてしまいそうな少女特有の儚さを持ちながらも、香り立つような艶を併せ持つ、悪魔特有のそれである。
それをより一層際立たせるのが、黒曜の如き闇色の翼であった。
鬱陶しげにシーツを払い、少女…レミリア・スカーレットは片膝を立てた。その上に肘を付き、その上の手の甲に頬を乗せ、自分があと五人は横になっても快適に寝れるだろうベッドの上で、呆…とシーツの皺を眺める。
そんな状態がどれ程続いただろうか…、幼きデーモンロードは一度だけきつく瞼を落とすと、小さな唇を開いた。

「咲夜ー」

それは決して大きな声ではない。
幼さの残る声であり、退屈に溺れた声であり、愉悦を求める声であった。
次の瞬間、彼女しか居ない筈の室内に、コツ、と足音が鳴る。
それと同時に、普段飲まない者であろうとも解る、上品な紅茶の香りが部屋を満たして行った。

「お待たせ致しましたお嬢様。今日は珍しい紅茶が手に入ったんですよ」
「…ふふ、咲夜は解っているわね」
「勿論ですわ」

咲夜はベッドの傍らへ歩み寄り、レミリアの近くへカップの乗ったトレイを差し出した。
主がカップに指を掛けるのを見ながら、彼女はいつもの問いを向ける。

「お召し物は如何なさいます?」
「あぁ、普段通りで良いよ。特に何が在ると言う日でも無いだろうしね。……、ん、中々だわ」
「畏まりました」

紅茶の感想で僅かに変わったが、それ以外は全く持っていつも通りの会話。
普段通り。その言葉を聞き、咲夜は俄然やる気を出した。
普段通りと言う事は、咲夜が決め、飾る、自分の出来る最高以上の選択をすると言う事である。
何処に出ようと決して見劣りせぬ、レミリアに恥を掻かせぬ、そして何より、主人のプライドを預かった己の誇りを傷付けぬ、最高以上の仕事だ。
返答した際、既に時は止めていた。
だからと言って、何時までも主をこのままの格好で置く訳にはいかない。
咲夜は頭に何百種類ものドレスを並べ、今宵のレミリアを飾る相手を選んだ。
今日は、黒。ただの黒ではなく、とびきりの黒だ。
僕である夜の色に負けぬほどの黒を。闇の中で尚映える、主を飾る漆黒を。
それを更に飾るのは、主の瞳と揃いの紅だ。
着る者を立てるように慎ましく。けれど、咲き誇るように大胆に。
最後に飾る帽子を片手に、咲夜は時を動かした。

「今日は如何しようか」
「お嬢様のお好きなように」

突然服を着ている事も、ベッドの縁へ移動している事も、レミリアは反応を示さない。示す必要が無いからだ。
朝日が昇る事を、夜の帳が落ちる事を、何故驚く者が居るだろうか?…詰まりはそう云う事である。
くい、と紅茶を飲み干して、レミリアは小さく笑みを浮かべた。

「神社に行って来るよ。咲夜、適当に良い物を作って頂戴」
「お任せ下さいな。すぐに出来ますわ。…今宵はお泊りで?」
「ん、よく解ってるわね」
「勿論ですわ」

咲夜に任せれば、それこそ一瞬の事だ。
満足気な笑みを浮かべるレミリアへ瀟洒に笑い、咲夜は帽子を差し出した。…主の髪に触れるなど、以ての外だからだ。
咲夜は再度、時を止める。
主人が玄関へ着く前に、手軽で最高の食事を作る為に。着替えを用意する為に。日傘を用意する為に。
…疲れ?
それこそ、言うまでも無い事だ。
レミリア・スカーレットが笑えば、全ては無条件に満たされる。



