Coolier - 新生・東方創想話

拝啓、博麗の巫女

2021/05/30 03:03:46
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 ある何でもない日のこと。泥の味を噛み締めながら、どこへ向けるでもない視線を真っ直ぐと向けていた。ボヤけた視界に映る家屋は全て横倒しになっているが、それは決して大災害があり薙ぎ倒されたわけではなく、私が地に伏しているからだった。
 『妖怪の山』程ではないにしろ、堂々とした山を二つ越え、まるで切り出したかのように丸い巨岩がある丘から見下ろせる、小さな里。並ぶ家は古く、里内の歩道の整備されておらず、切り立った壁に挟まれた川へ続く細い道は、崩れた土砂で塞がってしまっている。傍目に見たら人が住んでいるとは思わないかもしれない。それほど活気が感じられない里に、ただ一つだけ辛うじて人がいるとわかるのは、大きな酒蔵の存在ぐらいだろう。
 山より湧き川を流れる雪融け水を使った酒は、狭い土地しか持たない里の民にとって唯一の稼ぎ口だった。だがある時季、大きな野分(台風)により、川は増水。泥が混じり、使えなくなってしまった。それだけであれば、時間が解決してくれただろう。そこに追い討ちを掛けたのが、川へ至る道を塞ぐ土砂崩れだった。
 まだ早朝だった為、幸い"被害者はほぼいなかった"が、里に土砂を退かすだけの人手はなく、最早どうしようもなくなった時、彼らが取った行動は、私をいたぶることだった。
 頭上より吐き捨てられる口にするのも憚られる侮蔑の数々。だがその中で最も印象に残った言葉はとても簡素なものだった。

「化け物」


――私は……


◇◇◇

 胸に抱いた一升瓶。その中で液体が一度たぽんと弾む度に心と足が浮き上がり顔は締まりが無くなっていくのを感じていた。しかしそれも仕方なきこと。一升瓶には力強い一筆で、《我楼羅》と銘打たれていた。これは先刻、とある妖怪騒ぎを解決したお礼として、酒屋の店主から頂いたものだ。
 飲めばあたかも天界まで昇ってしまうほどの幻の美酒であるという。これは日頃神社に来ているウワバミ共には勿論、魔理沙にも知らせるべきではない。とっておき、秘蔵のお摘みを頂きながらゆっくりと嗜むのがいいだろう。
 そんな思考に表情を蕩けさせながら、帰り道を歩く。下手に飛んで誰かに見つかったらたまったものではない。
 何人かの行商とすれ違い、緩やかな曲がり道を行くと、博麗霊夢に立ちはだかるように、その少女は夕日を背にたたずんでいた。怪訝な顔をしつつも、近付けば退くだろうと進む。が、少女はまったく動かない。
 せっかくの上機嫌に水を差されてはたまらない。霊夢は少女に言った。

「道の真ん中にいたら邪魔じゃないの」

 貧乏神程では無いにしろ、みすぼらしい成り。目深に被られた笠。鼻から下だけが見える少女は特に反応の無いまま、右手を横に向けた。人差し指で、何かを指し示すように。

「向こう、妖怪が人を襲っています。今ならまだ間に合いますよ」

 意識を集中、道を外れた林の中で確かに嫌な気配がある。酒を道に置き、殴り書きで「わたしの!」と書かれた札を貼ると、懐より退魔針を取り出し少女の指差す先へ飛び出した。
 ふわりと浮いた身体を前へ倒し、飛行する。林を掻い潜り、見据えた先にはすれ違った行商の一人が黒い陰に脚を掴まれ今にも取り込まれようとしていた。
 急制動、短く息を吐いて、右腕を左肩から右へ振って翻り、三本の退魔針を飛ばす。鋭く光る有難い針は、陰を弾くように貫き、一撃のもと霧散させた。
 脚を離されたにも関わらずもがき、悲鳴を上げる行商の前に着地すると、声を掛ける。

「ほら、もう大丈夫だから黙んなさいな」

 悪夢から覚めたようなすっとんきょうな声と共に、閉じていた目蓋を開いた行商は霊夢の顔を見るや安堵したようだった。
 嘆息し、腰に手を当てながら霊夢は行商に気付けとして話をする。

「とりあえず向こうに娘さんが待ってるから早く行きなさい。その子が私に知らせてくれたんだから」

 荷物を背負い直し、立ち上がった行商は首を傾げながら言う。

「はて、俺には娘なんていねぇがなぁ」

「じゃあ妹? お姉さんや奥さんにしては若過ぎるし」

「いやいやぁ、俺んとこは男ばっかりだ。奥さんもおらんからね」

 釣られる形で首を傾げる。だが考えてみれば、家族の割に台詞が淡白であったなと思い返した。
 念のために退魔の札を数枚渡し、行商の男を見送ると。霊夢は酒のところへ戻ってきた。既に日は暮れて、夜の帳が降りてくる。やはりもう少女はいなかった。
 「わたしの!」と札が貼られた酒瓶を抱き上げると、いなくなった少女の思考はどこかへ消えて、頭は酒のことでいっぱいになっていた。

◇◇◇

 『博麗神社』に戻ると、招かれざる客が境内に居座っていた。
 嫌味な目元と口許、花見のために用意した長椅子に腰掛け、しなやかな脚をぶらつかせているそいつは霊夢を見つけるとわざとらしく手を振った。
 慌てて酒瓶を隠そうとするが、隠すには大き過ぎた。観念し、その嫌なやつの前を横切る。

