Coolier - 新生・東方創想話

Re.

2020/07/20 14:31:42
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 初めて、そいつを見た時、薄汚い襤褸を纏っていたのを覚えている。
 命蓮寺とかいうお寺の裏にある墓場で、何時ものように獲物を求めて彷徨い歩いていた時のことだ。そいつは命蓮寺の大本である聖に連れられて、命蓮寺にやってきた。その表情ときたら、まるで世界の全てに絶望したような荒んだ目をしており、髪はボサボサで全体的に薄汚い。生きる気力や活力が抜け落ちていた。垂れた犬耳と尻尾を生やしていたこともあって、まるで濡れた子犬のようだった。
 その姿が実に印象的で、頭から離れなかった。

 数日後、命蓮寺なる縁側にそいつは居た。
 ほんの少し前で聖に手を引っ張られていた時とは比べものにならない程、小綺麗に清められており、衣服も新しいものへと新調されていた。しかし目は相変わらず死んでおり、何処に向けられているのか分からないままだ。そんな彼女のことを私は遠目からぼんやりと眺める。特に気にしている訳でもないんだけど、なんとなしに目に入ってしまうのだ。
 暫く、そうやって塀の上から命蓮寺の様子を眺めていると、後ろからポンと肩を叩かれた。

「命蓮寺に興味がおありですか?」

 振り返ると聖白蓮が柔和な笑みを浮かべて、同じ塀の上に立っていた。少し驚きに目を見開いた後で、私は首を横に振る。

「獲物を探していたんだ」
「獲物……ですか?」
「そうだよ! こうやって傘を持って、うらめしや〜! って驚かせてやるんだ!」

 紫色の忘れ傘を両手に握り、おどろおどろしい顔の付いた唐傘を振り回してみせる。されども聖は驚いた様子もなければ、「ああ、貴女が近頃、墓場に住み着いたっていう……」と落ち着いた様子で頰に手を当てながら零す。そんな彼女の態度が少しきに入らなくて、私はむすっとして答えたんだ。

「違うよ、私が墓場に住み着いていたところに貴女達が来たの」
「それは申し訳ありません。私達は人里の長老に共用墓場の管理を申し出たところ、快く認めて頂きました」

 貴女を墓場から追い出すつもりはありません、と聖は微笑み返す。

「こんなところから眺めずとも中に入ってくださって構いませんよ?」
「私、仏門とかに興味はないよ? 妖怪と人間が同じになれるはずもないし?」
「構いません、仏の道は救いを求める者にこそ開かれるもの。貴女は既に自分の在り方を持っておられのようですので」

 聖は澄ました顔で小難しいことを口にした。やっぱり、こいつはなんだか気に入らない。
 気分も害したところで、とっとこ退散しようとしたところで聖は囁くように告げる。
 
「驚かす時は程々にお願いします、御老人の方とかは特に」
「……それって貴女に対しても遠慮した方が良いのかな?」
「私の場合はむしろ貴女を歓迎しますよ? 茶請けを用意しておくので、何時でも遊びにいらしてください」

 にっこりと聖人のように笑う聖に、やっぱりこいつとは相性が悪いと思った。
 私が誰かを驚かすのは糧を得る為であり、自らの欲求を満たす為でもある。それはきっと私がそういった妖怪だから、といった意味ではなくて、私が妖怪であろうとなかろうと変わらず、誰かを驚かし続けるものだと思っている。私が塀を飛び立とうとして、終始、余裕面を噛ましている聖の表情が気に入らなかったから、私はそれとなしに閉じといた唐傘を振り被って、その先端を聖の眼前に突き付けた。「おどろけ〜っ!」という大きな声と共に開かれた唐傘は聖の視界を完全に覆い隠し、そのまま私はトンと塀を蹴って、大きく空に跳躍する。
 お腹が膨れた様子はない。それは彼女も妖怪ということもあるのだろうけど――唐傘のひとつ目から見た聖が余裕綽々の態度で手を振っていたことから、そもそも驚いてすらいなかったのだろう。
 そのことがやっぱり気に入らなくて、ぶすっと頬を膨らませた。