midnight dance./2 博麗神社



「こんばんわ霊夢。飢え死にしないように食事を持ってきてあげたわよ」
「………はぁ」

何故か庭に立ち、紅魔館の方向を見ていたのは博麗霊夢。そんな彼女は、夜空から降りて来た吸血鬼レミリア・スカーレットを見て溜息を吐いた。
今日も今日とて変わらぬ服装。
紅と白の巫女っぽい装束は、何もこれしか持っていないと言う訳では無い。と、思われる。おそらくは。
闇に溶け込むような漆黒の髪を、大きな赤いリボンで尻尾にしている。
勝気な瞳が情けなく閉じられるのを、レミリアは満円の笑みで見つめた。
レミリアが霊夢を気に入ったのは、無論、自分を打ち倒した強さにある。が、スカーレットと同じ意味を持つ紅と、それの映える白の衣装が何よりも気に入ったからである。白を紅に染める。なんと良い言葉であろうか。白を紅に染める。なんと良い響きであろうか。…あくまでも、レミリア的に。
そう考えると、服に隠された白い肌も良い。血に染められたら、どれほどの恍惚を得られるかは想像に愉しい。
それに、闇に溶け込むような漆黒の髪も、自分の翼とお揃いだ。指に絡め戯べたら、きっと飽きは来ないだろう。
永遠にも近い刻を過ごすのに、間違い無く貢献してくれる代物。
それが霊夢に対するレミリア・スカーレットの認識である。
だから、欲しい。髪も瞳も唇も。身も心も存在も。全てが全て、モノにしたい。
…が、しかし、
だからと言って、それがモノに出来るかと言えば……全くのノーだ。
そんな彼女は、今現在まで連敗街道驀進中。霊夢の釣れない顔も慣れたもので、今夜もまたいつも通り、軽口の応酬が始まるのである。

「何よ溜息なんて。私の魔性に見惚れたのかしら?」
「あー、はいはい。私は同性愛者でも小児性愛者でも無いから」
「あら…、この無垢な躰を思う存分、やりたい放題に弄びたくないの?」
「ならないわよ。私は至ってノーマルです」
「口ではそう答えたが、彼女は気付いていなかった。その心に小さく芽生えた、背徳への欲求を…」
「変な捏造するなっ!」

ぺしんと吸血鬼の頭を叩き、霊夢は再度、溜息を吐いた。
そのまま、目の前の少女をじぃっと見遣る。
屋内から漏れる薄い光も有る為、辛うじて見えてはいるが、今日のレミリアは髄分と決まった格好をしている。
普段とは違う、すっきりとしたシルエットのドレス。
只管真っ黒なそれを飾るのは、いつも以上に紅いリボンである。
その所為で、唯でさえ白い肌が異様なほどに目立ち、闇に浮かんですら見えた。
………つまり、神社と言うこの場所で、彼女はとても浮いていた。ちなみに、飛ぶと言う意味ではない。
更に、右手に持ったバスケットがいやに庶民臭く、またまた浮いていた。

「今日はまた、凄い格好ねぇ」
「ふふっ、良いでしょ。咲夜が選んでくれるのよ」

様々な意味を込めて霊夢が呟くと、其々の指でスカートの両脇を摘み、レミリアがくるりと回ってみせる。
だが残念な事に、ふわりと舞う可憐な姿より、霊夢は一緒に回ったバスケットの方が気になっていた。

「取り合えず上がりなさい。浮いてるから」
「翼が在るからね。それじゃ、お邪魔するわ」

…家に上げたところで、浮いてるものが収まる訳でも無かったが。
まあそんな事はすぐさま忘れ、霊夢は薬缶を火に掛けに台所へ向かった。今何よりも優先しなければならない事は、レミリアの持ってきたバスケットの中身であり、そして彼女の機嫌だ。普段であれば後者は如何でも良いのだが、今は前者を損ねる訳にはいかない。唯でさえ育ち盛りなのに、最近は備蓄が減ってきている為、一食一食が少ないのだ。これでは育たない。色々と。
湯が沸くまでの間はやる事が無いので、霊夢はレミリアの居る居間へと戻った。
見た目年下の年上は変わらずに其処に居り、ちゃぶ台の上にバスケットの中身を広げていた。

「お帰りなさい霊夢。お茶はまだかしら?」
「ええ、ただいまレミリア。生憎、私の時間は正常に流れているの」
「咲夜の有難みが身に沁みるわねぇ…」

ひょいひょいとバスケットの中から取り出されるものは、メイド長自慢の一品、サンドウィッチである。
簡単と馬鹿にする事無かれ。質素であるからこそ、何よりも腕を語るこの一品。
瑞々しいレタスの挟まれた色合い。健康的な食欲を誘うハムの色。見るからに食欲を誘うその品は、見た目はとても美味しそうで、悔しい事に、味もかなり美味しい。
思わず口を満たした唾液を、霊夢は冷静に飲み込み。飲み込み。飲み込んだ。
お茶がまだであったが、霊夢が思わず手を伸ばし、