「無視とは酷い。まだ冷える春の夜、せっかくお出迎えに馳せ参じたというのに」

 演技染みた台詞を吐きながら、射命丸文は立ち上がる。その第一声の時点でろくな話ではないのだろうと察しがついた霊夢は、無視を決め込み台所を目指す。

「もぉぉぉぉ! だから無視は酷いですってば! 割と、真面目に、寒かったんですからね!?」

「五月蝿い。何の用よ。私は忙しくてあんたに構ってる暇はないの」

「私だって取材を放ってまでこんなところにいたくないですよぉ!」

 突如泣き言をのたまう文に、違和感を覚えた。どうにもらしくないというか、哀れなことになっている雰囲気であったのだ。

「あ? なんなのよ本当に」

「私はこれを渡してくれって頼まれたんです。渡さなかったらあるような無いような、そんな話をはたてにリークするって言われたから……」

 内心、あるのかと呆れた。
 仕方ないと受け取ったのは、折り畳まれた紙だった。あまり質は良くなさそうである。仕掛けや邪気は感じない。本当に、ただの紙だ。

「じゃ、じゃあ私はこれで!」

 霊夢に紙を渡すとまるで逃げるように文は山に向かって飛んでいく。改めて見ても、やはり早いものだと少しだけ感心しながら、視線を落とす。
 折り畳まれた紙を開くと、それはどうやら手紙であるようだった。おあつらえ向きに月明かりに照らされた文字を読む。

「拝啓、博麗の巫女――」


 拝啓、博麗の巫女。

 突然の手紙、驚かれたことでしょう。
 端的にお話をします。私はあなたのことを何でも知っている。例えば朝何を食べながら、昼に何を食べようかと考えていたとかは勿論、とっておきの摘まみの隠し場所、今日退治した妖怪に関しても全て。
 あなたが帰り際に祓った陰、あれはその仲間みたいなもので、まだ完全に祓えていませんよ。あの妖怪について知りたければ、実際に会って話をしてみませんか?
 日時と場所は――


 指定されたのは、多くの人で昼夜問わず賑わう人里。その一角にある居酒屋、『鯢呑亭』。
 まだ指定の時刻は昼間だった為、準備中のところを無理言って使わせてもらうことになった。一応変装をして、店内端、少し薄暗い箱席で待つ。
 どうにも、嫌な感じだ。まるでアガサクリスQの小説の登場人物のような心境である。なにか後ろ暗いことをしでかし、それをネタに強請された末に犯行に出る。今の霊夢はまさに強請(ゆす)られる側の立ち位置に似ていた。勿論、特に後ろ暗いことは無いのだから、ただの本の読みすぎであるのだが。
 少しだけ苛立ちながら、待つこと少し。二杯目の水が無くなる頃、その人物は現れた。
 笠で隠れていて印象がなかったが、随分幸の薄い様相の少女だ。歳は魔理沙と大して変わらないぐらいだろうか。しかし幼さの残る外見に似合わぬ傷んだ白髪は、途端に彼女をみすぼらしく見せた。
 箱席の奥側、出入口がみえる位置で待っていた霊夢を見るや、少しの笑顔を見せた少女は、開口一番言った。

「来てくれて嬉しいです。来るとわかっていても、目で見るまではやっぱり確信が持てませんから」

 霊夢の対面に座る少女。その声は驚くほど冷静で、そしてどこか、諦めているような雰囲気を帯びていた。
 霊夢は怪訝な顔で聞いた。

「あんな怪しい手紙だもの。どうせ妖怪の仕業だろうからとっちめてやろうと思っただけよ。お摘みも盗られたら困るし」

 霊夢の物言いを少女は困った素振りもなく、黙ったまま聞き、"語りかけてきた"。

【今、やっぱり妖怪の仕業なんて思っているでしょうけど、残念ながら私は人間です。あなたと同じく。あ、お応えは考えるだけでいいですよ。せっかくですから、腹をわって話しましょう】

(なにが同じ人間よ。あんたサトリか何かじゃないの)

【繰り返しになりますが人間です。ただ他人の考えがわかったり、声を遠くに届けたり、少しだけ先の出来事が見える程度は出来ますが 】

 霊夢は眉根をひそめ、そんなことの出来る人間がいてたまるかと、内心で毒づいた。しかしその力が真実ならば、先の妖怪に襲われている人間を察知することは容易だろう。
 当然、それも少女には聞こえていた。

【私からすればあなたの方が余程人間離れしているように思える。空を飛び、退魔の力で妖怪を滅する巫女。今みたいに私は妖怪扱いだが、あなたはそれだけの力を持っていても英雄だ】

 英雄。その言葉を聞き、鼻で笑う。そんな大層なものではない。あくまでやれることをやっているだけの、ある種機械的なことに過ぎない。

【選ばれた人は皆そう言う。やれること、やるべきことなど、凡庸な人間にはそもありはしないのですから】

(平行線ね。この話題は解決しようが無いし、こちらとしては本題に入りたいのだけれど)

 本題、それは先の帰路にて遭遇した陰のような妖怪のことだ。少女の力によるものか、はたまた知っていただけのことをそれらしく言っているだけかは定かではないにしろ、情報は欲しい。

【そうですね、ただ今日はここまでにしましょう。邪魔も入ってしまいましたし】

 少女が視線を横に向ける。それに追従するように霊夢もそちらを見れば、『鯢呑亭』の入り口付近に見知ったシルエットが確認出来た。どうやらつけてきたらしい。
 少女は立ち上がり、少しだけ微笑むと――