 墓場を拠点にする私は、しばしば人間の遺骨が運ばれてくる様子を遠目から眺めていた。
 その顔色は決まって悲哀の色に満たされており、涙を流す者や神妙な面をしたまま黙り込んでいる奴が多かった。偶に「寿命を全うした」と胸に寂しさを背負っていながらも爽やかな奴も居れば、終始、納骨に興味のない奴もいる。この墓場には管理者がいない。墓場は悪霊を引き寄せるし、妖怪は勿論、多くの獣が墓場を荒らして回るのだ。
 此処は私の縄張りである。だから私は私の縄張りを荒らす悪い小動物は唐傘で「おどろけっ!」って追い払うし、大きな動物を相手にする時は自ら囮になって墓場から引き離したりもした。墓場を荒らす人間も「ばあっ!」って追い返す。妖怪は、まあ意外と墓場を荒らしたりしないので、そのままにしていることが多い。決して怖いわけではない、ないったらない。ちゃんと遠目から悪さをしないか監視もしているのだ。
 でも年に一度、夏頃になると墓場に人が殺到することがあって、この時ばかりは博麗の巫女とかが墓場周りを飛んでいたりするので墓場から無縁塚へと場所を移したりする。赤も緑も関係なく巫女は怖い、幻想郷の常識だ。
 頻繁に墓場に訪れる者がいる。
 そういった者は、背中が煤けているような、とても寂しそうな顔をしていた。墓石を綺麗に洗った後、供え物を添えて、真剣な顔で祈りを捧げる。そういう輩には手を出さない。何故だか分からないけど、手を出してはいけない気がした。時折、今にも死にそうな顔をしている奴が墓場まで来ることがあった。頑強な体付きをしている癖に、頰がこけ痩せて、目元を窪ませた人間だ。そういう人間は逆に驚かさなくてはいけない衝動に駆られる。そういう時は大抵、無視されたりする。でも、ほんの偶にだけど、とても驚いたような顔を見せて、盛大に笑われることもあった。
 そういう時、とてもお腹が満たされる。その驚きは、とても甘美な味がした。

 ああそうか、と得心が行った。
 あの見窄らしい子犬は、あいつらと同じような顔をしていた。

 翌日、私は早速、唐傘を片手に握り締めて、命蓮寺に突撃した。
 何時もの縁側で、何時ものように辛気臭い顔をしている情けない妖怪。周りが私を止めに駆け寄ってくるのも振り切って、唐傘を思いっきりぶん回して、その切っ先を子犬に突きつける。
 何時まで泣いてんだ、傘は雨を払う為にあるんだ。

「おどろけ〜っ!!」

 バサッと唐傘を彼女の視界を覆い隠すように開いた時、その子犬の少女は大きく目を見開いた。
 勝ったな! と確信した数秒後、私が張り上げた大声の数倍もあるクソデカボイスが私の身を襲った。



 嘗て、山彦はひとつの山に一匹居ると云われる程に多かったと云われている。
 その時代を実際に生きていた訳じゃないから分からないけども、ある日を境にして、急激にその数を減らすようになった。それは科学が発展した影響だとも云われているし、人間達の間で妖怪学が流行った影響だとも云われている。山彦はいます、その多くが生きる場所を電線の中に変えて生きています。最初は電話として遠くまで声を反響させていた、山彦が持つ音を反響させる特性を知った人間は私達を0と1の集合体へと変換し、分解して、私達の欠片を使って更に文明を発展させていった。今となってはもう、私達は意識を維持すらできないような欠片となり、世界の一部として溶け込んでしまった。
 私は世界に残る唯一、山に生息し、声だけを響かせる山彦になる。
 山彦はいます。声を張り上げる、この空気中にすらも溶け込む皆に声が届くように今日も今日とて声を張り上げた。山彦はいます。もう声を返してくれない仲間達に、まだ私が此処にいると伝える為に潰れた喉で叫び続けた。波長のひと欠片になって、0と1しか返せない体になっても、仲間達は言葉を返し続けていた。未だ酷使される仲間達の為に、貴女達が遺した山彦はいます。と私は必死になって声を上げ続けた。そして決して返ってこない声に耳を傾ける。
 そんなことを何十年も続けている内に、山に住む山彦は人間達から忘れられて、私だけが幻想郷へと送られた。