「った!」

ぺしりとレミリアに叩かれる。
何をすると言わんばかりの視線に、彼女は静かに答えた。

「今、このサンドウィッチを掻き込み喉に詰まらせる貴女の運命が見えたわ」
「…そ、そう」

すごすごと引き下がる霊夢に追い討ちを掛けるように、ピュィーと薬缶が間抜けに鳴いた。



いそいそとお茶を用意した後、飢えた犬のように貪り食う霊夢を見ながら、レミリアはくすっと微笑んだ。
動物を飼い馴らすに一番重要なのは、餌である。
ここで必要になるのは、質素で且つ食べ易い物だ。更に美味しければ尚良し。
ただ、上品で上等な餌は与えてはいけない。それに慣れると我侭に育つからである。…レミリアのように。
目の前の吸血鬼がそんな事を思っているとは露知らず、しかし含むような笑みを見て、霊夢は思わず食事を止めると、眉を寄せて溜息を吐いた。

「はぁ…、何だか情けなくなってきたわ…」
「霊夢、溜息を吐くと幸せが逃げるわよ」
「私の幸せを大解放してるアンタに言われたく無い」
「じゃあコレは要らな」
「要ります」

即答をする霊夢に、レミリアはまた、くすっと笑う。
居心地の悪さを感じるべき心は、既にこの状況に慣れ切ってしまっていた。霊夢は心の中で見た事も無い先代に謝罪する。…吸血鬼に養われてるような私をお許し下さい。でも貧乏神を祓わず、完全放置なあんた達の所為です。だから前言を撤回する。如何にかしなさい祟り神。
自棄を起こして、霊夢はサンドウィッチに噛み付いた。
ちなみに、養われているのは吸血鬼だけにではない。魔法使いも来れば、時折人形遣いも来るし、亡霊が来る事もあれば大妖怪が来る事もあり、鬼が来る事もあれば兎が来る事だってあった。…まるで、複数の相手間を渡るヒモのようだ。
運命の見えるレミリアは、そんな霊夢を見ているだけで十分に愉しめるのだった。
先代も、そのまた先代も、この博麗神社は貧乏であったとレミリアは知っている。運命が教えてくれた。ああ愉しい。ビバ運命。
二人向かい合ってサンドウィッチを口にしつつ、何時食べても涙が出るほどの美味しさに悔しくて、レミリアの意味深な視線が切なくて、霊夢は小さく歯軋りをした。

「はしたないわよ。霊夢」

バレバレであった。
バツの悪そうな顔をしながら、霊夢は口の物を飲み込み……危うく喉に詰まらせ掛け、慌ててお茶で流し込んだ。
レミリアは更にくすくすと笑い、霊夢は咳払いでそれを流す。
やや攻められているような感は有ったが、それでも、この雰囲気は嫌いではなかった。…少々、面倒臭くもあったが。
それを壊してしまわなければならない苦さを感じつつも、霊夢は小さく息を吐く。
…そして一拍後、二人に流れていた和やかとも呼べた雰囲気は、ただ静かに薄れていった。

「それで、大した胸騒ぎでも無いけど、一応は解ってるんでしょ?」

先に切り出したのは霊夢であった。
それはレミリアを邪険にしているのではない。霊夢は邪魔なら邪魔と、はっきり拒否する性格であり、レミリアもそれを心得ていた。
勿論、と、幼きデーモンロードは頷く。

「ま、私に面倒が降り掛からないなら、それで良いんだけどね」

霊夢のその言葉にレミリアは、そうね、と頷き、しかし視線で霊夢に告げる。…解っているくせに、と。
当然、彼女も解っていた。
博麗霊夢は、博麗の巫女。その役目は博麗大結界の維持であり、幻想郷の守護であり、人と妖の天秤を整える事である。
だから今宵起こる事は、紛れも無い巫女の仕事。
…少しばかり利用されているのが面倒なだけの、彼女の仕事である。



midnight dance./3 紅魔館



神社に赴く主人を見送った後、咲夜は溜まった仕事に忙殺された。
帰宅に遅れた時間分、滞った仕事は幾重にもなって襲い掛かってくる。
咲夜の指示が無ければ出来ない事。それから生じる他の遅延。其処から生じるその他の遅延に、またまた生じるその他の遅延に延々えんえんエトセトラ。