「ありがとうございました。お話出来てよかった。続きはまたお手紙で」

 そう"言って"、話を中断させた人物を一瞥しながら出入口をくぐり、『鯢呑亭』をあとにした。
 ずりずりと、脱力し背もたれにそって身体をへたらせると、息を吐く。なんだか妙に疲れた。頭の中を覗かれるのは良い気持ちではないな。サトリ妖怪の悲哀、みたいなものの一端を感じながら、バレていないとでも思っていたのか、準備中にも関わらず、偶然を装った体で店内に入ってきた黒い友人に苦笑するのだった。

◇◇◇

 常に掴み処無く、かと言って喜怒哀楽はハッキリしていて、面倒と口にしながらも世話焼きなのに、世話が焼ける。霧雨魔理沙にとって、博麗霊夢とはそのような人物だ。だが、時たま遠くへ行ってしまうような印象を持つ。同じはみ出し者だが同じ人間、けれどどこか違う。故に、どうにも目は彼女を追い掛けてしまう。
 その日もそうだった。何やら憔悴している鴉天狗とばったり出会ったことに起因した、霊夢が怪しげな手紙を怪しげなやつから貰ったらしいという話は、魔理沙の直感を刺激した。盗み見たという天狗曰く、『鯢呑亭』での待ち合わせの内容だったらしい。
 天狗はこれが異種返しだなどと言っていたが、どうでもいい話。
 そして待ち合わせ当日、結局特に話をしている様子も無いまま二人は解散の運びになった。件の怪しいやつが、去り際にこちらを見たのだけはなんだか不気味だったが、なんとなく、胸を撫で下ろす。
 脳裏にこびりつくのは――意識不明になり、後に姿を消したあの一件。天人曰く、地獄に転移し見たこともない妖怪と戦っていたとのことだったが。
 あぁいうのは、嫌だ。
 そう思うと、落ち着かない。
 『鯢呑亭』から溜め息混じりに出て来た霊夢は、胸に抱えていた帽子を奪い取って被ると、一言。

「人をつけるなら相応しい格好をすべきね」

「……だから帽子は外してたじゃないか」

 鼻を曲げた表情で、魔理沙は霊夢の頭から帽子を取り返すと、いつもより目深に被り、口を真一文字にして俯いた。
 こちらから切り出すべきか。いやでも。そんな思考が堂々巡りし中々まとまらない。それを遮るような一言をくれれば、きっと楽になるのになどと、他人任せにすらなってしまう。
 どうでもいいことはするりと口から出るのに、大事なことになると中々口に出来ない。

「まったく、何か用があったんじゃないの?」

 用はある。しかし、言語化が難しい。
 先程すれ違った少女の持つ気配は、嫌な感覚を思い起こさせる。別に霊夢の親交に口を挟むほど野暮ではないが。
 ただ、一つだけ。

「お前、また危ない橋を渡ろうとしてないか?」

 内心の不安と疑心、そして一欠片の深慮を伴い絞り出されたそんな言葉に、霊夢は「はー?」と呆れ気味の表情で腰に手を当てる。

「なんで危なっかしいことばかりしてるあんたに心配されなきゃなんないのよ」

 言われ、まったくだと嘆息する。同時に似合わぬことをしているという自負から少しバツの悪い気分になった。しかしこの"嫌な感じ"は、当たる嫌な感じだと、勘が囁いている。
 どうせ確証もない話、ならば転ばぬ先の杖というのは使うことは無くとも、無駄にはならないだろう。
 無間地獄の戦いで加勢したという、どこぞの不良天人が持っていた緋想の剣には及ばないまでも。

「霊夢、これ――」


◇◇◇

 拝啓、博麗の巫女。

 話そびれた陰のような妖怪の正体ですが、あれは大百足の使役する傀儡です。あなたが坑道で出会ったものとは比べ物にならない小物ですが、足の一本一本をあのような形で自在に操り、人間を喰らっているのは十二分に驚異です。
 さて、ここで賭けの話をしましょう。
 内容は、次あなたが大百足を退治する時、針と御札、御幣のみで戦うこと。それ以外あなたの持つ力の一切を使わないでください。勿論、空も飛ばないように。山を二つ越えた先、丸い巨岩のある丘から見下ろせる小さな里に奴は現れます。今あなたがこの手紙を読んでいる時刻から、丁度二日後です。里の人間は私が事前に避難させますので、思う存分やってください。
 仮にあなたが力を使った場合、噂の範疇に留まっている"博麗の巫女は妖怪と繋がっている"という話を世間に公表します。
 あなたが先日酒屋の店主より貰った《我楼羅》という酒は、里唯一の名産品で、今は作られていません。つまり、"巫女が里を支配する妖怪と結託している証拠"としてしまうことが可能であることは、理解しておいてください。
 では、また二日後に。