 目の前では地面には唐傘の妖怪が泡を吹きながら仰向けに倒れている。
 その姿を見下ろしながら、バカジャネーノって吐き捨てた。
 聖の指示で部屋まで運ばれる彼女のことを、姿が見えなくなるまで見つめていた。



 私は御立腹である。
 驚かしてやろうと思ったら驚き返された。これはもう唐傘お化けとしての矜持に瑕が付くというものだ。そいつは門前で箒を両手に持っていたので、私は驚かそうと思って、ぼんやりとする彼女の耳元まで近付いて「おはようございまーす!」って叫んでやったんだ。だけど、そいつはキョトンとするだけでリアクションが薄かった。
 ゆっくりと私の方を振り返り、呆然とした顔のままコテンと首を傾げる。
 そんな彼女の態度が気に入らなくって、忠告してやった。

「挨拶をされたら挨拶で返す! 常識よ、常識!」
「……挨拶を返す?」
「そう、おはようって言われたら、おはようなんだから!」

 得意顔で教えてやると、犬耳の少女はくすりと笑って小さく息を吸い込んだ。
 あ、やばい。って直感した。長年、痛い目を見続けて来た勘って奴だ。咄嗟に身構えた後、大音量の挨拶が私の鼓膜をぶち抜いた。
 キーン、と甲高い音が脳内を支配し、ふらりくらりとする頭で意地と根性で挨拶を返してやった。

「……お、おはようございまぁーす!!」

 今度は耳を捲って直接、声をぶつけてやった。
 にも関わらず、微動だにもせず、彼女はとても嬉しそうに笑って、今度は大きく息を吸い込んだ。耳を抑えたというのに、関係なしに鼓膜をぶち破って来やがった。
 ふつと遠のく意識の中、擦れる視界にバカジャネーノと太陽のような笑顔をみた。
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
微笑ましい気持ちになりました
2.100サク_ウマ削除
爽快感があって良いですね。優しい話でした。
3.100Actadust削除
どこか暗くもけなげでほんわかした、素敵なお話でした。
4.100めそふらん削除
優しい気持ちになれるお話でした。
少し暗めな雰囲気を漂わせながらもクソデカボイスのお陰で最後に全てが晴れ晴れとしたのが凄く良かったです。
5.100終身削除
可愛らしいし優しいしラフメイカーだしで見ていて心がとても暖かくなりました 人間と共存なんてできないと思ってるし仏道もいまいちピンとこないけど悪になりきれないで少し臆病な様で気を張る時は気を張れるような小傘の内面がよく伝わってきていきいきしてて良かったです
6.100名前が無い程度の能力削除
笑顔を取り戻せてよかった
こっちも救われるような気持ちになりました
7.90名前が無い程度の能力削除
ハードボイルドと言うかシニカルと言うか、わりあい落ち着いて少し渋い雰囲気を持った小傘が新鮮でありながら違和感は無い心地良いキャラでした。
全体に明るくはなく、山彦の欠片のくだりなどかなり胸を締め付けられましたが、読み心地は案外湿っぽくなくからりとした読後感だったように思います。
9.90名前が無い程度の能力削除
なるほどこの二人の組み合わせいいですね
10.100名前が無い程度の能力削除
爽やかで、気持ちの良いお話でした。
色々と複雑なものをもってる子が、能天気な子に知らずのうちに絆されるの、良いですよね。
有難うございました。
11.100こしょ削除
笑顔になれてよかったです