「う~あ~…」

普段努める瀟洒の仮面を一旦外し、時の止まった廊下の壁に、咲夜はぐったりと額を付けた。
そのままずりずりと崩れそうになるのを堪えつつ、咲夜は火照った頭を壁で冷やす。常に清潔に保たれている為、額が汚れたりはしない。
時を止めている今在り得ないが、もしその姿を誰かが見たら、それこそ卒倒する事になるだろう。そしておそらくは、他のメイドたちの作業効率が異常に跳ね上がる事は想像に難しくない。
しかし、人間としては完璧に近いポテンシャルと、反則的な特異能力を持った咲夜は、その姿を誰にも見せる事が無かった。
くるりと反転し、壁に背を預けるようにして、今度は身体を休める。
期待されていると、それだけでやる気が出てくる。それだけ認められているという証であり、それが仕える主人からであればより一層だ。…が、残念な事に自分は一人しか居なかった。如何しても手の届かない場所が出てきてしまう。
ふと、咲夜は分裂している庭師を羨ましく思った。
正確にはもう半分の自分に人の形を取らせるのだが、そんな事は如何でも良い。ちなみに分裂している訳でも無いが、それも如何だって良い。
今は、時を止められ、且つ二人分の作業効率が、何よりも魅力的なのだ。

「うわ、最強過ぎ」

…いっそ反則であったが。
適度にクールダウンされた思考が、再び疾走を開始する。
自分の居ない時の作業がストップしないように、目ぼしい誰かに運営を叩き込み改善をする必要が在るだろう。
そう考え人物をリストアップしていくその顔は、既に瀟洒なそれへと戻っていた。
お腹空いたなぁと其処を押さえる彼女だったが、結局、彼女が食堂に辿り着けたのは、帰宅してから実に二刻半の時が流れてからだった。…簡単に言えば、五時間後である。



何を作ろうかしら…と、漸く厨房に立った咲夜は、小首を傾げ食材を吟味していた。
本来であれば既に食事は済ませ、報告書を片手に自室で珈琲タイムの頃合である。が、今日は食事を摂っていなければ、シャワーも浴びていない。
やはり午後から夕方までの時間を空けてしまったのは痛く、先程、漸く今日の仕事を終えたのだった。
取り合えず、まずは食事である。
こんな時間だから軽く食べれるものが良かったのだが、生憎と作り置きの物は厨房に無かった。そんなであるから、レミリアに作って持たせたサンドウィッチを、自分の分も作り置いておかなかった事に咲夜は悔やむ。
仕方が無く、今は牛乳で紛らわせる事にした。さくっと汗を流し早く寝て、明日の朝、足りない栄養を補う事にしよう。
咲夜はパチュリーの魔法で低温に維持されている箱から牛乳を取り出すと、残りが少なかったので直でそれを飲み干した。腰に手を当て、年頃の女性がするような仕草では無い飲み方である。が、その姿は何故か様になっており、誇らしげな顔が、いっそ惚れ惚れするほどに勇ましい。実に瀟洒である。
ほぅ…と色っぽく息を吐いて、彼女は牛乳の容器を水に浸した。
冷えた飲み物によって再び冷やされた頭に、咲夜はこの後の予定を挙げる。
まずは手早くシャワーを浴びる。そして髪の乾かす時間を書類の整理に。急がなければ睡眠が削られて、明日の仕事に差し支えてしまう。
くしゃりと髪を掻き、咲夜は厨房を後にしようとして、…しかし、今日は何処までも予定通りに行かない日であった。
何やら館内が慌しい気配に包まれたのだ。
嫌な予感を覚えつつ空間を捻じ曲げて、……彼女はがくりと肩を落とした。
それが伝えてくれたのは、

「侵入者です!」

実に素敵な嫌がらせをかましてくれるお客様の、ご来館を知らせるチャイムであったからだ。
ここ最近一番の侵入者は、大胆不敵な黒白魔法使い…霧雨魔理沙だが、彼女なのだろうか?
彼女がこんな時間に来る事は殆ど無ので、咲夜はまた首を傾げる。
魔理沙のやって来るのは大体正午から夕方であり、美鈴、パチュリー、小悪魔にフランドールと、彼女達を手玉に取ってから帰っていく。
その日の行動は本当に予測が付かず、本を読みに来たかと思えばパチュリーや小悪魔と跳ね回り、本を読みに来たかと思えばフランドールと弾幕ごっこで館を壊し、かと言って遊びに来たかと注意すれば大人しく本を読んでいるような奴なのだ。
それとも、その魔理沙と犬猿の仲っぽい人形師、アリス・マーガトロイドだろうか?
彼女の連れている人形はどれも可愛らしく、何気に咲夜はファンである。
兎に角ハードなこの仕事。それで荒む彼女の心を、その人形達がどれほど癒してくれたか。
そう考え、しかし、咲夜は違うと考え直す。
アリスは魔理沙とは違う。多少はズレているものの、その辺は弁えていて、こんな夜分に進入なんて野蛮な行為をするような人物では無かった。
それでは一体?
そう考え始めたら、空腹と相俟って眩暈がした。
どちらにせよ、今日はトコトンなまでに厄日であるらしいからだ。
…しかし、
そんな考えも次の言葉を聞くまでの事である。