◇◇◇

 私がその力を理解したのは、今から五年程前のことだ。
 ある朝、里内の小さな畑の前を歩いていた時、眼前が暗転する程の眩暈に襲われた。その際、意識が壁をすり抜けるように、あるいは何者かに囁かれるように見えた。農夫が奇妙な人参を手にし、不気味だと独り言つ様を。
 眩暈がおさまり、伏せた顔を上げた直後、畑で作業をしていた農夫が手に持った人参を見て言うのだ。「不気味だなぁ、人間みたいな成りしてやがる」と。
 その後も、少し先の出来事が見えたり、人が考えていることが聞こえたり、直接他人の頭の中に語りかけたりと、まるで神の如き力が身に付いていった。
 まだ世界を知らなかった私には、憧れがあった。それはお伽噺で読んだ、退魔の巫女の活躍である。麗しい相貌、流れるような手捌きで、凶悪な妖怪と戦う英雄譚に心を震わせた。いつか自分も強くなって、誰かの役に立てるようになりたい。そう夢見るのは自然なことだった。
 そんな折、猟師達が山狩りから帰ってこないという事件が起きた。不安そうな女達を見て、今こそ力を使う時だと考えた私は、男衆を引き連れて山に入る。すると、脆くなって崩れた山肌、その程近くで立ち往生を食らう猟師達が見えた。
 皆の協力で猟師達は助かり、帰りを待っていた里の人々は大層喜んでくれた。
 私も嬉しかった。
 それからも、力を使い出来るだけ里の役に立つよう努めた。大小様々な厄介ごとを見事解決に導いた。特に里の生命線である酒樽の破損に関しては大きかったろう。
 だが、そんな日々は破綻することになる。切っ掛けは野分だ。今までに無い規模の風雨に、皆が家に縮こまる中、私は未来を見る。川へ続く道が崖崩れにより塞がることを。そして、一人の妊婦が巻き込まれ、命を落とすことを。
 駄目だ。私は家族の静止を振り払って家から飛び出し、風雨に飛ばされそうになりながらも妊婦の元に走った。出たのは旦那であったが、事情を話すと、旦那は私の頭を撫でた。

「ありがとう。信じるよ」

 男の後ろ、お腹を膨らませた女は私を見て微笑み、会釈した。
 私はまた一人救えたのだと、帰宅し雨に濡れた髪を拭きながら、胸を撫で下ろす。
 翌日。私は目を疑った。野分により崩れた断崖の下から、何者かの血が見えている。そしてそれを見ながら肩を落とし泣くのは――

「なんで」

 私は思わず口にした。そこにいたのは昨夜の旦那。そして下敷きになったのは、妊婦であったという。人を掻き分け、泣き続ける男に駆け寄り何があったのか問い質すより早く、男は私の肩を掴んで言った。

「こいつが、こいつが妻を殺したんだ!!」

 あまりの剣幕。あまりの力に畏縮した私は声にならない悲鳴をあげる。目は止めどない涙が溢れているのに、口許は嬉しさを噛み殺せていなかった。
 里の者に表情を悟られぬよう、俯きながら男は叫ぶ。

「昨夜、こいつがいきなり来て言ったんだ。明日の朝、川への道に行かないといけないって! 俺は止めたのに……あいつは信じたからこんな!!」

 聞こえる。醜い内なる声が。
 "コブがついて参ってたんだ。厄介払い出来て助かった"と。
 いつから勘違いしていたのか。いつから思い込んでいたのか。
 助ける側が正しくあれば、その行いを享受する人々もまた、正しくあるなどと。
 ある何でもない日のこと。泥の味を噛み締めながら、どこへ向けるでもない視線を真っ直ぐと向けていた。ボヤけた視界に映る家屋は全て横倒しになっているが、それは決して大災害があり薙ぎ倒されたわけではなく、私が地に伏しているからだった。
 まだ早朝だった為、幸い"被害者はほぼいなかった"が、里に土砂を退かすだけの人手はなく、最早どうしようもなくなった時、彼らが取った行動は、私をいたぶることだった。
 頭上より吐き捨てられる口にするのも憚られる侮蔑の数々。だがその中で最も印象に残った言葉はとても簡素なものだった。

「化け物」

 そんな言葉を吐いたのは、何を隠そうあの男。
 彼らは悪意を持ち、恐れを抱き、私を殺そうとした。
 胸にあった温かな憧れが、次第に凍り付いていくのを感じながら、もつれる足を必死で前へ運び、里という名の監獄から私は逃げすがるのだった。

◇◇◇

 丸石の丘。
 背後に佇む紅色は、少女の独白を脳裏に焼き付けられながら、深い嘆息をした。なんとも不幸なことであるし、同情もする。しかし――

「そんなことで八つ当たりされても困るのよ」

 霊夢の言葉に振り向いた少女は、遥か下方へ見える里を背に、空虚なる笑みを張り付けたまま、髪を風に靡かせる。年端もいかぬ彼女を、白髪になるまで痛め付けたものがなんだったのか、今の記憶を見るに、想像に難くない。

「なんでこんな遠くにって思っていたけど、復讐のつもり?」

「まさか。妖怪を操るなんて芸当はとても。ただ再び現れるのはここだとわかった時、正直なところ……丁度いいなとは、思いましたが」

「親だっていたんでしょう、ここには」

「……里長の、私を殺そうという提案。最初に飲んだのは、両親ですよ」

 苦虫を噛み潰す。立ち位置的に、心にいつも留めていた。妖怪の仕業だと恐れられる人間も、あるいはいるのではないかと。今まで出会った妖怪染みた人間達は、半ば人というくくりより逸脱した者ばかりであったから、緩んでいたのだ。そう、潜在的な恐怖とは、時に人――我が子すら妖怪として排斥してしまうのだ。
 それは霊夢自身もまた例外ではなく、事実一度は妖怪扱いしてしまっている。
 霊夢の心を知りつつも、素知らぬ顔をした少女は再び里に向き直る。

「時間です」

 その一言と共に、里の中心より巨大な爆音と土煙が上がった。何かが地面に叩き付けられたような衝撃波が丘まで伝わり、思わず目を細める。土が目に入らぬよう、両腕で顔を守りつつも、辛うじて隙間から見えたそれは、滞留する煙を引き裂いて咆哮を上げる。
 少女が言ったとおり、確かに相手は大百足であったのだが――