「メイド長とっ、美鈴隊長をっ!」

それは恐慌に在る者の悲鳴に聞こえたからだ。



その一団は、闇夜の湖上を一直線に向かっていた。
静かであった湖の上、風のままに舞う毛玉を蹴散らし、軽やかに踊っていた妖精を食い散らし、いきり立った気配を隠そうともせず、その中心に在る紅魔館を目指していた。
様々な、妖怪達の群れであった。



傷だらけになり、それを伝えてくれた巡回のメイドを見て、咲夜がぎりりと歯を鳴らす。
整い過ぎたその貌が憤怒のそれに変わるのは、ただそれだけで恐ろしい。
切れ長の瞳に収まった蒼い宝石が、ゆらりと揺らいだ。
寝起きで遅れつつもその場に間に合った、紅色の髪をした女性、紅魔館の門を預かる妖怪…紅美鈴も、咲夜と同じくその意図を理解した。
咲夜のそれとは違う、柔和な、それで居て何処か鋭い顔立ちは、ぱっちりとした瞳の所為だろう。
それが、細く歪む。
燃えるような紅い髪もそれを手伝い、静から動へ、彼女の本質が移り変わったように思えた。
…これは宣告だ。
襲撃や下克上の類であるのは、もう間違いではない。
ぐったりと倒れ込むそのメイドは、既に、心身共に削れ切っているのだろう。そんな彼女にトドメを刺さず、ここまで見送ったという事は、最早、予告以外の何者でも無かった。

「「良い度胸じゃない…」」

互いに発したその言葉は、完璧に重なっていた。
出来る事なら、今すぐにでも手当てをしてやりたい所だが、それ以上に優先しなければならない事が在った。
傷付き倒れた彼女も、それを解っている。
同僚達に運ばれて行く際、笑い掛けてくれた彼女に答えるべく、咲夜と美鈴はお互いに頷いた。

「これで実力が在るなら、惚れてしまいそうね」
「紳士的ですしねぇ」
「………」
「………」
「でも無理ね」
「ここでお別れですから」

フッと咲夜が微笑んで。
にっこりと美鈴が笑った。

「私、前に出ますね。室内だと、色々目の当てられない事になっちゃいますし」
「ええ、お願いね美鈴」
「一人も逃しませんよ」
「あら、それじゃ如何やって時間を潰そうかしら」
「決まってるじゃないですか…」

そう惚ける咲夜に、美鈴はつい苦笑してしまう。時間のスペシャリストが何を言うのか…と。

「お持て成しの準備ですよ」
「はいはい、了解」

そう言って、ふっと姿を消した年下の上司に、美鈴は呟く。

「ストレスの溜め込みは良くないしなぁ…」

パチンと両手で頬を張り、紅魔館の門番は自分の立つべき場所に向かった。
大扉を押し開くと、張った頬を夜風が擽る。
門までの距離は遠くないが、決して近い訳でもない。
人間を軽く凌駕した視力で遠くに蠢く集団を見遣りつつ、美鈴は身体を起こす意味合いで走り出した。

「美鈴隊長!」

妖怪の足ならば、その距離はすぐである。
息を切らす事も無く駆けて来た隊長に、夕刻、交代をした少女が駆け寄って来る。
その少女は、美鈴の姿を見て思わず頬を染めた。
普段の服装ではない。
帽子を被らず、髪を編まず。起伏に富んだ豊かな肢体を飾るのは、縁を黄で留められた、若草色をした薄手のチャイナドレスであった。
剥き出しの肩から伸びる腕は、何処に筋肉が付いているのか不思議に思えるほど、美しくしなやか。
服を押し上げる二つの山は、女性であれば羨むほどに豊かで形良く、急いでいたのが頂点の盛り上がりで解った。
大胆に切られた左脇のスリットは臍の辺りまであるだろう。白のショーツ、艶かしく浮かぶ腰骨が其処から覗き、流れるように伸びる美脚が、惜しげも無く露になっていた。

「怪我人は?」

その言葉に、彼女はハッと意識を引き戻した。

「もう全員館の中に。…っと、私達はいつも通りですか?」
「そうよ。私が前面で出来るだけ潰すから、逃したのをお願い」
「わっかりました!大怪我だけはしない程度に、ですよね!」
「ええ、無理そうなら中に通しちゃってね」

それだけ言ってから、美鈴が、あ…と付け足す。

「あと、人型は出来るだけ頑張って倒してくれると…、嬉しいかなぁ…」
「あははっ、了解でっす!」

癖なのか、少女はぴしっと敬礼をすると、集まっていた部隊を纏め、館の方へと駆けて行った。
すれ違い様に皆が送ってくる敬礼に、何時からこうなったんだっけなぁ…と、再度、美鈴は苦笑を浮かべるのであった。

「常に余裕を忘れるな。…かぁ」

それは紅魔館に勤めた者全てが、絶対に聞かされる言葉である。
それは、十六夜咲夜がメイド長へと就任した際、集まった者全員へ向けて言い放った言葉であった。
豪胆で高圧的な口調であったが、それは咲夜が自分自身に言い聞かせているように、美鈴には聞こえた。
そして、それに含まれた意味も、自分の解釈も、決して間違ってないと確信している。
尊敬している彼女の事を、美鈴は決して間違えなかった。
彼女は、気が付いているのだろうか?
その力が、死に向かう能力であると云う事を。
彼女は解っているのだろうか?
自分の刻んで来た、本当の時間を。

「…ん」

暗い思考を打ち切る為に、美鈴は再度頬を張った。
自分達の住むこの館を、文字通り、身も心も時間も捧げて維持しようとする彼女を、裏切る事は赦されない。
だからこそ、彼女の向けてくれる期待には、絶対に応えなければいけないのだ。

「………」

美鈴の視界の先、暗闇から浮かび上がるようにして、様々な姿が現れた。
空を飛ぶ者が居た。空を飛ぶ物が居た。空を飛ぶものが居た。
それから降り立ち、地を歩く物が、物が、ものが居た。
鳥の形。人の形。獣の形。植物の形。まるで小さな百鬼夜行。
門より少し先に、ただ一人立つ女性の姿を、その一団は如何思ったのだろうか。
囁きはどよめきに成り、どよめきは喧騒に成り、喧騒は嘲笑へと成った。
囃し立てるような喧しいその中で、美鈴は大きく息を吸い込んだ。

―ダァンッッ!!

大きく踏み降ろした彼女の足を、大地は受け止める事が出来なかった。
貫かれ、侵され、蹂躙された。
大地が、風が、空が、音が、全てがその猛威に声を無くす。
キッと空を睨み付け、美鈴は高らかに声を上げた。

「聞くが良い、愚か者共!
 ここは夜の王、スカーレットデビルの住まう島だっ!
 ここは闇の王、幼きデーモンロードの住まう館だっ!
 ここは永遠に赤い幼き月、レミリア・スカーレットの住まう楽園であるっ!!
 我が主の恩威たる夜に、この騒ぎは何事かっ!
 返答以下によっては、この選定の牙が貴様等を噛み砕くであろうっ!
 応えよっ!
 我が主の恩威たる夜に、この騒ぎは何事かっ!!」

烈火の如きその問いに、しかし応えられる者は居なかった。

「応えぬならばそれで良い!
 賊と見なし、薙ぎ払うまでの事!
 我が名は美鈴!
 この館の意を授かりし紅の門、紅美鈴であるっ!!」

言い捨て、美鈴は気を練りこんで作られたスペルカードを、指の間に挟み高らかに掲げた。
ざわりと、空気が震えるような感覚。

「華符―セラギネラ9!」

そのカードを基点に、闇夜を飾る、色鮮やかな弾幕が形成された。
幾多にも連なり、揺れ、返り、広がり行くそれは、レミリアが彼女を手元に置く理由とするほどに美しい。
それは朝焼けに照らされようとも、蒼穹に抱かれようとも、夕焼けに焼かれようとも、深淵に染められようとも、決して例外ではない。
凶暴宿す彩の波が、その集団に殺到した!
長くなってしまったので、上下に分けました。
次は中々に殺伐となります。

如何でも良いですが、”一団”と聞くと、三人のチアガールによって壊滅させられそうですよね?
絵描人
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コメント



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1.80削除
三人のチアガールはよく分かりませんが、一団と聞くと壊滅させられそうではありますよね。
十把一絡げの法則によって。
28.70名前が無い程度の能力削除
3人のチアガール、何と懐かしいネタをwwwww
45.100名前が無い程度の能力削除
みんな格好いいよ