「何が小物よ。十分でかいじゃない!」

 妖怪と言うには規格外。見覚えのある姿も、あれだけ大きければ異形と呼べる。強いて表現するならば、怪獣であろうか。
 狼狽する霊夢に変わらぬ笑みを浮かべつつ、少女は淡々と言い放つ。

「"人として"戦ってください」

 霊夢は少女に睨みを一つ。懐から札を取り出すと、すぐに丘から降りていく。視界から外れる間際、少女はどことなく、諦めたような表情をはじめてしていた。


 霊夢の力とは空を飛び、魔を追い、空間に縛られぬもの。札や針には退魔の力が変わらず備わっていたが、妖怪を追尾することは無く、勿論空も飛べない。人妖であるならばまだしも、この巨体相手では、地べたに縛られている以上不利は必至。
 しかも身体からポトリと落ちる脚。その外殻の隙間から噴き出す黒い煙は、人間のような形を成して襲い掛かってくる。一体一体は大したことが無いのだが、処理を怠り群がられれば致命である。
 さらに大百足の巨体から放たれる一撃は、堅牢な殻と相まって当たればただでは済まない。殻を持つ生き物は全身がしなる筋肉のようなもの。それがこの規模となれば、威力は想像を絶する。
 とぐろを巻く大百足の周囲を旋回するように駆け、襲い来る陰を御幣で薙ぎ祓いながら、甲殻と甲殻の隙間に針を命中させていく。しかし、サイズ差がありすぎた。手で持てる程度の退魔針ではまるで効果がない。
 大百足はその尻尾を振るう。長大な身体が遠心力を纏い、足のすくむ圧を持って霊夢に迫る。一瞬空を飛んで回避しそうになるが、頭の端、少女の顔が過った瞬間歯噛みし、地を蹴り尻尾を脚力だけで飛び越える。
 着地し、すぐに左脚を軸に振り返ると共に左手に構えた札を放つ。命中、破裂するも、効果は薄い。
 舌を打ち、再び脚を動かす。やはり身体ばかりを狙っても意味はない。やるならば頭。しかし鎌首は遥か頭上にある。どうやって渾身の一撃をあそこに当てるか。
 ――別に妖怪との繋がりを疑われるなど今更に過ぎる。それを公表されたところで、天狗の新聞程度の信頼に終わるだろう。それでも、やらなければならないと感じていた。力を正しく使うことに疑いを覚えた人間が、妖怪に身を落とすのはよくあること。とはいえ、放ってはおけない。
 理由はもう一つ。
 きっと彼女は、霊夢が歩む可能性の一つだったのだろうから。

◇◇◇

 大百足に悟られぬよう、丘の上より博麗の巫女がよく見える位置まで降りた少女は、退屈していた。端から勝負は見えている。下手に意地を張れば死ぬのは明白。だのに、博麗の巫女は少女に言われた通りに力を制限して奮戦している。まるで非合理だ。
 こちらが突き付けた条件がそこまでの縛りにならないことなど承知していた。むしろ破らせることで、溜飲が下がるかもしれないというだけの遊びに過ぎない。
 事前の手紙には、里の人間は皆先に逃がしたと書いていたが、あれは嘘だ。
 そもそも、里に住人などもういない。
 少女が逃げ出した次の年。異常気象に見舞われた里は完全に食い扶持を失い、他の里もまた飢饉手前であったことから、助けて貰える伝もなく、皆死んだ。死体は獣や妖怪に食い散らかされていたのを見つけたが、特別感慨は無かった。
 因果応報、とすら思えなかった。彼らに対する感情は、最早どこかに捨ててしまったらしい。
 博麗の巫女が大百足の吐き出した火炎球を辛うじて避けるが、吹き飛ばされ、地に転がる。紅白の衣装は土にまみれていた。
 ふと、昔の出来事を思い出す。
 地に伏し泥に汚れた少女。見上げた先にいるのは子供達。口々にするのは、耳を塞ぎたくなるような言葉ばかり。

――私は……

 妊婦が死ぬ以前から、少女は子供達の間では"化け物"扱いであった。少しの違い。別に危害を加えられたわけでもないのに、彼らは疑心を持ち、暴力と恐怖で制そうとする。
 お伽噺で読んだことがある。一人の少年と、妖怪のお爺さんの噺。
 親に捨てられた少年は妖怪のお爺さんに拾われ、ひっそりと暮らしていた。
 しかしある日、近隣の村人達が恐怖に駆られ、少年を妖怪として殺そうとしていた。それを止めるため、お爺さんは頭を下げて少年の解放を願うが、村人達の矛先はお爺さんに向き、殺害されてしまう。殺されたお爺さんが封じていた大妖怪が復活、村人達は逃げ惑う。
 村人達は巫女に助けを求め、巫女の退魔の力により、大妖怪は封じられることになり、再び平和が訪れた。
 かつて、これを巫女の英雄譚として見ていた。だが今にして思えば、その内容は人間の身勝手さ、そして比類無き暴力性を書き綴っていたのだとわかる。
 少女は人間だ。だのに、里の人々からすれば、紛うこと無く妖怪であったのだろう。
 力を示した、あの時から。
 状況は変わらず、未だしつこく攻撃を続ける博麗の巫女だったが、瞬間、何かに気付いた。
 驚愕、焦燥。感情と共に、心臓が早鐘を打っているのが伝わってきた。博麗の巫女の視線をなぞり、ゆっくりと追う。
 思わず目を見開いた。博麗の巫女同様、心臓の音が喧しく響く。
 ――何故、子供がこんなところにいるのだ。
 少女は自然と駆け出していた。

◇◇◇

 大百足の凶悪なアギトがギチギチと鳴り、新たな、そして手頃な獲物が迷い込んだのを察知した。
 霊夢の視線の先、一人の子供が恐怖に震えて立ち尽くしていた。大百足の鎌首がぐりんと子供に向くと、とぐろを巻いていた身体を一気に伸ばして襲い掛かる。
 札で注意を引く? 針で足止め? どれも意味はないだろう。ならばやるしかない。人の命と世間体やらその他諸々、どちらが大切かなんて妖精でもわかる。
 見据える。どこを。手を伸ばせ。まだ間に合う。
 霊夢の身体は常闇に消えて、瞬きする暇も無く、次の瞬間には子供の傍らに現れていた。亜空穴による瞬間移動。そして間髪入れずに結界を展開し、迫り来るアギトを受け止めた。

「逃げなさい」

 少しでも緩めばあっという間に押され、結界ごと噛み砕かれてしまう巨躯をなんとか押し止めながら、子供に言う。

「はやく……っ!」

 涙を流し、歯をガチガチと鳴らしながらも頷いた子供は駆けた。それを背中で感じながら、結界を破らんと左右より襲い来る陰に対し、新たな二枚の結界をぶつけて消滅させる。
 ギリギリのところで堪えているが、これでは消耗戦だ。幼脚ではまだ遠くまで逃げきれていない筈。まだ結界は解けない。
 が、大百足の口内、その奥から赤熱した球体が再び見える。避けた上であれだけの威力。この至近距離では――

「っっっっ!!!!」

 渾身の力を込め、幾重もの結界を正面に張った。同時に大百足口内で膨れ上がった熱量は自らの陰すら吹き飛ばしながら発射され、反動からその鎌首が大きく後方へ跳ねる。火炎球は一枚目の結界と衝突し、大した静止もなく砕く。二枚目、三枚目と、次々に砕かれ、徐々に肌に感じる熱が近付いてくる。四枚目にして拮抗するが、中心から蜘蛛の巣状にヒビが広がり、嫌な音を立てた。
 真正面からの力比べじゃ敵わない。受け流すにも、下手をすれば背後で必死に逃げているだろう子供がどうなるか。
 四枚目がいよいよ砕け、最後の一枚。
 全てを注げ。決して腕を、膝を折るな。叫べ、鼓舞しろ。最早引き下がる選択肢などお前には無いのだから。
 刹那、眼前が真っ白に染まり、視界が無くなる。あまりの激しさに、逆に無音に感じられる轟音が辺りを震わせ、地を捲り上げ、倒壊しかけの家屋を消滅させた。
 音と視界が再び戻ると、左右の抉られた地面が背筋を冷えさせた。扇状に削り取られた地表の一角のみが辛うじて無事である。霊夢はいよいよ膝から崩れ、張りつめた肺から一気に空気を吐き出すと、肩を激しく上下させながら荒い呼吸を繰り返した。大量の冷や汗が土に吸われていくのが見える。
 なんとか凌いだ。だがまだ終わっていない。立たなければ。
 霊夢は奥歯を食い縛って、再び前を向く。首周りより煙を上げる大百足を睨み付け、壊れかけの身体に鞭を打ち、御幣と札を構えた。

◇◇◇

 猛烈な爆風に吹き飛ばされ、地に転がり、一瞬意識を失っていた。痛む身体を労りつつ、上体を起こす。口に入った土を唾液と一緒に吐き出しつつ周りを見れば、周囲の景観がめちゃくちゃになっていることに気付く。
 状況を整理する。大百足の火球が爆発し、その衝撃波を受け、意識を失った。しかし、何故そんな危険域にまで踏み入っていたのか。
 はたと思い出す。そうか、子供がいて反射的に駆け出していたのだ。
 何故?
 駆け出し、自然と伸ばした手は何を掴もうとしたのか。
 それがわかるかもしれないと伸ばした手、人差し指と中指の間で、惨憺たる光景に一人立つ巫女が見えた。鮮やか、艶やかである衣装は土にまみれ、煤け、全身傷だらけ。それでも大百足に強い意思を内包した視線を向ける。

――化け物

 簡単なことだ。
 少女は巫女そのものに憧れを抱いたのではなかった。
 閉鎖的、まさに"井の中"と言える環境だからこそ、その行いは輝いて見えた。眩いからこそ、そうあれたらどれだけ幸せなのだろうと。

「私は……」

――化け物

 他から何を言われようと、そこにだけは疑問を抱いてはいけなかった。それこそが、決定的な差。

「私は……」

 彼女とて、きっと疑問に思ったこともあっただろう。それが思い悩む程ではないにしろ。
 そしてあっさりと答えを出して、高らかに宣言したに違いない。
 なら、私にもきっと出来る筈。少女は開いていた手を握り、叫んだ。
 これが新たな一歩を刻む、その号令であるかのように。

「私は――人間だ!」


◇◇◇

 頭に癇に障る声が響く。状況が状況なだけに少しだけ苛立ちながら、あえて声に出して応えた。

「なんなのよ! 今忙し――」

【もう《夢想封印》を使う余力も無いのでしょう? 霧雨魔理沙から受け取った"お守り代わり"を使うことをオススメします】

 霊夢は言われ、思い出す。魔理沙が何の気紛れからか、あるものを「お守り代わりだ」と渡して来たのだ。かさ張るからいいと最初は断ったのだが、あまりに食い下がるので渋々受け取ったのだった。

【その魔導具は魔力の増強を目的で使われています。魔法を使わないから意味がない、わけではないです】

 先に言われてしまい、言葉を喉元で止めた。

【増強の仕組みですが、魔導具の中に"予め最大出力の魔力を装填しておく"ことが前提です。そこに発射する際にさらに魔力を注ぎますが、それはさらなる火力に繋げる場合。つまり――】

「――最大火力にはならないまでも、このまま撃てるってことよね」

 今度は先に被せてやる。

【弾は一発。火炎球を生成する器門を冷却している今がチャンスです。外さないように】

 魔理沙と言い、あの白髪の少女と言い、どうにも気紛れな人間ばかりだと霊夢は苦笑した。だが今は、そんな二人に感謝しなければならないだろう。意地を張り、結果として助けられている。
 霊夢は懐から《ミニ八卦炉》を取り出すと、両手で構えた。

【撃ち方は――】

「そんなの、わかってるわよ」

 少女による取り扱い説明を拒否する。撃鉄の下ろし方など何度見たか知れない。だがいざ使おうとしてみると、多少なりとも照れが出てしまうものだ。
 他人のスペル。しかも、魔理沙のものなのだから、致し方無い。
 大百足は冷却の煙を上げている。が、霊夢の行動に気付き、陰を生成。襲わせた。
 まさか私が、こんなこっ恥ずかしいスペルカードを宣言することになるなんて、何かの悪夢ならよかったのに。そう内心で嘆息しつつ、友人の例にならって、思い切り叫ぶこととする。
 借りた手前、それが礼儀というもの。

「《恋符》――」

 呼応した《ミニ八卦炉》。魔法陣が前方に四枚展開され、互い違いに回転。炉の中心、発射口より収束された光芒が陣の中心を貫き宙を瞬く程度に走った。
 霊夢はそれを確認すると、全身――特に肩から腕、そして脚に力を込める。
 四枚の魔法陣が発射口に集まり――

「《マスタースパーク》っっ!!!」

 ――収束した火線を追うような形で、龍の息吹にも似た荒々しい光の奔流が、襲い来る無数の陰を分解しながら大百足を呑み込んだ。札や針を意にも介さなかった強靭な体躯も、最大出力で無いにも関わらず、それでも過剰であると言い切れる一撃を耐えることは難しく、堅固な殻がヒビ割れ、断末魔を上げながら光の中に解けて消えていく。
 やがて魔力を吐き出し終えた《ミニ八卦炉》は沈黙し、共に静けさが場に満ちる。
 いよいよ力尽きた霊夢は大の字に倒れ、息を切らしながら空を見上げる。
 こんなに身体を酷使したのはいつぶりだろう。いや三回目の鬼退治も大概であったから、そんなに久しぶりではないか。
 そんなよもやまなことを思考しつつ、呟いた。

「賭けは、私の負けね」


◇◇◇

 少女は痛む身体をひきずるように、ある場所に来ていた。見上げるほどの断崖に挟まれた道。かつて二人を殺め、一人の道を誤らせた袋小路――の、はずだった。積もっていた土砂は、放たれた光の息吹が綺麗に吹き飛ばしてしまっていた。あれだけうず高く凝り固まっていたのに、無くなるのは本当に一瞬のこと。
 しかし、それにしたって呆気ない。下ろせはしないと勝手に勘違いしていた、人独りが背負うには重過ぎる荷物をすれ違いざま、巾着切りのように紐を切って強制的に解放させられた。荷を下ろせること自体知らなかった故に、手ぶらがこんなに軽いことに驚きを覚えている。
 勝手に焦がれ、勝手に義務に感じ、勝手に罪を背負う。全ては自らの考え過ぎだったのだ。里と川を隔てていた土砂と同じく、彼女は心に刺さった棘すら何食わぬ顔で払ってしまった。
 息を吐く。
 別にそれは特別ではない。
 ただ人として出来ること。やりたいことを、しただけ。
 そう、彼女も少女も何の変哲もない――怒り、悲しみ、そして喜ぶ、普通の人間なのだから。

◇◇◇

 ある何でもない日のこと。境内の掃除をしていると、憤慨している友人が肩をいからせてやってきた。内心、掃除をサボる口実が出来たとほくそえんでいると、友人、霧雨魔理沙は《ミニ八卦炉》を突き出してきた。その様子にきょとんとしていると、魔理沙は悔しげに言う。

「なんで充填魔力がすっからかんになってるんだ!」

 里での一件で助けられたマジックアイテム。その状態について苦言があったらしい。

「なによ、渡してきたのはあんたじゃない。感謝はしてるわよ。助かったし」

「それにしたって全部使うことはないじゃないかぁ! 私はまた地獄行きになったら暗くて寒いだろうから、そのためにだなぁ……」

「し、仕方ないじゃない。こっちだってのっぴきならない理由があったんだもん」

 あまりに哀れな友人から視線をそらし、なんとか誤魔化そうとする。暖簾に腕押しとわかっているからか、がっくりと肩を落とし「最大充填に三日掛かる上に結構疲れるんだぞこれ……」と呟きつつも諦めたようだ。ちょっとやり過ぎたかもしれない。今度何か差し入れでもしよう。
 と、また一人、やかましいやつがやってきた。光に照らされ青みがかった黒翼を羽ばたかせてやってきたのは悪質なブンヤだ。

「どーもどーも! なんですか? 痴情のもつれですか? 」

 さっそく鬱陶しい射命丸文を一瞥して、わざとらしくため息をついてから肩をすくめる。文はいい性格をそのまま出したような悪い笑みを崩さず、「こちら本日の新聞です」と種火材を渡してきた。

「最近ですね、子連れの占い師がよく当たるらしく、人里で大流行してるんですよ。私はそれを新手の詐欺だと考え、調べたものが今回の一面ですので是非ご一読を!」

 また読む価値のないくだらない内容が羅列されていそうだと、呆れてしまう。一応一面を開くと、そこには折り畳まれた紙が挟まっていた。

「確かにお渡ししましたからね」

 言うと、文は踵を返し飛び立っていった。その姿が見えなくなるまで見守ってから、新聞の間に挟まれていた紙を手に取る。あまりよくない紙質。簡素な装丁。なるほど。霊夢は少し困ったように笑みを浮かべた。
 箒を柱に立て掛け、縁側に腰を下ろし、手紙を開く。いつもと同じ――いや、少しだけ違う書き出しで、綴られた文字が目にはいる。

「拝啓――」


 拝啓、博麗霊夢様。

 どうやら賭けは私の負けみたいです。あなたの戦いは決して名誉を求めるものではないと、実際に見てわかりました。
 人間、妖怪にまであなたがそこまで慕われるのは、別に特別な力が由来ではなく、きっと在り方や、心にある愛情のようなもののせいなのではないかと。
 私もこれからは、前をちゃんと向いて生きていきます。ちゃんと、一人の人間として。
 今はこの世界を行脚しながら、訪れた先々で占い師なんてものをやっています。とは言え、内容は予言や予知ではなく、あくまで精神的なお手伝いみたいなものですが、霊夢さんのように、誰かの助けになれるのならばと、頑張っています。
 あと、ひょんなことから身寄りの無かった小さな友人と二人で旅をしています。お互い霊夢さんに助けられた身、いずれ伺う機会が来ましたら、なにかお礼をさせていただければ幸いです。


 読み終わり、そよ風吹く春、空を見上げる。
 あぁ、よかった。そんな月並みな感情が湧いて出る。
 はじまりは不幸だとしても、最後が幸運であるならば、これはいい人生なのだ。
 一度は道が閉ざされ、一度は絶望しようとも、小さな隙間から見える光を手に取れた彼女ならば、きっとこれからも大丈夫。
 再び手紙に視線を落とすと、本文の下の方に折り返しがあることに気付いた。それを開いてみる。


 追伸。

 とっておきのお摘みですが、もう霧雨魔理沙に食べられてますよ。
 隠し場所はもっと考えた方がいいです。


 立ち上がり、慌てて台所へ走る霊夢。床に放られた手紙を読むや否や、魔理沙は慌てて逃げ出した。お摘みの消失を確認した霊夢は台所から鍋を掲げながら必死に境内を逃げ回る魔理沙を追うのだった。

 
 霊夢がこんな力欲しくなかったみたいな二次作品って結構好きなのですが、原作的に見ればやはり違和感がありますよね。なので霊夢と対比となる少女を出しています。それが力なんて欲しくなかったバージョンの霊夢みたいな扱いです。
 基本プロットは私の大好きな作品のオマージュなのですが、やはり書いていれば丸々同じにはならない辺り、文章って不思議なものですね。
 ちなみにオマージュであるがゆえ、主役にはビームを使ってもらわなくては成立しませんでした。だけど魔理沙では話の軸にならない・・・・・・というわけで無理くりやらかしています。仕方ないでしょう、ビームは重要なんだもの。

 執筆途中で原作に大百足キャラ出ちゃって、これどうしようかと思ったのは内緒。意図せず最新作のネタ入れるハメに。

 ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しんでいただけたなら幸いです。
きさ
https://twitter.com/xisa922
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
2.90名前が無い程度の能力削除
霊夢と対になる存在、対比構造が面白かったです。
3.100名前が無い程度の能力削除
読んでいてとてもワクワクしました
4.100ヘンプ削除
霊夢と女の子の賭けがすきでした。人間らしく有る霊夢がとても良かったです。
最後、面白くて笑ってしまいました。
6.100Actadust削除
生まれながらに力を持った霊夢と女の子の対比構造が面白かったです。
人間らしくあろうとした霊夢の言葉が凄く良かったです。楽しませて頂きました。
7.100南条削除
面白かったです
迫力の戦闘シーンが素晴らしかったです
8.100めそふ削除
良かったです。
戦闘シーンの描写がうますぎる
9.70名前が無い程度の能力削除
ヒーロー然とした霊夢が素敵で面白かったです。
少し嫌なところのある少女が最後には改心して……という王道な構成が良かったです。
少女の過去が話のご都合的な不幸に感じられ、里人が少女に対して不自然な負の感情を向けていたのがあまり好みではありませんでした。少し分量が増えてもいいので、そこが丁寧だったら良かったかなと個人的には思いました。
戦いの描写も、それ以外のシーンも大変読みやすく、最後までするすると読むことができました。有難う御座いました。
10.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
13.90名前が無い程度の能力削除
とてもよかったです
16.100サク_ウマ削除
地に足着いた英雄譚で、素敵でした。良かったです。
18.100名前が無い程度の能力削除
迫力があり、なおかつとてもスピード感のある戦闘描写に感嘆してしまいました。とても面白かったです。そして、切ないながらも何処か前向きさを感じさせるラスト、お見事です。